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近年、世界の金融商品清算・決済インフラを取り巻く動きの根底には、2つの基軸があると考えられ る。1つは、リーマン・ショック以降の世界的な金融危機を背景とした「資本市場の健全性確保」の動 向(米国のドッド=フランク法や欧州市場インフラ規制(EMIR)など)、もう

1

つは、事業・投資のグ ローバル化や投資手法の高度化に伴う市場間競争の激化を背景とした「資本市場の競争力強化」(取引 所間の連携や

CCP

間の相互運用の導入、決済機関間の決済リンクの導入など)の動向である217

日本においても、2001年以降、法制度とシステムの対応を急ピッチで進め、2009年

1

月の株券の電 子化(ペーパーレス化)をもってようやく他の先進国に追いついたといえる。現在、JSCCが株式等の取 引所取引と国債取引の清算業務を、また、JDCCが一般振替(証券会社と機関投資家等の株式等の取引に 関する振替)の清算業務を行っている。なお

JSCC

は、2010年

7

月から私設取引システム(PTS)での証 券取引も清算業務の対象としている。金融危機後の金融商品決済システムの改善への取組みとして、次 の①から③がある。

①店頭デリバティブ取引等の決済の安定性・透明性の向上に向けた検討が行われ、2010年

5

月に金商 法の一部が改正された。具体的には、金融商品取引清算機関に係る規制の見直し等(金商法

2

28

項、156条の

4

1

項、156条の

5

2、3、5~10、156

条の

12

3

関係)、外国金融商品取引清算機関 制度の創設(金商法

156

条の

20

2~15

関係)、金融商品取引清算機関と外国金融商品取引清算機関等 との連携制度の整備(金商法

156

条の

20

16~18、22

関係)、日銀からの意見聴取(金商法

156

条の

2 0

23

関係)など清算関連の基盤整備に係る諸制度、および店頭デリバティブ取引等に関する清算機関 の利用の義務付け(金商法

156

条の

62

関係)、金融商品取引業者や清算機関に対する取引情報の保存・

報告の義務付け(金商法

156

条の

64、65

関係)、取引情報蓄積機関(TR)制度の創設(金商法

156

条の

67~84

関係)である218。なお、2015年

12

月、金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・

グループ」は、「決済高度化に向けた戦略的取組み」という報告書を公表した。当報告書は、「リテール 分野‐ITイノベーションの取込みと決済サービスの革新」、「ホールセール分野‐企業の成長を支える決 済サービスの戦略的な高度化」、「決済インフラ‐利用者利便の向上と国際競争力強化のための

5

つの改 革事項」および「仮想通貨に関する制度のあり方」の

4

つの資金決済に関する分野を中心に、横断的事 項である決済システムの安定性と情報セキュリティ、イノベーションの促進と利用者保護の確保の観点 も含め、今後さらに検討を進めていく必要のある課題について整理を行った。そのうち、決済を巡る今

216 一般に中央銀行は、リスク管理の観点から、ダイレクト・アクセス、すなわち中央銀行に口座を開設できる機関を一部

に限定しているので、清算参加者によって特定の資金決済を委託された受託銀行をいう。それは、上述の決済銀行リスク あるいは資金預託リスクにつながっている(本篇13(5)参照)

217 松本正紀「世界の証券清算・決済インフラを取り巻く動向と取組み」月刊資本市場320号(2012)58-63頁参照。

218 金融庁「金融商品取引法等の一部を改正する法律案要綱(第174回国会における金融庁関連法律案)(https://www.fs a.go.jp/common/diet/174/01/youkou.pdf)参照。

後の法体系のあり方については、「金融・IT融合の進展等に伴い、決済業務をはじめとする各種の金融 サービスが総合的に提供され、また、利用者においても各種の決済手段を一体的に利用していくように なっていくことを踏まえると、決済ビジネスの選択に歪みを生じさせたり、利用者利便の妨げとなるこ とを回避する等の観点から、さまざまなサービスが柔軟に展開されていくことを可能とするような業務 横断的な規制体系の構築を検討すべきである」と指摘され、「決済インフラの抜本的機能強化」、「国内 外一体の決済環境の実現等」、「継続的な決済イノベーションのための銀行界における体制整備」に係る 改革事項を挙げ、仮想通貨に関する制度のあり方(規制対象、マネロン・テロ資金供与規制、利用者保 護のための規制など)を論じた219

