博士 ( 地 球 環境科 学)吉 江直樹
学位 論文題 名
Biological processes and silicon/nitrogen ratio relevant to the sprlngdiatomblOOm
(春 季珪藻 ブルー ムに関 する生 物過程とSi/N 比について)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
西部北太平洋において、珪藻類(ケイ酸の外殻を持ち、植物性プランクトンの主 要構成種である大型植物プランクトン)の挙動は生態系およぴ物質循環に大きい影響 を及ぼすこと、特に春季珪藻ブルーム(春季に珪藻が爆発的な大増殖を起こす現象)
が重要となることが報告されてきた。
本研究では、その春季珪藻ブルームに注目し、そのとき生態系はどのような状態 にあり、それに伴って物質循環がどのような影響を受けるのかについて、海洋生態系 モデルを用いた詳細な解析から考察した。最初に、使用した海洋生態系モデルの説明 をする。次に、ブルームはどのように始まりどのような過程を経て終焉を迎えるのか にっいて、生物学的な優占種の交代や生物量の変遷(プランクトンダイナミクス)の 視点から議論する。最後に、ブルームに伴う溶存・粒子態物質のケイ素/窒素(Si/N) 比の変遷について議論する。
海洋生態系モデルは、鉛直一次元物理‐生態系結合モデル(Yamanaka釘畆,2002投 稿中)に改良を加えたものを使用した。このモデルでは、炭酸系として1全炭酸、2 全アルカリ度、3二酸化炭素分圧;栄養塩として4硝酸塩、5アンモニウム塩、6珪酸 塩;植物プランクトンとして7大型植物プランクトン(珪藻類)、8小型植物プランク トン(円石藻や鞭毛藻など);動物プランクトンとして9高次動物プランクトン(オ キアミ類)、10大型動物プランクトン(カイアシ類)、11小型動物プランクトン(有 孔虫類や繊毛虫類など);沈降粒子として12粒状有機物、13生物起源ケイ素(0pめ、
14炭酸カルシウム;その他溶存化学成分として15溶存有機物、16カルシウム、以上 16個の要素にっいて鉛直的に28層(O・330m、表層100mまでは5m間隔)計算する。
境界条件として、北海道区水産研究所の定期観測定点A7(41030N,145゜30.E)の 1991年から1996年までの海表面水温、海表面塩分、風応力、日射量、水深330m以 下の栄養塩濃度を与えモデルを駆動した。なお、風応カと日射量は、最も近い沿岸で ある釧路と根室で観測された1時間毎のデータを用いた。
これまでの研究においてブルーム期として取り扱われてきたのは、主に成層化後 の珪藻の大増殖以降であった。そして、その直前の冬季鉛直混合期に関しては栄養塩
供 給量のみが議論され、プランクトンダイナミクスについてはほとんど議論されてこ なかった。
本研 究で は、 冬季 鉛直 混合 期の 希釈 効果 がブル ーム の規 模を左右することがわか っ た。冬季の活発な鉛直混合により、表層の珪藻濃度は希釈されることで低下するに も かかわらず、鉛直積算した珪藻の生物量は増加し始める。これは、珪藻の被捕食速 度 が捕 食者 濃度 と珪 藻濃 度の 両方 に依 存す るのに 対し て光 合成速度が珪藻濃度のみ に 依存するため、被捕食圧が、珪藻の光合成に比べ、鉛直的な希釈によって大きく減 少 することによる。っまり、希釈効果によって、珪藻濃度は減少するものの、比成長 速 度はプラスとなる。その結果、鉛直混合が活発な時期の珪藻類の生物量と成長速度 が 、ブルームの規模に大きく影響を及ばす。その後、成層化し混合層が浅くなると、
一 般的に知られているように、珪藻の大増殖が始まる。生物生産は光・栄養塩環境が 好 条件のため急速に増加するが、捕食速度はゆっくりと増加する。ブルーム最臓期に は 、珪酸塩が減少し、弱いながらも珪酸塩制限がかかりはじめ、枯死が増加し成長速 度 が減少する。深層から真光層ヘ鉛直移動してきたカイアシ類の増加に伴い被捕食圧 が 高まり、珪藻の生物量は急激に減少し、ブルームは終焉を迎える。また、感度実験 に より、生物パラメータがブルームにどのように効いているかを示した。珪藻の最大 光 合成速度と珪酸塩取り込み時の半飽和定数は、珪酸塩が豊富にあるときの生産速度 を 左右し、ブルームの規模に影響を及ばす。カイアシ類が鉛直移動してくる時期は、
