学 位 論 文 題 名
農 学 博 士 小 林 泰 男
イオノフォア抗生物質サリノマイシンの 反芻家畜栄養への作用機序に関する研究
学位論文内容の要旨
近 年の 肉牛肥 育にお いて, 給与飼 料の 利用効 率をい かに向 上さ せるか という 観点から,第一胃 内 発酵の 制御法 とし てイオ ノフォ ア抗生 物質 の飼料 添加に よる投 与が普 及し つっある。サリノマ イ シ ン(SL)は わ が 国で 開 発 さ れ たイ オ ノ フ ォ アで あ る が , 第 一胃 内 発 酵に おけ るメタ ン産生 の 滅少と プ口ピ オン 酸産生 の増加 を導く こと から, 飼料工 ネルギ ―の利 用効 率を高め,給与穀物 の 消費量 削減に 寄与 できる と言わ れてい る。 しかし ながら その作 用の詳 細に っいては明かでない 点 が 多 く , し か も わ が 国 の 肉 牛 飼 養 実 態 に 即 し た 研 究 例 は 極 端 に 少 な い 。 そ こ で本 研 究 はSLの 投 与 に対 する発 育成績 およ び第一 胃にお ける消 化・発 酵様 式の反 応を明 か にし, 下部消 化管 におけ る養分 利用との関連を角罕析することで,本抗生物質投与の宿主栄養へ の 貢献に っいて 検討 しよう とした 。
第 一編 では, 反芻家 畜第一 胃内消 化・ 発酵の 特性と その制 御の 意義お よび歴 史を論ずるととも に ,SLに関 す る 従 来 の研 究 の 紹 介 と 本研 究 の 意 義 なら び に 目 的 を述 べ た 。これ まで のSLの研 究 例は短 期間の 投与 試験が ほとん どで10ケ月以 上の肥 育期か らな るわが 国の実 状にはそぐわない こ と,幼 畜への 使用 例が皆 無なこ と,作 用機 序の解 析が不 十分な ことを あげ ,有効な利用にはこ れ らの検 討が必 要で あるこ とを指 摘した 。第 二編で は,ま ずホル スタイ ン去 勢雄肥育牛28頭,黒 毛 和 種 雌 肥 育牛16頭 を供 し , 実際の 肥育方 式に即 した試 験でSL投与に 対する 発育 成績と 第一胃 内 発酵の 反応を 調査 した。 次にホ ルスタ イン 種雄子 牛25頭を 用い ,同項 目なら びに第一胃微生物 叢 の形成 様相を 調べ ,早期 若齢肥 育体系 下に ある子 牛へのSLの適 用の可 能性に っいて検討した。
第 三 編 で は ,SLの 作 用機 序 の 精査を 目的と して, めん羊 をの べ23頭を 用い, 第一 胃内消 化・発 酵 への影 響とそ の持 続性, 第一胃 内脱ア ミノ 反応へ の影響 ,消化 管内容 物の 通過様相と養分利用 へ の影響 ,消化 管部 位別に みた養 分利用 への 影響に っいて 検討し た。第 四編 では本研究結果を総 合 的 に 考 察 す る と と も に ,SLの さ ら な る 利 用 の 可 能 性 と そ の 際 の 課 題 を 提 示 し た 。 主 な結 果なら びに結 論は以 下のと おり である 。
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l)ホルスタイン種去勢雄牛(7ケ月齢)を10ケ月間,黒毛和種雌牛(9ケ月齢)を11ケ月間,
SL添加飼料で各々自由 摂取または制限給与条件下のもと肥育したところ,濃厚飼料要求率が 各々8または1l%改善された。SL投与に対する第一胃内性状の特徴的な反応として,プロピオ ン酸濃度の増加とアンモニア濃度の減少がみられた。これらより,これまで例のないわが国の代 表的な肥育体系に即したSL投与も効果的であることが示された。ただし,試験期間を細分化し て解析してみると,肥育後期にSLの効果が消失するケースも認められた。同時に上記の第一胃 内発酵における特徴的な反応が明確でなくなり,投与初期に有意に低下していたプロトゾァ密度 が回復した。このことから,長期にわたるSLの投与は,場合によっては効果の低滅を招く可能 性があること,その一 因として第一胃内微生物のSLへの適応が考えられることを示唆した。
2)ホルスタイン種雄 子牛にSL添加飼料を3―25週齢の間与えたところ,濃厚飼料要求率が 6%改善されるとともに,第一胃内のプ口ピオン酸生成の促進・アンモニア生成の抑制がみられ た。このようなSL投与に対する発育成績と第一胃内発酵様相の反応は成畜の場合とよく一致す ることが明かとなった。プロピオン酸の増加は第一胃内グラム陰性かん菌の増加と連動している ことから,SLによる微 生物群の選抜淘汰を介した作用と考えられた。SL投与は子牛第一胃絨 毛の 発育 に やや 抑制 的に 働く こ とが ,フ ァイ バー ス コー プに よる 観 察で 認め られ た。
