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The Physical Society of Japan, 71(12) (2016)

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(1)

超伝導は物理学における最も魅力的な現 象の一つであり,カマリング・オネスによ る発見から今日に至るまで多くの研究者を 魅了してきた.なかでも液体窒素温度をは るかに上回る転移温度を示す銅酸化物は,

いわゆる高温超伝導体のプロトタイプとし て数多くの研究がなされ,今も新たな知見 や問題提起が次々と報告されている.

超伝導状態では電子間に有効な引力が作 用して電子対(クーパー対)が形成され,

複数の電子対が位相をそろえて量子凝縮す る.凝縮が起こると,フェルミ面近傍の電 子 ス ペ ク ト ル に は,対 演 算 子 の 期 待 値

(ギャップ関数)によって特徴づけられ るエネルギーギャップが開く.Bardeen

‒ Cooper ‒ Schrieffer

(BCS)の理論によって説 明 さ れ る 従 来 型 超 伝 導 で は,格 子 振 動

(フォノン)を介した引力で形成される電 子対がフェルミ面上に等方的な

s

波対称性 を持つギャップを形成する.これに対して 電子間に強い斥力の働く銅酸化物高温超伝 導体のギャップは,有効な引力を獲得する ために異方的なギャップ関数を持つと考え られており,フェルミ面上にギャップの節

(ノード)を持つ

d

波対称性を示す.また 超伝導転移温度(Tc)以上でフェルミ面の 一部に擬ギャップと呼ばれるギャップ構造 が形成されることが知られており,特に反 強磁性絶縁相に近いアンダードープ(UD)

試料では

T

cよりはるかに高温から観測さ れる.擬ギャップの存在は銅酸化物高温超 伝導体の最大の特徴であり,古くから精力 的な研究がなされているが,超伝導の前駆 現象から超伝導と共存

/

競合する秩序相な

ど様々な解釈があり,結論を見ていない.

また物質や測定手法に応じて多様な性質を 示すため,ギャップの起源や形成メカニズ ムを決定するには,多面的かつ系統的な物

性観測が必要とされている.

このように多彩な顔を持つ擬ギャップお よび超伝導ギャップと両者の関係性につい て,従来の実空間や運動量空間の観測手法 に加え,超短光パルスを使った時間領域か らのアプローチが行われるようになってき た.本稿では物性観測に広く使われる時間 分解ポンププローブ分光をベースに,この 手法が,これまで観測できなかった高温超 伝導体のバルク性質を反映した対称性解析,

および秩序形成の相関スケール解析へと拡 張可能であることを示す.本稿で扱うポン ププローブ分光では,ポンプ光を用いて ギャップを形成する電子または正孔(キャ リア)を瞬時的に破壊し,高エネルギー状 態へと励起する.キャリアのエネルギー緩 和に伴って生成される非平衡な準粒子や フォノンは(超伝導・擬ギャップに対応す る)ギャップ関数の変化を反映し,ポンプ 光に対して遅延時間を持つプローブ光の反 射率変化として測定される.励起に使用す る光子エネルギーはギャップエネルギーよ りもはるかに大きいが,結晶内部への侵入 長を大きく取れるため,バルク性質を反映 する.拡張されたポンププローブ分光は,

それぞれ超伝導ギャップおよび擬ギャップ に起因する準粒子応答を一意に決定可能で あり,超伝導前駆現象を反映する揺らぎ状 態を含め,超伝導ギャップと擬ギャップの 個性および両者の関係性をダイナミクスの 観点から明らかにする.偏光応答に着目し た対称性解析では,擬ギャップの形成温度

T *

以下で自発的な回転対称性破れが生じ ることが示される.他方,秩序形成ダイナ ミクスからは,擬ギャップが長距離相関の ない局在状態を反映することが明らかとな る.

―Keywords―

擬ギャップ:

フェルミ面上に部分的に形成 されるエネルギーギャップ

(電子状態密度の抑制)を指 す.銅酸化物高温超伝導体で は,超伝導転移温度より高温 で擬ギャップの形成が起こる.

その起源や超伝導発現との関 連は未解決問題となっている.

