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高等学校数学教育の問題点(4)

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高等学校数学教育の問題点(4)

教育学部数学研究室 宮 田 龍 雄i 常磐女子高等学校 宮 田 加寿子

ない。すなわち「数列の極限(無限等比級数を含む),

まえがき      用語としての収束,発散,O。,無限等比級数」のみがこ 前稿までの 高等学校数学教育の問題点(1),②齢よび  こでの内容をなしている。しかもこれらの内容について 13) を通して,現行の高等学校学習指導要領における数  の解説自体に「ここでは,無限数列を扱う。すなわち,

学1,皿Bのねらいとその内容,またそれにもとつく教  具体的な数列について,項の番号が限りなく大きくなる 科書の教材内容や配列の方法などにみられる各種の問題  とき,項の値がどのように変化するかを調べ,収束,発 点を検討してきた。1)ひきつづき本稿では数学皿にふく 散の意味を明らかにする。無限等比級数については,そ

まれるそれらについて考察し,現在の指導要領による高  の和の意味,収束または発散するための条件および収束 等学校数学教育の問題点の検討を,一応蔚わることとす  する場合の和を求める公式などを理解させ,それらを応 る。      用する能力を養う。一般の無限級数については,その和 以下,文中でのカギ括弧はすべて,文部省発行の学習  の意味を知らせる程度にとどめ,具体的に和を求めるの 指導要領,学習指導要領解説数学編,高等学校新しい数  は無限等比級数の程度とし,深入りしないようにする」

学教育(数学教育現代化講座指導資料)澄よびそれらの  と述べられていることは,みずから示した極限への指向 作成関係者などによる高等学校学習指導要領の展開(数  を,みずからの手で放棄したものともいえよう。

学科編デ)などからの引用を示す。       すなわち,目標としては,無限数列の極限を基礎とし て一般の関数の極限の概念の一応の確立をめざしてはい A 解  析       るものの,その内容に含まれる事項は,いわゆる古典的

(1)数列の極限      級数論の初歩の枠内の教材を与えているだけであって,

指導要領数学皿の目標1)に「無限数列について,極限  これだけでは関数の極限への布石となりうるとは思われ の考えを理解させ・無限級数について知らせる」として  ない。当然のことであるが,あとの微分,積分の内容に

「基本的な無限数列について・極限の考えを理解させ・ つながる概念はきわめて少ない。しいてあげれば,四則 無限等比級数の意味を理解させる」ことがこの項での内  に関する数列の極限の性質の形式的類似性と,定積分の 容となっている。これをうけて指導要領解説では「極限  定義に関連する,無限級数の和の概念だけである。しか の概念は微分積分の概念の基礎をなすもので・解析の領  も,のちに関数の極限の四則の性質は「数列の場合と同 域における重要な概念である」とし・「極限の概念は数  様にして」と指導されるだけであり,しかも数列の場合 学HBの微分法と積分法の指導の際直観的に扱われてい  は成り立つものとする取り扱いであるので,数列の場合 るのであるが・改めて数学皿で取り扱い・無限数列や無  の極限の四則に関する性質の指導は,そのあとのための 限級数を通じて極限の概念を明確にしようとするのである」 論証の基準にはなりえない。いいかえれば,数列の極限 と述べられている。解説では明らかに無限数列や無限級  のこのままでの指導では,とうてい微分積分につながる 数を・極限概念への媒体に位置づけしているのであるが,基礎概念を,論理的にはもちろん,教育的にも確立する 指導要領の内容そのものはそれを裏づけるものとはいえ  ことにはならない。つぎに,無限等比級数を,無限級数

(2)

の典型的代表とすることにも問題がある。無限等比級数  使用していく指導が,とくに数学皿では多く見受けられ は,あまりにも特異な無限級数であり,それを処理する  る。最近の科学や技術のいちじるしい進展にともなって 手法は,一般の無限級数の考察には役立たない。事実, 要求される数学的素養を身につけ,さらに高度の数学へ ここでの指導は数列{rn}のみを考察させるだけであり, と発展するための能力を正しく身につけることが,数学 したがって,その部分和は形式化を許すので,一般の無  皿の目的であるといわれているが,上で述べた方式の指 限級数の収束,発散の指導に代替するにしては,あまり  導をくり返えし積み重ねていく数学皿の指導方法の結果,

にも具体的すぎるといえるからである。もちろん,部分  ある短期間での生徒の計算技術の保存はえられても,計 和の極限をもって無限数列の収束,発散の定義を与える  算の間にひそむ数学の心を定着させることができないた だけの目的であれば問題は澄こらない。        め,それらの計算技術が真に身についたものにはならな 以上の考察から,ここでの目標を支える教材はほとん  い。しかも数学教育の大きな目的である論理的考察力の どなく,数列の極限を,伝統にしたがって指導要領の目 養成も,論理性が直観を多用する指導の中で後退してし 標なり内容なりに取りあける理由は,現在の指導要領の  まう現状では,期待することすらできない。

ねらいからするかぎり,稀薄なものといえよう。      極限の存在をめぐる指導は教科書ごとに極限そのもの なお,数列の範囲内での極限の概念は,いわゆる   の解釈の広狭があり,必らずしも統一されたものになっ discreteな極限の概念であり・n→・。とX→aの間  てはいない。もちろん有限確定の極限値が存在する場合 の概念の差は大きく・ただ形式の類似性だけを着目して・は問題はないのであるが,

数列に澄ける極限と,関数における極限とを短絡させる   lim an=∞, lim an= °°

n→00      n→oo

姿勢は,とくに・はじめて極限の概念を指導する高等学  の場合の極限の取り扱い方に問題がある。この場合,も 校の段階で,厳密な論証を背景とする指導が不可能なか  し極限があることにすれば,導関数の定義を再整備して・

ぎり,極限の誤った定着を避ける意味からも望ましいも 有限確定の極限と,±∞の極限とを厳格に区別する必要 のとはいえない。      がある。一方,極限が存在しないとすれば,直観的な観

