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算数教育の問題点(1)

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Academic year: 2021

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算数教育の問題点(1)

数学研究室 佐  藤  瑛  一

同  宮  田 竜 雄

まえがき

昭和43年7月に小学校学習指導要領の告示があり,算数科における改訂では,時代進展への即 応,基本事項の精選,児童の発達段階に応ずる数学的な考え方の育成を目指す方針が打ち出され た・続いて昭和44年5月にはそれに基づく小学校指導書算数編が発表され,これらの基調の上に 立って小学校算数教育が今年4月より実施される運びとなっている。しかしながら,今回の改訂 には幾多の問題点が包含されているように思われる。ここでは小学校1,2,3年の算数科の内 容から,かかる問題点と思われる点を考察してみたい。

1 数の概念

§1.自然数の導入について

ものの順序や個数をかぞえることとして,比較的自然な形で,児童の発達段階に対応した自然 数が意識され始める。一方,時計の文字盤とか,運動選手の背番号などのようにある意味で記号

・標識としての自然数をも体得する。この例のように幾つかに機能する自然数が不明確な形では あるが児童の意識の中に把握される。

1対1対応(bijection)の存在を関係とする類別からえられる集合の濃度の概念の特殊化とし て,自然数の概念を理解することが重要であるとし,この立場から算数教育の第一歩が始まろう      1>としている。原則的にはこの立場は自然数系のもつ1つの性格づけとして正しいと思えるのであ

るが,この概念のみから抽象数としての自然数を児童の意識の中に入れることは期待し難い。自 然数の正しい理解のためにはその機能の多様性を総合して地道に教育されねばならないと考える。

さらに鯉論的立場からは自然数剰よある構造をもつ無限集合の好代数系なのであり1)個数 の概念は自然数系の部分集合との対等概念であるので,個数は自然数自身ではなく自然数系のも つ1つの性格である。したがって個数として表示される自然数は,集合(有限集合)のもっただ 一面的な性格ということができる。換言すれば,個数の概念は自然数の概念に包含されるものに 過ぎない。

 数学教育の形式的現代化は真の現代化と対立する面を多くもつ。すでに19世紀にR.Dedekind         3)も指摘しているように「本質的には非常に複雑な概念一たとえば物の個数一を誤って単純な

ものと固定して考えてしまう」ことは極めて危険なことである。有限の集合を対象とする限り,

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2      教育研究所紀要第三号

集合の概念は不要であるとさえいわれている。

数の導入に続く加法,たとえば45十23の計算では10および1を単位の大きさと考える指導がな されるのであるが,ある量または数を単位とすることは,集合の要素の1対1対応とは一応無関 係であるので,概念の未定着な児童には対立する概念と映り,無用の混乱を招くであろう。自然 数の導入時においてのみ集合の考えを強調してみても,分数や小数の導入はその性質上集合の考          げ

ヲ方が表面化できないし,数直線に自然数や小数を埋め込んでみても有限集合の対応より遥かに 高度な対応をなすので,数概念の把握は結局直観的にしかなされない。このように曖昧な数の意 識をもたせることは,まさに自然数の導入に集合の考え方を用いる精神と相反するものではある

まいか。

対応の考えは数学にお」いて極めて重要な概念であるがゆえに十分慎重に取り扱われるべきもの である。これはむしろ第3学年の関数の指導に関連させて考えられた方がよいだろう。

§2.小数・分数の導入について

単位分数垂,去の導入は基準量の等分という考えでなされる。分数などを自然数と同じく数と して理解させるために,数直線上に位置づけることが指導される。このような分数は数としての

分数ではなく,一般には旦を意味するから,かかる分数を数直線にのせること自体に問題が生ず       れ

る。この年令の児童にとって基準量を1に変換することの正しい理解は望めないだろう。分数の 導入は計量を用いた小数概念から養,古,……などの10進分数を先にして,等分としての分数を

その後で指導したらどうだろう。数直線との関連も自然なものになると思われる。

ただ計量と関連した分数の導入で問題となるのは,たとえば1認の苦は暑認であり,これを数 としての菩と考えることができるであろうか。また1魏の寺を図のように数直線で指導すれば,

