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コリンエステラーゼ阻害薬2剤併用によるコリン作動性クリーゼが疑われた1症例

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(1)

はじめに

コリン作動性クリーゼとはコリンエステラーゼ

(ChE)阻害薬投与中に起こる呼吸困難を伴うアセチ ルコリン過剰状態の急激な悪化とされ,人工呼吸を要 する状態を指す。ChE 阻害薬であるジスチグミン臭 化物は,重篤なコリン作動性クリーゼの副作用報告増 加および死亡例 1) を受け,「手術後および神経因性膀 胱などの低緊張性膀胱による排尿困難」に対する用法 用量が「成人 1 日 5mg」に減量された。投与開始 2 週間以内でのコリン作動性クリーゼ発現が最も多く,

長期継続服用中においても発現の報告がある 2)。添付 文書上では悪心,嘔吐,腹痛,下痢,唾液分泌過多,

気道分泌過多,徐脈,縮瞳,呼吸困難などの初期症状 に注意するよう警告されている 3) が,その発症に関し てはまだ不明な点も多く詳細な情報収集が求められて いる。

アルツハイマー型認知症治療薬であるリバスチグミ ン経皮吸収型製剤も,同じく ChE 阻害作用を有する 薬剤である。これまでに過量投与によりコリン作動性 クリーゼを疑われた症例の報告はある 4) が,常用量の リバスチグミン単独での発症報告はない。また,ジス チグミン臭化物などの ChE 阻害薬を含むコリン作動 性を有する薬剤との併用は,コリン刺激作用が増強す る可能性があるため併用注意とされている 3, 5) が,詳 細な報告はこれまでにない。

今回,常用量以下のリバスチグミン経皮吸収型製剤 使用中の患者が肺炎治療経過中にジスチグミン臭化物 を 1 回だけ服用し,その 1 週間後にコリン作動性ク リーゼ様症状を呈した症例を経験した。薬剤相互作用 を含めた複合的な要因の関与についての考察を含め,

報告する。

【要旨】 症例は肺炎治療および食道裂孔ヘルニア術後で入院中の 80 代女性。もともとリバス チグミン経皮吸収型製剤を使用中であった。術後排尿困難に対してジスチグミン臭化物を 1 回 だけ投与した。その 1 週間後に喀痰増加,気道分泌の漿液化,嚥下困難,徐脈傾向などのコリ ン作動性クリーゼ様症状を呈した。アトロピン硫酸塩の持続投与および被疑薬の中止により,

気道分泌物の減少,脈拍数の回復,呼吸状態の安定を認め,コリン作動性クリーゼを脱したと 判断した。本症例はジスチグミン臭化物が慎重投与とされる低体重の高齢者であり,コリンエ ステラーゼ(ChE)阻害作用を持つリバスチグミンとジスチグミン臭化物を併用していた。加 えて,ジスチグミン臭化物投与時の絶食で生体利用率が上昇したこと,下痢による低栄養によ り体内 ChE 絶対量が低下していたことなどが複合的に作用し,コリン作動性クリーゼを発症 したと考えられた。複合的な要因の関与についての文献的考察を含め,報告する。

索引用語:‌‌ジスチグミン臭化物,リバスチグミン経皮吸収型製剤,コリンエステラーゼ/アルブ ミン比

コリンエステラーゼ阻害薬 2 剤併用による コリン作動性クリーゼが疑われた 1 症例

佐藤 史織1  山代 栄士1  河村 聡志1 中島 竜太2  稲垣 伸洋2  森  一生1 症例報告

A  case  of  suspected  Cholinergic  Crisis  caused  by  2  Cholinesterase inhibitors

Shiori SATO 1, Eiji YAMASHIRO 1, Satoshi KAWAMURA 1,  Ryuta NAKASHIMA 2, Nobuhiro INAGAKI 2, Kazuo  MORI 1

