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日本内科学会雑誌第106巻第4号

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Academic year: 2021

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全文

(1)

はじめに

 ペラグラは,皮膚症状を伴う多彩な消化器や 神経症状を呈する複合性ビタミン欠乏性の慢性 疾患である.VB3ともいわれるナイアシン(ニ コチン酸・ニコチン酸アミド)が主に不足して の病態である.語源的にはイタリア語でpelle (skin),agra(rough)としてザラザラした皮膚 を意味し,トウモロコシを主食とするイタリア の貧民に認められ,報告された.日本ではアル コール依存症に伴う貧しい食生活での症例が多 いが,本症例では精神的家庭的な事情から,一 人暮らしで殊に単純糖質を主とした特殊な嗜好 形態の偏食が持続していたことからの発症で, 極めて興味深く,若干の考察を加えて報告する.

症例

 患者:41 歳,男性.会社員.主訴:体重減 少,脱力,寝たきり,全身皮疹,せん妄,幻覚, 意欲減退.既往歴:学生時代に自律神経失調症 と言われた.また,27歳頃,家族関係不和にて 精神的カウンセリング受けたことがあるが,い ずれも詳細不明.家族歴:特記すべき事項なし. 生活歴:地元から都会の文科系大学に進学.一 人暮らしが始まり,喫煙,飲酒をしない生活か

ペラグラの1症例

八幡 芳和1)  阿部 優子2)  角田 力彌3) 要 旨  ペラグラは 3D(dementia,diarrhea,dermatitis)と表現され,主としてビタミンの一種であるナイアシン (niacin)の欠乏により発症する疾患で,食糧事情の改善された現在では極めて稀な病態だが,本症例は単純糖質 を主とした特殊な偏食による状態で発症した.診断,治療には精神神経症状や消化器症状など全身的な代謝障害 の 1 つに,本症名称の皮膚科疾患が位置づけられていることの認識が重要である. 〔日内会誌 106:807~812,2017〕 ポイント ・ 単なる皮膚疾患としてのみ捉えられがちだが,精神神経症状を含めた他の臨床所見にも注 意深い観察が肝要である. ・ 偏食や拒食などによる慢性的な摂食不良の状態から,各種ビタミンの不足が全身組織の代 謝異常を招来する. Key words ペラグラ,ナイアシン,全身性皮膚炎,精神神経症状,偏食,ビタミン摂取不足 〔第205回東北地方会(2015/06/20)推薦〕〔受稿2016/01/12,採用2016/12/15〕 1)山形県立米沢栄養大学健康栄養学部,2)山形大学皮膚科,3)米沢市立病院病理診断科

Case Report;A case of pellagra.

Yoshikazu Yahata1), Yuko Abe2) and Rikiya Tsunoda3)1)Faculty of Health and Nutrition, Yamagata Prefectural Yonezawa University of Nutrition

Sciences, Japan, 2)Department of Dermatology, Yamagata University School of Medicine, Japan and 3)Department of Pathology, Yonezawa City

