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日本内科学会雑誌第106巻第1号

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Academic year: 2021

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はじめに

 ディスペプシアとは耳慣れない用語である が,「ディス」とは「できない,不能な」という ことを,また「ペプシア」とは「消化」を表す ギリシャ語が語源となっている.それ故,直訳 的には「消化不良」との意味になってしまうが, 現在では胃が痛い,胃がもたれるなど,上腹部 を中心とする症状を表す医学用語である.ディ スペプシア症状の原因として潰瘍や食道炎,癌 などの器質的疾患があるが,これら器質的疾患 がないのに症状が起きることも多い.このよう に,原因となる明らかな器質的疾患がないのに ディスペプシア症状を訴える疾患を機能性ディ スペプシア(functional dyspepsia:FD)と呼ん でいる.これまでFDに対する保険病名がないた めに慢性胃炎と診断・治療されることが多かっ たが,2014年にこの疾患が保険病名として認め られた.FDはストレスとの関連が比較的強い疾 患と考えられており,どんどん複雑化するスト レス社会を背景に,今後,この疾患がますます 注目されると思われるが,本稿ではこの疾患を 概説するとともに,今後,この疾患が消化器診 療においてどのように位置づけられるかを論じ てみたいと思う.

Helicobacter pylori

感染

陰性時代の消化管疾患:

機能性ディスペプシア(FD)

要 旨 三輪 洋人  胃が痛い,胃がもたれるなどの症状はディスペプシアと呼ばれるが,機 能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)とは器質的疾患がない のに胃の症状を慢性的に訴える疾患である.これまで慢性胃炎と混同され ていたが,本来,胃粘膜の組織学的炎症を指す慢性胃炎と症状で規定され るFDは異なるものである.FDはストレス関連疾患と考えられ,

Helico-bacter pylori(H. pylori)感染との関連は少ない.複雑化するストレス社会

を背景にして,H. pylori陰性時代においてますます注目される疾患である.

〔日内会誌 106:39~46,2017〕

Key words Helicobacter pylori,ディスペプシア,慢性胃炎,Helicobacter pylori関連ディスペプシア

兵庫医科大学内科学消化管科

Gastrointestinal diseases in the era without Helicobacter pylori infection. Topics:V. Functional dyspepsia. Hiroto Miwa:Department of Gastroenterology, Hyogo College of Medicine, Japan.

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1.機能性ディスペプシアの定義

 FDは一般的に「症状の原因となる器質的疾患 がないのにもかかわらずディスペプシア症状が 慢性的に存在するもの」と定義される.しかし, この定義ではあまりに漠然としていてこの疾患 の病態研究を行うには不十分であるとされ,臨 床研究などで用いるためのより詳しい定義がな された.1998年にアメリカ消化器病学会の作業 部会でNUD(non-ulcer dyspepsia)として定義さ れたのが始まりであるが,その後,FDと呼ばれ るようになった.よく用いられるのはRome委員 会により作成されたRome基準であるが,現在で は2006年に発表されたRome III分類がよく用い られている1).2016 年春にRome IV分類が発表 されたが,基本的にはRome III分類と大差ない. Rome III基準では因子解析の結果からディスペ プシア症状を食後のもたれ感,早期飽満感,心 窩部痛,心窩部灼熱感の四症状に絞り,4 症状 のうち 1 つ以上の症状を有することを必須条件 とした.また,症状の持続期間を「6 カ月以上 前から症状があり,最近 3 カ月間は継続して症 状を有していること」とした.このうち,食後 のもたれ感,早期飽満感を有するものを食後愁 訴症候群(postprandial distress syndrome:PDS) と呼び,また,心窩部痛,心窩部灼熱感を有す るものを心窩部痛症候群(epigastric pain syn-drome:EPS)と呼んでいる.注意すべきは,こ の定義が臨床研究や疫学研究を行うための定義 であることである.Rome基準にとらわれすぎる と,この病気がとても難しいものとなる.日本 消化器病学会では 2014 年にガイドラインを刊 行したが2),そこではFDは「症状の原因となる 器質的,全身性,代謝性疾患がないのにも関わ らず,慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩 部を中心とする腹部症状を呈する疾患」と定義 され,日常臨床で使用しやすいようにしてい る.表に両者の定義をまとめた.

