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早稲田大学大学院法学研究科

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Academic year: 2022

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(1)早稲田大学大学院法学研究科. 2017 年 7 月. 博士学位申請論文審査報告書. 論文題目:中国における反壟断法の国有企業に対する規制 ―理論の整理と実証分析を踏まえて―. 申請者氏名:. 主査. 早稲田大学教授 早稲田大学教授 早稲田大学名誉教授 東京大学名誉教授. 張. 甝. 博士(法学)(早稲田大学). 1. 土田 首藤 小口 田中. 和博 重幸 彦太 信行.

(2) 張甝氏博士学位申請論文審査報告書 早稲田大学法学研究科博士後期課程学生張甝氏は、早稲田大学学位規則第 7 条第 1 項に 基づき、2017 年 2 月 1 日、その論文「中国における反壟断法の国有企業に対する規制―理 論の整理と実証分析を踏まえて―」を早稲田大学法学研究科長に提出し、博士(法学)(早稲 田大学)の学位を申請した。後記の委員は、上記研究科の委嘱を受け、この論文を審査して きたが、2017 年 6 月 14 日、審査を終了したので、ここにその結果を報告する。 Ⅰ 本論文の構成と内容 (1) 本論文の構成 本論文は、序章と終章以外に、以下の二編から構成される。第一編では、主に産業政策 と競争政策の関係を中心として、中国版の独占禁止法である反壟断法の国有企業に対する 規制の基礎理論と基本原則を明確にする。第二編では、主に実証研究を踏まえて、反壟断 法の国有企業に対する規制の実態を検討する。すなわち、第一編の「中国における反壟断 法の国有企業に対する規制―産業政策と競争政策との関係を中心として―」は、第一章「中 国における国有企業の概念変遷と分類―市場化の動向をみる」、第二章「中国の産業政策と 競争政策に関する基本的な認識」、第三章「産業政策と競争政策との関係および反壟断法の 調和機能」、第四章「反壟断法の国有企業に対する規制」、第五章「小括」からなり、第二 編の「中国における反壟断法の国有企業に対する規制―実証的分析を視点として」は、第 一章「中国の反壟断法を中心とした競争法体系の形成―競争法システムおよび反壟断法体 制の概観」、第二章「工商行政管理機関による反壟断法の執行状況」、第三章「商務部によ る反壟断法の執行状況」 、第四章「国家発展改革委員会による反壟断法の執行状況」、第五 章「小括」からなる。 (2)本論文の内容 第一章 中国における国有企業の概念変遷と分類―市場化の動向をみる 第一節 中国における企業の分類基準と企業形態 中国における企業の分類基準として、所有制による分類と組織形式による分類の二つが 存在する。所有制による分類によれば、国有企業―全人民所有制、集団企業―集団所有制、 私営企業及び外商投資企業―私有制という対応関係が成立する。このような所有制による 企業の分類方法については、学説は批判的で、法人としての会社、非法人としての組合企 業、独資企業の区分説、独資企業、組合企業、法人企業の区分説が存在する。 ところで、社会主義的市場経済概念の公認に伴って、既存の企業立法体系が市場経済体 制と対応しないため、会社法、組合企業法、個人独資企業法などが制定され、会社法を中 核とする企業の組織法というシステムが構築されることになった。しかし、このような経 済転換期において、計画経済の所有制を基礎とする企業の立法も廃止されず、両者が併存 2.

(3) する状態が現出した。このような状況は行政法規による企業の分類にも反映され、企業登 記類型規定によれば、中国の内資企業は国有企業、集団企業、株式合作企業、連営企業、 有限責任公司、株式有限公司、私営企業等に分けられ、さまざまな問題が存在することに なった。例えば、同一の所有制で、国有企業は、全民所有制工業企業法によって規制され ているが、国有独資企業は会社法によって規制され、全民所有制工業企業法にしたがって 形成されたコーポレートガバナンスがある一方で、会社法にしたがい形成されたコーポレ ートガバナンスがあるといったような体系上の不統一が存在することになった。 第二節 「国有企業」という概念の変遷 中国における国有企業概念は固定的なものではなく、時代の転換に伴って変化してきた が、基本的には計画経済時代と市場経済時代に区分され、前者については、新中国成立後、 計画経済を担う企業名称として、公営企業と国営企業が併用されていたが、1954 年以降に 国営企業の表現が定着した。しかし、この国営企業は慢性的な赤字体質に陥り、1978 年の 改革開放政策を契機として市場経済が導入されることになり、それに伴って、1986 年の民 法通則により全民所有制企業概念が登場し、さらに 1992 年の党大会での社会主義的市場経 済概念の導入に伴って法制上、国営企業から国有企業に名称変更がなされ、内容的にも「国 家が企業の所有権のみを有し、経営権限は当該企業自身が有する」こととなった。しかし、 この国有企業概念も次節に見る通り、確定的ではない。 第三節 国有企業の定義と類型 企業登記類型規定によれば、企業の全資産を国家が所有し、かつ企業法人登記管理条例 に基づき登記・登録された非公司制の企業組織のことを国有企業と定義する。他方、学説 としては、①国家または政府が資本上の関連性によってコントロールし、あるいは支配的 影響を与えることができる企業のことであるとする説、②政府部門が株主や管理者として 関与している企業のことであるとする説、③企業国有資産法 5 条でいう国家出資企業のこ とであるとする説等が存する。筆者は、最広義の説を採る。すなわち全資産あるいは一部 の資産を国家が所有し、かつ国家が直接にまたは間接に支配している企業のことを国有企 業として定義する。そのうえで、いくつかの分類基準にもとづいて国有企業の類型化をは かる。すなわち、その一は、行政部門との関係による分類であり、中央政府の管轄に属す る中央企業と地方政府の管轄に属する地方企業に分け、中央企業は国有資産監督管理委員 会所管の国務院直属企業と中央各部・局所属の企業からなる。その二は、業界・領域によ る分類で、国有経済が支配する必要のある領域の企業と、国有経済の支配する必要がない 領域の企業に分ける。その三は、機能による分類で、特殊な国有企業と普通の国有企業、 営利的国有企業と公共サービス型国有企業、戦略機能型国有企業に細分する。その四は、 商業類と公益類による分類である。しかし、これらの国有企業の定義、分類は固定的なも のではなく変遷しており、この変遷は中国の経済制度の転換に対応するものである。 第二章 中国の産業政策と競争政策に関する基本的な認識 3.

