九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
油井管特殊ねじ継手の回転曲げ疲労特性に関する研 究
奥, 洋介
https://doi.org/10.15017/4060164
出版情報:九州大学, 2019, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
油井管特殊ねじ継手の
回転曲げ疲労特性に関する研究
2020年1月
奥 洋介
目次
第 1 章 緒言 ... 1
1.1 本研究の背景 ... 1
1.1.1 油井管ねじ継手 ... 1
1.1.2 新たな掘削技術の普及 ... 5
1.1.2.1 Drilling with Casing / Casing Drilling ... 5
1.1.2.2 水平掘削 ... 7
1.2 油井管ねじ継手の疲労特性に関する過去の研究 ... 9
1.2.1 ツールジョイント,油井管ねじ継手の疲労特性に関する研究... 11
1.2.2 油井管特殊ねじ継手の疲労特性に関する研究 ... 22
1.2.3 油井管ねじ継手の従来の研究における課題 ... 30
1.3 本研究の目的 ... 31
1.4 本研究の概要 ... 32
1.5 第1章の参考文献 ... 33
第 2 章 油井管特殊ねじ継手の疲労破壊モード ... 37
2.1 緒言 ... 37
2.2 実体疲労試験の供試体 ... 37
2.2.1 形状と寸法 ... 37
2.2.2 表面処理と潤滑剤 ... 39
2.2.3 材料 ... 40
2.3 実体疲労試験の方法 ... 41
2.3.1 4点曲げ式回転曲げ疲労試験 ... 41
2.3.2 共振型疲労試験 ... 42
2.3.3 実体疲労試験の条件 ... 43
2.4 実体疲労試験の結果 ... 45
2.4.1 S-N線図と疲労破壊の様子 ... 45
2.4.2 比較的高応力振幅域における疲労破壊モード ... 48
2.4.3 比較的低応力振幅域における疲労破壊モード ... 51
2.4.4 荷重負荷方式および負荷周波数の違いによる結果の解釈 ... 54
2.4.5 疲労破壊モードのまとめ ... 55
2.5 結言 ... 56
2.6 第2章の参考文献 ... 56
第 3 章 接触中央部におけるフレッティング疲労き裂発生のメカニズム ... 59
3.1 緒言 ... 59
3.2 ブリッジパッド式フレッティング疲労試験 ... 59
3.2.1 ブリッジパッド式フレッティング疲労試験の特徴 ... 59
3.2.2 疲労試験機の構造 ... 62
3.2.3 本研究のフレッティング疲労試験評価部 ... 62
3.2.3.1 試験評価部の説明 ... 62
3.2.3.2 対象とした油井管材料 ... 67
3.2.4 フレッティング疲労試験で負荷する接触面圧の検討 ... 68
3.3 フレッティング疲労試験の結果 ... 73
3.3.1 S-N線図 ... 73
3.3.2 試験後の接触表面の様子 ... 74
3.3.3 フレッティング疲労き裂の発生位置と相対すべり量の関係 ... 75
3.4 接触面のフレッティング摩耗とフレッティング疲労き裂の位置に関する評価 ... 78
3.4.1 途中止めフレッティング疲労試験の要領 ... 78
3.4.2 途中止め試験後の接触表面の様子 ... 79
3.4.3 接触中央部におけるフレッティング疲労き裂発生に関する考察 ... 81
3.5 結言 ... 83
3.6 第3章の参考文献 ... 84
第 4 章 表面処理および潤滑剤がフレッティング疲労強度に及ぼす影響 ... 87
4.1 緒言 ... 87
4.2 表面処理と油井管特殊ねじ継手の疲労強度 ... 88
4.2.1 油井管特殊ねじ継手の実体疲労試験 ... 88
4.2.1.1 供試体の形状と寸法 ... 88
4.2.1.2 表面処理と潤滑剤 ... 89
4.2.1.3 材料 ... 89
4.2.1.4 実体疲労試験方法 ... 89
4.2.1.5 実体疲労試験の条件 ... 90
4.2.2 実体疲労試験の結果 ... 92
4.2.2.1 S-N線図 ... 92
4.2.2.2 ピン不完全ねじ底の疲労破壊の様子 ... 92
4.3 ブリッジパッド式フレッティング疲労試験 ... 94
4.3.1 疲労試験機の構造 ... 94
4.3.2 フレッティング疲労試験の試験評価部 ... 95
4.3.3 材料 ... 98
4.4 フレッティング疲労試験による表面処理と潤滑剤の影響の評価 ... 99
4.4.1 S-N線図 ... 99
4.4.2 接触表面の接線力係数の比較 ... 101
4.4.2.1 リン酸マンガンと潤滑剤の場合 ... 101
4.4.2.2 銅めっきと潤滑剤の場合 ... 102
4.4.3 接触表面の様子 ... 104
4.4.4 フレッティング疲労試験中の表面処理と潤滑剤の挙動の比較... 108
4.5 接触界面における潤滑被膜の維持を考慮したフレッティング疲労試験 ... 110
4.5.1 接触片の軸方向長さの変更 ... 110
4.5.2 S-N線図 ... 111
4.5.3 接線力係数の比較 ... 113
4.6 結言 ... 115
4.7 第4章の参考文献 ... 116
第 5 章 平均応力が油井管特殊ねじ継手の疲労強度に及ぼす影響 ... 119
5.1 緒言 ... 119
5.2 実体疲労試験の供試体 ... 120
5.2.1 供試体の形状と寸法 ... 120
5.2.2 表面処理と潤滑剤 ... 121
5.2.3 材料 ... 121
5.3 引張平均応力を負荷した実体疲労試験の方法 ... 122
5.4 実体疲労試験の結果 ... 125
5.4.1 S-N線図 ... 125
5.4.2 引張平均応力が負荷された場合の疲労破壊モード ... 126
5.5 有限要素法解析によるピンねじ底の応力状態の評価 ... 129
5.5.1 有限要素法解析の条件 ... 129
5.5.2 ねじ底の相当応力分布 ... 131
5.5.3 ピン不完全ねじ底の応力状態の評価 ... 134
5.6 修正Goodman線図による引張平均応力の影響の評価 ... 139
5.7 結言 ... 140
5.8 第5章の参考文献 ... 141
第 6 章 結言 ... 143
関連研究論文一覧 ... 149
謝辞 ... 151
1
第 1 章 緒言
1.1 本研究の背景 1.1.1 油井管ねじ継手
石油,天然ガスを掘削,生産する際に使用されるパイプを油井管 (OCTG = Oil Country Tubular Goods) と呼ぶ.図1-1に石油,天然ガスの掘削,生産の模式図を示す.井戸は,油 井管を多層に埋設する構造であり,井戸の外壁を形成するケーシングパイプ,生産流体を 輸送するチュービングパイプなどから構成される.井戸の開発では,まず掘削用パイプ(ド リルストリング)の下端にドリルビットを装着して井戸を掘削し,その後,地下数百~数 千メートルの油層またはガス層まで油井管を接続して挿入していくことになる.現在普及 している接続方法の一つにねじ継手による接続があり,これを「油井管ねじ継手」と呼ん でいる.ねじを用いる理由としては,溶接や圧接と比較して短時間で着脱することができ るために掘削時間を短縮できることや,操業時に負荷される軸力や圧力に耐えうる継手強 度と生産流体を井戸の外部に流出させない密封性能が確保しやすいこと,などが挙げられ る[1].