3)ホルスタイン種雄子牛を同様に飼養し,子牛第一胃内の微生物叢形成におけるSL投与の 影響を検討したところ,SLはプ口トゾァやセルロース利用菌の定着をやや阻害する傾向を示し た。しかし一方で,デンプン,夕ンパク質および乳酸をそれぞれ利用する菌群の第一胃内占有率 を上げることでプ口ピオン酸産生主体型の発酵を導き,発酵のエネルギー効率を向上させ,飼料 利用効率の改善に貢献することが明かとなった。
4)めん羊にSL添加飼 料を30日間継続して給与し た場合の,SLに対する第一胃内消化・発 酵様式の反応が経目的にいかに推移するかを調べたところ,揮発性脂肪酸生成比とアンモニア濃 度への作用は試験期間内でよく維持された。一方SL投与開始初期は第一胃内繊維質消化がやや 抑制されたが,投与開始2週間後には回復したことから,SLによる繊維消化抑制傾向は永続的 なものではなぃと推察された。これとほぼ同じ時期にSL耐性プ口トゾアが増加したことから,
プ口トゾアが繊維消化に関与していることが予想された。
5)カゼイン添加第一 胃液をSL存否下で培養する と,SL存在時にカゼインからのアンモニ ア生成が抑えられ,多量のアミノ態窒素が集積したことから,SLは脱アミノ反応を阻害するこ とが明かであった。この作用は特にアスパラギン酸を基質にしたときに顕著であり,菌叢の異な る第一胃液を用いても一律に認められた。一方供試微生物細胞を破壊した後の抽出液ではまった
く認 められ ′ない ことか ら,SLによる 菌種選 抜よ りもア ミノ酸 の菌細 胞内へ の透過阻害を介して 発現 するこ とを示 唆した 。
6) 消 化 率 の規 制 要 因 で ある 飼 料 の 消 化 管内 通 過速 度のSL投与に 対する 反応を 通過 速度推 定 の 数 式モ デ ル を 使 って 検 討 したと ころ,SLは第 一胃で の固相 なら びに液 相の通 過を遅 らせ る傾 向に あった 。一因 として 第一 胃から 流出し にくい サイズ の飼 料片の 大半を 占めるであろう繊維成 分 の 分解 がSLによ っ て 抑 えら れる ことが 考えら れるが ,実測 した 粗繊維 消化率 の低下 傾向 はこ れを 裏づけ るもの であっ た。
7) 第一 胃と十 二指腸 にカニ ュー レをっ けため ん羊を 用い, 下部 消化管 への流 下養分 に及 ぼす SLの 影 響 を 定 量的 に と ら え た とこ ろ ,SLは 乾 物 , 有 機 物お よ び 粗 繊 維の 第一胃 内消 化をや や 低め るが, 下部消 化管で 補完 的な消 化がな される ことが 明か となっ た。粗 夕ンパク質の第一胃内 分解 度tま SLにより 抑えら れ,第 一胃以 降へ 流出す る飼料 由来の 粗タ ンパク 質が増加した。同時 に 第 一胃 内 ア ン モ ニア 濃 度 と尿中 排泄窒 素量 の減少 ,窒素 蓄積量 の増 加があ ること から,SLは こ の 作用 を と お し て飼 料 粗 夕ンパ ク質の 利用 率改善 をもた らすも のと 推察さ れた。SL投与 で第 一胃 と十二 指腸の 内容物 なら びに第 一胃混 合菌の 不飽和 脂肪 酸割合 が顕著 に増加した。っまり,
SLは 第 一 胃 で の不 飽 和 酸 への 水素 添加を 阻害す ること で第一 胃以 降への 流出を 助長し ,宿 主へ の必 須脂肪 酸供給 に貢献 する ことを 示唆し た。
8) 以上 の結果 より,SLは第 一胃内 でのプ ロピオ ン酸 生成の 促進, 飼料粗 夕ンパ ク質 分角翠 抑 制を とおし ,飼料 工ネル ギー および 窒素の 利用効 率を改 善す る方向 へ第一 胃内発酵を抑制するこ と が 明か と な っ た 。ま た こ れらの 作用の 基盤 は,SL投 与にと もな う第一 胃内微 生物叢 と微 生物 代謝 様式の 変化に あるこ とを 示した 。さら に幼畜 への適 用可 能性や 不飽和 脂肪酸の第一胃からの 流出 増とい った新 知見を 提示 した。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
朝 日 田 上 山 大 久 保
康司 英一 正彦
この論 文fま,表37,図19,引用 文献151を 含む, 総ペー ジ数115の和文論文であり,4編に分け
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て 論述 されて いる。 別に参 考論文26編が 添えら れてい る。
