2000
年度数学展望
I
—
連続性とトポロジー
—
講義録
金井 雅彦 著 名古屋大学 理学部 数理学科はじめに
多くの大学の理工系学部がそうであるように,名古屋大学理学部でも線形代数お よび微積分が1年生向けの数学の科目として開講されています.名古屋大学では 共通教育科目「数学基礎I– IV
」がそれにあたります.しかしそれ以外にも,数 学の持つ広がり・奥行きを諸君に知って貰おうとの意図から,「数学展望I
・II
」 という科目が理学部1年生を対象にした専門科目として開設されています.これ は2000
年度前期に行われた「数学展望I
」の講義録です.より厳密に言えば学 期中に学生に配布したノートに若干の修正を加え,さらに講義では触れることの 出来なかった内容の一部を第3章として付け加えたのがこの小冊子です. ところで,そのシラバスは次のようなものでした—
「数学基礎I – IV
」で学習する微積分・線形代数とはひと味違っ た数学をここでは味わうことが可能です.「数学基礎I - IV
」を栄養 満点ボリュームたっぷりのご飯と例えるなら,これは3時のお茶と ケーキ,そんな講義をしたいと考えています.話題はトポロジーあ るいは位相幾何学と呼ばれる数学の一分野です.例えばそれを使っ て次のような問題を解くことが可能です. 問題.
平面内にふたつの有界領域がある.このときその平面内の直 線で,しかもこれらふたつの有界領域のおのおのを面積の等しいふ たつの部分に分けるようなものが存在する.i
これは次のように例えられるかも知れません.テーブルの上にふ たつのケーキがのっています.ひとつはチョコレート・ケーキ,も うひとつはチーズ・ケーキだとしましょう.このとき,とても長い ナイフをたった1回使うことでそのふたつのケーキそれぞれを等分 できる,というのが主張です. このシラバスで述べたことがどこまで実現できたか,著者には定かではありま せん.しかし少なくとも講義は極めて活気に溢れたものでした.少なくともその 意味ではこの講義は私がいままで担当したものの中で最良のものであったと確信 します.そんな雰囲気を作り出してくれた履修者諸君に改めて感謝! ところですでに述べた通り,実際の講義で教えられたのはこの講義録の第2章 までです.もう少し進んだ内容も教えられればと最初は考えていたのですが,時 間の都合で残念ながらかないませんでした.その部分の講義録自体はすでにほと んど用意が出来ていたので,それを第3章として添付致しました.ただしほんの 一部だけ欠落した部分があります.補題
3.10
の証明がそれです.本来ならばそ の証明を第3章の一番最後の節で行うつもりでしたが,このところ雑事に追われ 未だ完成していません.時間がとれたならその部分を書き足し,ホーム・ペー ジ(http://www.math.nagoya-u.ac.jp/
∼kanai/)
上で再度公開するつも りでいます.しかしそれなしでも第3章の内容は十分楽しめるもののはずです. 夏休みなど暇なときで結構,是非第3章にも目を通して頂ければ幸いです.2000
年 夏 名古屋大学 大学院 多元数理科学研究科 金井 雅彦目次
第1章 中間値の定理
A.
中間値の定理の応用2題. . . 1
B.
問題解説. . . 4
C.
連続性の新たな定義. . . 10
D.
有界単調数列. . . 13
E.
中間値の定理の証明. . . 17
第2章
Brouwer
の不動点定理
A.
連続性と不動点定理. . . 21
B.
応用問題. . . 26
C.
同相写像. . . 33
D.
ベクトル場のゼロ点の存在. . . 39
E. Sperner
の補題の証明. . . 45
F.
有界閉集合のコンパクト性. . . 48
第3章 写像度とその応用
A.
代数学の基本定理. . . 53
B. Borsuk–Ulam
の定理. . . 60
C.
ベクトル場の回転数. . . 65
iii
第
1
章
中間値の定理
A
中間値の定理の応用2題
区間I
上で定義された実数値関数f
が与えられたとしましょう.各x
∈ I
に対 し実数f (x)
が定まりますから,その結果,(x, y)-
平面内に点(x, f (x))
が確定 します.次いでx
を区間I
すべてに渡って動かせば,点(x, f (x))
もそれに応 じて(x, y)-
平面内を移動します.そしてその軌跡として関数f
のグラフが得ら れます.もしそのグラフが切れ目のない,いわゆる連続な曲線になるとき,関数f
は連続であると言うことにしましょう.以降,f
は連続であると仮定します. x f(x) (x,f(x)) y=f(x) 図A.1:
関数のグラフ さて,さらに関数f
の定義域I
が有界閉区間[a, b]
であり,しかも両端点a,
b
における関数f
の値が,不等式f (a)
· f(b) < 0
(1.1)
を満たすと仮定しましょう.このとき,f (a)
とf (b)
は異なる符号を持たなけれ ばなりません.すなわち,f (a) < 0
かつf (b) > 0
が成り立つか,あるいは逆にf (a) > 0
かつf (b) < 0
が成り立つかのどちらかです.したがってy = f (x)
1
(a
≤ x ≤ b)
のグラフを左側から描き始めると,第1
の場合にはx-
軸の下側か ら始まりx-
軸の上側で終わり,一方第2
の場合には逆にx-
軸の上側から始まりx-
軸の下側で終わります(図A.2
).ところで,関数f
は連続であると仮定してい たわけですから,そのグラフは切れ目のない連続曲線なわけです.したがってい ずれの場合にも,関数f
のグラフは少なくとも1点でx-
軸と交わるはずです. そしてその交点のx-
座標をc
(ただしa < c < b)
とすれば,f (c) = 0
が成り立 つのは言うまでもありません.また(1.1)
の代わりにf (a)
· f(b) = 0
が成り立 つときには,f (a)
あるいはf (b)
の少なくとも一方はゼロでなければなりませ ん.したがってこの場合にも,a, b
のうち適当な方をとりc
とすれば,やはりf (c) = 0
が成り立ちます. a b c (a) a b c (b) 図A.2:
中間値の定理 左はf (a) < 0かつf (b) > 0の場合,一方右はf (a) > 0かつf (b) < 0 の場合.いずれの場合にもグラフはx-軸と交わりを持つ. 以上の議論をまとめることにより,次の定理を得ます. 定理1.1 (
中間値の定理).
