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人間科学研究 Vol.27, No.2(2014)
研究室だより
研究室の概要
本研究室は、私の早稲田大学への着任(2012年)ととも に始まり、今年度で3年目に入った。所沢キャンパスにも 慣れ、研究と教育への対応もようやく落ち着きつつある。
本研究室は、学部では生物・環境系、大学院では地域・地 球環境科学研究領域に属し、主に化学の視点を通して、大 気の自然環境と人間活動との関わりを調べることを目指 している。化学というと、フラスコを使って新たな物質を 合成したり、試験管の中で薬品を混ぜて色の変化を見たり、
といった昔ながらのイメージがあるかもしれないが、現代 の化学は多様な場面に顔を出し、広範囲の内容をカバーし ている。物質の挙動や変化を「分子」のレベルで考えるこ とはすべて、化学の対象といってよい。本研究室における
「化学の視点」とは、大気環境問題を左右する原因物質の 挙動を分子レベルで解明して対策に活かす、ということで ある。また、大気環境の研究には、さまざまな学問分野が 関与し、学際的なアプローチが求められる。化学以外の重 要性も考慮して、本研究室の名称を大気環境「科学」とし た。化学にこだわらず、それぞれの視点から身近な大気を 研究してみたい、という人を歓迎する意図もある。
本研究室はこれまでに、卒研生2名を送り出した。今年 度は、ゼミ生2名(通信課程1名を含む)、および卒研生 2名、が在籍している。現在は、少数精鋭の学生とともに、
重要なテーマに優先的にマンパワーを集中しつつ、研究を すすめている。私の力不足と研究資材等の限界もあり、あ れもこれも試したいという要望には応え難いが、選択と集 中によって問題を効率的に解決していく鍛錬と経験の場は 提供できよう。大気環境関連の研究は、多様な視点から問 題を解決する経験を積むのには優れた題材である。以下の 研究内容を読んで興味を持った人は、「化学」という言葉 におそれをなさずに、研究室の扉をたたいてほしい。
研究内容と今後の展望
本研究室では、大気環境問題の原因となる微量成分の挙 動を調査・解析し、人間と環境の関わりを知ることを目指 している。特に、光化学オキシダント問題を対象として、
対流圏のオゾンや窒素酸化物を中心とする反応性微量成分 に関する観測や実験・解析をおこなっている。
地表付近の大気(対流圏)では、人間活動に伴って放出
される大気汚染物質(窒素酸化物NOx、揮発性有機化合 物VOC)の光化学反応によって、人体や植物に有害とな りうる光化学オキシダントOx(主成分はオゾンO3)が生 成する。Oxの挙動や環境影響を正しく評価して効果的に 抑制するには、汚染物質の放出特性や大気中での化学的 な「反応」、および物理過程(輸送、拡散、沈着)を正し く把握することが重要であり、そのためには実験・観測・
計算・解析といった研究が必要となる。そこで本研究室で は、下記の「最近の研究テーマ例」に示すように、新規計 測ツールの確立や実験室での基礎実験、実地(フィールド)
での実大気観測、さらに関連データの解析を実施し、大気 微量成分の挙動を把握して、大気環境の維持・改善への貢 献を企図している。特に、Oxと関連する微量成分の光化 学反応に着目している。なお、対流圏オゾンは地球温暖化 への影響も懸念されるうえ、大気光化学反応は最近話題の PM2.5 を含む浮遊粒子状物質(エアロゾル)とも深くかか わっている。
本研究室での膨大なデータ解析や地道な実験はたいへん だが、独自の装置や方法と工夫によって研究がうまくいっ たときには、何物にも代えがたい醍醐味や達成感を得られ るのは間違いない。
※最近の研究テーマ例
1)ポテンシャルオゾンPO=O3+ NO2の直接測定 対流圏でオゾンO3は一酸化窒素NOとすばやく反応する ため、局所的なNO発生源の多い都市や郊外では、O3観 測値がNOの影響を受けやすい。ポテンシャルオゾン PO は、NO影響を受けないオキシダント指標として便利であ る。本研究室では、大気試料にNOを添加してO3を二酸化 窒素 NO2に変換し、大気中のNO2と一緒に高性能 NO2計 によって定量して、PO直接測定を実現した。今後は、本 手法を用いて所沢キャンパスでの実大気中PO の連続観測 を実現して、都市郊外での光化学オキシダントの現状を詳 しく把握することに努めたい。
2)PO観測に基づく排ガスNO2/NOx比の実状把握 対流圏でのOxやNOx(=NO+NO2)の挙動解明には、
自動車排ガスのような発生源について、大気中へのNOx 放出特性を正しく把握する必要がある。本研究室では、高 性能NO2計を用いてPOとNOxを同時に観測し、相関解析 をおこなって、排ガス NO2/NOx比を大気観測に基づい
人間環境科学科・大気環境科学研究室
(Laboratory of Atmospheric Science)
松本 淳(Jun Matsumoto)
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人間科学研究 Vol.27, No.2(2014)
研究室だより
て直接把握する方法を確立した。今後は、実大気観測例 を蓄積して、NOx放出特性の経年変動を調べたい。特に、
今後は低公害車の普及が進んでNOx放出特性も変化して いくことが予想される。こうした人間社会の変化に伴う大 気環境の応答を追跡していきたい。
3)有機硝酸全量ANsの測定
