Palliative Care Research 2015; 10(3): 00–00
緒 言
終末期がん患者は,経口摂取が困難になることが多 く,経静脈的な輸液が必要となる場合があり1),その際 には患者負担の少ない静脈路の確保が重要である.肘 窩から挿入する末梢挿入型中心静脈カテーテル periph-erally inserted central catheters(以下,PICC)は,頻回の静 脈 刺が不要となり2),挿入に伴う重篤な合併症が少な く2∼4),ベッドサイドでも行える手技であり2,3),終末期 がん患者に対する有用性5)も報告されている. 肘窩から挿入する PICC とは,肘窩の尺側,正中,橈 側皮静脈のいずれかを 刺し,カテーテル先端を上大 静脈内に進める手技2,3)である.中心静脈カテーテルの 先端位置については,左右からの挿入の違いで上大静 脈内での至適位置6)が示されている. 肘窩から挿入する PICC に関しては, 刺血管は尺側 または正中皮静脈を第一選択とする報告が多く2,7∼9), 橈側皮静脈はカテーテルが進みにくいことがあり2,8,9), 推奨される血管ではないとする報告2)がある.しかし, 筆者の検索した限り,これまでに肘窩の 刺血管別に PICC挿入成功率を検討した報告はない. 本研究の主要目的は,終末期がん患者に対してベッ ドサイドで無透視下に肘窩から行う PICC 挿入に際し て, 刺血管の違い(尺側皮静脈,正中皮静脈,橈側皮 静脈,以下各々,尺側,正中,橈側)により,PICC 挿入 成功率に有意差があるかを明らかにすることである. 副次目的は,PICC が経由する上腕の血管の違い(尺側皮 静脈経由,橈側皮静脈経由)により,PICC 挿入成功率に 有意差があるかを明らかにすることである.方 法
対象 当院緩和ケア病棟で PICC が導入された 2011 年 9 月∼ 2014年 4 月の期間内に筆者が主治医であった入院患者 のうち,PICC 挿入が試みられた終末期がん患者を対象 とした.終末期がん患者の定義は主治医の余命判断が 1 カ月以内の患者とした. 当科の PICC 挿入の適格基準と除外基準は以下の通り である.適格基準は,肘窩以外の末梢静脈 刺が困難な短 報
Palliat Care Res 2017; 12(4): 321–25終末期がん患者にベッドサイドで行う
末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)
挿入に際して肘窩の 刺血管別
(尺側,正中,橈側)挿入成功率の検討
斉藤 英俊
水戸済生会総合病院 緩和ケア内科【目的】終末期がん患者にベッドサイドで行う末梢挿入型中心静脈カテーテル(peripherally inserted central catheters: PICC)挿入の際に,肘窩の穿刺血管の違い(尺側,正中,橈側皮静脈)により PICC 挿入成功率(以下,成 功率)に有意差があるかを明らかにする.【方法】2011 年 9 月~2014 年 4 月の当科入院患者で,PICC 挿入が試み られた終末期がん患者を対象に後方視的に検討した.カテーテル先端が上大静脈内に留置された場合を PICC 挿入成 功と定義した.【結果】対象 88 名の成功率は尺側 43/50(86.0%),正中 23/31(74.2%),橈側 6/7(85.7%)で, 3 群間で有意差は認めなかった(p=0.39).【結語】終末期がん患者にベッドサイドで肘窩の静脈を穿刺する PICC 挿 入の際には,臨床上の理由でやむを得ない場合は橈側の選択も許容されると考えられた.
