• 検索結果がありません。

CONTENTS 317 E 2012 BPSD 31 v BPSD i BPSD d BPSD e n c e

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "CONTENTS 317 E 2012 BPSD 31 v BPSD i BPSD d BPSD e n c e"

Copied!
84
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)
(2)

総  説

これからの認知症医療の課題

4

朝田  隆 筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学教授/ 第31回日本認知症学会学術集会会長 メカニズム

BPSD治療における抑肝散と

メマンチンのメカニズム

11

遠藤 英俊 国立長寿医療研究センター内科総合診療部長 臨  床

抑肝散によるBPSD治療の実際

17

岡原 一徳 けいめい記念病院副院長・脳神経外科 エビデンス

抑肝散のエビデンス

― BPSDに対する効果 ―

23

荒井 啓行 東北大学加齢医学研究所老年医学分野教授 施設リポート

住民とともに地域全体で支える

認知症の医療とケア

31

医療法人向洋会協和病院 認知症疾患医療センター (宮崎県日向市) 施設リポート

高齢者の健康づくりを総合的に追求する

地域拠点

37

公益財団法人老年病研究所附属病院 認知症疾患医療センター (群馬県前橋市) トピックス

透析中の認知症患者に対する

抑肝散の効果と安全性

42

萬谷 昭夫 まんたに心療内科クリニック院長

2012年の認知症・BPSD治療戦略

E

v

i

d

e

n

c

e

特 集

ここに記載されている内容(テーマ等)は一部変更されることがございます. 日 時: 2012年5月25日(金)15:00∼17:20(学会1日目) 会 場:かごしま県民交流センター 会 長:乾 明夫(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科心 身内科学分野教授) テーマ: 漢方診療の進歩 座 長:三潴忠道(福島県立会津総合病院院長補佐) 丸山征郎(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科シ ステム血栓制御学特任教授) 基調講演:星野惠津夫(がん研究会有明病院漢方サポート科 部長) 演者 1:三潴忠道(福島県立会津総合病院院長補佐) 演者 2:田原英一(飯塚病院漢方診療科部長) 演者 3:飯塚徳男(山口大学医学部附属病院漢方診療部准 教授)  演者 4:宇宿 功市郎(熊本大学教授・附属病院医療情報経 営企画部部長) 演者 5:丸山征郎(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科シ ステム血栓制御学特任教授) 共 催:第53回日本心身医学会総会ならびに学術講演会/ 株式会社ツムラ 日 時: 2012年6月1日(金)12:10∼13:10(学会1日目) 会 場:国立京都国際会館第4会場 会 長:大塚藤男(筑波大学医学医療系皮膚科教授) テーマ: アトピー性皮膚炎のかゆみ:漢方による制御の可 能性 座 長:相場 節也(東北大学大学院医学系研究科皮膚科 教授) 演 者:池田志斈(順天堂大学大学院医学研究科皮膚科学・ アレルギー学教授) 共 催:第111回日本皮膚科学会総会/株式会社ツムラ 日 時: 2012年6月9日(土) 12:00∼13:00(学会最終日) 会 場:神戸ポートピアホテル第9会場 会 長:古家 仁(奈良県立医科大学) 座 長:外 須美夫(九州大学大学院医学研究院麻酔・蘇生 学教授) 演 題: 緩和ケアチームと漢方診療 演 者:佐藤英俊(佐賀大学医学部附属病院地域包括緩和 ケア科診療教授) 共 催:公益社団法人日本麻酔科学会/株式会社ツムラ 日 時: 2012年6月29日(金)14:10∼16:10 会 場:国立京都国際会館第2会場 テーマ: いま改めて漢方医学の魅力を探る ∼人と向き合う医療∼ 開会挨拶:花輪壽彦(北里大学東洋医学総合研究所所長) 座 長:北村 聖(東京大学医学教育国際協力研究センター教授) 佐藤 弘(東京女子医科大学東洋医学研究所所長) 演 者:秋葉哲生(あきば伝統医学クリニック院長) 松田邦夫(松田医院院長) 共 催:第63回日本東洋医学会学術総会/株式会社ツムラ 日 時: 2012年6月30日(土)12:15∼13:15 会 場:国立京都国際会館第2会場 テーマ: 香袋の科学 座 長:今西二郎(明治国際医療大学附属総合医療センター 長・教授) 演 者:伊藤美千穂(京都大学大学院薬学研究科薬品資源 学分野准教授) 共 催:第63回日本東洋医学会学術総会/株式会社ツムラ 日 時: 2012年6月30日(土)13:00 ∼14:00予定 会 場:東京国際フォーラムホールB5-2 会 長:大庭建三(日本医科大学老年内科教授) テーマ: なぜ超高齢化社会に漢方は必要か 座 長:横出正之(京都大学病院探索医療センター探索医 療臨床部教授) 演 者:小林弘幸(順天堂大学大学院医学研究科病院管理 学教授・漢方医学先端臨床センター長) 共 催:第54回日本老年医学会学術集会/株式会社ツムラ 日 時: 2012年7月14日(土)14:30∼17:45予定 会 場:京都リサーチパークサイエンスホール 代表幹事:山口英明(公立陶生病院副院長) 共 催:日本小児漢方交流会/株式会社ツムラ ●お詫びと訂正  36巻1号にて下記の誤りがございました.ここにお詫びして 訂正いたします. p.46(46),図5の横軸「小腸通過時間(分)」を削除.

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(83)173 第53回日本心身医学会総会ならびに学術講演会 ワークショップ 第63回日本東洋医学会学術総会サテライトシンポジウム 第28回臨床東洋医学研究会 第111回日本皮膚科学会総会 ランチョンセミナー 日本麻酔科学会第59回学術集会 共催セミナー 第63回日本東洋医学会学術総会 ランチョンセミナー 第54回日本老年医学会学術集会 高齢者の漢方実践セミナー 第12回日本小児漢方懇話会 36-2_表紙.indd 1 12.4.21 2:08:28 PM

(3)

本誌記事は執筆者の原著に基づいており,記事の一部に医療用漢方製剤の承認外の記載が含まれています.医療用漢方製剤の使用にあたっては,各製剤の添付文書などをご覧い ただきますようお願い申し上げます. 脳主幹動脈閉塞に伴う広範脳 塞に対する五苓散の使用経験 69 田中 達也 伊万里有田共立病院脳神経外科,他 曲直瀬玄朔  秋葉 哲生 あきば伝統医学クリニック 47 高齢者の大腸内視鏡検査前処置における麻子仁丸併用の有効性 60 上垣 正彦 医療法人アンリー・デュナン会深川第一病院内科 かぜ症候群に伴う持続性咳嗽に対する神秘湯の有効性の検討 63 小林  中 財団法人慈愛病院内科 副腎皮質ホルモン剤投与が困難であった突発性難聴症例に対する漢方薬(五苓散,柴苓湯) の治療経験 74 東谷 敏孝 岡本病院耳鼻咽喉科,他

Change in cytokine levels after administration of saikokaryuukotsuboreito or testosterone in patients with symptoms of late-onset hypogonadism

加齢男性性腺機能低下症候群患者に対する柴胡加竜骨牡蛎湯

またはテストステロン投与後のサイトカイン濃度の変化 

58

村  晃 大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学(泌尿器科)准教授 がん領域における漢方薬の使い方と最新知見 79 (第28回和漢医薬学会学術大会ランチョンセミナー) 日本発―農・薬・医の連携新時代(第21回漢方治療研究会) 急性期における漢方治療の応用 (第39回日本救急医学会総会・学術集会) 小児外科医の漢方治療 (第16回日本小児外科漢方研究会/PSJM2011) 漢方を科学する(第20回日本脳神経外科漢方医学会学術集会) 漢方薬によるがん転移の抑制とそのメカニズム (第26回日本女性医学学会学術集会ランチョンセミナー8) 癌化学療法に伴う副作用に対して,漢方薬の効果を検証する (第49回日本癌治療学会学術集会ランチョンセミナー20) がん治療における漢方薬の役割 (第73回日本臨床外科学会総会関連会合・第21 回外科漢方研究会) 68 83

