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新舊兩派の文藝論爭

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

新舊兩派の文藝論爭

成瀬, 正一

https://doi.org/10.15017/2557095

出版情報:文學研究. 7, pp.1-18, 1934-01-31. 九州文學會 バージョン:

権利関係:

(2)

伊太利亜の文藝復興は︑佛蘭西に於ても︑人川の理智感情を︑凡ゆる方面に於て解放した︒今までは︑敦椛禽能の

韮将駁思想に支配され︑永い眠を縦けてゐ・た中枇の文化が︑復興を告げる鋪の響に依て︑俄に離された鐸である︒醒

めて蕪がついて見ると︑從來その存在さへ碓狩知らなかった希臘雑馬と云ふ業附しい古典文化があったことが解り︑

燦然たるその光に眩惑しながら︑これを崇拝模倣すると云ふ氣迩が起たcこれ文明史家の所訓ユマ一スムの思潮に外

ならない︒ユマ一スムは樅に文蕊復興の眼要な一面ではあるが︑今一つと上に万過すべからざる半面がある︒即︑人

間性の兇醒と同時に從來の如く︑自然や人生の諸川越を︑柵断的なる韮将教の教義に依て解決することに︑多大の

不洲を感ずるやうになって来た︒そしてその結果︑単に韮棉教の敬韮のみならず︑一切の客槻的椛威制禦を排し︑自

曲なる人川の理性に立脚し︑これを中心として一般の耶象を棚察すると云ふととになったのである︒これ洲はぱ︐郡

新鮮雨派の女蕊論争.︵八六七︶ 文學研売

新奮雨派の文藝諭孚 第七輯︵昭和九年一月發行︶

成瀬

l 一

(3)

文學研究第七秘二︵八六八︶

智乃至科學耕川の兜齪である︒ガリレオやコペル一クスのやうな辿巾は︑この蕪迩の所産を老へて莱支ないであら

夷ノC

ユマ一スムと科學紡抑は︑その性髄から見ても傾向から云ふても︑大分相五に机述してゐるが︑しかし共に文藝復

興にその源を發するものと恩はれる︒ユマニスムの人逹は︑俄に現れた古代文化に對する齢異の鹿があまり弧かつた

ため︑先づその光に眩惑した︒そしてその紡果︑希臘羅馬の文化を︑冑目的に崇拝・するやうな形となってしまった︒

折角交蕊樋興に郡めながら︑今度は叉抑新なる眼に陥る課である︒彼等は韮杯識と云ふ大偶像を叩き殿しながら︑新

に叉古代文化と云ふ偶像を碑興したことになる︒ところが後者の方は如何と云ふに︑何物に對しても盲目となるを欲

せす︑繭物をあるがまlに籾むとする科蕊者の態度である︒一門閥像を破壊するや︑何等そこに新らしき糾像を建つ

ることなく︑他迄理性を唯一の便りとして西象を概察せんとする者であって︑詔はぱ徹底的のイコノクラストであ

茨︒O

この二傭向を洗際の文學に就て老へるのに︑前粁に脇する春は︑雌論希臘雑馬の丈藝を以て絶對無上の手本とな

し︑唯その枇倣に維始し︑その及ぱざらんととのみ恐れると云ふ風であった︒自然の結果としてこの一派の文學は︐

形式内容は雌論のこと︑題材に至るまで古代文鯉そのまLの葵であった︒然るに後粁は︑デカルトの流派を以て筒任

する所訓カル零ンアンであって︑前粁の如き吉日的古典梁拝を排斥する︒そして從際の文藝活動に於ては︑各自の趣

味側向に雁じ︑勝手に仕事をして行かうとする白川主義務である︒

この二つの思想の術突が︑佛附西文學史上に於て︑如何なる現象を箙むだかと云ふに︑それが即p匡曾巴①号めぬ︒︲

(4)