Palliat Care Res 2017; 12(4): 321-25
Key words: 末梢挿入型中心静脈カテーテル,終末期がん患者,緩和ケア病棟 受付日 2017 年 3 月 26 日/改訂日 2017 年 11 月 6 日/受理日 2017年 11 月 7 日 Corresponding Author:斉藤英俊 水戸済生会総合病院 緩和ケア内科 〒 311-4198 城県水戸市双葉台 3-3-10 TEL 029-254-5151 FAX 029-254-9099 E-mail: [email protected]
Palliative Care Research 患者,近い将来にそうなることが予想される患者,頻回 の静脈 刺を好まない患者,看護師が頻回の静脈 刺 にストレスを感じた患者に対し,PICC について説明し 文書で同意が得られた場合である.除外基準は,肘窩に 刺可能な血管が視診/触診で認められない患者,10 分程度の同一体位が保てない患者,出血傾向がある患 者,せん妄の強い患者,患者の同意が得られない場合で ある.また,余命判断が日単位の患者も原則除外基準と しているが,患者/家族が経静脈輸液の継続を望んだ 場合は挿入が試みられた.上記のような基準を満たし た連続した症例を対象とした. 調査方法と調査項目 本研究は,カルテ記載と X 線写真の見直しによる後 ろ向き研究である. 患者背景として,性別,年齢,がんの種類,PICC 使 用日数,PICC 抜去理由,肘窩の 刺血管,PICC 挿入が 左右どちらから行われたか(以下,PICC 挿入側)を調査 した. また,カテーテルの先端位置,PICC が経由した上腕 の血管,PICC を血管内に留置できなかった症例ではそ の理由を調査した.カテーテルの先端位置と PICC が経 由した上腕の血管は,挿入後に撮影した挿入側の上腕 骨正面像を撮影範囲に含めたポータブル胸部 X 線単純 写真正面像により調査した.PICC が経由した上腕の血 管の判定は,尺側皮静脈経由の場合は,カテーテルは上 腕骨の内側を上行し上腕骨と交わることなく上大静脈 方向に走行することで,橈側皮静脈経由の場合は,カ テーテルは上腕下部では上腕骨の外側を上行し,その 後,上腕上部で上腕骨を斜めに横断して内側に向かい 上大静脈方向に走行することで行われた10).この判定 は術者と放射線診断専門医の 2 名で調査した. PICCの挿入方法
使用された PICC キットは Argyle™ PICC Kit(日本コ ヴィディエン,東京)で,本キットはセルジンガータイ プで先端開口型のカテーテルである.PICC 挿入は全例 ベッドサイドで,原則仰臥位で,困難な場合は半座位/ 座位で行われた.肘窩のいずれの血管を 刺するかは, 尺側/正中を優先に考え,また,血管径や 刺後の操作 の容易さも考慮し,成功の確率が最も高いと術者が判 断した血管が選択されていた.挿入は高度無菌遮断予 防策下に,全例単一術者により行われた. 刺血管の同 定は他 1 名の病棟医師も行っていた. PICC挿入成功の定義 上大静脈内での至適位置9)によらず,カテーテル先端 が上大静脈内に留置された場合を PICC 挿入成功と定義 した.また,上大静脈内を含めていずれかの血管内にカ テーテルが留置された場合を血管内留置達成と定義 した. 統計解析 統計解析は Fisher の正確確率検定を用いて行い,有意 水準は p<0.05 とした.統計ソフトは EZR を用いた.
