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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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Academic year: 2022

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

論文提出者氏名 佐藤 和道

論 文 題 目 近代能楽の展開 ―明治期における享受者・能役者・作品の変遷を中心に 審査要旨

本論文は、近代の能楽史を研究対象として、明治維新後の「能楽復興」の虚像と実像を明らかにすることをめざ す。そして自力で発展をとげた能役者のあり方を再検する中で、近世から近代への流れにおいて役者の再序列化 が行われたことを推測、その実例を近世後期の囃子方家元家の消長と地方町役者の変遷を軸に論じる。さらに近 代の能が娯楽として再生するばかりでなく、研究対象として評価されるようになる過程を克明に叙述し、近代能楽研 究の嚆矢となった吉田東伍の研究履歴を通じてそれを検証する。とくに吉田東伍の遺品を収蔵する吉田文庫の調 査に基づき、東伍の自筆研究ノートの検討を通じて、その研究史上の意義に言及する。また昭和にいたる世阿弥 研究の軌跡をたどって、能楽研究の主流がいかに形成されたかを論じてもいる。なお付章として「義経伝承と能」

「曽我伝承と能」の両篇を付録する。

冒頭の序論は社会と能との関連説を軸に、本論文の全体的構造について概観した総括的な見解を示す。

本論第一部「伝統芸能「能楽」の誕生」は、三章からなる。なお第二部・第三部でもおおむね三章立てである。第 一部は、池内信嘉『能楽盛衰記』下巻で語られてきた明治維新による能の「危機と再生」についてその実態を検証 する。その上で能の享受者に中流階級が参入したことによって、能役者側の権威が高められる結果を招来したこと を論じる。さらに明治三十七年の日露戦争下における池内信嘉や坪内逍遙の言説を取り上げ、経済基盤の確立が 能を保守化の方向へと進ませたことを指摘する。

第一章、明治の能楽復興が、実は作られた虚像ではなかったのかという印象は、『梅若実日記』や明治十年以前 の演能記録の検討を通じて、自ずから感得出来る。本章はそれを具体的な演能記録の精査を通じて検証し、成功 した。また第二章は、能の享受層として新たに中間層が登場したことによって能が封建的権威を再構築する原動力 となったことを論じる。その着眼点は中々面白い。第三章では、明治三十七年の池内信嘉・坪内逍遙の能について の発言を検討して、能が伝統重視の方向へと転向した経緯を論じる。いずれも新味のある論考ながら、使用資料に 近年編纂された新聞記事集成などの二次的資料を含む場合のあることが、論考としての深みを欠く原因を作って いる。そのため結論も判で捺したような印象となる例のあるのが惜しまれる。

第二部「能役者の再序列化―囃子方と地方の役者を中心に―」では、近世から近代に至る能役者の展開につい て、大鼓葛野流と加賀藩の町役者の事例を中心に考察する。明治維新の能役者への影響はシテ方以上に、囃子 方、狂言方に顕著に表れた。大鼓葛野流では家元の葛野家が廃業し、松山出身の川崎九淵が家元職の代理を務 めた。また加賀藩の能役者の場合も、本来は素人役者であった者が、次第に玄人化し、上京して流儀の中心をに なった例もあるほどである。こうした事象が、明治維新に伴う能役者の序列の再構成を促し、江戸時代以来の封建 制度を存続させる要因にもなったことを指摘する。

第一章では、三役の役者の消長を一覧して各家の盛衰興亡を論じる。これらは資料に基づく克明な記録である。

第二章でも、大鼓葛野流の歴代を、江戸初期の初代より履歴を再検し、歴代の活躍を紹介し、近代に入り家系が 断絶した事情を詳説する。歴代の検討は詳細ながら、『猿楽伝記』など葛野流についても興味ある記事を含む江戸 期同時代資料の検討がやや不足していたのが惜しまれる。また演劇博物館川崎九淵文庫の資料を博捜して、九 淵が家元代行の任に就くまでの経緯を丹念に追ったのは、貴重な作業である。第三章は、加賀藩町役者の発生か ら、江戸後期の金沢における宝生流の影響へと転じ、各役者の一覧を添えて近世末期から近代への金沢能楽会 の変遷を手際よくまとめている。これらは演劇博物館助手在任中に川崎九淵文庫の整理に直接関わった、申請者 ならではの考察の成果であると評価出来る。

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第三部「「世阿弥発見」―その時と意義」では、吉田東伍による『能楽古典世阿弥十六部集』刊行の意義と周辺状況につ いて考察する。能楽の研究は、明治三十七年、早稲田大学を会場として、池内信嘉・坪内逍遙・高田早苗らの発起 で能楽文学研究会が創立したことが大きな転機になる。この研究会はまもなく吉田東伍の活躍の舞台となり、実証 主義的な方法による、能を中心とした芸能史研究を通じて、数々の新見が提起された。中でも画期的であったの は、明治四十一年の種彦本『申楽談儀』発見を機縁とした、堀家旧蔵本世阿弥十六部集の発見と翌年早々の刊行 である。またその後、第二次世界大戦に至る直前までの能楽研究の動向と、世阿弥が日本文学史に確固たる地位 を占め、文学史的にも適正な意義を認められるようになる過程についての紹介もある。ここは申請者の数年にわた る吉田文庫の調査結果を背景とした論であり、読み応えのある好論であった。ただしこの第三部と第二部までの各 部との、有機的関連性について見るに、やや相互の各論の独自性がまさって各部の論理的連携は必ずしも認めが たい。こうした点は、今後一書としてまとめる際には、検討すべき事柄であろう。

第一章では吉田東伍の伝記紹介、世阿弥伝書発見に至るまでの研究動向、久米邦武の研究との関連などが論 じられる。第二章では、吉田文庫所蔵の吉田東伍自筆研究ノートの紹介と検討が行われ、全九冊の克明な内容が 紹介される。これらノートは吉田東伍の芸能史研究そのものであり、東伍の研究の全貌を示す点に、非常に大きな 価値がある。補説「『観智院過去帳』記載の能役者」は、吉田ノート所引の『観智院過去帳』の内容検討であり、金春 禅鳳没年の定説への問題提起を始め、同過去帳に登場する猿楽者の考証を行う。第三章では、東伍の『世阿弥十 六部集』の刊行以後、能楽研究がどのように進展し、その過程で吉田東伍の研究業績とその意義がどのように位置 付けられたかを論じる。世阿弥研究の展開についてはすでに先駆的論文があるが、申請者はそうした先達の論に 導かれつつ、文学史への世阿弥の登場について、文学史教科書や参考図書を網羅的に調査することにより、わが 国古典として能が確固たる地位を占めるに至る過程を考察する。また夏目漱石一門の能との関わりと能楽研究へ の影響、教科書に掲載された能の一覧とその意義を論じる。付章ではそうした一例である『義経記』『曽我物語』に おける能との関連を論じている。

以上、本論は、さらに精緻を期すべき点を今後の課題として若干残しつつも、明治・大正・昭和と続いた能役者の 芸系と近代能楽界の形成を論じ、合わせて能楽研究の足跡を、能楽研究黎明期における泰斗吉田東伍の業績と ノート類を中心に解明した。その意義は決して小さくない。よって本学博士(文学)の学位にふさわしいものと認定す る。

公開審査会開催日 2012年 3月 29日

審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名 主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 竹本 幹夫 審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 日下 力

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 兼築 信行

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 児玉 竜一

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