QgmR号切冒○鳥目①ぃなに名に依て知らる新蒋叩派の論争である︒

ロンサアルを中心とするプレィァドの文藝通勤以來︑引続いて優勢を示してゐるのは齊派の方であった︒その頃の

一流文人として後仙に名を唆してゐる辿巾は︑特忠撤なる古典の模倣識であった︒文學史家が併時の文藝思潮を︑

クう母.ヅク古典時代と細稲する通りである︒先づ大腿に於て十七仙紀は古代文化崇拝の時代であって︑後考は異端脱され︑倣に

一偶に脇跡するばかりであった︒がしかし全然萎縮してしまふた課でもない︒雌迫されながらも常に小さき反抗を縦

け︐叩群は︑略交裡に︑思想界猴於て常に敵脱し合ふてゐたのである︒

然るに︑一六五七年に到り︑デマレ・ド・サン・ソルランなる一詩人か︑Q○房と題する一端の救事詩を發表し

た︒作粁も作紬も︑特に注目する程の慨仙もないつまらんものに過ぎないが︑偶然にも︐この詩が導火線となって︑

雨派の大略雌が侍上ることAなった︒クロヴイスは︐歴史が教へる通り︑五六批紀弧に於けるフランク王叫の帝王で

ある︒韮柊教の熱心なる保謹考であったと同時に︑抑附四王叫の礎を築いた英雄と云ふととになってゐる︒デマレは

主の班賊を材料として︐全部二十六部より成る優排を神上げ︑その序文に於て次の如く揚言した︒

﹁ク画ヴイス王の事賊は︑吾人佛剛西に生を事けた詩人として︑見逃すべからざる好材料である︒四隣を征服し

て大剛を建て︑これをフ|フンス王剛と命名し︑自聖教の信粁となりてこれを保謎し︑今日の佛剛四王剛の韮礎を

世いた英雄であるから︑﹁クロヴイス﹂は︑正に佛剛西の叫此詩と孵すべきである﹂︑

かくしてデマレは︑自己の選採した材料につき自識的濤解を試みると同時に︑古典文畢闘能派を難じ︑希臘雑馬の

文人が取扱ふた材料以外にも︑大に拾ふくさ好題材あることを主職したのである︒その上猫︑韮将教の物語歴史なぞ

新蒋剛派の女蕊諭弔三︵八六九︶

1.11口

I

(5)

ポワロオは︑文藝に基将教を引碓込むことを雌じて日︑韮将の教は祁聖にして刑すべからず︑從て︑横初より文藝

の材料となり得べき性質に非ず︑弧いてかくすることは︑教義を御伽噺化することLなり.結局一の周波行爲であ

アールロボエナグクかくしてデマレは新派の代表となり︑ポワ腫オは暫派を代濤し︑論争の燕が切て群された︒デマレは︑﹁詩文論﹂

が出てから川もなく仙を去たが︑一皿火を鮎けられた喧嘩は益掩盛になって行た︒即それと殆時を同じくして偶燕

ルイ十四価の榮器を識へるため︑一の凱旋門を打建つる識が起るや︑これに刻すべき文字を佛語とすべきや︑はた雑

甸語とすべきやに州し議論沸鵬し︑と上に叉新醤叩派は双方に分れ大に論争を繰返した︒

コンLロデマレの死後︑その志を繼いで新派の大將となったのは︑有名な﹁御伽噺﹂を沓いたシャルル・ペロオ︵g自一の晩

文畢研究第七卿四︵八七○︶

に現れる奇峨超門然の川來恥︑即川柵旨臼ぐの三2〆の罫段gをも︑同時に取込むべき必要を論じた︒云ふまでもな

くこれは︑古代文學を經典の如く疎蝶せる一派に對するⅢ推射唯であった︒これに叱らずデマレは︑更に進むで︑

古典文學と現代文蕊︑古代語と佛剛町語の比較論を試み︐文諏奎般に於て︐現代の遥に古代に優越せることを断じ

た︒

アール●ポエナソクとの露骨な挑戦を受けた古典醐能派は獄てゐる筈がない︒岡塒ポワロオは早速一矢を酬ゐた︒﹁詩文論﹂の第三

綿百九十九行以下の文句がそれである︒即日︑

ロ①旨さ一島匡冒⑤胃段g行い目謂序﹃隅厨昌匡⑦い

己︾○gの目四︺厨億画︼勝己の8胃でg具呂吻n塁昌巨①m︑

(6)

