博士(歯学)角舘直樹 学位論文題名
歯周病患者のセルフケアに対する 自 己 効 力 感 測 定 尺 度 の 開 発
一 信 頼性 と妥当性 の検討―
学位論文内容の要旨
【目的】
従 来より, 患者に望 ましい健康 行動をと ってもら うために ,歯科保 健指導で はモチベー シ ョンを高 めること が重要であると報告・されてきた。しかしながら,モチベーションの評 価 は,口腔 清掃状況 や歯肉の状態といった指導後の口腔内の状態をもとに行う場合が多く,
モ チ ベ ー シ ョ ン そ の も の を客 観 的に 評 価 する 方 法は 現 在 のと こ ろ 確立 さ れて い な い。
近 年,健康 行動を予 測する変数 として, モチベー ションに よく似た 概念であ る自己効力 感(Self‑efficacy)が注目さ れている。自己効力感は,Banduraが社会的学習理論の枠組みの 中 で提唱し た概念で ある。すな わち,個 人の持つ 「ある結 果を生み だすため に必要な行動 を どの程度 上手く行 うことがで きるか」 という確 信のこと である。 臨床にお いての自己効 力 感は,「 患者が症 状改善と健康維持のために必要な行動をどの程度確実に行えると感じて い るか」と なる。実 際,医科の 臨床場面 において は,自己 効力感が 行動変容 の先行要因と し て機能し ているこ とに着眼し ,自己効 力感を高 めること によって 糖尿病な どの慢性疾患 の 症状の改 善が得ら れることが 明らかに されてい る。歯周 病患者に おいても 自己効力感の 強 度を測定 し,患者 ごとに合わ せた心理 教育的指 導を行い ,行動変 容を促す ことで,疾患 の予後を良好にすることができると考えられる。
ま た,自己 効力感の 測定に関し て,Banduraは自 己効力感 には2っの 水準があ ることを指 摘 している 。ひとっ は,個人の 全体的な 傾向とし ての自己 効力感で あり,一 般性自己効力 感 という。 もうひと っは,具体 的な課題 に特定し た自己効 力感であ り,課題 固有的な自己 効 力感とい う。そし て,後者の 方がより 強く行動 を予測し ,また介 入によっ て変化しやす い ことが知 られてい る。ところ が,これ までわが 国では, 歯周病患 者の課題 固有的な自己 効 力感を測 定する尺 度は作成さ れていな い。そこ で本研究 では,歯 周病患者 のセルフケア に対する課題固有的な自己効力感測定尺度「SESS (Self‑Efficacy Scale for Self‑care)」を開 発し,その信頼性と妥当性を検討することを目的とした。
【対象および方法】
1. 予 備調 査 :61名 (男 性24名 , 女性37名, 平 均年 齢49.5士17.1歳) の 歯周 病 患者 を 対象に尺度原案を用いて質問紙調査した。
11尺度原案の作成
先 行研究と 歯周病患 者からのイ ンタビュ ーを参考 にして,43項目から なる尺度 原案を作 成 し た 。項 目 に示 さ れ た内容 に関して, 自分がど のくらい 当てはま るかにつ いて5段階 評
定 で評 価す るも のと した (確 実にできると思う:5点,だぃたいできると思う:4点,まあ ま あできると思う:3点,あま゛りできないと思う:2点,確実にできないと思う:1点)。
得点が高いほど自己効力感が高いことを示す。
21項目の絞込みと選定
項目 分析 では ,該 当が 少な く欠損が多かった項目を削除し,次に項目の平均値と標準偏 差 を算 出し ,天 井効 果(rangel―5で, 平均 値十 標準 偏差>5)およぴフロア効果(平均値
― 標準偏差く1)の見られた項目を削除した。そして項目問の相関係数を検討し,内部相関 の 低 い ( 他 項 目 と のSpearmanの 順位 相関 係数r>0.4が1項目 以下 )項 目を 削除 した 。さ ら に, 主因 子法 によ る因 子分 析を 行っ て, 因子 負荷 量が0.4未満の項目を削除した。尺度 原 案の43項 目か らこ れら の項 目を削除し,残った項目をSESSの尺度項目として選定した。
そ の後 ,( 押分 析を 行い ,SESS得点の上位群と下位群を各25%ずつ選抜し,各項目ごとに 2群 間の 得点 の差 をMann‑WhitneyのU検定 で検 討し た。上 位群 と下 位群 との 間に 有意 差が あるか否かで,項目の識別カの有無を確認した。