ポンププローブ分光:

ポンプ光とプローブ光の二つ の光を使った変調分光法.光 物性分野では,超短パルス レーザーを使った時間分解分 光として広く利用され,ポン プ光パルスで電子状態に瞬時 的な摂動を加えることにより,

そ の 変 化(例 え ば 誘 電 率 変 化)をプローブ光パルスによ る応答変化(例えば反射率変 化)として観測する.

コヒーレントクエンチ:

高強度の超短パルスレーザー を物質に照射することによっ て断熱的に誘起される相転移.

瞬時的な電子緩和を利用する と,例えばポンププローブ分 光を用いることにより,光照 射領域でコヒーレントな秩序 再形成を捉えることが可能に なる.

銅酸化物高温超伝導体の

超伝導ギャップ・擬ギャップダイナミクス

戸 田 泰 則 

〈北海道大学大学院工学研究院 toda@eng.hokudai.ac.jp〉

黒 澤   徹 

〈北海道大学大学院理学研究院 kurosawa@mail.sci.hokudai.ac.jp〉

小 田   研 

〈北海道大学大学院理学研究院 moda@sci.hokudai.ac.jp〉

(2)

1. はじめに

銅酸化物超伝導体に代表される高温超伝導体では,超伝 導ギャップ以外に擬ギャップと呼ばれる特徴的な電子状態 が現れる.擬ギャップの存在は,様々な測定手法を用いて ほぼ普遍的に確認されており,特に反強磁性絶縁相に近い アンダードープ(UD)域で超伝導転移温度

T

cよりはるか に高温から形成される(図

1

(a)参照).1)古くは核磁気共 鳴(NMR)や中性子散乱において観測されるスピンギャッ プを意味していたが,現在では一般的に角度分解光電子分 光(ARPES)で観測される運動量空間の一部に開く電荷の ギャップに対応する(図

1

(b)).24)実際に走査型トンネル 顕微鏡

/

分光(STM/STS)に代表される実空間解析からは,

擬ギャップに関連する様々な電荷配列のパターンが示され る(図

1

(c)

(d)).5‒12)実空間に限らず,実験的に得られる 擬ギャップの観測結果は物質や測定手法に応じて多様な性 質を示し,超伝導の前駆現象から超伝導と共存

/

競合する

秩序相など様々な解釈がなされている.1315)そもそも高温 超伝導体の超伝導ギャップは運動量空間で

d

波対称性を反 映したノードを持つのに対し,擬ギャップはアンチノード 領域で発達し,Tc以下でも(少なくとも

UD

では)超伝導 ギャップと共存すると考えられている.4, 1618)さらに数十

meV

の大きさを持つ超伝導ギャップや擬ギャップに対し,

これらギャップの形成に伴う電子スペクトルの変化は数

eV

に達する広いエネルギースケールに及ぶことが知られ ている.19)したがって両者の個性や関係性の理解には,多 面的かつ系統的な物性観測が必要とされている.バルク特 性を反映する分光測定は古くから重要な役割を果たしてき たが,20)超短パルス光源の普及により,新たに時間領域か らギャップ形成ダイナミクスを知る手段として高温超伝導 物性に新しい知見をもたらすようになってきた.10, 12, 19, 21)

本稿では,超短光パルス励起による時間分解ポンププロー ブ分光を用いた銅酸化物高温超伝導体研究の最近の進展に ついて紹介する.

2. 時間分解ポンププローブ分光

典型的な銅酸化物高温超伝導体である

Bi

2

Sr

2

CaCu

2

O

8+δ

(Bi2212)を測定試料とし,近紫外から近赤外領域の超短 光パルスを使った過渡反射率変化による時間分解ポンププ ローブ分光を観測手法として用いる(図

2

参照).この光 子エネルギーは超伝導ギャップ(SC)や擬ギャップ(PG)

よりもはるかに高いため,ポンプ光はギャップを形成する 電子または正孔(キャリア)の一部(飽和強度では照射領 域のすべて)を瞬時的に破壊し,高エネルギー状態へと励 起する.励起されたキャリアは励起状態からギャップ端ま で電子

格子相互作用による非弾性散乱を介して緩和し,

非平衡な準粒子とフォノンを生成する.その後,両者は互 いにエネルギーをやり取りしながらギャップ関数で決定さ れる緩和時間で平衡状態に達する.このときプローブ光は,