犀圖員.烹ハニ八一七○三︶とその兄二人であった︒長兄ピ話は︑ラシイヌが︑その悲劇イフイジエニイの

序文に於て二六七一年︶・彼を咽非するや︑伊太利亜人タッソ一︵どの×鯉且﹃の︑厨ぬい︒己.一五六五一六三五︶

の戯文解8三脚且︺旨の佛課を出し︑その序文に於て大に醤派を皮肉り特にポワロオ一派を椰楡したのである

︵一六七八年︶・これを切かけとしてペロオの三人兄弟は︑澤山の論文を草し︑新派のため大氣焔を吐いたが︑殊に

アカデ.tィ︑ううンセーズ末弟シャルルは剪敢であった︒終に彼は一六八七年一胤文藝院に於て︑自作になるFの吻胃房烏弓○昌昌①の国且

なる一輔の排を朗読して︑し一ェ︑マレルプ︑モリェルその他の現代文人は︑皆画代の詩人に優るとも劣らんことを

宣言し︑加之︑一六八八年から一六九七年に亘り︐厨旦匡①︑号吻臼︺92mg号印目○号︻国①叩なる對話集を出し︑猶一

屑その主碓を鮮明にしたのである︒叉一七○一年に川た胃ぬぎ日g①唖薑巨覺⑦吻壱3−︺ご︺員巨g犀昌8胃己鳥貝苛

桝く胃﹀︑胃庁も略同様の主張を表明してゐる︒

これ等ぺほオの言説を一貫する思想を綜合するに︑結局︑現代文學の方が古代文學より優てゐると云ふにある︒何

ブ口グレ故俊てゐるかと云ふ理由をペロオは︑進歩と云ふことに求めた︒彼は云ふ1人類は必進歩成長する︒これは生ける

人間粘川の根本法則である︒であるから文蕊も矢張何様進歩成狸する︒從て古代人の刺た詩の如きは︑現代人の眼か

ら槻るなら︑小供の如く幼稚なものである︒これに反し現代は︑人類の川熟期を示すものであるから︑パスカルはプ

ラトオを凌鮒してぬる︒ポワロオ自身も︑自分では鍼かつかんかも知れんが︑ホラチウスより遥上段に据えらるべき

である︒又︑スキュデリ娘のグラン・シィリュスの中には︑イリアドより十傭の創意が含まれてゐる︑云令

そして猫川昨に︑次に記す六の域川をあげて︑その主張を鮮明にしてゐる︒

新鮮胴派の丈蕊諭癖五へ八七こ

I

(7)

右の中には︑少を邪浦に合はんやうに旭はれる老も・ないではないが︑ともかくペロオの諭斤は大船かくの如きもの

であった︒この挑戦を一堂けた古代文學心群述は︑即ち十七仙紀文學の王座を占めてゐる大文人達である︒勢ペロオ

は︑時代の主潮たる正統文學に攻螺を加へたのである︒

この術争に於てペロオ兄弟は︑決して孤軍缶剛ではなかった︒中荏多くの味方を持てゐたが︑その中妓打力なるも

のは︑百歳の森を保た文人フオントネルであった︒フオントネルはこの州題に附し一六八八年︑目四①璽○己切目屑

皆目の︒︑のこのぃgo号昌の銅なる一文を著し︑ペロオの所諭に徒成し︑殆吋様の主旨を論述したのである︒日︑

大自然は太古より今日まで︐悠糞として不鍵の歩を縦けて港も鍵るところがない︒その意味に於て現代と古代とは

同様である︒苦の白然も今の自然も︑自然には一向鍵がない︒さうして兄れぱ︑大昔同然に生を享けた如き偉人天才

が︑今︑現れ得ないとは申せない︒ところが又一師人知と云ふものは︑父測よりその智識を談一堂け︑これに自發兇し

たものを川へて子孫に仲へ︑かくして次鋪に發逹して來たものであるから︑從て現代人は︑何十価紀もか上って蓄械

4. 3

印州 刷王l1 術叱

一』‐

5兆杵数の好影禅︒

6王の保謹と奨卿︒

2 1

文學研究第七祗

後に姫れたと云ふだけの事盗︒

人川心邪に開する正碓なる理解︒

推理の方法が完全なること︒

1lb 一ハ

〆、

︵八七二︶

(8)

排斥するにある︒

これに對し奮派の連中も中左敗けて居らす︑大に應戦に努めた︒その中心人物は椛諦ポワロオであった︒但し︑新

派の議論が︑ともかく満路が立て居り︑理論の形を典へてゐるに反し︑燕派の所術は︑梢糞もすれば瑚脇淡塒に堕す

る傾向がある︒蓋し奮派にして見れば︑恐らく︑絶對無上完全の典型なる古典文學に對する攻盤を以て︑同淡の極と

老へたのであらう︒事溌新派の迩巾は彼等にとって︑土足の雌蕊術の殿鎚に閲入する狼耕洩の如く映たに和速ない︒

ペロオ自身︑既述思昌扁爾の序文に於て嵯晩して日︐

F﹀釦四曾巨①昌名具①負戸口○巨吻己○臣め脚冒gOpmご

弔い路の昌笛易罰且﹃宕昌屋︾目深目の①叩白目昂m−

zo匡娩sHCpm8匡言ロ﹃︑Q①︑冒涜○己吻当

新蒋雨派の女璽論砺七︵八七三︶

された智識の費肺の上に︑更に自開拓したものを持てゐろ課である︒云ふまでもなく︑菰候風土等の如く︑時代場所に困る例外もあり︑叉戦兼疾病等の如く︐境遇より來る特殊な場合もあるが︑要之︑如上の理山に韮き︑大船に於て後に生れた者は進歩すべき筈のものである︒故に大局から観て希臘羅馬の文人を凌瑚・するに足る如き天才偉人は︑事従上未だ現れてゐないかも知れんが︑しかし逝理の上から云ふて︑現れ得ないとは勘一両川来ない︒蟻︑現れ得べく叉︑現れざるべからざるものである︑云舞︒