2.本 調査 :初 診群129名 (男 性75名, 女性54名 ,平均 年齢50.3士16.1歳 )お よび メイ ン テ ナ ン ス 群60名 ( 男 性12名 , 女性48名 ,平 均年 齢52.1土13.2歳) の計189名 の歯 周病 患者を対象に,作成されたSESSを用いて質問紙調査した。
1)因子構造の検討
SESSの項 目に つい て, 主因 子法,バリマックス回転による因子分析を行い,因子構造を 確 認し た。 因子 数の 決定 基準 は,固有値1.0以上とし,項目の選出基準は因子負荷量0.4以 上 と し た 。 各 因 子 に 対 し て , 因 子 負 荷 量 の 大 き い 項 目 を 参 考 に 因 子 名 を 与 え た 。 2)信頼性の検討
尺度 の信 頼性 を検 討す るた めに測定値の一貫性・安定性を検討した。今回は,一貫性を 検 証す るた めに ,内 的整 合性 をみ るCronbachのa係数 を算 出した。また,安定性にっいて は 再テ スト 法で 検証 した 。本 法は,同じ尺度を一定の期間をおいて再度実施し,両者の関 係 をみ るも ので ある 。そ こで 今回は,メインテナンス群のうち30名を対象に,本調査後約 1ケ 月 後 に 同 様 の 調 査 を 再 度 実 施 し , テ ス ト 一 再 テ ス ト 間 の 相 関 関 係 を 検 討 し た 。 3)妥当性の検討
併 存 的 妥 当 性 に つ い て は ,SESSと 一 般 性 セ ル フ . エ フィ カ シ ー尺 度(GSES)との 相関 関 係をSpearmanの順 位相 関係 数をもとに分析した。予測的妥当性については,初診群に対 し て 刷 掃 指 導 を 行 い , 約1週間 後 にO Learyら のPCRを 再評 価 し た。 初診 群をSESS高得 点 群と 低得 点群 に分 け,PCRの 改善率の平均値の差を対応のないt検定を用いて比較した。
構成概念妥当性にっいては,「初診群よりもメインテナンス群の方が,セルフケアの成功 体 験を 積ん でい るた めセ ルフ ケアに対する自己効力感が高い」という仮説を検証した。こ れ は, 自己 効力 感は 成功 体験 を積むことでより強く認知されるとされているためである。
そ こ で, 本研 究で は初 診群 とメ イン テナ ンス 群の それぞ れのSESS得点 の平 均値 の差 を対 応のないt検定を用いて比較した。
【結果および考察】
予 備調 査の 結果 から ,尺 度原 案43項目 のう ち28項目が 削除 され ,残 りの15項 目がSESS の 項 目と して 選定 され た。 また ,GP分析 の結 果,15項目 全て にお いてSESS得点 の上 位群 と下位群との得点の差に有意差(pく0.001)がみられ,識別カのあることが確認できた。本 調査における因子分析の結果から,「歯科受診の自己効力感」「ブラッシングの自己効力感」
「 食生活の自己効力感」の3因子が抽出された。3因子での累積寄与率は64.97%であった。
SESSは十分な内的整合性を示し(Q 0.86),テスト―再テスト問に有意相関(r 0,73)が 認 め られ たこ とか ら, 高い 信頼 性が 確認 され た。 また,SESSはGSESに 有意 相関 が認 めら
れた(r O.44)ことから,併存的妥当性が示された。そして,刷掃指導前後でのPCRの改 善 率 の 平 均 値 はSESS高 得 点 群(63名 ) とSESS低 得 点 群(66名)で それ ぞれ53.74士24.63 (SD),10.25土140.27 (SD)で あった 。SESS高 得点 群はSESS低得 点群 に比 べてPCRの 改善 率が 有意 に高 かっ た(pく0.05)ことから,予測的妥当性が示された。さらに初診群とメイ ンテナンス群のSESS得点の平均値はそれぞれ56.86士7.56 (SD),60.90土6.64 (SD)であり,
メインテナンス群は初診群に比べてSESS得点が有意に高かった(pく0.001)。よって本研究 に お け る 仮 説 が 証 明 さ れ た こ と か ら , 構 成 概 念 妥 当 性 の 一 端 が 示 さ れ た 。
【結論】
1.3因子15項目から構成される「SESS」を開発した。