ギャップ端付近の準粒子分布にもとづく反射率変化

Δ R /R

を示し,ポンプ光との時間差

t

Pprに対する過渡応答として 観測される.したがって

Δ R /R

SCや PG

のギャップ関数 で特徴づけられる過渡特性や温度特性を示す.実際,銅酸 化物高温超伝導体で観測される

Δ R /R

は,図

2

(c)のような 上記緩和過程を反映する

3

成分の応答を示し,それぞれ瞬 時的キャリア緩和(e-Rel),PGおよび

SC

の準粒子緩和に 対応する.22)このような

3

成分から成る応答は,符号や振 幅,緩和時間に違いがあるものの,多くの高温超伝導体で 普遍的に観測されることが知られている.21, 24)

Bi2212

試 料の特徴として,SCと

PG

の近赤外領域の応答が,両者の スペクトルを反映して互いに異符号の

Δ R

を示すことが挙 げられる(図

2

(c)).19)

温度特性に関して大雑把な特徴づけをすると,Tc付近で 急速に発達するSC応答に対し,PG応答はその形成温度で ある

T *

に向けて緩やかな温度特性を示す.また緩和時間 を見ると,前者はピコ秒(ps)オーダーであり,Tc近傍で 発散的な変化を示すのに対し,後者は前者と比較して高速 な緩和を示し,温度依存性は小さい.過渡応答の温度特性 はギャップ関数Δで特徴づけられ,Δ

R

の振幅

A∝Δ

および 緩和時間

τ

∝1/Δに対応する.SC応答の場合,ΔSC(T)の詳

1 (a)Bi2212の相図概要.(b)CuO2面の運動量空間における超伝導

ギャップ(SC;一点鎖線)および擬ギャップ(PG;破線).超伝導ギャップ d波を反映したノードを持ち,擬ギャップはアンチノード付近に発達す る.Tc以上で超伝導ギャップは閉じるが,(特にUDでは)擬ギャップがフェ ルミ面の一部(アンチノード領域)に残るため,フェルミ面は実線で示す ようなアーク状(フェルミアーク)となる.擬ギャップ電子状態として予 測される(c)局在的な電荷秩序,5‒8)(d)ストライプ,9‒11)(d)長距離秩序を 持つ電荷密度波,12)の実空間の模式図.

図2 (a)偏光分解および(b)相破壊を用いたポンププローブ分光の概略

(検出側は省略).(c)近赤外光パルス反射率変化(Δ R /R)により観測される 準粒子応答(UD試料(Tc=81 K,T *=180 K)).

(3)

細は,非平衡フォノンの緩和にもとづく理論モデルを用い て見積もることができる.24, 25)特に

T

c付近の発散は,超 伝導ギャップの形成を反映した臨界緩和

τ

〜1/ΔSC(T→Tc) に対応する.他方,PG応答が示す一定の緩和時間を持つ 緩やかな温度特性は,温度に依存しないギャップ(ΔPG)を 仮定したモデルで再現される.26)ここで擬ギャップ準粒子 が

T

c以下でほぼ一定の応答を示すことに着目すると,Tc

前後の差分から,近似的に

SC

応答およびその温度依存性 を見積もることが可能になる.27)また近紫外から近赤外領 域ではギャップ形成に伴うダイナミックなスペクトル変化 が生じるため,エネルギー領域に依存した

SC

PG

応答 の相対的変化が観測される.19)この特性を利用し,PG応 答を選択的に検出することも可能である.22, 28)このように

SC

PG

の関与する準粒子応答を時間領域から分離解析で きることはポンププローブ分光の大きな特徴であるが,次 節でまずプローブ光の偏光応答,29)次にプレパルスによる 相破壊を利用して,30, 31)それぞれ各応答を一意に決定でき ることを示す.

