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大学教育 を見通 した高校数学教育の問題点

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(1)

二重大学教育実践研究指導 セ ンター紀要 1998,  第 18号:  67‑76頁

大学教育 を見通 した高校数学教育の問題点

―数 学 離 れ と高 校 数 学 カ リキ ュラ ム ー

蟹 江 幸 博 奉・黒 木 哲 徳

この小論の目的は、高校数学の問題点を、特に大学の数学教育を見通 した観点 と教師教 育の観点か ら整理 し、改善のための提言をすることである。

この種の議論を喚起するために、敢えてアカデ ミックな議論から離れ、プラグマティッ クな論の立て方を してみた。

1 。 は しめ に

大学へ入学 して くる学生 の学力低下が叫ばれ て久 しい。知識 の量が少 な くな ったとい うこと もあるが、問題 はそれよ り深刻である。大学初 年級 の数学 の教育を担当 して きて、数学 を思考 の道具 と して位置づける視点 は もとよ り、 その 知識構造 の構築す ら怪 しい状況 に遭遇す ること が珍 しいことではな くな った。入試などで、「・ ・ ・ を示せ」式 の論証的問題 に対 して、適当に数値 を代入 してみて成 り立つか ら正 しいとい った形 の解答 は後 を絶 たない。最近の レポー トでの例 だが cos θ=‑1/1「 とい う式 を得 て、 その 式か らθを求 め るのに、 θ=134.3° の よ うに 小数点 を付 した解答が少 なか らずあ った。 これ には驚いて しまった。電卓 に計算 を依存 してい るということか も知れないが、考 え込 まされ る 出来事だ った。

高校 における数学教育 の議論 を一般的 に始 め るのは困難である し、同時 にそ こか ら直 ちに普 遍的な結論 を導 くの も難 しい。 まず は、 その間 題点 を抜 き出 してそれを整理 し、議論 の方向を 絞 ることに しよ う。例えば、同 じ数学教育 を論 じるに して も、職業高校か普通高校か、進学か 非進学か とい う違 いによ って も議論の方向や内

・   二 重大学教育学部数学教室

…   福 井大学教育学部数学教室

容が変 わ って くる。 また、すでに高校進学率が 95%を 越 えている今 日では、 その区別 は意味が ないとい った考え もあろう。 しか し、95%の 中 味 はどうだ ろうか。職業高校 の中 には数学 だ け でな く、教科の授業 その ものの成立が ほとん ど 困難である高校 を見つ けるのは難 しい ことで は ない。 そのよ うな高校では、生活指導 に時間の 多 くを とられて、教科 のカ リキュラムを実施す るどころで はない状況 にある。 これ は普通高校 の一部 に もすでに見 られ る現象 で あ る [1]。普 通高校 では、職業高校 と違 って進学 とい う目的 をはず した場合 には当面 の教育 目標が定 めに く いので、 もっと始末が悪 くなる。

本来、教育 目標 は進学か非進学 か に関わ らな い普遍的内容であるはずだが、現実 にはそ うは な っていない。 こうした現実 を踏 まえて問題 を 整理 して こそ、生産的な議論が出来 るのである。

他方、高校間格差 とい う高校教育 だけの問題 に終わ らず、 このよ うな学習困難校 の生徒たち が進学す る大学が存在す るとい う問題 もある。

入学願書 の代わ りに入学許可通知 を くれた とい うほとん どジ ョークのよ うな現実 もある6そ れ は極端 な話 だと言われ るか もしれないが、大学 教育 三高度専門教育 とい う図式 は もはや通用 し

ない ことを意味 していると考えた方がよい。大 学 とい う概念が普遍性 を失 っていると言え るの であ る。

従 って、高校 の数学教育 をどうす るか とい う

(2)

課題 は、数学 とい う固有 の教科 の問題 に とどま らず、大学 での教育のあ り方 と不可分であ り、

いわゆる高等教育全体への見通 しがなければ解 決 の出来 ない もの とな っている。今 日の数学教 育 の問題 を このよ うな関係性 の中で捉 え ること が、対症療法的でない方向を模索す る上で重要 であ るとい う点が、 この論説 のテーマの 1つ で ある。

とはいえ、 その大 きな問題 を正面か ら論ず る 力量 と余裕が いまはない。 ここで は主 に福井大 学 でのデー タ 回 〜‖と二重大学でのデー タを も

その他

図工  5。5%   算 数

国語 3.6%

図 1。 小学校で一番好 きだ った科 目 (工学部)

とに して、限 られた範囲ではあるが、問題提起 とその解決への提言 を行 う。 そのさい、地方国 立大学へ進学 して くる学生 の実態か ら数学教育 の問題点 とあ り方 を掘 り起 こして、 それをその 周縁へ と広 げるとい う形で議論することにする。

