二重大学教育実践研究指導 セ ンター紀要 1998, 第 18号: 67‑76頁
大学教育 を見通 した高校数学教育の問題点
―数 学 離 れ と高 校 数 学 カ リキ ュラ ム ー
蟹 江 幸 博 奉・黒 木 哲 徳
この小論の目的は、高校数学の問題点を、特に大学の数学教育を見通 した観点 と教師教 育の観点か ら整理 し、改善のための提言をすることである。
この種の議論を喚起するために、敢えてアカデ ミックな議論から離れ、プラグマティッ クな論の立て方を してみた。
1 。 は しめ に
大学へ入学 して くる学生 の学力低下が叫ばれ て久 しい。知識 の量が少 な くな ったとい うこと もあるが、問題 はそれよ り深刻である。大学初 年級 の数学 の教育を担当 して きて、数学 を思考 の道具 と して位置づける視点 は もとよ り、 その 知識構造 の構築す ら怪 しい状況 に遭遇す ること が珍 しいことではな くな った。入試などで、「・ ・ ・ を示せ」式 の論証的問題 に対 して、適当に数値 を代入 してみて成 り立つか ら正 しいとい った形 の解答 は後 を絶 たない。最近の レポー トでの例 だが cos θ=‑1/1「 とい う式 を得 て、 その 式か らθを求 め るのに、 θ=134.3° の よ うに 小数点 を付 した解答が少 なか らずあ った。 これ には驚いて しまった。電卓 に計算 を依存 してい るということか も知れないが、考 え込 まされ る 出来事だ った。
高校 における数学教育 の議論 を一般的 に始 め るのは困難である し、同時 にそ こか ら直 ちに普 遍的な結論 を導 くの も難 しい。 まず は、 その間 題点 を抜 き出 してそれを整理 し、議論 の方向を 絞 ることに しよ う。例えば、同 じ数学教育 を論 じるに して も、職業高校か普通高校か、進学か 非進学か とい う違 いによ って も議論の方向や内
・ 二 重大学教育学部数学教室
… 福 井大学教育学部数学教室
容が変 わ って くる。 また、すでに高校進学率が 95%を 越 えている今 日では、 その区別 は意味が ないとい った考え もあろう。 しか し、95%の 中 味 はどうだ ろうか。職業高校 の中 には数学 だ け でな く、教科の授業 その ものの成立が ほとん ど 困難である高校 を見つ けるのは難 しい ことで は ない。 そのよ うな高校では、生活指導 に時間の 多 くを とられて、教科 のカ リキュラムを実施す るどころで はない状況 にある。 これ は普通高校 の一部 に もすでに見 られ る現象 で あ る [1]。普 通高校 では、職業高校 と違 って進学 とい う目的 をはず した場合 には当面 の教育 目標が定 めに く いので、 もっと始末が悪 くなる。
本来、教育 目標 は進学か非進学 か に関わ らな い普遍的内容であるはずだが、現実 にはそ うは な っていない。 こうした現実 を踏 まえて問題 を 整理 して こそ、生産的な議論が出来 るのである。
他方、高校間格差 とい う高校教育 だけの問題 に終わ らず、 このよ うな学習困難校 の生徒たち が進学す る大学が存在す るとい う問題 もある。
入学願書 の代わ りに入学許可通知 を くれた とい うほとん どジ ョークのよ うな現実 もある6そ れ は極端 な話 だと言われ るか もしれないが、大学 教育 三高度専門教育 とい う図式 は もはや通用 し
ない ことを意味 していると考えた方がよい。大 学 とい う概念が普遍性 を失 っていると言え るの であ る。
従 って、高校 の数学教育 をどうす るか とい う
課題 は、数学 とい う固有 の教科 の問題 に とどま らず、大学 での教育のあ り方 と不可分であ り、
いわゆる高等教育全体への見通 しがなければ解 決 の出来 ない もの とな っている。今 日の数学教 育 の問題 を このよ うな関係性 の中で捉 え ること が、対症療法的でない方向を模索す る上で重要 であ るとい う点が、 この論説 のテーマの 1つ で ある。
とはいえ、 その大 きな問題 を正面か ら論ず る 力量 と余裕が いまはない。 ここで は主 に福井大 学 でのデー タ 回 〜‖と二重大学でのデー タを も
その他
図工 5。5% 算 数
国語 3.6%
