博 士(地 球環境 科学) 渡邊
剛
学位論文題名
Paleoenvironments of the Little Ice Age in the Caribbean Sea
.al skeletons
uslngStableiSOtopeSandtraCeelementSinCOr
(サンゴ骨格の安定同位体および微量元素を 用 いたカリブ 海における小氷期の古環境)
学位論文内容の要旨
1.研究目的
近年,産業革命以降の地球規模の温暖化が危惧されているが,21世紀の気候 変動を予測するためには,過去数百年間の気候変動を解明することが必要であ る.特に,熱帯域の海洋環境の復元は地球の気候システムを理解する上で非常 に重要であるが,熱帯域の過去の気候変動の記録は少ない.熱帯・亜熱帯の海 洋表層に広く生息するサンゴ骨格は,一年毎の年輪を形成しながら,数百年間 成長するため,過去数百年間の海洋環境を高解像で復元しようとする際には有 用な材料となる.
サンゴ骨格の酸素同位体比には水温と海水の同位体比(塩分)の変動が,
Mg/Ca比には水温の変動が記録されており,両者を組み合わせることによって,
水温と塩分のそれぞれを抽出することが可能となる.また,サンゴ骨格の炭素 同位体比は海水の重炭酸イオンの炭素同位体比と体内の共生藻類の光合成等の 代謝活動に由来する重炭酸イオンの炭素同位体比によって変動するために,当 時の日射量や人為起源の二酸化炭素の影響,湧昇の強弱などが記録されている ことになる.本研究では,まず,骨格の酸素・炭素同位体比と微量元素(Mg/Ca 比)が,過去の水温・塩分・雲量等の指標となり得るかどうかを現場の気象デー タとの比較から検証することが,第一の目的である.また,16世紀から19世 紀の小氷期と呼ばれ氾世界的に寒冷であったといわれているが,特に,18世紀 初頭のマウンダ一氷期には太陽活動が低下し,これが全球的な寒冷化を引き起こ したといわれている.しかし,これらの復元にっかわれた観測値または推測値 は,ほとんどが陸上のものや,高緯度域のものである.そこで,サンゴ骨格を 用いて,亜熱帯・熱帯域のカリブ海においても現在より寒冷であったかどうか,
当時の古環境を復元することが第二の目的である.
2. 試 料 と 方 法
全 長約3mのサンゴコア(M〇nぬsむleaあve〇ぬぬ)がプェルトルコ南西海岸 の 水 深5mの 地 点 か ら ,水 中ボ ーリ ング によ って 採取 され た. 次に ,こ のサン ゴ コ ア か ら 厚 さ4mrnの 平 板 を 切 り出 し , 密 度 バ ン ド を観 察す るた めに 軟X線 写 真を 撮影し た. その 密度 バン ドか らは ,こ のサ ンゴ コア には1665年 から330 年 間の 記録が 残さ れて いる こと がわ かっ た.その中で,現在の気象データとの 対 応 を み る た め に1987年 から1993年ま での 骨格 部分 とマ ウン ダー 氷期 を含む 1699年 か ら1703年 ま での 骨格 部分 につ いて ,酸 素・ 炭素 同位 体比 ,微 量元素
(Mg/Ca比) の測定を行った.その際の粉末試料採取には,サンゴ骨格の個体壁 のみを抽出し,氷詰めにした後,−20℃の低温室内でマイク口トームを用いて削 り出すという方法(冷凍マイク口トーム法)を用いた,この試料採取法により,週 レ ベル の高分 解能 分析 が可 能に なっ た. また,サンゴ採取地点において,1996 年11月 か ら1998年1月 ま で 海 水 試 料 が 採 取 さ れ , 海 水の 酸素 同位 体比 と全炭 酸の炭素同位体比の測定を行った.
3.結果と考察
1. サ ン ゴ 骨 格 のMg/Caは , 主に水 温に よっ て変 動し ,両 者の 間に は次 の関 係 式 が 見 ら れ る .T(℃ ) 〓3.16 Mg/Ca(mmol/moD十13.23(rニ 〓 ニ0.96) 2. サン ゴ骨 格の 酸素同位体比から海水の酸素同位体比を差し引いた値は,水温 によって変動し,両者の間には次の関係式が見られる.T(℃)〓―4.53 (dc―dw) 十7.23(r 0.93)
3. サ ン ゴ 骨 格 の 酸 素 同 位 体 比か らMg/Caよ り求 めた 水温 を差 し引 くと ,そ の 変 動 ( △618〇 ;6180―Mg/Caは現 場の 降水 の記 録と 対応 する ,一 部, 対応 し ない部分はオリノコ川の影響によると考えられる,
4. サン ゴ骨 格の 炭素同位体比の変動は,現場の雲量の変動と対応する.このこ とか ら骨 格の 形成 には 共生 藻類 の代 謝に 由来 する重炭酸イオンが主に使われて いることがわかる.
5. 小 氷 期 の1700年 代 の 骨 格 のMg/Caか ら 算 出 し た 水 温 は ,1990年 前 後 よ りも平均2.O℃低かったことを示す.
6. 産 業 革 命 以 降 の 化 石 燃 料 の 消 費 に 伴 う 大 気C02へ の  ̄ ℃の 付加 (Suess効 果) は, サン ゴ骨 格の炭素同位体比には認められない.この理由として以下の3 っ が 考 え ら れ る .1)300年 間 で 約3mの サ ン ゴ 群 体 の 成 長 に よ り ,表 面 の 日 射量 が増 加し ,共 生藻類の活動が活発になった.2)この海域では小氷期の方が 湧昇 が強 かっ た.3)小氷期には赤道収束帯の季節による移動が,現在よりも北 上していたため,雲量が多かった,
7.1700年 代 の 骨 格 の △6180(6180−Mg/Ca) の 結 果 は , 現 在 に 比べ て 小 氷 期の表層塩分に明瞭な季節変化があったことを示唆する.