2 大 学 に進 学 した高 校 生 の 実 態 か らみ た 問 題 点

高校教育 を大学教育 との関連で考えるな らば、

まず、大学教育 を受 ける前提 と しての基礎知識 の履修 とい うことがあげ られ る。 それは、高度 専門教育 の場 と しての大学教育 の前提であ った 筈 であ る。 これ までは、 この基礎知識の履修は、

議論 の暗黙 の前提であ った と言 っていいであろ う。少 な くとも、地方国立大学 にはそのような ハ ー ドルがあ ったと考えてよい。定員を越える 受験者 か らの選抜 と同時 に、 この前提 のために 入学試験が一定 の役割 を担 っていたのである。

しか し、度重 なる入試方法の変更 によって、 こ の前提 は もはや雲散霧消 している。入試 に関わ る問題点 は別の と ころで詳 しく述 べ た 〔 81ので 多 くは触 れないが、個別教科 に関わ って は、数 学 は徐 々にその前提の座か ら引 き摺 り下 ろされ

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

高 校

□ 好き

% 嫌 い

圏 どちらでもない

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

小 学 高 校

□ 好き      囲 どちらでもない

% 嫌 い

社 会

図 2.算 数 ・数学の好 き嫌 い (教育学部) 図 3.算 数 ・数学の好 き嫌 い (工学部)

(3)

大学教育 を見通 した高校数学教育 の問題点

つつある。 そのような状況の中で、入学 した学 生が数学 に対 して どのよ うな実態 にな って いる かを考 えてみ る事 は重要であろ う。

以下 で は、学生が 自分 たちの受 けた数学 の教 育 に関す る調査 に基づ く論文か ら引用 をす る。

限 られた範囲の実態調査で はあ るが、 それだけ で もかな りな方向性が現 れているように見える。

若干古 くなるが、教育学部学生 の 一部 と工学 部の再受講専用 クラスの学生 (=必 修 単位 であ る数学概論の単位を落 と した学生)を 対象 に し た ものである [3〕 。

このデー タか ら分かること (図1、2、3参 照)。

(1)小 ・中学校での算数 ・数学 の好悪

工学部の学生 では、小学校での算数、中学校 時代 の数学 は好 きであるとい う割合が非常 に高 いとい うことである。嫌 いとした ものはわずか に 4%〜 5%に す ぎない。

それに引 きかえ、教育学部の学生 は、嫌 いと す るものが 22%に 達 して お り、 相 当 の違 いが ある。

(2)高 校 での算数 ・数学 の好悪

高校で数学が好 きとす る層 は、工学部 と教育 学部の差がな くなることが特徴 である。嫌 いの 層 は、■1学部で は 5倍 に増えて くる。

これか らの帰結の 1つ と して、進路の決定 に 中学時代の数学 が何 らかの意味 を持 っていた と 考えていいだろ う。

また全体 と してみれば、福井大学 に入学 して くる学生 は小 ・中学校で はかな り数学 を得意 と していた と考えていいであろう。 ところが、高 校 にな ると数学 に対す る態度 は著 しく変化 して しまうのである。つ まり、「数学 嫌 い」 や 「数 学離れ」が増 えて くるのである。 こうした点 で は、二 重大学でのデータか らも同 じよ うな傾向 が確認 され る。

それ は何故であろうか ?

数学嫌 いにな った教育学部学生 の言 い分 をま とめると次のようになる [21。 (Jl学部学 生 もほ ぼ同 じだと推測 され る。)

( 鋤   実 生活 との結 びつ きがな く、興味が湧かな

い 。

( b ) 多 くの公式 を暗記 し、 いろんなパ タ ー ンの 問題 を暗記 しな くて はな らない。

( C ) 内 容が多す ぎる。

( d l   授業 の ス ピー ドが早 く、理解が追 いつかな

い 。

学生達 は、数学 が嫌 いにな ってい く理 由を、

次のよ うに述べて いる。

(1)数 学 を学 ぶ 目的の喪失

「中学 まで はまだよか ったけど、高校 の数学 は現実 に見 ることも触 れ ることもで きず、 ま し て実生活 に接 しているとも役 に立 っているとも 思 えない ことを理解 し計算す るとは一体 どうい

うことなのか。」[2]

「うのみに した定義 に もとづ いて覚 え込んだ 公式 を当て はめ、問題 を解 き、答 えを書 くのが

テス トで した。J[2]

「一生懸命応用 させよ うと 3年 間わけ もわか らず努力 して きたのです。 もう、 いまさら見た くもあ りません。」 [2]

特別 な学生 の言葉ではないか と考 え られ るか もしれないが、福井大学 の教育学部 は全国 レベ ルで もかな り偏差値が高 い方 に属 していて、 い わゆ る平均 よ り上位 にいた学生 の思 いであると い うことが問題 なのである。

(2)「 暗記」、「ス ピー ド」、「内容量」

「暗記」 は、 授 業 の 「ス ピー ド」 や学 習 の

「内容量」 とも不可分 に結 びつ いて い る と考 え られ る。

「どち らか とい うと得意 だ った とい うことに な るだ ろ う。 とい うのは、 テス トで高得点 をあ げ ることがで きたか らだ。 しか し、真実 の とこ ろ、私 自身 は、決 して得意 な方で はなか った。

