はじめに
人の睡眠パターンを決定する二大要因である 生物時計(体内時刻)と睡眠恒常性(必要睡眠 量)には遺伝要因と環境要因の両者が関連し,
と も に 大 き な 個 人 差 が 存 在 す る. 自 由 ス ケ ジュール下での入眠時刻,覚醒時刻,総睡眠時 間には,同年代でもそれぞれ 4 時間以上もの開 きがある.さらに,生物時計調整に強い影響を 与える環境光照度,睡眠恒常性を決定する覚醒 時間や運動量,エネルギー代謝にはライフスタ イルや性周期による日々の影響が生じる.その 結果,我々の睡眠習慣(睡眠時間帯と睡眠量)
には顕著な個人差,年代間差,性差および日間 変動が認められる.それに比較し,登校や出社 などの社会スケジュール(社会時刻)はかなり 画一的である.個人にとって体質的に望ましい 睡眠パターンが,求められている社会時刻に調 和しない場合には,後述する「社会的ジェット
ラグ」と呼ばれる状態に陥ることが明らかに なっている.本稿では現代人が抱える社会的 ジェットラグが気分障害や生活習慣病リスクを 高めるメカニズムについて解説する.なお,睡 眠・覚醒リズムの調節機序,睡眠負債や内的脱同 調が心身機能に及ぼす影響,時間栄養学に関す る引用文献については筆者の書籍,総説1~3)を ご参照いただきたい.
1.社会的ジェットラグ
社会的ジェットラグ(social jet-lag)とは,社 会時刻と個人の生物時計の性質(睡眠,生理機 能リズムの位相)の不一致によって心身の不調 を呈する状態象を指す4).一般的に我々の睡眠 習慣は,出勤や登校,家事などの社会時刻に縛 られており,平日には目覚まし時計などで自然 覚醒時刻よりも早く起床するため,見かけ上の 睡眠相前進と睡眠不足(睡眠負債)に陥る.一
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・精神生理研究部
113th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Symposium:1. Sleep disorders and systemic diseases;3)Social jet-lag and related health risk.
Kazuo Mishima:Department of Psychophysiology, National Institute of Mental Health, National Center of Neurology & Psychiatry, Japan.
本講演は,平成28年4月15日(金)東京都・東京国際フォーラムにて行われた.
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シンポジウム
睡眠関連障害と全身性疾患をめぐって
3)社会的ジェットラグがもたらす
健康リスク
三島 和夫 Key words 社会的ジェットラグ,睡眠負債,生体リズム,内的脱同調,生活習慣病
方,休日には蓄積した睡眠負債を解消するた め,代償性の長時間睡眠(いわゆる寝だめ)と,
それによる睡眠相の後退が生じる.こうした平 日と休日との睡眠相のずれ幅は,社会時刻と個 人の生物時計の不一致による,比較的軽度では あるが持続する睡眠負債,および生理機能リズ
ム間の位相関係の乱れ(内的脱同調)の鋭敏な パラメータであることが明らかになっている
(図 1).
図1 社会的ジェットラグのメカニズム
midpoint of free day
midpoint of work day sleep time zone
social jetlag = ΔMS (h) local time (h)
Weeks
生物時計機能の個体差
(長周期,光感受性等)
概日リズム位相の後退
入眠時刻の後退(起床は同じ)
平日の睡眠不足
休日の長時間睡眠(代償)
光位相反応の減弱
(午前を睡眠でマスク)
夜型にみられる社会的ジェットラグ
18 22 2 6 10 14 18
1 2 3 4 5 6
A
図2 社会的ジェットラグがもたらす健康リスク グレリン↑ レプチン↓ 食欲↑
インスリン抵抗性↑
肥満
HDLコレステロール↑
HPA axis トーヌス↑
認知機能↓
気分障害
ジェット社会的 ラグ 短時間睡眠
内的脱同調
睡眠障害不眠・
運動量減少 抑うつ
欠食夜食 炎症・免疫
2.社会的ジェットラグによる健康リスク
社会的ジェットラグでは長期間持続する睡眠 負債と内的脱同調により種々の健康リスクを生 じることが,疫学,シミュレーション研究,治療 介入研究などで明らかにされている(図 2).睡 眠負債は,短期的には眠気やパフォーマンス低 下を,中期的には記憶・学習,代謝,免疫など の種々の精神・身体機能障害を,長期的には気 分障害や生活習慣病のリスクを増大させる.実 際,睡眠時間と心血管系疾患,肥満や代謝,抑 うつ状態,そして死亡率に至る様々な健康リス クとの関係は,7~8 時間を底としたU字型を示 すことが数多くの疫学研究で明らかにされてい る.また,夜型生活者にありがちな遅い食事時 刻や栄養素の日内分布の偏りが肥満リスクを増 大させるなど,時間栄養学的問題点も明らかに なりつつある.交代勤務時の内的脱同調による 心身症状(過眠,循環・代謝異常,発がんリスク)も広義の社会的ジェットラグに含むこともある.