(4) 第一節 中国における産業政策の概念および産業政策に対する認識の変遷 中国では、競争政策の反対概念とされる産業政策の概念は明確でないが、1987 年の国務 院発展研究センター産業政策専題研究組の「わが国の産業政策の初歩的研究」によれば、 「各 時期の戦略産業を育成し、後発的利益を最大限享受し、国家の工業化の目標を実現し、先 進国を超越する政策」 、 「(特定の産業を対象として)生産、投資、研究、開発の現代化および 産業再編を促進し、その他の産業の同類の活動を抑制する政策」との定義がなされている。 しかし、こうした定義の理解をめぐっては、いまだ意見の一致をみていない。 中国における産業政策概念の形成においてきわめて重要な役割を果たしたのが日本の小 宮隆太郎ほか編『日本の産業政策』(1984 年)で、以後、1980 年代、1990 年代、2000 年代 以降とその認識をめぐって変遷を重ねてきたが、市場経済が発展してきた背景のもとで、 政府の介入が経済成長の加速を達成できるのかといった疑問が提起されている。この点に ついて、筆者は、「全面的に産業政策を否定するのは妥当とはいえず、現在、産業政策も、 国家の経済発展にともない、その役割が変わってきており、政策の法律化によって政府の 行為を規制し、政策制定の任意性を抑え、政策の質を向上させることは、産業政策を認識 する際にポイントとなる」と説く。 第二節 中国における競争政策の概念と競争政策体系の形成 競争政策という概念は反壟断法 9 条ではじめて導入されたが、筆者は、これを広義、狭 義、最狭義の 3 つのレベルに分け、広義では、経済活動を市場によって導き、競争を促進 する政策のこと、狭義では、競争法の実施に関する政策、最狭義では、反壟断法で言及す る競争政策で、反不正当競争の政策を含めない政策のことと解する。競争政策の核心的内 容は反壟断法であることが学界でも普遍的に認められている。 ところで、市場経済の本質は、競争的経済であり、競争は、市場経済の最も基本的な運 転メカニズムである。中国で、独占禁止、競争保護のための反壟断法規範が形成され始め るのは、1980 年の国務院の「社会主義競争の展開・保護に関する暫定規定」以来であり、 立法面での新しい段階に入るのは、1992 年の社会主義市場経済体制改革目標の提起以来で あり、1993 年に反不正当競争法が制定され、1994 年に反壟断法が全人代の立法計画に入っ た。その後、商務部と工商行政管理総局がその起草に着手し、2007 年に反壟断法が制定さ れた。反壟断法が立法計画に入ってから制定に至るまで長期に及んだのには、WTO 加盟に 伴って国際市場で競争力を有する巨大企業を育成する必要があるとの認識が存在し、また、 独占的業界、行政部門の反壟断法に対する反対が強かったことなどによる。 第三章 産業政策と競争政策との関係および反壟断法の調和機能 第一節 産業政策と競争政策との関係をめぐる論争 産業政策と競争政策はいずれも政府の経済に対する介入であり、資源配分の点で、政府 が直接経済活動に介入し資源配分するか、市場メカニズムを通じて資源配分を行うかとい う資源配分方式を異にする。両者の関係づけをめぐっては諸説あるが、筆者は、市場メカ 4.