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 有界閉区間[a, b]
上で定義された関数f
が連続,かつf (a)
· f(b) ≤ 0
を満たすならば,f (c) = 0
なるc
が区間[a, b]
内に少なくともひとつ存在する. |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 言い換えると,この定理の仮定のもと,方程式f (x) = 0
(ただしa
≤ x ≤ b
) が,少なくともひとつの解を持つことが保証されたわけです.A.
中間値の定理の応用2題3
この中間値の定理,一見したところ極めて当たり前のこととしか思えません. その証明も実に簡単でした.しかし実は中間値の定理には大きな力が秘められて います.それを実際に体験するのがこの章の最初の目的です. さてここで皆さんに中間値の定理の面白さを知ってもらうために,それを使って 解くことができるパズルふうの問題をふたつほど出すことにします.ただし,それ らに対し完全かつ厳密な解答を与えるには,このノートの範囲を超えた知識が若干 必要になるかも知れないことを,あらかじめお断りしておきます.ともかく,解答 を読み始める前に,是非とも皆さん各自で考えてみることを強くお勧めします. 問題1.2.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
平面内に有界な領域がふたつ与えられたとき,その平面内に直線を1
本適当に引 くことにより,それら領域のおのおのを面積の等しいふたつの部分に分けられる ことを示せ.−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
図A.3:
ケーキの等分問題 この問題は,次の様に例えることが出来るかも知れません.いま,テーブルの 上にケーキがふたつ乗っているとしましょう.それをふたりの人が分け合って食 べることにしました.このふたりは公平を好む質の人らしく,それぞれのケーキ を同じ分量だけ食べたいそうです.したがって,それらふたつのケーキを,ナイ フを使って等分する必要があります.このとき,使うナイフが非常に長ければ, それをたった一度だけ使うことにより目的が達成される,ということを上の問題 は述べています.ただし,このふたりはそのケーキの上に乗っているかも知れな い苺やチョコレートの分配の公正さまでは期待しないこととさせて下さい. 次の問題に進みましょう.問題文が少々長いので注意して読み進んで下さい. 問題1.3.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
A
駅からB
駅へ至るまっすぐな線路の上を走る1
台の電車がある.そしてその 床面上に,下端がちょうつがいで床面に固定された棒がついていて,それが電車の 加速・減速に応じて前後に揺れ動くようになっているとしよう.さて,その電車 がある時刻にA
駅を出発し,一定時間後B
駅に到着するとする.ただしその間電車は加速・減速を何度でも繰り返すことが出来るし,さらには途中で急停止し たり,あるいはバックしたりする可能性もあるものとする.
A
駅を出発する瞬間 までは棒を手で保持し,出発の瞬間手を離し,その後は電車の加速・減速に応じ 棒は前後に揺れ動くとする.このとき,もし出発時の棒の角度を適当にとれば,B
駅に到着した瞬間に棒がまっすぐ立っているよう出来ることを示せ.ただし電 車の運行規則はあらかじめ決まっていて,それに応じて出発時の棒の角度を選べ るものとする.また仮に棒が途中で倒れた場合には,床面上でバウンドしたりし ないでそのまま倒れ続けているものとする.−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
A 駅 B 駅 図A.4:
電車の問題B
問題解説
さて,問題1.2
の解説を始めることにしましょう.ところで,この問題を初めて 聞いた人のなかには,一体何から考え始めたらいいのか,まったく見当がつか ないと感じた人も少なくないと思います.そこで,そういった人達へのヒント. 一般に,問題が難しすぎて何をやったらいいのか分からないような場合には, その問題自体のかわりに,それを単純化したより簡単な問題を手始めに考えるこ とが,問題解決の大きな糸口になることがあります.実は問題1.2
はその方法が 有効な典型例です.でも問題1.2
をどのように単純化したらよいでしょう.そも そも問題は,平面内に与えられたふたつの領域をいっぺんに等分せよ,というも のだったわけですが,もし仮に与えられた領域の数がひとつだけだったら話はず いぶんと簡単になるのではないでしょうか.言い換えれば,問題1.2
を解くため の準備として,「平面内に与えられたひとつの有界領域を,その平面内に直線を1
本引くことにより,面積の等しいふたつの部分に分割せよ」という,より易しい 問題を最初に考えよう,というわけです.もちろん,これが出来なければ最初の 問題1.2
が解けるわけがありません.それでは,仮にこの単純化された問題,す なわち,平面内に与えられたひとつの有界領域を1本の直線により等分する問題 が肯定的に解けたとして,それをどうやって本来の問題1.2
の解答に活かすこと が出来るでしょうか.平面内に有界領域がふたつ与えられた場合には,上述の単B.