②保管振替機構は、2009年

1

月の株券電子化以降、金融業務における情報システム間の相互運用性の 向上を図る目的で制定された、通信メッセージの登録手続に関する国際規格

ISO20022

への対応という 標準化作業に取り組んでいる220。その作業は、世界各国で資金決済、証券決済、外国為替、貿易とカー ド決済(card payment)の

5

つの領域で進められており、その採用は徐々に広まりつつある。

③もともと、世界各国では決済サイクルの短縮化が進められ、欧米主要国では、1993-2001年ごろに

T+3

決済を達成した221。当初、米国では、全米証券業者連盟(Securities Industry Association = SI

A、2006

年米国証券業金融市場協会(SIFMA)へ変更)による「T+1ビジネスケース222・スタディ」レポ

ートを踏まえ、米証券取引委員会(SEC)のリーダーシップの下で、T+1の実現時期を

2002

6

月と定 めたが、マーケット環境の低迷や、米国同時多発テロ(2001年

9

月)以降は、BCP/DR(Disaster Recov

ery=復旧計画)の強化が優先課題となったことなどから、計画は棚上げされている。それに代わり、S IA

は、この改革プログラムを

T+1

プログラムから、STP化の推進プログラムへと衣替えした。2008年リ ーマン・ショックによる日本レポ市場での国債の多額のフェイル(取引当事者の信用力と異なる理由に より、当初予定していた決済日が経過したにもかかわらず、対象債券の受渡が行われていない状態)発

219 金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告~決済高度化に向けた戦略的取組み~(20151

222日)」(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20151222-2/01.pdf)参照。

220 20141月、日本のJASDECは、ISO20022に全面的に準拠した新システムを稼働した。その導入は証券決済機関として 世界で初めての取組みとなる。ISO20022の詳細については、兼築玲「証券保管振替機構の国際標準化への取組み:証券決 済の分野では他国に先駆けて国際規格ISO20022を導入」金融財政事情3113号(2015)38-42頁参照。

221 例えば、1989G30勧告「世界の証券市場における清算および決済システム」という勧告(第1次レポート)では、

「すべての証券取引の決済において、DVPが導入されるべきである」ことを勧告5としている。2000年国際証券サービス 協会(ISSA)による「勧告2000」の勧告5「決済リスクの削減」では、「真のDVPの実施」を求めている。2003G30

「グローバルな清算と決済――行動計画」(第2次レポート)では、「証券決済におけるDVPとファイナリティを確保する ことが必要である」ことを勧告11としている。中島=宿輪・前掲注(1)証券決済システムのすべて81頁以下参照。

222 「T+1」とは、現在のような約定日の3営業日後(T+3日)に決済を行うのではなく、約定日のすぐ翌日(T+1日)に決

済を実施するように、業界全体で、決済までの期間を3営業日から1営業日へと一斉に短縮させることを意味している。

ビジネスケースとは、T+1化の実現に必要な投資額と、T+1実現によるコスト削減効果の両面の見積りを行って投資回収に 要する期間を試算し、T+1実施の効果を評価したものである。

生を受けて223、「フェイル慣行の定着・見直し」224、「国債決済期間の短縮」、「日本国債清算機関の態勢 強化」225に関する検討が開始された226。2009年

9

月に設置された「国債の決済期間の短期化に関する検 討ワーキング・グループ」は

2011

11

月に最終報告書を公表した。当報告書に基づき、2018年

5

1

日から、国債取引の決済期間が

T+1

に移行した。また、2015年

7

月に設置された「株式等の決済期間の 短縮化に関する検討ワーキング・グループ」も、2016年

6

月にその検討結果を最終報告書として取りま とめ、公表した。その報告書による残りの課題227を検討した上で、2018年

5

月、当グループは、株式等

(上場国債を除いた、上場株式、上場

ETF、上場 REIT

など上場有価証券)の決済期間

T+2

化の実施予定 日を

2019

7

16

日とすることを決めた228。そのとおり実施した。当該株式決済期間短縮化によって 想定されるメリットは、決済リスク(破綻時の流動性リスクと再構築コスト・リスク)の削減および資

223 フェイルは、災害・システム障害の発生や市場参加者の破綻時などに多発しやすい。こうした緊急時には、決済業務の

継続が困難となったり、市場流動性が著しく低下することが多いためである。実際、日本では、リーマンが破綻した2008 9月にはフェイルが前例のない規模で急増した。また、平時においても、①需給が逼迫した場合、②ループ(市場で取 引が輪(ループ)のように連鎖し、決済が滞ってしまう状態)が発生した場合、③決済指図に誤りがあった場合にフェイ ルの発生がみられる。日本銀行「わが国におけるフェイル慣行の一層の定着に向けて―フェイル慣行の意義・役割と米国 の取組み事例を中心に―(200910月)」日銀レビュー2009-J-12(https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2009 /data/rev09j12.pdf)2頁参照。

