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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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Academic year: 2021

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨 

論文提出者氏名  清水  則夫 

論  文  題  目  闇斎学派の儒神一致論―元禄・享保期を中心に  審査要旨 

  山崎闇斎の学派は絶交による内部分裂を繰り返しながらも学派として長い生命力を維持した。また 儒教と神道の関係について内外で多くの論戦を行った学派でもあった。 

  著者は本論文において山崎闇斎、及びその弟子の浅見絅斎らの思想を分析し、山崎闇斎の学派にお ける儒神一致論(儒学と神道の一致論)の性格と展開、また闇斎学派とはそもそも何かということを 明らかにしようと試みている。闇斎の学問は、崎門(朱子学継承の方向)と、垂加神道(神道継承の 方向)に分かれたが、崎門の中でも朱子学中心の流れと神道を受容する流れが拮抗した。著者が本論 文で取り上げるのは、崎門内部での儒神一致論の展開であって、特に浅見絅斎を軸としつつ、その批 判者であった朱子学中心の佐藤直方や神道重視の谷秦山、また絅斎の継承者であった鈴木貞齋、さら に彼らの周囲の思想家について詳細に論じている。 

まず著者は、闇斎が一般に思われているような単純な朱子学信者ではなく、朱子を聖人を正しく理 解した者という範囲で評価していたこと、また究極的には「天地万物自然の理」を至高のものとして いたことを、文献をもとに確認し、闇斎が時に朱子学批判をも辞さなかったことを指摘する。そして 闇斎がこの立場から儒教と神道との関係を「習合」ではなく「妙契」として把握し、各イデオロギー を超えた理を念頭においていたことに注目する。闇斎のこの姿勢は必ずしも門弟たちに完全に理解は されていなかったが、闇斎学派の基調として存続したと著者は見、そのうえで闇斎後学が朱子学や神 道の正統を以て任じたがゆえに限りなく分派を生みだし、それでいながら明治まで学派を維持し続け たというような丸山真男を初めとした学派離合論に疑問を提起する。 

  著者は次に闇斎の高弟の浅見絅斎を取り上げ、彼において儒教的言説と神道的議論の根底にそれら を統括するものとして朱子学の「理一分殊」論があるとする。絅斎が儒教か神道か、日本と外国の優 劣はどうなのかという枠組に足をとられているわけではなく、それが逆に絅斎理解を困難にしていた という指摘は興味深い。 

  著者は絅斎の基本線を把握したうえで、絅斎と谷秦山、跡部良顕、佐藤直方との論争や衝突につい て具体的かつ詳細に分析し、絅斎とそれ以外の者の立場の基本的な差を明らかにしていく。直方が闇 斎と同じく宇宙の間の一理を言いながら、闇斎のような妙契論の継承ではなく、むしろ妙契論の曖昧 さの批判に立ち至ったことが、神道は神道としての存在意義を認める絅斎との決定的な差異を生みだ したことの指摘などは示唆に富む。著者は特に秦山との論争に着目し、絅斎の思想が他の闇斎後学と は質を異にしていることから学派を統一する方向には働かず、むしろ多数の論争を引き起こしていっ た様相を見る。これは闇斎学派の分裂の原因を、大義名分論の差異という同一平面上の学説分岐とし て捉える従来の見方に対する異論である。 

  著者はまた絅斎の弟子の鈴木貞斎の思想を分析する。貞斎は絅斎の弟子であるが、絅斎没後に垂加 神道を批判し室鳩巣についた。貞斎はその仏教批判から『日本書紀』を否定する一方で儒神一致論を 唱えたユニークな思想家である。彼の後継としては佐藤直方の弟子の野田剛斎がいる。貞斎は闇斎を 批判するのであって崎門ではないが、絅斎の儒神一致論を引き継ぐという点では闇斎学派の裾野に連 なる。彼に見える儒教的人倫主義は、闇斎学派の中で「儒学の日本化」と同じ程度の重さで「日本の 儒学化」があった証左であると著者は言う。 

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氏名  清水  則夫         

著者は、貞斎の活躍した享保期、闇斎が以前より大きな存在として浮上したと言う。つまり闇斎の 道を引き継ぐ「師道」が問題になりだすのである。三宅尚斎の神道観を追うと、師道が大きな力を発 揮していると著者は指摘する。尚斎は結局は闇斎を批判するが、そこに至るまでは師道を尊んだため 神道批判を抑制する時期を持たざるをえなかった。それに対し貞斎は師道の外にいたために上記のよ うな大胆な議論を展開しえたのであって、このような錯綜した状況の中での相互の刺激と影響が闇斎 学派の中には渦巻いていたのである。なお著者は「崎門三傑」という通念に疑問を呈し、絅斎や直方 と並ぶのではなくそれに継ぐ者としての尚斎の位置を再確認している。また一律に闇斎学派とは言う が、彼らが均しく闇斎を批判したことの意味を改めて問うている。 

本論文では、闇斎学派の儒神一致論を検討し、そこにある「儒学の日本化」と「日本の儒学化」の 錯綜した展開を描き出した。儒神一致論者には人倫の学としての儒学普遍主義があり、それは闇斎以 来そうであり、絅斎にことに顕著であった。絅斎の儒神一致論は基本的に「日本の儒学化」であった と言える。ただ絅斎は日本中心主義を取りながら同時にそれをも相対化したのであって、その二重性 こそが絅斎の特色であったと著者はする。そしてこの二重性が周囲の闇斎の門流と種々の軋轢を引き 起こしていくと見るのであるが、谷秦山との論争などは、この視点から明快に分析されている。 

また絶交をくりかえしながらも闇斎学派でありうるという独特な学派内分裂と学派維持の並存状況 は、丸山真男のような正統論への固執という論法では捉えきれないものであって、朱子学や闇斎の権 威によりつつもそれをすら超えた普遍的原理志向をはらむ闇斎門流の性格によるとする著者の分析は 一つの視界を開いたものであろう。また時代が降ると、今度は闇斎の絶対化も出てきて、それがまた 事態を複雑にするという見解にも興味深いものがある。 

本論文は、公刊されている文献はもとより、活字になっていない資料をも博捜し、その着実な分析 によって新たな知見を提示したものである。本論文によって闇斎学派の儒神一致論の研究は着実に前 進したという感を受ける。今後は著者によって、もう一つの流れである垂加神道の再検討がなされ、

それらも含んだ闇斎学派の総体の再把握へと発展することを期待したい。 

以上のように、本論文は創見に富む力作であり、審査委員会は、全会一致で、本論文を博士(文学)

の学位授与に値するものと判断した。 

           

公開審査会開催日  2010年  7月17日 

審査委員資格  所属機関名称・資格  博士学位名称  氏  名 

主任審査委員  早稲田大学文学学術院・教授  博士(文学)  土田  健次郎 

審査委員  早稲田大学文学学術院・教授    吉原  浩人 

審査委員  東北大学文学部・准教授    片岡  龍 

審査委員       

審査委員       

 

参照

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