2.機能性ディスペプシアと慢性胃炎

 これらFD患者はこれまで慢性胃炎と診断さ れて治療されることが多かったし,患者も胃炎 があるから胃が痛いのだと妙に納得してしまう 傾向があった.胃の不調の犯人は誰かいるはず だ,と考える方がより理解しやすいからであ 表 機能性ディスペプシア(FD)の定義 日本消化器病学会診療ガイドライン2)とRome Ⅲ基準1)での定義を並べて示した. 日本消化器病学会機能性ディスペプシアの診療ガイドラインの定義 「症状の原因となる器質的,全身性,代謝性疾患がないのにもかかわらず,慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を 中心とする腹部症状を呈する疾患」 (文献2より抜粋・改変) 機能性ディスペプシアの Rome Ⅲ基準の定義 以下の四つのうち少なくとも一つ以上の症状がある

食後愁訴症候群(Postprandial distress syndrome;PDS)   1.食後膨満感

  2.早期満腹感(early satiation)

心窩部痛症候群(Epigastric pain syndrome;EPS)   3.心窩部痛   4.心窩部灼熱感 症状を説明できる明らかな器質的疾患がないもの 少なくとも6ヶ月以上前に症状が始まり,最近3ヶ月間症状が続いているもの 症状が持続しているとはPDSに関しては週に数回(二回以上),EPSに関しては週に一回以上の頻度で生じることをいう (文献1より引用・改変)

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る.患者だけでなく,医師にさえこの傾向はみ られる.科学的にいえば,体性痛と内臓痛はそ の発生メカニズムや症状の種類が完全に異なる ものであるが,医師でさえ内臓痛の特殊性に対 する理解が十分ではない.このことが慢性胃炎 という診断名が頻用された理由の 1 つではない かと思う.しかし,本来であれば,慢性胃炎は 胃粘膜の組織学的炎症を指すもので,症状の有 無とは切り離して考えるべきものである.実際 には,組織学的胃炎があるからといって症状が あるわけではなく,逆に症状があるからといっ て必ずしも組織学的胃炎があるわけではない. 現在,組織学的胃炎はそのほとんどが

Helico-bacter pylori(H. pylori)感染によるものである ことが明らかになっているが,H. pylori感染者 でも胃の症状がない人は多く,また,H. pylori 非感染者でも胃の症状を呈する人は多い.すな わち,FDと慢性胃炎は次元の違う異なる疾患で あり,この両者は意識して使い分ける必要があ る(図 1).

3.FDの病態

 なぜ胃が痛くなったりもたれたりするのだろ うか.この命題に解答することは極めて難しい. 考えてみると,健常人でも心配事や不安なこと などがあると,胃が痛くなったりもたれたりす ることはしばしばある.それではFD患者は健常 人とどこが異なるのであろうか.異なるのは症 状の起こる頻度ではないか.たまに胃の調子が 悪いなら許容できるが,慢性的に胃の調子が悪 ければとても憂鬱で,生活を楽しむことはでき ない.病気なのである.実際にFD患者ではディ スペプシア症状によってQOL(quality of life)が 大きく低下していることが知られている.たか が胃の症状であるが,FD患者の悩みは深刻で, 治療が必要なのである.とはいえ,FD患者でも いつも症状があるわけではない.症状は慢性的 に現れるが,持続的ではない.すなわち,症状 は消長し,また時折出現する.そして,その症 状発現の引き金となるのがストレスであると考 えられている.少しのストレスで胃の症状が出 てくる.すなわち,ストレスに対して消化管が 過剰に応答しているのではないか.このことか ら,私はFD患者の症状発現に関して,次のよう な疾患モデルを考えている.すなわち「なんら かの原因でストレスに対する過剰応答性を獲得 した患者が,上部消化管生理機能異常により直 図1 慢性胃炎とFDの関係性 慢性胃炎は胃粘膜の組織学的炎症を指すもので,症状の有無と は切り離して考えるべきものである.また,FDとは症状に基づ いた診断名であり,胃粘膜の炎症の有無とは関連しない. 組織学的胃炎があるからといって症状があるわけではなく,逆 に症状があるからといって組織学的胃炎があるわけではなく, 本来別のものである. 慢性胃炎 (組織学的胃炎) 病理学的な診断名で その多くの原因はH.pylori感染 機能性ディスペプシア (FD) 症状によって規定される疾患