3. 偏光応答を利用した対称性解析

一般にキャリアの実励起を伴う物質の光学遷移において,

励起に用いた光波の位相や偏光情報はキャリアの緩和過程 で失われる(散逸型励起).32)特に本研究で用いる光子エ ネルギーは

Δ

SC

Δ

PGよりもはるかに高いため,励起状態 からギャップ端に至るキャリアの初期緩和(図

2

(c)に示

e-Rel)によって,ポンプ光の偏光情報は失われると考

えられる.実際に

Δ R

のポンプ光偏光に対する依存性は実 験精度の範囲内で観測されていない.一方,図

2

(a)の測 定系を用いてプローブ光の偏光を回転させると,Δ

R

は温 度に依存した異方性を示す(図

3

参照).T

*

以上で支配的 な瞬時的キャリア緩和応答がほぼ等方的な

Δ R

を示すのに 対し(図

3

(d)),T

*

以下の擬ギャップ準粒子応答は,Cu-O 方向に対して

45

度傾いた

Bi-O

方向に異方性を示す(図

3

(c)).さらに

T

c以下では

Bi-O

方向から外れ,Cu-O方向寄 りに異方性が傾く(図

3

(a, b)).実際,超伝導応答と擬 ギャップ応答の緩和時間の違いを考慮し,tPpr=10 psの

Δ R

に着目すると,異方性は

Cu-O

軸方向を向くことが分か る(図

3

(a)).また

T *

以上の等方的な応答は,T

*

以下で 観測される異方性が単なる結晶異方性に起因するものでは ないことを意味する.

偏光応答を理解するため,ポンププローブ応答のメカニ ズムを再度考えよう.誘電体や半導体のポンププローブ分 光の対称性解析に利用される誘導ラマン励起とは異なり,

偏光情報の失われる散逸型励起において非対称モードは励 起されない.つまり非平衡準粒子は等方的に励起される.し かしながら何らかの対称性破れが電子系に存在すれば,等 方的な準粒子励起でも,非対称なモードがプローブ光の偏 光角

θ

prに依存した

Δ R /R

として観測される.このような散 逸型励起における分極変化

Δ P

は,誘電率変化

Δε

を用いて,

pr pr 0 pr pr

Δ P = Δ ε E , E = E æ ç ç çè cos sin θ θ ö÷ ÷ ÷ ø

(1)

と表される.ここで

E

prはプローブ偏光である.誘導ラマ ン過程の場合,Δ

P

はポンプ光偏光を反映するが,上式で は散逸型励起にもとづく等方的な準粒子励起を仮定してい る.このとき非対称モードは誘電率変化

Δε

としてプロー ブ偏光特性をもたらす.D4h対称性にもとづく

CuO

2面内 の誘電率変化は

1g 1g

1g 1g

2g 2g

A B

A B

B B

Δ Δ

Δ Δ Δ

Δ Δ

ε ε

ε ε ε

ε ε

= +

- +

é ù é ù

ê ú ê ú

ê ú ê ú

ë û ë û

é ù

ê ú

ê ú

ë û

(2)

と展開できるので,20)高次項を無視した過渡反射率変化は

1g 1g 2g

pr

A B B

pr pr

Δ Δ

Δ Δ cos 2 Δ sin 2

R θ R ε ε

R R θ R θ

( )=

+ ( )+ ( )

(3)

となり,互いに直交する

3

成分の偏光応答に分離できる.

なお

A

1g

B

1g

B

2g対称性は運動量空間で図

4

(d)のように 対応し,A1gは等方成分である.

4

(a)

(c)は各温度の

Δ R

のプローブ偏光依存性をもと にして展開された

3

成分の温度特性である.ここで

d

波超 伝導のギャップ関数

Δ

SCは,符号の異なる

2

回対称性を有 しているが,過渡反射率変化は

Δ

の振幅を反映するため,

A

1g成分として観測されることに注意されたい.他方,異 方的成分

B

1g

B

2gは,それぞれ

T

c

T *

以下で支配的とな り,

SCと PG

の応答に対応づけられる(図

4

(e)参照).ドー プの異なる試料に対して系統的な変化が得られており,理

図3 代表的な温度におけるΔ R /Rのプローブ偏光依存性(UD試料,Tc 69 K,T *=240 K)およびプローブ偏光角(θpr=0)のΔ R /R.極座標データ はθprに対するΔ R /Rの振幅であり,T=10 KのみtPpr=10 psΔ R /Rを赤丸 で併記した.

