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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 小林 隆道
論 文 題 目 宋代中国の地方統治と情報伝達 審査要旨
本論文の構成は以下のようである。
序論
第Ⅰ部 南宋官文書の検討−史料論を兼ねて
第 1 章 宋代「備准」文書と情報伝達−朱熹『紹熙州県釈奠儀図』「文公潭州牒州学備准指揮」の分析から−
第 2 章 宋代使帖「文書」の様式と機能−蘇州玄妙観「天慶観尚書省箚幷部符使帖」を事例に− 第 3 章 蘇州玄妙観元碑「天慶観甲乙部符公拠」考−宋元交替期の宋代−
第Ⅱ部 宋代地方統治と文書行政−路制の変遷とその影響
第 4 章 北宋前期における財政文書管理−三司火災による文書消失とその復旧過程の考察から− 第 5 章 北宋期における路の行政化−元豊帳法成立を中心に−
第 6 章 宋代転運使の「模範」の形成−北宋後期から南宋における中央と地方− 第 7 章 南宋初期における統治体制の再構築−地方三級制文書管理の定着とその影響− 終論
本論文は、広大な中国で、なぜ繰り返し統一王朝が出現するのか、とりわけ 11 世紀以降は、なぜ宋・
元・明・清と統一の時代が長く続いたのか、という素朴な疑問が出発点である。「なぜ」統一せねばな らないのかという問いは、中国は中華であり、中華は世界であるから統一王朝は自明の存在である、
という答えで一旦は解消する。ただ、その「統一」とは何かの中味に踏み込むと、議論は際限なく錯 綜する。本論文は、「なぜ」は一先ず措いて、「いかにして」統一したかに考察を集中する。考察の手 掛りは、王朝の「広域区画」にあり、その「広域区画」が「監察」から「行政」に機能を移行させて ゆく宋代を主な対象に、さらに路官の中心である転運使に焦点を絞り、2 部に分けて論を展開してい る。結論は、「広域行政・ ・区画」の出現が、非漢族王朝を含みながら宋から清にいたるまで統一王朝が継 続し得た大きな要因であったというものである。一見、予測した結論を導き出すための循環論法のよ うであるが、そのなかで歴史認識論・史料学論を展開しつつ、自身の資料調査による新史料の発掘お よびその綿密な考証と読解の過程そのものが、本論文の最大の評価・検討の対象となる。
Ⅰ部とⅡ部の構成を簡単に説明し、論証過程の特色を述べる。封建論と郡県論、中国の統治体制を めぐり超時代的に議論されてきたこの課題にあって、封建制=地方分権体制に対する郡県制=中央集 権体制は、州−県という二級制統治組織が前提とされてきた。藩鎮割拠による分裂の克服を至上命題 とした宋朝にとり、中央集権体制の確立は急務であった。それゆえ藩鎮を連想させる中央と州の間に 介在する路が、その機能を伝統的な広域区画としての監察に限定されたことは当然であったろう。し かし現実は、徐々に路が行政区画として機能しはじめ、路−州−県の三級制が始動する。中央集権体 制を確立し、地方統治の強化を図れば図るほど三級制は不可欠になってくるのである。ところが制度 設計における二級制の伝統概念に束縛され、現実には三級制として地方統治が遂行される宋代の状態 は、路に関する既存の文献史料において、建前としての監察機能はよく語られるものの、行政機能の 実態については十分に表現されないという偏った状況を生む。そこで本論文が着目した資料が官文書 でるが、現物官文書をほとんど欠く宋代にあって、利用可能な文書は既存文献史料中に引用された文 書であり、石に刻まれ立てられた石刻官文書ということになる。では官文書を利用してどのように路
2 氏名 小林隆道
あるいは転運使の行政機能を解明しようとするのか。
Ⅰ部は、近年、内外の学界で研究の進む王朝統治における情報伝達の問題から課題に接近する。秦 漢以来、文書行政を発達させてきた中国王朝は、唐にいたって王言を頂点とする下行・上行・平行文 書制度を完成させ、宋朝は、唐制を現実に合わせつつ継承した。官庁を移動する官文書にあって、各 官庁はどのような立場・権限で文書を発給し受領したのか。路ないし転運使の位置づけを官文書に即 して検討したのがⅠ部である。Ⅱ部は、文書行政からみた地方統治の問題を、主に既存文献資料から 検討する。地方業務の増大にともなう官文書の激増と処理方法の模索、転運使の業務とその評価、失 われた文書への対処などが検討される。
少し具体的に述べる。第 1 章は、朱熹が関与した「文公潭州牒学備准指揮」の構造分析である。文 書中にある「備准」の内容解明をめざしながら、指揮文書の伝達経路を、発給・受領の文書形式を手 掛りに再現し、入れ子構造の官文書が自らの経歴を自身に刻印すること、および文書行政は政治構造 に直結することを具体的に明らかにした。第 2 章は、蘇州玄妙観の優遇措置確認の使帖碑刻を分析し、
使帖文書の受給経歴および立石の経緯を明らかにして、立石者にとっての文書機能について検討して いる。第 3 章は、自らが移録した石刻官文書の分析である。内容は住持道士の任命権をめぐる問題で、
南宋文書と元文書が同刻されるという特徴をもつ。立石者にとり前王朝の証明書も有効と判断され、
また下から見上げた行政ヒエラルキーでは転運司が最重要の地方行政機関として認識されていたこと を明らかにした。
第 4 章は、熙寧 7(1074)年の三司火災によって焼失した財政文書をめぐる問題を検討する。焼失 によって文書の数量と重複が課題として浮上したが、二級制の建前から逃れられないなかで抜本的改 革は先送りにされた、とする。第 5 章は、官制改革によって三司が解体され、財政収支報告の経路に 路が入り、地方財政の中心に転運使が位置する元豊帳法が施行された経緯を追い、路の行政区画化を 確認する。第 6 章は、転運使鮮于侁と呉居厚の評価問題の基底に、路の位置づけをめぐる試行錯誤が あることを明らかにし、それが新旧両党派争いの表象となり、記録の伝承や史書編纂過程にも影響し ていたことを指摘する。最後に第 7 章で、南宋になり戦乱に因る文書消失と、その復旧のなかで地方 三級文書管理の定着が実現し、さらにそれに対する古来「上計法」復活という最後の抵抗が失敗する ことで二級地方統治制度は歴史の背景に遠ざかったと結論する。
地方広域区画の機能が監察から行政に推移したという認識は、現在の研究者の大多数が共有する。本 論文の意義は、その漠然とした共有を再吟味することで、宋代史研究に官文書史料学、石刻文書史料 学という新たな視点からの史料論を加え、同時に文書史料に即して事例研究を展開したことにある。
官文書の構造分析は未だ発展途上の分野といってもよい。本論文が契機となり、批判を含め活発な議 論の展開が期待される。それはまた同時に理念と現実のはざまで揺れ動いていた宋代という時代を理 解するための新たな視点の提示でもある。以上により本論文は、早稲田大学における博士(文学)の 学位授与に値すると判断される。
公開審査会開催日 2010 年 11 月 10 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 近藤 一成 審査委員 早稲田大学教育・総合科学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 石見 清裕 審査委員 青山学院大学文学部・教授 博士(文学)東京大学 青木 敦