新派の所説は大腿ベロオとフオントネルの云ふところに猫きてゐる︒彼等の根木思想は︑人熱の進歩と云ふことで

ある︒それ故森派の如く︑過去に︑絶對無上の手本を求めるやうなことはないと同時に︑文蕊に於いて客槻的椛威を

U

11

(9)

文學研究第七卿八︵八七四︶

先づ猛烈な辿中をあげるなら︑こLにダシェ︵普己融己胃冒一六五一一七二二︶と云ふ男がある︒熱心な雑

句語學粁縦伽繩者として知らる氏彼は︑ホラチウスを繩するや︑その節六巻目の序文に於里L︑古代文學の尊厳を傷

けるペロオ一派に對し︑激烈なる攻轆を加へてゐる︒即日︑

﹁古人の桂冠溌奪はんと欲する新派文人の狼耕行爲は︑秤て希臘伊太利亜を劫掠して朧に暴威を遅し︑その豪華

なる文化を破壊した鐙奴よりも猫礎忍である︒﹂

との攻雌は少袋手厳しすぎる︒がしかしポワロオも中共とれに劣らん赤舌を振ふてゐる︒一六九二年ルイ十四枇戦

を起してナウムウルを攻略するやポワロオは︑早速○号め昌旨冒吻⑦号z角日日を草し︑その川頭に序詞として

目m8日め呂昌壱○号なる一文を冠した︒この文は何故自分がとの詩を執筆するに到たか︑その同的を立言したもので

あるが︑内容は露骨なるペロオ攻雌であった︒その大要に曰く︑

﹁近甑一冊奇怪なる書が現れた︒幹者の云ふところに從へぱ︑古代文皐尊崇の如きは一の迷信猴遡ぎず︑現代に

於ても︑古人以上の文豪が澤山弛川してゐるとのことである︒その上非考は︑現代文學の辮謹に念なるの除り︑

偉大なる古人の通作を凡て排斥し去り︑柊には︑ピンダルまでも凡脈詩人として非難するに到た︒しかし自分の

聞くところに依れば︑著者は全然希臘語の智識を峡いてゐると云ふことである︒

云交と説きペロオの無學を噸り︑その団語を知らすしてピンダルを艇する無謀を壷め︑絶に彼を以て︑無學文盲に

して趣味を解せざる者︵g9日の切目いいロ2口唱算︶と脇倒した︒そして更に進むで曰く︒

l

〆.

(10)

﹁自分はこの冑目無趣味なる幹者を慾むのあまり︑彼にピンダルの豪さを教へ︑その象を砕いてやりたいと恩ふ

が︑不幸にして彼は希臘語が分らないのだから︑どうにも致方がない︒そこで止を得ず︑と上にn分はピンダル

の作風を眞似て一縮の○号を作り︑彼をして︑せめてその片影でも窺はしてやり度いと思ふ︒この目的のため

に先甑のナムウル攻略は︑丁度迩柑なる材料であると信ずる︒﹂

ポワロオは尚飛車に川で大見得を切り︑相手を小供扱にした認であるが︑明にこれは理浦と云ふよりも瑚弄であ

る︒その他ラフオンテェヌは与胃①沙国匡2︵一六八七年︶を公にし︑大に古人の休大を讃へその文県をし︐これ

を以て自分逹後輩の師匠となし︑この豪い手本と自分逹の作州を比較する如きは︑文藝に對する冊流行鰯なりと稚し

た︒

画言働鼻①色色g︲ご弓曾一函○局厨曾一$詞○g昌一扇︺

○巨吻︺借胃⑦①胃ぐ○巨言具訂昌周島鱒員︻$のゴの冒言め.

そして今日生くる自分遼は︑現代を識美しないとともないが︑占代の榮光に比しては︑どうしてもその形がうすい

ことを述べた︒

︑□

ご﹇昌切一︶門呼いQ①○のいぬ﹃圏︼ロ切目○日切︾己○胃①四s旬⑦①黒一︶興一厨.

ラフオンテエヌの態度はポワロオに比して除溌淵しい︒噸賜的文架はⅢにせず︑たご古代を偉大となし︑これを師

雌とすべきを述べたのみである︒これに知するはう︒プルイエルである︒彼は鮒側から古典派即ち桝派に脇する︒

新蒋雨派の文蕊論争九︵八七五︶

(11)