1 Department of Pharmacy, Almeida Memorial Hospital, 

2 Department of Emergency and Critical Care Medicine,  Almeida Memorial Hospital

1 大分市医師会立アルメイダ病院薬剤部,2 大分市医師会立 アルメイダ病院救急・集中治療科

〔原稿受付日:2014年10月2日,原稿受理日:2015年6月11日〕

(2)

を認めた。胸部 X 線および胸部 CT で,両肺野に浸 潤像が散見された。また,食道裂孔ヘルニアにより胃 の胸腔内滑脱が認められ,一部肺を圧迫していた。上 記現症ならびに検査所見から,肺炎および食道裂孔ヘ ルニアによる急性呼吸不全の診断が下され,救急病棟 に入院となった。

入院後経過(図 1):持参薬は急性期治療の間はす べて中止となった。入院後,集中治療および抗菌薬の 投与を行った。第 9 病日に検査値の改善と呼吸状態の 回復を確認後,抗菌薬の投与は終了とした。入院時に 見つかった食道裂孔ヘルニア手術を第 17 病日に実施,

第 30 病日に気管内チューブを抜管した。

既往に認知症があり,入院時より強い不穏やスタッ フへの暴言を認めていたため,手術後の第 19 病日よ り持参薬のクエチアピンフマル酸塩とリバスチグミン 経皮吸収型製剤を再開し,その後抑肝散を追加した。

第 21 病日より経腸栄養を開始したが,下痢に伴う栄 養状態の悪化および臀部褥瘡を認めた。下痢に対して は経腸栄養剤の投与速度の調整や種類の変更などで対 応したが,解消できず経過していた。

第 30 病日前後より排尿障害を認めていたため,第 36 病日にジスチグミン臭化物が投与された。当日朝 の ChE 活性が 67 IU/L であったため,コリン作動性 クリーゼ発症を回避するため翌日以降の投与は中止し た。それから 1 週間経過した第 42 病日より喀痰が増 加,第 43 病日には気道分泌物の漿液化,嚥下困難,

誤嚥を認めたため非侵襲的陽圧換気による呼吸管理を

症  例

患 者:80 代女性 主 訴:呼吸困難

現病歴:グループホームに入所しており,認知機能 の低下はあるが日常生活動作は自立していた。当院搬 送日の昼食までは異常は認められなかったが,15 時 過ぎに 37℃台の発熱が出現し,夕食時には 38℃台ま で上昇した。その時点での SpO2 60% 台,収縮期血圧 200mmHg 台であった。かかりつけ医による往診中に,

呼吸状態の悪化および意識レベルの低下を認めたた め,当院に紹介となり救急搬送となった。

既往歴:パーキンソン病,認知症

持参薬:クエチアピンフマル酸塩 1 回 25mg  1 日 2 回   朝・夕食後,酸化マグネシウム 1 回 330mg  1 日 2 回  昼・夕食後,リバスチグミン経皮吸収型製剤   18mg  24 時間毎に貼り替え

来院時現症:身長 130cm,体重 42.0kg,BMI 24.9,

体温 36.0℃,血圧 149/69mmHg,脈拍 116 回 / 分,

呼吸数 34 回 / 分,SpO2 86%(O2 15 L/ 分,リザーバー マスク),意識レベル Japan Coma Scale Ⅲ-200,瞳孔  2.5/2.5mm,対光反射正常,喘鳴なし,肺雑音あり,末 梢冷感あり。

来院時検査所見:来院時血液検査所見を表 1に示 す。 動 脈 血 液 ガ ス 分 析 で,pH 7.043,PaCO2 117.0  mmHg,HCO3 30.2mmol/L とアシデミアを認め,白 血球 17.1×103/μL,CRP 9.99mg/dL と高い炎症反応

