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リスク管理の観点からみた金融商品決済制度の考察 -中央清算機関(CCPs)制度を中心に-

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早稲田大学審査学位論文(博士)

リスク管理の観点からみた金融商品決済制度の考察

―中央清算機関(CCPs)制度を中心に―

早稲田大学大学院法学研究科

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目次 はじめに――問題の所在 ... 1 第 1 篇 リスク管理と中央清算 ... 7 第 1 章 決済リスク ... 7 1. リスクと不確実性(uncertainty) ... 7 2. 決済リスクとは ... 9 3. 決済リスクの原因 ... 11

(1) 信用リスクまたは取引相手方(信用)リスク(counterparty (credit) risk) ... 12

(2) 流動性リスク ... 13

(3) オペレーショナル・リスク ... 15

(4) 投資リスク ... 15

(5) 決済銀行リスクまたは資金預託リスク(cash deposit risk) ... 16

(6) カストディ・リスク ... 16 (7) 法的リスク ... 16 (8) システミック・リスク ... 17 第 2 章 リスク管理における中央清算 ... 18 1. 中央清算によるリスク管理 ... 18 (1) CCP の基本的機能 ... 18 (2) CCP のシステミック・リスク管理機能 ... 20 (3) CCP のリスク管理方法 ... 21 2. CCP のリスク管理の一例――LCH. Clearnet によるリーマン・デフォルト管理 ... 26 (1) LCH のデフォルト管理プロセス ... 27 (2) LCH のリーマン・デフォルトに対する有効な管理 ... 29 (3) LCH のリスク管理による示唆 ... 29 3. CCP にかかる潜在的なリスク管理問題 ... 33 (1) CCP 自体の支払不能 ... 33 (2) CCP による決済リスク管理の失敗のおそれ ... 34 (3) 中央清算における固有のジレンマ ... 36 第 3 章 金融危機後の中央清算制度の発展 ... 38 1. グローバルな取組み ... 38 2. EU の T2S プロジェクト ... 46 3. 日本その他 ... 51 小括 ... 55 第 2 篇 中央清算制度 ... 57 第 1 章 清算集中と清算・決済(振替)機関 ... 57 1. 清算集中 ... 57 2. 振替制度の下での清算・決済の仕組み ... 59 (1) CCP と決済機関(CSD) ... 59 (2) CCP の証券決済における役割 ... 61 (3) 清算・決済業務と保管・振替業務 ... 62 (4) 振替決済の階層構造 ... 64 3. 清算・決済機関の組織形態 ... 74

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(1) 垂直型と水平型 ... 74 (2) 相互運用性(interoperability)の確保 ... 78 (3) CCP の非相互組織化(demutualization) ... 81 第 2 章 中央清算の法律構成 ... 89 1. 多数当事者間ネッティング ... 89 2. CCP のネッティングにおける意義 ... 91 3. CCP の法的仕組み ... 93 (1) 金商法による CCP の法的仕組み ... 93 (2) CCP の債務負担の主要な方法 ... 96 (3) 三角・多角取引(「三面契約」)の視点 ... 103 第 3 章 決済の完了性(finality)の確保――倒産法制への対応 ... 110 1. 「決済の完了性」という概念――FMI 原則による示唆 ... 110 2. 一括清算法と破産法制 ... 123 3. 破綻処理 ... 133 小括 ... 144 第 3 篇 CCP の監督・規制 ... 150 第 1 章 国際基準 ... 150 第 2 章 日本における CCP 規制 ... 156 1. 日本の監督指針 ... 156 2. 規制アプローチ ... 160 (1) マクロ健全性(macroprudence)とミクロ健全性(microprudence) ... 160 (2) イギリスのツイン・ピークス・アプローチ ... 162 (3) ツイン・ピークス・アプローチの是非 ... 165 3. 日本の CCP(健全性)規制構造の再考 ... 169 (1) 日銀の CCP 規制における位置付け ... 170 (2) 金融庁のマクロ健全性政策における役割 ... 172 (3) CCP のための機能的な規制アプローチの捉え方 ... 173 第 3 章 限定的な自主規制機能 ... 178 1. 金商法上の自主規制制度 ... 178 2. 自主規制の捉え方 ... 184 3. 限定的な自主規制機関としての CCP ... 191 (1) 自主的管理権限 ... 191 (2) 自主規制モデル ... 193 (3) 自主規制と規制 ... 196 小括 ... 198 第 4 篇 金融商品決済システムの仕組みの再考――集中型決済と分散型決済 ... 202 第 1 章 分散型台帳技術(DLT)による決済システム ... 202 1. DLT という概念――ブロックチェーンを例に ... 202 2. ブロックチェーン/DLT の仕組み ... 205 3. 分散型決済システムとリスク管理 ... 210 (1) リスク管理の必要性 ... 210 (2) 法的リスク ... 211

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(3) オペ・リスク ... 214 (4) カストディ・リスク ... 216 (5) 取引相手方信用リスク ... 217 (6) 暗号資産規制にかかる法的リスク ... 218 第 2 章 DLT の金融商品決済への応用 ... 219 1. 応用可能性 ... 219 (1) ブロックチェーン 2.0 ... 219 (2) DLT 応用の分析枠組み ... 220 2. 実証実験例 ... 224 (1) DLT の実用化の取組み ... 224 (2) 日本取引所グループ(JPX)の実証実験例による示唆 ... 226 3. 法的問題点 ... 236 (1) 権利移転の手段としての DLT ... 236 (2) DLT における金融商品の帰属方法 ... 237 (3) スマート・コントラクト ... 244 (4) 責任分担 ... 246 (5) 情報・データ保護とガバナンス ... 248 第 3 章 集中型決済と分散型決済の比較 ... 252 1. 信用(信頼性)の所在 ... 252 2. 分散型決済の是非 ... 256 3. フィンテックの下での金融商品清算・決済のあり方 ... 259 (1) フィンテック政策の推進 ... 259 (2) 分散型決済と集中型決済との統合可能性 ... 260 (3) 分散型決済への法的関与 ... 265 小括 ... 266 おわりに ... 275 1. 研究視点:決済リスク管理 ... 275 2. 中央清算/CCP の本体論:清算・決済面におけるリスク管理策 ... 276 3. CCP の規制論:リスク管理のための規制と自主規制 ... 276 4. 金融商品決済システムの比較論:集中型決済と分散型決済 ... 277 5. 研究の意義 ... 278 6. 今後の課題 ... 278 参考文献 ... 280

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はじめに――問題の所在 金融商品決済(settlement)とは、債券、株式、デリバティブ等の金融商品が市場で取引された場合 に、取引された金融商品の引渡しを行うとともに、売買代金の受払いを行うことである1。決済において は、売り手から買い手への「金融商品の引渡し」(delivery/settlement: 狭義の証券/金融商品決済) と買い手から売り手への「代金の支払い」(payment: 資金決済)が相互に完了することにより、決済が 完了する。広義には、約定確認、清算(資金・金融商品の引渡しに先立って決済日に引渡しが行われる 金融商品と支払いが行われる資金の金額を計算して確定させるプロセス)、金融商品の保管、決済日で の引渡しなど、金融商品決済に関する幅広い制度的な枠組み全体を指す2。決済制度は、金融商品取引に 重要な役割を果たしている制度的な基盤であることはもとより、金融市場の国際競争力を左右するもの でもある。金融商品取引がグローバル化し、金融市場の活性化が求められるなかで、より安全で効率的 な決済制度が構築されることは、極めて重要である3 2008 年グローバルな金融危機時、中央清算機関(CCP = Central Counterparty: 清算に参加する金融 機関同士の金融取引によって発生する債権債務を引き受け、これを履行する重要な金融市場インフラ (FMI)4)は、店頭デリバティブ取引においてリーマン・ブラザーズ・グループ(Lehman Brothers Hol

