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博 士 ( 環 境 科 学 ) 杉 江 恒 二

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Academic year: 2021

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博 士 ( 環 境 科 学 ) 杉 江 恒 二      学位論文題名

    Studies on the ability of iron storage and resting spore formation in the coastal marine diatoms

( 沿岸 性珪 藻の 鉄貯 蔵能および休眠胞子形成能に関する研究)

学 位 論 文 内 容 の 要旨

  本論 文は 、鉄 欠乏 状態 にあ る珪 藻類 が一 時的に 高い 鉄濃 度に さら され たと きの 急 速 な 鉄 摂 取 お よ び 細 胞 内 鉄 貯 蔵 能 に 関 す る 研 究 ( 第2章 ) 、 鉄 欠 乏 時 に お け る Thalassiosira nordenskioeldiiの休眠胞子形成能(第3章)および鉄または窒素欠乏時に お ける 天然 珪藻 群集 の休 眠胞 子形 成能 、並 びに鉄 また は窒 素欠 乏時 にお ける 栄養 塩 動 態 に 関 す る 研 究 ( 第4章 ) か ら 成り 、第1章と 第5章 は、 それ ぞれ 序論 と総 合討 論 である。以下にその概要を記す。

  海洋 の一 次生 産は 、全 球の 炭素 固定 (110 Pg)のう ち約50 Pgを海 洋が 占め ると い わ れ て お り 、 そ の う ち 少な く と も15 Pgが 本研究 対象 生物 であ る植 物プ ラン クト ン の 珪藻 が担 って いる とい われ てい る。 すな わち、 全生 物群 集の 中で 珪藻 類は 、極 め て 高 い 基 礎 生 産 カ を も つ生 物 群 の1っ とい える。 毎年 春季 には 、極 域か ら温 帯域 に かけ て珪 藻類 が優 占し た植 物プランクトンが大増殖(春季ブルーム)し、その海域で の 栄養 塩の 動態 は珪 藻に よっ て支 配さ れて いる。 一方 では 、生 物に とっ て必 須元 素 で ある 鉄は 、そ の海 洋化 学お よび 地球 化学 的特性 から 海水 中で はご く微 量で しか 溶 存 して おら ず、 全海 洋面 積の うち 約20―30%の海 域は 、鉄 不足 によ って 一次 生産 が 律 速し てい ると いわ れて いる 。近 年、 その 海域に おけ る海 洋現 場鉄 撒布 実験 等に よ り 、植 物プ ラン クト ン、 特に 珪藻 類の 生理 生態お よび それ に伴 う海 洋生 物地 球化 学 過程 の変 化に 対し 、鉄 が極 めて大きな影響を与えていることが明らかになってきた。

し かし なが ら、 春季 ブル ーム によ る生 産が 海洋生 態系 にお いて 極め て重 要で ある に も かか わら ず、 プル ーム を構 成す る鍵 種並 びに天 然珪 藻群 集の 様々 な鉄 濃度 環境 に 対する応答能に関する研究は極めて少ない。

  そこ で本 研究 では 、北 半球 の極 域か ら亜 寒帯に かけ ての 春季 ブル ーム の主 要構 成 種であるァ. nordenskioeldiiを始めとした鍵種数種の単種培養株を用いた室内培養実 験 およ び親 潮域 の春 季ブ ルー ム中 の珪 藻群 集を用 いた 船上 培養 実験 から 、ブ ルー ム 構成 種の 鉄に 対す る応 答に 関す る研 究を 行っ た。海 洋植 物プランクトンは、p―nmol L・1の オー ダー の鉄 濃度 の変 動に 敏感 に応 答する ため 、本 研究 は、 極微 量の 汚染 を 避 け る 技 術 お よ び 実 験 環 境 で 行 い 、 以 下 の こ と を 明 ら か に し た 。 1.単 種培 養株4種の 沿岸 性珪 藻は 、細 胞内 の最少 鉄要 求量 より 多量な鉄を摂取・貯   蔵し、貯蔵鉄による生長は、光合成能の維持(ク口口フィルロ量の維持・増加)より   もパイオマス(細胞数)増大への利用が優先されることが明らかとなった。(第2章)

2. 親 潮 域 にお ける 春季 ブル ーム 中の 珪藻 群集 は、 生体 外か らの鉄 の供 給を 絶っ た   後に おい ても 、環 境中 の栄 養塩 を消 費し っくす ほど の鉄 を生 体内に貯蔵している

