第3章 写像度とその応用
B. Borsuk–Ulam の定理
定理 3.3の応用をあとふたつほど,今度は問題として述べたいと思います.まず はそのための準備を少々.
(x, y, z)-空間内の任意の点は,その x-座標,y-座標,z-座標により完全に決定 されます.したがってその空間全体は,集合
R3 ={(x, y, z) :x, y, z∈R3}
と同一視可能です.R3を3次元ユークリッド空間と呼びます.点P = (x, y, z)∈R3
O z
a
y
x
b c
(a,b,c)
図 B.1: 3 次元ユークリッド空間
(x, y, z)-空間内の任意の点はその3つの座標を指定することにより完全に 決定される.よって,3つの実数の組全部からなる集合R3を(x, y, z)-空 間と考えることができる.
に対し,
|P|=
x2+y2+z2
はその点と原点O= (0,0,0)との間の距離を表します.したがって,とくにR3 の部分集合
S2={P ∈R3 :|P|= 1} は,原点を中心とする半径 1の球面を表します.
P = (x, y, z), Q= (u, v, w)∈R3 に対し,それらの和および差をそれぞれ P +Q= (x+u, y+v, z+w), P −Q= (x−u, y+v, z+w)
B. BORSUK–ULAM の定理 61
x
y z
S2
O 1
図 B.2:
で定義したとき,とくに |P−Q|は2 点P,Q間の距離を表すことに注意しま しょう.この距離を利用すると,3 次元ユークリッド空間内の点列の収束が平面 の場合と同様にして定義されます.すなわち,R3 の点列{Pn}に対し,それが R3 の点 P に収束するとは,n→ ∞ の下 |Pn−P| →0が成り立つことを意 味します.
3 次元ユークリッド空間,あるいはその部分集合上で定義された関数・写像 に対してもその連続性が 2 次元の場合と同様にして定義可能です.たとえば,
X ⊂R3 上の関数 f :X →Rが連続であるとは,X 内の点に収束するような X 内の任意の点列{Pn}に対し,
nlim→∞f(Pn) =f( lim
n→∞Pn) が成り立つことを意味します.
問題 3.4 (Borsuk-Ulam の定理). −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ϕ:S2→R2 を連続写像とする.もし
ϕ(−P) =−ϕ(P)
がすべてのP ∈S2 に対して成り立つならば,f(P) =O なる点 P ∈S2 が存 在することを証明せよ.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
た だ し , 点 P = (x, y, z) ∈ R3, Q = (x, y) ∈ R2 に 対 し ,−P = (−x,−y,−z),−Q= (−x,−y) と定義します.3次元ユークリッド空間内の2 点P,−P は原点に関し対称です.同様に平面内の 2点Q,−Qもまた原点に関 し対称です.したがってこの問題における仮定は,写像ϕ:S2 →R2 が 原点に 関し対称なS2 内の2点を,平面内の原点に関し対称な2点に移す,ということ を述べているわけです.
–
Pγ
ϕ(P) P
ϕ(
–
P)O O
ϕ
図 B.3: Borsuk–Ulum の定理
ϕ:S2→R2が図のように,原点に関して対称なS2上の2点を,原点 に関し対称な平面内の2点に移す連続写像としたとき,原点O∈R2 は 必ず写像ϕの像に含まれる.
もうひとつ,解答を始める前に次のことに注意してください.S+2 を上半球面 とします:
S+2 ={P = (x, y, z)∈S2 :z≥0}.
すると,対称性の仮定から,写像ϕはその上半球面での値で完全に決定されます.
8 ところで,この上半平面S+2 が円板Dと同相であることに気づかれたでしょう か.実際,H(x, y, z) = (x, y) で定義される写像H :S+2 →Dは S+2 から 円 板 Dの上への同相写像になります.この事実も解答で用いられます.
x S+2
H(P) z
y
x D y
P
O O
図 B.4: 上半球と円板の間の同相写像
上半球 S+2 ={(x, y, z)∈R3 : x2+y2+z2 = 1, z ≥0} から円板 D={(x, y)∈R2:x2+y2≤1}への写像H を,H(x, y, z) = (x, y) で定義すると,これがS+2 とD の間の同相写像であることが容易にわか る.
8実際,P = (x, y, z)∈S2 が下半球 S−2 ={(x, y, z)∈S2 :z ≤0}の点である場合,
−P は上半球S+2 内の点です.したがって,もしϕ(−P)の値が決まっている場合には,P に対 するϕの値をϕ(P) =−ϕ(−P)で定めればよいわけです.
