サイズ B5+背 3mm(367×257) ISSN 0037-4091 日 本 植 物 防 疫 協 会 植 物 防 疫 第七十一巻 平 成 二 十 九 年
2017
VOL.71
第 五 号 五 月 号 平成 二十九 年 四 月 二十五 日 印 刷 植物防疫 第 七 十一巻 第 五 号 平成 二十九 年 五 月 一 日 発 行 ( 毎 月 一 回 一 日 発 行 ) 定 価 九四七円 本体八七七 円 (送料 サービス ) 平成29年4月25日 印 刷 第71巻 第5号 平成29年5月1日 発 行(毎月1回1日発行)5
植物防疫 2017 年 5 月号 表 1-4 ’17.3.16 雑 誌 04497-05C:バック C0 M7 下グラデ
スビノエース頴粒水和剤
知らず知らずに進む、害虫の被害
【ミカンキイロアザミウマ,
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作物の被害が予想 れる場合に使用可有機農産物とは?有機農産物の日本農林規格(有機JAS規格)の規定
に従って生産された農産物(飲料食品)のことです。 ※1慣行栽培と比較して農薬の50%を削除 ※2使用回数にカウントされない農薬も一部あるが、地方自治体によって基準が異なる。
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発生状況と薬剤感受性および増殖能力
(本文 5 ページ参照,喜久村智子氏原図)侵入害虫チャトゲコナジラミの静岡県における
発生経過とチャ園における発生消長
(本文 12 ページ参照,小澤朗人氏原図)接種 6 日目 接種 8 日目 口絵① 鮭肉色の分生子塊を形成し た保存菌株 口絵② 炭疽病菌分生子を噴霧した後のナシ葉への接種状況 口絵③ 接種後のナシ炭疽病の病斑発現状況(品種:‘豊里’) 口絵① (左上)PDA 培地上での菌叢(20℃暗黒下で 7 日間培養) A 〜 D:ジカルボキシイミド耐性 M. fructicola,
E:感受 M. fructicola,F:感受性 M. fructigena. A,B は分生子形成量が少ない菌株. C は F の M. fructigena のように菌叢周縁部に切れ込みがあり,生育 が遅延している. 口絵② (右上)リンゴ果実有傷接種での分生子形成様式 (20℃暗黒下で 6 日間および 8 日間培養) A:ジカルボキシイミド耐性 M. fructicola, B:感受性 M. fructicola,C:感受性 M. fructigena. 上記は一例であるが耐性菌には分生子形成が少ない菌株や遅い菌株 が散見される. 口絵③ (左下)試験管立てに果実を並べて静置した例 (M171 株接種:左上 / プロシミドン処理, 右上 / イプロジオン処理, 左下 / 無処理)
植物病原菌の薬剤感受性検定マニュアル 2016
(16)ナシ炭疽病 —QoI 剤—(生物・培地検定)
(本文 35 ページ参照,渡邉久能氏原図)植物病原菌の薬剤感受性検定マニュアル 2016
(17)ジカルボキシイミド系薬剤耐性オウトウ灰星病菌
(本文 39 ページ参照,栢森美如氏原図)SANKEI
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L−−…一一一一 wt』トー'.cト小、_‐-__」平成29 年度植物防疫研究課題の概要 ………農林水産省 農林水産技術会議事務局 研究開発官室 … 1 沖縄のキク圃場で問題となるクロゲハナアザミウマの発生状況と薬剤感受性および増殖能力 ………喜久村智子・貴島圭介 … 5 侵入害虫チャトゲコナジラミの静岡県における発生経過とチャ園における発生消長 ……小澤朗人・内山 徹 …10 奈良県におけるエタノール噴霧法によるイチゴ炭疽病の発生予察 ………平山喜彦・浅野峻介 …17 リンゴ黒星病菌はナシ黒星病菌と比べて高温耐性が低い ………浅利 正義 …22 愛媛県で発生したイシダアワフキによる施設栽培イチゴの被害とその防除対策 ………萩原佳津・森口一志・窪田聖一 …27 ヒートポンプ空調機を用いた湿度制御によるナスすすかび病の防除 …………下元祥史・山本敬司・工藤りか …32 植物防疫基礎講座 植物病原菌の薬剤感受性検定マニュアル2016 (16)ナシ炭疽病―QoI 剤(生物・培地検定)― ………渡邉 久能 …35 (17)ジカルボキシイミド系薬剤耐性オウトウ灰星病菌(Monilinia fructicola) ………栢森 美如 …39 平成29 年 1 月シンポジウムから 持続的な病害虫制御を見据えた薬剤抵抗性管理と新規の殺菌剤・殺虫剤の開発 ………山本 敦司 …45 薬剤抵抗性対策研究の取り組み状況と期待される成果 ………野田隆志・中島信彦 …55 リレー連載:農薬製剤・施用技術の最新動向⑬水稲用育苗箱施用粒剤 ∼利用の現状と今後の課題∼ ………秋山 正樹 …61 線虫研究の過去・現在・未来 その3 線虫害防除技術の変遷(後編) ………水久保 隆之 …65 エッセイ:やじ馬昆虫撮影記 その9 アメリカの鳴く虫 ………野村 昌史 …76 新しく登録された農薬(29.3.1 ∼ 3.31) ……… 4, 9 登録が失効した農薬(29.3.1 ∼ 3.31) ………16 発生予察情報・特殊報(29.3.1 ∼ 3.31) ………31
植 物 防 疫
Shokubutsu bōeki (Plant Protection)第
71 巻 第 5 号
平 成
29 年 5 月 号
目
次
埴伽防疫
PlantProtection特 別 増 刊 号
(No.17
隠 騎 溌 蔑 灘 懇 # h i 鱗 熱 ; 蝿 # , 鍵i蕊Y軍密雪ff海燕瀞
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『疫柄」縄災愛仙会細B5判133頁,本体3,000円十消費税
疫 病
平成29 年度植物防疫研究課題の概要 293 は じ め に 農林水産省所管の国立研究開発法人(以後「国研」と 略)の財源は主として「運営費交付金」であるが,各種 の外部資金も活用している。主たる財源の「運営費交付 金」は「渡し切り」資金であり,農林水産大臣が定めた 「中長期目標」の枠組みの中であれば,国研が柔軟に運 用できる。 一方,外部資金としては, ・ 農林水産政策上重要な研究のうち,我が国の研究精力 を結集して総合的・体系的に推進すべき課題や多大な 研究資源と長期的視点が求められ,個別の研究機関で は担えない課題について,農林水産省自らが企画・立 案し,研究を実施するコンソーシアムを公募のうえ, 年度ごとの進行管理を行うことによって重点的に実施 する「委託プロジェクト研究」 ・ 資源配分主体が広く研究開発課題などを募り,提案さ れた課題の中から,専門家を含む複数の者による科学 的・技術的な観点を中心とした評価に基づいて実施す べき課題を採択し,研究者などに配分する,「農林水 産業・食品産業科学技術研究推進事業」をはじめとす る競争的資金が挙げられる。 また,植物防疫関係課題は,行政ニーズに基づく課題 が多く,これらの行政部局の具体的な発注に基づく「安 全な農林水産物安定供給のためのレギュラトリーサイエ ンス研究」による研究開発も行われている。 以下に,植物防疫関係のプロジェクト研究を中心に平 成29 年度の農林水産試験研究費予算概算決定の概要を 述べる。 I 農林水産技術会議事務局関係の平成 29 年度予算 概算決定および平成28 年度補正予算の重点事項 平成29 年度の予算要求のポイントは以下の通りであ る。新たな国際環境の下においても「強くて豊かな農林 水産業」と「美しく活力ある農山漁村」を実現するため, 農林水産業に夢と希望を持って,経営の発展に積極果敢 に取り組む生産者を応援する対策を技術面から実施して いる。 以下に,主な研究項目と事業名を挙げる。事業名だけ では内容がわかりにくい場合には,主な研究・事業内容 を記した。 平成29 年度予算概算決定の重点事項 1 戦略的プロジェクト研究推進事業【新規】(10 億 5 千万円) (1 ) 人工知能未来農業創造プロジェクト 後掲 (2 ) 蚕業革命による新産業創出プロジェクト 遺伝子組換えカイコを活用した新産業を創出するた め,カイコに医薬品などの有用物質を効率的に生産させ るための基盤技術などの開発を推進する。 (3 ) 薬剤耐性問題に対応した家畜疾病防除技術の開 発 家畜生産基盤の強化のため,動物用抗菌剤の使用によ るリスクを低減するための研究を実施するとともに,抗 菌剤に頼らない常在疾病防除技術の開発を推進する。 (4 ) 農業分野における気候変動緩和技術の開発 農林水産業の持続性確保のため,農業分野における主 な温室効果ガス排出源のうち,現時点で実用的な削減・ 吸収技術が確立していないものに対する革新的な気候変 動緩和技術の開発を推進する。 (5 ) 農業における昆虫などの積極的利活用技術の開 発 農業の競争力強化に向けて,未利用資源である昆虫な どを活用するため,農業における昆虫などの花粉媒介者 としての積極的利活用技術の開発を推進する。 2 市場開拓に向けた取組を支える研究開発(3 億 9 百万円) (1 ) 薬用作物の国内生産拡大に向けた技術の開発 高品質の薬用作物について,他作物の研究者・研究機 関が蓄積している知見や技術も幅広く活用しながら,製 薬メーカーや国内産地と連携しつつ,低コスト生産を可 Government Research Projects on Crop Protection in 2017.
(キーワード:平成29 年度予算要求,植物防疫研究課題,農林 水産技術会議事務局)
平成
29 年度植物防疫研究課題の概要
農林水産省 農林水産技術会議事務局
研究開発官(基礎・基盤,環境)室
時事解説能にするための技術を開発する。 (2 ) 地域の農林水産物・食品の機能性発掘のための 研究開発 各地のコホート研究により機能性を有することが既に 示唆されている地域の農林水産物や食品について,地域 のステークホルダーと連携しつつ,機能性表示を可能と する科学的エビデンスを明らかにするとともに,機能性 を高めるための栽培・加工技術等を開発する。 3 技術でつなぐバリューチェーン構築のための研究 開発(7 億 3 千 9 百万円) (1 ) ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤 技術の開発 後掲 (2 ) 海外植物遺伝資源の収集・提供強化 2 国間共同研究により相手国研究機関が保有する遺伝 資源の特性を解明するとともに,共同研究相手国におい て新品種開発のための中間母体の現地育成などを行い, 現状では導入が難しいが,我が国農業強化のためには極 めて重要な育種素材を導入するための環境を整備する。 (3 ) 広域・大規模生産に対応する業務・加工用作物 品種の開発 大豆,野菜,果樹等について,外食業者,加工業者等 実需者のニーズに応える特性(加工適性,低価格化につ ながる多収性,量の確保につながる広域生産適応性等) を有する品種の育成および栽培・加工技術等の開発を推 進する。 4 「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促 進事業(18 億 4 千 6 百万円) 農林水産業・食品産業の成長産業化を図るためには, 異分野も含めた革新的な技術を農林水産・食品分野に導 入することで技術革新を図るとともに,市場ニーズを踏 まえた商品化・事業化をスピード感をもって実現する革 新的な取組が必要。 こうした革新的な研究開発を行うため,異分野との新 たな連携により,知識・技術・アイデアを集積させ,革 新的な研究成果を創出し,商品化・事業化に導く新たな 産学連携研究の仕組み(「知」の集積と活用の場)によ る研究開発を推進。 5 東日本大震災からの復興・再生 (1 ) 福島イノベーション・コースト構想に基づく先 端農林業ロボット研究開発事業 (復興特会[復興庁計上]8 千 6 百万円) 浜通り地域における農作業などの超省力化の実現に向 けて,地域条件に適合しつつ運用可能な無人走行トラク ターなどの先端農林業ロボットの開発・改良等を推進。 (2 ) 食料生産地域再生のための先端技術展開事業 (復興特会[復興庁計上]11 億 3 千 4 百万円) 被災地域を新たな食料生産地域として再生するため, 復興地域の特色を踏まえつつ,先端的な農林水産技術を 駆使した大規模実証研究を推進。 