dings Inc. 以下「リーマン」という)の破綻(リーマン・ショック)によるエクスポージャー5を大幅 に相殺し、取引相手方の損失を減少させた。そこで、取引の透明性を向上させ、デフォルトの連鎖(シ ステミック・リスク)を防ぐための抜本的な解決策として、店頭デリバティブの清算集中化が唱えられ ている。そのため、金融規制改革の一環として、如何に金融商品決済制度を活用し、さまざまなリスク を抑えるのかが、大切な課題となっている。 国際金融中心の 1 つである日本においても、現代的な金融商品清算・決済制度については、世界初の 整備された先物取引市場である堂島米会所のインフラによる決済方式を受け継いで、戦後の試験的実施 を経て、証券取引法・金融商品取引法(以下「金商法」という)や資金決済法等上の金融市場インフラ 制度の一環として、1999 年頃からの 10 年にわたる法制度・商慣行・技術という 3 つの側面による統合 的な改革をきっかけに、株券等の電子化を達成し、保管振替制度の整備によって徹底的に変容してき 1 中島真志=宿輪純一『証券決済システムのすべて[第 2 版](東洋経済新報社、2008 年)1 頁。同書では、取引から決済 までのプロセスのうち、最終の「セトルメント(settlement)」のプロセスを狭義の「決済」と呼び、それを担当する決済 機関の運営するシステムを狭義の「決済システム」と呼ぶ。他方、取引照合、クリアリング(清算)、セトルメントのすべ てのプロセスに関する制度全般を包括的に、「証券決済システム(Securities Settlement System = SSS)」と呼んでいる (同書 1、92 頁)。

2 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 1-2 頁。本稿では、決済機関(CSD)の決済機能を意味するもの以 外、こうした広義の「決済」概念(清算を含む)を採っている。

3 高橋康文=長崎幸太郎『証券取引法における清算機関制度』(金融財政事情研究会、2003 年)1 頁。

4 FMI とは、資金決済システム(日銀ネット、全銀ネットなど)、証券集中保管機関(JASDEC)、証券決済システム(JASDE C)、CCP(日本証券クリアリング機構(JSCC)、ほふりクリアリング(JDCC)、東京金融取引所(TFX))および TR(DTCC デ ータ・レポジトリー・ジャパン株式会社)等をいう。 5 リスクにさらされている金額をいう。金融に関するリスクは、貸出など一般的にそうであるが、「金額」と「期間」がそ の要因で、エクスポージャーも「金額」と「期間」の積で計測することができる。よって、金額が大きいほど、期間が長 いほど、決済のエクスポージャーは大きくなる。 以上の記述につき、宿輪純一『決済インフラ入門』(東洋経済新報社、2015 年)196 頁。

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た。それにとどまらず、英米に並ぶ世界的な金融中心にふさわしい国際競争力ある先進的な決済システ ムの実現を目指して、一定の店頭デリバティブ取引への清算集中制度の導入(金商法 156 条の 62、平成 22 年金商法改正により)など、金融商品清算・決済制度の整備がますます深化している。

以上の動向とともに、2008 年 11 月に、サトシ・ナカモトを名乗る人物が暗号資産に係る根本的な計 画(「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」という論文)を発表して以来、業務の自動 化・効率化によるコスト削減や、分散型台帳による民主的なインフラ共有、脱集中化によるシステミッ ク・リスク低減などの機能を果たしうる点で、その技術基盤である「ブロックチェーン(blockchain) /分散型台帳技術(Distributed Ledger Technology = DLT)」6について、暗号資産以外の領域に応用し

ようとする動きが金融商品決済分野において活発になり、脚光を浴びている。そこで、NASDAQ、日本取 引所グループ(JPX)や中国の上海証券取引所においても DLT の清算・決済システムへの適用可能性に 関する研究や実証実験を推進している。このように、集中型決済と峻別される分散型決済の仕組み、金 融市場への適用可能性、リスク管理ならびに金融規制への潜在的な影響について、世界中で話題となっ ている。 今まで、日本の金融商品(証券)決済制度に関する法的研究について、1999-2009 年証券振替決済制 度改革を契機に、①有価証券のペーパーレス化、②善意取得制度、③直接保有方式の下での実質株主の 権利行使、④DVP(Delivery versus Payment: 金融商品の引渡しと資金の支払いを同時に条件付けて行 う(決済のタイムラグをゼロにする)こと)と STP(Straight-through Processing)化7、⑤民法(債 権法)改正(三面更改など)と中央清算という 5 つの清算・決済制度にかかる法的課題が、日本で提起 されて広く議論されてきた。一方では、残された課題の一部として、①決済リスク(およびその原因と なるシステミック・リスクなど)の管理、②店頭デリバティブの清算集中化、③CCP に対する規制、④ 振替決済制度の下での金融商品清算・決済のあり方(機関の組織構造、多層型振替決済制度の問題)、 ⑤中央清算制度と倒産法制との適合性(CCP または清算参加者の破綻時における破綻処理方法の有効 性)が挙げられている。これらの研究は、主に以下の 3 つの特徴を有すると考える。 ①行政による政策・機構改革課題に対応している。今までの金融商品決済に関する法的研究のほとん どは、1999 年大蔵大臣の諮問を皮切りとしてほぼ 10 年にわたる証券決済制度改革に対応するためのも のであり、政策面との連動性あるいは関連性が高い。例えば、改革中、議論された問題は、主に金融審 議会第一部会の報告書による 4 つの問題をめぐっている。証券決済制度の分立という問題を除き、他の 3 つの問題(効率的決済の観点から見たペーパーレス化の遅れ、電子化の遅れ、DVP の未実現)は、IT 6 ブロックチェーン/DLT は、暗号理論を利用して、支払などの取引データの履歴をすべて記録した台帳データであり、特 定の取引市場で発生した取引データが一定期間ごとに 1 つの「ブロック」に格納されてつながれていったものである。そ の詳細につき、小出篤「『分散型台帳』の法的問題・序論――『ブロックチェーン』を契機として」江頭憲治郎古稀『企業 法の進路』(有斐閣、2017 年)831 頁以下参照。 7 STP とは、金融商品取引の最初の段階から最後の決済に至る一連の作業を、人手を介して事務処理をしたり、同じ取引デ ータについて、情報を受け取った先で再度入力するような冗長な事務処理を行ったりすることなく、IT を利用した電子的 な方法で、リアルタイムに関係者の間でデータを受渡して処理していく業務の仕組みをいう。伊藤嘉邦『STP 戦略で変わ る!金融機関―証券決済制度改革に勝ち残るには―』(金融財政事情研究会、2003 年)7-10 頁参照。