この線分の長さは1飢であり,したがって,数直線そのものを意

。しない.このように,計測か扮数を把握させるためには,ど・÷   1

うしても自然数1を連続量として指導セておかなければならない。ここでも自然数のもつ多面性 が指摘されなければならない。

§3.記数法について

4位数に例をとった10進記数法の指導が第2学年でおこなわれる。統合的に数を考えさせる意 味はあるとしても,児童の負担の多いことは数の歴史をみても否定できない。児童にとって親和 感のある貨幣や物さしなどの10進法による教材を考慮してもよいのではあるまいか。抽象数とし ての1972と,1972円は概念上大きな差があるであろう。

また10進記数が十分児童に定着しない時期に記数による整理の仕方が指導されるが,あまりに も多くの内容を与えるだけでは問題であろう。整理における記号としての数は10進記数と何の共 通性格をももたない概念であるからなお・のことである。どうしても指導の内容に取り入れたい事 実は十分配列を考えた上で取り入れてもらいたい。

10進記数の理解の目的で各桁の数字の比較による2つの数の大小が指導されるが,児童がこれ

を形式的に記憶し,運用することは容易であるとしても,この事実が10進記数法の正しい理解へ

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の裏づけといえるであろうか・記数の原理をどうしても指導したければ当然2進記数法について も指導されなければならないであろう。記数法の真の理解は数学専攻の大学生にとっても,かな り困難を伴うことを考えれば十分慎重に指導されなければならないと思う。

§4.0の導入について

小学校低学年における0の意味は,空集合の濃度,標識化された0,数直線の原点,加減演算 における中性元,記数における空位などである。これらの諸機能は,ある意味で抽象数としての 0の概念に統一されるであろうが,これを児童にあてはめることは無理であろう。「0を数として とらえさせなければならない」と言われてみても具体的には現場の教師はどのように指導したら よいのであろう。指導法を初期の段階で誤まれば将来に禍根を残すことになるので更に具体的な 指示が必要である。

@      4)

@0は自然数よりも機能の多い数であるから慎重に扱われなければならない。低学年ではあまり 意図的に扱わないでおいて,負数の導入時に0の性格づけがなされても十分ではないだろうか。こ こにも算数教育の現代化を児童に上から与える形が見受けられる。数学教育にあっては,現代の 数学そのものが嫌ういわゆる「無駄」(redundancy)がある意味で存在してもよいのではなかろう

か。

§5.数の演算について

加法,乗法にお』ける交換,結合の法則は児童の学習を通して見出す方向に指導されるべきであ って,それらの法則が成り立つことは指導されるべきではないと考える。理論的にはかかる法則 は数の構造のもつ性質であって,数そのものの間の法則ではない。安易に数すくない経験から一 般法則を正当化することは最も非数学的であるとすらいえる。法則が推定でとどまる限り何の危 険もないが,証明の裏づけのない法則を公式化してはなるまい。かかる法則の公式化は高校など の群の取り扱いだけを考えてみても大きな障害が予想される。さらに公式化された法則の有効性 を強調することも避けなければならない。たとえば

38十24− (30十8) 十 (20十4)一 (30十20) 十 (8十4)

などは未確定の法則である交換,結合の法則の遊戯としか思われない。

乗法の導入が累加または基準量の何倍という形でなされれば指導書も認めるように,被乗数と 乗数とは異なる意味をもつ。たとえば4彿×5の考えは交換の法則の外の概念であろう。これを

4×5に抽象させるまでには相当の距離がある。また1.2×5などの指導の前に,もし交換法則 を形式化しておけば,大きな当惑に逢着する他はない。

計算技術の問題をそのまま数概念の理解に役立たせうると考えるのは少々安易な態度であろう。

さらに計算機器の発達しつつある社会情勢を考えあわせれば,どの程度の法則とその形式化が必 要であるかの限界が決定するであろう。

第3学年で,たとえば結合法則の考えから 3×100−3×10×10

と指導される。これは数学を理解しているものの立場から見たものであり,児童には形式的な知

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4      教育研究所紀要第三号

識として残るだけであろう。具体物による指導などを通してもっときめ細かい取り扱いが欲しい と思われる。

除法の計算は等分除であることはほとんどなく,一般に累減として行なわれる。したがって早 い段際から「余り」のある場合が考慮されなければならない。乗法の逆演算などの指導の前に計 測などを通して,半具体物による累減の指導が十分なされなければいけないと思う。

分数の大小比較なども,分数の導入の問題が解決されない限り形式的に陥り易い。

そろばんはその原理として5進10進数の計算であり,その導入の目標である記数法や計算の意 味の理解には直接関係しないと思われる。この目標のためなら,たとえば10個の珠をもつそろば んを用意した方がよい。前にも述べたように計算技術の問題は別の次元で考えられるべきもので あろう。