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接的に症状を起こし,その過程を様々な因子が 修飾している」という仮説である.このモデル に従うと,FDの症状発現に関連する病態は以下 の 3 つの因子に分けて考えることができる.す なわち,FD患者のストレス応答性を規定する因 子,直接的に症状発現と関連する因子,間接的 に症状発現を修飾する因子である3)図 2).  まず,患者のストレス応答性を規定する因子 であるが,これを特定することはなぜ特定の人 だけがストレスに過剰反応して胃の症状が出て くるかに答えるのと同義である.これまでの研 究で,幼児期・成長期における強いストレス, 消化管感染症後の残存炎症,遺伝子異常などが その因子の候補として考えられている.乳幼児 期・成長期に強いストレスを経験した個体は刺 激に対して過剰応答することが実験的にも,ま た,疫学調査でも明らかになっている.このメ カニズムはいまだ不明であるが,動物実験で新 生ラットに強い電気刺激を繰り返し与えると, 海馬のグリア細胞の壊死と同部位への骨髄から の幹細胞の動員が生じることから,恐怖やスト レスに対する脳内ネットワークが再構築され, 個体のストレス応答性を変化させている可能性 がある4).また,消化管感染症罹患後にFD発症 リスクが高まることが報告されているが,炎症 の残存が刺激に対する消化管の応答を変化させ ることにより,ストレスに対する過剰応答を獲 得している可能性がある.さらに,FDになりや すさに関する可能性のある遺伝子多型があるの ではないかとの仮説もあり,実際には様々な遺 伝子が解析され,症状との関連が報告されてい る5).しかし,遺伝子変異のFD発症に与えるオッ ズ比は2~3倍程度にとどまるものが多く,病態 の中核をなすものではないと考えられる. 図2 FDの病態の解釈モデルのシェーマ(文献3より改変引用) 様々な因子がFD患者における症状発現と関連しているが,この図はFDの病態を 「なんらかの原因でストレスに対する過剰応答性を獲得した患者が,上部消化管生 理機能異常により直接的に症状を起こし,その過程を様々な因子が修飾している」 という仮説に基づいて描かれたシェーマである.多くの因子が複雑に影響し合っ て病態を形成していることがわかる. 青線(実線):これまで関連性にエビデンスが示されているもの 赤線(点線):関連性が強く示唆されるが,これを証明するエビデンスがないもの 外的刺激・ストレス ディスペプシア症状の発現 運動機能異常 内臓知覚過敏 ストレス応答性 を規定する因子 症状発現を 修飾する因子 直接症状発現 に関わる因子 幼児期成長期環境 炎症 H.pylori 酸 食事 生活習慣 精神心理的因子 遺伝子 免疫

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 次に,直接的に症状の発現に関わる因子であ る.平たくいえば,「ストレスがかかったときに 何が起きて症状を誘発しているのか」という疑 問である.症状は頭の中の空想の産物ではな く,体の変化を頭が感じ取っているのである. 結論からいえば,「ストレスにより消化管運動機 能異常や内臓知覚過敏が誘発され,これが症状 の原因となっている」と考えられている.FDの うち,PDSは早期満腹感や食後膨満感を主訴と するものであるが,その症状は特に食後期運動 の異常と関連するとされる.早期満腹感は適応 性弛緩反応が傷害されたときに起きると考えら れているが6),適応性弛緩反応とは胃内に食物 が入ってくると胃上部が弛緩して食事を同部位 に貯留するという反応で,胃貯留能ともいう. すなわち,この適応性弛緩反応が障害される と,少ししか食事をしていないのに満腹感を感 じてしまう.いわゆる早期飽満感である.また, 胃もたれは胃からの消化された食物の排出遅延 と関連するとされている.また,FD患者の胃内 でポリエチレンビニル性の風船を伸展させ,そ の痛みの出現の様子を調べると,FD患者では健 常者に比して早く,そして強く痛みを感じるこ とが知られている.つまり,FD患者では痛みの 閾値が低下している場合が多い.これが内臓知 覚過敏であるが,知覚過敏は食後の痛み,ゲッ プ,体重減少などの症状に関連していることが 報告されている7)  これら以外に胃酸,H. pylori感染,精神的因 子,食事・生活習慣,胃の形状などがFDの病因 として挙げられているが,これらは症状を修飾 する因子として考えられている.例えば胃酸で ある.胃酸は直接的にFD発現と関連する因子と の考え方も根強く,実際に酸を健常人やFD患者 の胃や十二指腸内に投与すると,ディスペプシ ア症状が発現されることが知られている.しか し,FD患者が胃酸分泌の過剰の状態にあるとの データはない.つまり,FD患者では過剰な酸が 症状を引き起こすというより,むしろ知覚過敏 の存在が酸を介して症状を発現していると考え るのが自然である.我々は健常人やFD患者の胃 に酸を同量投与したが,FD患者では健常人に比 して有意にディスペプシア症状が強く出現し た8).すなわち,健常人とFD患者の差は酸分泌 量ではなく,酸に対する知覚の差であると推測 される.このことは酸が症状発現を間接的に修 飾する因子であることを示唆している.

