九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
詩敎
目加田, 誠
https://doi.org/10.15017/2556546
出版情報:文學研究. 33, pp.53-63, 1943-12-30. The Kyushu Literary Society バージョン:
権利関係:
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・丈鯉研究錐三十三鮴泌凹︵一二九○六︶
ざは風也︑教也︑風以て之を動かし︑教以て之を化す︑ご凹風の肌字の解繩に梁けた︒又大小雅の雅は夏に通じDも
ご梁に名付けたもの︑之を詩序に雅ざは正也ご川じ︑正を政に通じさせても雅は王政の興隆する所以を一両ふさする︒
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・樂記に澱樂が鬼川に迦じ︑大人澱樂を繋ぐれぱ天地鰯めに昭かに︑陰陽相得て測物殺育し︑上下の榊を降し興すごい
ふのは︑緋序に詩が天地を動かし℃鬼川を感ずるごいふ碗ごなって現れる・樂帥が八方の韮阿をⅢいて八方の風銅を察
するのは︑古の楽師の川秘なカビされたが︑詩を誠んでその閏盈の政の得失を知るごいふのは後仙の孤将による聰明
さである︒︸
古︑梁を以て人を教へる樂教が亜脱されたどき勺誌はその樂承であり︑樂をすて蚤たごに詩を誠み教へるのではな
かった︒﹁詩は志を一両ひ︑歌睦一一両を・水くし︑詫は水きに依り︑椎は雛を和す︒八喬克く諾ひて倫を奪ふこごなく︑仰 入以て和す﹂ど杏經にの.くられてゐる通りである︒
澱記經解に︑詩推吋樂易澱春秋の六教を並べて︑そゆ庵人洲采敦厚なるは詩の教也︑炭博易良なるは梁の教也ごいふ︒
樂經は楽火に亡ぶごいふも︑樂にもごもご樂經なるものが有ったE見る事の縦はしさは部撚辰の臓經通論に云ってゐ
る通りである︒何故なら樂の川は己に慨に記され︑梁の髄は別に詩に典はり︑樂舞のわざは伶官に仰へられたからで
ある︒漢代易耕誹職春秋を五經ざして學宵に立てたどき︑樂經は其の内に無くて︑詩は經典の一つごして立つ・・・間慨
に有迩者有徳者をして樂徳樂語樂舞を國子に教へさせるのは大司樂の事に脇し︑六律六同襄鐸八堂ハ舞をもて桑を突
如て鬼測に致し其邦國を和し︑幽腿を譜へ︑我寺ど安んじ︑逹人を悦ばせ︑動物を作すのは︑子弟教育の主なるもの
であった︒旋普に蕊を雌蘂に命じてW子を教へ︑王制に大學の教官梁正が詩ぶい職樂を以て子弟を教へるご鰯すどころ︑
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樂信の職の璽大さを示し︑樂教さいふもの診砿大なる意義を現すものである︒漢代五經博士の官が定まり︑博士は一
經を専門ざして古典を教へ︑こさに古典の裟理︑文字の訓話が學問の飛鮎さなって来る時︑詩の文僻は學者の研究授
受の對象ごなった︒樂舞の奏油はもEより行はされたが︑その樂舞は伶官に在り︑儒學者琶いふものは寧ろ樂の道徳
的意義︑理術を老へ︑その川途を明にし︑且つその僻たる詩を考究するをつさめて︑樂の理︑梁の川は職經の中に説
かれD詩三百は詩經さなって並びに學官に立てられたのである︒さぅして識はもざ樂章であるから︑樂の孤諭這詩の
理揃が一つにされて︑樂の意義ざして論じられたこEがいつか詩の意義ごして冠らされるに至ったものである︒↓
詩を苦樂さ切り離してその僻を學ぴ︑その跡によって教化教養を得させようごするこざはb己に儒學者の肌ざする
孔子の常に試みたこざである︒その以前泰秋の或時期に於て︑各國の識客往来に︑詩の断章を賊して各盈その志を示
すこさが行はれ︑晋科の図その他に流行したやうで︑詩棚を賊するは大夫たるもの己教養の一つどなり︑從って又左
仰偵公廿七年︑詩番は義の府也︑職樂は徳の則なり︑ごいふ漣華の語のごどきは︑詩のこごぱの義抑を以て我身を養
ふこどを意味し︑國語に楚の巾叔時が﹁之に詩を敏へて之が矯めに淑徳を導庇し︑以て其翻志を燃明し︑之に職を教へ
︑・て上下の川を知らしめ︑之に樂を教へて以てその微を疏してその浮を銀め﹂︑云凌ごいったのは詩琶樂這を以て太子を
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教育するこどを云ったのであるが︑詩をまこさに教育の餐料ざして自川に派川したのは孔子であった︒孔子が關雌の