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  ことが明らかとなった。天然珪藻群集においても室内実験と同様に、生体内貯蔵   鉄は、パイオマスの増大への利用を優先していた。すなわち、鉄撒布実験などの   後、環境中の鉄枯渇後も細胞内貯蔵鉄の利用による増殖によって、植物プランク   ト ン ブ ル ー ム の 期 間 は 延 長 す る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 ( 第2章 ) 3.地理的特徴の異なる2地点で単離した2株のF nordenskioeldiiは、環境中の窒素   の枯渇と同様に、鉄が枯渇することで休眠胞子を形成することが明らかとなった。

  本研究は、鉄欠乏下における海産珪藻の休眠胞子形成能を示す初の報告となった。

  (第3章)

4.アnordenskioeldiiの鉄欠乏による休眠胞子形成率は、沿岸で単離された株の方が   高かった一方で、外洋域で単離した株は細胞体積を減らし、生体内色素量の少な   い脆弱な細胞の割合が高くなった。このことは、同種間においても各株の生息環   境に合わせて増殖期間終了後の生残、並びに表層への再回帰率の最適化を図って   いるものと考えられる。(第3章),

5.親潮域の春季プルームで出現していた珪藻類の多く(約47種中18種)は、休眠胞   子形成種であり、このうち18種中15種は、鉄または窒素源のどちらが枯渇して   も休眠胞子を形成することを初めて証明した。(第4章)

6.親潮域の春季ブルーム中の植物プランクトン群集の増殖速度は、出現種の増殖   特性および鉄添加実験区と比較して遅かった。培養開始時における栄養塩濃度は、

  珪藻類の増殖を律速する程度ではなく、一方で溶存鉄濃度は0.2 nmolL・l以下と   親潮域としては低い水準にあり、親潮域における春季ブルーム中の珪藻群集の増   殖は鉄律速にあったと考えられる。(第4章)

7.培養開始時に全珪藻細胞数のうち約6%が休眠胞子を形成しており、天然環境下   においても、珪藻群集は鉄律速により休眠胞子を形成していたと考えられる。す   なわち、鉄欠乏による沿岸性珪藻の休眠胞子形成は、沿岸と外洋の境界領域など   において普遍的に起こり得ると考えられる。(第4章)

8.窒素欠乏による休眠胞子形成と比較して、鉄欠乏による休眠胞子形成率の上昇   は緩やかであったこと(第3章)、および天然珪藻群集では、窒素欠乏環境と鉄欠   乏環境とで休眠胞子を形成した種が同じ(第4章)であったことから、鉄欠乏休眠   胞子は、生体内の窒素代謝律速による間接的な窒素欠乏によるものと考えられた。

9.鉄欠乏環境下において休眠胞子を形成する種は、低鉄・高栄養塩濃度の亜寒帯   北太平洋を横断し、生息域を拡大することは難しいと考えられる。すなわち、汎   世界的に分布するァnordenskioeldiiのような種のメ夕個体群は、地域個体群が沿   岸 伝 い に 伝 播 し た こ と に よ っ て 達 成 さ れ た と考 え ら れ る 。 ( 第3、4章 ) 10.休眠胞子のケイ素含量は、栄養細胞のそれと比較して高いため、これら休眠胞   子を形成する珪藻種が優占する春季ブルームでは、ブルームの終焉が鉄または窒   素のどちらの元素の枯渇が引き金となっても休眠胞子が形成され、ブルームの終   焉に伴い、ケイ素も枯渇することを示唆する。(第4章)

  すなわち春季ブルームや鉄撒布実験などにおいて珪藻類が優占した要因の1つと して、鉄律速にある細胞が急速に鉄を摂取し、生体内に鉄を貯蔵すること、および 生体内鉄を利用して増殖する能カを有していたことが重要であったと考えられる。

植物プランクトン群集の中で優占し増殖した珪藻類は、西部亜寒帯北太平洋のよう な冬季のケイ素:窒素の供給比が1以上の環境では、鉄が豊富な環境であれば窒素 が枯渇するまで珪藻は増殖し続けられる一方で、利用可能な鉄の量が少ない海域で は、鉄またはケイ素の枯渇により珪藻の増殖が制限される可能性がある。しかしな がら、ブルームの終焉が窒素の欠乏または鉄の欠乏であっても、プルームの優占種 が休眠胞子を形成する珪藻種であれば、休眠胞子形成に伴いケイ素も枯渇すること

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を示唆する。休眠胞子は、沿岸域のような鉄が豊富な環境でのみ形成するというの が従来の報告であったのに対し、本研究の成果は、生態学、生物地球化学および古 海洋学的にも示唆に富むものであり、今後の海洋学研究の発展に寄与するところが 大きいものと確信する。

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学 位論文審査の要旨 主 査    教 授    久 万 健 志 副 査    教 授    門 谷    茂 副 査    教 授    岸    道 郎 副査   准教授   工藤    勲

