博士(農学)比良 徹 学位論文題名
ラット膵外分泌応答を指標とした消化管における 食品夕ンノヾク質の認識機構に関する研究
学位論文内容の要旨
生 体が 栄養 素を 自己 の構 成成 分、 エネルギー源として利用するには摂取した食品の 消化 、吸 収と いう 過程 が必 須で ある 。栄養素を消化するための酵素が膵臓から小腸管 腔内 へ供 給さ れる が、 この 膵外 分泌 という生理現象は栄養素の中でもタンパク質摂取 によ り強 く刺 激さ れる 。こ れは 消化 管がタンバク質を何らかの機構で認識しているこ とを 示し てい る。 ラッ トに おい ては 消化管に入った食品夕ンバク質が胆膵液由来の膵 プロ テア ーゼ 活性 をマ スク する こと により、膵プ口テアーゼによる分解を逃れた内因 性の 消化 管ホ ルモ ン放 出因 子が 、小 腸粘膜上のホルモン産生細胞に作用して膵臓へと 情報 を伝 える とさ れて いる 。こ の食 品夕ンバクが間接的に認識される機構は、上部小 腸管 腔内 の膵 プ口 テア ーゼ が必 須で あり、胆膵液に依存した調節系と言える。当研究 室で は外 科的 手術 によ り無 麻酔 、無 拘束下でカテーテルから任意に胆膵液を採取でき るラ ット を作 製し 、膵 外分 泌を 観察 できる実験系を確立している。この中で胆膵液を 上部 小腸 に流 さず 、回 腸部 位へ 戻し た胆膵液除去ラットでも食品夕ンバク質摂取によ り膵 外分 泌が 刺激 され るこ とが 見出 され、胆膵液に依存しない膵外分泌調節機構の存 在、 即ち 小腸 粘膜 上で 食品 夕ン パク 質が直接認識される可能性が考えられた。本研究 では膵外分泌応答を指標として、新たな食品夕ンパク質認識機構(膵外分泌調節機構)
の存在を証明し、その機構の解明を目的とした。
1. 胆膵 液除 去ラ ット におけ る食 品夕ンノヽク質摂取に対する膵外分泌応答が、胆膵液 に依 存し ない 調節 系に よる もの であ るこ とを 確かめ るた め、胆膵液依存性の機構 の刺 激因 子で ある 、ト リプ シン イン ヒピ ター 投与と 消化 管腔内からの胆膵液の完 全 除 去 に 対 す る 膵 外 分 泌応 答 を 調 ぺた 。胆 膵液 除去 ラッ トの 十二 指腸 に同濃 度の 大豆 トリ プシ ンイ ンヒ ピタ ー(SBTI)また は合成 トリ プシ ンイ ンヒ ピタ ーFOY 305 (camostat) [N,N‑Dimethylcarbamoylmethyl 4‑(4‑guanidinobenzoyloxy) phenylacetate methanesulfonate]を投与 した ところ、SBTI投与群でのみ膵外分泌が刺激された。ト
リ プシ ン阻 害能 はFOY 305の方 が強 カで ある こと から 、SBTIに よる 膵外 分泌 刺激 はト リプ シン 阻害 能に 関係 せず、 夕ン パク 質と して の性質によるものであること が示 唆さ れた 。こ れら を胆 膵液の 存在 する 回腸 部位 に投与しても膵外分泌は刺激 され ず、 回腸 部位 の胆 膵液 を体外 へ排 除し ても 膵外 分泌は刺激されなかった。こ れに より 胆膵 液除 去ラ ット におい て下 部小 腸の 胆膵 液に依存した膵外分泌調節は 起き ない こと が確 かめ られ 、食品 夕ン バク 質やSBTIは胆膵液の存在しない上部小 腸 で 認 識 さ れ 、 膵 外 分 泌 を 調 節 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。
2. 胆 膵液 除去ラ ッ卜 での 存在 が確 認さ れた 胆膵 液非 依存 性の 膵外 分泌調 節が 、上 部 小腸 管腔 内に胆 膵液 が存 在す る正 常ラ ット でも 存在 するのかを検討するため、腕 vitroで同 程度 のト リプ シン阻害能を持つ食品夕ンバク質(カゼイン加水分解物)