表 1 来院時および第 42 病日の血液検査所見

血液検査 第 1 病日    血液生化学検査 第 1 病日 第 42 病日

RBC 431×104/μL TP 7.4 g/dL 5.9 g/dL

Hb 13.0 g/dL Alb 3.9 g/dL 3.2 g/dL

Ht 42.3 % T-Bil 0.7 mg/dL 0.4 mg/dL

WBC 17.1×103/μL AST 36 IU/L 27 IU/L

Plt 20.3×104/μL ALT 17 IU/L 27 IU/L

LDH 294 IU/L 336 IU/L

動脈血ガス分析 γ-GTP 18 IU/L 43 IU/L

(リザーバーマスク O2 15L/ 分投与下) ALP 287 IU/L 225 IU/L

pH 7.043 ChE 94 IU/L 18 IU/L

PaO2 57.2 mmHg Amy 66 IU/L 92 IU/L

PaCO2 117.0 mmHg BUN 12 mg/dL 15 mg/dL

HCO3 30.2 mmol/L S-Cr 0.61 mg/dL 0.60 mg/dL

ABE -4.3 mmol/L Na 141 mEq/L 146 mEq/L

Lac 11 mmol/L K 4.2 mEq/L 4.4 mEq/L

Cl 105 mEq/L 111 mEq/L

Ca 8.9 mEq/L 8.6 mEq/L

CK 93 IU/L 113 IU/L

CRP 9.99 mg/dL 0.41 mg/dL

(3)

開始した。翌日以降も上記症状が継続し,50 回台 / 分の徐脈傾向も出現したため,コリン作動性クリーゼ と判断,アトロピン硫酸塩 12mg/日の持続投与を開 始した。呼吸状態が悪化したため気管挿管し,人工呼 吸管理を行った。誤嚥性肺炎に対しては,リネゾリド

(Linezolid;LZD)およびタゾバクタム/ピペラシリ ン(Tazobactam/Piperacillin;TAZ/PIPC)の投与を 開始した。この時点で,ChE 阻害薬であるリバスチ グミンの中止,および異なる作用機序のアルツハイ マー型認知症治療薬であるメマンチン塩酸塩への切り 替えが薬剤師より提案され,処方変更になった。第 46 病日には気道分泌物が減少,脈拍は 90 回台 / 分に 回復,下痢は消失した。第 42 病日に 18 IU/L であっ た ChE 活性はアトロピン硫酸塩投与開始 6 日目の第 49 病日には 148 IU/L まで回復,呼吸状態の安定を認 めたためコリン作動性クリーゼは脱したと判断され,

アトロピン硫酸塩持続投与は中止となった。

考  察

本症例ではジスチグミン臭化物は 1 回(5mg)しか 投与されておらず,中止後 1 週間経過してからコリン 作動性クリーゼ様症状を呈した。ジスチグミン臭化物 によるコリン作動性クリーゼに関するこれまでの副作 用報告では,本症例のように中止 1 週間後に発症した という症例は見あたらない。健常人におけるジスチグ ミン臭化物 5mg 単回経口投与時の血中濃度は二相性 に漸減し,α相で約 4.5 時間,β相で約 69.5 時間であ る 1)。本症例も単回投与であることを考えると,通常 であれば 1 週間後まで薬剤の影響が残存するとは考え にくいが,ジスチグミン臭化物の体内動態を変動させ る因子として食餌の影響が挙げられる。ヒトにおける 体内動態について詳細な報告はこれまでにないもの の,排尿筋低活動と診断された患者での検討で,食前 投与群では食後投与群と比較してジスチグミン臭化物 図 1 治療経過

クエチアピン(25) 2T2×昼夕

不穏対策 抑肝散 7.5g  3×クエチアピン(25) 3T3×昼夕食後・眠前抑肝散 5.0g  2×

リバスチグミン経皮吸収型製剤(18)

0 20 40 60 80 100 120 140 160

15 20 25 30 35 40 45 50 (病日)

0 500 1000 1500 2000

ヘルニア手術食道裂孔

ジスチグミン 5mg投与

(1回で投与中止)

気道分泌亢進 嚥下困難

絶食 絶食 絶食 絶食 絶食

水様便 泥状便

とろみ付加 投与速度低減

メマンチン(5)