テス トが配 られ る前 は祈 るよ うな気持 ちで い た。」[2]

「私がある問題 を解 くためには、 その例題 の 解答 の出 し方 を公式 のよ うに覚 えている必要が

あ った ことに他 な らない。」 12〕

(4)

賦 江 幸 博 ・黒 木 哲 徳

「た くさんの問題 の解答のパ ター ンを覚えて いなければな らなか った。 そのためには、 1つ の問題 に何時間 も何 日もかけるなんてことはやっ てい られない。 わか りそ うもない問題 はさっさ と解説を見た方が賢明 ということになる。」[2]

学生達 自身が、 中学や高 校 の時 に受 けた数学 教育 について、考えていることか ら浮 かび上 が っ て くる問題点を列挙 してみよう。

(1)数 学を学ぶ目的 (2)教 える内容 と教え方 (3)学 習内容量

(4)入 試のあり方 とその内容

(5)教 師の側の問題意識 (教師の数学観)

(2)を 挙げた理由は、 目的は教えられる内容 と切 り離 しては考えられない問題であり、 教 える内容 とその方法の問題が検討 される必要がある、 か ら である。

(3)を 挙げた理由は、 まず、「暗言 己」 や 「スピー ド」を強いている要因 として学習内容量があげ ら れるか らである。つまり、学習 されている内容 は、

量的に適 切なのかという問題である。

それは、当然、 質 的な問題 と密接 な関わ りを 持つ。現実の高校生を見ていると、 冒頭でも少 し 触れたように枝葉 的技能 が多 くて、 質 的 な基礎 知識が身についていないのではないか と思 える応ゝ

しがある。それは、指導の仕方の問題 だけではな く、学ぶべき知識や項 目が多かったり、脈絡 のな い羅列になっていたりするということはないのか。

その意味で、基礎知識を習得するための ミニマル エッセンスという考え方は必要 ないか。 いま一度 十分考えてみる価値があろう。

(4)は 、 もし今の内容量が適切である.と するなら、

「暗記」「スピー ドJを 加速 している要因は何か と いう点にある。それは、やはり今の入試制度 にあ ると考えられる。

(5)は 、教える側には問題 はないのか、 というこ とである。

今、 高校教 育 で起 きている数 学 教 育 に関 わ る 問題 のすべてが、 この 5点 に集約 で きると考 えて いるわけではな く、検討する出発 点 として考 えて みたのである。 これ らの問題点が、大 学 に入学 し て くる学生 の知識の構造 に何 らかの影響を与 えて いると考 えていいだろう。

また、 これ らの問題点 はそれぞれが独 立 ではな く、互 いに関連 しあってはいるが、議 論 を単 純 に するため、 以下 の節ではこれ らにつ いて個 別 な検 討 を加 えていきなが ら提案 を したい と考 え る。 た だ、項 目(2)の教 え方 の問 題 は、 個 人 的 な問 題 が 絡 み、 客観 的 に議論することが難 しいので、今 回 は立 ち入 らない。

3 数 学 を学 ぶ 目的 について

まず、高校生が数学を学ぶ目的をどのように考 えているかについて、以前行 った調査結果か ら述 べてみよう。

割合の大 きいものを 3つ 挙 げると次 のようにな る (表 1参 照。 [6]か ら引用)。

(a)知 識や計算技能を身につけるため (b)大 学の人試に必要だか ら

(c)数 学的な考え方

また、 どのような数学 を学 びたいかということ については次のようである (表 2参 照。 [6]か

ら引用)。

(a)社 会に出て役に立つ数学 (b)知 識や計算技能

(c)数 学的な考え方

現在学んでいる目的 と学 びたいとする内容 とで は、「人試対応」 と 「社会に出て役にヽ 1つJと い う点で微妙にズレているが、 それは予想 できる反 応でもある。 しか し、 入試 目的以 外の項 目で、

目的 と学 びたい内容の要求の高 さはほぼ 一致 して いる。 このことを、教える側 と教わる側が数学学 習 という営みの中で協力できる、 と読 むこともで

きる。

大学教育の前提 としての数学 というあり方か ら

考えたとしても、受験 という枠組 みをはず して成

(5)

大学教育 を見通 した高校数学教育の問題点

表 1.数 学 を学ぶ 目的

数学的な考え方 知識や計算技術 社会で役立つ 面 白いか ら 大学入試 単位取得 その他

S t e   P 高校 ・

  普 通 科 理 系

48         29

52      38

28      10

11       4

34      39

13      11

9       1

商業高校     合 計 27        140

39        188

9         54

7        26

29        172

36        101

1       1 6 同 文 系 I 15 22 4 2 45 12 2 同 文 系 H 21 37 3 2 25 29 3 表 2。学びたい数学の内容 数学的な考 え方 知識や計算技術 社会で役立つ 数学史 最近 の数学 作 る楽 しみ 数学 とは何か その他 S t . P 高 校   普 通 科 理 系 34      31