4.FDの病態におけるH. pylori感染の役割

 H. pylori感染は胃粘膜に慢性の炎症を惹起す ることにより,消化性潰瘍やMALT(mucosa-as-sociated lymphoid tissue)リンパ腫,胃癌など 様々な器質的疾患を発症させることが知られて いる.胃疾患におけるその病的意義はすでに確 立され,2013年には全てのH. pylori感染胃炎に 対する除菌治療が健康保険で認められるように なったことは記憶に新しい.様々な胃疾患がH. pylori感染と関連し,また,H. pylori感染が慢性 胃炎の原因ともなれば,H. pylori菌がディスペ プシア症状を引き起こすといっても違和感がな いのは当然であろう.しかし,実際はディスペ プシア症状とH. pylori菌感染の関連はそれほど 強くはない.全くなければわかりやすいのだ が,少しだけ関係するので話は複雑である.  H. pylori菌感染がFDとどのように関連してい るかを調べる手段として,当初はH. pylori感染 者と非感染者で消化管機能が異なるかどうかが 調べられたが,結果は様々で一定の傾向が得ら れなかった.そこで,この問題に対する研究の メインストリームは除菌によるFD症状の改善 に関する臨床試験となっている.そして,数多 くの厳密でレベルの高い臨床研究が行われてき た.このような臨床研究をまとめたメタ解析の 結果,除菌治療により 1 人の患者の症状をとる のに必要な患者数(NNT:number need to treat) は14~15人と考えられており9),除菌による症

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が明らかにされている.換言すれば,たとえH. pyloriを除菌したからといってディスペプシア 症状が消失することはそれほど多くはないので ある.これは前述したように,H. pylori感染は 間接的に症状を修飾する因子に過ぎないからだ と私は考えている.  しかし,消化器病学会が作成したFD診療ガイ ドラインに記されている治療のアルゴリズムに おいては,H. pylori除菌が特別扱いされている ことは興味深い.H. pylori感染しているFDは通 常のFDとは区別して考えようとの意見がその 根底にある.FDとは器質的疾患のないディスペ プシアであるが,H. pylori感染による慢性胃炎 は器質的疾患とみなすべきであるとの主張であ る.これは定義に関わる概念的な議論であり, 結論の出る問題ではないが,2014年の1月に消 化器病学会が中心となって行われたH. pyloriに 関 す る 国 際 会 議(The Kyoto global consensus meeting on H. pylori gastritis)でこの問題に対す る討議が行われた.この会議で除菌を行って ディスペプシア症状が消失し,半年から 1 年経 過しても,ディスペプシア症状が再発しない患 者を“H. pylori associated dyspepsia”(H. pylori