B. BORSUK–ULAM の定理 63 問題 3.4 の解答. 証明は背理法による.そこで,ϕ(P) = O がすべての点 P ∈S2 に対し成り立つと仮定しよう.このとき,円板DからS1 への連続写像 ψ を,
ψ(P) = ϕ◦H−1(P)
|ϕ◦H−1(P)|, P ∈D
により定義することが可能である.しかも,もとの写像ϕ:S2→R2 に対する 対称性の仮定から,新たな写像 ψ も条件
ψ(−P) =−ψ(P), P ∈∂D (3.3) を満たすことが従う.9 いま,とくに点 P ∈ ∂D が点 P0 = (1,0)∈∂D か ら点 −P0 = (−1,0)まで反時計回りに半周したとしよう.そのとき,点 ψ(P) は最初点ψ(P0)から出発しやがて点ψ(−P0) に至る.出発点 ψ(P0) と到着点 ψ(−P0) =−ψ(P0) は原点に関し対称であるから,点ψ(P)はS1 上をm+12 回(ただし mは整数)回転したことになる(図B.5). さらに,点P ∈∂Dが
P0
–P0
ψ(P )0
ψ (–P ) = –ψ (P )0 0 P
–P
ψ(P)
ψ (–P)
O O
図 B.5:
点 −P0 から点 P0 まで反時計回りに半回転すると,その像 ψ(P) はS1 上を点
−ψ(P0)から点ψ(P0)まで反時計回りに全く同じ回数m+12 だけ回転することが ψの対称性(3.3)により保証される.したがって,点P ∈∂Dが∂D上を反時計 回りに1周したときにその像ψ(P)はS1を合計(m+12) + (m+12) = 2m+ 1 回転することが分かる.すなわち,degψ|∂D は奇数である.したがってとくに degψ|∂D はゼロではない.よって,ψ:D→S1 ⊂Dに対し定理 3.3 を適用 することにより,ψ がD の上への全射でなければならないことが従う.ところ が Imψ⊂S1 であり,これは明らかに矛盾である.
さて,次の問題は第1 章で取り扱ったケーキの問題1.2 の高次元化です.
9より厳密に言えば,φに対する対称性の仮定の他に,次のふたつの事実が用いられています:
(i)同相写像S+2 →Dは,上半球S2+の境界∂S+2 ={(x, y, z)∈S2:z= 0}を 円板Dの境 界∂Dへ移す;(ii) P∈∂S2+に対し,−P ∈∂S+2.
問題 3.5 (ハム・サンドウィッチの定理). −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
R3 内に 3 つの有界領域が与えられているとする.このとき,R3 内にうまくひ とつの平面をとれば,3 つの領域のおのおのが体積のひとしいふたつの部分に分 けられることを示せ.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
図 B.6: ハム・サンドウィッチの定理
ところでこの定理の名前の由来ですが,3つの領域をパンに,またそれらを切る 平面をハムに例えたことによるようです.なお第1章の問題をケーキの問題と呼ん だのは著者の創作です.一応,念のため.なおこの問題の解答にはBorsuk–Ulam の定理を用います.それを除けばあとはケーキの問題の解答の非常に似ています.
解答. これら3つの有界領域をΩ1, Ω2, Ω3 と名付けよう.球面S2 から勝手に 点 P をとったとき,ベクトル−→
OP と垂直な平面で,しかもとくに第 1 の領域 Ω1 を体積の等しいふたつの部分に分割するものがただひとつ存在することが,中 間値の定理より直ちに従う.その平面を πP と呼ぶことにする.
この平面は第2,第3 の領域Ω2, Ω3 のおのおのをやはりふたつの部分(ただ しそれらの体積は等しいとは限らないが)に分割する.とくに,πP により分割さ れたΩ2 のふたつの部分のうち,ベクトル−→
OP が指し示す側にある部分の体積を V+(P) と,また残るもうひとつの部分の体積を V−(P)としよう.また同様な 仕方で,平面πP により切断された領域Ω3 のふたつの部分の体積をW+(P), W−(P) とする(図B.7).その結果,写像
ϕ:S2 →R2, ϕ(P) =
V+(P)−V−(P), W+(P)−W−(P) を得る.しかもこの写像は連続である.10
さらに,
ϕ(−P) =−ϕ(P) (3.4)
10ただしこの厳密な証明は結構大変かと思います.