36         21

21      33

7       9

6      14

13         23

16      6

14      0

立 しうる数学教育 とは何かという問題が問われな ければならない。高校教育はそれ自体青年期の教 育 としての目的を持 っており、数学教育の もつ陶 冶的性格 もその中で論 じられることがあるが、 今 は論 じないでおくことにする。 その場合に、数学 アカデ ミズムから離れて成立 するものは何かを考 える必 要があるのではないだ ろうか。つまり、教育 に求 め られているプラグマ ティックな本質 は何かということにだけ注 目 して みよう。大学教育の前提であろうとなかろうと、 多 くの人にとって数学を学ぶ大 きな目的 はその有 用性 にあろう。それは、高校生が一番に意識 して いる 「社会に出て役に:立つ数学」 という考え方で ある。 つまり、その有用性の中に lAl 数学の使用 と応用 (数学の道具性) という側面が含 まれていることは否定 できない。 そのことだけに矮小化することは危 険であるが、 やはり正 しく位置づけられなければな らない。 ノ lヽ 学校の算数 は実 生活 と非 常 に密 接 に関連 を もっ て学習 されている。学習者の意識の中には 「実生 活に役に立つ算数や数学」 というイメージが形成 されてきている。つまり、小学校から中学 校 と進 むにつれて次第に形而上学的になっていく数学に、 形而下の認識を深 く残 しているのである。このギャッ プをどう捉えるかは 「数学嫌い」や 「数学離れJ に連なる問題である。 さらには、数学 は科学の言葉 と言われるように、 その概念形成手続 き並びにその操作性 も含めて、 社会生活をしていく上での伝達の基礎的技能であ り、市民 として共有する知識の枠組みとしての役 割がある。 この意味で、数学 はコ ミュニケーショ ンの本質的部分であるととらえたCockcroft博 士 は、 その ことをイギ リス数学教育改革の中での 主要なテーマ とした [9]。 同 文 系 I 15 13 27 9 2 11 4 3 同 文 系 H 9 24 40 8 5 9 3 6 商業 高校   合 計 13        102

17      111

23       144

10        43

5         32

15        71

3        32

13        36

° Sto P高校はアメ リカの高校である。

(6)

(Bl コミュニケー シ ョンと しての数学 (数学 の社会性)

黒木 は この改革 を紹介 した際 に賛意 を示 した が [7]、ここで も第 2節 での分析 を もとに この 立場 の意義 を強調 したい。

「数学 は文化である」 とい う立場か ら教育の.

担 うべ き責務 と して文化の継承があるとい う考 え方 もあ るが、生徒 たちの立場か ら見 るな ら、

コ ミュニケー シ ョンという方向性を強調 した方 がわか りやすい。 それは、教 える側か ら見 たと きに も重要 な具体的方向性ではないかと考える。

数学 がすべての生徒 にとって学ぶ価値がある とい う前提 に我 々は立 ってお り、思想 や哲学 を 振 り回す よ り、 プラグマテ ィズムに徹す ること に して、数学 を学ぶ 目的を大 き くこの 2つ に限 定 して考 えてみてはどうだろ うか。

4 適 切 な 内容 量 と ミニ マ ル モ デ ル

数学 とい う教科で何 を教 え るべ きか とい うの は結論の出に くい問題であるが、 その方向性 と 目的 に沿 って、 その内容 をいか に精選す るか と い うことが大切であろ う。

数学 の道具性 とい う観点 も、 それだけを原則 に して しまうことは出来 ない。 しか し現在 のカ リキ ュラムは、数学 と しての流れが分断 され る 形 で、項 目だけの精選 とい うのは問題が多 い。

そ こには大学での教育 の前提 た りうる、共通 の基本的 な数学 の内容が必要 なのではないだろ うか。 そ して、 それを構築す る際 に、数学 の目 的性が反映 され る教授法や教材 の開発が必要で あろ う。 そ う した議論の前提 と して、共通 の数 学 の内容 であ る、 ミニマル ・ェ ッセ ンスのモデ ル (ミニマルモデル)を 用意 してお く必要があ るので はないだろ うか。

最近 の教科書 を見てみ ると、 それ 自体既 に受 験参考書的で、様 々な解法 のテクニ ックを指導 す る方向性の色が濃いものがある。参考書 に至 っ て は、解法のテクニ ックのオンパ レー ドである。 ・