IPPV IPPV

IPPV

呼吸管理 NPPV

12mg/day 抗菌薬 LZD

アトロピン持続投与

TAZ/PIPC 再挿管 抜管

抜管 再挿管

経腸栄養︵kcal/day血清活性︵IU/l

(4)

血中濃度の上昇を認めたとの学会報告がある。イヌに ジスチグミン臭化物を絶食時または給餌後に単回投与 したところ,絶食群は給餌群に比較し,最高血中濃度

(Cmax)が約 9.4 倍,投与後 24 時間の血中濃度−時 間曲線下面積(AUC0-24)が約 6.6 倍と高値を示し,体 内動態に食餌が影響することが示唆されている 1)。ジ スチグミン臭化物の健常人(外国人)での生体利用率

(BA) は 4.65% で あ り,Cmax や AUC の 変 動 で,

BA は影響を受けると考えられる。本症例ではジスチ グミン臭化物が投与された第 36 病日は絶食中(第 35

〜 38 病日)であり,BA が上昇した可能性が考えら れる。これにより体内動態が変化し,排泄遅延により 長時間にわたりジスチグミン臭化物の ChE 阻害作用 が遷延した可能性がある。

今回の症例から,ジスチグミン臭化物服用中のみな らず,服用中止後であってもコリン作動性クリーゼ発 現には注意が求められる。ジスチグミン臭化物の体内 動態には食餌の影響も考えられ,患者の食事摂取状態 が変化した際にはコリン作動性クリーゼ発症のリスク が高まる可能性があるため注意が必要である。

しかしながら,本症例におけるコリン作動性クリー ゼ発症にはジスチグミン臭化物による ChE 阻害作用 以外の要因も勘案する必要がある。症例は,急性期治 療の終了した第 19 病日より持参薬のリバスチグミン 経皮吸収型製剤が再開されていた。リバスチグミンは ジスチグミン臭化物と同様に ChE 阻害作用を示す薬 剤であることから,両剤の併用により ChE 阻害作用 が増強しコリン作動性クリーゼ発症の要因になった可 能性がある。リバスチグミンは経皮吸収型製剤である ため,経口製剤と比べ血中濃度の変動が少なく,また 薬剤の中枢への移行性が高いため,他の ChE 阻害薬 に比べコリン作動性クリーゼのリスクは低いと考えら れている 4)。過量投与によりコリン作動性クリーゼを 疑われた症例の報告 5) はあるが,常用量のリバスチグ ミン単独での発症報告はない。しかし,症例ではリバ スチグミン再開(第 19 病日)後の第 20 病日より軟便 を認め,ChE 活性の低下がみられていた。経腸栄養の 再開は第 21 病日であり,軟便の出現が先行している ことから,難治性下痢の原因の一つがリバスチグミン の ChE 阻害作用による消化管運動亢進であり,コリ ン作動性クリーゼの初期症状であった可能性もある。

経皮吸収型製剤における皮膚からの薬物吸収過程に おいては皮膚の性状も重要であるとされており,リバ スチグミン経皮吸収型製剤においては,皮膚角質層の

剝離などがある部位への貼付により,血中濃度が上昇 しうるとされている 5)。症例においては,貼付部位に 剝離や発赤などを伴う皮膚症状はみられなかったもの の,加齢に伴う角層の希薄化によるリバスチグミンの 吸収増大で血中濃度が上昇し,ChE 阻害作用が遷延 していた可能性がある。一方,症例では皮膚の乾燥が みられた。乾燥状態の皮膚は脂質が少ないため,薬物 の脂溶性が吸収に影響する。リバスチグミンは脂溶性 の高い薬物であり,皮膚の乾燥が薬物の吸収を低下さ せていた可能性も否定できない。経皮吸収型製剤を使 用する際は,患者の皮膚性状の変化が治療に影響する 可能性を考え,剤型を選択する必要がある。

リバスチグミン経皮吸収型製剤は低用量(4.5mg)