(5) ニズムを尊重したうえで、社会全体の利益最大化の目標を達成するために、利益均衡を原 則として、両者間の調和を求める説を妥当とする。 第二節 反壟断法の調和機能 反壟断法の立法趣旨については、同法 1 条に「独占行為を防止し、市場の公平な競争を 保護し、経済運営の効率を高め、消費者利益および社会公共利益を保護し、社会主義市場 経済の健全な発展を促進するために制定する」との立法目的が示されている。 反壟断法の実施の中で、競争政策と産業政策の調和が直接に現れるのは、独占禁止行為 の規制基準や競争に対する影響の評価基準などである。すなわち第一に、反壟断法第二章 で独占的協定の規制基準、同第三章で市場支配的地位乱用の規制基準、同第四章で経営者 集中の規制基準を設けている。他方、現在、中国では産業政策の法律化が加速しており、 両者の調和も問題となる。一般的には、独占的産業において、反壟断法は一般法であり、 産業政策の法律は特別法の関係にあり、後者に規程がない場合に反壟断法が適用される。 反壟断法では、商務部、国家発展改革委員会、国家工商行政管理総局に執行権限を配分 し、国務院反壟断委員会が三者間の調整を行う仕組みになっている。 第四章 反壟断法の国有企業に対する規制 反壟断法には、行政的独占を制限する規定、特殊な業種に対する特別の規定、特別な法 執行システムという三つの特色を有している。そのうち、特によく議論されるのは特殊な 業種に関する第 7 条の規定である。 第 1 節 反壟断法第 7 条に関する基本的な認識 7 条は「①国有経済が支配的地位を占め、かつ国民経済の根幹および国家の安全にかかわ る業種ならびに法にもとづき独占経営および独占販売を行う業種について、国は、当該経 営者の適法な経営活動を保護し、かつ、当該経営者の経営行為ならびにその商品およびサ ービスの価格に対して、法にもとづき監督管理およびコントロールを実施し、消費者の利 益を保護し、技術進歩を促進する。②前項に規定される業種において、当該経営者は、法 にもとづき事業活動を行い、誠実に信用を守り、厳格に自己を規律し、社会民衆からの監 督を受けなければならず、その支配的地位または独占経営および独占販売の地位を利用し て消費者の利益を害してはならない」と規定する。この中で 1 項の「国民経済の根幹およ び国家の安全にかかわる業種」の内容につき、反壟断法は明示していないが、国有資産監 督管理委員会の「国有資本の調整と国有企業再編に関する指導意見」によれば、国家の安 全にかかわる業種、重大なインフラ施設と重要な鉱物資源にかかわる業種、重要な公共製 品とサービスを提供する業種、基幹産業および重要なハイテク産業のことを指し、国有資 産監督管理局の責任者は、具体的には軍事工業、電力、石油・石油化学、電気通信、石炭、 民用航空、海運を挙げている。また第 2 項では、1 項冒頭にある二つの業種の経営者の経営 行為に関する義務規定で、法にもとづく経営、誠実信用原則の遵守、厳格な自己規律、独 占的地位利用による消費者の利益侵害の禁止を定めている。 5.

(6) 第二節 第 7 条をめぐる論争 国有企業といえども一種の企業であり、このような市場主体が反壟断法の適用対象とな らないとすれば、反壟断法は意義を失ってしまう。国有企業の問題の本質は、産業政策と 競争政策の問題であり、この問題を反壟断法の視点から検討することは当然である。反壟 断法の規制対象が、独占的状態なのか独占的行為なのかという問題は、立法段階ですでに 考慮されていたのであり、反壟断法は、直接的に独占状態を規制するのではなく、独占的 行為を規制すべきとの態度をとっていた。 電力、都市ガス、鉄道、電気通信などの公益事業と独禁法の関係をめぐっては、どの国 であれ、国や地域、企業や産業の歴史的あり方によって、あるいは規制改革の進行の程度 に応じて、当該公益事業が「自然独占―移行期―競争」のどの段階に位置するかによって、 事業法と独禁法の関係のあり方も異なってくるとされる。この点について、中国の法学者 の見解は、自然独占理論を踏まえて中国の独占的国有企業の問題を見ており、自然独占産 業において競争システムを導入することは可能であるという共通認識に至っている。つま り、反壟断法の自然独占産業に対する態度は、「適用することは一般的であり、除外するこ とは例外である」という方向に転換してきた。反壟断法は、原則上、すべての産業、企業 を適用範囲に入れており、これは、特定の行為のみを適用免除する各国の独占禁止法の発 展の傾向を考慮した結果である。 ところで、中国の国有企業の問題には、特殊性がある。その特殊性は、第一に、国有企 業の国民経済に占める割合が比較的大きいということ、第二に、中国の独占産業における 国有企業の一部の経営行為が政府主導で行われ、企業自身で決定したことではないという 点に見られる。独占産業における国有企業の問題は、政府、市場、企業三者間の利益均衡 および関係調整に関する問題であるが、中国の特殊な国情から、経済体制の転換、国有企 業と政府部門との関係、国有企業の改革、国民の競争に対する認識など多種多様の要素が 絡んでいるため、国有企業の問題は、中国経済の発展の最も重要な課題、きわめて複雑な 難問をなしている。 国有企業の問題については、独占を独占的状態と独占的行為に、競争型国有企業と非競 争型国有企業に、反壟断法の適用免除と適用除外に区分する区分論がとられており、その 区分論の理由づけをなしているのは、経済的合理性である。 第五章 小括 1978 年の中国共産党 11 期 3 中全会の改革開放政策を契機として中国の経済体制は計画 経済から市場経済へ転換し始め、その中で国有企業改革は重大な意味を持ち、中国の産業 政策と競争政策の共同作用のもとで行われてきた。この両政策の関係については、両者の 対立を強調するのではなく、利益均衡を原則として、両者の調和を求める方が現実的、合 理的である。 両政策の関係を調整するための法として反壟断法は存在し、その中で第 7 条は国有企業 6.