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ら偏食(砂糖,甘いジュースなどを極めて好む) 傾向となった.卒後帰省し,会社に就職後は事 務関係の臨時職として仕事をしたが,実家には 帰らず,会社の寮に居住した.健康自己管理に ついては不詳だが,一般健康診断も受けていな いようだった.現病歴:20XX年夏,就職後も同 様に家人との協調性の乏しさから,偶然寮に訪 ねた家人が,全身の皮疹や無気力,力が入らな い,また,意識障害として時々不穏発作や異様 なものが見えるなどの幻覚症状など状態不良に 気づき,近医皮膚科を受診させた.アトピー性 皮膚炎として,プレドニゾロン20 mg/日開始も さらに悪化.翌年Y日時点,米沢市立病院皮膚 科 受 診, 入 院 と な っ た. 入 院 時 現 症: 身 長 174 cm,体重 41 kg(約 8 カ月で-9 kg).体温 36.4℃.脈拍 90/分,整.血圧 100/50 mmHg. 呼吸数 20/分.全身に痂皮を伴う黒褐色から赤 銅色の皮疹,びらん,水泡,亀裂著明.筋肉萎 縮と,高度のるい痩.甲状腺腫大なし,肝脾腫 なし,リンパ節腫大なし.貧血,黄疸なし(図 1,2,3). 著明な低栄養状態の他に,全身皮疹,せ ん妄,幻覚など精神神経症状を伴ってお り,単なるアトピー性皮膚炎とは明らか に異なることに注目.  検査所見:赤血球 379×104,Hb 11.1 g/dl, Ht 34.8%と軽度の貧血.TP 6.0 g/dl,Alb 2.5 g/ dl,TC 82 mg/dl,TG 43 mg/dl,HD 31 mg/dlと 低栄養状態.白血球 12,900,CRP 12.1 mg/dlと 中等度の炎症反応.便潜血反応(-).肝機能, 腎機能では特に問題なかった.染色体検査,骨 髄穿刺,HIV(human immunodeficiency virus) 感染症関連の所見でも異常は認められなかった.

一口メモ

図1 上半身体表面の皮疹

図2 顔面,頸部の皮疹

(3)

臨床経過(図4)

 全身に高度な皮膚病変,衰弱あり.皮疹の診 断が難しい状態で,皮膚科入院後,multi avita-minosisとして直ちに複合ビタミン剤,経口流動 食開始.ニコチン酸 3.8(4.7~7.9)μg/ml,亜 鉛34(65~110)μg/dlの低値がみられ,Y+14 日よりニコチン酸アミド 200 mg/日も開始.入 院という生活環境の変化からか不穏発作状態の せん妄,病室内で人影が見える,異様な物音が 聞こえるなど幻覚,意欲減退は短時日で軽快. 皮疹も皮膚科的処置もあり,徐々に改善した. 精神症状についてY+30 日に精神神経科紹介と なり,心因反応,急な入院による拘禁反応との 診断だった.ベッドから急に起き上がろうとい う 不 穏 異 常 行 動 み ら れ, ハ ロ ペ リ ド ー ル (0.75 mg)2錠/日投与で落ち着くが,傾眠が強 く,摂食行動への低下を来たし,継続が難しかっ た.固形物を嚥下するときに「咽喉につかえる」 との訴えがあり,Y+37日,消化器内科にてEGD (esophagogastroduodenoscopy) を 実 施. 食 道 candidiasis,胃体部にA1 の胃潰瘍認めたが,フ ル コ ナ ゾ ー ル 200 mg/日 ラ ン ソ プ ラ ゾ ー ル 30 mg/日 アルギン酸Na 80 ml/日にて症状軽 快.その後,吐血,下血は認めず,悪化するこ とはなかった.  総合的な全身管理が必要とのことで,Y+53 日に内科紹介転科になった.頭部単純CT,頭部 単純MRIは年齢相応.検査所見では軽度の貧血, 低栄養状態,中等度の炎症反応の存在と,すで に複合ビタミン剤が内科転科以前に投与されて いたため,血中ビタミン測定結果で有意な所見 はみられなかった.  皮膚科入院時アトピー性皮膚炎の悪化象や類 天疱瘡を疑われ,病態像の全経過が明らかでな かったので,診断のために行った皮膚生検で は,足背水泡部皮膚生検では中央部に破綻した 水泡がみられ,覆っていた表層上皮は消失して 図4 臨床経過 20XX年 (死亡) 皮膚 生検 皮疹 10 mg/日 200 mg/日 600 mg/日 セレネース1.5 mg/日 5 mg/日 プレドニゾロン ニコチン酸アミド PIPC 2.0 g/日 精神症状 肺炎・DIC 精神 神経科 GTF CT,MRI頭部 Y日 Y+