過活動膀胱(OAB)の発症メカニズムと牛車腎気丸による改善効果 

48

西沢  理 信州大学医学部泌尿器科学教授

臨床研修指定・地域中核病院として漢方治療を包括ケアに活かす試み 

52

三豊総合病院(香川県観音寺市) 2012. Vol.36 No.2 ● Clinical Research ● Papers 海外論文紹介 ● 医人群像28 ● Case Report ● Conference Report

● Science of Kampo View

● シリーズ地域医療と漢方

● 投稿規定 ● Information

(4)

学術集会のテーマは

「認知症―臨床知と脳科学の融合」

− 2012年10月26 ∼ 28日にかけて,つくば国際会 議場を舞台に第31回日本認知症学会学術集会が 開催されます.朝田先生はその会長を務められ ますが,今回のテーマをお教えいただけますか. 朝田 本学会は

1982

年に「老年期脳障害研究会」と してスタートし,

2005

年に現在の名称に改められま した.本来は基礎研究中心だったため,当初は基礎研 究者の会員が多かったのですが,社会的に認知症専門 医が要請されるようになって井原康夫理事長(第

3

代) 時代に軌道修正が行われました(現在は森啓理事長・ 第

4

代).その結果,臨床医も加わり会員数は増加しま したが,依然として本学会の本流は基礎研究にありま した.それから数年が経過し,現在まさしく臨床知見 と基礎研究の緊密な連携が求められています.そこで 学会テーマに「認知症―臨床知と脳科学の融合」を 掲げました. 認知症は今や

80

84

歳の約

15

%,

85

歳以上では

30

%近くが発症するとされ,単に高齢者によくみられ  今,わが国は未曽有の高齢社会に入り,年を追うごとに認知症患者が増えている.医学界のみならず 国および地域行政,社会システムの各層で認知症の早期発見,早期治療,質の高いケア確立への取り組 みがスタートしている.朝田 隆先生は厚生労働省「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェク ト」の委員を務め,本年開催される第31回日本認知症学会学術集会会長の任に当たられる.今号の特集 に際して認知症・BPSD治療の最新動向と喫緊の課題を大局的視野から解説していただいた. る脳神経疾患という範疇を超えて,家族や地域社会, 経済へと大きな影響を与えるようになっています.そ の約

7

割はアルツハイマー病(

AD

)ですが,認知症治 療へのアプローチには

3

つのポイントがあげられます. まず

1

つ目は,根本治療につながる基礎研究を進め

(4)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

94

これからの認知症医療の課題

総 説

総 説

 今,わが国は未曽有の高齢社会に入り,年を追うごとに認知症患者が増えている.医学界のみならず 国および地域行政,社会システムの各層で認知症の早期発見,早期治療,質の高いケア確立への取り組 みがスタートしている.朝田 隆先生は厚生労働省「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェク ト」の委員を務め,本年開催される第31回日本認知症学会学術集会会長の任に当たられる.今号の特集 に際して認知症・BPSD治療の最新動向と喫緊の課題を大局的視野から解説していただいた. 図1 第31回日本認知症学会学術集会ポスター 36-2_p04-10_総説-朝田先生kp.indd 4 12.4.21 0:48:34 PM

(5)

流れになっていくと思います(図2).

現在わが国では,

AD

の臨床研究である

J-ADNI

Japanese Alzheimer s disease neuroimaging

initia-tive

,主任研究者・岩坪 威)が進行中です.

ADNI

は米 国で始まった研究です.新しい認知症の治療薬を開発 するために,多くの被験者の定期検診を通して基本と なる評価基準を創ることを意図して進められていま す.たとえば糖尿病には血糖値という確かなマーカー があるように,

AD

にも客観的なマーカーが必要です.

A

β蛋白の蓄積は認知症の有力なマーカー候補の

1

つ ですが,

AD

の病態や進行状況を必ずしも忠実に反映 しているわけではありません.現在のところ最も普遍 的なマーカーは

MRI

画像検査による脳の萎縮所見と 考えられています.

J-ADNI

では

MRI

画像により脳萎縮の進行を検出 し,ブドウ糖

PET

スキャンにより脳の代謝活動を評価 し,またアミロイド

PET

により

A

β蛋白の蓄積を推定 します.さらに脳脊髄液や血液による

AD

関連物質の 測定,さまざまな臨床・心理検査による記憶などの評 価も行っています.全国で

600

人の被験者(健常者

150

人,

MCI 300

人,軽症

AD

患者

150

人)を対象に

2

3

年間の追跡調査を行っており,すでに約

8

割の評価が 終了しています.これを解析すれば日本人

AD

の標準 ることです.次に臨床では,トランスレーショナルな 取り組みのみならず,認知症のリスク因子とされる高 血圧,脂質異常症,糖尿病などの生活習慣病との関係 の解明が重要になってきている点です.

3

つ目のポイ ントとしては,認知症患者の生活機能障害に対するケ アへの視点です.医療者の経験と勘にもとづくケアか ら,脳科学を応用したケアへの脱皮が求められており, 今回の学術集会ではこれらの課題を見渡せる特別講演 やシンポジウムなどの準備を進めています(図1).

J-ADNI臨床研究―日本人のAD

スタンダードを解析

− ADの早期診断の現状についてご教示ください.

朝田 米国では軽度認知障害(

mild cognitive

impair-ment

MCI

)の前段階での早期診断が提唱されてお り,米国国立老化研究所とアルツハイマー病協会も診 断基準を改訂しています.

MCI

の前段階,

preclinical

の段階ですでにアミロイドβ

A

β)蛋白の蓄積やタウ 蛋白による神経原線維変化などが始まっていることが 明らかになり,今後,日本でもこのような早期診断の

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(5)95

1982年東京医科歯科大学医学部卒業,同大神経科,市立甲府病院神経内 科勤務.84 年山梨医科大学精神神経科助手.88 年英国オックスフォード 大学老年科留学.89年山梨医科大学精神神経科講師.95年国立精神・神 経センター武蔵病院精神科医長.2000 年同リハビリテーション部部長. 01年筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学教授.現在に至る. 研究テーマ:アルツハイマー病を中心とする認知性疾患の遺伝子研究 とプロテオミクス研究.所属学会:日本老年精神医学会,日本老年医学 会,日本認知症学会,日本生物学的精神医学会,日本神経精神学会など の理事を歴任.2012 年,第 31 回日本認知症学会学術集会会長を務める. 筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学 教授 第31回日本認知症学会学術集会 会長

Asada Takashi

朝田 隆

総 説

1982年東京医科歯科大学医学部卒業,同大神経科,市立甲府病院神経内 科勤務.84 年山梨医科大学精神神経科助手.88 年英国オックスフォード 大学老年科留学.89年山梨医科大学精神神経科講師.95年国立精神・神 経センター武蔵病院精神科医長.2000 年同リハビリテーション部部長. 01年筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学教授.現在に至る. 研究テーマ:アルツハイマー病を中心とする認知性疾患の遺伝子研究 とプロテオミクス研究.所属学会:日本老年精神医学会,日本老年医学 会,日本認知症学会,日本生物学的精神医学会,日本神経精神学会など の理事を歴任.2012 年,第 31 回日本認知症学会学術集会会長を務める. 筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学 教授 第31回日本認知症学会学術集会 会長

Asada Takashi

朝田 隆

36-2_p04-10_総説-朝田先生kp.indd 5 12.4.21 0:48:36 PM

(6)

的な患者像を作ることができ,新しい治療薬の評価や 早期診断基準づくりに役立つと期待されています.