VOC,NOxの光化学反応によってO3を生成する過程で、
有機硝酸ANs(RONO2)が副次的に生成することが知ら れている。ANs 生成が多い(ANs生成分岐比が高い)と、
O3生成は抑制される。現状では、原料VOCが多種多様な こともあり、実大気試料のANs生成分岐比に関する知見 は不十分である。本研究室では、ANsを加熱する際に分 解して生成するNO2を定量することで、ANs全量を測定 できる。大気中のANsの連続観測を実現して、ANs生成 分岐比の実状を把握し、Ox評価の高度化を目指していき たい。また、粒子状ANsも測定し、PM2.5などエアロゾル の挙動把握にも貢献したい。
4)オゾン反応性測定に基づく新たなVOC測定法 VOCとして、人為起源に由来するもののほか、植物由 来のイソプレンやモノテルペン類が重要である。生物起源 VOC(BVOC)はオゾンと反応する成分が多い点に着目 し、本研究室では、オゾン反応性の直接測定に基づく新た なVOC測定法を確立した。今後は、本測定法の汎用化を すすめつつ、所沢キャンパスの森林におけるVOC特性を 把握していきたい。
5)各種測定法を活用した反応実験
大気での光化学反応を再現するために容器内にてVOC と大気ラジカルを反応させ、その際のPO,NOx, ANs等 の挙動を各種測定法によって把握することで、VOCの反 応特性を調べている。特に、VOCは多種多様で、反応特 性が未知の成分も多いため、反応実験が重要である。
なお、所沢は都心方面と秩父方面から飛来する大気に影 響される場所であるうえ、植生にも恵まれている。人間活 動の影響と、森林など自然由来の成分の寄与、およびこれ らの複合効果、すなわち人間と自然の影響を調べるには、
所沢は絶好の地点と期待される。
※主な研究設備と実験機器
レーザー誘起蛍光法による高性能NO2計(LIF-NO2) 吸光法による NO2計(CAPS-NO2)
紫外吸光法による汎用オゾン計(UV-O3) 化学発光法による汎用NO計(CLD-NO)
独自のオゾン反応性VOC計(RO3) 上記を組み合わせたANsやPOの測定装置 大気微量成分とラジカルの反応実験装置 標準ガス発生装置
教員紹介
【略歴】2001年東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士 課程修了、博士(理学)。2001年より科学技術振興機構・
博士研究員、2005年より名古屋大学太陽地球環境研究所・
研究員、2006年より東京工業大学統合研究院・特任助教、
2008年より首都大学東京戦略研究センター・准教授、を経 て2012年より早稲田大学人間科学学術院・准教授(現在に 至る)。専門は大気環境化学。
【最近の主な研究業績】
1) J. Matsumoto, et al. (2009) : In Situ, Fast- response, Molecular-selective Methods for Measuring Emission Factors of Volatile Organic Compounds (VOCs) into the Atmosphere, Chem. Lett., 38, 74-75.
2) J. Matsumoto, et al. (2009) : Internal Mixing of Pollutants for Submicron Particles Observed during Springtime in Japan, Asian J. Atmos.
Env., 3, 27-41.
3) 松本淳ほか (2010) : レーザー多光子イオン化法を用 いたモード走行中自動車排気に関する個別成分のリア ルタイム分析と OH ラジカル反応性の評価、大気環 境学会誌 45, 205 - 211.
4) J. Matsumoto (2011) : Kinetics of the Reactions of Ozone with 2,5-Dimethylfuran and its Atmospheric Implication, Chem. Lett., 40, 6, 582- 583.
5) 松本淳(2013):レーザー誘起蛍光法に基づく大気中ポ テンシャルオゾンの測定、大気環境学会誌 48, 35-42.
6) J. Matsumoto(2014):Measuring biogenic volatile organic compounds(BVOCs)from vegetation in terms of ozone reactivity, Aerosol and Air Quality Research, 14, 197-206.
7) 松本淳 (2014) : SOA 生成評価のための前駆体 VOCs のラジカル反応性と全有機硝酸量の計測, エアロゾル 研究, 29(S1),47-54.
【主な競争的研究費(研究代表者として)】
科学研究費補助金(若手研究B 2007-2008;同 2010-2011;
新学術領域研究・公募研究 2009-2010;同2011-2012;挑戦 的萌芽研究 2012-2013);JST・A-STEP(FS探索 2011- 2012)
【所属学会】大気環境学会、日本化学会、大気化学会、エ アロゾル学会、分析化学会、室内環境学会、米国地球物理 学連合、等。
【主な受賞歴】 大気環境学会論文賞(2006, 2007, 2008, 2011, 2014);分析化学討論会・若手ポスター賞(2008)