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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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Academic year: 2021

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨 

論文提出者氏名  長田  浩彰 

論  文  題  目  ユダヤ系ドイツ人の現代史研究序説  1893-1951 

−マイノリティから見たドイツ現代史− 

審査要旨   

I.論文の概要 

  本論文は、「はじめに」と「序章」、「第一部  ユダヤ教徒の『ユダヤ系ドイツ人』」、「第二部  キリスト 教徒の『ユダヤ系ドイツ人』」、それに「おわりに」から成り、さらに参考資料として「ベルリンにおける ユダヤ人迫害・年代記」の翻訳が付されている。 

  論者は、「はじめに」において、ユダヤ教徒の法的同権が認められた後のドイツで「ユダヤ教徒のドイツ 人」たろうとした人々と、改宗して「キリスト教徒のユダヤ人」となった人々との双方を一括して「ユダ ヤ系ドイツ人」と規定した後、「序章」で、改宗と混合婚の増加に代表される彼らの「同化」傾向の進展を 概観している。 

  「第一部」は6つの章から成る。第1章から第4章までにおいては、反セム主義(人種論的反ユダヤ主 義)が台頭する中で、基本的にドイツに同化することを目指しつつユダヤ教徒にとどまろうとした「ユダ ヤ教徒のドイツ人」が 1893 年に結成した最大の組織「ユダヤ教徒ドイツ国民中央協会」と、ユダヤ人民族 主義を強調しようとした 1897 年結成の「ドイツ・シオニスト連合」との二つの組織の動向が、主として第 一次世界大戦期までを対象として検討されている。その中では、ゾンバルトのような必ずしも反セム主義 者とは言えない当時のドイツの第一級の知識人がユダヤ人の完全な「同化」の可能性を全面的に否定する 一方で、マルクーゼのような先進的なユダヤ知識人が混合婚によるユダヤ人の完全な「同化」を望ましい 目標として主張するなど、「同化」をめぐる極端な議論が展開される状況が論じられている。そして、その ような状況の下で、1912 年のポーゼン決議に示されるように若い世代のシオニストたちが主張をエスカレ ートさせ、それに呼応するような形で「中央協会」の側でもユダヤ人意識の強化が主張されるようになっ たことなどが、指摘されている。第5章と第6章で扱われているのは、第一次世界大戦後に結成された「ド イツ民族主義ユダヤ人連合」・「ドイツ先遣隊−ドイツ・ユダヤ人従士団」・「ユダヤ人前線兵士全国同盟」

の3つの組織である。これらの組織に結集した人々は明確なドイツ・ナショナリストたらんとした点で共 通しており、ナチ期に解散に追い込まれるまでの彼らの考え方と組織の展開が跡づけられている。 

  「第二部」も6つの章から成り、時期的にはナチ期を、そして、キリスト教徒であった「ユダヤ人=非 アーリア人」や、「アーリア人」との混合婚にあった人々、それに「アーリア人」との「混血者」とされた 人々を、主たる対象としている。第1章では、1933 年夏に結成された「非アーリアないし不完全アーリア 系のキリスト教徒=ドイツ国民全国連合」(後の「パウロ同盟」)の組織的自衛活動が論じられているが、第 2章以降においては迫害の中でマージナルな立場に立たされた個々人の運命が、具体的に、かつ、ナチの 政策との関わりにおいて、紹介されている。それは、ナチ期の最終段階においては「ユダヤ系ドイツ人」

の組織活動そのものが無意味となってしまったためでもある。すなわち、第2章では、ユダヤ人と混合婚 にあったドイツ人の妻たちが勇敢な抗議行動によって夫たちを絶滅収容所送りの運命から救ったとされる 1943 年の「ローゼン通り抗議」事件の実態を再検討することをとおして、混合婚にあった人々に対するナ チの政策が具体的に論じられ、また、第3章では、「混血者」クリューガーの事例や「人種汚辱罪」に問わ れた一組の夫婦とその娘たちのたどった道が、回想記やインタビュー資料に基づいて詳しく紹介されてい る。第4章以降において採り上げられるのは、シュツトゥットガルトの歯科医であったゴルトマンである。

