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副腎皮質ホルモン剤投与が困難であった突発性難聴症例 に対する漢方薬(五苓散,柴苓湯)の治療経験

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副腎皮質ホルモン剤投与が困難であった突発性難聴症例

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ケース・リポート

す.左右差はほとんどなくなり,聴 力閾値は40 dBまで改善した.聴 力回復の判定基準では「治癒」と判 定し,自覚症状も消失したため内服 を中止した.現在2カ月が経過し たが,難聴の再発は認めていない.

● 症例2

患者:86歳,男性.

主訴:左難聴,左耳閉塞感.

現病歴:20××年1026日頃に 特に誘因なく左難聴と耳閉塞感を 自覚した.改善しないため2週間 経過した119日に当科初診.

既往歴:高血圧,齲歯の治療中.

家族歴:特記事項なし.

初診時所見:鼓膜所見には明らか な異常は認めなかった.聴力検査 の結果を図7に示す.左74 dBの感 音性難聴,重症度分類ではGrade

3bであった.

臨床経過:高齢であり,さらに歯 科治療中で,抜歯された部分の感染 もあることから副腎皮質ホルモン 剤の投与が躊躇された.また,本人 も入院してまでの治療を拒んだた め,症例1の経験からアデノシン三 リン酸300 mg/日とメコバラミン 1,500 μg/日,柴苓湯9 g/日分3 投与を開始した.

1 突発性難聴の重症度分類(厚生労働省急性高度難聴研究班,1998) 2 聴力回復の判定基準(厚生労働省急性高度難聴研究班,1984)

1 症例1の初診時(10月17日)のオージオグラム 4分法では左67.5 dB,右30.0 dBであった.

注1)聴力は250,500,1,000,2,000,4,000 Hz5周波数の閾値の平均値と する.

注2)この分類は発症後2週間までの症例に適用する.

注3)初診時にめまいのあるものはaを,ないものはbを,2週間を過ぎたもので は ʼをつけて区分する.

2 症例1の再診時(10月24日)のオージオグラム 4分法では左100.0 dBと難聴の悪化を認めた.

Grade 1 初診時聴力が40 dB未満

Grade 2 初診時聴力が40 dB以上60 dB未満

Grade 3 初診時聴力が60 dB以上90 dB未満

Grade 4 初診時聴力が90 dB以上

Ⅰ 治癒

① 250,500,1,000,2,000,4,000 Hzの聴 力レベルが20 dB以内に戻ったもの

② 健側聴力が安定と考えられれば,患側がそ れと同程度まで改善したとき

Ⅱ 著明回復 上記5周波数の算術平均値が30 dB以上改善 したとき

Ⅲ 回復 上記5周波数の算術平均値が1030 dB未 満改善したとき

Ⅳ 不変 上記5周波数の算術平均値が10 dB未満の変 化の時(増悪を含む)

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2週間後(1121日)には聴力は 58 dBまで改善した(図8).

治療開始1カ月後(125日)の 聴力検査を図9に示す.左聴力は

57 dBまで改善し,聴力回復の判定 基準では「回復」となり,自覚症状 も改善を認めた.現在内服開始後2 カ 月 が 経 過 し,ま だ「治 癒」に は

至っていないが,難聴の再発は認め ていない.

6 症例1の柴苓湯投与1カ月後(11月30日)のオージオグラム ほぼ左右差がなくなり,4分法では左27.5 dBまで改善を認めた.

4 症例1の五苓散投与1週後(10月31日)のオージオグラム 4分法では左73.8 dBまで改善傾向を認めた.

5 症例1の柴苓湯投与1週後(11月7日)のオージオグラム 4分法では左46.3 dBまで改善傾向を認めた.

3 症例1の小脳橋角部のMRI画像 明らかな脳腫瘍や梗塞は認められなかった.

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ケース・リポート

考察

突発性難聴の自然経過に関する 考察を行った千田らの報告では90

dB以上の難聴は,自然治癒はもと より,副腎皮質ホルモン剤などの西 洋薬によって治療を行ったとして も予後不良とされている4).神崎ら

は,発 症 か ら814日 経 過 し た Grade 3の症例は,7日以内に治療 を開始した症例と比較すると治癒 率が非常に悪いことを報告してい る5).また,近年は,既往症に糖尿 病や胃潰瘍などがあり副腎皮質ホ ルモン剤の投与が躊躇される症例 では,プロスタグランジンE1製剤 の単剤投与でも高度な突発性難聴 の治療に有効であるとする報告6)も あるが,副腎皮質ホルモン剤を使用 する場合と同様に入院のうえ点滴 治療が必要である.漢方薬は内服 薬であり,基本的には入院治療は 必要としないことも患者にとって は利点であろう.

症例1では最も悪化した時の聴 力 閾 値 が90 dB以 上 で め ま い を 伴っていた高度難聴例を五苓散と 柴苓湯を使用し治癒することがで き,続く症例2では発症から2週間 と少し時間が経過した症例で改善 を認めた経験から,五苓散や柴苓 8 症例2の柴苓湯投与1週後(1121日)のオージオグラム 4分法では55.0 dBまで改善傾向を認めた.

9 症例2の柴苓湯投与1カ月後(12月5日)のオージオグラム 4分法では51.3 dBまで改善を認めた.