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技術の進歩に応じる、金融政策から提起された改革である。しかし、法制度はこれに対応できるようさ まざまな改正がなされなければならない。つまり、ルール形成過程のみならず、法的課題の設定と展開 においても、行政主導パターンを多少反映している。もちろん、こうしたパターンにより、新たな制度 が確実に執行され、安全性を損なわないで利便性、効率性の向上を実現できれば、特段の優劣はないも のと考えられるが、システム・商慣行面の改革が終わると金融商品決済制度を巡る法的研究も一段落つ いたようになってしまう。しかし、マクロ健全性政策やフィンテック推進政策の下で、改革後の技術革 新や国際金融規制の強化による新たな問題(CCP 規制(金融行政)アプローチや従来の清算・決済シス テムへの DLT の応用可能性など)や、改革による問題(多層型振替決済制度の問題など)をさらに検討 する必要があると考える。なお、そもそも金融商品決済システムには、金融商品の引渡しだけではな く、資金決済も含まれている。資金決済制度を考慮に入れれば、トークンや暗号資産の運用や、DLT に よる DVP の実現などの問題について議論の余地がある。 ②国際標準を踏まえる一方で、日本の従来の法制度・商慣行をも念頭においている。当時、競争力の 強化を目指していた日本の関係者にとって、G30 勧告や、国際証券サービス協会(ISSA)の勧告、2004 年主要国・地域の中央銀行において支払決済システムなどを担当する幹部により構成される基準設定主 体である支払決済システム委員会(CPSS、2014 年 9 月に決済・市場インフラ委員会(CPMI)と改称)と 証券監督者国際機構(IOSCO)による「証券決済システムに関する勧告(原題:Recommendations for s ecurities settlement systems)」などの国際標準における若干の項目を達成できなかったという状況 に鑑みてそれらの項目の達成を図るのは、日本の決済制度改革のインセンティブの 1 つである。それに 加えて、欧米の活動も、日本の関係者が危機意識をより強く持つことにつながり、改革完遂の大きな力 になった。にもかかわらず、株式等を直接保有する方式の採択や中央清算の法的仕組みを債務引受と解 することからみると、日本の金融商品決済制度は、必ずしも欧米の立法例や実務例に照応するものでは ない。そのため、国際または英米による標準や規則が、日本の関連制度や実務に如何なる影響を与える か、そして国の歴史や伝統に応じて日本の金融商品決済制度の独自性がどこにあるかについて、改めて 検討すべきであると考える。 ③金融商品決済制度に関する法的問題に言及するとき、規制法上の問題と私法上の問題は密接に関係 している。これは、決済制度それ自体の性格によるものだといえる。一方では、CCP が金融市場インフ ラとして、システム上の重要性があり、「大きすぎて潰せない(too big to fail)」という特徴を持っ ている。それに鑑みて、免許制やリスク管理などの規制の適切な導入が必要であるが、当局規制と自主 規制との関係およびそれぞれの射程は課題となる。他方で、中央清算ないし金融商品決済 DLT ネットワ ークにかかる法的関係は常に複雑である。そこで、善意取得、破綻処理などの問題に対して、民法、会 社法、破産法等の私法理論を統合的に活用して考察する必要がある。 欧米においては、2008 年金融危機以来、リスク軽減(特にシステミック・リスクの軽減)や中央清算 制度に関する金融学または法学上の研究が次第に増えている。それらのうち、システミック・リスクと 清算・決済制度のつながりに注目している研究が、若干ある。しかし、清算集中を推進しようとする主

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張に反し、店頭市場においてなぜ中央清算制度または慣行が自発的に生じてこなかったかについて、金 融学者の研究の一部は、店頭デリバティブ取引を行う場合に、中央清算システム自身の欠点やリスク管 理能力の欠如を明らかにしている8。要するに、中央清算制度は、リスクを集約して管理を強化する一方 で、デフォルトになりうる大きな中央取引相手方を生み出し、特定の金融商品に対応するための中央清 算システムの柔軟性を低下させる(すなわち、清算措置を標準化しなければならないようになる)のに 加えて、CCP によるコスト(取引コストやリスク管理コストなど)が必ずしも伝統的な相対での清算に よるものよりも低いというわけではない。

そのような CCP の欠陥に鑑みて、DLT を含むフィンテック(Fintech: Finance(金融)と Technology (技術)を掛け合わせた造語であり、IT を活用して金融、サービス、債務決済などの世界にもたらされ るイノベーション)の発展に伴い、分散型決済システムの金融市場への適用可能性は、各国からの注目 を次第に集めている。例えば、日本銀行金融研究所の設置した証券取引における分散台帳技術の利用を 巡る法律問題研究会は、①現行の社債・株式等振替法を修正することなく、分散台帳技術を証券取引に 利用することが可能か、②分散台帳技術がもたらしうる特性を活かした新しい証券決済制度としてどの ような立法が考えうるかという 2 つの視点から検討を行った9。他方、DLT による金融仲介の分散化は、 過剰な集中化によるリスク(特にシステミック・リスク)を軽減できるが、リスク低減というより、む しろ単に規制の留意点を、相互に関連性のある CCP(または清算参加者ら)によるリスクから、市場自 体に内在しているリスクに変更するにすぎないという主張もある10。そこで、フィンテック推進政策の 下で、従来の集中型決済と DLT を用いた新たな分散型決済と比較しながら、改めて金融商品清算・決済 のあり方を把握する必要があろう。 以上によれば、金融商品決済制度については、従来から残された法的問題、ならびに金融規制や技術の 発展による新たな興味深い法的問題がある。そこで、本稿では、「金融市場における清算・決済にかかる 諸リスクをよりよく管理するために、金融商品決済制度はどうあるべきか」をリサーチ・クエスチョンと して、リスク管理という観点から、日本の金融商品決済制度について、今まで検討された諸課題への見解 や仮説を踏まえ、先行研究や理論によるいくつかの結論の齟齬や見解の分岐に焦点を当てて、欧米や中 国でのかかる立法例や実践(本稿第 1 篇)を参考にしつつ、清算・決済制度において残された法的問題を 検討し、従来の中央清算制度の内容、役割と法律構成(本稿第 2 篇)、ならびに CCP の監督・規制枠組み (本稿第 3 篇)を明らかにするとともに、金融市場向け分散型決済システムなどによる新たな法的問題 についても、DLT の現状と動向を把握した上で、これまでの実証実験例に基づき、清算・決済システムの

8 See, e.g. Svetlana Borovkova & Hicham Lalaoui El Mouttalibi, Systemic Risk and Centralized Clearing of OTC Derivatives: A Network Approach (December 11, 2013), http://ssrn.com/abstract=2334251; Rodney J. Garratt & Peter Zimmerman, Does Central Clearing Reduce Counterparty Risk in Realistic Financial Networks? (2015-03-0 1) FRB of New York Staff Report No. 717, http://ssrn.com/abstract=2646040; Craig Pirrong, The Economics of C learing in Derivatives Markets (January 8, 2009), http://ssrn.com/abstract=1340660.

9 証券取引における分散台帳技術の利用を巡る法律問題研究会「証券決済制度と分散台帳技術」金融研究 37 巻 3 号(201 8)2-3 頁。

10 Ryan Surujnath, Off the Chain! A Guide to Blockchain Derivatives Markets and the Implications on Systemic Risk, 22 Fordham J. Corp. & Fin. L. 257, 295 (2017).