ここでの無限数列の極限の指導は,ある意味では当然  点からする指導の立場からみるどない という言葉に のこととはいえ・あまりにも素朴であり・直観的である。 異質感をもたせる。この点からみて,いずれにしても導 一方,さきにも述べたように,数列の極限はdiscrete・ 関数の定義における極限の取り扱いかたには,一般に粗

な変数変動に関する概念であるから・ある程度の論理的 雑さが目立つ。

な形式化は可能であって,かかる段階的な形式化を,や   不等号に関する極限の性質は,たとえば定積分の指導 がて連続変数の変動を伴う関数の極限のための布石とす  に重要な関係がある。1im an,lim bnが存在

骼w導こそ,数列の極限と関数の極限とを結ぶ生きた指する場合諏≧b濃聖義評≧轟㎞

アではあるまいか。すなわち,an→aの定義として, が成りたつことを,多くの教科書では直観的に明瞭な事 任意の自然数Kについても,ある自然数Nがあって,  実であると指導するのであるが・一方an>bnであっ

。≧Nならば,1・・一・1<・/Kとできることを採用ても,〜戴an= 城bnとなる場合も規

することは,我々の経験からも可能である。これさえ定  りうるのであるから,それほど明白な事実ともいい切れ 着できれば,数列の四則に関する極限も論証が可能とな  ない。上でも述べたように,この性質は重要な教材であ り譜限りなく近ずける という直観的な言葉も数学的  るばかりではなく,つぎの意味で本質的な教材といえる。

言葉に轍させられよう.餓こでの指導に,将輔す勧ち,これを a・≧・ならば 城a・≧°

近線などの指導が予定されているなどの理由から,たと  と形式を変えることにより,極限の概念の指導を,直観 えば,O。一。。,0×。。,。。/。。,0/Oなどのいわゆる  的な指導から論理的な指導に高める可能性をもつ教材と 不定形の極限を含ませた方がよいと思うが,現在のとこ  考えることができるからである。

ろこれを指導しない教科書3)が大部分といえる。     さきにもふれたが,無限等比級数そのものの指導と,

一般に重要な定理,法則を,直観的に把握理解させる  そのあとの数学皿の指導とは直接の関連をもたなし(。し ことができるという期待のもとに,それらを公式として  たがって無限等比級数は,収束または発散する一般の無

(3)

       21 {田:高等学校数学教育の問題点(4)

限鱗の指導の中での例題程度に位置づければ+分であ だ考察の対象となる関数を初等的なものに限定したもの ろう。むしろ,あとで重要である関数,たとえば,   だといえる。

y−。X(。〉。)の正し碇義の指導などを,この段階 関数値の極陳ついては「数学皿の数列の極限に紳 の内容に含ませるべきであろう・y−・Xについていえて撫an=αの意味を学んでいるが・それを発展

@       の意味を理解させる」としていば,鯉数xを指数とする場合の・X騰学・で臓ささせて浸魂姻

れているが庶騰xについては      る.これをうけて・すべての教科書では・関数の鰍を x_1im Xn,Xnは有騰(1)   当然のことながら直観的に説明したあとで・ 数 1」の極 として,蕪戴xを表現する指導と,さらに(1)の指導の限と同じように潤数の極限についても・その四則礪

あとでの EX一

帥S・(2) 玄灘1纒瀞瓢鱗課

として,。x醍義される4)こと蜘らせる願の指しかも変数・はdiscret・であり・かつ1つの餉集

       合の変域内での考察である。一方,関数の極限は,一般導は,まさしく関数の極限の概念をめざした,数列の極

@      にx→aの型の極限であって,aのとる値は,有限確定限の指導の1つといえるであろう。ここでωの指導では

       値のこともあり,あるいは正負の無限大となることもあ数直線を用いる直観的な方法によらなければならないが,

数列{X。}のえらび方礁齢,実数X綻まる穣る・などのvari・ti・n力励・さらにX腱続的変

       数であることが一般で,たとえ1次元の変数に制限したは理解させることができよう。②の指導はグラフを使用

する程度にとどめるという指導上の難点,鯨を含むととしても・xの・への近接の方法賄向的と限定されな

       い。したがって,これら2つの極限の間には,数学的立しても,現行の関数y=aXの指導よりは自然であろう。

       場からみれば大きなちがいがあり,概念としては異なるなお,このような論理上の深い配慮を必要としつつも,

       範疇に属するものである。いわゆるε一δ式厳密な論理教育的立場からやむをえず直観的に処理しなければなら

       が本質的に必要とされるのは,後者の場合であって,数ない教材が,数学皿の内容を変えないかぎり,他にも多

       列の極限だけに限れば,高等学校数学教育の範囲でも,く存在するのであるが,直観による指導で論理的態度を

       十分論理に堪えられる指導が可能なのである。したがっ後退させることを最小限にくい止めるためにも,指導す

       て,数列の極限と,関数の極限の間には数学教育の上かる教師が,論証の必要性を絶えず認識していなければな

       らも大きな断層が介在すると考えられる。それらをたんらないのであるが,これに対応できる指導要領解説の充

       に形式的類似のために,同じ直観的指導の中にまとめて実をのぞみたい。

取り扱うことは危険であろう。

       以上で一般的考察をしてきたが,つぎに具体的な問題(2) 微分法とその応用

@       点にも触れておく必要がある。ここでも各教科書での極数学皿の目標の②に「初等的な関数についての理解を

       限,極限値の用語の使用は,必らずしも明確とはいいき

       値は,すくなくも数学教育上では狭義の意味に統一されからすれば,通常の微積分の教科書と同等な水準で,た       

(4)