問題解説5
純化された問題に対する解答を,ふたつの領域のうちの一方—
これを領域Ω
1 と呼ぶことにしましょう—
に適用することにより,その領域Ω
1 を等分する直 線が少なくとも 1 本存在することが分かるはずです.したがって問題1.2
の解 答を完成させるためには,領域Ω
1 を等分する直線のなかに,第2
の領域—
こ れをΩ
2 と呼ぶことにします—
をも等分するものがあることを言えればよいわ けです.そしてもちろんそのためには,第1
の領域Ω
1 を等分する直線が沢山 あったほうが有利であろうことは言うまでもないことです.以上のように考える と,問題1.2
を解くための準備として,次の問題を考えたらよいのではないか, という結論に辿り着きます. 問題1.4.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
平面内に有界領域がひとつ与えられたとき,それを面積の等しい2つの部分に分 ける直線はどれくらいたくさんあるか.−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
まず問題1.4
に対する答を述べることにします.ところでこういった,ある意 味で曖昧な問題に対する答は,ふた通り以上あるのが普通で,実際問題1.4
に対 する答え方もいろいろあると思います.以下で述べるものは,単にそのうちのひ とつだと思って下さい.いまΩ
で,平面内の任意の有界領域を表すことにしま しょう.一方を,その平面内の原点
O
を通る任意の直線とします.このとき, 問題1.4
に対するひとつの解答は次のようなものです: 直線と平行な直線で,しかも領域
Ω
を面積の等しいふたつの部 分に分割するものが必ずただひとつ存在する. したがって,領域Ω
を等分する直線が,原点を通る直線と同じだけ多く存在する ことになります. O Ω l 図B.1:
さて,これを証明しましょう.直線と平行な直線をパラメータ付けるために, 平面内に直交座標系
(u, v)
を,u-
軸がちょうど直線と平行になるようとります. するともちろん,直線
と平行な任意の直線は,
v = t
(ただしt
は定数とする)の形に一意的に表されます.そしてパラメータ
t
の値を変化させるとそれに応じ て直線v = t
が平行に移動します.とくにt
の値が非常に小さいときには,領域Ω
全体が直線v = t
の上側にあることが(領域Ω
の有界性より)判ると思います (ただし,ここで「上側」とは,あくまで(u, v)-
座標系に関してのものです).と ころがt
の値を徐々に増加させていくと,そのうち直線v = t
と領域Ω
とが共 通部分を持つようになります.そしてさらにt
の値を増加させていくと,今度は 逆に領域Ω
全体が直線v = t
の下側にある,といった状態になります.いま一 般に,直線v = t
上の下側にある部分の面積をA
−,上側にある部分の面積をA
+としましょう(図B.2 )
. ただし,領域Ω
全体が直線v = t
の上側にある u v v=t A A + -O 図B.2:
場合にはA
−= 0
と,また逆に領域Ω
全体が直線v = t
の下側にある場合にはA
+= 0
と約束することにします.すると,ふたつの面積の差A
+− A
−は変数t
の関数と思えるので,それを記号f (t)
で表すことにします:f (t) = A
+− A
−.
そのとき,関数f (t)
が減少関数であること,すなわち,t
1< t
2 ならばf (t
1)
≥ f(t
2)
となることがただちに判ります.またS
で領域Ω
全体の面 積を表すことにすれば,さきほど述べたことより,t
が十分小さいときにはf (t) = S > 0
,一方t
が非常に大きいときにはf (t) =
−S < 0
が成り立つこ とも明らかだと思います.そして最後に,関数f (t)
がt
の連続関数であること も,少なくとも直観的には困難なく見てとれるのではないでしょうか. ここまで 来れば,後どうやって問題1.4
に対する上述の答を導くかはきわめて容易なは ずです.実際,関数f
に対し,中間値の定理を適用すれば,f (t
0) = 0
なる実 数t
0 が存在することがただちに結論されます.さらに関数f
の単調性より,t
0 の一意性 もただちに判ります.そしてこのt
0 に対応する直線v = t
0 が,領 域Ω
を面積の等しいふたつの部分に分割することは,関数f
の定義からすぐに 見てとれると思います.以上が,問題1.4
に対する解答です. ようやく問題1.2
に対する解答を述べる準備が出来ました.いま,Ω
1,Ω
2 をB.
問題解説7
t f(t) O S -S t0 図B.3:
関数f (t)
のグラフ 平面内の任意の有界領域としましょう.一方,その平面内の原点から発する単位 ベクトルu
を任意に取ります.