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仕組みの是非を指摘し(本稿第 4 篇)、金融商品決済制度のあり方の検討を行う。 第 1 篇では、決済にかかる諸リスクの特徴、および決済制度のリスク管理におけるリスクの位置づけ を正確に把握するために、経済学・金融学の理論と金融規制論を参考にし、金融市場における決済リスク の意義と特徴(特定の行為の完了不能によるリスクであること、リスク負担者が特定されること、多くの 原因によるリスクであること)を説明し、決済リスクの 8 つの原因(具体的には信用リスクあるいは取引 相手方(信用)リスク、流動性リスク、オペレーショナル・リスク、投資リスク、決済銀行リスクあるい は資金預託リスク、カストディ・リスク、法的リスクおよびシステミック・リスク)の内容をそれぞれ明 らかにする。その上で、以上の決済リスクの特徴と原因を踏まえて、CCP における清算集中によるリスク 管理の手法とその問題点を検討する。また、2008 年金融危機以来の中央清算制度に関する金融法制改革 の重要な動きを整理し、それらの措置の目的、効果と妥当性を紹介する。以上の中央清算制度に関する新 たな発展は、この先世界各国における CCP や決済機関の提携および集中型決済のあり方に重要な示唆を 与えている。 第 2 篇では、金商法による清算集中制度および振替決済制度(とりわけその階層構造)の詳細を紹介し た上で、各種類の FMI のうち、中央清算サービスを提供している CCP は、特に日本の振替制度により証 券の保管・振替業務を行う証券保管振替機構(JASDEC)、および金融商品市場を開設して市場運営機能(取 引資格、取引対象の種類や取引・決済方法などについて、法令の範囲内で、自ら定めることができる)お よび自主規制機能(規則作成、会員等の遵守状況の調査、処分など)を有する金融商品取引所と、どのよ うな関係があるのか、また、システミック・リスク軽減などの機能をよく果たすために、JASDEC、金融商 品取引所などの FMI との関係で、CCP にいかなる位置を与えるべきかについて検討を行う。そして、CCP の法的仕組みを理解するために、多数当事者間ネッティングの構造を明らかにした上で、CCP と清算参加 者や利益関係者との法的関係ないし債務負担方法(債務引受、更改、契約上の地位の移転)を検討し、三 角・多角取引(「三面取引」)という視点から中央清算の法律構造を把握する。さらに、CPSS(CPMI)と I OSCO による「金融市場インフラのための原則(原題:Principles for Financial Market Infrastructu res)」(以下「FMI 原則」という)11に照らして、中央清算制度に関する中核的な問題である「決済完了性」 の内容、その確保の必要性、および具体的な措置について議論を行い、現在の学説や条文(とりわけ一括 清算法)を参照した上で、決済完了性(とりわけ対第三者効を持つ債務完了性)と倒産法制との適合性を 11 CPSS と IOSCO は、従前から、資金決済システム・証券決済システム・CCP に対する勧告を個別に策定し、関係機関に自 主的な対応を推奨してきたが、これらを統合して世界各国の FMI に対する監視・規制の整合性向上を図るとともに、FMI を 金融危機に耐えうる強固なものとすべく、FMI が充足すべき水準を多面的に引き上げ、さらに資産の分別管理・移管や参 加者破綻以外のビジネス・リスクへの備え等に関する基準を新設し、24 の項目からなる FMI 原則として 2012 年 4 月に確 定・公表した。世界各国の規制当局は、FMI 原則を採用し、可能な限り早期にその適用を開始することが求められており、 法規制の改正を行い、監督の方針・基準・ガイドラインを策定している。例えば米国は、ドッド=フランク法に基づく対 応の中で、2012 年 12 月に SEC が、FMI 原則に準拠した清算機関のリスク管理とオペレーションに係る新規則を採用した。 また欧州では、EU 域内証券決済機関の共通規則および欧州の CCP・取引情報蓄積機関(TR)に係る規則に FMI 原則の内容 を反映させている。そしてオーストラリアでも、2012 年 12 月に既存の規制の枠組みに FMI 原則を取り込む形で改正し、 詳細な基準を策定している。 以上の記述につき、松本正紀「世界的な金融規制改革と証券清算・決済インフラの動向」月刊資本市場 334 号(2013)3 9 頁を参照した。

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分析し、清算制度関係当事者(清算参加者(とりわけ受託清算参加者)、清算委託者、CCP)の破綻処理を 論じる。 第 3 篇では、FMI 原則、その付属文書(追加ガイダンス)、および関連報告書に照らし、CCP に対する規 制の目標、理由、具体的な措置に関する国際基準を紹介している。そして、FMI 原則の実施状況の段階的 なモニタリングを受けた日本の国内において、レベル 1(実施プロセスのステータスの評価) 、レベル 2 (実施枠組自体の評価)、およびレベル 3(実施枠組による効果の評価)の三段階で、監督当局による法 律・政策面および金融行政面上の CCP にかかる FMI 原則の実施状況をまとめる。以上の国際規制の動向 や指摘を踏まえ、金融庁の監督指針と日本銀行(以下「日銀」という)の基本方針に基づき日本国内の C CP に対する二重監督・規制の仕組みを把握した上で、日本と同じように中央銀行を含む複数の監督当局 を設けて金融危機後注目を集めるイギリスのツイン・ピークス・アプローチが日本の CCP 規制に与える 示唆を指摘しつつ、そもそも金融機関の健全性や行為の規制・監督を 1 つの機関が行う手法である統合 規制アプローチを採っている日本における、CCP の健全性のための日銀の監督関与の必要性の有無、およ び CCP 健全性規制の構造を検討する。それに加えて、CCP・振替決済機関等の監督に当たりその業務運営 に関する自主的な努力を尊重するよう配慮しなければならないという考えを念頭に置き、当局による規 制のほか、日本の体系的な多層型金融規制仕組みの一環である自主規制制度を着眼点とし、金商法上の 自主規制制度を整理した上で、自主規制機関に該当する金融商品取引所である東京金融取引所の清算業 務が自主規制業務に該当するかどうか、また日本の他の CCP(ほふりクリアリングと日本証券クリアリン グ機構)が自主規制機関に該当するかどうか、あるいは自主規制業務を行うかどうかという問題の検討 を行う。 第 4 篇では、ブロックチェーンを例として、DLT の概念およびその仕組みを明らかにした上で、分散型 決済システムのリスク管理への潜在的な影響、つまり、こうしたシステムの下でのありうるリスクに関 する諸問題を指摘した上で、DLT を用いた分散型決済システムの金融商品清算・決済への応用可能性を検 討し、JPX などの実証研究に基づき、金融商品決済向け DLT 規格の形態や仕組み、性格などを紹介し、現 在、かような DLT 規格の利用が日本の金融商品清算・決済を規整している金商法、社債、株式等の振替に 関する法律、資金決済法、電子記録債権法などのもとでの法的有効性を担保しうるかを巡ってさまざま な法的問題を考察する。そして、分散型決済を集中型決済と比較しながら、信用(信頼性)の異なる所在 という両方の著しい相違点を指摘し、諸篇で既に論じた集中型決済(中央清算)の特徴およびメリット・ デメリットを踏まえ、分散型決済の是非をも明らかにした上で、CCP の役割、中央清算制度の趣旨および 清算集中制度の功罪をさらに認識するとともに、フィンテックの下で金融商品清算・決済のあり方につ いて分析を行う。

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第 1 篇 リスク管理と中央清算 第 1 章 決済リスク 1. リスクと不確実性(uncertainty) 「リスク」の捉え方は、金融機関においても人によりさまざまである。もっとも、こうしたさまざま な概念のなかでも共通する要素として指摘できるのは、「予期していない」あるいは「まれにしか起こ らない」という頻度にかかる概念と、「発生すると損失額は大きい」という被害の程度にかかる概念で あろう12。前者から見ると、リスクは、必ずしも「嫌なこと」「発生してほしくないこと」のニュアンス につながるわけではない。一方的に嫌なことやよいことだけが起こるだけではなく、その両方が発生し うる可能性を秘めているから、リスクを「保有している資産や負債の価値が、将来時点どうなるか確定 していないことにより企業の価値(純資産)が確率的に変動すること」と定義づける見方がある13。こ の見方によれば、リスクは、ほぼ不確実性あるいは将来事象の確率に相当することになる。 しかし、そもそも将来の事象の真の不確実性を無くすのが無理なのは言うまでもなく、以下のよう に、不確実性は、むしろ金融市場にとっては必要不可欠なものといえる。金融市場における価格決定に とって重要なのは、投資家が証券の将来の収益に対する期待を形成する情報である。金融市場が過去の 株価変動に関する情報のすべてを金融商品の価格決定に組み込んでいるとすると、価格や取引に関する 過去の情報は、金融商品の保有による将来のリターンに関する情報を導き出すことができない。する と、金融商品が過大評価されていたり過小評価されていることを過去の情報から特定することができる という見解は、誤りである14。この点で、市場の価格形成の不確実性は、市場の効率性を支えている。 さらに、金融市場は、投資家に取引の場所を提供するために存在する。投資家はできるだけ多くのお金 を稼ごうとしているが、市場そのものは、利益追求という目標を持っておらず、単に流動性を提供する ために存在する。すべての投資家にチャンスを提供する、また投資家間での資金の流れを永続させ、市 場自体の存続を確保するために、市場には不確実性が必要である。というのは、相場変動を予測する可 能であり、そしてすべての富がそれらの相場変動を予測できる者に移転する市場(いわゆる「完璧な取 引システム」)、およびその反面、市場の相場が完全に根拠なし任意に変動し、そして参加者の参加意欲 がなくなる市場を回避するために、市場それ自体は利益追求をせず、単に透明性ある明白な取引ルール と、いつも効果的な投資方法が存在していないという不確実性によって、いずれの市場参加者にも投資 チャンスを平等的に提供している(市場の公正性・秩序の維持)一方で、利益を求めるさまざまな市場 参加者は、ノイズ情報や仕組み金融商品などによる市場価格変動の一定の不確実性(予測不可能性)に 12 大山剛『グローバル金融危機後のリスク管理――金融機関および監督当局がなすべき「備え」(金融財政事情研究会、 2009 年)74 頁参照。 13 森本祐司『ゼロからわかる 金融リスク管理』(金融財政事情研究会、2014 年)15-16 頁参照。