AD治療薬4剤の持ち味を

どう活かしていくか

− 2011 年にAD治療薬としてガランタミン,リバ スチグミン,メマンチンが相次いで承認されま した.既存のドネペジルに加えて 4 剤となりま したが,治療にどのような実りをもたらすので しょうか. 朝田 今回,日本でも

AD

の薬物治療選択肢が増えた ことは,なによりも患者さんや家族,そして医療関係 者,ケアに関わる人々にとり朗報です.しかしまず理 解すべきことは,これらは進行を抑える対症薬であり, 認知症自体が治癒するわけではないということです. 各薬剤はそれぞれ持ち味が異なりますので,個々の患 者さんの特性やステージを勘案しながら,どの薬剤を 選択すべきか,また併用すべきかのエビデンスをこれ から出していくことになります. 薬理学的研究から,アセチルコリン(

ACh

)が記憶や 判断,思考などに重要な働きをすることが解明されて います.ガランタミンとリバスチグミンは,ドネペジ ル(図3)と同様に

ACh

を分解するアセチルコリンエ ステラーゼ(

AChE

)阻害作用があります.

AD

の患者 さんの脳では

ACh

が減少していますから,

ACh

の分 解を抑制し,その濃度を高めることが治療に有効とさ れています. ガランタミンはこの

AChE

阻害作用に加え,

ACh

が 結合するニコチン性

ACh

受容体の感受性を高める作 用を有しており(図4),リバスチグミンは

AChE

と同 様に

ACh

を分解するブチリルコリンエステラーゼ (

BuChE

)の阻害作用があります(図5).日本で承認さ れたリバスチグミンは経皮吸収型のパッチ剤で,嚥下 機能が低下しているケースでも介護者が直接貼布で き,服用不能な状況でのコンプライアンスの向上が期 待されています.この

2

剤は薬理特性からみて,従来 のドネペジルで十分な効果がみられなかった例にも効

(6)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

96

図2 バイオマーカーによる認知症の進行状況

Aβ蓄積,シナプス機能障害,タウ蛋白の増加による神経原線維変化,脳萎縮などがpreclinicalの段階で進行していることが明らかになり,超早期から認 知症の診断・介入を行うことが可能になると考えられている.

Sperling RA, et al.Alzheimers Dement. 2011, 7(3), p.280-292より

(7)

果を示す可能性があります. メマンチンは,ほかの

3

剤と異なり

NMDA

N-methyl-D-aspartate

)受 容 体 の 拮 抗 作 用 があります(図 6).

NMDA

受容体は興奮性神経伝達物質であるグルタミ ン酸の受容体の

1

つで,多くは大脳皮質や海馬に存在 し,記憶に関わる中心的役割を担っています.

AD

で は,シナプス間 のグルタミン酸濃度が持続的に上昇 し,シナプティックノイズ(シナプス後膜の電位変化) が増大するため,記憶を形成する神経伝達シグナルが 隠されてしまい,記憶や学習機能が障害されてしまう と考えられています.それに加え

A

β

NMDA

受容体 のグルタミン酸認識部位に結合して細胞内に

Ca

2+ 過剰流入し,神経細胞が傷害されます. メ マ ン チ ン は

NMDA

受 容 体 に 拮 抗 し て シ ナ プ ティックノイズを抑制し,過剰な

Ca

2+流入を抑え神 経細胞の傷害を抑制します.したがって,他の

3

剤と 作用機序が異なることから

3

剤と併用が可能ですが, そのタイミングをどの段階にすべきかなどは,これか らエビデンスを出していかなければなりません.日 本ではまだ併用報告がそれほどありませんが,海外で は中等度以上の

AD

でドネペジル+メマンチン併用 群とドネペジル単独群を比較した結果,単独群より併 用群で治療成績がよいという報告もあります.しか し,日本人の場合,欧米人とは異なる薬物代謝などの 問題が出現する可能性も考えられますので,今後の検 討課題です.

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(7)97

図4 ガランタミンの作用機序 ドネペジルと同じ AChE 阻害作用に加え,ACh が結合するニコチン 性ACh受容体の感受性亢進作用を持つ.また,シナプスの前膜と後 膜のニコチン性ACh受容体のACh結合部位と異なる部位に結合し, シグナル伝達の感受性を亢進させる作用がある. (朝田 隆) 図3 ドネペジルの作用機序 アセチルコリン(ACh)の加水分解酵素であるアセチルコリンエステ ラーゼ(AChE)を可逆的に阻害し,AChの分解を抑制する.その結 果,脳内での ACh 濃度を高め,コリン作動性神経の神経伝達を促進 する. (朝田 隆)

総 説

36-2_p04-10_総説-朝田先生kp.indd 7 12.4.21 0:48:40 PM

(8)

精神科・神経内科と一般診療科

の連携が急務

− 認知症の現実的な臨床的課題についてお聞かせ ください. 朝田 日本社会は予想以上の早さで高齢化が進行中 で,それに伴い認知症の患者さんが急増しており,こ れからも確実な増加が予想されます.厚生労働省の 統計では患者数が二百数十万人とされていますが,現 実にはもっと多いという声も聞かれます.そこで社 会の経済的な負担やマンパワーがより必要とされて いますが,一方では少子化が進んでいるという現実を 抱えています.今後,この状況にどう対処していくか が根本課題です. 今,社会の各層で認知症対応への取り組みが始まっ ていますが,臨床としてはその入り口となる「もの忘 れ外来」や,かかりつけ医と診断および治療の中核と なる認知症専門医との役割分担を明確にし,

MCI

の段 階で早期治療に結びつける各地域の病診連携の体制作 りが重要です.可能な限り低コストでより有効なシス テムを構築し,社会の隅々まで供給できるような体制 づくりが望まれます.

(8)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

98 図6 メマンチンの作用機序 グルタミン酸(興奮性神経伝達物質)受容体の 1 つである NMDA (N-methyl-D-aspartate)受容体拮抗作用を持つ.ADではシナプス 間 のグルタミン酸濃度が持続的に上昇し,シナプティックノイズ (シナプス後膜電位変化)が増大して神経伝達シグナルを隠し,記憶・ 学習機能を障害する.また,AβがNMDA受容体のグルタミン酸認 識部位に結合し細胞内に Ca2+が過剰流入して神経細胞を傷害する. メマンチンはNMDA受容体に拮抗しシナプティックノイズを抑制, 過剰なCa2+流入を抑える. (朝田 隆) 図5 リバスチグミンの作用機序 AChE阻害作用に加え,ブチリルコリンエステラーゼ(BuChE)阻害 作用を持つ.BuChE はグリア細胞や血管内皮細胞にも発現する. ADの進行に伴い神経細胞が脱落しAChE活性が低下する一方で,グ リア細胞は増生し BuChE 活性が上昇する.リバスチグミンは BuChEを阻害し,シナプス間 のACh濃度を上昇させる. (朝田 隆) 36-2_p04-10_総説-朝田先生kp.indd 8 12.4.21 0:48:41 PM

(9)

特に一般診療科と認知症を専門とする精神科や神経 内科などとの連携が求められており,

2008

年に実施し た厚生労働省「認知症の医療と生活の質を高める緊急 プロジェクト」の調査では一般診療科で診ている認知 症患者さんに問題行動(

BPSD

)が起きた場合,緊急に 精神科に入院してもらうという措置がほとんど取られ ていない現状が浮き彫りになりました. また,認知症患者が重篤な癌,心筋 塞,脳 塞など を合併している場合では精神科から一般診療科への転 院措置が必要です.糖尿病や脂質異常症,あるいは高 齢者によく見られる大 骨頸部骨折などの合併症は精 神科でも対処できますが,重篤な疾患はやはり専門医 に委ねざるを得ません.精神科も一般診療科もお互い に診てほしい疾患や病態があり,緊密な連携は急務の 課題となっているのです.