たほうがよい・一例として・ノ嶋sin 1/xを考の具体例をあげることはできない・一方,微積分の輔 よう♂x=1/nπとして・xをoに近ずければ,その極  のために合成関数の連続性を考察させなければならない 限はoであり・またx;2/(4n−3)πとして,xをo のであるが,連続性を直観的に娘つながっている こと に近ずければ・その極限は1である と指導される場合  で指導すれば,合成関数の連続性を説明するためには不 の極限の取り扱い方に問題がないとはいえないであろう。 十分で,これを明確にするためには,連続の定義を上記 これに対して・数学教育の実際の場で・極限が本質的に  3条件に戻さなければならない。連続のような本質的に 存在しない場合の考察はまれであるという立場からであ  は高い程度をもつ概念を,数学教育の場におろす場合に ろうか・その場合にまったく触れない教科書も見られる  は,これと類似の指導上の困難を避けることはできない。

が・これにもそれなりの理由があり・十分注目する価値  しかも,かかる場合の指導要領解説には実質的な解説が のある指導法であるとする見方もできよう。左右の極限  みられず,すべて現場にまかせる態度がみられることは 値の概念は,平均値の定理の指導などに関連するので, 残念である。

これに言及する指導も無意味ではな%しかし,このと  実際,二,三の教科書では,連続性の指導をほとんど き・賦左右の極限値が存在して一致することと,極限値 行わず,はじめから直観的な般つながり・の概念におき の存在とは同値である と指導を拡げる際には注意が必  かえてしまっている。連続性については,とぐに論理的 要である。前者が後者のための必要条件であることは明 手段を期待することができない現状からすれば,それを らかであるが・逆に十分条件であることを,この段階で  伏せた指導は問題があるとしても,やむをえない方法で 指導することは不可能である。      あろう。

関数の極限の概念が・関数の連続性と深く関わりあい   なお,現在の高等学校数学教育において,連続の概念 のあることはいうまでもない。一方・関数の極限の概念  が表面にあらわれるのは,連続関数に関する中間値の定 を直観的に指導するために・すでにつながっている関数  理,最大最小の定理,Rolleの定理などであるが,こ のグラフ上の連続的変動を用いて理解させることは・論  れらの重要な定理の指導は,例によって,直観的なグラ 理的には矛盾を含むものであり,やむをえない教育的な  フの観察による説明にとどめるように指示されている 酉己慮であるとしても問題である・ともすれば連続の概念 (数学第2款第5の3の(2))のであるから,むしろ,高 が瀾数の極限の鵬に先行する指導となって激学性 等学灘学教育峰いては,・連続・という概念を無定 がまったく失われた指導と勧やすいからである・  義述語としでつながっている覧ととしても,あ効 つぎに連続の概念の指導についての具体的考察にうつ 大き妓障は起ら静であろう。そ旅しても,「微分 ろう・厳獣は・x=・に諦て関数値f㈱弐存在し・可能性から関数の連雛を指導し,その逆は働た舷 さらにノ魂f伐)も磁して・ノ贈f(x)=f(a) いことを囎させること腫要である」と醐されては

となるとき,f(x)はx=aで連続であると定義されてい       いるものの,以上の理由からこのような観点は全体の調

る・こえぞf伐)のグラフがx=・でつ効§って鴨 と和臓じみにくい.まして微積分の躰的彬式的講

みる直観的な性質とまったく同じであると理解させる指       まで指導が進めぱ,連続という言葉すら消滅して,計算

導の方法を発見するζと礁点であろう・上記連続の3の技術的鱒の下鯉もれてしまうの槻状である.こ

条件け つながっている ための必要条件であることを       のことについては,なおあらためて微分,積分の考察の 理解させる指導は比較的容易であるが,その十分性の指       さいに触れることにしたい。

導は困難である。事実,すべての教科書では,生徒がえ      つぎに微分の指導についての考察にうつる。「すでに

がきうる連纈数のグラフの例示と・その瀬を与える 数判Bに紳て轍分係数を定義するとき 形の指導に終り,いつの間にか,上の3条件が つなが

・…・ための+分条件とす嫌てしまつている. 鵡f(a+h言『f㈲

もともと連続の概念は,実数全体の集合のもつ位相的性  として,h→oを扱っているであろうが,このとき扱う 質であって・いかなる初等の関数でも,高度の関数でも  関数は整関数に限られていた。ここでは関数値の極限と 連続性からする差別はありえないから,連続性そのもの  いう立場から改めてこの極限が見直されることになる」

(5)

宮田:高等学校数学教育の問題点(4)       23

と述べられているが,さきに関数の極限についての考察   合成関数,逆関数の微分法は,そのあとのいっそう高 のさいにも述べたように,関数の極限そのものの概念が,度な関数の微分法のための基本であり,またあとの積分 すでに一般性をもたないで,数値計算としての極限値に 法,とくに置換積分,有理関数の積分と深くかかわる。

慣らされてしまった生徒にとっては,ここでも,一般者 数学的論理性を無視すれば,合成関数,逆関数の微分法 としての微分係数の把握は疑問であり,教科書でも,そ  の公式を導くことは,形式だけの問題であり,きわめて のことを裏づけるかのように,関数の間の四則に関する 容易に指導することができる。ここで完全な論証をその 微分法の公式について,鴨数学HBですでに学んだ整関  まま高等学校数学教育に澄うす意図はないが,一方では,

数の和,差,積の微分法の公式は,一般の関数について  指導要領で論証の精神が強調され,それを「論証の必要 もなりたつ として・ここで改めて一般の関数の極限の  性を確認し,論証的な体系に作りあげていこうとする精 性質として見直した指導をしているとはいえない。ただ  神」,すなわち論証以前の数学性と解釈したとしても,

1っ,商に関する微分法を形式的に展開するものが多い  これらの微分法の指導のために娘いかなる命題が仮定さ が,たしかに整関数にとらわれない形の説明ではあって  れ ,指導の程度を超えるので保留される必要な証明の

も,前提に澄くべき関数の微分可能性(必然的に連続性) うち㎎どの部分が保留されている のかを見させるため を意識させる指導とはいい切れず・結局は・形式的な計  には,それらの仮説,保留を含めての完全な論証を指導 算を展開しているだけであって,一般の関数の極限から  しなければならない。たとえば合成関数の微分法の教科 考えた微分の指導とはなりきれていない・       書における証明には,このような精神はみることができ

なお指導要領の内容A・②・ω「関数の商の微分法・  ない。すなわち,通常の指導は

翻}贈旛講「赫慧有鑓鞠酵鵡叢膿.