抗生物 質等の 薬剤の 投与 により 反芻家 畜第一 胃内発 酵を 人為的 に制御 し,発酵の効率化ひいて は 飼料 の利用 効率の 改善を はかろ うと する試 みは以 前から 注目 されて きた。最近では肉牛肥育産 業 にお いて, 給与穀 物の利 用効率 をい かに向 上させ るかと いう 観点か ら制御法の模索か進む中,
第 一胃 内発酵 におけ るメタ ン生成 阻害 ・プロ ピオン 酸増強 剤と してイ オノフォア抗生物質サリノ マ イ シン(SL)の 使用が 普及 しっっ ある。 しかし なが ら,そ の作用 機序の 詳細に っい ては明 らか で ない 点が多 く,し かもわ か国の 飼養 実態に 即した 研究例 は非 常に少 ない。このような薬物の使 用 は作 用機序 を明確 にした うえで 展開されるべきであり,それによって有効な利用が可能となる。
そ こ で 著者 は ,SLの反 芻 家 畜 栄 養へ の 作 用 機 序を 解 明 し , その 利 用 に資す る目的 で,SL投 与 に対 する第 一胃内 消化・ 発酵様 式の 反応お よびそ れらと 宿主 栄養と の関連にっいて詳細に検討 し た。 すなわ ちホル スタイ ン種去 勢雄 肥育牛28頭,黒 毛和 種雌肥 育牛16頭 ,ホルスタイン種雄子 牛25頭 を 用い ,SL投 与に 対す る発育 成績と 第一 胃内発 酵の応 答をフ ィー ルドレ ベルの 試験で 明 ら かに し,さ らに, めん羊23頭を 供し, これら の反応 の詳 細な分 析と宿 主栄養への貢献にっいて 検 討し た。
主な成 果は以 下のと おり である 。
1) SLの 投 与 は, わ が 国 の 典型 的 の 肥 育 体系 に 準 じ て 飼 養し た 肥 育牛 の濃 厚飼料 要求率 を8 ー11%改 善する 。その 際の 第一胃 内発酵 におけ る特徴 的な 反応と して, プロピオン酸産生の増加 と アン モニア 産生の 減少が 認めら れる 。
2)現在 使 用 が 許 可 され て い な い 子牛 へ のSLの投 与 は 飼 料 要求 率 お よび 第一胃 内発酵 にお い て 成畜 と同様 の反応 を導く 。すな わち高プロピオン酸・低アンモニア産生という特徴的な反応は,
第 一 胃 内 微 生物 叢 の 変 化に より 導かれ るもの である 。これ はSL投 与にと もなう グラ ム陰性 かん 菌 数お よびデ ンプン ,夕ン パク質 ,乳 酸利用 菌数の 増加, なら びにプ 口トゾア数の減少で説明で き る。
3)め ん 羊 にSLを 継 続 投 与 して も ,SLによ っ て 導 か れる プ 口 ピ オ ン酸 産 生 主 体 型 第一 胃 内 発 酵 は よ く 維持 さ れ る 。 一 方,SL投 与で み ら れ る繊維 消化の 阻害傾 向は ,投与 開始2週目 まで の み認 められ ,永続 的な作 用では ない 。これ には耐 性プ口 トゾ アの出 現が関与しているらしい。
4)第一 胃 内 細 菌 に よる ア ミ ノ 酸 の分 解 はSLによ り 抑 え ら れ, 抑 制 の程 度は飼 料タン パク 質 の 主 要 構 成 アミ ノ 酸 で ある アス パラギ ン酸で とくに 大きい 。こ の作用 はSL存在 下で の菌叢 の変 化 よ り も , む し ろ ア ミ ノ 酸 の 菌 細 胞 内 へ の 透 過 阻 害 に よ り 発 現 す る 可 能 性 が 高 い 。 5)数式 モ デ ル を っ かっ て 推 定 し た消 化 管 内 容 物の 移 動 速 度 は, 固 ・ 液両相 ともSL投 与に よ
り低下する。
6)SL投与は飼料タンパク質の第一胃内分解度を抑えることで,過剰なアンモニア生成を防 ぎ,尿中へ損失する窒素を減少させる。その結果,家畜体内に蓄積する窒素量が増える。なお第 一胃内微生物体タンパク質合成には有意な影響をおよぼさない。
7)SLtま飼料中の不飽和脂肪酸の第一胃内水素添加を阻害し,下部消化管への流出量を高め ることで,宿主への必須脂肪酸供給に貢献する。
以上のように,本研究は,SLの作用を反芻家畜第一胃内消化・発酵様式の中で特定し,さら に宿主への養分供給という栄養学的観点からその解析を行い,学術的に高く評価される。実用的 にも,本研究は,本抗生物質の使用に際し有益な知見を提供しており,特に幼畜への適用可能性 を実証している。 これらの成果は今後の肉畜 生産の効率化に大きく寄与するものである。
よって,審査員一同は,別に実施した学力確認の成績と合わせて,小林泰男は農学博士の学位 を受ける資格十分なものと判定した。
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