ただし,単位ベクトルとは長さが1
のベクトルを 意味します.このとき,この単位ベクトルu
が,あらかじめ平面内に与えられたO
− xy
座標系のx-
軸正の部分とそれ自身がなす角θ
(ただし0
≤ θ ≤ 2π
)に より完全に決定されるのは言うまでもありません.さてここで問題1.4
の解答を, 特に第1
の領域Ω
1,およびベクトルu
と平行な直線に対し適用することにより, ベクトルu
に平行で,しかも領域Ω
1 を面積の等しいふたつの部分に分割する直 線が,ただひとつ存在することが導かれます.その直線は,単位ベクトルu
とx-
軸正の方向のなす角θ
により完全に決定されるので,それを以下で はθ と書 くことにします.たったいま述べたとおり,直線
θ は第
1
の領域Ω
1 を等分し ますが,第2
の領域Ω
2 を等分するとは限りません.そこで,次のようなθ
の関 数g(θ)
を導入します.まず,直線θ が領域
Ω
2 をふたつの部分に分ける場合を 考えます.直線θ によって分割された
Ω
2 のふたつの部分のうち,直線θ 上を ベクトル
u
と同じ向きに進んだとき,その右側に見える部分をとり,その面積をA
Rと,またその左側に見える部分の面積をA
Lとします.そしてこの場合には,g(θ) = A
R− A
L で関数g(θ)
を定義します. 一方,直線θ 上をベクトル
u
の向きに進んだと uΩ
Ω
1 2 lθ θ AL AR 図B.4:
き,領域Ω
2 全体がその右側にのみにある場合にはg(θ) = (
領域Ω
2の面積)
と,また逆に,左側にのみにある場合には,
g(θ) =
−(
領域Ω
2の面積)
と定義するの はきわめて自然です.たったいま導入した関数g(θ) (0
≤ θ < 2π)
の最も重要な 性質はg(θ + π) =
−g(θ),
0
≤ θ < π
(1.2)
が成り立つことです.どうしてこの(1.2)
が成り立つのかを,説明しましょう. ふたつの直線θ と
θ+π を考えると,定義によれば,これらはともに領域
Ω
1 を 等分し,しかも,互いに平行でなければなりません.さてここで,問題1.4
に 対する解答を思い起しましょう.与えられた直線に平行で,しかも与えられた ひとつの領域を等分する直線の存在だけでなく,その一意性もそこで示したは ずです.とくに,その一意性を適用することにより,ふたつの直線θ
,
θ+π が 一致することが結論されます.ここでさらに関数g(θ)
の定義を思い出すと,g(θ)
とg(θ + π)
は符号を除いては等しい,すなわち,|g(θ)| = |g(θ + π)|
が 成り立つことが判ります.ただし,直線θ と直線
θ+π の「向き」は異なるの で,直線
θ から見て右側にあるものは直線
θ+π から見ると左側に,また逆に
θ から見て左側にあるものは
θ+π から見ると右側に位置することになります. 以上から関数
g(θ)
が性質(1.2)
を有することが結論されます. 性質(1.2)
から特にg(0)
· g(π) ≤ 0
が成り立つことがただちに見て取れま す.さらに関数g(θ)
のもうひとつの重要な性質として,—
ただし,その証明 は必ずしも容易ではありませんが—
それが連続であることが挙げられます. これらふたつの事柄から,関数g(θ)
に対し中間値の定理を適用しg(θ
0) = 0
な る角度θ
0 の存在を導くことが可能になります.そして,この角θ
0 に対応する 直線θ0 が,第
1
の領域Ω
1 のみならず第2
の領域Ω
2 をも等分することが, 直線θ および関数
g(θ)
の定義から判ります.これで,問題1.2
に対する解答が (関数f
,およびg
の連続性の証明を除いて)終了したわけです. 電車の問題1.3
の解説に進むことにしましょう.はたして,本当にこの問題の なかで述べられているようなことは可能なのでしょうか.少し考えただけではあ りそうもないことと感じられるかも知れません.ところでこの問題で述べられ ている棒の運動自体は,Newton
の運動方程式という,一種の常微分方程式に より記述されます.けれども運動方程式を具体的に解こうとすることは,この 問題を考えるうえで得策ではありません.そもそも,電車の運行自体が具体的 に与えられていないからです.それでは,電車の運行が具体的に与えられてい た場合に限ったらどうでしょうか.たしかにこの場合には,運動方程式を解き 棒の運動を決定することで問題に答えられるかもしれません.しかし実際それ を実行することは,一般には決して容易ではないはずです.ところが中間値の 定理を用いると,これから見るように,なんの技術的困難もなく,しかもどんな (すなわち具体的に与えられているとは限らない)電車の運行に関しても,この問B.
問題解説9
題を解くことが出来ます. ともかく中間値の定理をこの問題に応用するためには,なんらかの関数を導入 する必要があります.さて,どうやってその関数を探したらよいでしょう.出発 時における棒の角度を選ぶ,これだけがこの問題のなかでわれわれが自由に出来 ることです.そこで,出発時の棒の角度θ
(ただし−π/2 ≤ θ ≤ π/2)
を図B.5
のように計り,それをいわゆる独立変数と考える,というのはさほど不自然では ないはずです.一方,問題なのは到着時の棒の角度です.途中のことは問題には なりません.しかも,「電車の運行はあらかじめ決まっている」という約束からす ると,到着時の棒の角度は出発時の棒の角度θ
のみで決定される,すなわち,変 数θ
の関数であることが判ります.そこで到着時の棒の角度を出発時と同様な仕 方で計り,それをh(θ)
と書くことにしましょう. θ + − + − A 駅 B 駅θ
h( ) 図B.5:
棒の傾き具合の計り方 棒が鉛直からどれだけ傾いているかを計る.ただし進行方向に対し前向き に傾いたときにはマイナスと,また後ろ向きに傾いているときにはプラス と約束する. さて,ここでもうひとつの取り決め,すなわち,「棒はいったん倒れたらそれ以 降ずっと倒れたままである」という約束を思い出して下さい.したがって,とく に出発時に棒を倒しておけば到着時にも棒は同じよう倒れている,ということに なります.これを関数h(θ)
を用いて表現すれば,h(
−π/2) = −π/2
かつh(π/2) = π/2
ということに他なりません.一方,先程述べた通り,棒の運動はニュートンの運動 方程式という,一種の常微分方程式で記述されます.そして,「常微分方程式の解 は,初期条件に連続的に依存する」という,常微分方程式に関する基本的な定理 のひとつを適用することにより,特に関数h
が連続であることが結論されます. あとは単に中間値の定理を関数h
に適用するだけです.実際,中間値の定理によ ればh(θ
0) = 0
となる角度θ
0 が存在しなければなりません.ところがこれは, 出発時に棒を角度θ
0 で立たせておけば,到着時には棒が鉛直である,ということにほかなりません.これが問題
1.3
に対する答です.1C
連続性の新たな定義
§A
で述べた定義によれば,区間I
上で定義された実数値関数が連続であるとは, そのグラフが連続曲線となることを意味しました.でも,実はこの定義,いくつ か本質的な難点を持っています.まずこの定義によれば,関数の連続性はそのグ ラフとして得られる曲線の連続性に帰結されますが,そもそも,曲線,およびそ の連続性とは一体何なのでしょう.これに対する厳密な解答無くしては,関数の 連続性の厳密な議論は不可能です.これが§A
で述べた連続性の定義の第1
の問 題点です.第2