2 量と測定

量の測定と数概念,数の演算,数の構造は密接に相互関係することは言うまでもない。たとえ ば交換,結合の法則などは計測を通して形式化したものを数に抽象すればある程度改善されるで あろう。計測では単位長さのえらび方などが自由であるので,形式化することが容易だからであ る。計測の主旨をこのように解釈するならば,量感覚の育成,正しい計測の仕方などはむしろ第 二義的位置を与えて差し支えないと考えられる。

量の計算式に名数を添付して指導することは量の概念の理解を著しく阻害するし・数の概念と の関連を断つものであるから,少くとも導入時以外の指導においては禁じた方がよいと思う。

体積の指導は現存する「ます」を用いるよりは線形に目盛られたメスシリンダーなどの教具が 用いられてよいと思う。

時計の指導は相当注意深くなされるようであるが,時間という量は感覚的にとらえにくいばか りでなく,時計そのものの構造のもつ記数上の困難も加わるので,体積の指導の直後におくより は重量の指導のあとにまわした方がよいと思われる。したがって指導要領の2年と3年のB(2)は 入れ換えた方がよいと考える。

曲線とくに円周の測定を課することは疑問である。曲線の長さの概念はかなり高度のものであ り,現代化の1つの目標である明確化からすれば,曲線の計測は遥かに教育の進んだところで行 うべきであり,また導入の時期のおくれによる実害も考えられない。たとえ円周の長さが直径の 長さの約3倍であることを知ったとしても児童にその必要感をもたせる機会はほとんどないので はあるまいか。

3 図  形

基本的な図形の指導の導入に際しては,児童がこれら基本的な図形を理解するための基礎的な

経験を,初期の段階では多量に与えることが必要である。特定の図形に限定することなく・また

それらの素材を設定してしまうことなく,一般的なものを素材として,その中の顕著な「形」と

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か「っながり」に目を向けさせていきたい。児童(幼児も含めて)の図形認識の段階については 心理学的にも種々研究されているように,Euclid的な図形の認識についてよりも位相的図形や 射影的図形についての認識の方が早いとか,あるいは同程度(混在している)とか発表されてい

驍o

したがって・導入時においてはその形のみに観点をおいて図形を指導するだけでなく,上のよ うな観点からも図形を観察していく経験が与えられてもよいと思う。現代化ということに伴い集 合の考え鍾視することが唱えられ・図形指導1・おいても,初期の段階で・なかまづくり、など が行われるが・このときも・類別された図形を同じなかまと見なす観点をいろ・・ろ変えて指導す ることが望ましい。3角形や4角形などの同類をつくったり,あるいは3角形の中でさらに正3 角形や2等辺3角形の同類をつくったりすることのみが行われるが,それよりも先ず,3角形も

4角形も同類と見なす位相的な観点をとり,たとえばその中で,直線(線分)だけによって囲ま れた図形とそうでない図形に類別していくような指導がなされてもよいのではないか。直線によ って囲まれた図形の中で特殊化された図形としての3角形を意識させたり,あるいは,辺や頂点 の数に注目させて・その観点からさらに図形を類別することもできる。すなわち位相的な図形の 認識から平面図形・立体図形が2次元,3次元空間をその図形の内部と外部に分けていることを

も認識させる。この考えは領域の問題にも発展していける。あるいは,球や立方体の中に空洞の 部分があるものを,球や立方体から区別したりする根拠にもなるであろう。

3角形のなかまづくりをするときも,上のような観点から,正3角形や2等辺3角形などの指 導は一般の形をした3角形との相対的立場から考える必要があろう。同時に,3角形の中に穴の あいた図形(位相の考え)を与える配慮もなされてよいのではないか。

このことによって・3角形・4角形や球などの平面図形,立体図形はそれらを形づくる直線,

曲線あるいは面によって囲まれた内部をも総称してそのような名称がっけられていることも理解 しうるようになる。このように図形指導の初期段階では図形を観察すること,すなわち,見たり,

動かしたりすることから始まる。

図形教育についての系統づけということも問題になることと思われるが,我が国ではEuclid 的図形指導を主にし・次第に位相的・射影的性質を導入しているように思われる。したがって,

まず図形の形についての指導がなされる・その場合,図形を構成している要素としての頂点,辺,

面についての観察がなされる。この指導に際して,よく「ヒゴ」などを用いて図形を作ったり,

観察したりすることがなされるがこれは一考を要するのではないか。頂点,辺のみに注目させる ならあるいは有効かも知れないが,このことのみからは面や角という概念は生まれてこないだろ