3.クロノタイプと社会的ジェットラグ
社会的ジェットラグは,交代勤務や長時間通 勤,政府が昨年から施行している夏季の朝型勤 務(欧米のサマータイムに類似)などの外的要 因に起因する場合が多い.実際,国内の働く世 代の30%以上は6時間以下の短時間睡眠者であ り,睡眠時間が圧縮される原因の多くは長時間 労働や通勤事情など社会時刻上の制約による.サマータイムでも切り替え時期を中心に入眠・
覚醒困難,睡眠時間の短縮が生じ,交通事故や 狭心症の発作が増加することが問題視されてお り,欧米では廃止論も出ている.一方で,生来 性の長時間睡眠やクロノタイプなど内的要因
(体質)で社会的ジェットラグが生じることも 少なくない.成人の約30%を占める夜型指向性 の強いクロノタイプは社会的ジェットラグの代 表的なハイリスク要因である.
クロノタイプは主に質問紙によって決定さ れ,正規分布に従った連続変数として示され 図3 Morningness-Eveningness Questionnaire(MEQ)で
判定した各クロノタイプの分布
一般成人1,170名を対象にした調査におけるMEQスコアの分布と クロノタイプ(筆者らのデータ)
0 20 40 60 80 100 120
16 30 44 58 72 86
(22.0%)朝型
(8.4%)強い夜型 夜型
(22.7%) 中間型
(41.0%) 強い朝型
(5.9%)
MEQスコア
る.代表的な質問紙としてHorne & Ostbergの Morningness-Eveningness Questionnaire(MEQ)
がある.得点は連続量であるが,ある閾値に従っ て「朝型」「中間型」「夜型」などのカテゴリ化 される(図3).クロノタイプは睡眠・覚醒リズ ムの表現型(朝型夜型)と密接に関係し,その 背景にあるメラトニン,コルチゾール,深部体 温などの生理機能リズム位相もクロノタイプ間 で明瞭な群間差が認められ,朝型に対して夜型 では平均して 2 時間ほど後退している.
クロノタイプの決定には時計遺伝子多型など の多因子遺伝子的要因のほか,性別,年齢,地 理的要因などの後天的要因が関わる.クロノタ イプの遺伝子的要因を反映した中間表現型とし ては,隔離条件下で観察される生体リズム周期
(フリーラン周期
τ
)が代表的である.例えば,朝型ほど
τ
が短く,夜型ほど長いという相関関係 が報告されている.クロノタイプの決定には環 境要因よりも遺伝要因(体質)が大きいことが 双生児研究などから明らかにされている.4.クロノタイプと睡眠習慣
クロノタイプは睡眠習慣に強く影響し,就床 時刻・起床時刻は朝型,中間型,夜型の順に遅 くなる.各個人が自身のクロノタイプ,すなわ ち,生体リズム特性にマッチした社会生活スケ ジュールに従っている分には問題は生じない が,実生活では通勤や通学など様々な社会時間 に縛られる.一般的に起床時刻は就床時刻より も制約を受ける.とりわけ,夜型の場合には自 身に適した時刻よりも早いタイミングで起床せ ざるを得ない.強い夜型の場合には,目覚まし 時計や覚醒刺激を与えても目が覚めないsleep drunkennessと呼ばれる極端な覚醒困難がみら れることもある.かといって,起床時刻から必 要睡眠時間を逆算して早い時刻から就床して も,深部体温の下降やメラトニンの分泌開始と いった生理的睡眠が生じやすいコンディション
(sleep gate)が整っていないため,入眠困難が生 じる.結果的に,夜型では朝型もしくは中間型に 比べて睡眠時間が短縮し,睡眠負債を抱えやす いが,休日に代償性の長時間睡眠(寝だめ)をと ると睡眠・覚醒リズムが不規則になりやすい.