終末期の倫理的問題,

入院期間,ケアの重要性

− 現在,認知症医療のなかで特にクローズアップさ れるトピックスをお教えください. 朝田 認知症患者の終末期には意思疎通や嚥下が困 難になります.先日,日本老年医学会でも話題になり ましたが,誤嚥性肺炎予防や栄養補給の目的で広く行 われている胃瘻を認知症の患者さんに行うか否かが問 題となっています.わが国ではこういう例が

30

40

万例あります.認知症の患者さんの場合,どこまで延 命するのか,本人の生への意思がどこまであるかわか らないということが大きな問題です. オランダなどでは安楽死が法制化され,このような 生は生とは言えないというクリアな結論が出されてい ますが,日本では,一秒でも長く生存させることが暗 黙の前提とされてきました.認知症の場合は患者さん 自身の意思を確かめられませんので,まず家族が考え なければなりませんが,身内の問題となれば多くは胃 瘻をつける状況にあります.医師も従来の価値観だけ ではこうした状況を受け入れざるを得ず,きわめて難 しい倫理的課題として,今後さらにクローズアップさ れてくるでしょう.  また,認知症患者の入院期間について,

2011

年,厚 生労働省の有識者検討会は,精神科病棟への入院期間 が長期化しているとして(

2008

年調査:半数退院まで

6

カ月),

2020

年度までに半数を

2

カ月以内に退院させ るという目標を定めています.今後,患者さんが地域 の施設や自宅で療養できるように,その受け皿づくり が急がれています.  さらに認知症の場合,特に中期を過ぎてからは薬物 治療よりリハビリテーションやケアのほうが患者さん の

QOL

にとって重要になります.従来のケアはいわ ば名人芸で,勘や経験に依存していて,科学的にケア をするという考え方が足りませんでした.  最近の厚生労働省の厚労科研研究で全国からケアの 上手な人を

20

人ほど招き,想定されるすべてのトラブ ルに関して,

1

つひとつを上手に収束させるアプロー チを実演していただき,それをすべて動画に収める試 みがあります.この研究の目的の

1

つは,ケアを科学 するため,今あるケアの智恵を収集し,わが国の認知 症ケアのガイドラインを示すことにあります.認知症 患者が大幅に増える前に,ケアの理論的基盤を作って おきたいという意図です.  これまでケアは看護師やケアワーカー,家族の仕事 であり,医師はあまりかかわらないという風潮があり ましたが,これは正されなければなりません.医師も 全力を傾けて取り組むべきテーマなのです.

BPSDでは介護者(家族)への

支援という視点を持つ

− 認知症ではBPSDが家族を悩ませますが,その基 本について教えてください. 朝田 認知症に伴うさまざまな症状のうち,最も家族 や介護者の負担となり対応に苦慮,あるいは患者さん への虐待を誘発しやすい要因が

BPSD

です.

BPSD

を 最初に提唱したのは国際老年精神医学会で,行動症状 と心理症状の

2

つに大別されます.行動症状には①焦 燥・不穏や 徊などの活動的な障害,②攻撃性,③食 欲・摂食障害,④概日リズム障害,⑤社会的に不適切 な行動があり,心理症状には ①うつ症状など感情の障

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(9)99

総 説

(10)

害,②アパシー,③妄想性誤認症候群,④幻覚などが あげられています.  認知症になっても人の役に立ちたい,認めてもらい たい,自由に生活したいという人間本来の欲求になん ら変わりはありません.ところが記憶力や判断力,注 意力などの認知機能の悪化により,本人の真意とは裏 腹に

BPSD

症状が現われてきます.また

BPSD

は認知 症の進行とともに変化していき,軽度であれば家族や 介護者の察しと心配りで治まりますが,重度になると, 大脳障害のストレートな表現としての

BPSD

が多く なってきます(図7).  そのため,家族や介護者には患者さんの生理的レベ ルでの欲求や快適さへの配慮が必要となり,便秘や 痛の不快さが一向に改善しなければ,結果として攻撃 性や 徊などが現われてきます.このように,

BPSD

対応の基本は,患者さんの大脳障害(軽度∼重度)と家 族や介護者の対応(感情面・身体面)という側面に配慮 しなければなりません.  認知症医療の根本課題は,患者さんと家族に平穏な 生活をもたらすことにあります.今,医療関係者に求 められるのは在宅介護の大変さを理解し,介護者(家 族)への支援という視点を持つことです.そのうえで 家族の協力を得て,環境調整および非薬物療法を行い ますが,それでも症状が落ち着かない場合,薬物療法 の適応となります.  薬物療法の中心となる抗精神病薬(定型,非定型)は, 錐体外路症状など活動性を低下させて転倒リスクを高 める恐れがあります.その反面,安全性の高い抑肝散 は専門医の間で広く使われており臨床研究も増えてい ることから注目が集まっています.私は特に不安や焦 燥に対して,少量の抗不安薬でもふらつきや眠気が目 立つ場合に抑肝散を使用しており,特に幻覚や妄想, 攻撃性に対して有効だと思います.  現在,世界的に認知症の増加が指摘されるなかで, 幸いにも日本だけが抑肝散を用いることができます. 私たちに与えられた医療資源を有効に活かし,患者さ んの

QOL

,また家族,介護者のためにさらに前進した いと思います.

(10)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

100

図7 BPSDスペクトラム

(朝田 隆.老年精神医学雑誌.2009, 20(増刊号), p.95-102より)

(11)

特集

2012年の認知症・BPSD治療戦略

BPSDは神経伝達物質の

不均衡が関与

認 知 症の中核 症 状とは認 知 症 で必ず出現する中心的な症状で, 記憶障害と高次皮質機能障害によ る失語,失認,失行,実行機能障害 などの症状を指します.一方,周辺 症状(

BPSD

)とは,その人が本来 もっている性格や周囲の人との関 わりなどが影響しあって起きる症状 で,幻覚,妄想,抑うつ,不安,睡眠 障 害,攻 撃 性, 徊,不 穏,焦 燥, 無気力などの多彩な症状がみられ ます.

BPSD

は脳障害部位のみな らずその人の置かれている環境や 人間関係によっても異なり,出現す る人と出現しない人がいます.

BPSD

は患者さん自身だけではな く,患者さんのご家族や介護者へ の負担が大きく,臨床や介護にお いて問 題になることも多いため治 療で重きをおかれることがあります.

BPSD

の原因には,①遺伝的な要 因,②神経生物学的な要因,③心 理学的な要因,④社会的な要因が あり,実際にはこれらの要因が複合 的に関係しあって発症します(表 1). 脳内にはセロトニン(

5-HT

),アセ チルコリン(

ACh

),ドパミン(

DA

), ノルアドレナリン(

NA

),グルタミン酸 (

Glu

)などの神経伝達物質があり, 正常な神経活動が行われるには 脳細胞内外のこれらの神経伝達 物質の濃度が一定程度にバランス よく維持されていることが必要で す.これらの神経伝達物質濃度の 過剰な上昇または低下は,集中力 や意欲,抑うつ,運動機能などさ まざまな精神神経活動に影響をお よぼすことになります.アルツハ イマー病(

AD

)の発症に伴って脳 内の神経伝達物質にも変化や異常 が生じており,

BPSD

にはこれら の神経伝達物質の不均衡が大きく 関与しています(表2).

AD

患者の脳内では

ACh

濃度が 減少した結果,記憶障害や高次皮 質機能障害(認知機能障害)が生 じ,認知症が発症するという「コリ ン仮 説」と呼ばれるメカニズムが 広く知られています.

ACh

を分解 する酵素であるアセチルコリンエ ステラーゼ(

AChE

)の働きを阻害 することができれば,

ACh

の減少 を防ぐことが可能です.現在用い られている認知症治療薬は,この コリン仮説に基づいたアセチルコリ ンエステラーゼ阻害薬(

AChE-I

) が主流となっています.現在,

AD

を中心とした認知症の治療薬とし ての

AChE-I

は,ドネペジルを含め た

3

剤(リバスチグミン,ガランタミ ン)が保険適用となっています.

BPSD

に対しては

2005

年頃か ら抑肝散の効果が注目されはじめ,

遠藤 英俊

国立長寿医療研究センター内科 総合診療部長

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(11)101

BPSD

治療における

抑肝散とメマンチンのメカニズム

メカニズム

メカニズム

 アルツハイマー型認知症の精神症状の発現には,グルタミン酸神経系の異常も関与しているとされる.グ ルタミン酸神経系に作用する治療薬には,2011年にアルツハイマー型認知症治療薬として臨床導入された メマンチンがある.ここでは遠藤英俊先生にグルタミン酸神経系に作用する抑肝散とメマンチンの作用メ カニズムならびにBPSDへの臨床応用について解説いただいた. 36-2_p11-16-メカニス ム_遠藤先生kp.indd 11 12.4.21 0:53:32 PM

(12)

広く活用されています.また,

2011

年にアルツハイマー型認知症治療 薬として臨床導入されたメマンチ ンは,認知機能障害だけでなく, 興奮や暴言,不穏などに対する効 果が認められており

BPSD

への有 効性が期待されています.