以 上の よう に, 本研 究で ,現 在形 成さ れた サンゴ骨格部分と気象デ一夕との 比 較 か ら , サ ン ゴ 骨 格 のMg/Caか ら は水 温 , 酸 素 同 位 体 比 とMg/Caか ら は 塩
分,炭素同位体比からは雲量が復元できることを検証し,また,1700年代の小 氷期はカリブ海においても,表層水温が現在よりも2.0℃低く寒冷であったこと,
復元された表層塩分の季節変化が大きく,雨期・乾期が現在よりも明瞭だった ことを明らかにした.
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 助教授 講師 教授
大場 南川 長谷川 王 岡田
忠道 雅男 四郎 律江
尚武(大学院理学研究科)
学位論文題名
Paleoenvironments of the Little Ice Age in the Caribbean Sea using stable isotopes and trace elements in coral skeletons
( サ ン ゴ 骨 格 の 安 定 同 位 体 お よ び 微 量 元 素 を 用 い た カ リ ブ 海 に お け る 小 氷 期 の 古 環 境 )
サ ン ゴ 骨 格 に は 過 去 数 百 年 間 の 環 境 変 化 が 連 続 的 に 保 存 さ れ て い る . 本 研 究 で は , プ ェ ル ト リ コ 産 の サ ン ゴ 骨 格 の 酸 素 ・ 炭 素 安 定 同 位 体 比 , 微 量 元 素 (Mg/Ca)を 用 い て , 過 去 数 百 年 で 最 も 寒 か った と い われ て い る小 氷 期(Little Ice Age)に お け る カ リ ブ 海 の 古 環 境 を 復 元 す る こ と を 目 的 と し て い る . そ こ で , ま ず は 気 象 デ ー タ と の 対 比 が 可 能 な1990年 代 の 解 析 か ら こ れ ら の 指 標 の 有 効 性 を 検 討 し た . 次 に1700年 代 の 小 氷 期 に つ い て の 解 析 を 行 っ た . 本 研 究 で は 試 料 採 取 に 冷 凍 マ イ ク 口 卜 ー ム 法 を 用 い て , 週 レ ベ ル の 高 分 解 能 分 析 を 行 い . 骨 格 中 の 酸 素 同 位 体 比 とMg/Ca比 を 組 み 合 わ せ る こ と に よ っ て , 水 温 と 塩 分 を そ れ ぞ れ 復 元 す る こ と を 可 能 に し た . 本 研 究 の 主 な 結 果 は 次 の 通 り で あ る . 1. サ ン ゴ 骨 格 のMg/Ca比 は , 主 に 水 温 に よ っ て 変 動 し , 両 者 の 間 に は 次 の 関 係 式 が 見 ら れ る . T(℃ ) =3.16xMg/Ca (mmol/moD十13.23( r二 ニ 0.96) 2. サ ン ゴ 骨 格 の 酸 素 同 位 体 比 (6c)か ら 海 水 の 酸 素 同 位 体 比 く6w)を 差し 引 い た 値 は ,水 温 に よ って 変 動 し, 両 者 の間 に は次 の関係 式が見ら れる. T(℃) 〓ー4.53 x(8C−6u′) 十7.23(r 0.93)
3. サ ン ゴ 骨 格 の 酸 素 同 位 体 比(dc)か らMg/Ca比 よ り 求 め た 水 温 を 差 し 引 く と , そ の 変 動 ( △6180=6c―T) は 現 場 の 塩 分 の 変 化 に 対 応 す る . そ の 現 場 の 塩 分 は 降 水と オ リ ノ コ川 の 影 響に よ っ て変 化 し てい る .
4. サ ン ゴ 骨 格 の 炭 素 同 位 体 比 は , 現 場 の 雲 量 の 変 動 と 対 応 す る . こ の こ と から 骨 格 の 形 成 に は 共 生 藻 類 の 代 謝 に 由 来 す る 重 炭 酸 イ オ ン が 主 に 使 わ れ て い る こ
とがわかる.
5.小 氷期 の1700年代 の骨 格のMg/Ca比 から算出した水温iま,1990年前後 よりも平均2.0℃低かったことを示す.
6.1700年代の骨格の△6180く6c―T)の結果は,現在に比べて小氷期の表層 塩分に明瞭な季節変化があったことを示す.
7.産業革命以降の化石燃料の消費に伴う大気C○ への ̄℃の付加(Suess効 果)は,サンゴ骨格の炭素同位体比には認められない,その原因として次の3つ の 可能性 が考えられる.1)300年間で約3mのサンゴ群体の成長により,サ ンゴ群体表面の日射量が増加し,共生藻類の活動が活発になった.2)この海域 では小氷期の方が湧昇が強かった.3)小氷期には赤道収束帯の季節による移動 が,現在よりも北上していたため,雲量が多かった.
以上のように,本研究では,現在形成されたサンゴ骨格部分と気象データと の 比較か ら,サンゴ骨格のMg/Caからは水温,酸素同位体比とMg/Caからは 塩分,炭素同位体比からは雲量が復元できることを検証し,また,1700年代の 小氷期はカリブ海においても,表層水温が現在よりも2.0℃低く寒冷であったこ と,復元された表層塩分の季節変化が大きく,雨期・乾期が現在よりも明瞭だ ったことを明らかにした.
審査員一同は,これらの成果を高く評価し,また研究者として誠実かつ熱心 であり,大学院課程における研鑽や取得単位等も併せ,申請者が博士(地球環 境 科 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 判 定 し た ,