図1-1 石油,天然ガスの掘削,生産の模式図
Production casing Surface casing
Tubing Intermediate casing Conductor casing
(b) Example of well structure Oil rig
Tension
Compression Axial
load External
Pressure
High Low
Oil or gas reservoir
3,000~6,000mindepth
Tubing Casing
Connection (Formation
Pressure)
(a) Production of oil and gas
2
ねじ継手は1900年代前半から普及し,その中でも米国石油協会API (American Petroleum Institute)の規格[2]に準拠するAPIねじ継手が世界中で使用されている.APIねじ継手の代表 例を図1-2および図1-3に示す.図のように,三角のねじ形状を有するラウンドねじ継手や,
台形のねじ形状を有するバットレスねじ継手などがあり,パイプの外周に切られた雄ねじ と,もう一方のパイプの内周に切られた雌ねじでパイプ同士が締結されている.一般的に,
雄ねじ部材はピン,雌ねじ部材はボックスと呼ばれる.
図1-4のように,油井管ねじ継手には,操業中や屋外に長期間保管した際の継手部の防食 性を確保する目的で表面処理やコーティングが適用されている.また,締結中の摺動状態 においてねじ部の焼付きを防止する目的で潤滑剤が継手の表面に塗布されている[3].
図1-2 APIねじ継手の構造(ラウンドねじ継手の例)[2]
図1-3 APIねじ継手の構造(バットレスねじ継手の例,単位:mm)[2]
3
図1-4 油井管ねじ継手に適用される表面処理と潤滑剤の一例 [3]
油井管ねじ継手には,図1-5に示すように,カップリング型(T&C (Thread and Coupling) 型)
とインテグラル型の2種類のタイプが存在する[1].カップリング型とは,2本の油井管をカ ップリングと呼ばれる1本の短管を介して接続した構造であり,継手部の外径が大きくかつ 肉厚の確保が容易であるため,継手強度に優れている.それに対して,インテグラル型は,
カップリングを用いずに油井管同士を直接接続する構造である.インテグラル型には継手 部の外径が小さく,スリム型と呼ばれるものもあり,継手部の外径に厳しい制約がある深 井戸を中心に需要がある.
図1-5 カップリング型ねじ継手とインテグラル型ねじ継手の特徴 [1]
近年は,井戸の深さが8,000 m以上に達するような高深度化が進んできており,内部が超 高温(260 ℃以上)かつ超高圧(240 MPa以上)のHPHT (High Pressure High Temperature) 状 態の井戸も開発対象となっている[4,5].このような過酷な環境のもとでは,油井管ねじ継手 に負荷される力学的条件(例えば,引張・圧縮,および内圧・外圧の複合荷重に耐えうる
4
強度や密封性能)も非常に厳しくなってきており,これまでのAPIねじ継手では十分な継手 強度,密封性能を発揮することが困難となる.
井戸内部の生産流体を海中や地中に流出させてしまうことは,長期間にわたる環境汚染 や,多数の人命の喪失,莫大な経済的損失を引き起こしてしまう危険性を孕んでいる.実 際に,2010年にメキシコ湾のディープウォーターホライズンで発生した原油流出事故[6]を 受け,特に深海・超深海において石油,天然ガスの掘削における安全性および信頼性に対 する要求が高まっていることは事実であり,高強度かつ高密封性能を保証できる油井管ね じ継手の開発が望まれている.
1970年代から世界中の鋼管会社や継手の加工会社が,API規格に準拠しない独自の高性能 油井管ねじ継手の開発を盛んに進めてきた.このような油井管ねじ継手を「油井管特殊ね じ継手(プレミアムジョイント)」と呼ぶ.図1-6に油井管特殊ねじ継手の一例を示す.この ねじ継手は,テーパ状の台形ねじ部を有するとともに,締結完了後にピンねじ底面とボッ クスねじ山頂面間に高い接触面圧を付与して締結させることができる.ねじの荷重面(引 張荷重を担保するねじのフランク面)も図1-3のバットレスねじ継手とは異なり,負の角度 となっており,優れた耐引張性能を有する.また,径方向で嵌合うことで高い接触圧で全 周密着し,内外の流体に対して安定した密封性能を発揮させるメタルシールを備えている.
さらに,締結過程における締付けトルクを管理するとともに,圧縮荷重を負担するトルク ショルダが設置されている.
実際の井戸における負荷荷重,掘削深度や,後で述べる水平距離に応じて,ねじ形状や シール形状,ショルダ形状およびその配置位置などについて適正なデザインが検討されて おり,これまでに様々な油井管特殊ねじ継手が開発されている[7-11].
図1-6 代表的な油井管特殊ねじ継手の模式図
5 1.1.2 新たな掘削技術の普及
産油産業の最新の展望[12]によると,図1-7のとおり石油の可採年数は現在約60年であり,
年々増加し続ける傾向にある.主な理由の一つに,井戸掘削技術の進歩による生産効率の 向上がある.特に注目すべきは,以下に示すDwC (Drilling with Casing) や水平掘削が普及し てきていることである.
図1-7 全世界における原油確認埋蔵量と可採年数の推移 [12]
1.1.2.1 Drilling with Casing / Casing Drilling
従来の掘削においては,ドリルストリングで掘削した坑井にケーシングパイプを回転さ せて挿入し,油井管を埋設していた.埋設後に継手部に負荷されるのは引張,圧縮,内圧,
外圧の複合荷重であり,油井管ねじ継手にはこれまで,複合荷重に対する強度および複合 荷重に耐えうる密封性能が主に要求されていた.