数学 とい うよ り、 その換骨奪胎 とい う思 いがす る。 だか らこそ、学生達が訴えているように、

数学 は暗記物で、覚え ることの羅列であるよ う に言 われて しまうのではないだろうか。解法を 覚 え ることが全 く必要 ないと考えてはいないが、

様 々な解法 のテクニ ックの集積 と しての参考書 (例えばチ ャー ト式 に象徴 され る もの)が 好 ま

しいとは考えに くい。

と言 って、意味を強調 した授業をす るための 時間的余裕 は与 え られていない。 その意味で、

内容 を絞 って、思 い切 ってす っきりした内容 に す る必要があるのか もしれない。

高校 で共通 に学ぶ ミニマルモデルは、 1年 半 か ら2年 位 の教程でいいのではないか。残 りの 1年 半 または 1年 は、「応用数学」「情報数学」

や、大学教育 の前提 と しての 「代数」 「解析」

「幾何」 をア ドバ ンス トコー ス と して用意 し、

進学 す る方向 によって選択 にす るとい うの も 1 つの方法であろ う。

一旦 ミニマルモデルを決めて しまうと、それ だけ教 えればよいというよ うに内容の縮小が固 定 して しま うとい う心配 もあるだろ う。 それに 対 して は、精選 は教授す る側で出来 るよ うに し てお くの も 1つ の方法であろうが、教授内容 と 方法 において、 ミニマルエ ッセ ンスとともにそ の本質 を用 いた数学の使用 と応用 という方向を 強調す るべ きだ と考え る。

そのよ うな文脈か ら言えば、 もう一つ コース (演習 と して もよい)を 設 け るべ きで はな いだ ろ うか。か って、大学初年度で は数学の応用 と して力学があ った。 しか し、高校で力学を教 え るのは難 しす ぎるだろう。 そ こで、高校段階で 数学 を使用 した り応用 した りす る広 い意味での

「応用数学」 ともいえる流れ を用意 して、 そ こ

で数学 を用 いた問題解決の方法を学ぶべ きだ と

考え る。 あま り深 いことはで きないが、応用 の

方法が見えればよい。 そ こで学んでいる数学 が

実際 に役 に立 っている状況を見せ るよ うに する

(7)

ことは可能である。何の ことかわか らない 「数 学的 な考 え方」や 「面 白 さ」 とい つた もの以外 に、実際に役 に立 っているモデルを作 るのであ る。 これ も込めての ミニマルモデル作 りである。

つ まり、数学 と数学 を取 り巻 く外界 との int―

eractionを 認識す る必要性であ る。

そのためには、高校 において数学 の 「演習」

の時間を確保すべ きであろ う。 いろんな教科の せめ ぎ合 いの中で、数学 の時間が減 らされて く る状況 も生 まれて きているようだが、守 りでは な くむ しろ逆 に、内容 の ともな った時間配当の 必要性 を説 いて い くことが必要であ る。

5 入 試 の あ り方

入試制度 は多 くの意見が錯綜 す る話題であ っ て、 また一部の手直 しであ って も影響す る所が 少 な くない。利害関係 も生 じて、 一言ずつは発 言 して も徹底的 に論 じ難 い ものである。 ここで は、少 し極端 と見え るか もしれないが、現行制 度 の実行 可能 な修 iEを、 これまでの議論 の上 に 提案 してみよ うと思 う。

まず、 これまでのセ ンター試験 は廃止 して、

代わ りの共通 テス トに移行す る。

競争試験 と して は使用せず、 ミ■マルモデノ レ の内容 を習得 したか否かの資格 テス トと しての み用 いる。  ミ ニマルモデルが 1年 半の場合 は高 校 2年 の 3学 期か ら、 2年 である場合 は 3年 に なる前の春休みに、 このテス トを受験で きるよ うにす る。高校終了 までに数回 テス トを受 けて 一番いい評価を使えるようにする。

問題作成 と採点 はセ ンターの責任で行 い、実 施 に関 して は各高校 で行 う (もちろん試験 日は 統一す る)。結果 は当該高校 にのみ知 らせ る。

他校の成績 は一切公表 しない。

評価 に関 しては、ABCDFの よ うな評価 でt Fは failedだが数 回 の テ ス トで回復 で きな け れば、各高校 で コー ス ワー クを課 して Dと 見

