博 士 ( 理 学 ) 中 沢 隆 史
学 位 論 文 題 名
非筋細胞ミオシンn の会合機構に関する研究 学位論文内容の要旨
ミ オ シ ンはATPを分 解する ことに よって 得たエネ ルギー を運動 エネル ギーに 変換し て、ア ク チン フィラ メント をレー ルとして 動くモ ーター タンパ ク質で ある。 筋肉細 胞を含 め、ほとんど全 て の 細胞 に 存 在す る非筋 細胞ミ オシンHは、骨 格筋や 心筋、平 滑筋の ミオシ ンと同 様にII型 ミオ シン に分類 され、 細胞質 分裂、細 胞の遊 走、細 胞の形 態変化 などの 様々な 細胞運 動に関与してい る 。 非筋 細 胞 ミオ シンu. は2つの 球状の 頭部と1本の紐 状の長 い尾部 を持つ双 葉様の 構造を して おり 、会合 して双 極性の フィラメ ントを 形成し 、2本の アクチ ンフィラメントを逆方向に動かす。
ミオ シンlの 頭部に はアク チン結 合部位やATPase活性部位が存在し、尾部はa‑helical coiled‑coil 構 造 を形 成 し て双 極性の フィラ メント 形成に 関与して いる。 ミオシ ンnが会 合して 双極性 のフイ ラメ ントを 形成す るため には、各 分子が 逆方向 にパッ キング するア ンチパ ラレル 相互作用と、同 方向 にパッ キング するパ ラレル相 互作用 が必要 である 。筋細 胞内で 常にフ ィラメ ントを形成して いる 骨格筋 ミオシ ンとは 異なり、 非筋細 胞ミオ シンIIは 細胞内 で必要 な時に 必要な 場所で会合し てフ ィラメ ントを 形成す る。逆に 必要が 無い時 はフィ ラメン トが脱 会合し モノマ ーになる。この よう に、非 筋細胞 ミオシ ンIIは分 子同士 のダイナ ミック な会合 ・脱会 合を伴 って機 能するため、
骨 格 筋 に は 無 い 緻 密 な フ ィ ラ メ ン ト 形 成 の 制 御 機 構 が 存 在 す る も の と 考 え ら れ る 。 本研 究 で は 、非筋 細胞ミ オシンuのフィ ラメン ト形成 に必須 な分子 内領域を 明らか にし、 さら に、 同定で きた会 合必須 領域の相 互作用 に基づ く会合 の分子 機構を 解明す ること を目的とした。
骨 格 筋 ミ オ シ ン の 尾 部 のC末端 付 近 に はフ ィ ラ メ ント 形 成 に 必須 な29残基 の 領 域 (assembly competence domain: ACD)が あ り 、 このACDと 良 く似 た 配 列(ACD様 配列 ) が 非 筋細 胞 ミ オシ ン nに も 存 在 す る 。 私 は 、 非 筋細 胞 ミ オ シンIIBのACD様 配列 を 含 む 尾部 フ ラ グ メン ト(248ア ミ ノ 酸 残基 か ら な るBRF248と305ア ミノ 酸 残 基 から な るBRF305)とそ れ ら の 様々 な 領 域 の欠 損変 異体(deletion mutants)および電荷逆転変異体(charge‑reversal mutants)を構築して溶解度の塩濃度依 存性 を解析 し、ま た形成 した会合 体の電 子顕微 鏡観察 像から 、会合 必須領 域を同 定することを試 みた。
BRF248は 生 理 的な 塩 濃 度 条件 下 (125 mM NaCI)で は ほ ば100% が会合 し、そ の後塩 濃度が 上 が る にっ れ て 徐々 に沈殿 しづら くなり 、300 mM NaCI付 近で全 く会合 しなく なるとい う溶解 度の 塩 濃 度依 存 性 を示 した。 この溶 解度の 塩濃度 依存性は ミオシ ンIIBの 尾部の3分の2に 当たり、 ミ オ シ ンIIの 会 合性質 を調ぺ るため の指標 とされ るフラ グメン ト (LMM)と 同様で あった 。また 、 低 塩 濃 度 条 件 下 で 沈 殿 した 会 合 体 もLMMと 同 様 に針 状 構 造 をし て い た 。こ れ ら の 結果 か ら 、 BRF248がミ オ シ ンHの 会 合に 対 す る 必須 領 域 を 全て 持 っ て いる と 判断し た。BRF248の欠損 変異 一243―