一方,近年普及の兆しを見せているのがDwC (Drilling with Casing)(Casing Drillingともい う)であり,その模式図を図1-8に示す[13].これは,ケーシングパイプの先端にドリルビ ットを装着して掘削し,掘削終了時にケーシングパイプをそのまま埋設してしまう作井技 術のことを指す.この技術では掘削に使用したドリルストリングを地上に引き抜いてケー シングパイプを地中に埋設する工程を省略できるため,井戸の開発工期を大幅に短縮する とともに井戸の開発コストを削減できる[14].また,掘削と同時にケーシングパイプの埋設 が可能であるため,掘削中に崩落しやすい軟弱な地層への適用もできるという利点もある.
6
しかし,DwCではケーシング本体が回転しながら進むため,管本体よりも外径の大きい ボックス外表面が地層等の接触で激しく摩耗する問題が生じる.さらに,坑井の屈曲部を 通過する際に動的な回転曲げが従来の掘削よりも長時間負荷されることから,油井管の耐 回転曲げ疲労性能が要求される.油井管においては,切欠きを有するねじ継手部が疲労に 最弱となることが考えられるため,ねじ継手部の耐疲労性能が重要となる(図1-9 [15]).
これまでDwCでは,主にAPIねじ継手が適用されていた.それは,DwCにおけるケーシン グの回転速度は50 rpm程度と比較的遅く,負荷される曲げ荷重も応力振幅で約100 MPa程度 と比較的小さかったためである[16,17].しかし,2010年以降は,油井管特殊ねじ継手を用い てDwCに挑戦するオイルメジャーや国営石油会社が増加しており,実際に豪州や東南アジ ア,北米などの深井戸で実績が出始めている[18,19].これは,井戸の掘削距離や屈曲角度の 増加に伴って,繰返し荷重やその負荷時間も増大しつつあることを意味しており,油井管 ねじ継手の耐疲労性能に対する需要がさらに高まるとともに,疲労荷重を受けた後の密封 性能も要求されてくると想定される.
図1-8 従来の掘削方法とDwCの比較 [13]
7
図1-9 DwCにおける継手部への要求性能 [15]
1.1.2.2 水平掘削
水平掘削とは,2000年代後半より北米を中心に急増しているシェールガスの開発[20]や
ERD (Extended Reached Drilling) 坑井(一般的に,水平距離が垂直深度の2倍以上に及ぶ傾斜
井戸[21])の掘削を中心に適用されている作井技術であり,図1-10に模式図を示す[22].こ の技術では,油層とチュービングパイプの接触面積を増加させることで生産効率を大幅に 向上できることや,1箇所のリグ拠点から複数の油層に油井管を埋設し,原油を生産できる などの利点がある[21].この作井技術では,水平掘削距離が従来よりもはるかに長い分,ね じ継手が坑井の屈曲部を通過する際に高いねじり荷重が負荷される.そのため,掘削中に ねじ部が破壊しないような高いトルク抵抗が要求される.実際に,ダブテイル形状の楔型 ねじを適用することでトルク抵抗を確保した油井管特殊ねじ継手が開発されている[23].
なお,本掘削技術においても,今後DwCが適用される場合[16]を想定すれば,トルク抵抗 を備えつつも,繰返しの回転曲げ荷重に耐えうる疲労性能も要求されると考えられる.
8
図1-10 水平掘削の模式図 [22]
(a) Structure of threaded connection
(b) Details of seal and thread
図1-11 耐トルク性能に優れた油井管特殊ねじ継手の一例 [23]
9 1.2. 油井管ねじ継手の疲労特性に関する過去の研究
前節では,新しい掘削技術の普及に伴って,油井管特殊ねじ継手の耐疲労性能が重要な 継手性能の一つとして着目されつつある現状について述べた.そのため,油井管特殊ねじ 継手の疲労特性に関する研究に着手するに当たり,これまで実施されてきた油井管ねじ継 手の疲労特性に関する研究内容やその課題を把握しておく必要がある.そこで,本節では,
油井管ねじ継手の疲労特性評価にも深く関連する掘削用パイプ(ドリルストリング)にも 調査の対象を広げ,それらの研究内容をレビューした.
図1-12にドリルストリングによる掘削の模式図を示す.ドリルストリングは,ドリルパイ プ,ドリルカラー(ドリルビット荷重に岩石を砕くための重量を与える厚肉パイプ),ドリ ルビット(掘削を行う部分)などから構成される[24].これらもねじ継手で接続され,その 継手部は図1-13のように「ツールジョイント」と呼ばれる[25].井戸の掘削中には,ドリル パイプだけでなく,ドリルカラーも大きな繰返し曲げ荷重を受けることから,過去から疲 労破壊が継続的に問題となっている経緯がある[26].また,図1-14に示すように,疲労破壊 が,ドリルストリングの破壊全体に占める割合は70 %近くあるとの報告もある[27].そのた め,ドリルストリングの疲労性能評価に関する研究事例は油井管特殊ねじ継手と比べると 比較的盛んに報告されている.
図1-12 ドリルストリングによる井戸の掘削の模式図 [24]
10
図1-13 ツールジョイントの模式図 [25]
図1-14 疲労破壊がドリルストリングの破壊の原因に占める割合 [27]
11
油井管ねじ継手,油井管特殊ねじ継手およびツールジョイントの疲労特性に関する研究 は主に,実体疲労試験による疲労性能評価と,有限要素法解析など数値シミュレーション を活用した疲労強度評価の2種類に大別される.
1.2.1 ツールジョイント,油井管ねじ継手の疲労特性に関する研究
実体疲労試験には過去から複数の試験方法が検討されている.Teodriu [28]はツールジョ イントや,油井管ねじ継手に適用されてきたこれまでの実体疲労試験方法をレビューして いる.図1-15に実体疲労試験の方法を2例示す.試験方法は主に,図1-15(a),(b)のような4 点曲げ式回転曲げ方式,図1-15(c),(d)のような共振型の方式がある[29-32].現在の主流は 共振型の実体疲労試験で,4点曲げ式回転曲げ方式と比較するとその高速性による試験の利 便性から高サイクル疲労の領域で採用している研究は多い.しかしながら,Teodriuは,図 1-16のように共振型試験の結果をそのまま低サイクル域(比較的高応力振幅の領域)に外挿 することは,適切ではないと述べている.現時点では,高サイクル域と低サイクル域を包 括できるような試験方法は確立されておらず,油井管ねじ継手の実操業を模擬するには,
負荷荷重の大きさやサイクル数に応じた試験方法の選定が望ましいとのことである.