14 See JOHN ARMOUR et al., PRINCIPLES OF FINANCIAL REGULATION (2016) pp.102-104. それに応じて、株価について は、ランダム・ウォーク理論(Random Walk Theory あるいは千鳥足理論)がある。株価の変動には予測できるようなパタ ーンが存在しないとする理論をいう。つまり、今日の株価の変動は昨日の変動と無関係であり、明日の変動も今日の変動 と無関係である。

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よって、投資資金の多方向的な流れを引き起こす(利益取得の期待の確保)という資本市場の仕組みを 認めなければならないからである。そして、特定の情報セットによって毎回市場が操縦されることがな いことを確保することで、金融市場は参加者の性格を多様化させる。不確実性は、市場の安定性とイノ ベーションの主な源であり、市場の生命線である競争を維持することに資している15 実務上、VaR(Value at Risk)16などのリスク管理のための計量的手法は、ありうる結果のすべての 確率、かかるリスクと効用を評価することによって、システムの外生的な「攻撃」とみなす不確実性を 低減しようとする。しかし、実際には、ほとんどの意思決定は、情報が不十分である状況下で行われ る。その際、個々のメンバーの意思決定は、未知の確率(不確実性)に代わり、既知の確率分布(特定 の損失発生要因に関し一定期間内に観察された値の分布)によって決まる傾向がある17。その未知の確 率である不確実性は秩序や規律がなくなる場合に将来へのパニックを示しており、損失に決してつなが らないが、既知の確率分布は確率論を通じて損失を被る可能性を示している。その上で、双方による意 思決定の内容も異なる18。言い換えれば、金融には時間軸がかかわる(時間をかけて資金をやりとりす る)ため、必ず将来との関係で不確実性が存する。ファイナンスに関係する不確実性は常に一定の経済 的な損益と結びついている。ただ、不確実性といっても、中には起こるかどうかさえよくわからないも のもあれば、起こるかどうかや起こった場合の損害の程度を過去の経験や似たような事例からある程度 把握できるものもある。後者であれば不確実性から生ずる経済的な損益を何らかの方法で具体的な金額 として表す(定量化)ことができる。このように、定量化できる不確実性のことをリスクという。リス クは数字で表されるので、これに見合う金利を上乗せしたり、引当金を積んだりして対処することがで きる19

15 EDGAR E. PETERS(宋学鋒ほか訳)『複雑性、風険与金融市場(COMPLEXITY, RISK, AND FINANCIAL MARKETS)』(中国人民 大学出版社、2004 年)5-6 頁参照。 16 個々の取引あるいはオートフォリオの時価評価額が、ある保有期間中にどれくらい現行水準より変化するかを計測し、 特に都合の悪い方向への変化によって被る損失額が、一定の確率の下で、最大どこまでになるかを推計したものをいう。 藤井睦久=中村恭二『デリバティブのすべて[増補版]』(金融財政事情研究会、2001 年)39 頁参照。 17 つまり、エルズバーグのパラドックス(Ellsberg Paradox)である。1961 年に、ダニエル・エルズバーグにより経済学 または意思決定理論における曖昧さ回避(ambiguity aversion)を持つ選好の具体例が示された。その例では、ある壺が あり、その壺の中には赤玉、黒玉、黄玉が合計 90 個入っている。このうち赤玉の個数は 30 個と分かっているのに対して、 赤玉以外の 60 個については、黒玉と黄玉の内訳は分からないとする。そして 4 つのギャンブルを与える。その結果、期待 効用理論によって正当化されないにもかかわらず、人は確率が未知であるようなギャンブルを回避しようとし、勝つ確率 が事前に分かるギャンブル(赤玉の取出し確率)を好む傾向がある。季愛民「埃爾斯伯格悖論」天津商業大学学報 2007 年 1 期(2017)30-33 頁参照。なお、以上の結果は、すでに行動経済学における代表的な成果としてのプロスペクト理論(p rospect theory、不確実性下における意思決定モデルの 1 つ)によって正当化されてきた。楊朝軍ほか「前景理論及其対 証券市場投資者的啓示」証券市場導報 2003 年 2 期(2003)14-18 頁。 18 植村修一『リスク、不確実性、そして想定外』(日本経済新聞出版社、2012 年)112 頁参照。 さらに、決定的な不確実性またはリスクとそして非決定的な測定しえないそれとの根本的差異を識別する必要がある。 リスクと不確実性の 2 つの範疇の間における実際的相違は、前者においては諸例の一群団における結果の分布は知られて いる(先験的に計算を通じてかまたは過去の経験の統計からかのいずれかにより)。しかし不確実性の場合においては、こ れは真実でない。その理由は、一般に、取り扱われるところの地位が高度に広大であるという理由によって諸例の一群団 を形成することが不可能であるということに由る。不確実性の最も善い例証は、判断の執行に関して、または将来の出来 事のコースについてのこれらの意見(しかも科学的知識ではない)の形成である。Frank H. Knight(奥隅栄喜訳)『危険・ 不確実性および利潤』(文雅堂書店、1959 年)306-307 頁参照。 19 大垣尚司『金融と法――企業ファイナンス入門』(有斐閣、2010 年)26-27 頁参照。

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そこで、本稿では、不確実性(定量化できない未知の確率)と区別付け、リスクを「価値が将来時点 どうなるか確定しておらずに、損失を被る既知の確率」という定義を採ることができる。その上で、信 用リスク(本章 3(1)参照)や火災・天災に遭うリスクは、起これば損失を被るが、起こらないからと いって得をするわけではない。リスクの多くはこうした性質をもつ。これを純粋リスク(pure risk) という。これに対し、株価や金利・為替、地価といった市場における価格変動のリスクについては、下 手をすれば損失を被るがよくいけばむしろ儲かることもある。このように、利得にもなれば損失にもな るというリスクを投機的リスク(speculative risk)という。投機的リスクは将来の利得を放棄すれば 損失を予め回避すること(ヘッジ)ができる。デリバティブは投機的リスクである市場リスクをヘッジ するための典型的な金融商品である。これに対し、純粋リスクは、将来リスクが発生した場合に備えて 一定の資産を積み立てておくか、誰かにリスクを引き受けてもらう(カバー)しかない。保険はカバー のための典型的な金融商品である20。よって、多くのデリバティブその取引の不透明性や非標準化によ る「リスク」は、損失につながるわけではなく、不確実性に該当している。この点で、2008 年金融危機 に重大な損害をもたらした原因の 1 つは、デリバティブそのものではなく、不確実性をリスクの測定対 象に誤って入れた VaR などのリスク評価・管理手法にあると考えられる。 2. 決済リスクとは 決済リスクは、「何らかの理由により金融機関間の決済が実行されないために損失を被るリスク」の ことであり、要は、資金や金融商品を受け取ると考えていたが、それが受け取れないことによって発生 するリスクである。また、決済リスクの「(発生)期間」は、基本的に「決済プロセス」の時間で、厳 密にいえば、決済システムに支払指図(情報)を送ってから、決済システム経由で受取確認を行うまで ということになる21。さらに、決済は、資金決済のように単純に資金が決済される「単純型決済」と、 為替決済のような結びついた 2 つの金融商品、または金融商品決済のような金融商品と資金が交換され る形の「価値交換型決済」とに分類することができる。それぞれについて、決済リスクの源泉が異な る。決済される資金の対価となる価値の移動(商品・サービスの受渡しなど)が決済システムとは無関 係の世界において行われている単純型決済では、支払指図を発出したタイミングと最終的な決済が行わ れる時点の時差(タイムラグ)である「決済ラグ」が、決済リスクの源泉となる。この決済リスクを削 減するためには、①支払指図の発出から最終決済までのタイムラグを短縮すること、②決済ラグの間に おける未決済残高を削減すること、あるいは一定の範囲内に収めること、などの対策がとられる22。そ の一方、価値交換型決済では、片方の金融商品の支払が行われる時点ともう片方の金融商品(または資 20 大垣・前掲注(19)27-28 頁。 21 宿輪・前掲注(5)177 頁。なお、かような期間の定義によって、その決済プロセスが始まる前に、例えば相手が破綻し た場合は、厳密には、それは決済リスクではなく信用リスクであり、強いていえば「決済前リスク(pre-settlement ris k)」という(同書 177 頁)。本稿では、主として広義の「決済」概念を採っているので(注 2 参照)、特別の説明がなけれ ば、清算プロセスも決済プロセスに含まれるとされている。 22 中島真志=宿輪純一『決済システムのすべて[第 3 版]』(東洋経済新報社、2013 年)21-22 頁参照。