(7) に対する基本的規定をなす。本条をめぐる論争において、多数説は国有企業を反壟断法の 規制対象としたが、日本の独禁法と異なり、当該企業の独占的状態は容認され、独占的行 為のみが禁じられるということになった。 第二編 中国における反壟断法の国有企業に対する規制―実証的分析を視点として― 第一章. 中国の反壟断法を中心とした競争法体系の形成―競争法システム及び反壟断法. 体制の概観 第一節 反壟断法以前の関連法律・法規及び反壟断法の誕生 1980 年代および 1990 年代に一連の競争関連立法としての関連法律、法規、規章等が制 定されたが、これらは非体系的であり、その克服を企図して反壟断法の立法化がはかられ た。この反壟断法の制定に際しては、国家発展改革委員会、国家工商行政管理総局、商務 部が重要な役割を果たした。 第二節 反壟断法施行後形成された反壟断法を核心とする法体系 反壟断法の執行機構としては、商務部、国家発展改革委員会、国家工商行政管理総局が あり、商務部は外資による中国国内企業の買収・合併審査を、国家発展改革委員会は価格 法にもとづく価格関連の独占行為を、工商行政管理総局は反不正当競争による抱き合わせ や公益企業の市場支配的地位濫用をそれぞれ規制する。そして反壟断法の執行活動の統一 性を維持するために国務院反壟断委員会が設置され、「二層三機関」の執行体制をとってい る。 第二章 工商行政管理機関による反壟断法の執行状況 第一節 非価格独占行為規制に関する法規定 国家工商行政管理総局は市場支配的地位の濫用、独占的協定及び行政権の濫用による独 占という 3 種類の行為を規制している。その規制の関連規定として、 「市場支配的地位の濫 用行為の禁止に関する工商行政管理機関の規定」 「独占協定行為の禁止に関する工商行政管 理機関の規定」 「独占協定、市場支配的地位の濫用事件の調査・処理手続に関する工商行政 管理機関の規定」 「行政権力の濫用による競争の排除又は制限行為の制止に関する工商行政 管理機関の規定」 「行政権力の濫用による競争の排除・制限行為の制止手続に関する工商行 政管理機関の規定」等が存する。 第二節 実例から見る工商総局の法執行の実態 2017 年 1 月 10 日までに公開された「競争法執行公告」は 49 件で、これをもとに法執行 の実態を見ると、以下のようなことが分かる。①地方の工商行政管理機関の規制事例に比 べて、工商総局自らが規制を行った事例は 3 例しかない。②経営者の独占行為が多数を占 めるが、業界協会の独占も数件あり、後者の場合はコンクリート、保険、旅行産業に集中 している。③規制例は主に非価格カルテルや市場支配的地位濫用案件である。行政的独占 の規制例は極めて少ない。④経営者としては、民営、国有、外資、個人と広く規制対象と 7.

(8) なっている。経営者の経済的性質によって経営者を不当に差別的に扱っているとはいえな い。⑤電力、電気通信、天然ガス、水道、煙草、食塩、製薬等の産業においては国有企業 の独占行為も規制対象となっている。他方、石油、軍事産業の規制例は少なく、非常に慎 重である。 典型的な事件 7 例の分析 (一)反壟断法第 7 条の適用について 遼寧省煙草公司撫順市公司による市場支配的地位の濫用事件、内蒙古赤峰市塩業公司に よる同濫用事件において、煙草業、食塩業という独占経営・販売業界も反壟断法 7 条の規 制対象となることが示されている。 (二)天然ガス業界に関する事件における反壟断法の適用 青島新奥新城燃気有限公司(中外合資企業以下甲)による市場支配的地位濫用事件 本件は、甲が経営過程でユーザーのガス使用量を制限するなどの独占の疑いのある行為 について消費者の側から苦情を受けた事件である。甲はパイプガス供給業者で、某区内で 独占経営を行っている。甲は代替不可能性と選択不可能性を有し、市場支配的地位を有す る。こうした状況のもとでの甲によるガス料金前払制度は、工商業者の合法的な利益と社 会の公共的な利益を害い、現地のガス業界の健全な発展に不利な影響を与え、取引の公平 性を害うとして、正当な理由なく取引の際に不合理な取引条件を付する市場支配的地位濫 用行為に該当するとの判断を示した。ただし、当該産業の特性によって、独占的地位を有 する経営者(その大半は国有企業)の存在自体は容認する法的規定が合理性を有るかどう かの判断は示されていない。 (三)電力産業における調査中止・終了事件 1、国網山東省電力公司烟台市牟平区供電公司(以下甲)による独占の嫌疑がある行為に対 する調査を中止した事件について法執行機関は以下のような判断を示した。 甲は不動産の電力設備工事を独占し、民間企業が当区の不動産の給配電工事市場に参入 することを制限しているとの通報があり、法執行機関は、甲が是正措置を策定し、実施し たため、調査を中止し、承諾の履行状況を監督し、もし履行を怠った場合は調査を再開す る。 2、江蘇省電力公司海安県供電公司(以下甲)による独占の疑いがある行為に対する調査を 終了する事件について、法執行機関は以下のような判断を示した。企業が甲の給電条件に したがって電気代を前納しなければ、甲が企業に給電しないということで、当県の一部電 気使用企業が工商機関に通報した。甲は当該事実を認め、是正措置を積極的に講じたので、 調査中止を決定する。 調査中止期間において法執行機関は甲の承諾履行状況を監督し、甲が是正措置を講じた ので、調査を終了した。 以上 1、2 の事件について、法執行機関は、当事者が違法行為を否定せず、是正措置の承 諾さえすれば、調査を中止、終了した。当事者の行為によってもたらされた競争に対する 8.