(a) Four points bending methodology [29]
図1-15 ツールジョイントおよび油井管ねじ継手の実体疲労試験方法 [29-32]
12
(b) Four points bending methodology [30]
(c) Resonance methodology [31]
(d) Resonance methodology [32]
図1-15 ツールジョイントおよび油井管ねじ継手の実体疲労試験方法(つづき)[29-32]
13
図1-16 共振型疲労試験における比較的高応力域と比較的低応力域の結果 [28]
Breihanら[33]は,ツールジョイントを対象に締結トルク(MuT (Make-up Torque))を変更し て共振型実体疲労試験でS-N線図を取得し,締結トルクの大きさが疲労特性に及ぼす影響を 評価している.その際,図1-17に示したように締結トルクを大きくしすぎると,ツールジョ イントの疲労強度を低下させる恐れがあると述べている.確かに,締結トルクを増加する ことで,掘削時におけるトルク抵抗が増加し,掘削時のねじりによるねじ部の破壊は発生 しにくくなる.しかし,締結トルクの増加はツールジョイントのねじ底に発生する塑性ひ ずみを増加させるため,締結トルクの値には注意を払うべきであると報告している.この 結果は修正Goodman線図に基づいても評価され,Baileyら[34]も同様の見解を述べている.
図1-17 締結トルクがツールジョイントの疲労性能に及ぼす影響 [33]
14
Haagensenら[35]は共振型疲労試験の結果,図1-18に示すように,ドリルパイプにおいては パイプ本体の拡径を施した厚肉部で最も多く疲労破壊が発生するが,ねじ部の噛合い端部 でも疲労破壊が発生することを報告している.特にねじ部における疲労破壊は,管本体の 外径と継手部の外径の比率が小さい坑井で使用された場合に発生しやすくなることが判明 している.
(a) Fatigue failure portion on drill pipe
(b) Distribution of fatigue failure portion
図1-18 ツールジョイントにおける疲労破壊の発生箇所 [35]
15
Santusら[36]は,ドリルパイプそのものの重量の低下および防食性確保のためにアルミ合 金を材質としたドリルパイプを供試体として,共振型疲労試験で性能を評価した.その結 果,ねじ継手部の接触端部において繰返しの相対すべりが発生し,図1-19に示すように,フ レッティング疲労が誘発された.その際の疲労強度は平滑材の疲労限度と比較して約2.7分 の1まで低下したことが報告されている.またこの研究では,実体疲労試験を低減するため に有限要素法解析に基づく疲労強度の予測も実施し,応力とすべり状態の相関を示すマッ プを提案している.しかし,このマップの高精度化には,材料の基礎的なフレッティング 疲労試験を多数実施し,摩耗状況を把握する必要があると述べている.
(a) Fretting on the contact edge of aluminum connection
(b) Example of fretting fatigue failure
図1-19 アルミ合金製のドリルパイプにおけるフレッティング疲労の問題 [36]
16
有限要素法解析など数値シミュレーションを活用した疲労強度評価については,静的荷 重や繰返し荷重が負荷された場合の,油井管ねじ継手ねじ底の応力集中係数SCF(Stress Concentration Factor)を計算することで,疲労に最弱な箇所を推定したり,ねじ底の局所応力 を計算する検討がなされている.Tangら[37]は,図1-20に示すように,ツールジョイントに おけるSCFの評価フローを提案している.従来の応力集中係数は,十分に遠く離れた断面の 平均応力と切欠き底の最大応力の比率で評価される[38]が,油井管ねじ継手の場合には,特 に締結時にねじ底に負荷される応力Pre tension, σmean の影響を考慮する必要があると述べて いる.このPre tensionを考慮することで,これまでに比べてより精度よく静的荷重や繰返し 荷重が負荷された場合の,ねじ底に発生する最大応力を予測することが可能になったと述 べている.なお,本研究では最大応力の予測までは開示されているものの,疲労寿命の予 測まで踏み込んだ検討は実施されていない.
17
図1-20 有限要素法解析によるねじ継手の応力評価のフロー [37]
18
Teodriuら[39]は図1-21に示すように,油井管ねじ継手のねじ底の応力集中係数Kから局所 応力を算出し,それに基づく油井管ねじ継手の低サイクル疲労寿命予測法を提案している.
しかし,本研究ではさらに疲労寿命を高精度に予測するには,油井管材料の繰返し応力-ひ ずみ曲線の取得,ねじの形状を有限要素解析で精緻にモデル化することが重要であると述 べている.
図1-21 ねじ底の応力集中係数から算出した局所応力に基づく疲労強度予測 [39]
19
一方で,Cetinら[40]は,掘削用ねじ継手において疲労破壊するねじ底を対象に,サブモデ ルを用いて種々の疲労寿命予測法を検討しており,その一例を図1-22に示す.彼らは,ねじ 底表層の局所応力(この研究では最大主応力)のみによる評価では,あまりに安全側の評 価となること,Peterson [41]とNeuber [42]による切欠き感受性を考慮した古典的評価も非現 実的であること,を述べている.有効かつ現実的な手法の一つとして,図1-22(b)に示した とおり,ねじ底内面の応力勾配から求まる切欠き係数[43]や最弱リンク法[44]を用いた疲労 強度予測法が提案されている.ただし,この最弱リンク法を評価するための有限要素法解 析の収束が不芳であるため,図1-22(b)のように正確な解が算出されない問題がある.
(a) Max principal stress on the thread corner radius
(b) Results of predicted fatigue failure cycle
図1-22 油井管ねじ継手の疲労強度予測結果の比較 [40]
20
Wittenbergheらは,油井管ねじ継手の疲労性能を比較的系統的に行っている.例えば,実 体疲労試験中におけるねじ継手外表面の変形量を3次元偏光解析を用いて測定し,それが有 限要素法で得た結果と良好に対応していることを図1-23のように示している[45].また,図 1-24に示すようにVon Misesの相当応力と応力三軸度によって得られるダメージモデル[46]
に基づく疲労強度予測も実施している[47].この予測法の適用によって疲労寿命を比較的精 度よく予測できているものの,パイプの肉厚を減少したモデルについては高応力振幅の域 では寿命を過小評価したり,低応力振幅の域では寿命を過大評価する問題が見受けられる.
これは,当該のダメージモデルがき裂の進展に影響を及ぼす応力状態を考慮できておらず,
その点で課題がある.