2. SESSは 約 1週 間 後 の PCRの 改 善 を 予 測 し う る こ と が 示 唆 さ れ た 。 3. SESSは高い信頼性,妥当性を有し,今後の研究への応用に耐えうることが示唆された。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
歯周病患者のセルフケアに対する 自己効力感測定尺度の開発
一 信 頼 性 と 妥 当 性 の 検 討 ―
審 査は 主 査 、副 査 全 員 が一 同 に 会し て 口頭で 行った 。はじめ に申請者 に対し 、本論文 の要旨 の 説明を求めたところ、以下の内容について論述した。
近 年、 健 康 行動 を予測す る変数と して自 己効力感(Self‑efficacy)が注目さ れている 。わが 国で は 、歯 周 病 患者 に 対 す る自 己 効 力感 を 測る尺 度は作 成されて いない。 そこで 本研究で は、歯 周 病患者のセルフケアに対する自己効力感測定尺度「SESS (Self‑Efficacy Scale for Self‑care)」を開 発し、その信頼性と妥当性を検討することを目的とした。
本研 究の対象 者は、札 幌市内 の一歯科 医院に 歯周病の 治療お よびメイ ンテナン スのために通院 中 の患 者250名 ( 予 備調 査61名 、 本 調査189名 ) と した 。 予 備調 査 で は 、先 行 研 究、 歯 周 病患 者 から の イ ンタ ビ ュ ー を参 考 に して43項目 か ら なるSESS尺 度 原案 を 作 成 し、61名の 対 象 者に 質 問紙 調 査 を行 っ た 後 、項 目 分 析を 行 ってSESSの 項目を 選定した 。本調 査では対 象者は 初診群 129名 と メイ ン テ ナ ンス 群60名 の2群に 分 類 した 。 初 診群 と は 、初 診 時 に 歯周 病 と 診断 さ れ て 治 療に 同 意 し、 刷掃指導 を受けた 患者と した。メ インテ ナンス群 とは、 メインテ ナンスを6か 月 以上継 続して いる患者 とした 。初診群 には初 診時の刷 掃指導終 了時、 メインテ ナンス群にはメイ ンテナンスの処置終了時にSESSを用いて質問紙調査を行った。
SESSの 項目 に つ い て、 主 因 子法 、 バ リマ ッ ク ス回 転 に よる 因 子 分析 を 行 い 、因 子 構 造を 確 認 し 、下 位 尺 度を 決定した 。因子数 の決定 基準は、 固有値1.0以上 とし、 項目の選 出基準は 因子負 荷 量0.4以 上 と し た 。 各 因 子 に対 し て 、因 子 負 荷量 の 大 きい 項 目 を参 考 に 因 子名 を 与 えた 。 尺度の 信頼性 を検討す るため に測定値 の一貫 性・安定 性を検討 した。 一貫性を 検証するために、
内 的整 合 性 をみ るCronbachのQ係数 を 算 出し た 。 また 、 安 定性 に っ いては再 テスト法 で検証 し た。尺 度の妥 当性につ いては 併存的妥 当性、 予測的妥 当性、構 成概念 妥当性に っいて検証した。
併 存 的 妥 当 性 に つ い て は 、SESSと 一 般 性 セ ル フ . エ フ ア カ シ ー尺 度(GSES)との 相 関 関係 を Spearmanの 順 位相 関 係 数を も と に分 析 した。 予測的 妥当性に っいて は、初診 群に対し て刷掃 指
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光 学
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導 を 行 い 、 約1週 間 後 にO Learyら のPCRを 再 評 価 し た。 初 診 群 をSESS高 得 点 群と 低 得 点群 に 分 け 、PCRの 改 善 率 の 平 均 値 の 差 を 対 応 の な いt検 定 を 用 い て 比 較 し た 。 ま た 、 歯 周 治 療 の 継 続 と 中 断 を 目 的 変 数 、 年 齢 、 性 別 、 初 診 時 の 歯 数 、 初 診 時 のprobing depth、 初 診 時 のPCR、 PCRの 改 善 率 、GSES得 点 お よ びSESS得 点 を 説 明 変 数 と し て ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回 帰 分 析 を行 っ た 。 