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金)の引渡しのタイミングとの間にタイムラグがある場合には、一方を引き渡したものの、その対価を 受け取れないというリスクがある23 とりわけ、証券を含む金融商品決済リスクは、資金と他の金融資産との交換が行われる価値交換型決 済である。また、金融商品決済では、決済プロセスが始まるまでは、価格変動の分を除けば、受取・支 払(債権・債務)の関係で決済リスク自体はほぼゼロとなるが、2 つの決済がリンクされていない時 (金融商品の決済と資金の決済が結合したリスクとなっている金融商品決済リスクには、資金を払った が商品が受け取れないというケースと、商品は引き渡したが資金が受け取れないという 2 つのケースが ありうる24、ともに決済プロセスに入った期間は、支払いが自分の手を離れてしまった以上、受取の確 認までは決済リスクが存在している期間となり、あるいは決済プロセスに入った瞬間に決済リスクのエ クスポージャーが出現(発生)するのである25 こうした金融商品決済リスクは、以下の要因で、複雑性を持っている。①多様な商品。金融商品決済 の対象となる商品は、金商法上の有価証券(2 条 1 項)やみなし有価証券(2 条 2 項)、デリバティブ (2 条 20~23 項)など多岐にわたる。また、それぞれの商品が異なる市場(証券取引所、店頭市場、商 品先物市場など)で取引されたり、市場参加者や取引ロットが商品によって異なっている。さらに、商 品ごとに根拠法や規制・制度が異なっていたり、別々の金融商品決済機関(CSD)26で決済されることも ある。②多数の当事者。注文を出した顧客(customer)または機関投資家(investment manager)、取 引の仲介を行う証券会社(broker/dealer)、売買を執行する取引所(exchange)、金融商品の保管管理 を行うカストディアン(custodian)、資金の支払いを代行する支払銀行(paying agent)、金融商品の 決済を代行する決済代行機関(settlement agent)、ネッティングなどを行う清算機関(CCP)、最終的 に金融商品の振替決済を行う金融商品決済機関(CSD)、最終的な資金決済を行う中央銀行(central ba nk)などが、それぞれの立場で関与している。このうち、中央銀行を除いた各当事者のそれぞれが、決 済リスクの発生源となりうる。③複雑なクロスボーダー金融商品決済。この場合には、関与する国が増 え、時差が関係し、為替が絡み、当事者が増えるため、クロスボーダー決済リスク(cross-border set tlement risk)は、余計に複雑化することになる。④現物の存在。日本でも法律による金融商品の全面 的な券面の廃止(無券面化)が行われていない限り、決済機関での電子的な決済(電子的な帳簿におけ る振替)が中心となっていても、現物の金融商品による決済が残ることになる。紙ベースの現物の場合 には、証券の紛失や偽造のリスクがあるほか、発行、保管、引渡しなどに手間とコストがかかることに なる。両方が並存している場合には、電子ベースの決済と現物の決済で、事務が二重化し、リスクも異 なることになる。とくに、現物金融商品の不動化(決済機関への預託)の比率が低い場合には、現物に よる決済のウェイトが高くなるため、事務負担が重くなる27 23 中島=宿輪・前掲注(22)決済システムのすべて 22-23 頁参照。 24 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 30-31 頁参照。 25 宿輪・前掲注(5)198 頁。 26 CSD とは、証券を保管し、それによって帳簿記入(book entry)による証券取引の処理を可能にする機関であり、「証券 集中預託機関」や「証券保管振替機関」とも呼ばれる。中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 1-5 頁参照。 27 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 31-32 頁参照。

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その上で、金融商品に関する決済リスクの特徴を、以下のように挙げることができる。 ①特定の行為の完了不能によるリスクであること。決済リスクは、清算・決済機関や清算参加者(清 算機関が行う金融商品債務引受業の相手方とする者をいう(金商法 156 条の 7 第 2 項 3 号))によるも のというより、むしろ清算・決済行為を完了することができなくなることによって損害をもたらす可能 性を指している。よって、取引者や決済担当者のみならず、そうした行為の完了を妨げうる決済関与者 のすべては、決済リスクを引き起こすおそれがある。そのため、おおまかにいうと、決済システムに関 与する者が少なければ少ないほど、決済リスクの発生源は少なくなる(ただし、リスク自体が必ずしも 低下するわけではない)。この点は、後述の清算集中(一定の金融商品取引について清算機関による清 算を義務付けることをいう)制度(2 篇 1 章 1 参照)や多層型振替決済制度(2 篇 1 章 2(4)参照)に つながってゆく。 ②リスク負担者が特定されること。これは、システミック・リスクや流動性リスクとの違いである。 決済リスクの発生源が多様であるにもかかわらず、清算・決済機関と清算参加者だけは、決済リスクを もたらしうるとともに、当該リスクを負う(ただし、決済リスクによる損害は、それらのリスク負担者 に限らず、市場全体にも及ぶ可能性がある)。しかし、実際には、清算参加者は、その顧客のために清 算機関と直接に清算を行う資格を有する仲介業者にすぎないこともある(例えば、日本の場合)。その 場合、清算モデル(直接取引型と代理型)によって、顧客と清算参加者、清算機関間の法的関係が異な る(2 篇 2 章参照)が、顧客と清算参加者がそれぞれの清算契約や担保契約によって、ともに決済リス クにさらされている。 ③多くの原因によるリスクであること。以上のように、決済リスクが複雑性を持っているので、計量 的手法で直接に評価されるのではなく、その由来とする計量対象リスク(信用リスクなど)28に対する 評価によって可視化されるのが一般的である。つまり、決済リスクは、清算・決済において特定されて 決済完了の阻害要因となる一連のミクロおよびマクロ・リスクについての統合的な現れといえる。 次に、これらの決済リスクの発生原因を検討する。 3. 決済リスクの原因 実務面からみた決済リスクの原因について、CPSS と IOSCO による「CCP のための勧告」は、次のよう にまとめている。すなわち、「CCP が管理しなければならない本当のリスクは清算参加者との契約による 特定の約束によって決まる。ただし、CCP の多くは常に若干の管理しなければならない共通のリスクに 直面している。清算参加者が契約期間満了までに債務の履行をしなかったり(参加者の信用リスク)、 参加者が履行遅滞に陥っているときには(流動性リスク)、リスクが生じる。CCP と清算参加者の間の資 金決済が商業銀行で行われる場合、当該銀行が破産すると、CCP にとって信用リスクと流動性リスク (決済銀行リスク)が生じうる。担保の取得(カストディ・リスク)や証拠金に関する要件を満たすた 28 計量対象リスクの詳細については、西口健二『金融リスク管理の現場』(金融財政事情研究会、2011 年)3-8 頁参照。