外国為替取引において直物為替(spot exchange)や先物為替(forward exchange)の売買を単体で行う国債アウトライ ト取引の売買高をみると、2008年春頃より、サブプライム住宅ローン問題の深刻化を背景に海外のヘッジ・ファンドなど がポジションを縮小したことなどから、売買高が減少に転じており、特にリーマン破綻後には大幅に減少した。このため、

現金担保付債券貸借(現担レポ)および買戻・売戻条件付売買(現先)の取引市場(レポ市場)における現担レポの新規 成約高および現先の売買高についても、国債アウトライト取引同様、2008年春頃より減少に転じ、リーマン破綻後には大 幅に減少した。これは、国債アウトライト取引が大幅に減少した結果、証券会社によるレポSC(special collateral: 債 券の貸し借りを主眼とするレポ取引)におけるショートカバーのための国債調達が大幅に減少するとともに、レポGC(gen eral collateral: 資金の貸し借り主眼とするレポ取引)についても、証券会社による在庫ファイナスに伴う資金調達が大 幅に減少したためである。中澤克浩「国債取引の決済リスク削減に向けた取組みが短期金融市場にもたらす影響について」

証券決済学会年報49号(2014)278-279頁。

これを受けて、2008915日、リーマン証券の破綻によって日本のレポ市場は混乱を極めた。まず、前例を見ない フェイルの多発と市場流動性の低下である。リーマンから引渡しを受けなかった国債については、即日に玉を調達できず、

フェイルを余儀なくされた。これに連鎖して9月半ば以降にフェイルが急増した。リーマンのデフォルト発生による第一 次フェイルの発生が、市場全体で相乗的に進行し、フェイルの連鎖によってフェイルが急増した。9月のフェイル件数は1 608件、金額は5.7兆円とこれまでの記録を大幅に更新した。フェイルの急増は、市場流動性を著しく低下させた。中島 将隆「国債取引の決済期間の短縮化とレポ市場の整備:二つのワーキング・グループの最終報告書と工程表」証研レポー 1671号(2012)2頁参照。

224 フェイルとフェイル慣行とは意味合いが異なる。フェイルとは債券の受け方が、その渡し方から予定されていた決済日

が経過したにもかかわらず、対象債券を受渡しされないことをいう。フェイル慣行とは、債券の渡し方が債券の受け方に 対し決済日に債権の受渡しが未了であってもデフォルトとしないこと、このための事務処理方法を定めたものである。国 債決済が RTGS 化されると、平時にあってもフェイルは発生する。フェイルが発生すると市場流動性が低下する。このた め、日本では国債決済のRTGSが図られた20111月にフェイル慣行が導入されたという。中島・前掲注(223)4頁参照。

225 国債清算機関では、態勢強化の一環として、破綻時の対応マニュアルの整備や、異例処理にかかるインフラ整備の実務

上の対応、緊要度の高い資金調達のあり方に関する検討等を進めている。なお、受託銀行(マスター・トラスト)が参加 していないなどの原因で、清算機関の利用拡大も課題となっている。

226 小川裕克「ファンドマネジメントとIT(情報技術) 金融危機後の証券決済システム改善への取り組み」ファンドマネ

ジメント63号(2010)56-61頁参照。

227 残りの課題は、①貸借取引に係る処理の迅速化、取引環境の整備、②フェイル・ルール、③非居住者との取引、④清算・

決済インフラ等の決済時限等、⑤信用取引の委託保証金・追加保証金の取扱い、品貸申込に係る業務フローの検討、⑥日 銀出資証券の決済日程、非上場有価証券の取扱い、および⑦T+2化に伴うその他の課題(取引所外取引の取扱いや転換社 債の基準日、有価証券オプション権利行使に係る決済の取扱い、取引報告書の交付の取扱い)等である。日本証券業協会

「株式等の決済期間の短縮化に関する検討ワーキング・グループ最終報告書(2016630日)(http://www.jsda.or.

jp/shiraberu/minasama/t2/t2_houkoku_20160630.pdf)参照。

228 日本証券業協会「T+2化の実施日の決定に係る手続等について(2018105日)(http://www.jsda.or.jp/shirab eru/minasama/content/tetuduki.pdf)参照。

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