Linら[48]も図1-25に示すツールジョイントを対象に,掘削時におけるねじ部の応力状態が 複雑であることから,Von Misesの相当塑性ひずみに基づく多軸疲労寿命予測モデルと Critical planeに基づく疲労寿命予測モデル[49]を提案し,疲労寿命を良好に予測できると報 告している.ただし,この研究では,表1-1(a)のように低サイクル疲労寿命については両モ デルの予測結果に差異はほとんどないものの,表1-1(b)のように高サイクル疲労寿命につい ては,Critical planeに基づく疲労寿命予測モデルではかなり安全側の評価結果となる課題が あると述べられている.
(a) Deflection method to measure the deformation 図1-23 継手外表面の径方向変形量の比較 [45]
21
(b) Comparison of full-scale fatigue testing and FE Analysis 図1-23 継手外表面の径方向変形量の比較 [45](つづき)
図1-24 ダメージモデルに基づく油井管ねじ継手の疲労強度予測 [47]
22
図1-25 ツールジョイントの疲労性能評価のための有限要素法解析の模式図[48]
表1-1 相当塑性ひずみとCritical Planeに基づくツールジョイントの疲労寿命予測 [48]
(a) Low cycle fatigue region
(b) High cycle fatigue region
1.2.2 油井管特殊ねじ継手の疲労特性に関する研究
油井管特殊ねじ継手の耐疲労性能に関する研究がなされるようになったのは,2000年頃 とまだ比較的歴史が新しい.背景としては,先ほど述べたDwCの他に,ライザー管(海底 の油井口と洋上のリグを繋ぐケーシングパイプ)に従来の溶接継手ではなく,ねじ継手が 適用された際に潮流による繰返しの回転曲げに対する疲労性能を確保する必要が出てきた ことが発端である[50].
23
油井管特殊ねじ継手に関する研究としては,実体疲労試験による性能評価の事例が最も 多い.実体疲労試験の主目的は,製品のS-N線図を取得し,その疲労性能を,顧客をはじめ とする対外に保証することである.例えば,疲労に関する既存の規格で定められた母材の S-N線図と実製品の疲労性能を比較する方法があり,代表的なものとしてノルウェーの船級 協会DNV GLが定める溶接継手母材の疲労設計基準のDNV-B線[51]との比率SAF(Stress Amplification Factor)に基づく評価[52](図1-26)が挙げられる.実際に,顧客からも製品の SAFに関する問合せを受けることが多く,このSAFに基づく製品の疲労性能評価が世界中に 浸透している.なお,油井管特殊ねじ継手では,母材の降伏応力が500 MPa以上の場合を対 象としたSAF基準[51]も適用され始めている.
Schesら[52]は,図1-27のように実体疲労試験後の観察から,ピンねじ底から貫通き裂が発 生すること,その原因はねじ底面とねじ山頂面の繰返しすべりに伴うフレッティング疲労 の可能性があると推定している.また,実際にライザー管へ油井管ねじ継手を適用するた め,図1-28に示すような新ねじ継手を開発した[9,52].この際,ねじ底の応力集中を緩和す るためにねじ底の曲面の曲率を増加させるとともに,噛合い端部のピンねじ底の接触面圧 を低減させるためにボックス外表面の剛性を低下させた.このねじ継手は実体疲労試験で も評価され,従来のねじ継手と比較して疲労寿命が約5倍となったと報告されている.確か に実体疲労試験において疲労強度の向上を確認できてはいるが,それがフレッティング疲 労強度の向上によるものであるかは明記されてはおらず,試験後のピンねじ底のフレッテ ィングの状態の比較などは行われていない.
図1-26 DNV-B線に基づくSAF評価の概念 [52]
24
(a) Fatigue failure at PIN thread root
(b) Cracks on PIN thread root
(c)Fretting fatigue mechanism on PIN thread root 図1-27 油井管特殊ねじ継手における疲労破壊の一例 [52]
25
(a) Design modification for improving the fatigue performance, as indicated in blue-colored line
(b) Comparison of the fatigue strength between original design and improved design 図1-28 油井管特殊ねじ継手の耐疲労性能の改善方法および疲労試験の結果 [9,52]
26
近年では,平均応力と疲労強度の関係や,疲労荷重を負荷した後に油井管ねじ継手の密 封性能が保証されているかに関する情報を,顧客から要求されるケースが増加している.
Baileyら[53],やLuら[54]は内圧による引張平均応力をねじ部に負荷した状態で疲労性能 を評価しており,図1-29に示すように引張平均応力に伴って疲労強度が低下することを報告 している.ただし,平均応力を負荷した試験の実績は一つの応力範囲でのみしかなく,S-N 線図の全体的な傾向を把握するのは困難であり,試験データの拡充が望まれている.また,
疲労荷重を継手に負荷した後の密封性能の評価に関しても検討されており,予め負荷する 疲労サイクル数は1/2 Nfが望ましいと提案されている.しかし,その理由については特に明 らかにはされていない.なお,密封性能の評価には,引張,圧縮,内圧,外圧の複合荷重 を負荷した密封性能評価試験がISO13679規格[55]に則り実施される.
図1-29 応力比と疲労強度の関係 [53]
一方で,Ongら[56]も図1-30に示すような手順で油井管特殊ねじ継手の疲労荷重負荷後の 密封性能を評価している.Phase Iの疲労試験でまず,製品のS-N線を取得し,Phase IIの密封 性能評価試験に供試する前に負荷する繰返し数を求める手法を提案した.疲労試験で負荷 する繰返し数は,図1-31のように90 % of SAFに相当する回数が良いと提案されている.し かし,この提案された繰返し数を決定した理由については記載されていない.これらのこ とから,油井管ねじ継手における,疲労荷重負荷後の密封性能評価試験に関しては,これ までのところ世界で統一された試験規格は定められておらず,各社の見解に応じて実施さ れていることがうかがえ,規格化が望まれていると言える.
27
図1-30 油井管特殊ねじ継手の疲労荷重負荷後の密封性能評価の手順 [56]
(Phase I:疲労試験, Phase II:疲労荷重を負荷した後の密封性能評価試験)
図1-31 密封性能試験前に負荷する疲労荷重の繰返し数の決定方法 [56]
28
油井管特殊ねじ継手の疲労強度を定量的に評価する研究については,上述したような有 限要素法解析によるSCFの予測や疲労強度の評価の事例がいくつかある.