さて既述に明瞭な如く︑新派連の所論は︑ともかく議論の隈をなしてゐるが︑これに對し瀧派の態度は︑多く理山

を示さざる漫鰐か︑若くは椀曲な皮肉に暗ちてゐて︑十分力ある反駁論をなしてゐない︒その靴を考慮して老年のボ

ワロオが執兼發表したのが︑例の晟号邑○言い︒﹃|月三の叩切目名①昼月吻宮吻閏需吻合﹃展冒﹃冒侭旨︵一六九四年︶であ

る︒内容は無論ペロオに對する反峡である︒

この一文は︑古典派の言分として︑雌完全右力なものであるから︑その要価を摘記せんに︑先づ︑全端十二部より

コンクリユジヨロ一成てゐろ︒雌・初の九部と︑それに對する結論が︑先づ一六九四年に公にされたので︑礎の三部は後から附加へら

れたものである︒即一七一○年に綴られ︑飛考の死後一七一三年に發行されたのである︒諭容ポワロオのことである

から︑同頭から勢のよい︑激しい︑又辛辣な皮肉をペロオに浴せてゐて︑肝心の自説主張の方は︑ともすれば留守に

なり勝であるが︑やうやく第七部に到り︑始めて見るべき文字を記してゐる︒こ上で著粁は︑何故内分逹が古代文學

を尊び︑手本としてこれを模倣するか︑從て新浜の文躍諭に承服しえざるかを論述してぬるのである︒

文學研究第七棚一○︵八七六︶

9国︒胃の吻の雄一章ロ①の︒pく円品の吻号斤呂員の中︑︼﹀扇ゞどの各節を識めぱ︑よくこの心持が分る︒殊に扇に

アカデミィはフオトネルに對する遠廻の非難が出てゐる︒その上一六九三年推されて文藝院の向貝となるや︑野頭油説して古典

派の人煮殊にポワロオ一派を蛍讃して︑その態度を明にしたのである︒

これ等は特重なる論戦を拾て見たばかりであって︑他にも猫多くの斑例がある︒が一た列恥してゐては際限がな

い︒要するに十七価紀末の文踊及アカデミィは︑凡てとの渦中に引込まれ︑皆二沢に分れ談論を剛してゐたのであ

霞○0

(12)

﹁凡そ文藝作舳の仙値と云ふものは︑その作者の生存中に定めることが川来るものでない︒作粁の死後幾年かを

經て︑始めてその値打が決定さるLものである︒その在仙中︑如何なる大喝釆を陣し︑叉如何なる盛名を馳せた

大文豪であっても︑一皿仙を去るや︑忽その名を忘れられ︑その作物が紙屑同様に扱はれるやうな現象は︑吾人

も峻為円附するところである︒現にロサンァルの如きその好例である︒これに依て見るに︐その生存中は勿論︑

死後と雌依然として軽佃を失聡せざる如き文人にして︑始めて偉大とさるべきである︒それ故作州の慨仙を決

ぷス﹃アリ|プ定する者は︑結脇後枇と云ふことになる︒然るに新派文人が眠の敵として艇・する希臘雑馬の古代文學は如何︒そ

の妃後二千年を經過した今日に於ても猫依然として多勢の人に談まれ愛され尊ばれてゐるではないか︒この永

いⅢ︑誰一人としてその恢仙を疑問脱する春もなく︑永久不鍵の蕊仙を持絨して来たこの古典文學を︑今日に到

て俄に否定し非難し去らんとするが如きは︑誠に沙汰の限であって︑若しそんな誰があるとするなら︑それは︑

愚群狂人に非んぱ︑文學の何たるやを解せざる吉目没趣味の徒である︒今になってホメ画ス︑プラトオは本営に

豪いかとか︑︑シセロ︑ヴイルジリウスの仙仙如何なぞと云出すことは︑もう問題にならんことである︒そんなこ

とはもう解り切てゐろ︒問題はその慨仙評価に非ずして︑その豪さ偉大さが何虚にあるか︑何に原川するかを攻

究するにある︒・流山は何も古いが故奪いに非歩︑凡ての人が昔から眼じて来た故奪いのである︒﹂

ポワ厄オの諭胃は大冊右の通である︒彼妓後に紬むで日︑

﹁かくも白川なる古代文學の偉大性が解らん位なら︑文學を云狩する謎格がない︒猫又︑今生れたばかりで未そ

の嵐佃の沢せざる現代文巣と︑既に評仙定まれる古典文學とを比較せんとするが如きは︑全然問題にならぬ暴鋸

新稗雨派の女蕊論争二︵八七七︶

k

、q

(13)