6日 Y+8日 14日Y+ 30日Y+ Y+37日Y+42日 53日Y+ Y+56日 69日Y+ 76日Y+ 皮膚科 入院

( )

内科 転入

( )

末梢点滴 せん妄 せん妄 フルコナゾール 200 mg ランソプラゾール 30 mg アルギン酸Na 80 ml 日

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いた.水泡の底部には炎症性フィブリン析出が あり,その下に一部不完全な表皮上皮突起が残 り,intraepidermal vesicular dermatitisと解釈さ れた.周辺の表皮層にspongiosisは目立たなかっ た.水泡内,真皮境界層に好中球・好酸球浸潤 がみられた.下腿色素沈着皮膚生検では,最表 層に緻密で厚くなった角質層がみられ,萎縮性 表皮層基底部にメラニン色素の沈着が目立っ た.真皮層では炎症細胞浸潤なく,線維性膠原 線維の増生が示唆された.毛包や汗腺の減少は みられなかった.  もともと問題のあるパーソナリティが誘引し てか,徐々に食行動の減弱をみて点滴開始を行 うも,次第に末梢点滴用の血管確保が困難とな り,中心静脈栄養(intravenous hyperalimenta-tion:IVH)の実施を勧めたが,経鼻経管栄養を 含め,リスクの点からも積極的な治療は家人も 希望されず.精神的意欲の減退が著明となり, 内服薬投与を継続できず,栄養不良からの全身 衰弱は極度で,DIC(disseminated intravascular coagulation)を併発し,TP 3.2 g/dl,Alb 0.8 g/ dlとさらに悪化した.両側多量胸水,肺炎併発, PIPC 2.0 g/日投与するも全身状態悪化によりY +76 日死亡退院した.病理解剖は実施できな かった. 複合ビタミン剤,ニコチン酸アミド投与 にて,諸症状は軽快し,本症の根本的治 療には有効だった.多彩な神経症状は短 期間で軽快する.

考察

 ペラグラは,経済社会生活の安定した現在の 日本では,報告も数十例と極めて稀な疾患で, 3D(dementia,diarrhea,dermatitis)と表現さ れるが,臨床的に全ての症状が揃うものは約半 数である.ビタミン欠乏症は,ただ 1 種類のビ タミンだけが不足することはなく,複合的に欠 乏すると考えられ,体内代謝で最も影響が起き やすい成分によって主たる病態像が形成される が,一過性のものや軽症の症例を含めると日常 臨床では案外多いものと推定される.代謝経路 では必須アミノ酸のトリプトファンから,VB1, VB2,VB6の存在下でニコチン酸が生成される. トリプトファン含有の少ないトウモロコシを主 食とするイタリアなどの貧民に昔から報告さ れ,イタリア語で,pelle(skin),agra(rough) が語源である.ナイアシンとはアメリカ医学協 会の新造語で,タバコに含まれる有害物質のニ コチンと混同されないよう,あえて区別するた め,NIcotinic ACid vitamINの総称でVB3とも呼ば れる.糖質,脂質,タンパク質の代謝には不可 欠であり,循環器系,消化器系,神経系組織の 働きを促進する.ペラグラの誘因には,アルコー ル多飲の報告が多く,食事を摂らずにいるため のビタミン欠乏や,アルコール脱水素酵素の補 酵素としてNAD(ニコチンアミドアデニンジヌ クレオチド)が消費されてしまうこと,拒食や 胃がんでの切除胃による摂食不良,薬剤ではナ イアシンの吸収代謝を抑制する抗結核薬の長期 間イソニアジド内服などの報告があるが本来早 期に適切な治療を受けることができれば死亡す る疾患ではない1~6).本例では当初,アトピー 性 皮 膚 炎 と し て の 診 断 か ら プ レ ド ニ ゾ ロ ン 20 mg/日が開始され,さらに全身状態の悪化を 引き起こし,極めて衰弱した状態で当院に入院 した.総合的な対応への開始時期を失したこと も不幸な転機になった一因と考えられた.食糧 事情が十分保たれている我が国でも,本症例の ような極端な偏食があり,皮膚症状と消化器, 神経症状が併発している場合,ペラグラの存在 を考える必要がある.

