第 3 章 スピン分解 ARPES ⽤深紫外レーザー光源の開発
3.2 スピン分解 ARPES ⽤ 4 倍波深紫外レーザー光学系の開発
3 次元バルク物質などの⼤⾯積な劈開表⾯を得ることが難しい試料の微細電⼦構造の測定
や通常のARPES 測定で観測できない⾮占有電⼦状態の測定を⽬的として、⾼繰り返し深紫
外レーザー光学系の建設およびARPES 装置と組み合わせた際のシステムの評価を⾏った。
3.2.1 深紫外レーザー光学系
図3.2 に、Ti : Sapphire 4倍波を⽤いた⾼繰り返し深紫外レーザー光学系の概略図を⽰す。
本光学系はフェムト秒パルスのモードロック Ti:Sapphire レーザーシステム Mira900F (Coherent 社製)から発振された繰り返し周波数86 MHz、中⼼波⻑840~980 nmの⾚外線 レーザーをBBO 2 個を⽤いた4倍波発⽣器Harmoni XX (APE 社製)によって4倍波(中⼼
波⻑210 ~ 196 nm)に変換し、ARPES 測定に⽤いた。グランレーザープリズム以前の反射 ミラーに 210 nm付近で90%以上の反射率を有する誘電体多層膜コートAlミラーを⽤い、
その他の光学素⼦についても深紫外波⻑帯で 90%以上の透過率を有するα-BBO 製または UV溶解⽯英製のものを⽤いた。グランレーザープリズムと波⻑板の⾓度を適切に調整する
ことで円偏光による測定が可能である。波⻑板以後のミラーには偏光が崩れるのを防ぐた めにMgF2保護膜付きAlミラー(210 nm近傍での反射率約70%)を⽤いている。レーザー 光は最終ミラー反射後、真空槽に取り付けられたMgF2窓を通り、試料表⾯に対し約50 ° で⼊射する。真空槽⼊射直前の出⼒は最⼤1 mW程度であり、光路の途中の反射型 NDフ ィルターによりスペースチャージ効果や試料ダメージを避けた適切な光量に調整可能であ
る。レーザーの⻑距離伝送に伴う径の広がりの抑制と集光のために、4倍波発⽣器直後にガ
リレオ型ビームエキスパンダーを設置し、真空槽⼊射直前に集光レンズを設置した。真空槽
⼊射直前での深紫外光のスポットサイズは約縦2 mm×横4 mm(クリップレベル 1/e2)の楕 円形で、集光レンズは𝑓 = 250 mmのものを⽤いており、焦点付近で約縦33μm×横16.7μ m(M2値を 1, 収差なしレンズ、理想ガウシアンビームを仮定)となる。50 °の斜⼊射であ ることを考慮すると試料上では最⼩約縦51μm×横16.7μmとなると考えられる。また、
反射型 ND フィルターの反射光をパワーメーターで読み取ることにより測定中の深紫外レ ーザー光出⼒のモニタリングを⾏った。これらの光学系は局所空調器付のクリーンブース 内に設置し、温度湿度を⼀定に保った。これらの施策により、ARPES実験に⼗分な強度の 深紫外レーザー光を 24時間以上安定して発振できるようになった。また、深紫外レーザー
ARPES実験にあたって電⼦レンズ中⼼と同軸の⻑焦点レンズを備えたCCDカメラとクラ
イオスタット先端部のYIG蛍光板によりレーザー位置を可視化し、最終ミラーおよび集光 レンズの調整により事前に電⼦レンズの集光点にレーザー光を導けるようにした (図3.3)。
図3.2 深紫外レーザー光学系模式図.
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図3.3 電⼦分析器上に設置したカメラから観測されるYIG蛍光板上のレーザースポット.
3.2.3 試料冷却⽤液体 He 供給システムの安定化
ビームスポットサイズの微⼩化を活かしたドメイン分解測定等を⾏うために、試料位置の 安定化が必要である。このため、既存のARPES装置の試料冷却⽤液体ヘリウム(L-He)循環 機構の改善を通した測定中の試料位置の⻑期安定性の改善を⾏った。ARPES装置において は液体ヘリウム連続流⼊型クライオスタットと試料近傍に設置したヒーターによる温度調 整が⼀般的であり、この機構における液体ヘリウムの供給⽅法として⼀般に以下の 2 つの
⽅法があげられる。
ⅰ)L-He容器内の圧⼒を昇圧し、試料冷却部にL-He を供給。
ⅱ)真空ポンプによる液体ヘリウムのポンピングにより、試料冷却部にL-He を供給。
ⅰ)については圧⼒上昇に伴うL-He の気化温度の上昇が⽣じるため、極低温測定には適さ ない。また、⼿動の圧⼒開放弁操作による容器内圧の調整ではL-He容器内の圧⼒が⼀定と ならず、温度変化を伴って試料位置の変化が⽣じる。ⅱ)については真空ポンプからの振動 による試料位置の振動が問題である。両者に共通する問題としてこれまでL-He の流量調整
を L-He トランスファーチューブ上の⼿動ニードルバルブによって⾏っていたため、L-He
の流量の再現性がないという問題があった。これらの試料位置の変化要素および、再現性を 担保するため、図3.4に⽰すような定圧弁、マスフローコントローラー、ノイズ低減仕様ド ライポンプの導⼊を⾏った。吸引ポンプとクライオスタットの間にマスフローコントロー
ラーを挟み込むことでL-He蒸発量をモニタリング・制御可能である。これと定圧弁の導⼊
によって⽅法①におけるL-He の供給圧⼒の⻑期安定を達成したことにより、⽅法①、②い ずれにおいてもL-He 流量の⾼い精度・再現性を達成した。また、⽅法②におけるポンプか らの振動を遮断するためにノイズ低減仕様のドライポンプを使⽤し、ポンプとクライオス タット接続するフレキシブルチューブの途中に防振おもりを設置した。
図3.4 液体ヘリウム冷却機構の概念図.