グルタミン酸濃度の

是正がカギ

認知症の症状発現に関与する神 経伝達物質のなかで,特に精神症 状の発現に関与するものとしてグル タミン酸(

Glu

)があり,

Glu

神経系 の障害が

BPSD

の興奮,攻撃性の 症状に大きく影響していることが 推察されるようになってきました.

Glu

は興奮性神経伝達物質で, 脳の約

70

80

%の神経細胞が

Glu

を神経伝達物質として用いて います.

Glu

は認知,記憶,学習な どの高次機能から運動制御に至る までほとんどすべての脳機能に関 与しているメジャーな神経伝達物 質です.神経細胞内に

Glu

が存在 することで正常な神経機能が働き ますが,細胞外の

Glu

濃度が過剰 に上昇することによって

Glu

は非 常に強い毒性の物質となります. 細胞外

Glu

濃度が過剰に上昇す ることで神経細胞死を引き起こす ことを

Glu

興奮毒性と呼んでいま す.

AD

患者の剖検脳では神経細 胞の

Glu

の取り込み機能の低下が 認められ,さらに脳脊髄液中の

Glu

濃度,つまり細胞外液中の濃 度の上昇が認められています.

Glu

の主要な受容体である

NMDA

受容体*は,大脳皮質や海馬に多数 存在することがわかっています.

AD

の原因物質とされるアミロイ ド

β

は大脳皮質や培養神経細胞に 対する

Glu

興奮毒性を増強させ,

NMDA

受容体の

Glu

結合部位に 結合して,

NMDA

受容体チャネ ルから

Ca

2+を細胞内に流入させる ことにより,神経毒性を誘発して いる可能性が指摘されています. したがって,

BPSD

治療には細胞 外(シナプス間 など)において

Glu

濃度を低下させることが重要 なポイントになります. * NMDA(N−メチル−D−アスパラギン酸) 受容体 グルタミン酸のイオンチャネル型受容体に は,リガンドの違いによってNMDA受容 体,AMPA(α−アミノ−3−ヒドロキシ−5− メチル−4−イソオキサゾールプロピオン 酸)受容体,カイニン酸受容体がある. なかでも特にNMDA受容体はグルタミ ン酸と結合することにより,開口した チャネルを介して細胞外からCa2+が流 入し,細胞内Ca2+濃度の過剰な上昇に よって神経毒性が生じる.

グルタミン酸神経系に

作用するメマンチン

メマンチンはドイツの

Merz

社が 創製した

NMDA

受容体拮抗を作

(12)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

102 表 1 BPSDの原因 ① 遺伝的な要因 セロトニン(5-HT)受容体サブタイプなどの神経伝達 物質の受容体の遺伝子多型(遺伝子異常),タウ突然変 異の家系など ② 神経生物学的な要因 脳領域(海馬傍回,海馬の CA1 領域,背側縫線核,青 斑核など)における神経細胞数の減少 ③ 心理学的な要因 病前性格(猜疑的,攻撃的,支配行動をとりがち,神経症 的な性格が強い),ストレスに対する反応の仕方など ④ 社会的な要因 社会的役割や転居などの環境の変化,介護者の特性(介 護者がひどく疲れていたり,介護者との人間関係が不良 な場合)など 国際老年精神医学会(著),日本老年精神医学会(監訳).BPSD痴呆の行動と心理症状.2005. アルタ出版株式会社より

遠藤 英俊

国立長寿医療研究センター内科 総合診療部長 Endo Hidetoshi 36-2_p11-16-メカニス ム_遠藤先生kp.indd 12 12.4.21 0:53:32 PM

(13)

用機序とするアルツハイマー型認知 症の治療薬です.

2010

9

月現在, 欧 州,米 国を含む

70

カ国で主に 「中等度から高度のアルツハイマー 型認知症」を適応として承認されて おり,日本では

2011

1

月に国内 製造販売承認が得られています. 認知症に関与すると考えられる細 胞外

Glu

濃度の上昇には,

NMDA

受容体の過剰な活性化が関係して いることが推測されますが,メマ ンチンは

NMDA

受容体を阻害す ることによって受容体の機能異常 を抑制するとされています.

AD

では細胞外(シナプス間 ) の

Glu

濃度が上昇することで,シナ プス後膜の電位が上昇します.この 条件下では,静止時の

NMDA

受 容体のオープンチャネルに存在する マグネシウムが 解 離し,開 口した チャネルを介して細胞外から

Ca

2+ が流入し細胞内の

Ca

2+濃度が上 昇します.それによって記憶や学習 障害にかかわる細胞障害やシナプ ティックノイズ**が引き起こされます. メマンチンを投与するとマグネシ ウムの代わりにチャネル内に止ま り,

Ca

2+ の細胞内への流入をブロッ クします.メマンチンは

Glu

の興奮 毒性やシナプティックノイズを抑制 して記憶・学習機能と

BPSD

を改 善すると考えられています. ** シナプティックノイズ(シナプス後膜の 電位増大に基づくノイズ) 細胞外Glu濃度の上昇に伴う持続的な NMDA受容体の活性化により,シナプ ス後膜の電位が増大し,ノイズが発生す る.そのような状態では正常な情報伝 達がノイズに隠れて伝わりにくくなる. メマンチンはシナプティックノイズを 解消し,シナプス可塑性を正常化させて 認知機能を改善させると考えられる.

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(13)103

表2 アルツハイマー型認知症患者の中枢神経系にみられる変化 アセチルコリン作動系 • コリン作動性神経系の重度の障害 • コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT:ACh合成酵 素)活性の低下 • マイネルト基底核(AChの起始核)での神経細胞数の減少 ドパミン(DA)系 • ホモバニリン酸(DAの代謝産物)の尾状核における低下 (認知機能障害との強い正の相関) • AD患者の25%にDA欠乏に関連したパーキンソン病様 の症状がみられる ノルアドレナリン (NA)系 • 青斑核(NA作動性神経を多数含む神経核)における神経 細胞数の減少 • 新皮質などの脳領域におけるNA濃度の低下による抑う つ症状や大うつ病性障害の出現率の上昇 セロトニン(5-HT)系 • 脳の複数の領域における5-HT濃度の有意な低下 • 精神症状のある AD 患者の前鉤状回における 5-HT 濃度 の低下 • 5-HT作動神経系の異常により,抑うつ気分,不安,焦燥, 不穏,攻撃性などの症状を発現する可能性 グルタミン酸(Glu)系 • 神経細胞外液中のGlu濃度上昇による神経細胞障害作用 (Glu興奮毒性の発現) • Glu 興奮毒性による神経細胞死と種々の神経機能異常, 精神神経疾患発症の可能性 国際老年精神医学会(著),日本老年精神医学会(監訳).BPSD痴呆の行動と心理症状.2005. アルタ出版株式会社より

メカニズム

●抑肝散のグルタミン酸(Glu)神経系に対する効果 ① 神経細胞終末からのGlu放出の抑制 ② アストロサイトにあるGluトランスポーターを活性化し,細胞外液で増加し たGluの取り込みを増強 その結果,シナプス間 などの神経細胞外液のGlu濃度の上昇を抑制する ③ Glu興奮毒性に対してラジカルスカベンジャー***の産生による酸化ストレ ス抑制機構の働きにより神経保護作用 ●抑肝散の5-HT(セロトニン)神経系に対する効果 ① 5-HT受容体(5-HT1A)に対するパーシャルアゴニスト作用(神経細胞機能異 常の調整) ② 5-HT2A受容体のダウンレギュレーション作用(受容体数を減らす作用) 表3 抑肝散の神経伝達物質を介したBPSDに対する改善効果 ***ラジカルスカベンジャー 活性酸素や過酸化脂肪酸に由来するフリーラジカルを補足する物質で,その多くは酸化を抑制する 作用を示す抗酸化物質とみなされる. (遠藤英俊) 36-2_p11-16-メカニス ム_遠藤先生kp.indd 13 12.4.21 0:53:33 PM