文畢研究第七栂一二︵八七八︶

であって︑との判断は後仙に委すべきである︒﹂

ポワロオの識術は︑森派の言分として︑雌側聴の慨杣があるっ今一つとれに類する薪はラシィヌであらう︒悲劇イ

フイジ雪一イの序文に於て彼曰く︑

﹁余は悲刺イフイジ雪一イを神くにあたり︑ホメロス︑殊に同一材料を取扱ふたユウリピデスの手法を棋範とな

し︑これを忠髄に侭似たのである︒然るにこの作は︑幸にも籾容の大嶋釆を沖し︑十分郷蕊上の成功を收めるこ

とが川来た︒これに依て見るに︑趣味の鮎に於ては︑巴里哨雅典も同搬なることが確められ︑二千年の昔希臘人

ボン・サシスを感激せしめた芝居は︑矢張現代人の心をも動すことが川來たのである︒從て明識と理屈は︑如何なる時代に於

ても場所に於ても︑常に何嫌であ︑リ︑叉永劫不鍵なること明白である︒﹂

ラシイヌの言葉は︑云ふまでもなく︑ポワロオ所説の古典の永久拙仙説を裏書するものである︒この二派の論雫は

勝敗何れにあったとも断じがたい︒肌︑新派の大將株と云ふのはペロオやフオントネル位なものであって︑一流文人

は一人も認められなかったのに反し︑哲派の方へはポワ江オを始とし︐ラシイヌ︑ラフオンテェヌ︑ラ・プルィェル

等︑術畔に於ける代表的文士が鈴成してゐたとF一ろから見て︑紡果に於ては後春の方が優勢であったと云ふととには

なる︒それはともかくとして︑このやうな郡類の雫諭には果があらう鋳もない︒又餅時は︑佛剛西文學史上に於ける

黄金昨代であって︑澤山俊秀なる文人思想家を出した時代ででもあったから︑無暗に古代を讃し現代を雌するのは︑

秀荏棡難な蕊怖もあったであらう︒それ等の次雄からしてポワロオも︑一七○○年経にペロオに宛て長文の一番を呈

し︑受協和解する段取となった︒即彼は祁手の所論も幾分認めると共に︑自説の逝理あることをも同時に繰返し︑結

『季

P

(14)