製驚雛繊灘1欝1・鑑黛‡ゲ      ムX→0

ればならない」からだとされているが,商の微分法は・ となっていて,この証明が△t=oのときは無効である 具体的な有理関数の関数的性質とは直接には結びつかず, ことを示す教科書は,きわめて僅かである。5)しかも極 結果からすればたんなる一連の計算の指導だけであるか  限の存在の前提である,関数y,tの微分可能性は,す

ら,関数の形からくる微分法への深入りは考えられない。 くなくとも強調されているとはいえない。したがって,

一方,数学皿のたてまえからすれば,せっかく一般の関  指導される側からすれば,賦y,tの微分可能性 が仮 数の微分法にまで見直させた導入部のあとで・展開の段  定された上で,上の証明をしたとしても娘な吾△t=o 階でふたたび特殊化することは,具体から抽象へ,抽象  の場合の証明 が残っていることを意識させる指導とは から具体へとfeedbackする数学教育の立場とは別  なっていない。

の問題である・そのうえ,あとで指数関数などの高度な   ここでも「無理式の計算は数学1で指導されていない 概念を伴う関数の微分法までを組み入れる姿勢にくらべ  内容である」という理由で,その取抄扱いの範囲は「y

れば,有理関数の形などは些細なことで,上記の制限は =xk(kは有理数),y=隔,yニk謄 まったく無意味なものである。数学皿の一般の傾向とし の程度とする」としているが,この制限をしての微分法 て,概念は非常に高いものを要求しながらも,その概念  の目的の1つは,2次曲線の指導をめざしたものと考え の具体は平易かつ特殊なものに限定することが多い・平  られるので,逆にこの程度で十分であるともいえる。す 易で特殊である具体物は,純粋にもとの概念を表現する なわち応用を意図しての制限であり,微分法の望ましい

ことは,むしろ稀で,特殊であるがために所有する他の 指導の制限をめざしたものではないとの見方もできる。       て概念に汚染されがちである。したがって,もとの理想の 無理関数の微分についても,有理関数の場合と同じく,

概念の指導を望むのであれば,その概念の深さに対応す  指導の困難は根号内の関数の形に原因があるとは考えに る複雑な関数の指導を避けることはできない。      くい。

(6)

なお,合成関数,逆関数の微分法は,あとの指導の内  め深入りしないようにする」となっているが,ここまで 容である指数関数,とくに対数関数の微分法,あるいは  の段階までくれば,すでにある程度の数学的思考力が前 媒介変数表示による関数,陰関数の微分法へと発展させ  提とされていなければならないという意味では,これだ ることが予定されている。したがって,合成関数,逆関  けの制限をつけても,なお深入りしすぎている,という 数の微分法の指導は,微分積分全体からみても重要な指  感想をもつ。

導の1つであり,これが数学皿Bに澄ける微分積分の指   数学第二款第5の3の(1)で,逆三角関数の取り扱いは 導と,数学皿に澄けるそれとを明確に区別する基準とも  しないことになっているが,一方で,指数関数の逆関数 考えられる。数学HB,数学皿の立場の差を考えれば, としての対数関数は取り扱っている。その理由は,逆三 これら2つの教科における微分の指導のちがいは,たん 角関数の多価性にあると思われるが,旧来の数学教育に に教材内容の程度の差や,その多寡にとどめるべきでは  診いてもこの傾向が強い。しかし,三角関数そのものは,

なく,論証の厳密性の差にまで高める考慮がされる必要  指数関数よりも概念的に単純であり,しかも幾何学的モ があろう。      デル化が容易であるから,教育点観点からしても指数関 三角関数は,三角比とともに数学1で指導されるが, 数よりは具体である。しかも三角関数のもつ性質として 数学1での指導は三角比に重点があり,必ずしも十分な 指導上重要である,加法定理,連続性はともに幾何学的 三角関数の指導とはいいきれない。6)また三角関数の微  直観を許した説明で理解させられることは,指数関数と 分法の基本は,加法定理および極限値sin苓/x→1で  著しい対照をなす。また限定区間内で考えれば,その単

ある。加法定理は数学HBで指導されるが,これも不十  調性も容易に把握され,したがって主値の範囲で逆三角 分で数学皿の準備は完全ではない。このように分断され  関数を導入することはきわめて容易である。もとの三角 た三角関数の指導自身にも問題があるけれども,現状で  関数の微分も指数関数にくらべて,はるかに簡単で,し は数学皿でそれらを再整理して微分の指導に入らざるを たがって逆三角関数の導関数の指導は,対数関数のそれ えないことは,必要以上に数学皿の負担を増加させてい にくらべて本質的に簡明である。逆関数を区間を限定し る。      て考察させることに,指導上の問題があると考えられる 三角関数とともに,超越関数である指数関数あるいは が,すでに数学1でこのような指導は澄こなわれている 対数関数の微分には,それぞれ独立した,あるいは逆関 のである。

数として関連した固有の極限値の指導が前提とされる。   これに反して指数関数は,まえにも述べたが,上記三 この固有の極限値の指導が,相当に問琶点を含み,かつ  角関数の性質に対応する性質の指導には,指数関数の本 これらの関数のもつ高度で複雑な性格や,これらの関数 性にもとつく難渋性が存在し,その取り扱いは,どうみ の定義そのものにも指導上の難しい問題がある。現状の ても「ごまかし」である。したがって,この意味では数 ままでは,生徒にそれらの関数および導関数を真の意味 学的にも,教育的にも対数関数は,実は逆三角関数より で定着させることは難しく,形式的に関数のもつ性質, もはるかにその取り扱いに問題を含む関数であるともい 微分の結果を記憶させるだけの指導にすぎない。これら える。したがって指数関数の逆関数としての対数関数を,