図 1。 小学校で一番好 きだ った科 目 (工学部)
とに して、限 られた範囲ではあるが、問題提起 とその解決への提言 を行 う。 そのさい、地方国 立大学へ進学 して くる学生 の実態か ら数学教育 の問題点 とあ り方 を掘 り起 こして、 それをその 周縁へ と広 げるとい う形で議論することにする。
2 大 学 に進 学 した高 校 生 の 実 態 か らみ た 問 題 点
高校教育 を大学教育 との関連で考えるな らば、
まず、大学教育 を受 ける前提 と しての基礎知識 の履修 とい うことがあげ られ る。 それは、高度 専門教育 の場 と しての大学教育 の前提であ った 筈 であ る。 これ までは、 この基礎知識の履修は、
議論 の暗黙 の前提であ った と言 っていいであろ う。少 な くとも、地方国立大学 にはそのような ハ ー ドルがあ ったと考えてよい。定員を越える 受験者 か らの選抜 と同時 に、 この前提 のために 入学試験が一定 の役割 を担 っていたのである。
しか し、度重 なる入試方法の変更 によって、 こ の前提 は もはや雲散霧消 している。入試 に関わ る問題点 は別の と ころで詳 しく述 べ た 〔 81ので 多 くは触 れないが、個別教科 に関わ って は、数 学 は徐 々にその前提の座か ら引 き摺 り下 ろされ
100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
高 校
□ 好き
% 嫌 い
圏 どちらでもない
100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
小 学 高 校
□ 好き 囲 どちらでもない
% 嫌 い
社 会
図 2.算 数 ・数学の好 き嫌 い (教育学部) 図 3.算 数 ・数学の好 き嫌 い (工学部)
大学教育 を見通 した高校数学教育 の問題点
つつある。 そのような状況の中で、入学 した学 生が数学 に対 して どのよ うな実態 にな って いる かを考 えてみ る事 は重要であろ う。
以下 で は、学生が 自分 たちの受 けた数学 の教 育 に関す る調査 に基づ く論文か ら引用 をす る。
限 られた範囲の実態調査で はあ るが、 それだけ で もかな りな方向性が現 れているように見える。
若干古 くなるが、教育学部学生 の 一部 と工学 部の再受講専用 クラスの学生 (=必 修 単位 であ る数学概論の単位を落 と した学生)を 対象 に し た ものである [3〕 。
このデー タか ら分かること (図1、2、3参 照)。
(1)小 ・中学校での算数 ・数学 の好悪
工学部の学生 では、小学校での算数、中学校 時代 の数学 は好 きであるとい う割合が非常 に高 いとい うことである。嫌 いとした ものはわずか に 4%〜 5%に す ぎない。
それに引 きかえ、教育学部の学生 は、嫌 いと す るものが 22%に 達 して お り、 相 当 の違 いが ある。
(2)高 校 での算数 ・数学 の好悪
高校で数学が好 きとす る層 は、工学部 と教育 学部の差がな くなることが特徴 である。嫌 いの 層 は、■1学部で は 5倍 に増えて くる。
これか らの帰結の 1つ と して、進路の決定 に 中学時代の数学 が何 らかの意味 を持 っていた と 考えていいだろ う。
また全体 と してみれば、福井大学 に入学 して くる学生 は小 ・中学校で はかな り数学 を得意 と していた と考えていいであろう。 ところが、高 校 にな ると数学 に対す る態度 は著 しく変化 して しまうのである。つ まり、「数学 嫌 い」 や 「数 学離れ」が増 えて くるのである。 こうした点 で は、二 重大学でのデータか らも同 じよ うな傾向 が確認 され る。
それ は何故であろうか ?
数学嫌 いにな った教育学部学生 の言 い分 をま とめると次のようになる [21。 (Jl学部学 生 もほ ぼ同 じだと推測 され る。)
( 鋤 実 生活 との結 びつ きがな く、興味が湧かな
い 。
( b ) 多 くの公式 を暗記 し、 いろんなパ タ ー ンの 問題 を暗記 しな くて はな らない。
( C ) 内 容が多す ぎる。
( d l 授業 の ス ピー ドが早 く、理解が追 いつかな
い 。