例えば,Santiら[57]の研究では図1-32に示すような油井管特殊ねじ継手を対象としたSCF 評価が実施され,自社製のねじ継手のねじ底のSCFは低く,実体疲労試験においてもねじ底 からではなく,管本体からき裂が発生したため,十分な疲労性能を有していると報告して いる.しかし,この評価ではねじ底のSCFのみしか算出されておらず,実体疲労試験での破 壊箇所(管本体)を評価できているわけではない.
(a) Features of FEM mesh in critical thread root
(b) SCF distribution inside the threaded connection
図1-32 油井管特殊ねじ継手の応力集中係数SCFを評価する有限要素法解析[57]
29
同様の研究は,図1-33に示すようにCarcagnoら[58]によっても実施されている.この研究 では,インテグラル型ねじ継手のねじ底の曲面のSCFが2.0以下であることを確認した上で,
平均応力を負荷した実体疲労試験を実施し,繰返し数が2.0×106回に達しても疲労破壊が生 じなかったことを述べている.しかし,このSCFが2.0という閾値はDwCに適用する上での 実績に基づく値であるとのことで,種々のねじの形状などを考慮した閾値になっていると は言い難い.
図1-33 油井管特殊ねじ継手の応力集中係数SCFの評価結果の一例 [58]
30
Meertensら[59]は,これまでの特許などで公開された疲労性能を改善する継手形状を対象 に弾性有限要素法解析で引張荷重負荷時のねじ底の発生応力を評価する検討を行っている.
いずれも寸法を厳密にはモデル化できていないという問題があり,評価精度も決して高く はないが,図1-34 d)のようなボックス外表面にグルーブを設けた形状で,ねじ底の発生応力 を最も低減できることを示している.
図1-34 継手部の疲労性能の改善形状の一例 [59]
1.2.3 油井管ねじ継手の従来の研究における課題
以上のように,実体疲労試験に基づく評価は精力的に実施されていることが分かるが,
従来の研究には下記のような課題があると考えられる.
まず,DNV-B線自体が厚板母材を対象とする疲労性能保証曲線であることである.例え ば,先ほど述べたSchesらのもう一つの研究[60]における実体疲労試験結果を参照すると,
切欠きが付与されたねじ継手を対象にしているにもかかわらず,母材の疲労性能を示すS-N 線よりも油井管ねじ継手の結果が長寿命側になることがあり,その物理的な意味には疑問 がある.
有限要素法解析などの数値シミュレーションで,ねじ底の応力集中係数を評価する方法 は,確かに油井管ねじ継手の応力分布の定性的傾向を把握するには適切な方法であると思 われる.しかし,Tangら[37]の研究でも述べた通り,油井管ねじ継手に対応する応力集中係 数の評価式は多数提案されており,統一された評価式は存在しない.それは,応力集中係 数の公称応力を,ねじ部のない管本体断面の平均応力とするか,あるいは評価すべきねじ
31
底の断面の平均応力とするか,ピンとボックスの締結体であるため噛合い端部の平均応力 を参照するかなど平均応力の定義が困難であるという問題がある.また,最大主応力,軸 方向応力,相当応力など,どの応力で評価するかも,現時点では定まっておらず,応力集 中係数を一意的に決定できないことが原因の一つと考えられる.
さらに,疲労寿命や疲労強度を定量的に予測する方法についてもツールジョイントを対 象としたような詳細な評価法(例えば,多軸疲労評価など)については公表されている事 例は殆ど見られない.
1.3 本研究の目的
前節で述べたとおり,これまで実体疲労試験や数値シミュレーションなどを適用するこ とで,油井管特殊ねじ継手の疲労性能を評価しようとする研究はある程度実施されている ものの,いくつか課題が見られた.
実体疲労試験を活用した研究では,実体の疲労性能を評価し,それを対外的に保証する ことに注力されている.S-N線が前提の評価手法となっているため,ねじ継手を全て実体疲 労試験に供試する必要があることから,莫大な時間とコストを消費してしまう恐れもある.
実体疲労試験を減らすための定量的評価法については,過去より種々の疲労強度予測法が 提案されているものの,油井管特殊ねじ継手に適用された実績は少ない.これは油井管特 殊ねじ継手の疲労破壊モードを十分に考慮できてはいないことが原因であり,それは小型 試験片レベルの基礎的な試験を活用するなど,疲労破壊の原因や機構の解明にまで踏み込 んだ研究例は殆ど見られないことに起因する.
そこで,本研究の目的は,油井管特殊ねじ継手の定量的な疲労強度評価法を確立し,か つ,耐疲労性能を向上させるに資する設計指針を見出すため,種々の実体疲労試験および 小型試験片レベルの基礎的な試験によって油井管特殊ねじ継手の疲労破壊モードに及ぼす 影響因子や疲労破壊の現象を定性的に解明することとする.
32 1.4 本研究の概要
本研究では,前節で述べた目的を踏まえ,以下の構成で研究内容を記載した.
第1章では,油井管特殊ねじ継手はどのようなものであるか,またそれに要求される性能 などについて述べ,さらにこれまでに行われた油井管特殊ねじ継手を対象とした実体疲労 試験や数値解析による疲労強度を評価した事例について紹介した.そして過去の研究では 疲労破壊の原因や機構の解明にまで踏み込んで研究されていないことを述べ,本研究の必 要性を明らかにした.
第2章では,代表的な油井管特殊ねじ継手を対象に,比較的高応力域においては4点曲げ 式回転曲げ実体疲労試験,比較的低応力域においては共振型実体疲労試験を実施し,疲労 破壊モードの解明に取り組んだ.
第3章では,第2章で解明した油井管特殊ねじ継手の主要な疲労破壊モードの一つである,
ピンねじ底面における接触中央部近傍からのフレッティング疲労き裂の発生のメカニズム を解明するため,油井管材料を対象としたブリッジパッド式フレッティング疲労試験を実 施した.
第4章では,表面処理および潤滑剤がフレッティング疲労特性に及ぼす影響を評価するた め,代表的な表面処理であるリン酸マンガンと銅めっきの2種類を油井管特殊ねじ継手のボ ックス表面に適用し,実体疲労試験を実施した.さらに,上記表面処理を接触片に施しか つ,試験片と接触片の間にAPI規格の潤滑剤を塗布した状態で,油井管材料のブリッジパッ ド式フレッティング疲労試験を実施した.
第5章では,平均応力が負荷された場合の油井管特殊ねじ継手の疲労特性を評価するため,
引張平均応力を負荷した実体疲労試験を実施し,引張平均応力が油井管ねじ継手の疲労強 度に及ぼす影響を評価した.さらに試験後観察と有限要素法解析によるねじ底の応力状態 の評価を通じて,引張平均応力下の油井管ねじ継手の疲労破壊のモードについて力学的な 解釈を得た.