(14)

グルタミン酸とセロトニ

ンに作用する抑肝散

抑肝散の効能効果は,「虚弱な体 質で神経がたかぶるものの次の諸 症:神経症,不眠症,小児夜なき, 小児疳症」とされていますが,脳 の興奮を抑える作用があることか ら

BPSD

に使用されるようになり, 効果をあげています.抑肝散の

BPSD

に対する臨床効果について は,近年,数多く報告されており, 神経伝達物質を介した

BPSD

に対 する改善作用のメカニズムも明ら かにされつつあります. 抑肝散の

BPSD

に対する作用に は今わかっているものとして,

Glu

神経系と

5-HT

神経系の

2

つがあ ります(表 3).メマンチンと抑肝散 は,

Glu

神 経 系に対して作 用する 点では同じですが,それぞれのメ カニズムは大きく異なります(図1). 前 述 の よ う に メ マ ン チ ン は,

Glu

の受容体である

NMDA

受容 体のチャネルをブロックすること で,細胞外にある

Ca

2+の細胞内へ の流入を抑制して効果を示します. 一方,抑肝散の

Glu

神経系に対す る作用は,アストロサイトの

Glu

トランスポーターを活性化させて, 細胞外液中に過剰に増加した

Glu

をアストロサイトに取り込み,正 常な状態に近づける働きが中心と なります.抑肝散は細胞外の

Glu

濃度の持続的上昇を是正し,細胞 外

Ca

2+の細胞内への過剰な流入 を抑制して

Glu

興奮毒性を抑制し ます.

NMDA

受容体の遮断は生理学 的な

NMDA

受容体機能を損なう 可能性は否定できません.しかし, 抑肝散が示すトランスポーターの 活性化には,過剰な細胞外(シナ プス間 )

Glu

濃度の持続的な上 昇を抑制し,正常レベル以下にま

(14)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

104

図1 グルタミン酸神経系における抑肝散とメマンチンのBPSDに対する作用 (遠藤英俊)

(15)

で下げることはないため大きなメ リットがあります.また,細胞外 の

Glu

濃度を是正する抑肝散には,

NMDA

受 容 体 だ け で は な く 非

NMDA

受容体を介した神経細胞 障害を抑制するという利点もある と考えられます. 一方,抑肝散の

5-HT

を介した

BPSD

に対する作用は,現在,

2

つ の作用メカニズムが明らかになっ ています(図2).

1

つは

5-HT

受容 体(

5-HT

1A)に対するパーシャル アゴニスト(部分作動)作用で,脳 内の

5-HT

量が減少している時に はセロトニン作用を作動させ,逆 に

5-HT

量が過剰になるとセロト ニン作用を遮断します.もう

1

つ は,

5-HT

2A受容体に対するダウン レギュレーション作用(受容体数 を減らす作用)です.興奮に働く

5-HT

2A受 容 体 を 減 ら す こ と に よって,

5-HT

2A受容体を介する伝 達を抑制し,興奮や攻撃行動が改 善されるのです. このように抑肝散は1つの作用 のみで効果を発揮するのではなく, 複数の作用が積み重なって相乗的, 相加的に効果を示し

BPSD

を改善 していると考えられます.

患者の病態に応じた臨床

での使用

メマンチンの使用では,効果の 発現時期や合成薬としての特徴 をよく理解し,たとえば傾眠など の副作用を十分考慮しながら患 者さんの状態を観察し,投与する 必要があると思います.認知機 能の改善やさらなる作用を期待 するときにメマンチンを選択し,

BPSD

で困ったときには抑肝散を 選択するといった使い分けが考 えられます. 抑肝散の使用では,低カリウム 血症の副作用に注意する必要があ りますが,その他に問題となるよ うな強い副作用はほとんどみられ ません.

BPSD

で攻撃行動などを 示す患者さんが穏やかになるなど の効果があり,臨床家にとって使 いやすい薬剤といえるでしょう. メマンチンと抑肝散は同じ

Glu

神経系に作用する治療薬ですが, Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(15)105

メカニズム

図2 セロトニン神経系における抑肝散のBPSDに対する作用 水上勝義. 漢方医学. 2010, 34(2), p.68-69より

(16)

そのメカニズムはまったく異なっ ており,作用点が違うため患者さ んの病態によっては併用できる可 能性があります.しかし両者を併 用した結果,メマンチンの副作用 的な症状である傾眠などが増強さ れてしまう可能性が否定できない ことは理解しておく必要がありま す.認知症患者の傾眠は,脱水症 をはじめ骨折や誤嚥性肺炎などの 発症に直結するおそれがあり,両 薬剤の併用には興奮抑制が過剰に ならないような投与方法が求めら れます.抑肝散は効果が「やわら かい」印象がありますので,意欲 を落とし過ぎてしまう心配が少な く,そういった意味でも使いやす い治療薬といえます. 『認知症疾患治療ガイドライン

2010

』(監修:日本神経学会)には, 抑肝散の

BPSD

(睡眠障害,焦燥性 興奮,幻覚・妄想)やレビー小体型 認知症(

DLB

)患者の

NPI

総スコア,

NPI

サブスコアの「幻覚」に対する 効果が記載されています.当ガイ ドラインは

2008

年までのエビデ ンスに基づいて作成されているた め,「エビデンスレベルの高い報告 はないが,抑肝散が有効とする報 告もある」などの記述にとどまっ ていますが,

2008

年以降には抑肝 散について多くの基礎・臨床研究 が報告されています.今までのエ ビデンスの集積に加え今後の研究 の進展により,広く推奨されるこ とが期待されます. 認知症治療では,このような薬 物療法に加え介護や心理療法など の非薬物療法も重要な役割を果た します.認知症の方の気持ちに寄 り添い,プライドを尊重した介護 を行うことで

BPSD

が安定するこ とがあるのです.認知機能の低下 は周囲とのコミュニケーションを 障害するため,対人関係の悪化が 不安や攻撃性などを引き起こすこ とがあります.そのため患者さん が安心して生活を送れる環境を整 えることで

BPSD

が目立たなくな ります.また,若い頃の思い出を 振り返ることで患者さんの自尊心 を回復させる回想法が奏効するこ ともあります.認知症治療には患 者さんのご家族や介護者の認知症 疾患への理解と思いやりが大切で すが,ご家族が負担を抱え込んで しまわないよう留意し,アドバイ スする必要もあります. 現在,アルツハイマー型認知症 の治 療 薬はメマンチンを含めて

4

剤が承認されており,さらに

BPSD

に対する抑肝散など治療の選択 肢が増えています.認知症でみら れるさまざまな認知機能障害や

BPSD

に対する各薬剤のメカニズ ムの違いを理解し,いかにして実 際の臨床に結びつけ,認知症の人 の全人的医療を行うかということ, 特にメマンチンと抑肝散の特徴を 十分把握し,その併用と使い分け を上手に行うことが認知症治療に 携わる臨床家に望まれます(図3).

(16)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

106

図3 BPSD(認知症周辺症状)に対する各種神経伝達物質を介した作用

抑肝散はグルタミン酸とセロトニン神経系へ作用することが示唆されています(マウス, ラット)1,2,3,4,5,6)

1) Takeda A, et al. Nutr Neurosci. 2008, 11(1), p.41-46. 2) Takeda A, et al. Neurochem Int. 2008, 53, p. 230-235. 3) Kawakami Z, et al. Neuroscience. 2009, 159(4), p.1397-1407. 4) Kawakami Z, et al. Eur J Pharmacol. 2010, 626, p.154-158. 5) Terawaki K, et al. J Ethnopharmacol. 2010, 127, p.306-312.