     学位論文題名

    Studies on the ability of iron storage and resting spore formation in the coastal marine diatoms

(沿 岸性 珪藻 の鉄貯 蔵能 およ び休 眠胞子形成能に関する研究)

  海洋の一次生産を支える全生物群集の中で、珪藻類は極めて高い基礎生産カをもつ生物 群の1っである。毎年春季には、極域から温帯域にかけて珪藻類が優占した植物プランク トンが大増殖(春季ブルーム)し、その海域での栄養塩の動態は珪藻によって支配されて いる。一方では、生物にとって必須元素である鉄は、その海洋化学的特性から海水中では ごく微量でしか溶存しておらず、全海洋面積のうち約20―30%の海域は、鉄不足によって一 次生産が律遠しているといわれており、特に珪藻類の生理生態およぴそれに伴う海洋生物 地球化学過程の変化に対し、鉄が極めて大きな影響を与えていることが明らかになってき た。しかしながら、春季ブルームによる生産が海洋生態系に韜いて極めて重要であるにも かかわらず、ブルームを構成する鍵種並びに天然珪藻群集の様々な鉄濃度環境に対する応 答能に関する研究は極めて少ない。本研究では、北半球の極域から亜寒帯にかけての春季 プルームの主要構成種であるZ nordenskioeldiiを始めとした鍵種数種の単種培養株を用 いた室内培養実験および親潮域の春季ブルーム中の珪藻群集を用いた船上培養実験から、

ブルーム構成種の鉄に対する応答に関する研究を行った。

  第2章では、沿岸性珪藻(4種)の室内培養実験では、細胞内の最少鉄必要量より多量 な鉄を摂取・貯蔵することが示された。その貯蔵鉄による生長は、光合成能の維持(クロロ フィルa量の維持・増加)よりもバイオマス(細胞数)増大への利用が優先されることが明ら かとなった。また、親潮域における春季ブルーム中の珪藻群集は、生体外からの鉄の供給 を絶った後においても、環境中の栄養塩を消費しっくすほどの鉄を生体内に貯蔵している ことが明らかとなった。天然珪藻群集においても室内実験と同様に、生体内貯蔵鉄は、バ イオマスの増大への利用を優先していた。すなわち、鉄撒布実験などの後、環境中の鉄枯 渇後も細胞内貯蔵鉄の利用による増殖によって、植物プランクトンブルームの期間は延長 する可能性が示唆された。

  第3章では、地理的特徴の異なる2地点で単離した2株のZ nordens血〇甜捌は、環境中 の窒素の枯渇と同様に、鉄が枯渇することで休眠胞子を形成することが、本研究によって 初めて明らかにした。鉄欠乏による休眠胞子形成率は、沿岸で単離された株の方が高かっ た一方で、外洋域で単離した株は細胞体積を減らし、生体内色素量の少なぃ脆弱な細胞の

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割合が高くなった。このことは、同種間においても各株の生息環境に合わせて増殖期間終 了 後 の 生 残 、 並 び に 表 層へ の 再回 帰 率 の最 適 化を 図 っ てい る も のと 考 えら れ た 。   4章では、親潮域の春季ブルームで出現していた珪藻類の多く(約47種中18種)は、休眠 胞子形成種であり、このうち18種中15種は、鉄または窒素源のどちらが枯渇しても休眠胞 子を形成することを初めて明らかにした。窒素欠乏による休眠胞子形成と比較して、鉄欠 乏による休眠胞子形成率の上昇は緩やかであったこと、およぴ天然珪藻群集では、窒素欠 乏環境と鉄欠乏環境とで休眠胞子を形成した種が同じであったことから、鉄欠乏休眠胞子 は、生体内の窒素代謝律速による間接的な窒素欠乏によるものと考えられる。休眠胞子の ケイ素含量は、栄養細胞のそれと比較して高いため、これら休眠胞子を形成する珪藻種が 優占する春季ブルームでは、ブルームの終焉が鉄または窒素のどちらの元素の枯渇が引き 金となっても休眠胞子が形成され、ブルームの終焉に伴い、ケイ素も枯渇することを示唆 した。

  以上 のとおり ,申請者 は珪藻の 生体内鉄 貯蔵能及 ぴその貯蔵 鉄利用、さらには鉄欠 乏に よる休眠 胞子形成 にっいて 、珪藻の 生理生態 学の新知見 を得たものであり,今後 の 海 洋 生 物 地 球 化 学 研 究 の 発 展 に 貢 献 す る と こ ろ 大 な る も の が あ る 。   よっ て,申請 者は博士 (環境科 学)の学 位を受け るのに充分 な資格を有するものと 判定した。

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参照

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