の問題点は,たとえば前節で取り扱ったような,中間値の定理の 応用問題を通じて顕れます.問題1.2
,1.3
に対する解答を思い起こして見ましょ う.その中には,f , g, h
合計3
つの関数が現れました.そしてそれら連続性が 解答において最も本質的な役割を果たしていました.これら関数の連続性,たぶ ん直感的には正しいであろうと感じられるとは思いますが,果たして本当にそう なのでしょうか.一旦疑いを抱くと,厳密な証明を与えない限りなかなか心は晴 れません.でもどうやってこれら関数の連続性を証明すればよいのでしょうか.§A
で与えた定義に基づくならば,まずこれら関数のグラフを描き,そのグラフが 連続曲線になっていることを確認すればよいはずです.ところが,前節の問題の解 答で利用した3
つの関数は,具体的な式で与えられているようなものではありませ ん.したがって,そのグラフを具体的に描くことが出来ないわけで,その結果グラ フを通じて連続性を判定するのは実際的には不可能になります.これら関数以外に も,抽象的な仕方でしか定義できない関数を取り扱う必要がしばしばありますが, それらに対しても事情は全く同じです.これが第2
の欠点です.第3
の欠点は, 高次元化が困難であることです.数学では,区間上で定義された実数値関数のみな らず,ふたつのユークリッド空間の間で定義された写像R
n→ R
m や,さらには 1この問題を実際講義中に出題したときによく受ける質問として次のようなものがあります. A駅からB駅に向かう途中,電車が例えば1時間停止するとする.すると停止し 始めのときに棒はまっすぐ立っていなければならない.ところが1時間の停止時間 が経過した後に電車が思いっきり勢いよく急発進するとしよう.すると棒は後ろ向 きに倒れてしまうではないか! この論法のどこが誤りなのでしょう.「棒が倒れるには時間がかかる」というのがポイントです.例え ば棒を床面からの角度が30度であるよう傾け,手を離します.棒が倒れきるまでに,例えば0.1 秒かかったとしましょう.今度はもう少しまっすぐに棒をたててから手を離してみましょう.例えば 最初に床面からの角度が89度であるように傾けた場合,倒れきるまでにかかる時間は先程より大分 長くなるはずです.最初の棒の角度を鉛直に近づければ近づけるほど,倒れるのに要する時間はいく らでも長くできます.したがって電車が長時間停止する場合でも,その停止開始時期に棒はまっすぐ にたっている必要はありません.むしろ停止時間が終わり急発進する瞬間に棒が思いっきり前屈みに なっていた方が好都合なはずです.C.
連続性の新たな定義11
「無限次元」空間の間で定義された写像の連続性を議論することがありますが,こ のような関数のグラフを描くと言うことは現実的には不可能です.たとえば,n-
次元ユークリッド空間R
n からm-
次元ユークリッド空間R
m への写像に対 し,そのグラフを形式的に(m + n)-
次元ユークリッド空間R
m+nの中の部分集 合として定義することは可能です.しかしm + n > 3
の場合には,そのグラフ を実際に描くことは不可能です.それどころかそのグラフを頭の中に思い浮かべ ることさえ極めて困難なはずです.したがって,この場合にもまた,グラフを介 して与えられた写像の連続性を判定することは,実際的には不可能としか言いよ うがありません. 関数の連続性をそのグラフの連続性に還元することにより定義する,という方 法は,一見直感的には理解が容易に見えるかも知れませんが,以上で述べたとお り,種々の問題点を有します.そこで,この連続性の定義にこれ以上固執するの はやめにして,別の定義を与えることにします.2 定義1.5.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
f
を区間I
上で定義された関数とする.a
∈ I
に対し,以下の条件が成り立つと き,f
はa
において 連続であると言われる:{a
n}
を,すべての番号n
に対 しa
n∈ I
,かつa
に収束するような任意 の数列としたとき,必ず,lim
n→∞f (a
n) = f (a)
(1.3)
が成り立つ. またすべてのa
∈ I
においてf
が連続であるとき,f
はI
上連続,あるいは単 に連続であると言われる.−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
条件(1.3)
においてa = lim
n→∞a
nでしたから,これを右辺に代入すれば,lim
n→∞f (a
n) = f ( limn→∞a
n), すなわち,関数f
は極限操作lim
n→∞と可換である,ということになります.そし て,これが定義区間I
内の任意の収束数列に対し成り立つということが,連続性 の意味です. 2関数の連続性を定義するひとつの方法として− δ論法と呼ばれるものがあります.ただこの論 法,微積分を初めて本格的に学ぶ大学1年生等初学者にとっては余りに厳密すぎて,決して理解が容 易ではないものとして定評があります.そこでここでは− δ論法を避け,もう少し理解の容易な 別の定式化を行います.しかしここで与えた定義と− δ論法を用いた定義は全く同等ですので, − δ論法を使っていないからと言ってなんら心配する必要はありません.たとえば
f (x) =
x + 1
x < 0,
x
− 1
x
≥ 0
で定義される関数は,そのグラフを考えればすぐ分かるように,x = 0
で不連続な はずです(図C.1
).これを定義1.5
にのっとって実際に示してみましょう.その ためにとくにa
n=
−1/n (n = 1, 2, · · · )
で定義される数列{a
n}
をとります.a
n< 0
かつa
n→ 0 (n → ∞)
であることに注意しましょう.したがって,と くにf ( lim
n→∞a
n) =−1
が成り立ちます.ところが一方,nlim
→∞f (a
n) = 1 を得 ます.したがって,lim
n→∞f (a
n)= f( lim
n→∞a
n) となり,f
がx = 0
で連続でな いことが分かります. x y O 図C.1:
不連続な関数の例 この定義,関数の連続性をそのグラフの連続性により定義するという流儀と比 べると,随分形式的であり,したがってまた直感的には理解しにくいもの,とい う印象を与えるかも知れません.確かにその通りだと思います.しかし,その 「形式性」こそが連続性の厳密な取り扱いを初めて可能にします.また視覚的直感 に依存していないことから,後に見るように,その高次元化も容易です.ただし 区間上で定義された実数値関数の場合には,そのグラフを介して連続性を理解す る,という考え方は,厳密ではないにせよ,いろいろな現象を予期したり,ある いは理解したりする上で,極めて重要であることに変わりありません.数学にお いては直感的理解が極めて重要な役割を果たします.確かに,数学は他の学問分 野と比べたとき,極端に厳密性を好む学問です.とくに,数学的主張,あるいは 仮説は,それが証明されて初めて正しいもの,すなわち定理として認知されます. しかしながら,数学者が新たな定理を得るにあたっては,それに対するの証明を 与える前に,その主張が正しいであろうことを何らかの直感に基づき期待・判断 します.これなくして定理は生まれてこないのです.直感力こそ数学の原動力で ある,と言っても過言ではないと思います.しかし一方,数学の対象は極めて抽 象的で,しかもその中にはときに一種病理的なものが含まれていることがありま す.そして,そのようなものに対し私たちの直感を不用意に適用すると,しばしD.