既述アンドレ・ダシエの女腸に曾罵の胃冒﹃の己月胃︵一六五一一七二○︶なる姉人があった︒彼女は中盈

の物識であって︑希臘の文學に封し︑かね人︑深い愛情を抱いてゐたのであるが︑類は友を呼ぶの例に洩れず︐ダシ

エと州識.り︑共鳴して夫婦となったのである︒ダシエ夫人は希臘文學の中でも持にホメロスを崇拝し︑磯て深くその

原典を研究してゐたのであるが︑淵時に於ける古典文學の趣味は︲何方かと云へぱ︑一般に羅甸文學の方に伽し︑希

臘の方は︑比較的艫子扱を父けてゐる価向があった︒そこでホメ胸ス宗のダシエ夫人はこの状態を嘆き︑心血を注い

でイリアドの柳諜に取りか上り︑柊に一六九九年正確なる完謀を公にする池となった︒

これまでは無事であったが︑右の棚課か公にさるるや︑忽一騒鋤持上たのである︒と云ふのは︑柑塒は王朝文化の

燗熟時代であって︑凡て一般の趣味は︑派手上肋にして極度な洗錬を經たものに非んぱ湫迎しない風潮であった︒詔

は世︑鵬歩まひ一つくづさね蛍族・公卿の商術なる哨好が力を占めてゐたので︑文藝の如きも︑一定の肋格形式を忠斑

に守たものでなければ︑人盈に齢されなかったのである︒かう云ふ蛍族趣味から見れば︑ホメロスはあまり測朴であ

新鮮朋派の文蕊諭醗一三︵八七九︶

課である︒ 局叩人の思惣は︑根木に於て︐左程祁遠してゐないことを述べたのである︒

以上が新桝Ⅷ派の文蕊論争として知らる上事狂の大要である︑尤これで論戦が完全に終結したものとは認められな

い︒今までの術突を峠雌の雄一期とするなら︑第二期とでも榊ふべき紛争がまだ後に礎てゐる︒価︑今度の當事肴は

全然川人であった︒そして川越の性庇こそ大悩何様であったが︑その範困が遥に狭少であった︒その上節一期に於け

る如く一流文士を網雑せず︑何れかと云へぱ︑二三流文人の嘘嘩に過ぎなかった︒從てそれ程の顛要性を持てゐない

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文學研究第七繩一四︵八八○︶

つた︒細川岬雛とさへ感ぜられたc今川の論考がホメロスの美として稲聯する清新さ自然さそれ自身が︑柑畔の文藝

趣味にとっては︑野卑下品に映たのである︒﹁牌庇に伽課してその眞庇の伽を仰へれば仲へる狸ホメロスは︑倣時の

通人に唯はれたであらう﹂とり孝コオは云てゐろc

そんな課でダシエ夫人のイリアドは︑原典に忠であっただけそれだけ非難攻蝦を溢せらるることなり︑所謂ホメロ

ス征伐︵9局胃①8豈胃雷○目臂⑦︶の論となったのである︒ダシエ夫人がこれに次いで一七○八年オデッセイの聯鐸

を・公列するに及び︑この反對は益糞盛になって行た︒攻雌の先鋒は詩人ラ・モット︵国○昌画己号F凹冒○号一六七

七一七三こであった︒一七一四年彼は︑頗る奇抜なイリァドの獅鐸を川し︑その序文に於て︑これを公刊する七一七三こであつ↑

﹁先甑澁泉の剛からホメロスの亡鯉が︑再この仙に現れ自分の枕頭を訪れた︒そして云ふのに︑自作のイリアド

は遺憾ながら佳作とは巾せない︒何を云ふにも未附野織の時代に書いたものであるから︑勢その調子が野卑下品

に流れ︑n分ながら今更恥しく恩ふ︒然るに譜は幸にも催雅上州なる十八仙紀に生合してゐるから︑自分は一つ

飛の肥飛に依加して︑立派な現代に雌しいやうな一端に祥直して批ひ度いと恩ふ︒何卒この願をき上入れては呉

れまいか︒かく亡螺に依帆されたので︑早速自分は快諾して︑以下の課文を作り公にするとと然り︒﹂

云登と︑與太半分の氣焔をあげてゐる︒ところが彼は希臘語げこ向不案内なので︑平氣でダシェ夫人の郷課を借川

してゐろ︒そして︑赫課とは何も陳丈の字句を一共町寧に課することでなく︑美なるものを更に一層美化し︑醜なる

ものを凡て切怜てることであると放言し︑勝手にダシェ夫人の課文を改鍵し︑これに添川を川へ︑陳作とは大分机逹 理巾を次の如く立煮した︒

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〃一

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この大鵬無繊砲なる彼の挑戦は︑古典娯拝者辿の恢激を賀ひ︑大に識術を湧かせることLなった︒中にも樹面のダ

シェ夫人は一七一四年︑六十三才の老躯を提げて長い駁論を公にした︒ロの吻・営吻①m号厨8同﹃匡冨○画目噌胃なる

一番がこれである︒この内容はラ・モットの非難に對する反曜と云ふよりも︑愉時盛に流行してゐた野卑な俗文驍や

歌刺額の及・す悪影響に依り︑偉大なるホメ画スが誤解されることを嘆いたものであって︑攻螺に對する答としては少

かう云ふ事怖に依り︑又もや文恥思想界が雨派に分れ︑諭癖を繰返すことLなった︒がしかしこ奴等の議論に就て

は多く語る必要がない︒一方がホメロスを野卑下侃なりと艇すれば︑一方がその然らざるを術ずるに過ぎ歩︑所詮趣

味の川題を川でないのであるが︑唯一寸言及して世きたいのは例のポワ胸オの言葉である︒古典ぞ経典の如く尊諜し

てゐる彼は︑勿論ホメロスの辨謹に努めた︒がしかし︑何等ホメ画スの詩人としての価仙には言及するところがなか

った︒反對派の連中が希臘の詩聖を野卑なりと賭たものだから︑ポゾ庇オも︑た贋その然らざるを力説したに過ぎな

い︒その代表的な部分に曰く︑

﹁凡そ一剛の言葉と云ふものは︐必しも他阿の同義語と机匹敵しないと云ふことを知らなければならない︒希臘

研で現せば非常に上州な文字も︑これを佛剛凹諦に瞳せぱ下州概る甫葉となるやうな場合が峻変ある︒例へぱ職

新鮮朋派の女蕊論鞭一五︵八八こ

た︒ あるものと化し去たのである︒即所調十八仙紀の上品た蛍族趣味に適するや弓改作したのである︒それ故ラ・モットの所謂棚澤は︲聯詳に非して焼直しなのである︒そして全脇二十四部より成るイリアドを︑十二部に縮めてしまふ袋見術述の槻がある︒