結 果
期間内の入院患者 266 名のうち 200 名が終末期がん患 者で,うち 82 名が適格基準を満たし,うち 6 名は除外 基準(余命判断が日単位)であったが,PICC 挿入が試み られた.以上の 88 名が解析対象となった.表 1 に患者 背景を示した. 表 2 に肘窩の 刺血管別 PICC 挿入の結果を示した. 主要評価項目である肘窩の 刺血管別 PICC 挿入成功率 は,尺側,正中,橈側 刺の 3 群間で有意差は認めな かった(p=0.39). 88 名中,血管内留置達成例は 82 名(93.2%)(表 2)で, 全例で X 線上 PICC が経由した上腕の血管の判定が可能 であった.PICC 挿入成功例と血管内留置達成例の各々 について,PICC が経由した上腕の血管を表 2 に示した. 双方の結果から,副次評価項目である PICC が経由する 上腕の血管別 PICC 挿入成功率は,尺側皮静脈経由 53/60(88.3%),橈側皮静脈経由 19/22(86.4%)で,有意 差は認めなかった(p=1.00).図 1 に尺側および橈側皮静 脈経由の症例の胸部 X 線写真を示した. 刺血管別の PICC 挿入側と挿入側別 PICC 挿入成功 率を表 2 に示した. 刺血管別の PICC 挿入側は 3 群間 で偏りは認められなかった(p=0.19).PICC 挿入成功率 は,88 名 全 体 で は 左 側 33/41(80.5%), 右 側 39/47 (83.0%)で有意差は認めなかった(p=1.00).また, 刺 血管別の挿入側別 PICC 挿入成功率も左右各々 3 群間で 表 1 患者背景 性別(男/女)(人) 53/35 年齢(歳) 70.0±14.0 がんの種類(人) 消化管がん 22 肝胆膵がん 14 肺がん 16 泌尿器がん 12 女性器がん 8 頭頸部がん 7 肉腫/その他 8/4 PICC使用日数(日) 25.2±21.4 PICC抜去理由(人) 原病死 78 目的達成 2 自己抜去 2 肘窩の 刺血管(人) 尺側皮静脈 50 正中皮静脈 31 橈側皮静脈 7 PICC挿入側*(人) 左側 41 右側 47 mean±SD, *PICC挿入が左右どちらから行われたか有意差は認めなかった. 88 名中 6 名で PICC を血管内に留置できなかったが, その理由は,血管 刺不成功で挿入断念が 3 名(尺側 2 名,正中 1 名),ガイドワイヤが円滑に進まず挿入断念 が 3 名(尺側,正中,橈側各 1 名)であった(表 2).ま た,PICC 先端位置異常を 10 名に認めた(表 2).
考 察
本研究は,終末期がん患者に対してベッドサイドで 行う肘窩の静脈を 刺する PICC 挿入に関して, 刺血 管別のPICC挿入成功率を検討した初めての報告である. 本研究の結果から,肘窩の尺側,正中,橈側のいずれ の血管を 刺しても,PICC 挿入成功率に有意な差を認 めなかった. また,本研究の結果から,PICC が上腕で尺側皮静脈, 橈側皮静脈のいずれを経由しても,PICC 挿入成功率に 有意な差を認めなかった. 橈側皮静脈は腋窩静脈に注ぐ際に約 90 度の角度で交 わる解剖学的理由10)から,橈側からの PICC 挿入,すな わち橈側皮静脈経由の PICC 挿入が困難なことがあると いう報告2,8,9)がある.しかし本研究では,肘窩で橈側 刺,および上腕で橈側皮静脈経由という理由で PICC 挿 入成功率に有意な差を認めなかった. 表 2 肘窩の穿刺血管別 PICC 挿入の結果 尺側 刺(n=50) 正中 刺(n=31) 橈側 刺(n=7) p値* PICC挿入成功率(成功例数/ 刺例数)(%) 43/50(86.0) 23/31(74.2) 6/7(85.7) 0.39 血管内留置達成率(達成例数/ 刺例数)(%) 47/50(94.0) 29/31(93.5) 6/7(85.7) 0.52 PICC挿入成功例の PICC が経由した上腕の血管(人) 尺側皮静脈 43 尺側皮静脈 10 尺側皮静脈 0 ─ 橈側皮静脈 0 橈側皮静脈 13 橈側皮静脈 6 ─ 血管内留置達成例の PICC が経由した上腕の血管(人) 尺側皮静脈 47 尺側皮静脈 13 尺側皮静脈 0 ─ 橈側皮静脈 0 橈側皮静脈 16 橈側皮静脈 6 ─ PICC挿入が左右どちらから行われたか(人) 左側 26 左側 14 左側 1 0.19 右側 24 右側 17 右側 6 0.19 挿入側別 PICC 挿入成功率(成功例数/ 刺例数)(%) 左側 23/26(88.5) 左側 9/14(64.3) 左側 1/1(100.0) 0.21 右側 20/24(83.3) 右側 14/17(82.4) 右側 5/6(83.3) 1.00 PICCを血管内に留置できなかった症例(人) 3 2 1 ─ PICC先端位置異常(位置)(人) 尺側皮静脈内 2 鎖骨下静脈内 4 0 ─ 内頸静脈内 2 内頸静脈内 2 ─ ─ *Fisherの正確確率検定A
B