6) Egashira N, et al. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2008, 32, p.1516-1520. 7)福田浩志.メマリー錠.NMDA受容体拮抗アルツハイマー型認知症治療剤.

(遠藤英俊)

(17)

特集

2012年の認知症・BPSD治療戦略

岡原 一徳

けいめい記念病院 副院長 ・ 脳神経外科

認知症は年齢が最大の

リスク

高齢化社会を反映し,わが国の 疾病構造は特に慢性疾患を中心と したボリュームゾーンが確実に高 齢者にシフトしています.その代 表的な疾患が認知症であり,認知 症では加齢が最大のリスクとなっ ています. 当院では,

2007

年から脳神経外 科において,一般患者と認知症患 者を区別しない「もの忘れ外来」を 開設しています(図 1).もの忘れ 外来の初診患者の動向を,

2007

2

月の外来開設時から

2011

12

月までの約

4

10

カ月の間でまと めてみました.受診者総数は

1,328

名(男性

446

名,女性

882

名)で,平 均年齢は約

80

歳です.外来開設当 初の平均年齢は

76

歳でしたが,

1

年に

1

歳ずつ年齢が上昇していま す.初診患者を年代別にみると,

60

歳以上が

1,313

名で

98.8

%にの ぼり,

90

歳代での初診受診もまれ ではありません. 認知症の原因疾患では,アルツ ハイマー病(

AD

)が

713

人(

53.7

%) と最も多く,次いでレビー小体型認 知症(

DLB/PDD

)が

129

人(

9.7

%) であり,軽度認知機能障害(

MCI

) も

94

人(

7.1

%),タウオパチー*

51

人(

3.8

%),血管性認知症(

VaD

) が

49

人(

3.7

%)となっています. 受診者のなかで

MCI

3

番目に 多かったのは,認知症の早期発見 の意義が少しずつ理解されてき た結果と考えています. また,

AD

DLB

VaD

などには, それぞれの疾患に特有の症状がみ られます(表 1).診断には,その 「らしさ」を見つけることが重要 ですが,なかには「らしくない」症 例もありますし,原因疾患が複数 併存する場合もあります.特に老 年期の病態には多様性があること を念頭に置かないと,誤った診断 や治療につながることが懸念され ます. * タウオパチー 脳内のタウ蛋白の異常蓄積が原因と なって起こる変性疾患を総称してタウ オパチーと呼ぶ.ADもタウ蛋白が蓄積 するが,これはアミロイドβ)蛋白 の蓄積によるものとされるためタウオ パチーに含めないこともある.高齢者 の認知症では高齢者タウオパチーと呼 ばれる.AD以外の認知症の割合が多く なる.

超高齢でも治療を

あきらめない

80

歳,あるいは

90

歳を過ぎてか ら発症する認知症は,治療により 症状が改善することも多く,超高 齢であっても認知症の治療をあき らめないことは非常に重要です. 高齢者タウオパチーによる認知症 は進行がゆるやかでもの忘れの程 Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(17)107

抑肝散による

BPSD

治療の実際

臨 床

臨 床

 アルツハイマー病をはじめとする認知症は年齢がリスクファクターであり,高齢者の有病率が高くなる. 認知症の治療では,認知障害や記憶障害などの中核症状の治療に加え,興奮や攻撃性などの周辺症状 (BPSD)の治療が重要である.BPSDは患者本人だけではなく,患者家族や介護者の負担を増大させ,認知症 治療を困難なものとする.ここでは岡原一徳先生に認知症の BPSD治療,特に高齢者認知症の臨床における 抑肝散治療の実際について解説していただいた. 36-2_p17-22-臨床_岡原先生kp.indd 17 12.4.21 0:54:55 PM

(18)

度も軽く,料理や掃除などもでき るため,残存能力を活かして手助 けすればその人らしい生活を取り 戻すことが可能な例も多いので す.そのような症例では,疾患の 治療よりも妄想や興奮,うつなどの 認知症の周辺症状(

BPSD

)を治療 することのほうに意義がありま す.

BPSD

を的確に治療すること で介護負担が減少し,本来の患者 さんの人格,いわば「その人らし さ」を取り戻して従来の家族関係 をもう一度構築することが可能に なります. 超高齢期(老年期)認知症の治 療では,

AD

以外の原因疾患の合 併やタウオパチーに留意し,さら に

BPSD

のコントロールの重要性 を銘記する必要があります.治療 目標を類型的なものとせず,それ ぞれの患者さんにあった個別化を 考え,特に薬物療法に際しては副 作用を最小限に抑えた治療が重要 です.

身体にやさしい薬物療法

老年期認知症の薬物治療では, 治療薬の副作用が思わぬ病態の 悪化をきたすことがまれではあり ません.加齢に伴い増加するさま ざまな慢性疾患の合併や

ADL

(日 常生活動作)の低下を十分考慮し た薬物療法を行う必要があります (表2).

2005

年にアメリカ食品医薬品 局(

FDA

)は,認知症に関連した 精神症状を有する高齢者への定 型(

2008

年に通知),非定型(

2005

年に通知)の抗精神病薬の使用 は,ともに死亡リスク上昇と関連 することを通知し,警告を発して います.

(18)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

108

岡原 一徳

けいめい記念病院 副院長 ・ 脳神経外科 Okahara Kazunori 図1 「もの忘れ外来」の診断・治療・予防の流れ (岡原一徳) 36-2_p17-22-臨床_岡原先生kp.indd 18 12.4.21 0:54:56 PM

(19)

さらに,高齢者の薬物治療では, 背景にある合併症のみならず加齢 に伴う

ADL

の低下も問題となり ます.高齢による筋力の低下も含 め運動能力や嚥下能力など,老齢 化による全体的な身体予備能力の 低下が必ずみられるので,治療薬 も身体能力を低下させたり,それ により思わぬ障害が生じたりする ことのないような薬剤を第

1

選択 とするべきです. たとえば傾眠(眠気)を誘発す る薬剤は,嚥下障害による誤嚥性 肺炎や転倒などにつながるおそれ があります.薬物治療によって, 合併する疾患や低下した

ADL

を さらに悪化させることのないよう な,できるだけ「身体にやさしい 薬物」の使用が望まれます.抗精 神病薬の使用は

BPSD

をどうして もうまくコントロールできない場 合にのみ考慮します.

グルタミン酸の神経細胞

外液の濃度上昇がBPSDに

関係する

BPSD

にはセロトニン,アセチ ルコリン,ドパミン,ノルエピネ フリン,グルタミン酸(

Glu

)など の脳内神経伝達物質が関与して いることがわかっています.こ れらの異なる神経伝達物質間の 不均衡が

BPSD

の病態生理と関 係しており,特に神経細胞外液に おける

Glu

の異常な濃度上昇は 「

Glu

興奮毒性」として,神経細胞 死や種々の神経機能異常を生じ,

BPSD

の発現や神経細胞の変性疾 患の発現に関与していると推測さ れています. 抑肝散の神経伝達物質に対する 作用は,

Glu

神経系とセロトニン (

5-HT

)神経系における関与が明 らかにされています.抑肝散は,

5-HT

2A受容体に対するダウンレ ギュレーション(受容体の数を減 らす)の作用を示し,

5-HT

1A受容 体にはパーシャルアゴニスト(部 分作動薬)として作用することで, 攻撃行動,不安,うつなどの

BPSD

を改善する効果を示します. さらに抑肝散は神経終末からの

Glu

の放出を抑制する作用と,ア ストロサイトの

Glu

トランスポー ターを活性化して神経細胞外液の

Glu

を取り込むことで,細胞外液 における

Glu

濃度を正常に近づけ て

BPSD

を改善すると考えられ ます. 抑肝散は

ADL

の低下につなが るドパミン抑制の作用はなく,

Glu

興奮毒性を抑え,しかもセロトニ ンなどの抑制系の神経伝達物質を 活性化するという,きわめて「バ ランスの良い薬剤」であり,

BPSD

の治療に効果を示します(図2).