大学教育 を見通 した高校数学教育 の問題点

倣す。大学 の数学教育 を受 ける前提 と して は、

例 えば C以 上であれば ク リヤ ー したとみなす。

成績表 に記載 は して もそれを選抜 には用 いない ことにす る。 あ くまで到達度的資格試験 とす る のである。

大学入試 で は、 ア ドバ ンス トコ ースの内容 に つ いてのみ各大学が記述式 で行 う。

また、大学 だけは 9月 入学 にすれば、入試 に よ って高校 のカ リキュラムを歪 めることな く、

高校 3年 間 を教育 に専念で きると考え るのは理 想主義 に過 ぎるだろ うか。

飛 び入学 に関 して は言 えば、 それ は高校 2年 次 に特別 な才能 を評価 して、大学入学 を許可す

るとい うことなのだが、 ここで敢 えて字義通 り に、入学 を許可す るに留 めることに した らどう であろ うか。合格者 は、 その後入学す る時期を 2度 (3度 で も良 いが)選 べ ることにす るので ある。つ まりその時点 (2年 次終了時点)で 入 学 して もよいが、 さ らに 1年 後 に入学 して も良 いことにす るのである。  1年 延期す る利点 と し て、大学 の教養がな くな った部分 を この時期 に 当て、 ゆ っくりと内容的 に高校 の教科 を勉強す ることに して もよい し (この場合 は高校卒業 の 資格が取 れ る)、 または独 自の学 習 や経 験 に費 や して もよい ことにす るのである。 自分 自身 を 教育す る方法 と姿勢 を反省 して、高等教育 を受 ける準備 とす ることが出来 る。 もちろん まっし ぐらに大学 に入 って勉強 して もよいが、現実的 な大学 の受 け入れ体制 を考え ると、 1年 自由な 時間を持つ方が遥かに意義があ るよ うに思 われ

る。

飛 び級 ・飛 び入学 に関 して は、蟹江のホ ーム ペー ジ Haの中で議論 して い る し、 また公開討 論会のために掲示板 も設置 してあるので、 そち

らを参照 されたい。

6 教 授 法 と教 師 の問題 意識

いうまで もな く、数学の目的に照 らして、 こ

れまでの数学教育への意識を変えなければな ら

(8)

ないだろう。 ミニマルモデルは、その使用 と応 用 との関わ りと して位置づ けなければならない。

一方、 ア ドバ ンス トコースでは、それぞれに 筋が通 っていることが望 ま しい。解析な ら微積 分 で筋 を通せば良 い。 それ らは大学 での初年度 並 びに専門基礎 を意識 しなが ら展開す る必要が ある。 その意味では、大学 における教育 との摺

りあわせが必要 とな る。

また、 コ ミュニケーションと しての数学 の意 味 を考 えれば、数学文化 と しての切 り込 みや ロ

ジカルな訓練 の部分 も必要 となろう。

高校で どのよ うな観点 か ら数学 が教 え られて いるかにつ いては一律 には言 えないことだろ う が、第 2節 で見 たように高校 において数学離れ が加速 されている状況を考えれば、や はり受験 対策 のみでない数学 の教授方法が必要 となるだ

ろ う。

数学指導 の基本的理念 と して、 フィールズ賞 を授賞 した数学者ルネ ・トムの立場が重要 だ と 思 われ る。

「 数学教育 の立 ち向かわなければな らない 真 の問題は、厳密性の問題ではな く、感覚 = 意味の構成の問題 であ り、数学的対象 の存 在論的正当化の問題 である。」 E101

数学教育 に照 らした とき、 この意味の構成 に は 2つ あると考えている。 それ は、内的意味 と 外的意味である。内的意味 は数学 その ものの持 つ意味であ り、数学 の面 白さや楽 しさにつなが り、外的意味 は数学 の使用や応用 にかかわ った 意味で、数学 の有用性 につなが るものだ とい う ことである [5]。これを数学 (教育)の 両 輪 で あると単純化 して考えて も大 きく誤 ってはいな いと考え る。

教師の数学 に対す る意識 の問題 を考 えよ う。

以前、黒木 は西川 とともに、教師の数学観が生 徒 に与 え る影 響 につ い て の実 践 研 究 を行 っ た [6]。 予想 され ることで はあ るが、 ま さに、

教師の数学観 は生徒 の数学への意識 を変 えてい

くのである。 また、認知心理学の知見によれば、

生徒の持つ信念がその学 びに重要な役割 を果た している。数学 に対 してポジテ ィブな信念があ れば理解 を深め、高めることがi可 能なのである。

数学離れ は、 まさに数学へのネガテ ィブな信念 の結果 とも言えよ う。 その意味で教師の責任 は 重 い。

今 日、競争原理 の浸透 している社会的枠組 み にあ って、数学 とい う教科が、多 くの子供達 を 苦 しめ る確信犯的立場 におかれている。数学を、

(数学教育 とい う観点か らだけでな く、)教 育本 来 の流 れの中 に取 り戻すには、形而下か ら形而 上への橋渡 しの中で、好 ま しい数学観 を育て る

ことが必要であろう。

そのためには好 ま しい数学観 を持て る教師を 育 て ることが教員養成学部 に課せ られた責務 と 言 え る。 また、他 の どの教育 システム もこうし た目的を持 った教師を養成 で きる環境 にないと 思 われ、教員養成学部の存在意義 と責任は重い。

7 大 学 初 年 度 の授 業 の あ り方 と 大 学 教 師 の 意 識 の 変 革

問題 は、大学 における初年度 の数学 の内容 を どうす るかであ る。

特 に、一般教育の改組 によ って、専門基礎教 育 の部分がそれぞれの学部な り学科 な りの専門 と して位置づ け られたことである。そのために、

それぞれの学科の基礎 と して相応 しい内容であ るか否か とい う観点で、その教育 の方法が問わ れ始めている。今後それをどう構築 してい くか とい う問題がある。 当面の共通的な内容 は 「微 積分」「 線形代数」であろ うが、 この 2つ の科 目に限 って も、すでに、理論的な ことよ りは計 算 を中心 に行 ってい る傾 向 が見 られ る [6]。実 際、 日本数学会 の調査で も、学生 は演習中心 の 授業 を望んでいる Illl。 っ ま り、 数学 の講義 を 昔 のよ うなスタイルと内容では展開 しにくくなっ ているとい うことである。