と 合成 トリ プシ ンイ ンヒ ピタ ー(FOY 305)を 正常 ラッ トに 投与 して膵 外分 泌の 応 答 を 調べ た 。 ラ ッ ト 小 腸 内 容 物 をト リプ シン 源と して 、ト リプ シンの 合成 基質 分 解に 対す るカゼ イン 加水 分解物とFOY 305の阻害活性を検討したところ、10メg/ml のFOY 305と200 mg/mlの カ ゼ イン 加水 分解 物が ほぼ 同程 度の 値を示 した 。小 腸 内容 物中 のトリ プシ ン濃 度に設定した精製トリプシンに対しては、200 mg/mlのカ ゼイン加水分解物よりも10 pig/mlのFく)Y 305の方が強カな阻害活性を示した。小 腸内 容物 中のト リプ シン 活性 に対 して ほぽ 同程 度の 阻害活性を示した10 yg/mlの FOY 305と200 mg/mlのカ ゼイ ン加 水分 解物 、こ れら よりわずかに低い阻害活性を 示した100 mg/mlのカゼイン加水分解物を正常ラットの十二指腸に投与したところ、
カ ゼ イン 加 水 分 解 物 は 濃 度 依 存 的 に 膵 外 分 泌 を 刺 激 し た が 、FOY 305憾膵 外分 泌 を刺 激し なかっ た。 この こと から 正常 ラッ トに おけ るカゼイン加水分解物による 膵 外 分泌 刺 激 は 、 ト リ プ シ ン 阻 害能 に依 存し ない こと が示 され 、正常 ラッ トに お いて も胆 膵液非 依存 性の 機構 が食 品夕 ンバ ク質 に対 する膵外分泌応答を調節して いる こと が示唆 され た。 この 新た な調 節系 にタ ンバ ク質中のどのような構造が関 与 し て い る の か を 調 べ る こ と を 目 的 と し て 以 後 の 実 験 を 行 っ た 。
3.以 前の 実験 により 、カ ゼイ ン中 のり ジン をホ モア ルギ ニン に修 飾したグアニジル 化カゼインがインタクトなカゼインよりも強丿Jに膵外分泌を刺激したことから、
夕ンバク質中のグアこジル基が膵外分泌調節に関与している可能性が考えられた。
そこ でグアニジル基を有するアミノ酸であるホモアルギこンを正常ラット、胆膵 液 除去 ラッ トに投 与し て膵 外分 泌の 応答 を調 べた 。正 常ラ ット では管腔、腹腔い ず れに 投与 しても 膵外 分泌 に変 化は 見ら れな かっ た。 一方 胆膵 液除去ラットでは 管 腔内 に投 与した 場合 には 有意 な変 化は 見ら れな かっ たが 、腹 腔内に投与すると
膵外分泌を抑制した。この結果からホモアルギこンが消化管ホルモンコレシスト キニン(CCK)のアンタゴニスト、あるいは副交感神経系のブ口ッカーとしての 作用を持つ可能性が考えられたが、膵外分泌を刺激する作用はないことが明らか となった。これにより胆膵液非依存性の膵外分泌調節には遊離ホモアルギニンの グアニジル基ではなく、夕ンバク質としての構造とグアニジル基が伴って関与す ることが示唆された。
4.胆膵液非依存性の膵外分泌調節におけるタンパク質中のグアニジル基の関与を検 討するため、サケの白子に含まれる高アルギニン含有の天然夕ンバク質であるプ 口夕ミンを用いて膵外分泌応答を調べた。プ口夕ミンを正常ラット、胆膵液除去 ラットの十二指腸に投与すると、いずれにおいても膵外分泌は亢進した。次に、
ヒドラジン処理により脱グアこジル化プ口夕ミンを調整してネイティブなプ口夕 ミンとの膵外分泌を比較した。アミノ酸組成を分析すると、プロタミンはアルギ ニンを60 molu/o含有しており、脱グアこジル化によルアルギニンはオルニチンに変 換され、アルギニン含量は約1/8に低下していた。ネイティプなプ口夕ミン、脱グ アニジル化プ口夕ミンを正常ラットおよび胆膵液除去ラットに投与すると、プ口 夕ミンは両ラットの膵外分泌を刺激したが、脱グアニジル化プ口夕ミンはいずれ のラットにおいても膵外分泌を刺激しなかった。また、プロタミンに含まれる量 のアルギこンを正常ラット、胆膵液除去ラットに投与しても膵外分泌は刺激され なかった。これらの結果からプ口夕ミンの膵外分泌刺激作用には小腸管腔内の胆 膵液 の 有無 に 関わ ら ず、 グ アニ ジ ル基 が 関 与し て いる こ とが 示 され た 。