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めの清算基金または現金投資のリスク(投資リスク)、決済システムおよび運営の欠陥(オペレーショ ナル・リスク)はほかの潜在的なリスクを招く可能性もある。また、CCP は、ある法的システムがその 決済ルールや手順を認めないというリスクにも直面する――特に参加者の債務不履行の場合である(法 的リスク)」ということである29

以下では、決済リスクの諸原因をそれぞれ検討する。

(1) 信用リスクまたは取引相手方(信用)リスク(counterparty (credit) risk)

信用リスクについては、2 つのタイプがある。1 つは、元本リスク(principal risk)である。つま り、取引額全体(元本額)について、資金や金融商品を受け取ることができず、損害を被るリスクであ る。元本リスクは、金融商品の売り手にも買い手にも存在し、決済プロセスが始まって取引当事者の一 方が資金の支払いや金融商品の引渡しを行った時点から発生するリスクであるため、信用リスクの主要 な原因ともいえ、システミック・リスクをもたらすおそれもある30

もう 1 つは、再構築コスト・リスク(replacement cost risk)である。つまり、金融商品を予定ど おりに受け渡すことができないために、これを改めて市場で調達(または売却)することが必要となっ た場合に、市場価格の変動により、当初の契約よりも高い調達価格(または安い売却価格)となって、 差額の損失が発生するリスクである。このリスクは、取引相手方の異変(破綻など)に気がつき、取引 相手への証券・資金の振替・支払いをストップできた場合に発生するリスクであり、決済プロセスに入 る前の「決済前リスク(pre-settlement risk)」である。その大きさは、当初の「取引価格(contract price)」と現在の「市場価格(market price)」との差によって決まる。したがって、このリスクは、 1 種の「市場(価格変動)リスク(market risk)」であり、取引から決済までの期間の長さ(time ga p)が長いほど、また、市場における価格のボラティリティ(volatility)が大きいほど、大きくな る。現代的決済システムの下では、取引所取引から決済までの期間の長さが短くなり、再構築コスト・ リスクを抑えやすくなるが、デリバティブ契約の履行の場合には、その期間が長いので、そのリスクに さらにさらされる可能性がある。元本リスクと同じように、再構築コスト・リスクも金融商品の売り手 と買い手の両方に発生する可能性があるが、原因となる事象(経営破綻、事務トラブル等)の発生時点 によって元本リスクと分かれることになる。すなわち、資金や金融商品の引渡しが済んでおらず、再構 築ができる時点であれば再構築コスト・リスクとなり、一方、決済プロセスに入って資金や金融商品の 支払指図が撤回不能となった時点以降であれば、元本リスクとなるのである。発生の原因は、再構築コ スト・リスクの場合には主に信用リスクであり、元本リスクの場合には、信用リスクまたはオペレーシ ョナル・リスクのいずれかである。また、前者が価格変動部分のリスクであるのに対し、元本リスク は、「元本全額」のリスクであり、リスクの額としては、比較にならないほど大きい。この意味で、元 本リスクは、金融商品決済リスクの本質的なリスクである31

29 See CPSS & IOSCO, Recommendations for Central Counterparties (November 2004) p.8, http://www.bis.org/cpmi/ publ/d64.pdf.

30 中央国債登記有限公司編『債券交易与結算』(中国金融出版社、2008 年)109 頁参照。 31 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 34-36 頁参照。

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以上のように、取引相手方のデフォルトによるリスクが従来信用リスクと呼ばれているが、2008 年金 融危機後、取引相手方リスク(あるいはカウンターパーティー・リスク)という言葉が脚光を浴び始め た。こうしたリスクとは、デリバティブの取引相手が契約満期前に金融債務に対してデフォルトを起こ し、契約上定められた支払が行われないリスクのことである。株式や社債等、発行体や貸出先等のデフ ォルトによって生ずる損失を扱う信用リスクの一種と理解してよい。取引所で決済される上場金融商品 は、取引所が支払を保証するため清算参加者には取引相手方リスクが発生しないが、相対で取引される 店頭デリバティブ取引にはこのリスクが付随する。取引相手方リスクは、経済損失がデフォルトに起因 して発生するという点で他の信用リスクと似ているが、エクスポージャーの不確実性と信用リスクの双 方向性という 2 つの点で、伝統的な信用リスクとは異なっている32。つまり、デフォルトによる損失額 が相場変動や時間の経過によって大きく変化し、金融商品が債権にも債務にもなりうることから、将来 エクスポージャーが不確実であり、一般に取引相手は、相手に対する潜在的債権債務をあわせ持ってい るのが常態であり、信用リスクが双方向に発生する33。また、そのリスクの大きさは、決済の処理プロ セスの途中で、当事者の片方が破綻した時点で、未決済となっている金額である「エクスポージャー」 の大きさに対応して決まる。そのリスクを削減するためには、決済金額の圧縮や決済期間の短縮が方策 となっている。とりわけ、決済対象となる取引の約定金額がきわめて大きい銀行間決済では、そのリス クが生ずると、ある銀行が支払不能となった場合、その銀行から渡される資金を計算に入れていた他の 銀行も支払不能に陥り、さらにそれが他の銀行に波及するというシステミック・リスクにつながるおそ れがある34。したがって、与信先の債務状況の悪化などにより、与信に係る資産の価値が減少ないし消 失する場合に信用リスクが常に生ずるが35、上記のように決済プロセスにおいて特質ある信用リスク は、取引相手方リスクといえる。特に中央清算の下で、CCP にとって取引相手方リスクという言い方 は、清算参加者に代わり、自分が一方的に大きな取引相手方の信用リスクを負うことを示唆している。 (2) 流動性リスク 流動性リスクとは、取引相手から予定どおり資金や金融商品を受け取れないために、資金・金融商品 不足(流動性不足)の状態となり、自分まで決済不履行に陥ってしまうリスク、またはそれを回避する 32 富安弘毅『カウンターパーティーリスクマネジメント――トレーディングとの融合によるリスク管理の収益源化』(金融 財政事情研究会、2010 年)14 頁参照。 33 一方の取引当事者の観点から、自分のデフォルト確率がゼロと仮定され、取引相手の信用リスクのみを分析するのは、 単方向信用リスクの評価である。しかし、こうした単方向的なリスク評価方法を用いてプライシングを行えば、相手の信 用リスクのみを考慮して自己のデフォルトの可能性を無視しているために、デフォルト・リスク・フリーの取引より有利 なクーポン設定を双方が要求して、条件の折り合いがつかなくなることが予想される。中間点で妥協して取引を行ったと しても、スワップ・ポートフォリオの時価評価をしていれば、ブッキングをした瞬間に双方に評価損が発生するという、 矛盾した結果に陥る。そのため、もう一方の当事者の観点から、同様の方法でその取引相手のリスクをプライシングに含 めることが必要だということになる。つまり、双方向の信用リスクを織り込んだ整合的なモデルが必要である。その基本 的な考え方は、スワップが(期待現在価値の意味で)同時に債権でも債務でもあることに着目し、債権である程度に応じ て相手の信用リスクを反映させ、債務である程度に応じて自己の信用リスクをも反映させるというものである。このよう な方法を用いれば、パラメータについての合意があればスワップの理論価値についての合意も成立する。四塚利樹「スワ ップ信用リスクのプライシング」証券アナリストジャーナル 35 巻 10 号(1997)10-19 頁参照。 34 木下信行『決済から金融を考える』(金融財政事情研究会、2015 年)96-97 頁参照。 35 西口・前掲注(28)7 頁参照。