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(19)109

臨 床

(岡原一徳) (岡原一徳) アルツハイマー病(AD) • 取り繕い • 場当たり的反応 • もの盗られ妄想 レビー小体型認知症(DLB) • 認知症の症状,意識状態が変動する(覚醒レベルの変化) • 幻視,幻覚 • 抗精神病薬による症状の悪化 • パーキンソン症候・歩行障害 血管性認知症(VaD) • 注意力の低下(よく寝ている・呼びかけへの反応が鈍い) • 初期からの排尿障害・歩行障害・嚥下障害 • 夜間せん妄,感情失禁があるが人格や病識が保たれる • AD治療薬の用量設定と増量のタイミング • より効果的で安全な認知症高齢者へのBPSDの薬物療法はどうあるべきか • 高齢者の認知症(特に85歳以上)における多様性の問題(高齢者タウオパ チー,診断と治療目標の設定をどうするか) • 認知症の早期診断(MCIの段階?)と薬物療法を含めた治療の開始時期 表 1 認知症の原因別にみる症状の特徴 表2 高齢の認知症患者に対する薬物療法の問題点 36-2_p17-22-臨床_岡原先生kp.indd 19 12.4.21 0:54:57 PM

(20)

AChE-I+抑肝散が

薬物療法の基本

AD

の薬物療法は,中核症状(記 憶障害,遂行能力の低下など)を治 療するアセチルコリンエステラー ゼ阻害薬(

AChE-I

)をベースに,

BPSD

対策として抑肝散を上乗せ することが基本です(図3). それでもコントロールが困難な 顕著な

BPSD

を示す患者に対して は,病態の推移を注意深く観察し ながら,少量の抗精神病薬を追加 します.抗精神病薬は非定型抗精 神病薬を使用して効果が不十分な 場合,定型抗精神病薬の使用を考 慮します.

DLB

は特発性のパーキンソニ ズム(パーキンソン病と比べて振 戦が目立たず,筋固縮,姿勢反射 障害が認められやすい)を伴うこ とが多いので,中核症状の発現に 関連するアセチルコリンとパーキ ンソニズム発現に関連するドパミ ンの双方にバランス良く作用し, それらの神経伝達物質の働きを抑 制することがないような薬剤の使 用方法を考える必要があります. そのため基本的に

AChE-I

と抑 肝散の併用をベースに,歩行障害 がみられたらドパミン受容体を刺 激して,筋固縮や歩行障害などの 症状を改善するパーキンソン病治 療薬であるペルゴリド,または不 足するドパミンを補充する

L-dopa

を追加します(図4). 薬物療法では,患者さんの家族 や介護者に患者さんの

BPSD

の状 態についてその推移を注意深く観 察していただき,正しい情報をも とに治療を行い患者さんの症状が 改善傾向を示したら薬物を減量も しくは中止します.

抑肝散の長期投与により

介護負担が軽減

当科では,抑肝散の長期投与の 効果について疫学的検討を行いま した.対象は,当院で認知症と診 断された患者

558

例中,

BPSD

を 随伴して抑肝散を

26

週以上継続 している

163

例(

AD 124

例,

DLB

23

例,

VaD 5

例,混合型

3

例,その 他

8

例)です.

NPI

**は,抑肝散投 与後

26

週,

52

週で有意に低下し,

ZBI

***

26

週で有意な低下が認 められました(図5). また,抑肝散投与

52

週までに抗 精神病薬を投与した患者は

22.1

% であり,残りの

8

割近くの方は抗 精神病薬を使用することなく,抑 肝散単独で少なくとも

1

年間は

BPSD

のコントロールが可能でし た(図6). 安全性の評価では,副作用とし て浮腫と低カリウム血症が各

1

例 認められ,抑肝散の投与を中止し ましたが,重篤なものではありま せんでした.抑肝散投与中に血清 カリウム値が基準外に

1

度でも低 下した症例は

78

週までに

15

%で あったと推定されます(図 7).さ

(20)Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012

110 図2 バランスを考慮した認知症の薬物治療 抑肝散の神経伝達物質に対する作用は,グルタミン酸神経系とセロトニン(5-HT)神経系に おける関与が明らかにされています. (岡原一徳) 36-2_p17-22-臨床_岡原先生kp.indd 20 12.4.21 0:54:58 PM

(21)

らに,全

163

例を

85

歳未満(

118

例)と

85

歳以上(

45

例)とに分け て年齢によるサブグループ解析 を行った結果,

85

歳以上では

NPI

の改善が著明でしたが,血清カリ ウム値の低下する患者の割合が 高くなりました. 低カリウム血症への対応として, 抑肝散投与中には定期的なモニタ リングが推奨されます.カリウム 値が

3 mEq/L

未満の場合は抑肝散 を中止して,カリウムを多く含む 野菜と果物のジュースを飲用して もらいます.今まで経験はありま せんが,間質性肺炎などの副作用 も念頭に置く必要があります. 患者さんの体質によって,まれ に下痢,悪心・嘔吐などの消化器 症状がみられます.また,抑肝散 は飲みにくいと訴える患者さんも あり,そのような場合はヨーグル トに混ぜたりして飲みやすくする 工夫も必要です. 抑肝散の長期投与の検討結果か ら,長期投与における安全性が示 され,さらに

NPI

ZBI

の低下か ら,介護者の負担が改善したこと が示唆されます. 抑肝散は

BPSD

治療に奏効する 漢方薬として広く使用されつつあ り,まさに「身体にやさしい薬物」 の

1

つと考えられます.

** NPI(neuropsychiatric inventory) 脳病変を有する患者の精神症候の評価 を目的とした尺度.妄想,幻覚興奮,う つなど10項目(12項目版もある)につ いてその有無や重症度を4段階,頻度 を5段階で評価する.点数が高いほど 障害が大きい.

*** ZBI(Zarit caregiver burden interview) 欧米で最も頻用されている介護負担尺 度の1つであり,各国の言語に翻訳さ れている.22項目のさまざまな場面で の介護負担に関する質問で構成され, 5段階で評価する.点数が高いほど介 護負担が大きい.

Science of Kampo Medicine漢方医学 Vol.36 No.2 2012(21)111

臨 床

図5 抑肝散投与によるNPIとZBIの変化(平均値±標準偏差) Okahara I.American Psychiatric Association , 2011 Annual Meetingより 図3 AD薬物療法の基本 (岡原一徳) 図4 DLB薬物療法の基本 (岡原一徳)

図 5 抑肝散投与によるNPIと ZBIの変化(平均値±標準偏差) Okahara I.American Psychiatric Association , 2011 Annual Meeting より図3 AD薬物療法の基本 (岡原一徳)図4 DLB薬物療法の基本 (岡原一徳)
図 7  血清カリウム値:基準外低値の累積発症率(n=163)
表 1 BPSD に対する抑肝散の治療効果を検討した臨床研究
図 4 抑肝散投与前後における項目別NPI スコアの変化(n=11)

参照

関連したドキュメント

点と定めた.p38 MAP kinase 阻害剤 (VX702, Cayman Chemical) を骨髄移植から一週間経過したday7 から4週

Effect of mixure of aqueous extra from Salacia reticulate and cyclodetrin on the serum grucose and glucose level change and gastro-intedtinal disorder.. by massive

今後 6 ヵ月間における投資成果が TOPIX に対して 15%以上上回るとアナリストが予想 今後 6 ヵ月間における投資成果が TOPIX に対して±15%未満とアナリストが予想

However, because the dependent element in (4) is not a gap but a visible pronoun, readers could not realize the existence of relative clause until they encounter the head noun

一方、4 月 27 日に判明した女性職員の線量限度超え、4 月 30 日に公表した APD による 100mSv 超えに対応した線量評価については

・マネジメントモデルを導入して1 年半が経過したが、安全改革プランを遂行するという本来の目的に対して、「現在のCFAM

○池本委員 事業計画について教えていただきたいのですが、12 ページの表 4-3 を見ます と、破砕処理施設は既存施設が 1 時間当たり 60t に対して、新施設は

黒い、太く示しているところが敷地の区域という形になります。区域としては、中央のほう に A、B 街区、そして北側のほうに C、D、E