関 連 デ ィ ス ペ プ シ ア ) と 呼 ぶ こ と が 決 ま っ た10).そして,これは早速,FD診療ガイドライ

ンに取り入れられた2).つまり,除菌可能な施

設 で あ れ ば,H. pylori陽 性 のFD患 者 は ま ずH. pylori除菌を行い,H. pylori associated dyspepsia を除外しようとのアルゴリズムが生まれたので ある(図 3).除菌後,半年~1 年経過してから しかH. pylori associated dyspepsiaと診断できな い,また,ディスペプシア症状の評価をどのよ うに行えばよいかが示されていないなど,この アルゴリズムを実際に運用するにはいささか無 理がある.しかし,H. pylori除菌は組織学的胃 炎の治癒を導き,将来の潰瘍発症や胃癌発生を 予防するという社会的な有用性が期待されるた め,H. pylori感染患者に対して除菌治療を積極 的に施行すべきであることは間違いない.除菌 治療の社会的適応を鑑みて,そのFD治療におけ る位置づけを示したアルゴリズムの意義は評価 されるべきであろう.

5.

H. pylori菌陰性時代におけるFDの位置づけ

 H. pylori菌感染率は衛生状態と深く関連する ことが知られているが,日本ではH. pylori感染 率 は 急 速 に 低 下 し て お り, 加 え て 全 て のH. pylori感染胃炎に対する除菌治療が保険で認め られるようになった.間違いなくH. pylori陰性 時代に突入している.H. pylori感染率の低下で 胃潰瘍,十二指腸潰瘍,胃癌,MALTリンパ腫 などの器質的疾患は大きく減少するのは間違い ないが,FDはどうであろうか.前述したよう に,H. pylori感染はFDの主要な病因ではない. FDはむしろストレスと深く関連する疾患であ る.個人主義が広がり,価値観が多様化する中, 特に人間関係のストレスは確実に増加してい る.世界におけるFD罹患率をみたとき,いわゆ る先進国でその頻度が高いのは社会のストレス を反映したものと思われるが,日本でも同様の 状況が起こる可能性がある.実際に消化器の外 来診療を行っていても,胃潰瘍や十二指腸潰瘍 は極端に減少している感じはするが,一方では 胃の症状を訴えてくる患者はむしろ増加してい るように感じる.このように考えると,今後も FDはどんどん増え続けていき,消化管疾患診療 においてますますその重要性が増してくる疾患 ではないかと思われる.  改めて考えてみれば,当然のことではある が,患者は症状を主訴にして医療機関を受診す る.胃の症状もしかりである.胃が痛いから, 胃がもたれるから病院へ来る.もちろん,症状 の原因の探索は重要であり,故にこれまでは胃 癌や胃潰瘍などの生命に関わる疾患を除外する ことに診療の主眼が置かれていた.器質的疾患 の存在が除外できれば「大したことはないので 安心してください」で済んでいたのである.し

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かし,H. pylori陰性時代ではそうはいかない. 器質的疾患がほとんどなくなり,それと同時に FDなどの機能性消化管障害が多くを占めるこ とになるからである.すなわち,今後は器質的 疾患を除外するだけではなく,FDを適切に診 断・治療することが必要な時代になるのではな いかと思う.このような状況下では,医師はFD の病態や治療法を理解することが必要となって くるであろう.残念ながら,現在「なぜ胃が痛 くなるのか」という命題に適切に答えられる医 師はほとんどいない.もちろん,この命題に答 えることはそれほど簡単なことではない.それ でもこの命題に答えるべく,研究者たちは絶え 間なく研究を進めており,この命題に対する理 解は着実に深まっているのである.現状では日 本の臨床医の機能性消化管疾患に対する関心は 高いとはいえないが,今後はFDという疾患の病 態や治療法を理解することが必要となってくる であろう.そして,FDを含めた機能性消化管疾 患への関心の高まりがH. pylori陰性時代の消化 器診療を変えていくに違いないと思う. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし 図3 機能性ディスペプシアの診療アルゴリズム(文献2より引用改変) 日本消化器病学会によるFDの診断と治療のフローチャートである.内視鏡を施行し,器質的疾患がなければFD と診断されるが,このときにまずH. pylori菌感染をチェックすることが推奨されている.H. pylori菌陽性の場合 には除菌を行い,半年~1年経過してもディスペプシア症状が消失・再発しない患者を”H. pylori associated dys-pepsia”(H. pylori関連ディスペプシア)と呼ぶ.H. pylori 菌を調べない場合,H. pylori菌陰性の場合,あるいは 除菌治療によってもディスペプシアの改善がない場合にはFDとして初期治療が施行される.