:PICCの走行 :PICC先端位置 図 1 胸部 X 線写真 A:尺側皮静脈経由の症例.PICC は上腕骨の内側を上行する. B:橈側皮静脈経由の症例.PICC は上腕骨の外側を上行し,これを横断して内側に向かう.Palliative Care Research 添付文書11)では PICC 挿入は X 線透視下で行うことが 推奨されているが,その際の患者負担は軽いものでは ない.しかし,無透視下での PICC 挿入では,カテーテ ルがリンパ管に迷入した症例12)が報告されており,慎 重な操作が求められる.当科ではガイドワイヤが円滑 に進まないときは挿入を断念している. 終末期がん患者にベッドサイドで行う PICC 挿入の意 義は,患者の負担軽減にあると考えられる.そのために は,苦痛の少ない体位で,1 回の 刺で,短時間で PICC 挿入を成功させることが肝要である.このとき, 刺血 管の選択が重要になると考えられる.解剖学的理由10) は 刺血管を選択するうえで最も重要な要因であり, 尺側/正中を優先2,7∼9)すべきと考えられる.しかし, 痛みや関節拘縮などで前腕の回外が困難な患者では, 尺側 刺は苦痛を伴う場合がある.また,解剖学的理由 よりも,怒張の良い太い血管7)や,ガイドワイヤ等の操 作が容易な血管を選択したほうが,挿入成功と時間短 縮の面から良い結果が得られる場合もあると考えられ る.さらに,終末期がん患者では,選択の余地がなく, 特定の血管を 刺せざるを得ない場合がある.本研究 では,以上のような観点から 刺血管が選択されて いた. 本研究の限界として,後ろ向き研究であること,単施 設の単一術者による終末期がん患者のみを対象とした 本研究の成績を一般化できないこと,症例数が少なく 統計学的解析が不十分であること, 刺血管の選択は 術者の主観により行われたこと,PICC が経由した上腕 の血管の判定は血管撮影や CT /エコーによるものでは なく胸部 X 線単純写真で行われたことなどが挙げられ た.今後は,信頼性の高い結果を得るために,症例数を 増やした前向きな研究を行い,さらなる検討が必要で あると考えられた.
結 語
本研究の結果から,終末期がん患者に対してベッド サイドで肘窩の静脈を 刺する PICC 挿入に際して,尺 側,正中,橈側のいずれの血管においても成功率に有意 差を認めなかった.臨床上の理由でやむを得ない場合 には,橈側の選択も許容されると考えられた. 著者の申告すべき利益相反なし 文 献1) Harlos M. The terminal phase. In Hanks G, Cherny NI, Chris-takis NA eds. Oxford Textbook of Palliative Medicine, 4th ed. Oxford University Press, Oxford, 2010; 1549-59.
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Short Communication
Evaluation of the Successful Insertion Rate of PICC
among the Puncture Sites at the Cubital Fossa
for Terminally-ill Cancer Patients at the Bedside
Hidetoshi Saitou
Department of Palliative Care, Mito Saiseikai General Hospital
Aims: This study aimed to compare the difference in successful insertion rates of peripherally inserted central venous catheters (PICCs) between the different insertion sites at the cubital fossa (basilic, medial cubital and cephalic vein) for terminally-ill cancer patients at the bedside. Methods: Data from eighty-eight terminally-ill cancer inpatients who underwent insertion of PICC from September 2011 to April 2014 were retrospectively analyzed. Successful PICC insertion was defined when the catheter tips were placed in the superior vena cava.
Results: PICC insertion was successfully carried out in 72/88 patients (81.8%) in total; 43/50 patients (86.0%) via basilic vein, 23/31 patients (74.2%) via medial cubital vein, and 6/7 patients (85.7%) via cephalic vein. There was no significant statistical difference between the three different approaches in the success rate of PICC insertion (P=0.39). Conclusion: Our findings suggest that the cephalic vein serves as an alternative puncture site of PICC insertion at the cubital fossa for terminally-ill cancer patients under unavoidable clinical circumstances.
Palliat Care Res 2017; 12(4): 321-25