う・ヒゴを3本与えて3角形を作ったり,12本与えて立方体や直方体を作ったりすることからは,       

あくまでも3つの頂点と辺を持った図形とか,12本の辺と8個の頂点を持った図形というような 概念しか生まれてこないように思われる。また線分やヒゴを与えて多角形の作成を指導する場合,

作成が可能・不可能の場合をも考慮する必要があろう.このような観察したり,作ったりする図       

形は内部まで埋め尽されている図形で指導されることが望ましいのではないカ・.さらに正方形,

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6      教育研究所紀要第三号          o

キ方形を分解して直角3角形を作ることも指導されるが,これもヒゴを用いて分解することは・

たとえできたとしても,合成して再びもとの図形に戻す段階で問題が生じよう。児童にはあくま でも直角3角形が2つあるとしか見なせないであろう・

頂点,辺の他に面をも意識させるためには,面となる要素は面となっていなくてはならない・

そこで立体図形のとき箱などが教具として用いられるが,これとて完全ではありえないだろう。

平面図形と立体図形の関係をみるために展開図など箱を切り開いた形が用いられるが・これもや はり関係を観察したり,考えさせるためであって立体図形そのものの指導にはなりえないだろう。

したがって特にこのような立体図形についての指導では領域などの問題を考慮した細心の注意が 必要と思われる。また平面図形については,この他に色紙などを切り取っての指導が行われる魁 これも一長一短があり図形の持つ各要素の総合的な指導にはなりえない。扱われる教具について の研究が大切になることと思われる.さら1・図形指導においては変挽6)集合の考え鳶も考慮さ れねばならないだろう。

使用される用語についてであるが,先にも述べたように,3角形,4角形または円という用語 はその図形によって囲まれた平面の一部分をも総称しての名称であることは児童に理解させなけ ればならないと思われる。したがって図形とその周(境界)とは別個のものであること(たとえ ば円と円周)を意識させたい。また直径,半径などについても,それ自体とそれらの測度(長さ)

とは異質であることを認識させる指導が望ましい。3年生で「球」について知ることが指導され るが,球の中心,半径などの定義は不明確にしか述べえないので問題が残ろう。たとえば「球を 半分(去)に切ったときにできる円の中心,半径を球の中心,半径という」というような定義で は,中心や半径がありそうなことはわかっても実際にはどこにあるのかわからないのではないか。

図形の射影的性質(即ち,ある図形を上方,側方から見て,投影される図形を観察させる指導 におけるような)を見るときに,立体図形の底面,側面のなす図形と,射影された図形の区別を 認識させるような指導も大切であろう。

     あとがき

以上新指導要領に基づく小学校低学年の算数科の内容からいくつかの問題点を不十分ながら考 察してきた。新指導要領の「目標」はまさに算数教育現代化の精神であり,何の異存をも挟む余 地はないが,その具体的内容が果してその理想を反映しているものでありうるかどうかは極めて 疑問である。現場の教師にとって最も具体的指導の要求される部分はやや抽象的に過ぎ,また児 童の理解能力の判定基準のとり方が現実と幾分離れているのではあるまいか。

数学の考え方に基づく論理性を背景に児童の発達段階に逆行する個所が散見されたり,無理と 思われる高度の概念の導入を急ぐあまり数学性を自ら放棄している反面,数の構造や図形の位相 構造には全く触れていないのはむしろ奇異の感を抱かせるといったら過言であろうか・

算数教育の真の現代化は自然科学,社会科学などの基盤に立つマクロの視野から根本的に検討

しつくされ,多くの実験を通して慎重な態度で行ってこそその理想の姿に一歩でも近づきうるの

(7)

ではあるまいか。

文 献

1)小学校指導書 算数編,文部省(昭和44年)      う

2)Landau, E.,Gmndlagen der Ana豊ysis,Akademische Verlagsgesellschaft,1930 Redei, L.,Algebra vol.1,Pergamon Press,1964

高木貞治,数の概念(昭和45年),岩波書店

3)Dedekind, R.,Was sind und was sollen die Zahlen,1872 4)吉田洋一,零の発見(昭和34年),岩波書店

5)図形とその指導(昭和41年),日数教 6)The School Mathematics Prolect,1964

7)S.M. S. G.,Mathematics for the Elementary School,1965

参照

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