(9) 影響があまり分析されておらず、形式的である。 (四)電気通信産業における調査中止事件 中国移動通信集団内蒙古有限公司(以下甲)による独占行為事件 甲のネットユーザーは当地域の総戸数の 64%を占め、甲は携帯ネットサービスを提供す る際に、約款を定め、毎月の消費者の未使用の流量を当月末にリセットしていることが暴 露され、甲はその事実を認め、それが市場支配的地位の濫用に当たる嫌疑があるとして、 是正措置を講ずる旨を表明した。法執行機関は、甲が是正措置を積極的に実施したため反 壟断法執行の目的は達成されたとして、本件調査を中止し、一定期間内に承諾の履行状況 を報告することを命じ、承諾の効果が認められる場合は、調査を終了するとの判断を示し た。本件につき、法執行機関は、当事者が承諾した是正措置について、どのような視点か ら、どのような基準によって当事者が当該是正措置を講ずれば反壟断法の目的が達成され るのか、本件の決定書は明確にしていない。 (五)製薬産業に関する事件における反壟断法の適用 重慶西南製薬二廠有限公司(以下甲)による独占行為事件 本件は、サリチル酸/フェノールシート(通称「魚の目膏」)の生産業者は、甲がフェノール の原薬市場における市場支配的地位を濫用して、新先峰公司(以下乙)以外の企業に商品の供 給を拒絶したことを告発した事件である。本件は、製薬産業における国有企業の市場支配 的地位の濫用行為に関する規制例であり、法執行機関は、関連市場の画定、当事者の市場 支配的地位の認定、当該地位の濫用行為の判断および独占行為の正当性について詳細に論 じている。法執行機関は、甲の取引拒絶行為はフェノール原薬の下流市場の競争秩序を破 壊すること、魚の目膏の生産産業に生産能力の損失をもたらしたこと、医薬業界の利益に 損害を与えたこと、消費者の利益を損なったことを理由として甲を処罰した。本件を通じ て、市場支配的地位の濫用行為を判断する際に、当事者の行為の人為性、当事者の故意と いった主観的要素が法執行機関によって重視されていることが分かる。 (六)水道産業に関する事件における反壟断法の適用 宿遷銀控自来水有限公司(以下甲)による独占行為事件 本件は、甲が都市の水道水給水サービスに係る市場支配的地位を濫用して、住宅団地の 給水設備インストールなどの工事中に取引相手を指定したというものであるが、本件の行 為者(甲)には、特殊性がある。甲は本来国有企業であったが、現在も公的企業であり、市政 府との契約によって市場支配的地位や特別な独占的経営権を獲得した企業である。法執行 機関は、甲の行為は、法律、法規、政策上の根拠なき行為であり、その行為は他の経営者 を排除し、市場における公平な競争秩序を攪乱するものであり、市場支配的地位の濫用に よる取引制限行為に該当すると判断した。 (七)食塩産業に関する事件における反壟断法の適用 湖南塩業株式有限公司永州市分公司(以下甲)による独占行為事件 甲は傘下の8県の分公司に対して業務、人事、財産等を全面的に管理し、各県の分公司 9.

(10) には自立性がない。甲は販売目標を達成するため分公司乙 1、乙 2、乙 3 に対して、食塩の 卸売をする場合、抱き合わせ販売するよう要求した。本件は、独占販売業界に属する食塩 産業における国有企業による市場支配的地位の濫用に関する事件で、法執行機関は甲の行 為は消費者の利益を損なうものとして、反壟断法 7 条を適用した。 第三章 商務部による反壟断法の執行状況 第一節 経営者集中規制に関する法規定 反壟断法によって列挙された典型的な経営者集中は、合併、株式又は資産の取得による 支配権の取得、契約による支配権の取得等であり、このような経営者集中を規制するため に、反壟断法、 「経営者集中申告基準に関する国務院の規定」等のほか、商務部のガイドラ インが存する。商務部が立案・処理する経営者集中事件は非簡易案件と簡易案件に大別さ れる。 全ての経営者の直近の会計年度における全世界の売上高合計が 100 億元以上の非簡易案 件の場合、経営者は国務院反壟断法執行機関に事前申告が義務付けられている。また、合 併による経営集中の場合は合併の各経営者が、その他の方法による場合は支配権を取得し た経営者が申告義務者となる。未申告で結合を実行した場合は、50 万元以下の過料が課さ れ、且つ原状回復措置命令が下される。審査のプロセスとして、申告書受領日から 30 日以 内に第一次審査が行われ、第二次審査が行われる場合は第一次審査の決定日から 90 日以内 に経営者集中の可否が決定される。審査の考慮要素としては、市場占有率及び市場支配力、 市場集中度、市場参入や技術進歩、消費者に与える影響、国民経済に与える影響等が列挙 され、書面審査、関係者からの意見聴取、公聴会等が行われる。審査決定は無条件許可、 条件付き承認、禁止からなり、大半は無条件許可となっている。 他方、同一関連市場において、集中に参加するすべての経営者の上流・下流市場に占め るシェアが 25%を下回る場合等においては簡易審査が適用される。 第二節 実例から見る商務部の法執行の実態 商務部は、国有企業に関する経営者集中申告に対して、ほとんど全部無条件許可の判断 を下している。商務部が四半期ごとに無条件承認決定リストを公表し始めたのは、2013 年 以来である。商務部は、経営者が民営企業か、外資企業か、国有企業かを問わず、差別な く判断を下している。ただし、国有企業間での経営集中申告に対して、商務部がどのよう な基準でどのような要素を考慮して無条件許可を下したかについては、関連情報が公表さ れていない。この点で疑問を惹起した事件が中国南車株式有限公司(以下甲)と中国北車株式 有限公司(以下乙)の吸収合併事件がある。 甲と乙の吸収合併事件の分析 甲が乙を吸収合併する理由は、中国製高速鉄道のブランドで国際市場に参入し、不要な 競争を回避し、海外顧客に対する価格決定権の向上が可能となるという点にあった。この 合併により国内シェア 80%、世界最大の巨大企業を形成することになり、商務部は短期間 10.