体 の 会 合 能 を 解 析 し た と こ ろ 、2′ カ 所 の 領 域D1729ーT1763とA1875ーA1913を 欠 損す る と BRF248は 生 理 的 な塩 濃 度 条 件下 (125 mM NaCI) で の みな ら ず 、 それ よ り低 塩濃度 条件下で も 会 合し な か っ た。 こ の2カ 所 内に 会 合 に 必須 な 領域 が存在 すると 判断し 、それ ぞれをnonmuscle myosin ACD (nACD)1、m`CD2と 命 名 し た 。nACD2のN端 部 分 はACD様 配 列 に 対 応 す る 領 域 である。次に、BRF‐248のa−helicalcoiledーcoil部分の分子モデルをCrickのcoiled‐coilモデルに基 づぃて 構築し 、表面 電荷を マッピ ングし たところ 、非常 に負電 荷に偏 ったクラスター1カ所(N1; E1742―E1753) と 正 電 荷に 偏 っ た クラ ス タ ー2カ 所(Pl;K1842−K1852とP2;K1874―R1884) が 存 在 す る こ と が わ か っ た 。 こ れ ら3つ の 電 荷 ク ラ ス タ ー の う ち 、NlはnACDl内 に 、P2は nACD2内 に存 在 し て いた 。 ま た 、欠 損 変 異 体を 用 い た 実験 で は 重 要視 し な か ったnACD2より も N端 側 にPlが 存 在し て い た。こ れらの電 荷クラ スター 内の分 子表面 に配置 してい るアミ ノ酸の電 荷 を逆 転 さ せ た変 異 体 の会合 能を解 析した ところ 、3種類 の変異 体全て が生理的 な塩濃 度で会 合 せ ず、 低 塩 濃 度条 件 下 で も正 常 な 会 合体 を 形 成 でき な か っ た。 ま た 、nACD2内に 含まれ るP2以 外の領 域の電 荷逆転 変異体 の解析 結果か ら、nACD2のC端側も会合に必須である.こともわかった。
こ れら の 結 果 と構 築 し た分子 モデル に基づ き、2本 のフラ グメン トが最 も静電相 互作用 しやす い パ ッキ ン グ の 仕方 を 考 え た。 そ の 結 果、 ア ン チパ ラレル 会合は 主にN1とP2の間の 、パラ レル会 合は主 にNlとPlの間の強 い静電 相互作 用によ って形 成され ている ことが 示唆され た。ア ンチ′ミ ラ レル モ デ ル から 見 積 も った 分 子 間 の重 な り 部分 の長さ は約43nmで あり、 この長 さは様 々なミ オ シンnで 報 告 さ れて い る実測 値に近 かった 。一方 、パラ レルモ デルか ら見積も った分 子間の ず れ の長 さ は14.3nmで あり 、この 長さも 報告さ れている 実測値 と非常 に近い 値とな った。 本研究 で 明ら か に し たこ れ ら の会合 に必須 な領域 は、脊 椎動物 の他の ミオシンu内でも 保存さ れてい る ことか ら、こ れらの 分子間 相互作 用は非 筋細胞ミ オシンIIのみな らず、 脊椎動 物のミ オシンlI全 体に共通していることが示唆された。
本 研 究 に よ り 、 非 筋 細 胞 ミ オ シ ンnの 会合 に はN1、P1、P2の3つ の 電 荷ク ラ ス タ ーとnACD2 領域が 必須で あるこ とを明 らかに なった 。また、 これら の電荷 クラス ター間 のアン チパラ レル及 びパラ レル相 互作用 により 周期性 を持つ フィラメ ントが 形成さ れると いう分 子機構 を提案 した。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 矢 澤道生 副査 教授 坂 口和靖 副査 教授 菊池九二三 副査 教授 田 村 守 副査 教授 畠 山昌則 副査 教授 及 川英秋 副査 助教授 高橋正行
学 位 論 文 題 名
非筋細胞ミオシン n の会合機構に関する研究
ミオシンは、ATPの加水分解反応によって得た化学エネルギーを運動エネルギーに変換し て、アクチンフィラメント上を滑り運動するモータータンパク質である。骨格筋・心筋や平 滑筋ミオシンと同じII型ミオシンに分類される非筋細胞ミオシンIIは、ほとんど全ての真核 細胞に存在し、細胞質分裂、細胞の遊走、細胞の形態変化などの様々な細胞運動に関与して いる。非筋細胞ミオシンIIは2つの球状の頭部と1本の棒状の長い尾部を持つ双葉様の構造 をしており、頭部にはATPase活性部位とアクチン結合部位が存在する。a‑helical coiledーcoil 構造をとる尾部は自己会合能を持ち、ミオシン分子のフィラメント形成に関与している。ミ オシンIIは、筋細胞内では常にフィラメントを形成して機能しているが、非筋細胞ミオシン IIの機能は分子同士のダイナミックな会合・脱会合を伴って進行している。このため、非筋 細胞にはフィラメント形成の緻密な制御機構が存在すると考えられる。ミオシンIIが会合し て双極性のフィラメントを形成するためには、各分子が逆方向にパッキングするアンチパラ レル相互作用と、同方向にパッキングするパラレル相互作用が必要であるが、それぞれの作 用部位の同定を含めた自己会合機構の詳細な解析はなされていない。本学位論文は、ミオシ ン尾部のフィラメント形成の分子機構について論じたものである。