第6章では本研究の結論として,第1章~第5章で得られた知見を総括した.
33 1.5 第1章の参考文献
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37
第 2 章 油井管特殊ねじ継手の疲労破壊モード
2.1 緒言
油井管特殊ねじ継手の疲労強度を定量的に評価するには,まず油井管特殊ねじ継手の疲 労破壊モード(ピン(雄ねじ部材)またはボックス(雌ねじ部材)のどの部分で疲労破壊 が発生し,その疲労破壊の主要因は何か)を明らかにした上で,各々のモードに応じた疲 労強度評価法を構築する必要がある.第1章でも述べたとおり,油井管特殊ねじ継手を対象 とした実体疲労試験評価はこれまで多数報告されてはいるものの,油井管特殊ねじ継手の 疲労破壊モードの解明にまで踏み込んだ研究例はほとんどない.
そこで本章では,実際の油井管特殊ねじ継手を対象に,実体疲労試験を実施した.その 結果として,S-N線図を取得して実体の疲労性能を評価するとともに,疲労破壊が発生した 供試体の観察を行い,疲労破壊モードの解明を行った.
2.2 実体疲労試験の供試体 2.2.1 形状と寸法
実体疲労試験に供試した油井管特殊ねじ継手の模式図を図2-1に示す.この継手はカップ リング型で,管本体の外径は177.80 mm (7 inches),管本体の肉厚は11.50 mm (0.453 inches)
であり,1/16のねじテーパを有する.ねじ部は台形状でかつ,ねじ山頂面とねじ底面は平行
であるが管軸に対して所定の傾きを有する.この継手は主に,図2-1下段に左から示すよう に,完全ねじ部・不完全ねじ部,シール,トルクショルダから構成される.
図2-1下段の左のとおり,ねじ部はねじ底面,ねじ山頂面,引張荷重を負担する荷重面 (Loading flank),締結開始時に雄ねじと雌ねじが接触する挿入面(Stabbing flank)から構成され る.また図中に○で表示しているように,締結完了時には,ピンとボックスの荷重面,ピ ンねじ底面とボックスねじ山頂面が接触し,ピンとボックスの挿入面,ピンねじ山頂面と ボックスねじ底面には所定のすき間が形成される.
完全ねじは,ねじ山頂面およびねじ底面の形状が両方とも完全な形状に切削されている 部分を指している.一方,不完全ねじ部では,ねじ底面は完全な形状であるが,ねじ部の 切削時に管本体外径の円筒面との干渉によってねじ山頂面が切り取られた形状となる部分 を指す[1].不完全ねじ部では,完全ねじ部と比較するとねじ山高さが低い分ねじの噛合い 面積が低下するため,相対的に強度が劣る.
また,図2-2に示すように危険断面(CCS,Critical Cross Section)とは,締結状態において引 張荷重を負荷した際に最大応力が生じる継手部分の横断面である.油井管ねじ継手では,
負荷された引張荷重は,ピンとボックスのねじの嵌合範囲全体にわたって軸方向に伝播さ れるため,ピンの管本体側,およびボックスの管本体側に全引張荷重が作用する断面が存
38
在する.ピンとボックスにおいて,それぞれ最も断面積が小さい箇所が危険断面となり,
この箇所が最も低い静的強度と疲労強度を有する.
シールは内部の生産流体が油井管の外部に流出しないように油井管内部を密封する役割 を有する.また,トルクショルダは締結時の締付けストッパー(締結トルクの管理)の役 割を担う.
図2-1 実体疲労試験に供試した油井管特殊ねじ継手の模式図
図2-2 油井管ねじ継手における危険断面の考え方
ねじ部には接続を強固にするため,図2-3のとおりねじ底に締めしろ,すなわちピンとボ ックスのねじ径に径差 ( TDP-TDB ) を設けており,これを干渉量と呼んでいる.シール部 においても,ピンとボックスに同様の干渉量が設けられており,締結時にピンのシール面 で縮径変形が,ボックスのシール面で拡径変形が生じるが,それぞれが元の径に戻ろうと する弾性復元力によってシール面の全周が密着し,これにより密封性能が発揮される.ね
39
じ部の径差は管本体外径の約0.2 %,シール部の径差は管本体外径の約0.4 %の値である.
また,油井管ねじ継手の各々の構成寸法には製造公差が設けられており,シール径,ね じ径など干渉に関わる部分は特に厳格に定められている.この公差の組合せが,密封性能,
耐トルク性能などをはじめとする諸性能に及ぼす影響が極めて大きいためである.本試験 におけるねじとシールの干渉量はそれぞれ公差の最大値を狙い,継手を製作してこの条件 をHighと称する.ねじテーパは雄ねじと雌ねじとも公差の中央値を狙い,ねじを製作して この条件をNominalと称する.これらを総合してHH-PNBNと表す通例となっている.
図2-3 油井管ねじ継手における干渉量の考え方(ねじ干渉量の例)
2.2.2 表面処理と潤滑剤
図2-4に締結前の供試体の表面の写真を示す.ボックス表面は,締結時の焼付きを防止す るためにリン酸マンガンで表面処理を施し,ピン表面は旋削まま(As machined)とした.また,
ピン外表面とボックス内表面にはAPI規格[2]の潤滑剤Shell type 3を塗布し,油圧パワートン グを用いて製品で規定される推奨トルク値で締結した.API規格の潤滑剤は,主成分に鉛,
亜鉛,銅などの重金属が含まれており,これらの重金属により締結過程において高い焼付 き抵抗が発揮される.しかし,近年の海洋環境の規制強化により,API規格の潤滑剤は欧州 を中心に使用が制限されており,有害な重金属を用いない潤滑剤も開発されている[3].
図2-4 締結前の油井管ねじ継手の表面の様子 Make-up
PIN thread diameter BOX thread diameter
TDP TDB
PIN BOX
Pipe axis
TDP> TDB
40 2.2.3 材料
本研究における材料はAPI規格の油井管材料L80,P110,Q125の3鋼種とした.これらの鋼 種における右側の数字は材料の降伏強度の最小値を示しており,例えばL80であれば80 ksi
(= 約552 MPa)以上の降伏強度を有することを意味する.また,API規格[4]では降伏強度 の最大値も規定されており,実際の降伏強度が上記最小値の100~120 %程度以下に収まっ ていれば,同じ材料として許容される.