以上のように、胆膵液に依存しない新たな膵外分泌調節系の存在が胆膵液除去ラット において確かめられ、正常ラットにおいてもこの機構による調節を受けることが示さ れた。この新たな膵外分泌調節機構の存在は食品夕ンバク質が小腸粘膜で直接認識さ れることを示しており、その機構にはタンバク質中のグアこジル基が関与することが 明らかとなった。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
青 山 頼 孝 本 間 守 葛 西 隆 則 原 博
学 位 論 文 題 名
ラット膵外分泌応答を指標とした消化管における 食品夕 ンパク質の認識機構に関する研究
生 体 が 栄 養 素 を 自 己 の 構 成 成 分 、 工 ネ ル ギ ー源 と し て 利用 す る には 摂 取 した 食 品 の 消 化 、 吸 収 と い う 過 程 が 必 須 で あ る 。 栄 養 素 を 消化 す る た めの 酵 素 が膵 臓 か ら小 腸 管 腔 内 ヘ 供 給 さ れ る が 、 こ の 膵 外 分 泌 と い う 生 理 現象 は 栄 養 素の 中 で もタ ン パ ク質 摂 取 によ り 強 く刺 激 さ れる 。 こ れ は消 化 管 がタ ン ノ ヾク 質 を 何ら か の 機構 で 認 識して いるこ と を 示 し て お り 、 ラ ッ ト に お い て は 消 化 管 腔 内 の膵 プ 口 テ アー ゼ の 基質 特 異 性を 利 用 し た 機 構 に よ り 説 明 さ れ て い る 。 こ の 機 構 は 消 化管 腔 内 の 胆膵 液 に 依存 し て おり 、 食 品 夕 ン ノ ヾ ク 質 は 消 化 管 上 皮 に 直 接 は 作 用 し な い と 考 え ら れ て い る 。 当 研 究室 で は 胆叮 萃 液 を 上部 小 腸 に流 さ ず 、回 腸立g位へ 戻した胆 膵液除去 ラッ卜 を作 製 し 、 無 麻 酔 、 無 拘 束 下 で カ テ ー テ ル か ら 任 意 に胆 膵 液 を 採取 で き 、膵 外 分 泌を 観 察 で き る 実 験 系 を 確 立 し て い る 。 こ の ラ ッ ト に お いて も 食 品 夕ン バ ク 質摂 取 に より 膵 外 分 泌 が 刺 激 さ れ る こ と が 見 出 さ れ 、 胆 膵 液 に 依 存し な い 膵 外分 泌 調 節機 構 の 存在 、 即 ち 小 腸 粘 膜 上 で 食 品 夕 ン バ ク 質 が 直 接 認 識 さ れ る可 能 性 が 考え ら れ た。 本 研 究で は 膵 外分 泌 応 答を 指 標 とし て 、 新 たな 食 品 夕ン ノ ヽ ク質 認 識 機構 ( 膵 外分 泌 調 節機構 )の存 在を証明し、その機構の解明を目的とした。
1. 胆 膵 液 除 去 ラ ッ ト に お け る 食 品 夕 ン バ ク 質 摂 取 に 対 す る 膵 外 分 泌 応 答 が 、胆 膵 液 に 依 存 し な い 調 節 系 に よ る も の で あ る こ と を確 か め る ため 、 胆 膵液 依 存 性の 機 構 の 刺 激 因 子 で あ る 、 ト リ プ シ ン イ ン ヒ ピ タ ー 投与 と 消 化 管腔 内 か らの 胆 膵 液の 完 全 除 去 に 対 す る 膵 外 分 泌 応 答 を 調 べ た 。 胆 膵 液 除去 ラ ッ ト の十 二 指 腸に 同 濃 度の 大 豆 卜 リ ブ シ ン イ ン ヒ ビ タ ー (SBTI)ま た は 合 成 ト リ プ シ ン イ ン ヒ ビ タ ーFOY 305 (carnostat) [N,NーDimethylcarbamoylmethyl 4‑(4‑guaniclinobenzoyloxy) phenylacetate methanesulfonate]を 投 与 した と こ ろ 、SBTI投 与 群 での み 膵 外分 泌 が 刺激 さ れ た。 ト リ ブ シ ン 阻 害 能 はFOY 305の 方 が 強 カ で あ る こ と か ら 、SBTIに よ る 且 萃外 分 泌 刺激 は ト リ ブ シ ン 阻 害 能 に 関 係 せ ず 、 夕 ン パ ク 質と し て の 性質 に よ るも の で ある こ と が