彼は、キリスト教徒に改宗しドイツ人女性と結婚していた人物であり、熱烈なドイツ・ナショナリストで

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あった。第4章は、彼が残した 1937 年から 1940 年初めまでのノートを材料として「キリスト教徒ユダヤ 人であるドイツ・ナショナリスト」としての彼の思想を検討している。ゴルトマンは戦争中に「愚直な愛 国者」として一時期親衛隊保安部やゲスターポに情報を提供し、そのため、戦後の非ナチ化裁判で「重罪 者」と認定されたが、けっきょく 1951 年にいたってそれは取り消された。第5章と第6章は、この裁判の 具体的なプロセスを裁判記録に基づいて解明したものであり、ゴルトマンが通常のドイツ人以上に厳しく 扱われたのはまさに彼が本来被迫害者であるはずのユダヤ人であるからだったというのが、論者の結論で ある。これはまた、本論文のタイトルが 1951 年を終着点として設定している所以でもある。 

 

II.論文に対する評価 

  本論文は、以下の点で高く評価することができる。 

1.概要に記したように、キリスト教に改宗した人々や、帝制保守派的な「ドイツ・ナショナリスト」た ろうとした人々をも含む「ユダヤ系ドイツ人」を検討の対象として設定することによって、19 世紀末か ら 20 世紀前半にかけてのドイツにおけるユダヤ人のアイデンティティ問題を考察するうえで、新たな視 点を提起している。 

    この時期のドイツにおけるユダヤ人についてこれだけの広がりをもって扱った研究は、ドイツにおい ても類例がない。確かに、この時期の「ユダヤ系ドイツ人」の全体像が描かれているかと言えば、左派 系の人々やユダヤ教正統派系の人々が考察の対象とされていないし、「中央協会」や「シオニスト連合」

にしても第一次世界大戦後の時期に関しては十分に扱われてはいない。しかし、帝制保守派的な「ドイ ツ・ナショナリスト」たらんとした人々に敢えて焦点を当てることによって、「ユダヤ系ドイツ人」のア イデンティティ問題に対する考察が深められ、この問題に関する最も複雑な部分が明らかにされたこと は、重要な成果である。 

2.「ユダヤ系ドイツ人」、その中でもとりわけ、帝制保守派的な「ドイツ・ナショナリスト」たろうとし た人々やキリスト教への改宗者、混合婚にあった人々や「混血者」といったマージナルな位置を占めた 人々が置かれた立場や彼らの考えを具体的な事例に即して明らかにしていることは、マイノリティの側 からの照射という意味で、ドイツ現代史研究一般にとっても寄与するところが大きい。とりわけ、混合 婚や「混血者」に関する事例の紹介は、人種主義イデオロギーに立脚するナチ体制の不条理さや混乱ぶ りを生き生きと浮かび上がらせている。 

3.組織の機関紙・パンフレット・回想録・インタビュー記録・裁判記録など、論者が依拠している豊富 で多様な史料は、基本的には先行諸研究によっても利用されているものだが、論者自身がそれらを直接 読み込むことを通して、実証的にも高いレベルの研究となっている。 

 

  その一方で、長年にわたる個別研究を一つにまとめたことからくるのだろうが、最新の研究が十分に反 映されていないと思われる箇所や、文章表現においてもう少し工夫を要すると思われる箇所、重複する記 述の整理など、本論文を刊行する場合にはさらに配慮することが望ましいと思われる点が散見される。し かし、それらの点は本論文全体の価値を大きく損なうものではない。 

  よって、本論文は博士(文学)早稲田大学の学位に値すると判断する。 

 

公開審査会開催日  2010 年  6 月  26 日 

審査委員資格  所属機関名称・資格  博士学位名称  氏  名 

主任審査委員    早稲田大学文学学術院  教授      大内  宏一 

審査委員    早稲田大学文学学術院  教授      村井  誠人 

審査委員    東京女子大学現代教養学部  教授      芝    健介 

 

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