7 症例2の初診時(11月9日)のオージオグラム 4分法では左70.0 dB,右38.8 dBであった.

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湯が突発性難聴の治療の選択肢に なり得ると考えられた.現在まで に報告されている五苓散,柴苓湯 の薬理作用から突発性難聴への作 用機序についてこれまでの報告を もとに考察した.

ここで五苓散や柴苓湯(小柴胡湯 と五苓散の合方剤)の作用機序につ いて考察する前に,西洋薬による現 在の突発性難聴の治療について簡 単に説明する.

突発性難聴の病態や原因につい ては,MRI画像から解析した最近 の文献では,内耳の血管透過性の亢 進を認めることから血管や血流の 障害が関与している可能性を示唆 する報告7)や,側頭骨の病理所見か らウイルス性内耳炎が多いとする 報告8)があるなど,いまだ解明には 至っていない.したがって,西洋薬 による治療でも,正しい病態改善の ための治療がなされているとは限 らないのが実情である.

副腎皮質ホルモン剤の内耳への 作用は,強い抗炎症作用により血管 炎を改善させること,さらにはウイ ルス性内耳炎に効果がある等が考 えられ,最も有効とされている1). その他の治療としては,神経障害の 改善目的にビタミンB12製剤を用い たり,循環改善目的にアデノシン三 リン酸やプロスタグランジンE1 剤が用いられたりしている1)

五苓散は利水作用,柴苓湯は抗炎 症作用と利水作用を有している.

柴苓湯が難聴の治療に効果がある という報告は過去にされているが,

そのほとんどが低音障害型の感音 性難聴や,ステロイド依存性難聴に

対するものであった3, 9, 10, 11). 五苓散は薬理作用の解明もすす んでおり,アクアポリン(水チャネ ル)を阻害して病的状態に陥った浸 透圧バランスを改善することで浮 腫を抑制すると考えられている12). 特に急性低音障害型感音難聴では メニエール病でもみられるように 内リンパ水腫が関与している可能 性が示唆されており13),アクアポリ ンを介した利水作用が内リンパ水 腫を改善し,難聴の改善に奏効して いることが考えられる.

また,柴苓湯については,ラット を用いた実験において,視床下部か らの副腎皮質ホルモン放出因子の 分泌を促し,下垂体前葉での副腎皮 質刺激ホルモンの分泌を亢進させ ることが報告されている14).その 結果として,副腎皮質ホルモンの分 泌を亢進させるのではないかと考 えられ,突発性難聴のような副腎皮 質ホルモンの抗炎症作用を期待し たい症例での応用ができると考え られる.

まとめ

既往症の悪化のため副腎皮質ホ ルモン剤の投与が困難であった高 度の突発性難聴に対して五苓散,柴 苓湯を投与することにより著明な 改善を認めた症例を報告した.五 苓散,柴苓湯は突発性難聴の治療薬 の1つとなる可能性があり,今後は 副腎皮質ホルモン剤の投与が躊躇 されるような症例などで経験を重 ねる必要があると考えられた.

● 文献

1中島 務, 寺西正明. 突発性難聴の 治療と効果判定. ENTONI. 2005, 54, p.20

2池田勝久, 渋谷 守, 朴沢孝治, . 滲出性中耳炎の和漢薬(ツムラ柴苓 湯)に よ る 治 療 効 果.耳 鼻 臨 床. 1986, 79, p.2111

3神崎 仁. 突発性難聴とステロイド 依存性感音難聴. JOHNS. 1999, 15, p.319

4千田英二, 福田 諭. 文献からみた 突発性難聴の自然経過. ENTONI.

2005 54 p.13

5神崎 仁, 佐藤美奈子, 松永達雄, . 突発性難聴の可逆性について. Audiology Japan. 2006, 49, p.782 6井上庸夫, 江口智徳, 山口晋太郎,

. 突発性難聴における重症度別治 療 法 の 検 討. Otol Jpn. 2009, 19, p.202

7中島 務. 突発性難聴の画像所見と 病態. Audiology Japan. 2009, 52, p.179

8野 村 恭 也. 突 発 性 難 聴 の 病 理.

Audiology Japan. 2006, 49, p.777.

9竹本市紅, 赤埴詩朗. 柴苓湯が有効 であった感音性難聴の1. Progress in medicine. 1994, 14, p.3240 10真鍋恭弘. 漢方薬の取り入れ方のコ

, 難聴. JOHNS. 2010, 26, p.573 11金子 達. 低音障害型感音難聴に対

する柴苓湯とイソソルビドの有効 性の比較. 漢方と最新治療. 2010, 19, p.233

12礒濱洋一郎. 五苓散のアクアポリ ンを介した水分代謝調節メカニズ . 漢方医学. 2011, 35, p.186 13井上泰宏. 低音障害型感音難聴の臨

床検査. ENTONI. 2007, 78, p.35 14 Iwai I, Suda T, Tozawa F, et al.

Stimulatory effect of Saireito on proopiomelanocortin gene expres-sion in the rat anterior pituitary gland. Neurosci Lett. 1993, 1571, p.37-40.

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Conference Reportで紹介した情報はwebマガジン「Kampo Square」153号(2011年10月12日配信)で詳しくご覧になれます.

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2011年8月27日(土)・富山県民会館(富山市)

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