で開始し,4 週ごとに 4.5mg ずつ漸増,維持量の 18mg に到達させることが推奨されている。これは,投与初 期に発現頻度の高い消化器系の副作用を回避するため である。4 日以上休薬した場合は,初期投与量に減量 しての再開が望ましいとされている 5)。症例では,肺 炎治療のために約 3 週間中止したのち,第 19 病日に 18mg で貼付を再開している。再開時に薬剤師より低 用量での再開の提案はあったが,より早い効果発現を 期待して減量が行われなかった。再開後に発現した下 痢は,リバスチグミン投与初期にみられる消化器症状 であった可能性が高い。

しかしながら,ChE 活性はリバスチグミンの再開 日を挟んで,わずか 6 日間で 135 U/L(第 17 病日)

から 23 U/L(第 23 病日)と約 1/6 まで低下している。

これには下痢により経腸栄養が吸収できず,栄養状態 が悪化したことが要因になったと考えられる。一方,

ChE の体内での半減期は約 11 日であることを鑑みる と,リバスチグミン再開後の ChE 活性の急激な低下 は,下痢による栄養不良だけでは説明できず,リバス チグミンによるコリン作動性クリーゼの初期症状で あった可能性を支持すると考えられた。なお,第 23 病日に 23 IU/L まで低下した ChE 活性は第 36 病日 にかけて徐々に上昇している。これは,リバスチグミ ンを 18mg で再開したために一時的に高くなっていた 血中濃度が,薬剤の中枢への移行に伴って下がり,

ChE 活性が一部回復したためと考えられる。コリン 作動性クリーゼの発症リスクが低いと考えられている リバスチグミン経皮吸収型製剤使用の際でも,ジスチ グミン臭化物において慎重投与とされる高齢者,腎障 害患者,コリン作動薬併用患者,ChE 阻害薬併用患者,

および皮膚性状の変化がみられる患者においては,コ

(5)

動性クリーゼ補助診断に利用できると述べている。本 症 例 に お け る ChE/Alb 比 は 入 院 時 に 2.4 と 低 値 で あったもののその後 2.4 〜 6.3 で推移し,リバスチグ ミン再開直前の第 17 病日には 6.14 であった。再開 5 日目(第 23 病日)には 0.88 まで急激に低下した(図 2)。この時点で,検査値の推移や下痢症状などから コリン作動性クリーゼ初期症状を疑うことができれ ば,リバスチグミン中止提案,およびジスチグミン臭 化物投与回避ができた可能性がある。ChE/Alb 比は 気道分泌亢進が見られた第 42 病日付近で 0.91 と再び 低値を示しており,この時期にみられた急激な ChE 活性の低下はリバスチグミンおよびジスチグミン臭化 物が併用されたことによる活性阻害が寄与していると 考える。ChE 阻害薬によるコリン作動性クリーゼは 初期症状の発現に注意し,発現を認めた場合は直ちに 投与を中止することが望ましい。しかしながら,下痢,

腹痛,悪心,嘔吐などは他の要因でも起こりやすいこ とから鑑別が困難であり,見逃される危険性もある。

ChE/Alb 比はコリン作動性クリーゼの補助診断に有 用である可能性が本症例からも示唆されたが,1 点の みの評価では低アルブミン血症の患者などでは不十分 である可能性がある。急激な ChE 活性低下を認めた 際は,経時的な ChE/Alb 比を評価することが,コリ ン作動性クリーゼ鑑別の一助になると考えられる。

なお,経過中に腎機能低下は認められず(表 1),と もに腎排泄型であるジスチグミン臭化物およびリバス チグミンの腎排泄遅延による作用遷延は,今回のコリ ン作動性クリーゼ発症には寄与していないと考える。