有界単調数列13
ば誤った結論に導かれることがあります.その危険を回避するために,厳密な論 理的・形式的な思考が必要となるわけです. ところで,問題1.2
,1.3
の解答に現れた3
つの関数f , g, h
の連続性もこの 新しい定義にのっとり証明できます.とくに関数f
の連続性の証明はそれほど難 しくありません.諸君もちょっと努力すれば,証明できるかと思います.一方, 関数g
の連続性はそれより大分難しいかと思います.なお,g
の連続性を示すに あたっては解答に現れた直線θ の一意性が必要不可欠です.電車の問題に対する 解答に現れた関数
h
の連続性が常微分方程式に対する一般論から従うことはすべ に述べた通りです.これは数学関連の学科では,通常大学2,3年生で学習する はずの内容です.D
有界単調数列
ともかく,今後われわれは定義1.5
を関数の連続性の定義として採用します.する と,もはや中間値の定理は自明な主張ではありません.新たな定義1.5
に基づいた 中間値の定理の証明を与えなければなりません.ただしそのためには数列の収束に 関する準備が必要です.それをこの節で行うことにしましょう.まずは定義です. 定義1.6.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
{a
n}
を数列とする.(1)
もしa
0≤ a
1≤ · · · ≤ a
n≤ a
n+1≤ · · ·
が成り立つならば,{a
n}
は広義単調増加,あるいは単に単調増加であると言われ る.また,逆にa
0≥ a
1≥ · · · ≥ a
n≥ a
n+1≥ · · ·
が成り立つならば,{a
n}
は広義単調減少,あるいは単に単調減少であると言われ る.(2)
定数K
を適当に取ると,すべての番号n = 0, 1,
· · ·
に対しa
n≤ K
が成り立つとする.このとき数列{a
n}
は上に有界であると言われる.また,適 当に定数K
をとったとき,すべての番号n = 0, 1,
· · ·
に対しa
n≥ K
が成り立つならば,数列
{a
n}
は下に有界であると言われる.−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
例えば,a
n= n
で定義される数列{a
n}
は単調増加ですが,上から有界であ りません.一方,{b
n}
をb
n=
−2
−n で定義される数列とすると,これは単調 増加,かつ上に有界となります. なお,通常ここで述べた広義単調性とは別に,狭義の単調性が,次のようにし て定義されます: 数列{a
n}
が狭義単調増加であるとは,a
0< a
1<
· · · < a
n< a
n+1<
· · ·
が成り立つことを,また{a
n}
が狭義単調減少であるとは,a
0> a
1>
· · · > a
n> a
n+1>
· · ·
が成り立つことを意味する. 広義の単調性と狭義のそれとの差異は,前者においては,その定義において等号 付きの不等号が用いられていることから,隣り合う2
項が同じ値をとるのを許し ているのに反し,後者においては,数列の値が本当に増え続けるか,あるいは減 り続けなければならないことです.ただしこのノートでは,広義の単調性しか利 用しない予定ですので,それを単に単調性と称することにします. 定理1.7 (
有界単調数列の収束性).
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| 上に有界な単調増加数列は必ず収束する.また,下に有界な単調減少数列も必ず 収束する. |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| たとえば{a
n}
を上に有界な単調増加数列としましょう.その各項a
n を実数 直線上にプロットすると,単調増加性から,a
n に対応する点は,番号n
が増え るにつれて右に移動する,あるいはより厳密な言い方をすると,決して左方向に 引き返すことがないということになります.一方上からの有界性によれば,実数 直線上に定数K
に対応する点が存在し,数列{a
n}
の各項に対応する点はそれ より右側には存在しないことが保証されます. これは次のように例えることがで きるかもしれません.真っ直ぐな道を,決して後戻りはしないという頑固なうさ ぎが,ぴょこぴょこはねながらやってきます.しかしその前方には非常に高い柵 があって,そのうさぎには決して飛び越えることが出来ないといった,うさぎにD.