光同調において主要な役割を果たすのが内因 性光感受性網膜神経節細胞(Intrinsically photo- sensitive retinal ganglion cells:ipRGCs)である.
ipRGCsは比較的最近,発見された第三の光受容 器で,光を感知するメラノプシンを有するほ か,通常のRGCsと同様に双極性細胞を通じて桿 体や錐体からの情報を受け取る.ipRGCsには体 内時計中枢である視交叉上核やオリーブ核,外 側膝状核などの部位への直接的な投射が存在す る.桿体や錐体に比べるとipRGCsはわずかな量 しか発現しておらず,ヒトの場合,RGCsのうち ipRGCsが占める割合はわずか 1 割程度である が,光同調に決定的な役割を果たす.ipRGCsを 光刺激すると,生体リズム位相は大きく変位す るが,その変位方向(前進,後進)には時刻依 存性があり,一般的に自然条件下での覚醒時刻 の直前から 8 時間後にかけての時間帯が位相前 進域(朝型化)にあたる.社会的ジェットラグ による週末の寝だめは光位相反応の前進域であ る午前中の環境光をマスクしてしまう.週末の わずか2日間の寝だめにより,30~45分の概日 リズムの位相後退が生じ,特に夜型で顕著であ る.また,寝だめにより,翌晩の生理的な眠気 も大幅に削がれてしまう.結果的に平日の前半 に起床困難,眠気,集中力低下,食欲減退をは じめとする心身の不調を生じる.これらが社会 的ジェットラグの典型的な症状である.
5. 社会的ジェットラグから 生活習慣病へのリンケージ
社会的ジェットラグの原因と影響は現代生活 の様々な場面で登場する(図4).夜型傾向が強 いと,覚醒困難から特に休日を中心として午前
中の光曝露量が減少し,さらなる夜型傾向を助 長することは前述した通りである.また,相対 的に夜間の活動時間が長くなり,人工照明への 曝露時間が増加する.以前は人工照明が体内時 計に及ぼす影響は限定的と考えられていたが,
一般的な室内照度である 500~1,000 ルクス程 度の人工照明でも,メラトニン分泌の抑制や位 相後退を惹起することが明らかになっている.
また,光位相反応に関わるipRGCsは480 nm付近 の短波長光(青色光,ブルーライト)に最も感 受性が高い.逆に,長波長光(黄色~赤色光)
ではほとんど反応がみられない.そのため,光 による体内時計,睡眠への影響は,暴露される 光にどの程度ブルーライトが含有しているのか が大きな決定要因となる.最近主流のLED照明 は従来の全波長型蛍光灯に比較してブルーライ トが多く含まれているため,日々,長時間暴露 することによって無視し得ない夜型化作用が蓄 積するとされる.
社会的ジェットラグによって,朝の欠食や運 動不足,カロリー摂取の配分が1日の後半にシフ トするなどの行動変化が生じることも知られて
いる.摂取カロリーや栄養素の過多のみならず,
その摂取時刻が肥満のリスク要因となり得るこ とが複数の研究から示されている.また,短睡 眠時間自体が,脂質からのカロリー摂取量の増 加,高カロリー,炭水化物,脂質リッチな食品 に対する欲求,摂食回数や間食の増加,摂食に 対する脱抑制をもたらすことなど食の嗜好性や 食行動に変化をもたらすことが報告されてい る.さらに,数日程度のごく短期間の睡眠負債 によって,食欲調節ホルモンである血中レプチ ン濃度の低下およびグレリン濃度の上昇,食欲 の増大が生じることも明らかになっている.この ような食行動の変化を通じて,睡眠負債はエネ ルギー摂取量の増加をもたらし,中長期的には 肥満リスクを高めるものと考えられている.