消 費 速 度 の ピ ー ク 時 期 を 左 右 し 、 ブ ル ー ム の 期 間 に 影 響 を 及 ば す 。 これ まで め研 究で は、 ブル ーム 期に は豊 富に硝 酸塩 が存 在し、アンモニアを介し た再生産の影響は小さぃと考えられてきたため、海水中のケイ酸塩濃度の減少/硝酸塩 濃度の減少(△Si(OH)4/△ N03)比は、生物によるSi/N取り込み比と同一視されてきた。
ま た、沈降粒子は真光層中ではほとんど溶けないと考えられ、沈降粒子のSi/N比は、
生 物に よるSi/N取り 込み 比と 同一 視さ れて きた。 これ らの 比は、ほば同じものと考 え られながらも値が大きく異なることがあると報告されていたが、その原因は明らか ではなかった。
本研 究で は、 上記 のSi/N比 の違 いが ブル ーム末 期に 顕著 であること、それらは生 態 系内でのケイ素循環と窒素循環の違いにより生じ、特にアンモニアを経由する窒素 の 再 循 環 が重 要で ある こと がわ かっ た。 沈降 粒子 のSUN比は 、珪 藻の 殻が 動物 プラ ン クトンに代謝されず、糞粒としてすぐに排出される効果と粒状有機窒素が生物起源 ケ イ素 より も早 く溶 ける 効果 によ り変 動す る。生 物のSi/N取り込み比は、珪藻と珪 藻 以外 の植 物プ ラン クト ンの 競合 とア ンモ ニアを 利用 して 珪藻が殻を作る効果によ り 変動 する 。水 柱か らのSi/N減少 比は 、硝 化によ り硝 酸の 減少が抑えられる効果と 珪 藻の 再生 産の 割合 によ り変 動す る。 また 、以上 は珪 藻のSi/N比が一定であっても 変 動す るこ とだ が、 さら に珪 藻のSi/N比が ストレ ス状 況下 で増加することによる影 響 も ブ ル ー ム 末 期 の 高 い S:i/N比 に 寄 与 し て い る こ と が わ か っ た 。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 助教授 教授 助教授
乗木新一郎 吉川久幸 山中康裕
岸 道郎(北海道大学水産科学研究科)
濱 健 夫 ( 筑 波 大 学 生 物 科 学 系 )
学位論文題名
Biological processes and silicon7nitrogen ratio relevant to .the sprlngdiatomb100m
(春季珪藻ブルームに関する生物過程とSi/N 比について)
西 部 北 太 平 洋 に お い て 、 珪 藻 類 ( ケ イ 酸 の 外 殻 を 持 ち 、 植 物 性 プ ラ ン ク ト ン の 主 要 構 成 種 で あ る 大 型 植 物 プ ラ ン ク ト ン ) の 挙 動 は 生 態 系 お よ び 物 質 循 環 に 大 き い 影 響 を 及 ぼ す こ と 、 特 に 春 季 珪 藻 プ ル ー ム ( 春 季 に 珪 藻 が 爆 発 的 な 大 増 殖 を 起 こ す 現 象 ) が 重 要 と な る こ と が 報 告 さ れ て き た 。
申 請 者 は 、 春 季 珪 藻 プ ル ー ム に 注 目 し 、 そ の と き 生 態 系 は ど の よ う な状 態 に あり 、 そ れ に 伴 っ て 物 質 循 環 が ど の よ う な 影 響 を 受 け る の か に つ い て 、 海 洋 生 態 系 モ デ ル を 用 い た 詳 細 な 解 析 か ら 考 察 し た 。
海 洋 生 態 系 モ デ ル は 、 鉛 直 一 次 元 物 理 一 生 態 系 結 合 モ デ ル(Yamanaka et al.,2002 投 稿 中 ) に 改 良 を 加 え た も の を 使 用 し た 。 こ の モ デ ル に よ っ て 、 炭 酸 系 と し て1全 炭 酸 、2全 ア ル カ リ 度 、3二 酸 化 炭 素 分 圧 ; 栄 養 塩 と し て4硝 酸 塩 、5ア ン モ ニ ウ ム 塩 、6珪 酸 塩 ; 植 物 プ ラ ン ク ト ン と し て7大 型 植 物 プ ラ ン ク ト ン ( 珪 藻 類 ) 、8小 型 植 物 プ ラ ン ク ト ン ( 円 石 藻 や 鞭 毛 藻 な ど ) ; 動 物 プ ラ ン ク ト ン と し て9高 次 動 物 プ ラ ン ク ト ン ( オ キ ア ミ 類 ) 、10大 型 動 物 プ ラ ン ク ト ン ( カ イ ア シ 類 ) 、11小 型 動物 プ ラ ン ク ト ン ( 有 孔 虫 類 や 繊 毛 虫 類 な ど ) ; 沈 降 粒 子 と し て12粒 状 有 機 物 、13生 物 起 源 ケ イ 素 ( 〇pal)、14炭 酸 カ ル シ ウ ム ; そ の 他 溶 存 化 学 成 分 と し て15溶 存 有 機 物 、16 カ ル シ ウ ム 、 以 上 16個 の 要 素 に つ い て 鉛 直 的 に28層 (0― 330m、 表 層100mま で は5m間 隔 ) を 計 算 し た 。
