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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名
宇野 伸浩
論 文 題 目
モンゴル帝国の国家と社会
審査要旨 本学位請求論文は、学位請求者がこれまで学界に発表してきたモンゴル帝国の歴 史に関する論文の一部を選んでまとめたものである。全体は、序論、第1部「史料編」(第1章、第2 章、第3章)、第2部「歴史編」(第1章、第2章、第3章、第4章、第5章)、終章から成る。
序論では、モンゴル帝国史研究の現状と本論文の目的および構成について述べる。
第1部は、モンゴル帝国史の基本史料であるラシードゥッディーンの『集史』を考察対象とする。
第1章「『集史』第1巻「モンゴル史」の構成における「オグズ・カン説話」の意味」では、ラシー ドがモンゴルをイスラム世界史の諸民族の系譜に位置づけるために、モンゴルがトルコの1種である との立場をとり、トルコに結びつける手段として、本来トルコ系遊牧民のイスラム化を説くオグズ・
カン説話を『集史』に導入し、モンゴルを英雄オグズに敗れた者の子孫に位置づけたことを論証する。
またモンゴルはイスラム化しなかったトルコであるが、イスラムの帝王ガザンの治世にイスラム化し たという筋書きを『集史』に盛り込んで、ガザンの功績を際立たせるための布石としたことを論証す る。そして以上から、『集史』が特定の政治的立場から編纂された歴史であるとともに、全体としては イスラム世界史書のひとつであることを明らかにする。
第2章「『集史』第1巻「モンゴル史」の増補加筆のプロセス」では、「モンゴル史」の部族誌とチ ンギス・カン紀に特徴的に見られる写本間の違い、Topkapı 1518、Узбекистан 1620、Österreichische 326 の3写本にあり、Majlis2294を初めとする他の多くの写本にはない独自の記事をめぐって存在する削 除説と増補説について、Majlis2294の欄外の書き込みの分析から、初版『集史』に記事が増補された とする説が正しいと論じる。そして『集史』には、オルジェイトに献呈したときに完成した初版『集 史』と最終的に『ラシード著作全集』に収録されたときに完成した増補版『集史』があり、Topkapı 1518、
Узбекистан 1620、Österreichische 326は増補版『集史』系統であることを明らかにする。
第3章「『集史』第1巻「モンゴル史」の諸写本に見られる脱落」では、「モンゴル史」の最良の写 本と言われてきたタシケントのウズベキスタン科学アカデミー東洋学研究所所蔵写本(Узбекистан 1620)の調査に基づき、これにトプカプ・サライ博物館付属図書館所蔵写本(Topkapı 1518)と同じく 書写ミスによる共通の脱落があることを明らかにし、従来刊行された校訂テキストには、「モンゴル史」
全体をカバーする信頼できるテキストはないこと、よりよい校訂テキストを作成する場合に Узбекистан 1620を底本にMajlis2294などの写本を利用すべきであることなどを指摘する。
第2部は、遊牧国家としてのモンゴル帝国の特徴を解明することを目的としている。
第1章「チンギス・カン前半生研究のための『元朝秘史』と『集史』の比較考察」ではチンギス・
カンの前半生に関する史料間の相違を解釈する方法を考察し、1)「チンギス・カン家の養子」、2)「テ ブ・テンゲリ殺害事件」、3)「チンギス・カンの第一次即位」というトピックを選び、1)と2)は『元 朝秘史』に比べて『集史』の記述が史実であること、3)は、『元朝秘史』だけでなく『集史』、『聖武 親征録』にも言及されていることから史実であるとし、チンギス・カン研究には厳密な史料批判が不 可欠であり、とくに『元朝秘史』の扱いが研究の要点の1つであると論じる。
第2章「モンゴル帝国のオルド」では、首都を大都に移す以前のモンゴル帝国の第4代モンケ・カ アンまでの宮廷(オルド)について、カンの複数の皇后がそれぞれ別の場所に宮廷を構えていたとの 定説を覆し、皇后の宮廷はカアンとともに季節移動をしていたことを確認し、モンゴル帝国が建国当
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氏名 宇野 伸浩
初からその中枢も季節移動という遊牧的な特質をもつ国家であったことを論じ、モンゴル帝国の中枢 部の状況を明らかにする。
第3章「オゴデイ・カアンとムスリム商人」では、チンギス・カンとオゴデイ・カアンの宮廷で活 躍したムスリム商人に関してペルシア語史料とくに『世界征服者の歴史』を利用して、その交易の実 態を考察し、歴史上の他の遊牧国家と同様、モンゴル帝国においても遊牧国家と商人の共生関係が存 在し、帝国とムスリム商人の双方にメリットがあったためにモンゴル帝国内におけるムスリム商人の 商業活動が活発化したことを具体的に論証する。
第4章「チンギス・カン家の通婚関係の変遷」では、チンギス・カン家の通婚関係の変遷を追究し て同家の2大姻族であるコンギラト族とオイラト族の間で勢力争いがあり、後者が勢力を拡大した結 果、コンギラト族との通婚関係はクビライ家だけに縮小したことを政治史と関連付けて論じる。
第5章「ホイン・イルゲン考―モンゴル帝国・元朝期の森林諸部族」では、モンゴル帝国時代に南 シベリアに居住していたホイン・イルゲン(森林諸部族)の生業の実態を考察して、それには2つの タイプがあることを明らかにし、馬牛を飼養していた諸部族は狩猟から牧畜への過渡的な段階ではな く、南シベリアに時代を越えて存在する一つのタイプであり、このタイプが北アジア史上のひとつの 歴史的役割を果たしたことを明らかにする。
本論文に対する評価はつぎのとおりである。
第 1 部第1章において「オグズ・カン説話」の分析から『集史』の編纂意図を明らかにしたことは高く評価 される。第2章において『集史』の「モンゴル史」にいくつかの「増補加筆」段階があり、それを諸写本に おける欄外記事の検討から具体的に明らかにしたことは、正鵠を射ており、部分的な修訂を加えれば、
ほぼ鉄案となると評価できる。修訂が必要な箇所とは、イスタンブル本等の写本群を「増補版」と称 し、最終的に『ラシード著作全集』に収録されたときに完成したという四巻本『集史』系統のものが 存在するという白岩説に従っている点などである。
第 2 部「歴史編」の諸論文のうち、第1章についてはなお問題点なしとはしないが、その他のものは それぞれ遊牧国家としてのモンゴル帝国の特徴を解明するのに重要な意義があると評価できる。ただ、
それらの論文が並べられただけとの印象を免れず
、
一連の研究作業によって一つの問題を解決したあ と、次に究明すべき問題としてどのようなことが残されているのか、また本研究によって到達した高 みからどんな展望が開かれたのかについて論じることが求められるであろう。しかしながらこれらの課題の存在は本学位請求論文の価値を何ら損なうものではない。
よって本学位請求論文は博士(文学)の学位を授与するに十分なものであると認めるものである。
公開審査会開催日 2011 年 1 月 25 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 吉田 順一
審査委員 早稲田大学文学学術院 教授 博士(文学)早稲田大学 近藤 一成
審査委員 埼玉大学 名誉教授 海老沢 哲雄
審査委員 早稲田大学 非常勤講師 博士(文学)早稲田大学 赤坂 恒明
審査委員