(4)

論モデルから見積もられたギャップエネルギーは他の測定 手法による結果とよく一致する.34, 7)これらの結果は

T *

以下の温度領域で回転対称性が破れることを明白に示して おり,運動量空間の準粒子ダイナミクス観測が実現できた と言える.この観点から

PG

応答が支配的となる

B

2g成分 に着目すると,ARPESとは異なる特徴に気づく.ARPES で観測される擬ギャップは超伝導ギャップと同じ

d

波対称 性を有し,アンチノード付近に発達する(図

1

(b)参照).

したがって本手法で観測された

PG

応答の

B

2g対称性は,

バルク性質もしくは非占有状態がノード方向の成分を有す ることを示唆しており,ラマン測定の報告を支持する結果 である.33)また

B

2gの温度特性は

T

c前後で変化を示さない.

一方,B1g

T

c以下で支配的となるが,Tc以上の温度領域 にも残留しており,クーパー対形成による超伝導揺らぎ成 分と対応する.30)

B

1g成分を反映するCu-O方向の対称性破

れは

STM /STS

実験等で報告されているストライプなどの

電荷配列パターンと合致する結果であり,B2g成分と異な り,超伝導との密接な関係が示唆される.5, 6)以上のよう に,偏光応答の対称性解析は,各準粒子の応答を一意に決 定すると同時に運動量空間の時間分解応答として

ARPES

やラマン測定と比較できる.このとき各対称性を反映する 秩序はどのような空間スケールで形成されるだろうか.こ の問いに答えてくれるのが,次に示す瞬時的な相破壊(コ ヒーレントクエンチ)を使ったポンププローブ分光である.

4. コヒーレントクエンチによる秩序形成ダイナ

ミクス観測

測定系は図

2

(b)に示す

3

パルスのポンププローブ分光 であり,高強度のプレパルス(相破壊パルス;Dパルス)

で光照射領域の秩序をコヒーレントにクエンチし,その後

秩序が再形成される過程をポンプ(Pパルス)プローブ(pr パルス)分光で観測する.この手法の特徴の一つは,ギャッ プ形成に伴う臨界緩和を空間的な不均一性に左右されずに 観測可能な点にある.例えば通常の

2

パルスポンププロー ブ分光において,転移温度

T=T

c

SC

ギャップ形成は準 粒子応答緩和の発散

τ

〜1/ΔSC(T→Tc)として観測されるが,

不均一なギャップが存在すると

T

cが広がり,臨界緩和に 伴う発散応答が平均化されてしまう.これに対してコヒー レントクエンチでは非断熱的な相破壊と瞬時的な初期キャ リア緩和により,もし臨界緩和が存在するならば,ギャッ プ形成開始時間

t

cにおいて臨界緩和を反映した緩和時間の 発散

τ

〜1/Δ(t→

t

c)が観測される.逆に言うと,ギャップ 形成時

t →t

cの応答に臨界緩和が見られなければ,ギャッ プは長距離秩序に起因しない.相破壊の励起条件はポンプ プローブ分光における

Pパルスの励起強度依存性から見積

もることが可能であり,Δ

R

の飽和特性が光照射領域のク エンチに対応する.35)飽和特性から見積もられる破壊し きい値は試料のドープ依存性を示すが,SC応答は

F

SCth

10 μJ/cm

2,これに対して

PG

応答は

F

thPG〜60 μJ/cm2

5

倍 程度高い.したがって

F

thSC<F<

F

thPGのDパルスを用いれば 各準粒子応答を選択的に捉えることができる.

SC

および

PG

の飽和条件において測定された過渡反射率 応答を図

5

上段と下段にそれぞれまとめる.D

‒ P

パルス間 の時間差

t

DPに対する応答は秩序形成ダイナミクスに対応 し,準粒子応答は

P ‒ pr

パルス間の時間差

t

P‒prで特徴づけ られる.比較を容易にするため,いずれの場合も初期応答 のe-Rel成分は差分で除外している.図

2

(c)に示す準粒子 応答との対応から,図

5

(a)では

D

パルス励起直後に飽和 条件下で超伝導がクエンチされ,PG応答のみが観測され ることが確認できる(図

5

(b)参照).このとき

D

パルスの

4  図3のUD試 料(Tc=69 K,T *=240 K)の 偏光応答をもとに得られた(a)(c)異なる対称性 を有するΔ R /Rの温度依存性.(d)運動量空間に おける対称性成分.(e)Δ R /Rの振幅の温度依存性.