最終診断

ペラグラ 一口メモ

(5)

原因と結果,そして臨床医の立場から, 皮膚症状だけにとらわれることなく,詳 細な病歴経過を慎重に判断することが 大切.

おわりに

 それぞれ自分の専門分野からでの診断,治療 をしがちだが,他科と連携しての総合的な診療 が重要である. 一口メモ 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし 文 献 1) 吉井恵子,他:ペラグラの 1 例.臨床皮膚科 32 : 855―859, 1978. 2) 坂井健二,他:ミオクローヌスと運動失調を主症状としナイアシン投与が有効であったアルコール性ペラグラ脳症 が疑われた 1 例.脳と神経 58 : 141―144, 2006. 3) 西村真智子,他:胃亜全摘と多量飲酒が誘因となったペラグラの 1 例.臨床皮膚科 61 : 333―335, 2007. 4) 眞海芳史,他:拒食により生じた亜鉛欠乏を伴うペラグラの 1 例.臨床皮膚科 66 : 27―30, 2012. 5) 白瀬春奈,他:アルコール依存症患者に生じたペラグラの 1 例.臨床皮膚科 67 : 1053―1057, 2013. 6) 永石彰子,他:胃切除後に生じた非アルコール性ペラグラの 1 例.臨床神経学 48 : 202―204, 2008.  

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 山形県初の管理栄養士養成大学として,2014 年 4 月開校しました! 【本学のあゆみ】 1952 年 4 月 市立短期大学として,米沢女子短 期大学家政科 開学 1963 年 4 月 県立に移管 1970 年 4 月 山形県立米沢女子短期大学と名 称変更(家政学科,国語国文学 科,英語英文学科,日本史学科) 1994 年 4 月 健康栄養学科,社会情報学科開設 2014 年 4 月 山形県公立大学法人に名称変更 (1 法人 2 大学制) 山形県立米沢栄養大学 開学(短 大健康栄養学科を改組) 【概要】  管理栄養士の資格取得を前提としての教育.  男女共学,4 年制,1 学年定員 40 名,編入学 を含めた収容定員 168 名.  現1年生47名(男子2名),現2年生41名(男 子 3 名).  熊本,岡山,兵庫,栃木,茨城,宮城,山形 県など,全国各地から選ばれた17名の精鋭専任 教員.  教授 9 名:鈴木道子 学長(北海道大学医学部 1977 年卒),他 8 名  准教授 5 名,講師 1 名,助教 2 名,助手 5 名.  医学博士学位取得者:学長含め,3 名. 【アドミッションポリシー】 1.人とのかかわりを大切にできる人 2.人間,健康,栄養そして食への関心が持て る人 3.必要な基礎学力に加え,論理的な思考能力 を有する人 4.本学で学んだことを生かし,地域と社会に 貢献したいと考えている人  食や栄養の面から,健康の維持増進や疾病の 予防・治療など,医療チームの一員として重要 な管理栄養士を,食品学,栄養学,基礎医学, 臨床医学などについて,きめ細やかな少人数教 育で育成する. 【著者紹介】  糖尿病内分泌代謝学専門医として,山形大学 医学部第三内科 講師,臨床教授,米沢市立病院 診療部長を定年退職後,開学初年度から人体構 造・機能学,臨床医学など担当教授として勤務 しております.まだ,在学生は 2 年生までと少 ないですが,2 年後に初めて受験する管理栄養 士国家試験合格率 100%を目指し,全教員を挙 げての熱き意気込みを期待しています. ホームページ  http://www.u.yone.ac.jp/ 文責: 山形県立米沢栄養大学健康栄養学部 教授  八幡 芳和 症例掲載施設紹介

山形県立米沢栄養大学 健康栄養学部

参照

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