専門基礎教育の場合 は、 どの学部か とい う問

(9)

題 もあるカミ やはり、その基本は道具性 とコ ミュ ニケーションという考え方ではないだろうか。

その スタンスと意識がな くて は今 を乗 り越 え る の は困難である。

しか し、その一方では、 これ らが教養教育か ら外れたことによ り、数学文化 という観点か ら は、好 ま しい状況が起 きているとも言え る。数 学 のいろんな話題 を教養教育 に持 ち込 む ことが 出来 るよ うにな ったか らである。 そ こに、高校 教育のそれだけではな く、 もっと広 い立場か ら 数学 の有効性 や面 白さが体感で きるものを積極 的 に導入すべ きであろ う。 それ は文科系、理科 系 に関係 な くであ る。 つ ま り、知識構造 の枠組 み と して、文科系 においてす らその重要性 を認 識で きる一いわゆる計算 を離れた一数学 とい う

ものを提示 して い くチ ャンスである。大学進学 者が増 え るとい う状況 の中で、基礎教育 という 観点 を離 れて、数学 の持つ意味 を豊富 に提供出 来 る絶好 のチ ャンスと考 え ることがで きる。言 うな らば、大学 の教師 も自分 の数学観が一般 の 学生 にどれ くらい受 け入れ られ るかを試す、 い や、試 され る場面 に直面 しているということで

もある。

そ して、 このよ うな数学環境か ら、数学 に強 い興味を満ち、文科系か ら理科系にいきた くなっ た ら、転科 な り編入 な りが しやす くしてお くシ ステムが必要である。大学への飛 び級が実現 さ れよ うと しているが、 いま大 切な ことはそのよ うな特別なシステムではない。 む しろ、すべて の者 にとって、や り直 しの きく普遍的なシステ ムの方が重要なのである。

高校教育 と同 じように、大学 における数学教 育 も大 きな転換点 に立 っている。 そ していま、

どのよ うな展望 を切 り開 いてい くのかが、大学 の数学教師にとって、避 けることの出来ない課 題 にな って いる。

8 ま とめ :積 み上 げ教 科 と して の宿 命

第 2節 以降、数学 に対す る好悪の感情が中学 と高校の間でかな り質的な変化を していること

大学教育 を見通 した高校数学教育 の問題点

に対 しての考察 と対策を、教育理論的 また方法 論的 に述べて きたが、最後 に少 し異 な る観点か

らその原因 について考えてみ ることにす る。

蟹江が学生 に対 して行 ったア ンケー トに端 を 発 した一 連 の調 査 E131、 I141、 E150、 E161を 思 い出 してみ よ う。最初 は、教師 となるべ き学生が、実際 に 小 ・中学校 で学んだ筈 の数学的内容 を どのよ う に感 じているかを項 目別 に尋ねた ものである。

分か っているか どうかで はな く、分か って いる と思 っているか どうかを、 また一応分か ってい るの と教 え られ るほど分か っているの とを区別 した形で訊 いた ものである。工学部学生 に も、

高校生 に も、現場 の小中高校 の (数学)教 師 に も行 ってみた。

詳細 は上 に挙 げた論文 を見て いただ くことに す るが、驚 くべ き結果が得 られた。小学校算数 の諸項 目においてす ら、他人 に教 え ることが出 来 るほどに理解 していると思 っていないとい う 割合が多 いのであ る。教師の側 の問題 は今 はお くと して も、極言すれば、大半 の児童生徒 は算 数 ・数学が分か っているとい う思 いを持 たない

まま進学 しているのである。

小 ・中学校の教科内容 は何 とか分 か った振 り が出来 る、つ まりある程度 の点数 を取 ることが 出来て も、分か っていない ことの上 に積 み上 げ てい く不 自然 さのため、土台の脆 い建築物 のよ うに、高校数学 に至 って欠陥が露呈 して しまう のではないだろうか。高校数学 は既 に、常識 と しての内容 を越 え、表現形式に問題はあって も、

文化 と しての深 さを持 っていて、 それ までの教 科内容 の積 み上 げがない限 り理解 で きない状況

にある。

小学校算数 は特 に、教科内容 を真 に理解す る ことがな くて も、常識 と生活 の知恵か らだけで も十分点数が取れていた。

この状況 は、弁慶 と牛若丸がお櫃一杯の御飯

を糊 にす る作業をす るとい う寓話 を想 い起 こさ

せ る。少 しずつ丹念 に飯粒 をつぶ してい く牛若

丸の ス ピー ドは遅 いが、大力の弁慶 はお櫃全体

を大 きな杓子でか き混ぜ、 あ っとい う間 に糊が

出来 そ うにな るのだが、 いつ まで経 って も飯粒

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のままの部分が残 って しまい、結局 は牛若丸の 方が早 い、 とい うよ り、弁慶 はいつ まで経 って も糊を作 ることができなかったというものである。