有界単調数列15
a
0a
2a
3K
a
1 図D.1:
上に有界な単調増加数列 とっては少々気の毒な状況を考えてみて下さい.時刻を無限大に発散させたとき に,そのうさぎの位置は,柵の手前のある点に収束するというのが,有界単調数 列の収束性定理が主張している内容です.こう考えると,定理の主張の正当性が ある程度直感的に把握できるかも知れません.また,このように視覚的に解釈す れば,たとえば単調増加数列の収束性を保証するため必要なのは,下への有界性 ではなく,上への有界性であることも直ちに理解されると思います. さて有界単調数列の収束性定理の証明を始めたいと思います.まずその準備と して,次のような補題を用意しましょう. 補題1.8.
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||{a
n}
を,すべての項が整数であるような数列とする.もし{a
n}
が上に有 界かつ単調増加であるか,あるいは下に有界かつ単調減少であるならば,あ る番号N
から先,数列{a
n}
の各項は一定の値をとり続ける:すなわち,a
N= a
N +1= a
N +2=
· · ·
が成り立つ. |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||| この補題において注意すべきことは,そこで扱う数列は整数列,つまりそのす べての項が整数であるような数列に限られている点です.さてここで,先ほどの 頑固うさぎのことを思い出して下さい.すると,この補題1.8
の設定は,次のよ うに例えることが出来るでしょう.やはり,以前と同様,真っ直ぐな道を決して 後戻りをしない頑固なうさぎが飛び跳ねながらやってきます.一方,その前方に そのうさぎには飛び越えることの出来ない塀があるというのも,以前と同様です. 前回との相違は,その道には敷石が一列に(しかも等間隔に)置かれていて,うさ ぎはその上を飛び跳ねてくると言う点です.もちろんこれは補題1.8
における数列 が整数列であることの比喩です.ある時刻以降その可哀想なうさぎはあるひとつの 敷石の上で飛び跳ね続けるしかない,というのが補題1.8
の述べるところです. このように考えると,補題1.8
で主張されている内容が正しいことが,何の苦も なく理解されるでしょう.すなわち,この補題1.8
は証明を必要としないほど自 明な主張なわけです.そしてこれは,補題1.8
と有界単調数列の収束性定理,す なわち定理1.7
とを比べたとき,前者においては数列の取り得る値が整数という 実数の中に離散的に分布する数に限られていることに起因しています.さて定理
1.7
の証明を始めましょう.{a
n}
が上に有界な単調増加数列である としたとき,これが必ず収束することを以下において証明します.{a
n}
が下に 有界な単調減少数列の場合にも本質的には同様な仕方で,あるいは{a
n}
からb
n=
−a
nにより定義される数列{b
n}
が,上に有界かつ単調増加であることを利 用して容易に示されるので,ここでは省略することにします.まず数列{a
n}
の 各項を整数部分と小数部分とに分解します.すなわち,各n = 0, 1,
· · ·
に対し,a
n= Mn
+ rn
(ただしM
n は整数,0
≤ r
n< 1
)とするわけです.さらに少数部分r
n を,
r
n= 0.d
n1d
n2· · ·
(だたしd
n1, d
n2,
· · ·
は0
以上9
以下の整数)のよう,10
進小数として表記し ましょう.するともともとの数列{a
n}
が上から有界,かつ単調増加であること より,その整数部分を取ることにより得られる数列{M
n}
も上から有界かつ単調 増加であることが直ちに判ります.しかもこれは整数列であるから,補題1.8
で 述べたように,ある番号N
0 から先M
n は同一の値M
を取らなければならない ことが保証されます 次いで,小数点以下第1位の数字を集めて得られる数列{d
n1}
に注目しましょ う.これも明らかに上に有界な整数列です.しかももともとの数列{a
n}
が単調 増加であること,またその各項a
n の整数部分M
n が番号N
0 から先変化しな いことより,{d
n1}
は番号N
0 から先では単調に増加することが判ります.し たがって,再び補題1.8
によれば,ある番号N
1(ただしN
1≥ N
0)
から先,d
n1は同一の値d
1 をとり続けねばなりません.
全く同様な議論を,小数点以下第 2位以降に対しても行うことによりd
2, d
3,
· · ·
が定義されます. 以上の議論は,自動車に付いている走行距離計のようなデジタル・メーターを 思い浮かべると,理解が容易かも知れません(図D.2
).そのメーターには,まず 整数部分を表す部分があり,さらにその右側に,小数点以下の各位を表す部分が 一列にしかも無限に並んでいます(実際の走行距離計は有限桁しか持ちませんが, そこは目をつぶって下さい).さて,そのメーターに表示されている数値が刻々変 化している状況を想定しましょう.まず,第一にそこに表れる数値は,決してあ る数よりは大きくならないと仮定します.第二に,そのメーターは,自動車の走 行距離計と同様,逆回転はしない,したがってその数値が時間の経過とともに減 少することはあり得ない,と仮定します.するとどうでしょう,ある時間が経過 すると,まず整数部分をあらわす桁が停止し,その後は決して値を変えなくなる はずです.そして,さらに時間が経過するにつれ,少数部分を表す各桁が,左か ら順に静止していくはずです.E.
中間値の定理の証明17
2 1 7 4 5 .
2 1 7 4 5 .