申請者は、非筋細胞ミオシンIIの尾部C末端付近に骨格筋ミオシンのフィラメント形成に 必須な29残基の領 域(assembly competence domain: ACD)と良く似た配列(ACD様配列)が あることに着目し、これを含む尾部フラグメント(248アミノ酸残基からなるBRF248、およ ぴ305アミノ酸残基からなるBRF305)とそれらの様々な領域の欠損変異体および電荷逆転変 異体を構築し、溶解度の塩濃度依存性から自己会合体形成能にっいて解析するとともに、形 成した会合体の構造を電子顕微鏡を用いて観察した。フラグメントBRF248は、生理的な塩 濃度条件下(125 mM NaCl)でほばすべて会合し沈殿したが、塩濃度を上げるにっれて徐々に 沈殿し難くなり、300 mM NaCl付近で全く会合しなくなった。この溶解度の塩濃度依存性は、
ミオシンIIBの尾部の2/3に当たルミオシンIIの自己会合能を保持するとされるフラグメン トLMMについて得られた結果と同様であった。また、低塩濃度条件下で沈殿した会合体は、
LMMの 会合体と 同様に 針状構造をしていた。ついで、BRF248の欠損変異体の会合能を解析 したと ころ、2カ所の 領域D1729〜T1763とA1875〜A1913の欠損により生理的な塩濃度条件 下(125 mM NaCl)でのみならず、それより低塩濃度条件下でも会合しなくなった。会合に必
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須な領域がこの2カ所内に存在すると判断し、それぞれをnonmuscle myosin ACDl(nACDl)、 お よ びnACD2と 命 名 し た 。nACD2のN端 部 分 はACD様 配 列 に 対 応 す る 領 域 で あ る 。 次に、BRF248のa‑helical coiled‑coil部分の分子モデルをCrickのcoiled‑coilモデルに基づい て 構築し、 表面電 荷をマッ ピングしたところ、顕著な負電荷クラスター1カ所(Nl: E1742
〜E1753)と正電 荷クラス ター2カ所(Pl: K1842〜K1852とP2: K1874〜R1884)を見出した。
こ れら3つの電 荷クラス ターのうち、NlはnACD1内・に、P2はnACD2内に存在していた。P1 は 、構築したモデルを評価して初めて検出された領域であり、nACD2よりもN端側に存在し ていた。これらの電荷クラスターの重要性を確認するために、それぞれのクラスター内で分 子 表面にあるアミノ酸残基の電荷を逆転させた変異体フラグメントを作製して会合能を解 析したところ、3種類の変異体全てが生理的な塩濃度で会合しないことが明らかになった。
ま た、同様の電荷逆転変異体の解析結果から、nACD2のC端部分にある荷電領域も重要であ ることがわかった。
申請者は、これらの結果と構築した分子モデルに基づき、2本のフラグメントが最も静電 相 互作用しやすぃパッキングの仕方を考えた。その結果、アンチパラレル会合は主にN1と P2の聞の、パラレル会合は主にN1とPlの聞の強い静電相互作用により形成されることが示 唆された。アンチパラレルモデルから分子間の重なり部分の長さを見積もると約43 nmであ り、この値は様々なミオシンIIフィラメントの電子顕微鏡観察に基づく実測値43 ¥‑45 nmと一 致する。一方、パラレルモデルから分子間のずれの長さを見積もると14.3 nmであり、この 値も報告されている実測値と合う。本研究で明らかになったこれらの会合に必須な領域と、
そのアミノ酸配列は、脊椎動物の他のミオシンIIでも保存されていることから、これらの分 子間相互作用は非筋細胞ミオシンIIのみならず、脊椎動物のミオシンII全体に共通している ことが示唆された。
本論文で述べられたこれらの結果は、非筋細胞ミオシンIIの会合にはNl、Pl、P2の3つの 電 荷クラス ターとnACD2領域 が必須であることを明らかにしたうえで、さらに、これらの 電荷クラスター間のアンチパラレル及びパラレル相互作用を基準にして周期性を持つフィラ メントが形成されるという新たな分子機構を提案したものであり、非筋細胞ミオシンIIの多 岐 にわたる生理機能の基盤となる動的構造変化に関する基礎的知見を与えた成果として高 く評価される。審査員一同は、申請者が、北海道大学博士(理学)の学位を得るに十分な資 格を有すると認めた。
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