さ ら に 、 歯 周 治 療 継 続 群 と 歯 周 治 療 中 断 群 のSESS得 点お よ び 下位 尺 度 得 点の 平 均 値の 差 を 対応 の な いt検 定 を 用 い て 比 較 し た 。構 成 概 念妥 当 性 につ い て は、 「 初 診群 よ り も メイ ン テ ナン ス 群 の 方 が、 セ ル フケ ア の 成功 体 験 を 積ん で い るた め セ ルフ ケ ア に対 す る 自己 効 力 感が 高 い 」 という 仮 説 を 検 証 し た 。 初 診 群 と メ イ ン テ ナ ン ス 群 の そ れ ぞ れ のSESS得 点 の 平 均値 の 差 を対 応 の ない t検定を用いて比較した。
予 備 調 査 の 結 果 か ら 、 尺 度 原 案43項 目 の う ち28項 目 が 削 除 さ れ 、 残 り の15項 目 がSESSの 項 目 と して 選 定 され た 。 本調 査 に お ける 因子分 析の結果 から、 「歯科受 診の自 己効力感 」「ブ ラッシ ン グ の 自 己 効 力 感 」 「 食生 活 の 自己 効 力 感」 の3因子 が 抽 出さ れ た 。SESSは十 分 な 内的 整 合 性を 示 し (a− −0.86)、 テ ス ト ―再 テ ス ト間 に 有 意相 関(r=0.73) が 認めら れたこと から、 高い信頼 性 が 確 認 さ れ た 。 ま た 、SESSはGSESに 有 意 相 関 が 認 め ら れ た(r=ニ0.44)こ と か ら 、 併 存 的 妥 当 性 が 示 さ れ た 。 そ し て 、 刷 掃 指 導 前 後 で のPCRの 改 善 率 の 平 均 値 はSESS高 得 点 群 がSESS低 得 点 群 よ り も 有 意 に 高 か っ た (pく0.05) 。 ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回 帰 分 析 の 結 果 、 治 療 の継 続 に 有意
(pく0.05)に 影 響 す る の は 年 齢 が 高 い こ と 、 初 診 時 のprobing depthが 深 い こ と 、 そし てSESS 得 点 が 高 い こ と で あ っ た 。 さ ら に 歯 周 治 療 継 続 群 は 歯 周 治療 中 断 群よ り もSESS得 点お よ び 下位 尺 度 「歯 科 受 診の 自 己 効力 感 」 得 点が 有 意 に(pく0.001) 高 い 結果 で あ った 。 以 上 のこ と から予 測 的 妥 当 性 が 示 き れ た 。 さ ら に メ イ ン テ ナ ン ス 群 は 初 診 群に 比 べ てSESS得点 が 有 意に 高 か った
(pく0.001) 。 よっ て 本 研 究に お け る仮説 が証明さ れたこ とから、 構成概 念妥当性 の一端 が示され た。
引き 続き審 査担当者 と申請 者の間で 、論文内 容及び 関連事項 につい て質疑応 答がなされた。主な質 問事項として、
(1) 個 々 人 に お い て 、 こ の テ ス ト の 結 果 と 行 動 と の 関 係 に 合 理 性 が あ る か ど う か に つ い て (2)本 研 究 は 同 一 施 設 の み で 調 査 さ れ て い る が 、 そ の 結 果 に 地 域 差 は あ る か ど う か に つ い て (3)尺度の一貫性(Cronbachのa係数)の定義について
(4) SESS得点と最終指導後のPCR値との関係について (5)自己効力理論の教育分野での応用について (6)本研究を始めた動機について
(7)歯科分野における、歯周病以外の領域での自己効力理論の応用について
これらの質問に対し、申請者は適切な説明によって回答し、本研究の内容を中心とした専門分野はもとより、
関連分野についても十分な理解と学識を有していることが確認された。本研究は、高い信頼性と妥当性を有 する自己効力感測定尺度を開発し,今後の研究への応用に十分耐えうることを示したことが高く評価された。
本研究の内容は、歯科医学の発展に十分貢献するものであり、審査担当者全員は、学位申請者が博士(歯 学)の学位を授与するのに値するものと認めた。
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