NSAID:nonsteroidal anti-inflammatory drug

他疾患 の検索 専門治療 全体像簡略版 機能性ディスペプシア疑い 初期治療 警告 徴候 HP 診断 HP 除菌 他疾患 機能性ディスペプシア 初期治療 あり 所見なし 所見あり なし 陽性 症状再燃 症状改善 陰性 慢性的な ディスペプシア 症状患者 治療抵抗性FD 4週を 目処と する 症状不変 症状不変 または再燃 (除菌治療 抵抗性FD) 問診・身体所見・採血 内視鏡 検査 他疾患 他の 画像診断 所見なし 所見あり 症状 不変 説明と保障/食事・生活指導 説明と保障/食事・生活指導 二次治療 注1 注2 注3 注4 注5 注6 消化管機能検査・ 心理社会的 因子の評価 注7 Hp関連 dyspepsia 専門治療 初期治療 二次治療 酸分泌抑制薬,運動機能改善薬 漢方薬,抗不安・抗うつ薬 特殊機能検査,心療内科的治療 注1 警告徴候とは以下の症状 をいう ・原因が特定できない体重減少 ・再発性の嘔吐 ・出血徴候 ・嚥下困難 ・高齢者 またNSAID,低用量アスピリンの 使用者はFD患者には含めない 注5 HP未検の時  HP診断へ戻る 注6 H.pi除菌治療,初期・二 次治療で効果がなかった患者 をいう 注7 心療内科的治療(自律訓 練法,認知行動療法,催眠療法 など)などが含まれる, 注2;内視鏡検査を行わない場 合にはFDの診断がつけられな いため,「FD疑い」患者として治 療を開始してもよいが,4週を目 途に治療し効果のないときには 内視鏡検査を行う. 注3;二次治療の薬剤も状況に 応じてしようしてもよい.ここで はEvidence level Aのものを初 期治療に,それ以外を二次治療 とし,使用しても良い薬剤とした 注4;これまでのFDの治療効果 を調べた研究では効果判定を4 週としている研究が多く,また 治療効果が不十分で治療法を 再考する時期として多くの専門 家が4週間程度を目安としてい ることから4週を目途とした

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文 献

1) Tack J, et al : Functional gastroduodenal disorders. Gastroenterology 130 : 1466―1479, 2006.

2) 日本消化器病学会編:機能性消化管疾患診療ガイドライン 2014―機能性ディスペプシア(FD).南江堂,東京, 2014.

3) 三輪洋人:機能性ディスペプシアの考え方.日消誌 109 : 1683―1696, 2012.

4) Brevet M, et al : Chronic foot-shock stress potentiates the influx of bone marrow-derived microglia into hippo-campus. J Neurosci Res 88 : 1890―1897, 2010.

5) Oshima T, et al : Genetic factors for functional dyspepsia. J Gastroenterol Hepatol 26(Suppl): 83―87, 2011. 6) Tack J, et al : Role of impaired gastric accommodation to a meal in functional dyspepsia. Gastroenterology 115 :

1346―1352, 1998.

7) Tack J, et al : Symptoms associated with hypersensitivity to gastric distention in functional dyspepsia. Gastroen-terology 121 : 526―535, 2001.

8) Oshima T, et al : Generation of dyspeptic symptoms by direct acid and water infusion into the stomachs of func-tional dyspepsia patients and healthy subjects. Aliment Pharmacol Ther 35 : 175―182, 2012.

9) Moayyedi P, et al : Systematic review and economic evaluation of Helicobacter pylori eradication treatment for non-ulcer dyspepsia. Dyspepsia Review Group. BMJ 321 : 659―664, 2000.

10) Sugano K, et al : Kyoto global consensus report on Helicobacter pylori gastritis. Gut 64 : 1353―1367, 2015.  

参照

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4) American Diabetes Association : Diabetes Care 43(Suppl. 1):

10) Takaya Y, et al : Impact of cardiac rehabilitation on renal function in patients with and without chronic kidney disease after acute myocardial infarction. Circ J 78 :

38) Comi G, et al : European/Canadian multicenter, double-blind, randomized, placebo-controlled study of the effects of glatiramer acetate on magnetic resonance imaging-measured

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