いずれの材料についても,実体疲労試験の供試体と同ロットのパイプ素管から切出した 試験片で引張試験と平滑材の軸力疲労試験(荷重制御,応力比 R = -1)を行った.引張試 験片と疲労試験片はパイプの肉厚からパイプ軸方向に沿って切出した.ただし,円周方向 位置と軸方向位置については任意の箇所で採取しているため,それらの位置が機械的性質 に及ぼす影響がもしあっても考慮していない.試験で得られたピン材の機械的性質と疲労 限度を表2-1に,ボックス材の機械的性質と疲労限度を表2-2に示す.L80においては,ボッ クス材の降伏応力,引張強度ともピン材よりも高くなっていたのに対し,P110,Q125では いずれもピンとボックスで同程度の強度となった.疲労限度(繰返し数= 1.00×107回で未破 断の場合の応力振幅の最大値)についてはいずれも,ボックス材の方がピン材よりも高く,
特にP110ではボックス材の疲労限度がピン材の疲労限度よりも約30 %高くなっていた.
表2-3に材料の化学成分を示す.この値はAPI規格[4]で定められるmax. %である.P110に ついては,Cの成分は特に規定されていないものの,L80,Q125と同程度であると推定され る.ピン材のミクロ組織を図2-5に示す.このミクロ組織はピンの不完全ねじ部近傍の縦断 面を切出し,観察した.いずれも焼戻しマルテンサイトであり,旧オーステナイト粒径は それぞれ,L80で30 μm程度,P110で20 μm程度,Q125で20 μm程度である.
表2-1 ピン材の機械的性質 Material 0.2% proof stress
[MPa]
Ultimate tensile strength [MPa]
Elongation [%]
Fatigue limit [MPa]
L80 570 680 28 360
P110 850 940 18 410
Q125 960 1030 18 560
表2-2 ボックス材の機械的性質 Material 0.2% proof stress
[MPa]
Ultimate tensile strength [MPa]
Elongation [%]
Fatigue limit [MPa]
L80 600 730 27 400
P110 850 940 11 540
Q125 970 1040 18 590
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表2-3 L80,P110およびQ125の化学成分(max. %表示)
Material C Si Mn P Cr Mo
L80 0.43 0.45 1.90 0.03 - -
P110 - - - 0.03 - -
Q125 0.35 - 1.00 0.02 1.20 0.75
図2-5 供試材のミクロ組織の一例(ピン材)
2.3 実体疲労試験の方法
本研究では2種類の実体疲労試験方法を適用した.一方は4点曲げ式回転曲げ疲労試験,
もう一方は共振型疲労試験である.2種類の実体疲労試験を実施したのは,共振型疲労試験 は簡便で実験の実施が比較的容易であるが,安全上の制約から比較的高応力振幅域の曲げ 荷重を負荷できず,比較的低応力振幅域の荷重条件の実験しか行えないためである.その ため,4点曲げ式回転曲げ疲労試験を併用し,比較的高応力振幅域のデータを取得して全応 力振幅域における疲労破壊モードの解明を行った.
2.3.1 4点曲げ式回転曲げ疲労試験
4点曲げ式回転曲げ疲労試験は,主に応力振幅が比較的高い領域で使用した.図2-6に4点 曲げ式回転曲げ疲労試験の写真と模式図を示す.この試験では,モーターによるスクリュ ージャッキ方式で垂直荷重を負荷しながら供試体を回転させ,継手部に両振りの引張力と 圧縮力が周期的に負荷される.垂直荷重の負荷容量は最大で20 ton,供試体の回転数は200 rpm(3.4 Hzに相当)まで設定できる.試験可能な継手サイズは,既存の治具の制限により,
外径が177.8 mm (7 inches)のサイズのみに限定される.供試体の全長は約2.7 mである.
カップリング端部から25 mmの位置に円周方向に180度ピッチでひずみゲージを2箇所貼 付け,それらの平均値が目標のひずみを上回るように試験を実施した.ひずみの上下限の 設定は特にしていないがモニタリングによって狙いから乖離したひずみが出力された際は
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試験を手動で停止するようにした.モーターの回転数は負荷する垂直荷重の大きさに応じ て83 rpm,もしくは166 rpmとした.この回転速度を試験周波数に換算すると,約1.4~2.8 Hz に相当する.
供試体の内部には約0.6 MPaの空気圧が封入されており,貫通き裂の発生により内圧が低 下し始めた時点で,試験を終了する.その試験機が停止した時点を,疲労寿命と定義した.
なお,試験機の停止後も慣性でパイプは多少回転するが,その回転数は疲労寿命には含め ていない.
図2-6 4点曲げ式回転曲げ疲労試験機の写真と模式図
2.3.2 共振型疲労試験
共振型疲労試験は,15~30 Hzまでの試験周波数が適用可能であり,4点曲げ式回転曲げ式 疲労試験よりも高速で試験を実施できることから,寿命の長い比較的低応力振幅域を対象 に適用した.この試験方法は上記利点から,鉄道車軸[5]や鉄道車輪[6],送電線[7]など,様々 な大型の機械構造物や部材の疲労特性評価に適用されている.
図2-7に共振型疲労試験機の写真と模式図を示す.試験機は二つの支持点,モーター,死 荷重,偏心マスから構成される.偏心マスをモーターで回転させることにより,供試体に 一次の共振モードが発生し,繰返しの曲げ荷重を継手部に負荷することが可能になる.最 大曲げモーメントはカップリングの中央に負荷され,継手部を疲労破壊に至らしめる.試 験中は,サンプル自体は振動するのみで回転はしない.供試体の全長は25~30 Hzの周波数 で一次の共振モードを発生させる条件を強制振動の運動方程式から計算し,管本体外径が 177.8 mm (7 inches)のサイズについては約4.1 mとした.
試験はひずみ制御で実施し,制御用のひずみゲージは,ISO13679の試験規格[8]に則り,
カップリング端部から135.6 mm (= 3 √ ) の位置に貼付けた.ここでODは管本体 の外径,WTは管本体の肉厚を示している.ひずみゲージはカップリング両端部から当該距 離の位置で,円周方向90度ピッチの計4箇所に貼付けた.試験では,この4箇所のひずみの 平均値が目標のひずみを上回る範囲で試験を実施した.なお,4点曲げ式回転曲げ方式と同 様に,ひずみの上下限の設定は特にしていないが,モニタリングによって狙いから乖離し