超越関数の微分法の指導を望まれる姿にもどす1つの方 逆三角関数の指導に優位させる現在の指導要領の内容は,

法として,いくつかの仮定を許容しての,これらの関数 微分法の形式上の難易と,その応用への影響に重点が澄 の連続性の指導を強化し,微分の指導に入る前の段階で,かれすぎたものであり・教育としての数学性を軽視して それぞれの固有の極限値を,極限値の内容の中で指導し,いるものではあるまいか。

定着させることが考えられる。な澄三角関数についてと  指導要領・教科書のここまでの導関数の指導はきわめ 同じように,指数関数,対数関数は対数を主眼として, て形式的で・いわゆる微分の形式上の方法論の枠をでる 数学1でそれらの意味が知らされる程度であり,それそ  ことはない・すなわち・種々の関数の微分された結果で れを関数的観点からとらえる指導は澄こなわれていない  ある導関数の形を知らせるだけであり・導関数を関数と

と同然である。さらに指数関数,対数関数の内容の程度  してとらえる指向も・微分の形式の下にかくされている としては「y=,ax,y=lo9(ax十b)の程度にとど 論理への指向もみられない。第2次以上の導関数につい

(7)

宮田:高等学校数学教育の問題点(4)      25

ても同様である。一方,グラフの接線の傾きの変化率と は材料の種類や範囲が拡がっただけであるので,数学皿 しての第2次導関数は,また曲線のおうとつ,関数値の  B,数学皿における論理の観点からの数学性は同質であ 増減などの教材に,その関数的性質を反映させる指導が  り,進展のあとはみられない。上で粗雑といった判断を 期待されているのであるが,微分係数の局所性,導関数 示して鉛いたが,その例として,2次曲線の接線の指導 の形式性が指導上の阻害となり,第2次導関数の理解に では,微分係数の存在する点での接線だけの指導をする ずれを生じさせてしまう。教育上の考慮から,当然のこ ものが多い,ことをあげよう。もちろん,微分係数の存

とではあるが,Taylor展開,あるいはそれを基本と 在しなし(点に澄ける接線について,触れている程度の教 する微分学を数学教育の場に入れることはできなし〜こ 科書も皆無ではない。しかしこの場合にも微分係数の考 の意味で,指導要領では第2次導関数までを内容として 察までfeedbackさせた指導にはなっていない。接線 いることは納得できる。一方,多くの教科書では一般の 以外の応用についても同様で,考察の対象となっている 第n次導関数を扱っている。それはあとの微分方程式の 関数は,変数のとる値を考慮することなく,何回でも 内容のための関連を考えてのことではあろうが,この時  (どこでも)微分可能であり,また関数は無条件に連続 点での導入は第2次導関数の指導をより形骸化するおそ  であるとされている。必要な条件を,そのたびごとに設 れがある。すなわち,第2次導関数を,第n次導関数の 定することは繁雑であり,指導の流れを見失しなわせな 帰納的出発点に位置づけする可能性がある。      いための措置であるともいえようが,数学の立場からは

導関数の応用として,接線,関数の増減,曲線の吾う 許容しがたいので,教育的に可能なかぎりの条件は設定 とつ,速度,加速度,近似式,漸近線を内容とすること したいものである。もし粗雑な条件に慣らされたあとで は妥当であろう。しかし,応用と称しても,むしろ応用  の,厳格な条件設定は,きわめて困難であり,また安易 への序であり,その方向を示す程度のものが考えられて  な条件から公式としてえられた結果のみを追うという いる段階であり,しかも,まだこの段階では基礎となる 曳隻あまえ を許さないためにも,また応用の中の一段階 微分法が生徒に習熟されたものにはなっていないことを  ごとの過程を生きたものとするためにも,ここでの内容 考えれば,もちろん数学教育の中での応用と狭義に解釈  は数学教育に鉛ける内容にもどしてもらいたい。

しなければならない。すなわち・いままでの内容を利用   数学第2款第5の3の②で「平均値の定理そのものは,

するなかで,種々の命題をfeedbackし,補足し,必  図形を用いて直観的に扱うのにとどめる」とされている。

要な前提を確認させるなどして・これまでの内容を確実  いうまでもなく,平均値の定理は,連続関数の閉区間に な定着にまで高めるための内容であることがのぞまれる。 澄ける性質である最大最小値の定理の系であり,最大最 残念なことに現在の内容は・いままでの内容を既知とし,小値の定理の説明を,連続関数のグラフのつながりを用 その上にいかにも応用における悪習である粗雑な取り扱  いた直観的方法で行なおうとするものである。数学皿に いがみられる。たとえば・接線の方程式は「数学HBで  限定しても,平均値の定理は関数値の増減,極大,極小,

取り扱うのは簡単な整関数の範囲に限られていた。数学  関数値の近似値,不定積分に深く関与する重要な命題で 皿ではその範囲が簡単な初等関数まで拡げられるので・ ある。これらの教材の指導に,平均値の定理を生きた形 より豊かな応用の場が開ける」というねらいのもとで・ で機能させるためには,その真の意味の理解が必要であ 数学皿Bで学んだ結果をそのままあてはめるだけに終っ  り,そのためには,すくなくとも平均値の定理の前提で ている。理論的には・接線の方程式のこの指導は一般性 ある,関数の連続性,微分可能性を十分詮さえた指導で をもち・当該の関数に独立に論じて差支えはなく・した  なければならない。実際,平均値定理以後では,その定理 がって数学HBの指導を数学皿にもちこんでも問題はな  の応用の形式にとらわれて,平均値の定理の結論だけが い。しかし,数学皿で・はじめて極限の概念が指導され・ 重視される指導が多くみられる。厳格な論証を必要とす 連続性・微分法を知った上での般接線 は・それらを知  る重大な命題でも,その証明が粗雑である場合は,一般

らない時点での桟接線 と異質であるはずである。しか      に生徒への定着度は弱いので,この定理の取り扱いには

し・いままで述べてきたように・極限・連続・微分は数  細心の配慮が必要であろう。

学HBと同じ水準の直観的指導の中に澄かれ,数学皿で

(8)

