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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 吉見 健夫
論 文 題 目 源氏物語和歌論――正編を中心として――
審査要旨
吉見健夫氏の学位請求論文「源氏物語和歌論――正編を中心として――」は、『源氏物語』五十四帖のうち の正編(「桐壺」巻から「幻」巻までの四十一帖)における作中和歌を主たる研究対象としている。吉見氏は、
1980 年代末から一貫して『源氏物語』の和歌に関する考察を重ねてきた。和歌文学会、中古文学会等の査 読付き学会誌に掲載された論考をはじめ、これまでに公にされている諸論考をもとにして、Ⅰ〜Ⅳの4部、
計 18 の章からなる論文(400 字詰め換算で 800 枚強)にまとめあげている。個々の礎稿には適宜手が加えら れ、論文全体の一貫性、体裁上の統一性などへの配慮も充分行き届いている。なお、末尾には「付章」と して作中和歌の巻別・人物別等の分布に関する資料が収められている。
『源氏物語』には計 795 首の作中和歌がある(うち正編は 589 首)。それら個々の和歌は、もちろん『源 氏物語』の少なからぬ諸注釈書において解釈されてきた。しかし、特に近代以降の研究を顧みるならば、
『源氏物語』はあくまでも「物語」という散文として受けとめられ、和歌を多数有している点は軽視され てきた面が否めない。したがって、勅撰集をはじめとする著名な歌集と同じようなレヴェルで『源氏物語』
作中和歌が一首ごと精緻に検討されるということは、長きにわたりなされてこなかった。それは、和歌文 学の研究史において、『源氏物語』の作中和歌が(さらには紫式部という一個人の詠歌が)さほど高く評価さ れてきたわけではなかったこととも関わりがあろう。
吉見氏は、このような状況を批判的に受けとめた上で、『源氏物語』の和歌について論じているわけだが、
この学位請求論文の重要な特長は、とりわけ次の2点に集約されるとおもわれる。
1 『源氏物語』が成立する平安時代中期までの文学史、とりわけ和歌史に照らしつつ、『源氏物語』の 作中和歌のある種の達成を見きわめようとしている。
2 『源氏物語』における個々の和歌の精緻な読解に取り組みながら、それらの和歌が、物語世界を形 成する方法としてどのように機能しているのかを明らかにしてゆこうとしている。
次いで、以下においては本論文の構成に即しながら、その論述内容を概観してゆくことにする。
まず、本論文の目的と構成とを提示する「序言」がおかれたのち、「Ⅰ 源氏物語の和歌と平安文学史」
の2つの章においては、『源氏物語』作中和歌の文学史的位相を検討している。第一章では、和歌史的状況 が『源氏物語』の和歌にどのように反映しているのかを跡づけつつ、『伊勢物語』などの歌物語及び『蜻蛉 日記』にみられる方法を発展的に継承していることを論じている。あわせて、古注釈から近年までの研究 史が批判的に検証されている。つづく第二章は、「玉鬘」巻における贈答歌4組の精緻な分析に基づき、物 語成立当時、すなわち『拾遺集』時代の和歌史的状況が物語内に反映していることを見さだめた上で、和 歌が作品形成の方法としても活用されていることを論じるものである。
つづく「Ⅱ 源氏物語の和歌と作品形成」の8つの章では、作中和歌が、場面形成、物語展開、人物間 の交流等々とどのように関わってくるのかということを論じている。これらの章では、たとえば、歌物語 の発展形態が指摘されたり、従来見過ごされていたような著名歌人の和歌をふまえた表現がとらえられた り、光源氏のひときわ優れた和歌詠出能力の意味が論じられたりしている。
次の「Ⅲ 源氏物語の和歌と人物造型」の5つの章では、夕顔の女、若紫の君(紫の上)、藤壺の宮、女 三の宮などの作中人物の造型において、和歌がどのように関与しているのかを論じている。たとえば、第 一三章では、若紫の君の関与する贈答歌3組を中心に考察し、内面的な成長過程を跡づけるといった和歌
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氏名 吉見 健夫
の機能をとらえている。また、主要人物ばかりではなく、第一二章では、女房の和歌の特徴的なあり方を も縦横に論じている。
「Ⅳ 源氏物語の和歌と認識形成」は3つの章から成る。ここでの「認識」とは、物語世界内に形成さ れてくる人生観、死生観等々のことで、そうした「認識」が物語において形づくられる上で、和歌が重要 な役割を担っているということを論じている。具体的には3つの章のいずれも、「若菜上」巻以降のいわゆ る第二部の物語を対象とし、仏教などの既成の宗教思想を超えて、情動的もしくは感性的な認識が導かれ ているといったことなどを論じている。
以上のような内容をもつ本論文の特長については、先述の2点に集約したとおりだが、吉見氏が『源氏 物語』研究にとり組み始めた 1980 年代末ごろから 90 年代にかけては、こうした姿勢で『源氏物語』の作 中和歌と正面から向きあう研究者はかなり少数であった。実のところ、21 世紀に入ってからの『源氏物語』
研究においては、同様の課題にとり組む研究者が少なくない。とりわけ、この3、4年では『源氏物語』
の作中和歌をめぐる議論がかつてないほど活性化し、それに特化した論集も次々刊行されている。つまり、
吉見氏の研究は、近年の動向に先んじて作中和歌に焦点をしぼり、近代以降の『源氏物語』研究に欠落し ていた部分をカヴァーするものであったと評価することができるだろう。公開審査会においては、そうし た点で特に学術的価値を有するということが指摘された。
その一方で、審査委員からは次のような意見、注文等も出された。
・『源氏物語』成立当時の最新の和歌史的状況と物語歌との関わりについては、さらに深く切り込んでゆ けるのではないか。紫式部当人の詠歌、特に『紫式部集』との関係なども視野に入れてほしい。
・『源氏物語』の物語展開の方法に関する議論へと収束しているが、『源氏物語』以外の歌集歌などにも いっそう目を向けてほしい。
・『源氏物語』の続編、とりわけ「宇治十帖」の作中和歌については(一部の章で言及はあるが)いっそ うの検討を要するだろう。
・享受史をも視野に入れ、たとえば藤原定家の『源氏物語』和歌に関する理解なども積極的に参考にし てゆくべきだろう。
吉見氏のこれからの研究のさらなる進展が望まれるところではあるが、先述のとおり、本論文はこれまで の研究史に照らしてみても『源氏物語』正編の作中和歌論として新たな価値を有することは明らかで ある。よって、審査委員会としては、本論文を早稲田大学における博士(文学)の学位に充分値するも のと判断した。
公開審査会開催日 2010 年 6 月 19 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 博士(文学) 早稲田大学 陣野 英則
審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 兼築 信行
審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 博士(文学) 早稲田大学 高松 寿夫
審査委員
審査委員