(11) に無条件で承認したが、承認理由は不明である。この合併について、学説では、産業政策 に妥協したものと評されているが、当該経営者集中が国民経済の発展に与える影響を考慮 すべきとする反壟断法 27 条や、当該経営者集中が競争に対して与える積極的な影響が消極 的な影響を明らかに上回る、あるいは社会公共の利益に適合することを証明できれば、当 該企業結合は禁止されないとする同法 28 条にもとづいて判断を下した可能性があり、産業 政策と競争政策の相互作用の結果であり、反壟断法の執行における柔軟性を体現したもの と、肯定的に評価できる。 なお、2014 年から 2016 年までに、11 件の経営者が無申告で、このうち 4 件が国有企業 関係の事件で、国有企業かどうかを問わず、無申告に対しては行政処罰を課している。 条件付き承認等の事件の統計及び関連事件の分析 35 件すべてが外国企業関係の経営者集中事件である。この中には国有企業と関係してい るものもある。 関連事件の分析 1、中国のビール産業に関する事件 インベブ(以下甲)によるアンハイザーブッシュ買収事件、百威英博(以下乙)による珠江ビ ールの非公開株式買収、 百威英博による SAB ミラー( 以下丙)株式買収事件が取り上げられ、 商務部は、甲が保有している青島ビールの 27%の株式比率を増加させてはならない等、乙 が保有している珠江ビールの株式比率をさらに増加させる前に商務部に申告しなければな らない等、乙はミラー買収においてミラーが保有する華潤ビールの株式 49%を剥離しなけ ればならない等の条件付き承認の決定を下した。これらの決定について、どのようなデー タ、市場市況にもとづいて判断がなされたのか不明で、運用の透明性、予測可能性の観点 から問題があり、本件の関係者である青島ビール、北京燕京ビール、広州珠江ビールは国 有企業で、商務部の判断基準が不明であるという問題があるが、国有企業や民族ブランド への保護という産業政策と、経営者間の競争を維持する競争政策との協調を体現したもの といえる。 2、中国における石炭をガス化する技術をライセンスする市場における事件 通用電気(中国)有限公司(以下甲)&中国神華煤製油化工有限公司(以下乙)による合弁企業 の設立事件(条件付き承認) 甲は、アメリカの GE の上海市の外商独資企業で、乙の親会社の神華集団は総合的エネ ルギー企業で、石炭等の生産、供給等を行っており、この甲と乙の合併につき、商務部は、 競争を排除・制限する不利な影響をもたらすと判断して、制限的条件を付加して承認した。 すなわち、当該技術の原料炭の供給を制限すること、原料炭の供給を条件として技術の需 要者に当該合弁企業の技術を無理に使用させることの禁止等を条件とした。混合型企業結 合をなす本件は、経営集中によって石炭・水スラリー気化技術ライセンス及び関連工事サ ービスが必要である工業及び電力プロジェクト市場に対しても一定程度の影響を与える可 能性がある複雑な案件であるが、商務部は比較的単純な分析にもとづいて判断を下してい 11.

(12) る。また、本件は商務部が直接に国有企業に関する経営者集中行為を規制した例でもある が、商務部の「原料炭供給の優位性を利用して、原料炭の供給を統制することを通じて、 石炭・水スラリー気化技術ライセンス市場の競争を制限する可能性がある」との文言から すると、本件につき市場的支配地位の濫用という視点からなお分析する余地がある 第四章 国家発展改革委員会による反壟断法の執行状況 第一節 価格独占行為規制に関する法規定 国家発展改革委員会は反壟断法上の価格独占規制を所管するが、その執行上の実体的根 拠をなすのが「価格独占禁止規定」であり、価格独占行為の概念、表現形式、構成要件を 定めており、手続上の根拠をなすのが「価格独占禁止行政法執行手続規定」であり、法執 行主体、通報・告発手続、リニエンシー制度等を定めている。 第二節 実例から見る国家発展改革委員会の法執行の実態 中国での価格独占は、広範囲の業種に及び、国有企業、民間企業、外資企業を問わず行 われており、典型的な独占協定は、業界組織が関係企業を招集して関係価格を調整するも のと、大きな市場シェアを占める大企業、重点企業が主導するものからなる。その意思連 絡手段は、市場競争意識が希薄なことと相まって、直接的であるため、価格主管部門も重 要証拠を容易に獲得できる。2013 年から 2016 年までの国家発展改革委員会による行政処 罰案件例を見ると、2014 年、2015 年の事件はすべて外資企業の独占価格行為に対する規制 例で、とりわけ日本企業のそれが多い。このことを指して「外資たたき」といった批判が 殺到したが、2013 年から 2016 年にいたる事例の統計表が示すとおり、国家発展改革委員 会は有力な国有企業を含む保険産業、製薬業界に対しても規制を加えており、その努力は 高く評価できる。 行政独占に関する事件の分析 山東省交通運輸庁(以下甲)による行政権力濫用事件 メディアの報道にもとづいて甲が GPS 監視システム構築において競争を排除していると の嫌疑があり、調査を行い、甲の行為は反壟断法上の違法行為に該当すると判断し、甲に 是正措置を求めた。その後、甲は是正措置を講じたが、公平な市場競争の秩序はまだ回復 されていないと判断され、車両監督管理プラットフォームへのアクセスの全面的開放、山 東省への市場参入制限の解除等の措置が命じられた。本件で、国家発展改革委員会は甲の 是正措置が不十分であることを指摘したうえで、より完全な解決策を甲に提案した。ただ し、甲が九通公司(以下乙)と締結した契約の効力、乙の処罰、損失賠償等の問題点について は言及がなく、本件のように、政府と企業との特別な関係に起因して独占行為が行われる 場合、反壟断法の執行の不徹底が感じられる。 第五章 小括 国家工商行政管理総局、商務部、国家発展改革委員会の三機関が反壟断法の執行機関を 12.