局所的な微分係数の性質から,関数の増減,極値,お  の範囲よりも拡げたり,平均値の定理を根拠に積分定数 うとつなどを指導することは,「関数の全局的なimage の意味を理解したり,積分定数の微分方程式に知ける重 の定着に役立つ」として「これまで不十分であった分数  要性を確認させることであるとしている。

関数,三角関数,指数関数,対数関数など改めて全体的   不定積分を求めることは微分法の逆の演算であること な姿の把握をねらう」ことは,この段階では無理である。 はいうまでもない。関数F,fについて,dF/dx=f 先徒は一般に,導関数を用いてえられる関数のいくつか  における演算d/dxは単射ではないので,その逆の演 の性質から,その関数を形式的にグラフに転換するだけ  算は写像ではなく,広義の対応であり,1つのfに対し の作業ととらえ,それを機械的に実行するだけであり, て,かかるFの全体は,無限集合である,1つの類をな そのあと,グラフから見られる関数の特性をふりかえっ  す。したがって不定積分の間の相等,和,積などはすべ て関数のもつ大局的な性質をとらえようとはしないこと  て類関数としての相等,和,積である。すでに,小学校 が事実である。それは,もともとこれまでに用いられる  における分数概念,中学校に知ける剰余類,数学1,皿 手法が,すでに更璽知っている グラフを用いて直観的に  におけるベクトルの概念で,類の概念は教材としては十 知らされる形であるため,微分係数を媒体とするグラフ  ニ分に用意されている。しかもそれらの教材は,いつも の追跡を純粋にはとらえることができないためであろう。 元として扱われ,類として直接数学的対象と扱われるこ 近似値の指導も,その身近かなneedと結びつけない限  とはなかった。不定積分の扱いも類としての扱いにはな り,魅力ある教材とはなりえない。ただ微分法の端の話  っていない。数学教育現代化の中で類の考えは重要なも 題とみるだけである。速度,加速度についても同様であ  のと考えられているにもかかわらず,どこにもこれが取

って,ただ微分法が適用される場であるだけの位置づけ  り上げられないことは,教材の精選の誤りといえるであ では,これらの教材に教育上の意味をもたせることは難  ろう。類を,たとえば数学HBのベクトルで指導できれ しい・      ぱ,ここでの積分定数の指導は容易になる。すなわち,

最後に漸近線についてであるが・数学皿では,関数に  積分定数は1つの類の1つの代表の基準に位置づければ 制限が強いため,漸近線の概念を現実に役立たせてみせ  明確に指導できるようになり,7)娘積分定数を除いて2 られる教材がすくない。もし真剣に指数関数・対数関数・ っの不定積分が等しい などという無理な表現を避ける 2次曲線などの全体像を把握させることを重視したいの  ことができる。また微分や積分のもつ線形性は強調され であれば・漸近線の概念は重要であり・一方,これはx  ていないことも,微分や積分が古典的微積分の枠にとど

→・。などに対応できる数すくない応用を提供するという  まり,数学1で強く前面化した写像の考えも,数学皿で 意味からも附記程度の取り扱いでは不足であろう。    生かされていないことを示している。この意味では指導

要領そのものにも,いまだに写像の概念の指導方針が定

⑤積分法とその応用       着していないといえよう。微積分の演算も写像としてと 指導要領数学皿の内容(3)に「積分灘ついて理解を深 らえての教材の配列などについては以前に擦した.8)

め・簡単な初等関数の範囲で・積分を求めたり・それを   置換積分の指導で,置換する関数をax+b=t,

応用することができるようにする。また,微分方程式の  X=asinθの程度にとどめ,また部分積分も一度だ 意義について知らせる」として,簡単な部分積分,置換  けの適用で積分できる関数の範囲に制限されている理由 積分などを含む積分法,その応用として,いろいろの初  は,「技巧だけの指導に走ることを避ける」という配慮 等的な関数の積分,面積,体積,道のり,微分方程式の  からとされているが,合成関数の微分および関数の積の 意味,直接積分法で解ける程度の微分方程式の解法など  微分法の逆の演算として導入される置換積分法,部分積 が,ここでの内容となっている。さらにここで,「簡単  分法は論理的にも簡明であり,しかもその方法は形式的 な初等的な関数」とは,簡単な有理関数,無理関数,三  である。この程度の教材での適度な計算技巧から,逆に 角関数,指数関数および対数関数のあまり一般の形では  生徒の積分法に対する興味をひきだせることも事実であ ないものを意味するとし,「積分法について理解を深め  るので,あまり懸念する必要はない。ここで関数に制約 る」とは,被積分関数の範囲を,数学HBの整関数だけ  する方向は,むしろ置換しても差支えないための条件,

(9)

宮田:高等学校数学教育の問題点(4)      27

たとえば置換される関数の微分可能性などの考察に向け  さて,(a)定積分を       面積 られるべきであろう。もしこのような条件を考慮しない  不定積分の類の

で,置換積分の形式的指導を現状のように放置するなら  invariantと定

ば,それは技巧だげに走った指導であるといえよう。   義することと,(b) 定積分二:=:Riemann和の極限 応用の上からも,数学教育の上からも重要である関数,定積分を関数の

たとえば      Riemann和の極限と定義することとは,数学的には 1      1       もちろん同値であるが,(a)の定義は形式的であり,(b)の 1+x2 @  府      定義は歴史的であるといえよう。(a)による定義からは,

などの不定積分は,逆三角関数の指導が欠けていること  定積分の線形性,区間についての加法性などの著しい性 から,ここでは指導の対象外とされている。このあとに  質を導くことは,まったく形式的であり,しかも透明で 定積分の近似公式を指導することになっているが,上記 あるといえようが,(a)の定義を(b)の定義と結含させるた の関数はその代表的な例題であり,また,まえにも述べ  めには,すでに知っているu面積 の概念が介在するた

   たように,逆三角関数の微分の指導は,この段階でも十  め,これまでの(a)の定義から演繹される透明な論理の過\   分数学性をもたせて可能であることを考えれば,これら 程が,面積に逢着した時点で突然に不透明になってしま