実線は理論モデルにもとづく近似曲線.

(5)

有無で差分を取れば,SC応答の選択検出が実現される.

5

(c)は

T

c以上の温度で観測された応答であり,揺らぎ に起因する超伝導の前駆状態が

UD

試料で

T

onset=104 K

=1.28×T(<c

T *

)まで残留していることが分かる.また ギャップ関数の位相揺らぎを反映する

THz

伝導の温度依 存性と比較すると,36)本測定で得られるギャップ関数の振 幅揺らぎの温度依存性とは明確な違いが確認され,両者の 異なる起源が示唆されている.

ここで再び図

5

(a)の結果に戻ると,

t

D‒Pの増加に伴う

PG

応答の減少と長い緩和成分の増加は,超伝導秩序再形成を 反映する.tDPに対して

t

Pprの準粒子応答緩和時間を見積 もると,図

5

(d)に示すような秩序再形成時の発散特性が 得られる.すなわちギャップ関数は

T

c以上でも長距離相 関を持つと言える.同様の臨界緩和は

T

c以下の超伝導状 態でも観測され,さらに

2

パルスのポンププローブの温度 特性において観測される

T

c近傍の緩和時間の発散とも等 価である.27)他方,擬ギャップ飽和条件下の測定結果であ る図

5

(e)では,Dパルス励起直後に

PG

応答成分が消失し,

t

D‒Pの増加と共に回復する様子が観測される.しかしなが ら超伝導秩序形成ダイナミクスとは異なり,図

5

(f),(g)

に示すように,PGを反映する

Δ R /R

の緩和時間は

t

DPに依 存しない.さらに擬ギャップ形成ダイナミクスは温度依存 性や励起強度依存性をほぼ示さなかった.これらの振る舞 いは長距離秩序を反映したギャップ形成ダイナミクスとは 大きく異なっており,37)擬ギャップは長距離相関の失われ た局在状態に対応すると考えられる.実際,瞬時的キャリ ア緩和直後に擬ギャップ形成応答が観測されることから,

擬ギャップ形成開始時間を

t

c

50 fs

とし,電子対の伝搬速

度の上限としてフェルミ速度

ν

F

150 nm /ps

を仮定する と,38)拡散係数

D≈ 500 nm

2

/ps,相関長の上限値は 25 Å

と なり,STMや共鳴

X

線散乱から見積もられる値と良く一 致する.8)

5. おわりに

擬ギャップおよび超伝導ギャップと両者の関係性につい て,本稿では物性観測に広く使われる超短光パルスを用い た時間分解ポンププローブ分光をベースに,偏光応答に着 目した対称性解析,およびコヒーレントな相破壊にもとづ く秩序相関解析へと拡張できることを示した.典型的な銅 酸化物高温超伝導体である

Bi2212

に対して,前者の観測 結果から,擬ギャップの形成温度

T *

以下で自発的な回転 対称性破れが生じることが示され,超伝導ギャップでは

Cu-O

方向の電荷秩序形成を反映した応答,擬ギャップで は

d

波対称性では説明できないノード方向の応答の存在が 明らかとなった.他方,後者の秩序形成ダイナミクスから は,擬ギャップが長距離相関を持たない局所的な対称性破 れを持つ構造で特徴づけられることが示された.本稿では 擬ギャップの特徴が顕著となる

UD

試料の観測結果のみ示 したが,同様の特性はオーバードープ(OD)に及ぶ広い範 囲で系統的かつ普遍的な振る舞いとして観測されている.

ただし,T

*

T

cが交わる強い

OD

領域の試料では異質な 振る舞いも見られることから,今後この領域の測定精度を 高めることが重要と考える.

最後に本研究はヨゼフステファン研究所(スロベニア)

のイバン・マダン(Ivan Madan)博士,トマーシュ・マテ リ(Tomaz Mertelj)准教授,ドラガン・ミハイロビッチ

図5 (a)超伝導飽和条件におけるΔ R /R.(b)代表的なtD‒PにおけるΔ R /R.D-パルス照射なしの結果を併記する.(c)D-パルス照射有無により得られた超伝導

(クーパー対生成)準粒子応答の温度依存性.(d)tD‒Pに対して得られたΔ R /Rの緩和時間.(e)擬ギャップ飽和条件におけるΔ R /R.(f)代表的なtD‒Pにおける

R /R|.(g)tDPに対して得られたΔ R /Rの緩和時間および振幅.いずれもUD試料(Tc=81 K,T *=180 K)の観測結果.