社会的ジェットラグにおける睡眠負債は抑う つ,不眠,耐糖能異常の原因ともなる.睡眠負債 のシミュレーション研究では,健常成人ですら 8 時間睡眠時と比べて,6 日間の 4 時間睡眠後に は耐糖能は40%程度,インスリン感受性は30%
程度低下することが示されている.睡眠制限下 ではコルチゾールやカテコラミン分泌が増加す 図4 生活習慣に潜む社会的ジェットラグの危険因子
夜食 運動不足 肥満
夜間光への曝露 ブルーライト
就寝時刻の後退
午前の日照曝露 減少
覚醒困難 週末の寝だめ
社会的ジェットラグ
朝の欠食 抑うつ 生活習慣病
不眠 耐糖能異常
短時間睡眠
(睡眠負債)
ることがわかっており,インスリン拮抗ホルモ ンの分泌や交感神経系の賦活化が惹起され,糖 代謝増悪の一因となっている可能性が示唆され ているが,詳細は明らかになっていない.社会的 ジェットラグによる睡眠負債と内的脱同調が生 活習慣病のリスクを高めることは数多くの疫 学,基礎医学,臨床研究で明らかにされている が,そのパスウェイは多岐にわたる(図 5).
おわりに
本シンポジウムでは,本稿で紹介した事項の ほかにも,ごく標準的な睡眠習慣をとっている 人々の中にも社会的ジェットラグのリスクを抱 えた一群が存在すること,「睡眠不足」として自 覚できない潜在的な睡眠負債とそれに起因する HPA(hypothalamic-pituitary-adrenal axis)軸機 能の亢進や耐糖能異常を抱えている現代人が数 多く存在すること,夕刻以降の特定の時間帯に おける脂質摂取がBMI(body mass index)の増
大と関連していることなどを自験データととも に紹介したが,未発表資料であるため,本稿で は割愛した.
2002 年に国民の健康維持と現代病予防を目 的として健康増進法が制定され,食生活・栄養,
身体活動・運動,たばこ,アルコール,歯の健 康,糖尿病,循環器病,がんに加えて,睡眠問 題を含む休養・こころの健康づくりが 9 つの重 点領域の 1 つとして取り上げられてきた.近年 行われた数多くの疫学研究や生理学的研究に よって,今回紹介した社会的ジェットラグをは じめとして,長期にわたる睡眠習慣の偏りが循 環器疾患,糖尿病,肥満,うつ病などの罹患リ スクを高め,生命予後を悪化させるというエビ デンスが積み重ねられている.生活習慣病対策 の中で睡眠・生体リズム調整の重要性が認識さ れることを期待したい.
著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし
図5 睡眠負債と内的脱同調による生活習慣病リスクの背景要因 心血管疾患
(心筋梗塞・脳血管疾患)
生命予後の悪化 肥満
糖尿病 高血圧 高脂血症 内的脱同調睡眠負債
摂食ホルモンの変動
レプチン ↓
グレリン ↑ 食欲亢進カロリー摂取
エネルギー消費減少
その他低グレード炎症↑
うつ病・うつ状態
身体運動↓
自律系・HPA系変動
交感神経緊張 ↑
コルチゾール ↑ 糖代謝高HbA1c
インスリン抵抗性↑
生活習慣病の合併症
頻尿抑うつ(うつ病)
神経痛の痛みなど
文 献
1) 三島和夫編:睡眠科学―最新の基礎研究から医療・社会への応用まで.化学同人,京都,2016.
2) 三島和夫:睡眠と生活習慣病.公衆衛生 75 : 755―759, 2011.
3) 三島和夫:睡眠・覚醒のメカニズム.日医師会誌 143 : 2515―2518, 2015.
4) Wittmann M, et al : Social jetlag : misalignment of biological and social time. Chronobiol Int 23 : 497―509, 2006.