境 界 条 件 と し て 、 北 海 道 区 水 産 研究 所 の 定期 観 測 定点A7 (41°30.N,145°30'E)の 1991年 か ら1996年 ま で の 海 表 面 水 温 、 海 表 面 塩 分 、 風 応 力 、 日 射 量 、 水 深330m 以 深 の 栄 養 塩 濃 度 を 与 え モ デ ル を 駆 動 し た 。 な お 、 風 応 カ と 日 射 量 は 、 そ れ ぞ れ 最
も 近 い 沿 岸 で あ る 釧 路 と 根 室 で 観 測 さ れ た1時 間 毎 の デ ー タ を 用 い た 。 申請者は、冬季鉛直混合期の希釈効果がプルームの規模を左右することを明らか にした。示された過程は以下のようなものである。冬季の活発な鉛直混合により、
表層の珪藻濃度は希釈されることで低下するにもかかわらず、鉛直積算した珪藻の 生物量は増加し始める。これは、珪藻の被捕食速度が捕食者濃度と珪藻濃度の両方 に依存するのに対して光合成速度が珪藻濃度のみに依存するため、被捕食圧が、珪 藻の光合成に比べ、鉛直的な希釈によって大きく減少することによる。つまり、希 釈効果によって、珪藻濃度は減少するものの、比成長速度はプラスとなる。その結 果、鉛直混合が活発な時期の珪藻類の生物量と成長速度が、プルームの規模に大き く影響を及ぽす。一般的に知られているように、成層化に伴って、珪藻の大増殖が 始まる。生物生産は光・栄養塩環境が好条件のため急速に増加するが、捕食速度は ゆっくりと増加する。プルーム最盛期には、珪酸塩が減少し、弱いながらも珪酸塩 制限がかかりはじめ、枯死が増加し成長速度が減少する。深層から真光層へ鉛直移 動してきたカイアシ類の増加に伴い被捕食圧が高まり、珪藻の生物量は急激に減少 し、プルームは終焉を迎える。
申請者は次に、生態系におけるケイ素/窒素比の変化に注目した。これまでの研 究では、海水中のケイ酸塩濃度の減少/硝酸塩濃度の減少(△Si(OH)4/△N03)比は、
生物によるSi/N取り込み比と同一視されてきた。また、沈降粒子のSi/N比は、生 物によるSi/N取り込み比と同じと考えられてきた。しかし、実測された値が大き く 異 な る 場 合 も 報 告 さ れ て い て そ の 原 因 は 明 ら か で は な か っ た 。 申請者は、上記のSi/N比の違いがプルーム末期に顕著であること、それらは生 態系内でのケイ素循環と窒素循環の違いにより生じ、特にアンモニアを経由する窒 素の再循環が重要であることを示した。沈降粒子のSi/N比は、珪藻の殻が動物プ ランクトンに代謝されず、糞粒としてすぐに排出される効果と粒状有機窒素が生物 起源ケイ素よりも早く溶ける効果により変動する。生物のSi/N取り込み比は、珪 藻と珪藻以外の植物プランクトンの競合とアンモニアを利用して珪藻が殻を作る効 果により変動する。水柱からのSi/N減少比は、硝化により硝酸の減少が抑えられ る効果と珪藻の再生産の割合により変動する。また、以上は珪藻のSi/N比が一定 であっても変動することだが、さらに珪藻のSi/N比がストレス状況下で増加する ことによる影響もブルーム末期の高いSi/N比に寄与していることを明らかにした。
以上のように、申請者は海洋物質循環において最も重要な珪藻プランクトンブル ーム過程について生態系モデルを用いて詳細に検討した。そして、希釈効果の重要 性を初めて指摘した。また、生態系におけるケイ素/窒素(Si/N)比の変動をケイ 素循環と窒素循環の違いから初めて明確に説明した。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、また研究者として誠実かつ熱心であ り、大学院課程における研鑽や取得単位なども併せ申請者が博士(地球環境)の学 位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。