示唆された。次にこれらを胆膵液の存在する回腸部位に直接投与しても膵外分泌は 刺激されず、回腸部位の胆膵液を体外へ排除しても膵外分泌は刺激されなかった。
これ により 胆膵 液除 去ラ ット の膵 外分 泌調 節に 下部 小腸の胆膵液は寄与しないこ とが 確かめ られ 、食 品夕 ンバ ク質 やSBTIは 胆膵 液の 存在しない上部小腸で認識さ れ、膵外分泌を調節することが明らかとなった。
2. 胆膵 液除 去ラ ット での 存在が確認された胆膵液非依存性の膵外分泌調節が、上部 小腸 管腔内 に胆 膵液 が存 在する正常ラットでも作動するのかを検討するため、fル W troで同程度のトリプシン阻害能を持つ食品夕ンバク質(カゼイン加水分解物)と 合成 卜リプ シン イン ヒビ 夕‑ (FOY 305)を 正常 ラッ トに投与して膵外分泌の応答 を調べた。小腸内容物中の卜リブシン活性に対してほぽ同程度の阻害活性を示した 10 ,u.ghnIのFOY 305と200 mg/rnlのカゼイン加水分解物、これらよりわずかに低い 阻害 活性を 示し た100 mg/mlのカゼイン加水分解物を正常ラットの十ニ指腸に投与 した ところ 、カ ゼイ ン加 水分解物は濃度依存的に膵外分泌を刺激したが、FOY 305 は膵外分泌を刺激しなかった。このことから正常ラットにおけるカゼイン加水分解 物による膵外分泌刺激は、トリプシン阻害能に依存しなしゝことが示され、正常ラッ トに おいて も胆 膵液 非依 存性 の機 構が 食品 夕ン バク 質に対する膵外分泌応答を調 節していることが示唆された。
3. 以前 の実 験に より 、カ ゼイン中のりジンをホモアルギニンに修飾したグアニジル 化カゼインがインタクトなカゼインよりも強カに膵外分泌を刺激したことから、夕 ンバ ク質中 のグ アニ ジル 基が 膵外 分泌 刺激 作用 に関 与している可能性が考えられ た。そこでグアニジル基を有するアミノ酸であるホモアルギニンを正常ラッ卜、胆 膵 液除 去ラッ トの 管腔 内ま たは 腹腔 内に 投与 して 膵外 分泌の応答を調ぺた。いずれ も膵外分泌を刺激する作用は見られず、胆膵液除去ラットの腹腔内に投与したとき にのみ膵外分泌の抑制が見られた。これにより胆膵液非依存性の膵外分泌刺激には 遊離ホモアルギニンのグアニジル基ではなく、夕ンノヾク質としての構造とグアニジ ル基が伴って関与することが示唆された。
4. 胆膵 液非 依存 性の 膵外 分泌調節におけるタンバク質中のグアニジル基の関与を検 討するため、サケの白子に含まれる高アルギニン含有(約60 molo'/o)の天然夕ンノヾ ク質であるプ口夕ミンを用いて膵外分泌応答を調べた。プ□夕ミンを正常ラット、
胆膵液除去ラットの十ニ指腸に投与すると、いずれにおぃゝても膵外分泌は亢進した。
次 に 、ヒ ドラ ジン 処理 によ り脱 グア ニジ ル化 プ口 夕ミ ン(Arg含量 は約1/8に減 少)
を調 整して ネイ ティ ブな プ口 夕ミ ンと の膵 外分 泌を 比較した。プ口夕ミンの正常 ラッ卜および胆膵液除去ラットヘの投与は膵外分泌を刺激したが、脱グアニジル化 プ 口夕 ミンは いず れの ラッ トに おい ても 膵外 分泌 を刺 激しなかった。また、プ口夕 ミ ンに 含まれ る量 のア ルギ ニン を正 常ラ ッ卜 、胆 膵液 除去ラットに投与しても膵外 分 泌は 刺激さ れな かっ た。 これ らの 結果 から プ口 夕ミ ンの膵外分泌刺激作用には小 腸 管腔 内の胆 膵液 の有 無に 関わ らず 、夕 ンバ ク質 中の グアニジル基が関与している ことが示された。
以上により、胆膵液に依存しない新たな膵外分泌調節系の存在が胆膵液除去ラッ卜 において確かめられ、正常ラッ卜においてもこの機構が存在することが示された。こ の新たな膵外分泌調節機構の存在は食品夕ンノヾク質が小腸粘膜で直接認識されるこ とを示しており、消化管がタンノヾク質中のグアニジル基を認識することが明らかと なった。
よって審査委員一同は、比良徹が博士(農学)の学位を受けるに十分な資格を有す るものと認めた。