(13) なし、この三機関の公式サイトで公開された具体的な規制例からみると、以下のことが言 える。先ず、国家工商行政管理総局について。①自然独占産業、食塩・煙草等の独占経営 産業及び製薬産業等を重点業種として国有企業を含む公的企業による独占行為を厳しく規 制しているが、石油、石油化学、軍事等の産業や、行政的独占に関する規制例はほとんど ない。②経営者が反壟断法 7 条にもとづいて、独占的行為の適用免除を主張する場合、法 執行機関がその主張を認めないのが一般的である。③天然ガス、給電、給水、食塩等の産 業においては、当事者は法規定に従い、特別の産業政策、産業の特性によって市場支配的 地位を取得し、当該地位の濫用行為を行っている。④地位の濫用行為は上流市場だけでな く、下流市場にも大きな影響を与えている。⑤地位濫用行為は法によって規制されている が、関連する特別規定、産業政策の合理性をめぐる問題は検討されていない。次に、商務 部の執行状況について。①国有企業に関する経営集中の申告に対して、ほとんどすべて無 条件許可の判断を下している。しかし、その無条件許可は国有企業に偏っているわけでは ない。②申告条件は充たしていても、申告しない国有企業に対しては行政処罰を課してい る。③鉄道、ビール企業の吸収合併事件を見ると、産業政策と競争政策を総合的に考慮し、 合理的判断を下している。しかし、これに先立つ通用電気(中国)有限公司と中国神華煤製油 化工有限公司との合弁企業設立事件では、単純な判断に止まっており、これは、初期の事 件で、商務部の実務経験を積む過程の一つのエピソードにすぎない。最後に、国家発展改 革員会について。①近年、独占産業における独占行為は厳しく規制される傾向にある。② 行政独占に対する規制という点で、山東省交通運輸庁における行政権濫用事件を見てみる と、国家発展改革委員会による規制は徹底的ではない。 終章 本論文で述べたことをあらためてまとめると以下のとおりである。 現在、学界で一般的に考える国有企業とは、全資産あるいは一部の資産を国家が所有し、 国家が直接または間接に支配している企業のことである。中国における産業政策は、具体 的な産業ごとの政策として説明するのが一般的であり、競争政策の核心的内容をなすのは 反壟断法である。産業政策と競争政策は必然的に対立するものではなく、社会全体の利益 の最大化を達成するために利益均衡を原則として両者間の調和を求めるべきである。反壟 断法 7 条により独占的国有企業もその規制対象となるが、日本の独禁法と異なり、当該企 業の独占的状態は認められ、独占的行為のみが禁じられる。反壟断法の執行機関は、国家 工商行政管理総局、商務部、国家発展改革委員会である。国家工商行政管理機関は、価格 独占を除いて、企業結合以外の反競争行為に対する反壟断法の執行を担当し、商務部は経 営者集中行為に対する規制を担当し、国家発展改革委員会は価格独占行為に対する規制を 担当する。これらの各執行機関の活動には改善の余地はあるが、上記第五章の小括に記す とおりである。. 13.

(14) Ⅱ 本論文の評価 1978 年末の中国共産党第 11 期 3 中全会での改革開放政策の提起を契機として、中国は 市場経済化を目指し、その結果、GDP 世界第 2 位の経済大国となり、その去就が世界経済 に甚大な影響を及ぼすまでになった。それに伴い、近年、日本および欧米諸国から、中国 の経済システムは「国家資本主義」であるとして批判的に語られるようになってきている。 この「国家資本主義」論が出てくる背景をなすのは、公有制経済、とりわけ全民所有制経 済の具体的な担い手として位置づけられ、且つ変遷を遂げてきた国営企業、国有企業、国 有会社の圧倒的な存在感である。本論文は、こうした国家のコントロール下にある国有企 業、国有会社の役割と評価を産業政策と競争政策の関係のあり方という視点から、2007 年 に制定され、2008 年より施行された反壟断法に着目して論じたものである。 本論文は、前半で中国の産業政策と競争政策の関係のあり方をめぐる諸理論の整理を試 みる。その整理の対象範囲は法学者のみならず経済学者の議論にまで及び、また中国国内 の学者だけでなく日本の学者の議論にまで及ぶ。こうした諸学説の理論的整理作業は、こ の種の研究にとり不可欠の作業であるが、筆者はその努力を怠っていない。そして、本論 文の後半では、反壟断法の執行主体としての国家行政の三機関、すなわち工商行政管理機 関、商務部、国家発展改革委員会の、企業の独占行為に対する規制の実態について詳細な 実証的分析を試みている。本論文の特色は、この後半部分の実証的研究にあると言える。 以下、上記のことを敷衍すると、先ず、本論文は、中国内外の法律学のみならず、経済 政策関係の文献をも広く渉猟し、法律学的な問題点のみならず、経済政策的な観点からも、 広く検討が加えられており、反壟断法が国家の政策的介入の道具となり得るという問題点 の多面的な分析に成功している。また、反壟断法と経済政策、国有企業改革との関連につ いて、歴史的な経緯を振り返り、問題点を析出した手法は、中国における同法の特徴、役 割を明確にすることに成功していると評価することもできる。さらに、問題点の析出とい う点では、本論文は、中国の「国有企業」について、国内的には政策的優遇を受け、国内 企業に対して競争上の優位を得ていること、国際的には政府の支援を受けて事業活動を行 うことにより外国事業者との関係で競争中立性の原則に反することが批判的に指摘されて いる現状を正確に把握している。その上で産業政策と競争政策のはざまにおいて、「国有企 業」に対する反壟断法適用のあり方を模索、検討するものである点に本論文の一つの特徴 がある。 本論文のもう一つの特徴は、単に文献資料にだけ依拠するのではなく、反壟断法の執行 三機関の具体的な事案についての執行状況を示す資料をも検討の対象に据えることにより、 これら三機関の反壟断法の運用実態について、貴重なデータの収集と分析に成功している という点にある。この貴重なデータは、 「中国反壟断法の担当官庁の二層構造および法執行 分担体制」 (本論文 119~120 頁)、 「工商総局による非価格独占規制決定公告表(130~134 頁)、 「商務部行政処罰決定表」(185 頁)、 「商務部の公告表(条件付き承認事件、禁止事件、同意 事件、制限条件の変更・解除事件)」(187~190 頁)、「国家発展改革委員会の行政処罰(また 14.

