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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 倉石義久
論 文 題 目 メイエルホリドの演劇理論研究 審査要旨
提出者(倉石義久)の学位請求論文「メイエルホリドの演劇理論研究」は、全 6 部にわたる計 17 の章および序と結 論からなり、ロシア・ソヴィエトの演出家フセヴォロド・エミーリエヴィチ・メイエルホリド(1874−1940)の演劇理論の全 体を総合的に論じた我が国で最初の研究であり、激動するロシア・ソヴィエトの文化の運動を背景に、メイエルホリド の歩みを描き出そうとする労作で、全体の分量は、400 字詰原稿用紙換算で 1200 枚に達する。査読付きの全国学 会誌に掲載された論考をはじめ、紀要等に掲載された 10 本の論文を基礎とするが、これらにも手を加え、また解釈 を変更した箇所もあり、新たに書き加えられた部分も多く、論としての体系性と一貫性が確保されるように周到な配 慮がなされている。
メイエルホリドの演劇の革新性は、それまで言葉の表象領域の中にとらえ込まれてきた演劇を解き放ち、身体や 事物から言葉による限定、既存の観念体系による限定をはずし、身体や事物を仲立ちとして新しい観念や心理を 提出する演劇を確立したことにある。本論文の序ではこのような論文の基本的な視点が提出される。その上で本論 では自然主義時代のメイエルホリドからシンボリズム期のメイエルホリド、そして 1920 年代のビオメハニカへといたる プロセスが精緻に追跡される。
「第 1 部 自然主義からシンボリズムへ」では 2 章にわたってメイエルホリドが演出を始める契機となったモスクワ芸 術座のスタニスラフスキーの「直感と感情の路線」と「風俗の路線」が検討される。モスクワ芸術座の自然主義はリア リズムの観念体系にとらえ込まれ、自己の意識の内部に見出される観念や心理を舞台上で具現化しようとし(再体 験、心理主義)、また同時に舞台に本物の生活を再現しようとした。スタニスラフスキーは、身体や事物が意識の内 部に見出される心理に連動することを願ったが、それは幻想に過ぎなかった。この頃台頭し始めたシンボリストの一 人、ブリューソフはモスクワ芸術座の自然主義に魂、永遠性がないと批判し、これがメイエルホリドに影響を与えた、
とする。メイエルホリドが演出家として出発する時代の演劇の状況をよく整理した箇所と言えるだろう。
「第 2 部 メイエルホリドとシンボリズム」では 2 章にわたってシンボリズム期(1903−1907)のメイエルホリドの演出が 詳細に分析される。ブリューソフの影響を受けたメイエルホリドは不確定性や不動性を取り入れ、そこからシンボリズ ムの観念体系を連想させる演劇を成立させた。メイエルホリドはこの頃からフォルムへの関心を示したが、そのフォ ルム(絵画的身体構図、不動性、マリオネット的身体)は後のビオメハニカのように身体のメカニズムに立脚するもの ではなく、シンボリズムの観念体系にとらえ込まれたフォルムであった。またこの時期、メイエルホリドは別のシンボリ スト、イワーノフの理念(共同体、フットライトの廃止、コロス)の影響も受けているという。これまでのメイエルホリド研 究においてはアヴァンギャルド芸術の文脈で語られることが多かったが、本論文ではロシア・シンボリズムとの深い 関わりについて詳しく述べられており、新しい重要な視点として評価されるだろう。
「第 3 部 シンボリズムの観念体系からの離脱」では 6 章にわたって、第 1 次ロシア革命後のメイエルホリドが、シン ボリズムの観念体系を否定し、やがて事物を出発点とするようになる移行のありさまが、シンボリストたち、ブロークや ブリューソフ、またスタニスラフスキーの営為との関連で観察される。ブリューソフもまた既存の観念体系への従属か ら解き放たれ、芸術が自律的であることを主張するようになる。第 2 回目の『見世物小屋』上演(1908 年)において、
メイエルホリドは日常の出来合いの事物(装飾画や衝立)を舞台に置いた。ここでは観念体系にもとづく演劇から事 物にもとづく演劇への転換点が具体的に指摘されており、説得力ある論展開となっている。
「第 4 部 事物の蜂起」では 3 章にわたって 1910 年代の未来派の詩人たちとの同時代性のなかでメイエルホリド の試みが意味づけられてゆく。マヤコフスキーの詩では既存の観念体系にとらえ込まれない言葉(ネオロギズム)を
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氏名 倉石 義久
新たな意味として提出する試みがなされ、言葉は観念のベクトルではなく呼吸のベクトルとして提出された。メイエ ルホリドも呼吸のベクトルを重視している。メイエルホリドの舞台には出来合いの事物が置かれ、絵画は舞台背景 に、召使は裏方に再文脈化され新しい意味を提出する。戯曲によらず、登場人物の組み合わせによって新たな意 味を提出する手法を持つコメディア・デラルテの研究も行われた。この頃、事物を使って、眼前にないものを想像さ せる方法、「事物との演技」の原型が現れている、という。また矛盾するものを組み合わせて新たな意味を提出する グロテスクへの展開も見られる。これはロシア革命後、組み合わせ、エキセントリックと呼ばれるものと同じ原理であ る、と指摘されている。また革命直後のメイエルホリドは、日常の本物の事物(トラック、オートバイ、機関銃など)で舞 台を溢れさせたが、トラックのエンジン音は葬送曲として提出されるなど、事物を仲立ちとして新たな意味を提出し ている様子が詳細に観察される。
「第 5 部 近代的心身二元論を乗り越えて」の2つの章はビオメハニカ(身体力学)の検討にあてられている。論文
「未来の俳優とビオメハニカ」(1922)でメイエルホリドは「身体」を「構成者」から分離しており、両者が異なるベクトル にあることを示しており、ここにはパヴロフの理論が反映している、と指摘される。また身体と心理を結びつけるにあ たっては、身体の運動が心理をもたらすというアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズの理論からの影響を受けて いる、とされる。そして身体から心理を呼び起こし、その結果として言葉が発せられるべく、身体の動きは厳格に組 織化される。メイエルホリドのビオメハニカは近代の心身二元論を解体し、身体のメカニズムに反する要素を一掃 し、既存の観念体系にとらえ込まれない身体感覚に従った。観念に従属的であった近代の身体意識、理性が何百 年にもわたって作り上げた身体意識に終止符を打った。本論文では、ここにビオメハニカの新しさがある、と強調さ れ、重要な論点となっている。
「第 6 部 モンタージュ、フォルマリズム」ではそれぞれ 1 章を与えて、エイゼンシュテインの映画理論との親近性、
またテキスト内部の記憶の抽出という問題が取り上げられている。
上記のとおり、本論文は演出家メイエルホリドの活動の全容を具体的かつ精緻に一貫した進展として、微視的に また大きな視点から意味づけた我が国初めての通史的研究である。その際に同時代のロシア演劇、文学、また映 画などの文化全般について極めて綿密に関連づけて論述したものである。またアヴァンギャルド運動との関わりで 語られることの多いこの演出家を、特にシンボリズムとの深い関わりの中で追った点に特色がある。ビオメハニカに 関しては同時代の身体論との関わりで論じた優れた研究であり、今後この時代のロシア文化を研究するに際して参 照されるべき重要な論文として高く評価される。
以上のことから、審査委員会は全会一致で、本論文が博士(文学)の学位を授与するに値するものと判定し、ここ に報告する次第である。
公開審査会開催日 2010 年 7月17日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 井桁 貞義
審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 伊東 一郎
審査委員 早稲田大学教育・総合科学学術院・教授 桑野 隆
審査委員
審査委員