平成 28 年度補正予算の概要 革新的技術開発・緊急展開事業(117 億円) (1 ) 経営体強化プロジェクト 農林漁業経営体の技術力強化のため,テーマごとに, 農林漁業者,企業(ベンチャー企業など),大学,研究 機関がチームを組んで,明確な開発目標の下で現場への 実装までを視野に入れた技術開発を支援。 (2 ) 地域戦略プロジェクト 各地域の競争力強化のため,地域戦略に基づき,研究 機関と関係者(農林漁業者,民間企業,地方公共団体等) が共同で取り組む,先端技術を組合せた生産現場におけ る革新的技術体系の実証研究を支援。 (3 ) 人工知能未来農業創造プロジェクト AI や IoT 等の活用により,新たな生産性革命を実現 するため,民間の斬新なアイディアを活用しつつ,家畜 疾病の早期発見や収穫ロボットの高度化等,全く新しい 技術体系を創造するための研究開発を実施。 (4 ) 先導プロジェクト 将来に向けて競争力の飛躍的な向上を図るため,新た な価値や需要を生み出す品種,輸出促進につながる新た な生産・流通・加工技術等,次世代の技術体系を生み出 す研究開発を実施。 II 植物防疫関係の研究概要 次に,技術会議事務局が実施中の研究事業の中で,植物 防疫関係の課題が含まれる主要なものの概要を述べる。 1 「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」 (平成25 ∼ 29 年度,継続,30 億 7 千万円) 平成25 年度より,従来の「新たな農林水産政策を推 進する実用技術開発事業」および「イノベーション創出 基礎的研究推進事業」が統合され,新たに本事業が開始 された。 本事業は,農林水産・食品分野の成長産業化に必要な 研究開発において,公的研究機関に加え,民間企業など の研究勢力を分野横断的に呼び込んで結集し,人材交流 の活性化を図るとともに,基礎研究から実用化研究まで 継ぎ目なく(シームレスに)支援することで,ブレーク スルーとなる技術を効果的・効率的に開発することを目 的としている。
平成29 年度植物防疫研究課題の概要 295 本事業の特徴は,基礎段階の研究(シーズ創出ステー ジ),応用段階の研究(発展融合ステージ),実用化段階 の研究(実用技術開発ステージ)の研究ステージごとに 研究課題の公募を行うこと,優れた研究成果を創出した 研究課題については,次の研究ステージに移行するにあ たり,再度の公募を経ずに移行できる仕組み(シームレ ス)を導入していることである。なお,平成26 年度よ り実用技術開発ステージが拡充され,新たに研究開発当 初から実需者などのニーズを的確に反映させ,農産物の 特性としての「強み」を生み出す品種育成を支援するた めの「育種対応型」が追加された。平成29 年度の新規 課題は平成29 年 1 月 11 日より 2 月 13 日までの期間に 公募された。 また,本事業の実用技術開発ステージでは,「年度途 中に不測の事態が発生し,緊急対応を要する研究課題」 に対する対応ができることとなっており,平成28 年度 の植物防疫に関する課題として,「クロバネキノコバエ 科の一種の生態の解明および防除手法の開発」を平成 28 年 7 月から平成 29 年 3 月まで実施し,ネギやニンジ ンにおいて被害が発生している当該害虫について,①発 生地域範囲の特定,②生活史(発育速度や季節消長等) および好適な生育環境(寄生植物や生育場所等)といっ た基礎生態の解明,③効果的な防除技術の開発等を行っ た。今後は,後述する「安全な農林水産物安定供給のた めのレギュラトリーサイエンス研究」において「クロバ ネキノコバエ科の一種の総合的防除体系の確立と実証」 の課題が平成29 年度から平成 31 年度に実施される予定 である。 2 「安全な農林水産物安定供給のためのレギュラト リーサイエンス研究」(平成28 ∼ 32 年度,継続, 1 億 8 百万円) 安全な農林水産物を安定的に供給し,食の安全および 消費者の信頼を確保するためには,食品中に含まれる有 害化学物質・有害微生物,動物の伝染性疾病や植物の病 害虫に関するリスク管理を,科学的知見に基づいて効果 的,効率的に実施することが重要である。