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ために非常に高いコストを支払わなければならないリスクのことである36。義務の内容によって、支払 未了(売り手にとっての流動性リスク)と受渡未了(買い手にとっての流動性リスク)に分けることが できる。元本リスクと異なり、決済不履行の原因は、経営破綻ではなく、一時的に金融商品や資金が不 足していることによるケースが多い37。ただし、極めて高い回避コストを避けるために、履行能力があ っても履行しないケースもある。そうだとすると、その取引相手は、同時履行の抗弁権(民法 533 条) を持っているであろう。しかし、実務上、更改(novation)または債務引受によって、CCP が同時に原 取引の買い手および売り手との債権債務を履行する必要があるので、一般的に CCP がその抗弁権を行使 せず、証拠金や強制買付け(buy-in)、自動的貸借取引を通じて清算参加者の履行を遂行する。 信用リスクと流動性リスクは、CCP が直面している最も主要なリスクである。あえて一言でいえば、 流動性リスクの原因は、DVP により、「相手から受取りが行われなければ、自分の支払いも実行されない ようにする」仕組み38が実現していないということにある。よって、DVP 制度は 2 つの含みがある。1 つ は、取引当事者が同時履行の抗弁権を有し、両方が債務を同時に履行しなければならないことである。 それは、資金決済システムと金融商品決済システムとの業務提携を求める。もう 1 つは、原則として、 資金・金融商品のそれぞれの決済システムにおける移転を取り消すことができないこと、すなわち完了 性(finality)を有することである。ただし、実際には、DVP を徹底的に実現するのは難しい。国際清 算銀行(BIS)による 1992 年「証券決済システムにおける DVP」では、DVP を「資金を支払ってから、 証券引渡しサービスを提供することを確保するための証券決済制度」と定義づけている39。すると、証 券の引渡しが資金の支払いを前提としつつ、両方の間に時差がありうる。なぜならば、保管振替制度の 下で、金融商品の保管と振替が一般的に CCP やその他の預託保管機関によって確保されるのに対し、資 金の決済・管理について CCP が直接に関与しないためである。しかし、もし金融商品の空売りを認める と、買い手が必ずしも当該商品を受けることができるわけではない。そこで、NSCC(National Securit ies Clearing Corporation=米国証券取引所決済機関)は、証券の引渡しを先にし、それに照らして証 拠金や資金の支払いを決める40。DVP 制度の趣旨を踏まえると、資金と商品の同時の交換が確かに最も安 全だとはいえ、決済銀行と CCP の流動性上の制限に鑑み、当事者のデフォルト可能性と決済システムの 運営状況によって決済の順番を適当に調整することを認めるべきである41。なお、日本では、2004 年 5 36 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 37-38 頁参照。 37 こうしたケースでは、金融商品の受渡し未了については、市場慣行として、直ちにデフォルトとしての取引解除を行わ ず、「フェイル」(failed transaction)として取り扱い、後日の受渡しを可能としている市場も多い。ただし、資金の受 渡しについては、通常、フェイルは認められない。中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 37 頁参照。 38 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 47 頁参照。

39 See CPSS, Delivery Versus Payment in Securities Settlement Systems (September 1992), A2-3, http://www.bis. org/cpmi/publ/d06.pdf. 40 張国平『中国証券登記結算制度研究』(中山大学出版社、2012 年)25 頁参照。 41 実際にも、場合によって、一方の債務の決済が、他方の債務の決済の後に行われる可能性がある。例えば、証券決済シ ステム(SSS)が、資金決済用の口座を設けていない場合には、初めに、証券の売り手の口座において対象証券を凍結する ことがある。次に、SSS は、決済銀行において、買い手から売り手への資金の振替を要求する。買い手またはそのカストデ ィ銀行への証券の引渡しは、SSS が決済銀行からの資金決済の完了確認を受領する場合にのみ実行される。しかし、そう した DVP の仕組みでは、対象証券の凍結から、資金の決済、そして凍結された証券の開放・引渡しまでの時間を最小限に

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月に株式会社ほふりクリアリング(JDCC、JASDEC の 100%子会社)により一般振替 DVP 制度を導入した 42。それにより、取引所における売買の決済に伴う振替に加えて、短期社債や一般債、投資信託受益権 といった株式等以外の金融商品についても、各商品の振替制度の構築に合わせてそれぞれ DVP 決済を可 能とした。 (3) オペレーショナル・リスク オペレーショナル・リスク(以下「オペ・リスク」という)とは、業務の過程、役職員の活動もしく はシステムが不適切であることまたは外生的な事象により損失が発生しうるリスクである43。つまり、 狭義には、事務ミスやシステム障害、不正行為などによって決済ができなくなるリスクのことを指し、 事務リスクともいう。より広義には、外部で発生した事件や評判の低下、災害の発生などによって決済 不能が生じるリスクも含む。すなわち、「金融機関の事務部門・システム部門のトラブル」(業務タイ プ)と「金融機関の枠を超える災害リスク(disaster risk)」(イベント(損失事象)・タイプ)を含 む。そのリスクは、決済リスクを発生させる要因であり、実際にこれが顕現化すると、最終的に、信用 リスク、流動性リスク、システミック・リスクなどに結びつくことになる。そこで、最近では、決済面 での混乱拡大を抑制し、個別の決済不能がシステミックに連鎖していくことを防止するために、とくに BCP(Business Continuity Planning=業務継続計画)の整備が重要となっている44。実際、2008 年金融

危機に絡む損失は、そのリスク・ファクターとして、実はオペ・リスク的なものが多いのではないかと の指摘も出ている45。オペ・リスクは、信用や市場リスクとは異なり、原因の特性に基づき定義され る。信用や市場リスクを取り上げるだけでは、一般にリスク要因は外生的に決まる傾向が強く、狭義で のオペ・リスクのように内生性を前提としたリスク管理の議論はあまり出てこない。オペ・リスクの存 在は、単に結果として生じたイベントのみに焦点を当ててリスクを考えるのではなく、もう少しその背 後にある原因に焦点を当てて、リスクを評価する必要があることを示唆している46 (4) 投資リスク CCP は、運営コストを支払い、流動性リスクを低減するために、一部の清算基金(あるいはデフォル ト・ファンド)や資産によって投資を行って収益を求めることがある。その投資が失敗し、投資金に減 損をもたらす可能性を投資リスクという。また、清算基金を預金として銀行によって預けても、当行か 抑えるべきである。さらに、凍結された証券は、第三者(例えば、他の債権者、税務当局、あるいは SSS 自体)による請 求の対象としてはならない。これらの請求は元本リスクを生じさせるからである。CPSS & IOSCO(日本銀行訳)「金融市場 インフラのための原則(2012 年 4 月)」(https://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/data/rel120416a4.pdf)1 08-109 頁。 42 証券保管振替機構『証券決済制度改革 10 年史―株券電子化までの軌跡―』(証券保管振替機構、2010 年)175-176 頁参 照。 43 西口・前掲注(28)7 頁参照。 44 中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて 36-37 頁参照。 45 例えば、グローバルベースでみた場合、金融機関によって報告されている 10 億ドル以上のオペ損失は 2001-2007 年に 4 6 件報告されているが、そのうち 2007 年だけで 14 件が報告されている。またこの 14 件のすべてが訴訟に伴うもので、20 01-2007 年の 33 件に比べ、格段に訴訟が絡む比率が高くなっている。つまり、大半が今次金融危機に絡んでいる可能性が あるということである。See Eric S. Rosengren, Risk-Management Lessons From Recent Financial Turmoil (2008) p p.13, 22, https://www.bostonfed.org/-/media/Documents/Speeches/PDF/051408.pdf.

図 B:発生消滅構成のイメージ 389 なお、上記の図 A 及び図 B は、原取引に基づく債権債務がどのように変動するかを簡略化して示した ものであり、清算の対象となる原取引に基づく債権を①から④の矢印で表示している。これに加えて 「’ (ダッシュ)」が付された①から④の矢印もあるが、これらはその数字の債権と同内容 390 の債権であ りかつ原債権に基づく債権とは別のものを意味する(ただし、そのすべてが同じ法的性質を有するもの ではない) 391 。この意味で、この構成は、更改に該当している。  さらに、商

参照

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