の関数を取り扱わないことは片手落ちであろう。ここで, う。数学HBでの面積は藩トな直観概念で,算数教育の 積分可能な関数を初等的なものに限定して,定積分の近  段階の面積の概念そのままである。しかも数学HBでの 似公式を指導しても,近似する意味がないことをつけ加  被積分関数はすべて整関数であった。一方,数学皿では えて澄こう。       被積分関数を一般の関数にとり,しかも数学HBとくら 指導要預にも,その解説にも,定積分という用語はみ  べれば,直観から論証へと指向する面積の定義を理解さ られない。面積などの求積に関する用語で定積分を代用  せるために,Riemann和の極限さえも指導する。微 することは,以下に述べる理由から適切とは思われない。 分積分学の基本定理と通称される,不定積分と定積分を すなわち,定積分は積分法の核心であることはいうまで  むすぶ定理(実はこれが(a)の定義として採用される)の もない。事実すべての教科書でも,定積分のための相応  説明に診いても,また正しく奴面積 の概念を定義しよ の指導がみられる。元来,定積分には,その出発点とな  うとして導入するRiemann和の極限の指導にもすで る定義そのものに,教育上の重大な困難が存在する。こ  に 面積 を使用せざるをえないことは,教育的配慮自 れを意識して,指導要領に定積分が欠けているとすれば, 身の中に,論理の循環が含まれていることを意味する。

まことに無責任である。さて,多くの教科書における定   したがって,(b)の定義,すなわち区分求積の方法で定 積分の取り扱いは,まず,f(x)の不定積分の作る類につ  積分を導入することがすぐれている,という見方もある いてのinvariant F(b)−F(a)(a<b,F(x)=∫f(x)dx) が,これにも重大な問題が含まれる。すなわち,Rie一 を,f(x)のaからbまでの定積分の定義として採用する。 mann和の極限は,もともとは,いわゆるMoore一 つづいて,数学HBでの結果をそのまま一般の関数に適  Smith 式の高度の極限9)であり,積分区間の分割 用して,f(x)≧oのとき,x=a,xニb(a≧b), の仕方は,すべての分割区間が一様にoに収束するよう

y=o,y=f(x)の包む面積S(b)について,dS(b)/db にとればよく,区間を等分して極限を考えることよりは,

=f(b)であることを利用して,面積が定積分であること  はるかに複雑であるので,教育の中でこのような極限を を知らせ,一方では,関数のRiemann和(の特別な  与えることは,まったくできなし〜 したがって,実際教 場合)の極限が面積を表わすことを直観的に理解させて  科書では区間をn等分した特別のRiemann和による

単純な極限だけを考えさせるのであり,被積分関数が連

∫島6δdx−lim}f(Xk)△x,△x一並繊らば・その極限値は存在すると碇する・もちろん・

n→o°k=1        n  この論証を指導することは教育の場では不可能であり,

を導いている。      関数の連続性がその証明の鍵となることなどを指導する ことはできない。その結果,重要な条件である関数の連

(10)

続性の強調も,数学教育からみるかぎり無意味なものに  B 確率・統計 転換され,定積分の定義から離れて,定積分の性質の指    (1) 確率分布

導の段階では連続1生をその都度断ることはない。(b)の定   「母集団と標本の考え診よび確率分布の意味を明らか 義によるもう1つの難点は,この定義からは,積分法で  にし,二項分布と正規分布について理解させる」とし,

重要である,区間についての加法性:         「数学皿では,科目の性格上,数学HAよりはやや理論

a      c      a        確率・統計を厳密に理論的に扱うことは無理な面も多い の誘導が困難である。したがって,これが基礎となって  ので,できるだけ実験・実習を織り込むなどして,その

(a)の定義による定積分と結びつける微分積分学の基本定  概略の考え方をつかませ,平易に内容を展開することが 理の説明が指導できない,ということである。     必要である」として乱数表などの使用で,任意抽出の方

反面,(b)の定義による定積分の導入によれば,面積, 法などを理解させることとなっているのであるが,生徒 体積,曲線の長さなどの求積の指導は容易であり,被積  の発達段階とか,指導に要する時間を考慮して,現場で 分関数を固定すれば,定積分は区間の集合から実数の集  も,各教科書でも,任意抽出の方法の指導はきわめて総 合への写像であることの指導も滑らかになる。したがっ 括的かつ概略的なものになるのが現状といえる・確率変 て定積分の応用に指導の重点を澄く場合には(b)による指  数の平均や,分散も各教科書では,言葉の意味と,僅か 導が自然であり,教育的であると思われるが,現実には, な簡単な例題による指導だけに澄わり・それらの用語の・

すべての教科書では㈲による定積分の導入による指導と 確率論における真の意味を理解させようとする指向は見 なっている。この事実からも,数学皿が数学IBの,同  られない・二項分布,正規分布の内容の取り扱いについ じcategory内での延長に過ぎず,数学皿であらた  てはさらに粗雑で・たとえば・ただ1例の指導のみで一 めて微積分を見直す姿勢は実現されていないことがわか  般に覗二項分布を表わすグラフは・nが大きくなるにつ る。      れて,左右対称な曲線に近ずく。この曲線は・つぎのよ

微分方程式の意味について,「ここでは,自然現象や  うな関数で表わされることが知られている:

      1   −(x−m)1図形などの局所的な性質が微分方程式に表わされ,それ

@       y=屠『exp 2。・を解くことにより,それらの大域的な性質が明らかとな

って問題の解決がなされるという微分方程式の働らきを  この曲線にはつぎの性質がある云々 と説明している・

知らせるのがねらいである」としてdy/dx=ky程度  確率・統計は以下すべてこのような解説の連鎖だけで終 の微分方程式を,この趣旨をふまえて扱うことになって  始し・生徒のそれに対する興味をひきだすことや・まし いる。       て理解を期待することは難しい。確率・統計を説明とし 関数の局所的性質が微分方程式で表現されることの指  てあたえるのではなく・たとえば上の式で曲線を考察さ 導は各教科書でも形式的には取り扱われているが,この  せるためには