飢の洋友ざして野に盈つるを云ったのは︑その・韮刑樂の美しさであり︑開雌は楽しんで淫せず︑己はその詩の僻ご一幸面樂琶・ ﹄
の美しい調和を讃へたの︲であらうか9又詩に皿くるごいひ︑誰管學ぷごいひ︑詩は以て皿︿す可く︑以て槻る可く︑以て
群す可く︑以て怨む可く︑邇くしては父に事へ︑通fしては君に事へ︑鳥戦革木の名を識るこご多しご云ふに至って
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Q夕 丈學研究節三十三岬五六︵三九○八︶
は︑孔子が詩を煙ぱ断章取義的に唯附したのみでなく︑勿論詩の僻の義理名物を以て教養の麦さしたものである︒か
ぅして孔子は周樂の見事さに感嘆しつ猶︑叉その僻を取って人を教へた︒以後の學者も詩を亜んじても孟荷二子のご
さきは夫交詩さいふもの強特礎︑読詩の心得︑誠詩の効果などについて言及するごこるめったが︑先案時代の︑王たる
傾向ざしてはむしろこの詩を引いて己れの言説を証するこさにあった︒それは詩を説くに非かして︑己れの一汽諭を詩 を以て証し飾り︑性交詩の原意を離れて断章取義的な扱ひをしてもそこに己れの思想を展開しようごしたので〃︑もち
ろん詩そのもの湧研究解樺ではなかったのである︒︵孟子の甑から巳に高子の如き説詩家があったやうだがどの程度
だかわからぬ︶︒かぅして漢代に及び︑先案詩論の流れを受けて︑その理論の宣揚ご︑それに本づぐ解繩が︑文字の
訓話E相俟って漢代詩學者の仕事ごなった︒/
漢代の學者は詩に如何なる意義を認めたであらうか︒唐の孔氏正義に詩の名目について︑漢代の三訓さして︑一︑
内則﹁詩負之﹂の註に詩之一一両承也︒二︑春秋論題僻に℃在事爲詩︑未發爲謀︑括溶爲心︑思慮爲志︑詩之鰯言志也・﹂
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○三︑詩緯含抑務に﹁詩者持也﹂さあるを以て︑詩は一名三訓︑承也︑志也︑持也︑即ち作者が君政の蕃悪を承け︑己○
が毒を述べて詩を作る︒詩を爲るは人の行を持して失墜せしめぬため﹂を巧みに結びつけた.而も詩を承ご洲し持さ ○
訓するのは︑責は詩の字を假りて持の字ごするもの︑持よりして叉承さ訓するので︑此の二訓は詩の字の本義ではな
い︒而も漢代の緯書が︑之に詩の意義をこじつけた所にその面目がある︒読文に詩は志也さいひ︑毛詩序に詩は志の
之く所︑心に在るむ志ご爲し︑言に發するを詩芭爲すさいふのは︑前者は輝一声︑後者は塗一一両︑要は詩は志と一両ふもの
どは廩書より始めて︑一般に理解されたさころであった︒正義にその意味を﹁詩は人の志意の通く所である︒通く所
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ありご雌も猫ほ未だ口に發せず℃心に識職するものを志さいひ︑言にあらはるゞを名づけて詩芭いふ︒悦豫の志望一戸
にあらはれては︑和樂興り頌溌作り︑蕊愁の志には哀傷起って怨刺生ずる﹂ご云ってゐる︒︵毛詩のみならず︑三家
詩の方でも詩を訓ずるに志を以てしたこさは上例の如くである︒叉梁の劉総の文心雛詑には︑詩は志を言ふを主さし︑
e洲采緬に在り︑故に最も深衷に附す︑這云ひ︑同時に合川務の詩ざは持也の洲をも用ひて︑詩は持也︑人の怖性を持
◆す︒人七怖を票けや物に應じて斯に感ず︑物に唯じて恩を吟守る℃自然に非ざるなし︑ご云ってゐる・︶
一色︾こ笏に君政の善悪が︑人心を動かして︑或は頌謀さなり︑或は怨刺さなる︒されば之を以て爲政者自ら蕊みれば︑
政論の規範が自らこシに現れてゐるこざを知る・詩經の詩こそ政論の原理要諦を示す量亜なる教であるざ︑ひたすら
之を弼訓したのが︑毛詩の序の眼目であった︒その軸三家詩の方で︑筍子の學の流れをくむ稗詩に於ても︑或は魯詩
E通守る系統をもつど恩はれる韓詩に於ても︑皆しきりに古を陳・ぺて今を刺るどいふ弧諭の碗を別ひて詩を解粋した
こさは同一である︒又この二家ご流派を異にする齊學派の齊詩に股ても︑詩に五際を稲して︑︵五隙の純も同じく癖
﹃︑口■詩の學者で翼奉ご孟康Eは流言方が迷ったやうで︑巽奉は君版父子兄弟夫姉朋友を五際さしたが︑凡そ紳杏に於て厩