3.2.4 深紫外レーザーAPRES 装置の性能評価
本節では建設した深紫外レーザー光源を東北⼤学光電⼦固体物性研究室のミニモット型 スピン検出器を備えたスピン分解 ARPES 装置と組み合わせた際の各種性能について議論 する。本装置は電⼦レンズの移動により、試料⾃体の回転なしに±15°の範囲において ARPES 測定が可能なディフレクター電⼦レンズを備えており、微⼩スポット光源を⽤いた ARPES 測定に最適であると考えられる。評価試料についてはバルク単結晶Sbを(111)⽅向 にへき開し、測定温度30 Kで測定した。図3.4にXe放電管(8.347 eV、スポットサイズ約 φ1mm)と深紫外レーザー光源で得られたSb(111)表⾯のARPES結果を⽐較したものを⽰
す。⼀⾒して明らかなように、深紫外レーザー光源においてはフェルミ準位(𝐸P)を切る明瞭 な 2 本の電⼦バンドが観測されており、ラシュバ分裂の存在を⽰す交差がΓ点において明 瞭に観測された。この結果は、Sb(111)表⾯における先⾏研究の結果とよく⼀致する[5,6]。
⼀⽅で、Xe放電管を⽤いた場合は実線及び点線で表すような同様の分散を持つバンド構造 が複数同時に観測された。これは、劈開した際に完全に均⼀な表⾯が得られず、傾きが異な る複数のドメインが存在しているためと考えられる。この結果は、Xe放電管では複数ドメ インの電⼦構造を⼀度に観測してしまっている⼀⽅で、深紫外レーザーを⽤いた場合は明 確に1つのドメインからの光電⼦のみが観測されていることを⽰している。このことから、
レーザーのスポットがXe放電管(φ1mm)と⽐較して⼗分に⼩さいことがわかる。また、レ
ーザーの⾼い輝度とディフレクター電⼦レンズを組み合わせることにより、わずか数分で 図3.5(a)に⽰すような等エネルギー⾯を試料位置の変化なく取得できる。
第 3 章 スピン分解ARPES⽤深紫外レーザー光源の開発
図 3.4 Sb(111)表⾯における(a)Xe 放電管と(b)深紫外レーザー(ℎ𝜈 = 5.9 eV)を光源とし て⽤いたARPESスペクトルの⽐較.
また、ミニモット型スピン検出器を⽤いた図3.5(a)中の点A, B, Cにおけるスピン分解測 定の結果を図 3.5(b)に⽰す。測定⽅向はスピンの y 成分を検出できるジオメトリになって
おり、Sb(111)表⾯のラシュバ分裂した表⾯状態の性質からスピン分裂が期待される⽅向で
ある。スピン分解測定に⼗分な統計精度のスペクトルが 20分前後で得られており、⾼輝度 なレーザー光源を⽤いた事によりXe放電管では 10時間程度かかっていた測定時間の⼤幅 な短縮が可能となった。これにより、典型的には 30時間程度の試料表⾯寿命の間に複数の 波数点におけるスピン分解光電⼦分光測定が可能となると期待できる。また、ディフレクタ ー電⼦レンズを⽤いて測定波数を指定できることから、試料表⾯と光源の偏光⾯の幾何学 的な関係の変化なしに複数の波数点におけるスピン分解測定が可能であるため、より正確 な始状態スピン偏極の解析が⾏えると期待される。
図3.5 レーザー光源(ℎ𝜈 = 5.9 eV)を⽤いたSb(111)表⾯の(a)フェミ準位上のARPESスペ クトルの強度プロット. (b)(a)中の点A-Cにおけるスピン分解スペクトル.
深紫外レーザー光源のエネルギー分解能を⾒積もるため、研磨したCu 基板上にAu 薄膜を 真空中で蒸着し、in situで𝐸P近傍のARPES 測定を⾏った。実際に測定したスペクトルとフ ィッティング結果を図3.6に⽰す。測定条件は、温度T = 14 K, アナライザースリット𝜔 = 1.6 mm, パスエネルギー𝐸D = 1 eVとした。フィッティングの結果、半値全幅(FWHM)は 13.8 meVと求まった。同様の条件でのXe放電管の分解能は 16.8 meVであり、Xe放電管 と⽐して⼗分な⾼分解能が得られていることがわかる。⼀⽅で、アナライザーの理論分解能 は4 meVであり、13 meV 程度の分解能悪化要因があると考えられる。この対策として低 パスエネルギーでのレンズパラメータの最適化や試料周辺の電場の不均⼀性の改善、磁場 の徹底的な排除があげられる。
なお、深紫外レーザー光学系⽴ち上げは堀健太郎⽒、斎藤興也⽒と共同で⾏った。光学系 の設計、⽴ち上げ、除振対策、L-He供給機構改善については著者が⾏い、ARPES 測定⽤カ
メラシステムは斎藤⽒、レーザー実験環境整備については堀⽒が⾏った。また、システムの
性能評価は 3名共同で⾏った。
図 3.6 深紫外レーザー光源(ℎ𝜈 = 5.9 eV)を⽤いた際の⾦薄膜の 𝐸9 近傍の⾓度積分スペク トル. ⾚点線はARPESスペクトル, ⿊実線はフィッティング曲線.