指導の結果,微分方程式は関数の局所的性質を反映した     y= C・exp(−ax2)

ものとする理解がえられるかどうかは疑問であり,ただ  の形を出せば十分であろう・二項分布の極限とみての正 与えられた条件をみたす方程式を作る程度の指導に終る  規分布の関数を正しく求めるためには・無限区間の定積

ことが多い。第二の,般微分方程式が関数の全域的な姿  分はもとより・ガンマー関数・澄よびStirlingの をとらえる働き蜘らせる・ためには,微分方程式の解公式1°)などを用欧離で複轍講を必要とするが,

の存在論にも関係する高度の指導が必要となろう。たか  その簡略化した形のみを求めるのであれば・二項分布の だかdy/dx=ky型の,少数の微分方程式のみの指導  式の変形・discrete型の極限のあと・変数分離形 だけで,関数の大域的なとらえ方を理解させることは無  の微分方程式を解けばよいのであるから,数学皿の微積 謀である。したがって,すべての教科書では簡単な微分  分の範囲で扱うことが可能となる。確率・統計をいわゆ 方程式を解かせるだけである。      る読本におわせないためにも,この内容を数学皿の活き

た内容に変えることは急務であろう。

(11)

宮田:高等学校数学教育の問題点(4)      29

(2) 統計的な推測       指導に変える必要がある。最後に,指導要領の目標を現 ここでは「統計的な推測における基本的な考え方にっ  実的に達成する上で,指導要領と現場で指導する側との いて理解させる」として,「前項の確率分布の学習をも  間に,難易の判断に相当の差がみられることを指摘して

とにして,推定や検定など,統計的な推測における基本  おきたい。

的な考え方について理解させる」ことをねらいとしてい

る。ここでも実質的には,統計的推測に必要な用語,記       注および参考文献

号,証明をつけない定理などが,つぎつぎと急速に述べ  1)① 宮田,宮田:高等学校数学教育の問題点口},

られるだけである。これだけの指導で母数の推定,仮説      茨城大学教育学部紀要24(1974)

の検定などの基本的な考え方を理解させることはできな   ②宮田,宮田,・」磯:高等学校数学教育の問題点 いと思われる。確率・統計の展開を数学教育の立場で考      (2),同上25(1975)

えられるものとするためには,数学皿の中に含めること   ③ 宮田,宮田,鈴木:高等学校数学教育の問題点 は無理であり,むしろ微分積分学と対等の科目として取      (3),同上26(1976)

り扱う必要があろう。      2)高等学校指導要領解説,数学編,理数編,文部省

(1972)

あとがき      高等学校新しい数学教育,数学教育現代講座指導資 数学皿の指導の内容は全体として,そのねらいが高く,  料,文部省(1971)

かつ多岐にまたがり,現実の指導の展開と両立しにくい。   高等学校指導要領の展開,数学科編,明治図書 数学皿を数学IBの発展として位置づけるにしても,数    〆1971)

学皿に含まれる各内容を支える理論的背景が,生徒の発  3)① 東書:新訂数学皿,小平他 達段階からすればあまりにも高すぎて,指導の方法は原   ②大日本:改訂数学皿,寺田他

理を理解させるのではなく,そのまま与える形で,その   ③実教:数学皿,福原他

原理を利用しての形式的展開に走る傾向が強い。高等学    ④ 三省堂:高等学校数学皿,大槻他 校入学率が90%に近い現状では,あるいはこれは1つ   ・⑤学図:高等学校数学皿,吉田他 のやむをえない方法であるかも知れないが,このような   ⑥教出:新訂数学皿,小林他 教育上の理由のみで数学教育のもつ数学性が後退させら   ⑦清水:数学皿,植竹他 れることは,やはり重要な問題であろう。まして数学皿   ⑧ 帝国:数学皿,能代他 は,それ以前の数学1,数学Hに上から作用して,おの   ⑨ 啓林館:改訂数学皿,正田他 ずからそれらの内容を規制するものであり,また一方,   ⑩大教:数学皿,石谷他

数学皿はそれ以後の数学の教育の原点でもあるから,数   ⑪ 数研:高等学校新編数学皿,伊関他 学皿の目的,内容の真の確立は高等学校数学教育に澄け    ⑫数研:高等学校数学皿,功力他

る最大の課題であろう。微分積分学の2度の学習という   ⑬数研:高等学校新数学皿,伊関他 考え方11)もあるが,2度学習が可能な生徒の数は僅か   ⑭ 池田:高等学校数学皿,鍋島他 であり,大部分の生徒にとって,微積分は良かれ悪しか    ⑮ 旺文社:新編数学皿,小松他 れ,数学mが最終の学習の場であることも十分考慮され   ⑯ 学研:数学皿,矢野他

なければならない。したがって,微積分なり確率・統計     (以上いずれも昭和52年発行)

なりの指導の目標を現代の科学の進歩に対応させるとい  4)くわしくは,高木貞治:解析概論改訂第三版(1973)

う目的に澄くならば,数学皿は,その内容が実際に役立    (岩波書店)25頁参照 つものまで高められなければならず,精選された生徒の  5)同上46頁参照 みを対象にした指導内容に変更せざるをえないであろう  6)1)の①

し,また数学皿の目標を,数学性の陶治に診くならば,

その内容を通して数学の考え方,論証などに重点を澄く

(12)

7)宮田,佐藤,稲見,鈴木:算数・数学教育に澄ける 記号について(皿)

茨城大学教育学部教育研究所紀要9

(1976)

8)1)の③

9) G.Birkhoff :Moore−Smith converge一 nCe in general

topology,

Annals of Math,38(1937)

10)4),259頁参照

11)田村二郎:微積分読本(岩波書店)(1975)

Problems in Mathematics Teaching in Upper Secondary Education(4)

Tatsuo Miyata and Kazuko Miyata

Abstract

she Revised Course of Study,, raised many questions in mathematics teaching in upper secondary school educations. The purpose of this study is to survey and consider the contents of the teaching materials particularly in

Mathematics III .

参照

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