. . . . .
dn1 dn2dn3 Mn ...3 9 2
3 9 2
図D.2:
無限の精度を持つ走行距離計 さて,まず実数r
を先程求めたd
1, d
2,
· · ·
を用いr = 0.d
1d
2· · ·
で定義しましょう.次いで実数a
をa = M + r
で定義します.すると,a
n→ a
であることを結論するのは容易です.以上で, 有界単調数列の収束性定理の証明は終わりです.E
中間値の定理の証明
さていよいよ中間値の定理の証明です. 定理1.1
の証明. f (a)
· f(b) = 0
が成り立つときには,f (a) = 0
またはf (b) = 0
でなければならない.したがってこの場合にはc = a
あるいはc = b
とおけばよい.そこで以下ではf (a)
· f(b) < 0
の場合を考える.もちろん,f (a)
· f(b) < 0
であるならば,f (a) < 0
かつf (b) > 0
が成り立つか,あるい はf (a) > 0
かつf (b) < 0
が成り立つかのふたつの場合が考えられる.しかし 第2
の場合には第1
の場合の議論に少々手直しを加えることで,あるいは−f
を改めてf
と取り直し第1
の場合に帰着することにより証明できる.そこでここ では第1
の場合,すなわちf (a) < 0
かつf (b) > 0
が成り立つ場合のみを取り扱うことにする. 最初にふたつの数列{a
n}, {b
n}
を次のように帰納的に定義する.まず,a
0= a,
b
0= b
で初項
a
0,b
0 を定める.さらにすでにa
n,b
n が定義されているとき,次の項a
n+1,b
n+1 を,f
a
n+ b
n2
≥ 0
のときにはa
n+1= a
n,
b
n+1=
a
n+ b
n2
,
f
a
n+ bn
2
< 0
のときにはa
n+1=
a
n+ bn
2
,
b
n+1= bn
で定義しよう(図E.1
). このとき,これらふたつの数列{a
n}
,{b
n}
が以下に bn an= an+1 = bn+1 mn (a) an mn= an+1 bn = bn+1 (b) 図E.1:
mn = (an+ bn)/2 における f の値が,(a) ゼロないし正のときに は an+1= an, bn+1= mn と,また (b) 負のときには an+1= mn, bn+1= bn と定義する. 述べる性質を有することが容易に判る:a
≤ a
n≤ b, a ≤ b
n≤ b;
(1.4)
b
n− a
n=
b
− a
2
n;
(1.5)
f (a
n) < 0,f (b
n)≥ 0;
(1.6)
{a
n}
は単調増加,{b
n}
は単調減少;
(1.7)
(1.4)
および(1.7)
によれば,{a
n}
,{b
n}
はおのおの上に有界な単調増加数列 および下に有界な単調減少数列であるから,有界単調数列の収束性定理よりこ れらふたつの数列がともに収束することが保証される.しかも(1.5)
によればb
n− a
n→ 0
(n
→ ∞
)であるから,これらふたつの数列の極限は一致しなけれ ばならない.そこで,{a
n}, {b
n}
共通の極限をc
で表わすことにする:c = lim
n→∞a
n= lim
n→∞b
n.
(1.4)
よりもちろんa
≤ c ≤ b
である. このc
に対しf (c) = 0
が成り立つことを以下で示したい.まず,連続性の定 義,c = lim
n→∞a
n,およびf (a
n) < 0 より,f (c) = f ( lim
n→∞a
n) = limn→∞f (a
n)≤ 0.
E.
中間値の定理の証明19
一方,c = lim
n→∞b
n およびf (b
n)≥ 0
より,f (c) = f ( lim
n→∞b
n) = lim
n→∞f (b
n)
≥ 0.
よって,f (c) = 0
が結論される. さて,この中間値の定理の証明で用いられた論法ですが,それはしばしば辞書 の引き方に例えられます.それを説明するために,たとえば“intermediate”
と いう単語の意味を英和辞典を使って調べたいとしましょう.もちろんひとつのや り方としては,辞書の一番最初から順次検索していくという方法があります.英 和辞典は通常アルファベット順に単語が配列されているわけですが,その一番最 初から順番に見ていれば,使っている辞書に“intermediate”
という項目がある 限り,やがてはそれにたどり着くはずです.しかしながら,これは一般的には効 率のいい方法とは言えません.これよりは賢明な辞書の引き方として次のよう な方法があります.いま,先ほどと同様“intermediate”
という単語の意味を2
10= 1024
ページからなる英和辞典を用いて調べたいとします.しかもその辞 書には“intermediate”
の項目が確かに含まれているとします.したがってとり あえずその辞書のどのページに“intermediate”
の項目が記載されているかが判 ればよいことになります.さて,それを知るためにまず辞書の(ほぼ)真ん中第512
ページを開いてみます.もし,そのページにはアルファベットkから始まる 単語のみが記載されているとしたら,探している単語“intermediate”
はその辞 書の前半分,すなわち第1
ページ以降第512
ページ以前にある,ということが 判ったことになります.次に,辞書の前半分の真ん中,第256
ページを開きま しょう.もしそのページにはhから始まる単語が並んでいるようだったら,単語“intermediate”
は第256
ページから512
ページの間にあることがわかります. そして,この真ん中,真ん中を開くという操作を繰り返し,探している単語が 載っている範囲をせばめていくことで,やがでは探している単語の記載されてい るページに到達するはずです. たった今述べた辞書の引き方と中間値の定理の証明を比較してみましょう.辞 書を使って意味を調べたい単語,すなわち上の例では“intermediate”
という単 語と,中間値の定理におけるf (c) = 0
なるc
を対応させるならば,全1024
ページからなる辞書を中間値の定理における関数f
の定義域[a, b]
と見なすこと ができるでしょう.まず辞書の中央,第512
ページを開いてそこに載っている単 語と問題のそれ“intermediate”
のアルファベット順を比較するという作業は, 中間値の定理の証明においては,区間[a, b]
の中点(a + b)/2 = (a
0+ b
0)/2
における関数f
の符号を調べるということに相当します.上の例において,第512
ページに掲載されている単語がkから始まるようなら単語“intermeditate”
は第1
ページから第512
ページまでのいずれかに現れるであろう様に,中間値の定理の証明においては(