五際Eは卯酉午戌亥であり︑詩經の詩の剛列に之をあてシ︑放流上鍵改の鼓を豫言したもの春﹂してゐる︶℃之亦詩ご
政濾さの關係を︑こささら紳秘な識を以て稲へたのである︒之はたざ詩學者が︑自己の専門の學の亜要さ琴笹特に朝廷
の政治の上に主張しやうさしたごいふ意味ばかりでなくやその本づく所︑本来上に引いた樂記の純の春﹂どく樂さ政治
どの開係についての儒家の思想︑又それに事賓詩三百の中には時政を誰へb刺つたものが少なくないのであるが︑た
晋之を餘りに弧調しやうさしたが爲めに遂に詩の扱ひに極盈の牽弧附會を苑れ得なかったのである︒こざに毛序は國
・詩数五七︵三九○九︶
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理ごいひ︑物に感じて動くぞ性の欲E篤し︑この好悪の術を測樂もて節するどいひ︑職は外よりし︑楽は内よりしも
一漣は蝿心を節して費賎上下の差を立て︑梁は災搾を和げて人心を合する︒酒姉應待の初めから︑人の動作をして節度
あり威儀あらしめるのは澱の力であり︑傘廊怒哀楽の正しき李琶得て︑温柔敦厚の心琶生ずるのは楽の作川である︒内外
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ー やがて人心を納得し得ぬやうになり︑かうした多くの矛府を打破し︑人Ⅲ性への深き反省に立ち反って︑經典を新に蘇らせたのは宋儒の學であった︒もごょり倫理E政論は別物ではない︒治幽千天下Eいふも︑その本は身を修め心を正し意を誠にするこごにあるのだ︒その篤めにこそ經肌ぼ學ばればならぬ︒巳に樂記に人生れ乍らにして有するを犬
本文の冒頭に引いた樂記の女は︑樂の比への倫理的感化ご諺樂の風鍼による爲政者の反省どの叩方面を併せ凡て︑
ゐる︒もさょり政教は一つであるが︑.上にも述べたやうに︑淡代詩學は︑王ざしてその政論の規範たる所以を弧調し
て詩の教を立てた︒こシにもごより僻時の儒學の意味はめったであらう︒がかくの如く詩を扱ひ︑かくの如く誌琶解
樺し切らうさした所に楚しい奉職附會が生じた︒暦朝正義によって綜合統一して︑いはざ形式化した經典の解樺も︑
丈畢研究錐三十三秘五八e一九一○︶
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もの︑経は州王の飢壯を刺るものご定めてか葛り︑大雅も竹めは間初の朧祉︑次は脱王を刺り︑次に宜王を美し︑末
に幽手笹刺る詩ごきめて︑詩の鯆次によって時代を大分し︑正鍵を言ひ︑美刺の純を整噸させた所にその意味が兄ら
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れる︒さうして周初の詩に兄る君隠和樂の政ど識美し追求し︑変周の詩に於けるが如き政論の混乱を今の君子の深きいましめごしようざしたのであった︒
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父迷った意味で︑人の心を容易に動かすものどしてゐるのである︒詩を詩ざして吟詠弧訓せず︑いきなり勧葬画懲悪の 〆dt
手本︑特に政治上の原理をそこに學ぶ可書ものさして扱ったのは漢儒の説である︒註一昔を交學ごして鑑堂するので
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なく︑その詩の正邪を分って︑諏詩による性怖の陶冶を︑王砿し液︲のは宋怖の教へである︒こシに綱齋の一二両葉の如く︑
古の詩の美しさに打たれ︑古の詩のまこEを身に泌みて︑髭えず自ら涌養する所あるどいふのは︑愛に人附の自然に
返って︑深くまこ︑こある古典の減み方である堂云はねばなるまい︒
小牧教授は私の高等學校時代の恩師である︒はからずも九大に来て再び公私共に御祉誌になって今日に及んだ︒今
教授記念號刊行に備り︑何か平素學ぷ所を取って丈を草し︑教授に賎けしたく恩ひつ湧b折柄身逢の多事に一身惟
悴し︑筆を執って女産爲さず︑たg腹案の梗概を鋒して本誌特別號を演すこE︑教授並に同人諦賢の御寛恕を乞ひ
奉る︒
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六三︵三九一五︶
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