結  語

本症例は,ジスチグミン臭化物が慎重投与とされる リン作動性クリーゼ発症に十分な注意が必要である。

経腸栄養再開後に軟便は水様便へと悪化し,経腸栄 養剤投与速度の調整や絶食により軽減したことから,

経腸栄養も下痢の要因であったことが示唆される。下 痢による長期の栄養不良は ChE 合成にも影響するた め,体内での ChE 絶対量は徐々に低下していたと考 えられる。ChE 絶対量の低下に加え,ChE 阻害薬投 与により ChE 活性はさらに低下し,消化管運動亢進 による下痢を引き起こすという悪循環が起きていた可 能性もある。一方,第 44 病日のアトロピン硫酸塩持 続投与開始後,ChE 活性は第 49 病日までに 149 IU/L まで上昇した。これは,リバスチグミンの中止に伴う ChE 活性の回復とともに,下痢が治まったことで経 腸栄養の吸収が良好になり,栄養状態が改善されたこ とによる ChE 絶対量の上昇の両者が関与していたと 考えられる。

生化学検査で得られる ChE 値は ChE の活性を反映 したものであり,体内絶対量の謂ではない。そのため,

ChE 活性の低下がみられた場合には,栄養状態と ChE 阻害薬使用の有無の双方について検討が必要と なる。本症例における ChE 活性の変動も,栄養状態 の悪化による ChE 絶対量の低下とリバスチグミンに よる ChE 活性阻害の両方が原因として考えられる。

ChE 同様,体内の栄養状態の指標となるアルブミン

(Alb)値に着目すると,長期間下痢を認めていたが 顕著な低下は認められなかった。しかし,リバスチグ ミン再開前後で ChE 活性のみが変動していることか ら,リバスチグミンによる活性阻害が大きく寄与した と考えられる。

刈米ら 6) は,ChE 活性と Alb 値の比(ChE/Alb 比)

を取ることで ChE の個体間差が縮小され,コリン作

病日(日) 1 3 5 17 23 28 36 38 46 49

Alb 値(g/L) 39 28 23 22 26 28 26 32 27 25

ChE 活性(IU/L) 94 95 144 135 23 49 67 29 32 148

ChE/Alb 比 2.41 3.39 6.26 6.14 0.88 1.75 2.58 0.91 1.19 5.92

0.0 2.0 4.0 6.0 8.0

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 病日(日)

ChE/Alb比

図 2 ChE/Alb 比の推移

(6)

http://www.torii.co.jp/iyakuDB/data/if/if_ubr_t.pdf   2)  宮内洋: 排尿障害治療薬 臭化ジスチグミン(ウブレチド錠)

中毒の診断と治療―コリン作動性クリーゼの対処法を中心 に―. 医薬の門 2007; 47: 58-65.

  3)  鳥居薬品ホームページ: ウブレチド ®錠 5mg 添付文書.

2011年8月 

http://www.torii.co.jp/iyakuDB/data/pi/ubr_t.pdf   4)  Hoffman RS, Marini AF, Russell-Haders AL, et al: Use of 

pralidoxime without atropine in rivastigmine (carbamate)  toxicity. Hum Exp Toxicol. 2009; 28: 599-602.

  5)  ノバルティスファーマホームページ:  イクセロン ®パッチ  インタビューフォーム. 2015年3月  

http://product.novartis.co.jp/exp/if/if_exp_1503.pdf   6)  刈米和子, 島谷佳見, 栗原利和, 他: コリン作動性クリーゼ

のリスク回避指標の探索. 臨床病理 2010; 58: 972-978.

低体重の高齢者であり,同じく ChE 阻害作用のあるリ バスチグミンが併用されていた。これらに加え,ジス チグミン臭化物投与時の絶食により BA が上昇したこ と,さらに下痢による低栄養により体内の ChE 絶対量 が低下していたことが複合的に作用し,コリン作動性 クリーゼ発症と重症化の要因になったと考えられる。

本稿の論旨は第 17 回 日本臨床救急医学会 総会・学 術集会(2014 年 5 月,栃木)において報告した。

文 献

  1)  鳥居薬品ホームページ: ウブレチド ®錠 5mg インタビュー フォーム. 2011年8月 

参照

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