小学校算数 の時期 に、単 に才能 や常識 の豊か さだけで高得点 を得ていた児童が、中学 で もそ の余勢だけで、 しっか り反省 した学習を しない でいると、高校 に入 って理解で きな くな り、理 解で きなければ嫌 いになる。 そ うい うことが起

きていると言 え る。

二重大学で行 った調査で も、高校時代 に数学 が嫌 いにな った学生が理 由 として挙げたことは、

何 のためにや るのか分か らない し、分か らな く なったか ら嫌いになったというものが大半である。

こうい う認識 は実 は良 く知 られているもので、

対処法 は結局、「 勉強 しろ、勉 強 しろ」 の連 呼 にな りやす い。本論でのいろいろな提案 は、単 な る生活単元的な興味の引 き方 だけでな く、数 学本来の 目的 に沿 った有用性 を思 い起 こさせ る ことによ り、根源的な興味を生徒 に喚起す ると い う教授方法や、教科内容 の工夫 とい う問題点 の強調 にあ った と言 え る。

参 考 文 献

[1]第 3回 TOSMシ ンポジウム 「 数学離れ ・ 数学嫌 いの克服 を 目指 して」 (1997。8.10 於 :福 井大学教育学部)西 岡孝昭氏 (二重県 の高校教師)の 報告 『数学嫌 いの現場か ら』.

[2]黒 木哲徳 『教育学部 にお け る 「数学」

教授 の考察 と試行』福井大学教育実践研究 1989、第 14号 、pp.71‑86。

[3]黒 木哲徳 『教育学部 にお け る 「数学」

教授 の考察 と試行 (その 2)』 福 井 大学 教育 実践研究  1990、 第 15号 、pp.31‑40。

[4]黒 木哲徳 『大学 におけ る 「数学 」 講義 の改善のための基礎的考察 一工学部再受講生 の実態調査 とその分析 二』福井大学教育実践 研究  1992、 第 17号 、pp。31‑38。

[5]黒 木哲徳 ・西川満 『数学 の特性 と数学 教育の課題』福井大学教育実践研 究  1994、

第 47号 、pp.53‑72。

[6]西 川満 ・黒木哲徳 『高校数学 の方 向 を 求 めて 一日米 の高校生の数学 に対す る意識の 考察 か ら一』福井大学教育実践研究  1993、

第 18号 、pp。195‑214。

[7]黒 木哲徳 『イギ リスにお け る数学教育 改革 の概要』福井大学教育学部紀要 教 育科 学  1996、 第 51号 、pp.37‑51。

[8]黒 木哲徳 『入試制度 につ いて考 え る』

福井県高教組 ・教育研究会議発行 「生徒 とと もに」第 17号、巻頭論文 (1996)、pp。2‑L [9]W.Cockcroft: Can the Same Mathe―

matical Progralm be Suitable for An Stu―

dents? The Journal of R/1athematiCal Be―

haviour, ゝ 江arch 1994, Vol。 13, No。1, pp.

3 8 ‑ 3 9 .

[10]森 毅 ・斎藤正彦監訳 :「 何 のための数学 か」 (ジ ョラン編)の 中の ル ネ ・トム著 「現 代数学 と通常 の数学」 の 29p.東 京図書 、 19 74。

[H]平 成 8年 度文部省科学研究 費 (A)「 大 学数学基礎教育 の総合的研究」大学 における 数学基礎教育内容調査報告 (西森敏之 ・成木

勇夫 ・黒木哲徳 ・川崎徹郎)

[12]二 重大学共通教育機構 の中の蟹江 ホーム ペー ジの中にある 「飛 び級 ・飛 び入学公開討 論会」 ア ドレスは http://www.com.mie―u.

aCo ip/ kanie/agora/

[13]蟹 江幸博 『数学的知識 の欠 如 に関 す る 自己認識の調査』二重大学教育学部紀要、第 45巻 、教育科学 (1994)、1‑13。

[14]蟹 江幸博 『数学的知識 の欠 如 に関 す る 自己認識の調査 II』二重大学教育実践研究 指 導 セ ンター紀要 15(1995、Mar)、 49‑57。

[15]蟹 江幸博、黒木哲徳、 中馬 悟 朗  『 数学 的基礎概念の自己認識 に関す る調査研究』岐 阜大学教育学部研究報告 (自然科学)、第 20‑

2 え塞  ( 1 9 9 6 ) 。

[16] 蟹 江幸博、丸林哲也 『教師 における数

学的基礎概念 の自己認識 の在 り方 につ いて 一

二重県の場合 一』二重大学教育実践研究指導

セ ンター紀要 17(1997、Mar)、 41‑51。

参照

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