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文畢研究第七慨一六︵八八二︶

鳩と云ふ文字の如き︑雑何語に於ても佛附西研に於ても︑共に雌下等な常葉であるが︑希臘祇仙莱締にあっては

然らざるのみならず︑妓雌州撰商なる文章巾にさへ腱交川ひられてゐる︒螺と云ふ文字もその池・りであるが︑か

くの如き例は決して乏しく・ない︒﹂

庇とか繩とか云ふ文字は腱舞日本語にも川ひられ︑それ程人は怪しまないが︑これを字義辿り西洋の言葉に直す

と︑大鍵なことになる価の中であるから︑一般的に云ふなら︑雌術ポワロオの所挽も川述てはゐないであらう︒がし

かし吾人の興味は別なところにある︒術時の熾旋趣味は︑極端なる人鰯的洗錬に災されて︑布も錐溌たる絞班詩とも

あらうものに︑蝋馬とか螺馬とか云ふやうな文字を川ふることを許さなかったのである︒さればこそ術敵の攻雌に對

し忠齪なる古典の番兵ポワロオは︑決してそれ等の言葉は︑元來下仙な意味に川ひられず︑蟻上州な方に脇すと辨じ

たのである︒さうして見れば彼も祁手の術容川様︑畢滝愛族趣味の人であって︑所謂下品と云ふととに就ては︑矢張

一難の灰感を抱いてゐたもの上断ぜられろ︒そして後仙の人盈が︑ホメロスの美鮎として塞げる︑その籾朴単純な筆

致に就ては︑敵も味方も共に鯛れるところがない︒隅れないのは淵畔の丈人逹が盲目であったためである︒彼等は︑

彼等自身が老へる上州さと云ふ性庇に適合せざるものは︑袴排斥し夫たのである︒恐らく﹁黄泉のホメロス﹂も︐偶

舞不川意に川ひた職賜と云ふ文字のため︑それ程イリアド全捕の仙仙が問題になるとは恩はなかったであらうし︑無

論叉︑飛でもない見常述の辨謹人が川て来るなぞとは︑満更夢想しなかったことであらう︒

このホメロス論争は多少本題から横路へ外れてゐる側がないではない︒横路ではあるがしかし︑十七八仙紀文蕊に

於ける貴族趣味と云ふものが︑如何に形式的であり︑從てその文藝槻が如何に偏したものであり︑M時に彼等自身崇

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拝する古典文學に對する理解も︑如何に不十分であったかを示す材料としで中堂興味識きないものがある︒

ケレルoデ.平ンシアン︒ユロデ︒モデルシ丈蕊史家は︑この湘度に亙る論戦を一括して﹁新鶴二派の論争﹂と呼ぶが︑胴考の性質が幾分相逹してぬること

は認める必要がある︒鋪一期の方は純粋なる文藝諭である︒森派が椛威を立てる保守主義薪であるなら︑新派は︑進

歩を信ずる自山主義群である︒然るに雛三期の方は︑事一ホメロスに開し︑峨咋の礁靴は︑畢党趣味の問題に過ぎな

い︒それ故否人の研究にとっては︑前粁の方が︑遥に興味ある問題を提供してゐる︒剛派の議論を徹底させて老へる

なら︑問題は︑丈藝生活一般に於ける主洲祥棚の折にまで及むでゐるものとも忠はれる︒十九仙紀の末幽︑文蕊作舳

クリナヅクリオプジエタチフの仙仙判断に州し︑容槻的の根擁を主張するテェヌ︑ブリュンチエール等の所訓﹁客概批評﹂に對し︑仙人各自の

グリナヅク・アンブレヅシ?ニスト

主槻以外の椛威を認めざるルメェトル︑フランス逵が︑﹁印象批評﹂の族を脈へして抗鞭した如き事変も︑一百

年以前のこの議論の中に︐既に十分その萠芽が認められる課である︒然るに事疵は此庭に到らず︑新派も︑雌に﹁進

グレ歩﹂と云ふが如き漠然たる言葉を放叩となしたるに過ぎず︑哲派も亦︑唯柵断的に椛威を抑立てたに慨ることは︑吾

巻後枇の群にとっては誠に迩憾であった︒剛考何れも?餅然慨るべき文蕊の中核に鯛ろLことなく︑た壇橡邊を泗る

に柊つた槻かある︒

何はともあれ︑歴史上の事従はそれだけであった︒がしかし十七批紀一般を通じて通ましてゐた自由思想が︑既述

の如き機獅により擁頭し︑偶然剛派の合戦が持上た瀞であるから︑この諭榊は︑無論古典禽能に對する反動と忠はれ

ブログしるとM時に︑﹁進歩﹂と云ふことを文藝旭想上の根娠として桶ふて来た新派の言税巾には︑十八仙紀の思想と︑一脈

州辿ずる鮎がないでもない︒少くとも文蕊が從米の剛を夫て︑何か新しき方川へ艸換して行くことを蹄示してゐるも

新蒋肥派の女騨論争一七︵八八三︶

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文學研究第七職一八︵八八四︶

のと老へても兼支あるまい︒雁史上の過渡的聯従として︑五兇は興味を嫉歩る次第である︒

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側との項に開し閃Q︺且︶の昌の﹃の二稗参考︒

己︑詠易①且⑦一角言︺嗣巨①坤巴﹈栂届①七○日三扇の昌官5コ尾一日日︒︒①go﹃︺号言.昂尉.

己①房8−斤己の①︒①言宣旨侭匡①沖自︼脅扇の.﹈囲い

2ロンサアルに開するポワロオの判断が誤てゐることは︑凡ての交蕊史家の一致するところである︒︑11ノ

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帥国.困噌巳庁.里いざ胃烏一P色巨臼竺①号吻自ggm①︹号切目○号目①叩.亨尉﹈参照︒

り閃昌①×ざ吊日﹄目月昌〆参照︒

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参照

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