(15) は行政処罰免除)決定表」(204~206 頁)等において、表でもっても示されているが、三執行 機関の運用のほぼ全容を示すことに成功したその労力は正当に評価されなければならない であろう。このような作業は時間と根気を要するものであり、このような表をも交えつつ、 反壟断法の三執行機関別、中央・地方別に、 「国有企業」に反壟断法の適用された事件・事 案を網羅的にサーベイし、検討した本論文は労作と言うに値する。 執行機関の決定の内容面についていえば、工商行政管理機関の適用事件(主に地方の非価 格行為に関する事件)では、適用された「国有企業」の属する産業を分類し、 「国有企業」の 違反行為をも詳細に分類したうえで(抱き合わせ販売、市場分割協定等)、反壟断法の適用除 外を定めた規定とも解し得る7条につき、当局はそのような解釈を採っていないこと、競 争法にとっては外乱要因である産業政策的合理性について検討がなされていないこと等を 的確に評価している。また、国家発展改革委員会の適用事件(価格行為)についても、「国有 企業」を含む価格カルテル事件等に反壟断法を適用してきていること、他方、行政独占に 関する事件では、同委員会による法執行が不十分であることが明確に指摘されている。 このように、本論文は、特に実証的作業において評価すべき点を有しているが、疑問点 もないわけではない。その一つは、上記「評価」の文章中であえて「国有企業」と、カッ コを付していることと関係する。すなわち、反壟断法と国有企業改革との関連で言えば、 筆者も指摘しているように、改革の核心は会社化された国有企業における国有資産(国有株) の監督・管理の問題であると言える。この前提でとらえるなら、現段階にあって考察の対 象となるのは会社法上の会社(公司)であって、国有企業ではない。実際に本論文で実態 調査の対象としてとりあげられた企業は、すべて会社法で言う株式会社である。これらの 企業を一括して「国有企業」に分類したことは、中国法の論文としては、厳密さを欠くと 指摘せざるを得ない。筆者が、国有企業概念について、やや混乱していると思われるのは、 広く文献を渉猟する中で、政府のコントロール下にある企業一般を「国有企業」と表現し てしまうこれまでの中国研究者―その中には中国の学者も含まれる―の厳密さを欠く理論 に影響されてのことであろうが、惜しまれる。 また、産業政策と競争政策との調和の上に、社会全体の利益の最大化を目指すというの が、筆者の主たるモチーフをなしているが、筆者の実際の分析内容からすると、問題なし としない。筆者は、両者の調和という名のもとに、競争政策の観点から問題の大きい事案 が肯定的に評価されているように思われる。例えば、商務部は、南車と北車の企業結合事 案について無条件で承認したが、この企業結合は中国国内で鉄道車両のシェアが 80%に達 する巨大企業を生み出し、世界市場でもシェア第 1 位となる世界最大の鉄道車両製造業者 を誕生させる結合事案である。筆者は、経営集中(企業結合)が「国民経済の発展に与える影 響」(反壟断法 27 条 5 号)を商務部が考慮しなければならないこと等を根拠に無条件承認し たことに理解を示すが、この規定の解釈問題としていえば、中国国内の取引相手に負の影 響を及ぼすことにも目を向けるべきだったのではないかと思われる。いずれにせよ、反壟 断法の解釈からは、少なくとも条件付き承認でなければならなかった案件と評価すべきで 15.

(16) あろう。 以上のように、疑問点はあるものの、それは本論文全体の評価を損なうものではない。 本論文の貢献の結果、反壟断法執行三機関の実際の執行状況の全容を具体的に知ることが 可能となったこと、実証的分析を重視して今後の中国法研究の新たな方向を示したことに より、本論文は、張甝氏に博士号を与えるのに十分相応しいものと判断することができる。 Ⅲ 結論 以上の審査の結果、後記の審査員は、全員一致をもって、本論文の提出者が博士(法学)(早 稲田大学)の学位を受けるに値するものと認める。 2017 年 6 月 14 日 審査員 主査 早稲田大学教授 土田和博(経済法). 副査 早稲田大学教授 首藤重幸(行政法). 早稲田大学名誉教授. 小口彦太(中国法). 東京大学名誉教授 田中信行(中国法). 16.

(17)

参照

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