(6)

(Dragan Mihailovic)教授との共同研究です.この場を借り て,感謝申し上げます.

参考文献

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17)永崎 洋,遠山貴己:固体物理46(2011)439.

18)松田祐司:物性研究・電子版4(2015)1.

19) C. Giannetti, et al.: Nat. Commun. 2(2011)353.

20) T. P. Devereaux and H. Rudi: Rev. Mod. Phys. 79(2007)175.

21) J. Demsar, et al.: Phys. Rev. Lett. 82(1999)4918.

22) Y. H. Liu, et al.: Phys. Rev. Lett. 101(2008)137003.

23) C. Gadermaier, et al.: Phys. Rev. Lett. 105(2010)257001.

24) V. V. Kabanov, et al.: Phys. Rev. Lett. 95(2005)147002.

25) S. Ono, et al.: Phys. Rev. B 86(2012)104512.

26) V. V. Kabanov, et al.: Phys. Rev. B 59(1999)1497.

27) Y. Toda, et al.: Phys. Rev. B 84(2011)174516.

28) G. Coslovich, et al.: Phys. Rev. Lett. 110(2013)107003.

29) Y. Toda, et al.: Phys. Rev. B 90(2014)094513.

30) I. Madan, et al.: Sci. Rep. 4(2014)5656.

31) I. Madan, et al.: Nat. Comm. 6(2015)6958.

32) T. E. Stevens, et al.: Phys. Rev. B 65(2002)144304.

33) S. Sakai, et al.: Phys. Rev. Lett. 111(2013)107001.

34) M. Oda, et al.: Physica C 281(1997)135.

35) P. Kusar, et al.: Phys. Rev. Lett. 101(2008)227001.

36) J. Corson, et al.: Nature 398(1999)221.

37) R. Yusupov, et al.: Nat. Phys. 6(2010)681.

38) V. M. Krasnov, et al.: Nat. Commun. 4(2013)2970.

(2016年

6

30日原稿受付)

Photoinduced Superconducting Gap and Pseudogap Dynamics in High-T

c

Cuprates

Yasunori Toda, Tohru Kurosawa and Migaku Oda

abstract: We present polarization and coherent quench analyses of the gap dynamics in Bi-based high-T

c

cuprates

(Bi2212)

using femtosec- ond optical pump-probe spectroscopy. The polarization analysis has ad- dressed the rotational symmetry breakings of the dynamics, which are suppressed at room temperature and appears below T *. The coherent quench experiment of the pseudogap has indicated an absence of long- range electronic order beyond a few coherence lengths on short time- scales.

物理教育 第

64

巻 第

3

号(2016)目次

査読論文 研究論文

小・中学校における幾何光学のカリキュラム構造の歴史的検討 と展望………石井恭子 研究報告

タブレット・オシロスコープを用いた中学校電磁誘導教材の 開発と実践………青木悠樹,他 論説

直線上における

2

球の衝突と質量‒運動量ダイヤグラム

………小倉昭弘 研究短報

力センサーと

Arduino

を用いたばね振動の計測 ………遠藤 隆 私の工夫・私の実践

医学部学生実験における教育実践報告:RC回路による ヒト反応時間の測定………谷川享行,他 企画

授業さいこう

ICT

を活用した演示実験を中心とした授業展開の実践

………筒井和幸

物理教育研究の現代の潮流

日本の相互作用型授業と物理教育研究………新田英雄

《特集》

次世代を担う物理教員へのメッセージ―授業で大切にしてきた こと― ………鈴木 亨,新田英雄 ワークシートでの作業を中心に進めるストーリー性のある授業

………山本明利 つながりを通した学び合い―研究会活動のススメ―

………山崎敏昭 充実した授業をするために―これからの皆さんへ―

………湯口秀敏 生徒・教師がともに科学の方法を学ぶために

―具体的な現象と数値・論理にこだわる― …………川角 博 図書紹介

学会報告・Information

参照

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