本事業は,食 品安全,動物衛生,植物防疫等の分野において,適切な リスク管理措置等を講じるため,法令・基準・規則等の 行政施策・措置の決定に必要な科学的知見を得るための 研究(レギュラトリーサイエンスに属する研究)を行政 部局の発注に基づき実施するものである。(*レギュラ トリーサイエンスの詳細は「レギュラトリーサイエンス 研究推進計画」(平成27 年 6 月 19 日付け消費・安全局 長及び農林水産技術会議事務局長通知)を参照のこと。) 平成29 年度から開始する新課題は,平成 29 年 2 月 8 日 から3 月 10 日の期間に公募された。食品安全に関する もの3 課題,動物衛生に関するもの 1 課題,そして植物 防疫に関するもの1課題の合計5課題であり,このうち, 植物防疫に関する公募課題は「クロバネキノコバエ科の 一種の総合的防除体系の確立と実証」である。 3 委託プロジェクト研究「生産現場強化のための研 究開発」のうち「収益力向上のための研究開発」 (平成22 ∼ 31 年度,継続,5 億 4 百 93 万円) 農林水産分野においては,収量の大幅増大や付加価値 の高い強みのある農畜産物の生産のための技術,飼料や 農業資材のコスト低減のための技術等,農業の収益力向 上へ向けた技術の開発が求められている。 植物防疫に関連する研究としては,気候変動による害 虫の発生状況の変化に対応するため,環境保全型農業の 効果の指標となる生物と病害虫発生動態との関係の解明 により,生物多様性保全効果の高い総合的病害虫管理 (IPM)の体系化技術を開発するため,「生物多様性を活 用した安定的農業生産技術の開発」が平成25 年度から 29 年度までの予定で実施されている。 4 委託プロジェクト研究「農林水産分野における気 候変動対応のための研究開発」(平成22 ∼ 31 年 度,継続,7 億 2 千 8 百万円) 農林水産分野においては,農林水産業に起因する温室 効果ガスの排出削減と森林や農地土壌の吸収機能の向上 とともに,地球温暖化の進行に伴う高温障害などの発生 および集中豪雨や干ばつ等の極端現象の増加に的確に対 応するため,気候変動の農林水産業へ与える影響を高精 度で評価するとともに,地球温暖化の進行に対応して農 林水産物の生産を持続的に可能とする体制を早急に確立 することが求められている。 このため,IPCC をはじめとする最新の温暖化予測, 「委託プロジェクト研究(気候変動対応関連)の推進方 針とりまとめ」(平成27 年 12 月)および「農林水産省 気候変動適応計画」(平成27年8月)等に基づき,森林・ 林業,水産業分野における気候変動適応技術および野生 鳥獣被害対応技術について,さらに強化するとともに, 気候変動が農林水産分野に与える影響の評価並びにこれ に基づく中長期的視点を踏まえた農業分野における適応 品種・育種素材や生産安定技術,病害虫被害対応技術を 開発する。 植物防疫に関連する研究としては,気候変動による海 外からの有害動植物侵入リスクの増加に対応するため, 侵入が危惧される有害動植物種を特定し,その迅速な診 断を可能とする検出・同定技術を開発するための研究課 題「有害動植物の検出・同定技術の開発」が平成27 年
度から31 年度までの予定で実施されている。 5 委託プロジェクト研究「技術でつなぐバリューチ ェーン構築のための研究開発」のうち「ゲノム情 報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開 発」(平成25 ∼ 30 年度,継続,5 億 1 千万円) 我が国農産物の競争力強化に向け,地域の特性に合わ せて収量,品質等を飛躍的に向上させた画期的新品種を 短期間で開発するなど,最新のゲノム技術を活用した新 しい生産基盤技術を確立するため,①稲,麦,大豆,園 芸作物等のDNA マーカーの開発や DNA マーカー選抜 育種技術の全国の育種機関への展開,②DNA マーカー 選抜育種では困難な,収量など多数の遺伝子が関与する 形質を改良する新しい育種技術および新たな遺伝子組換 え生物の生物多様性影響評価・管理技術の開発,③地域 特性に最適化した新品種を効率的に開発するため遺伝資 源から有用遺伝子を効率的に特定する技術や遺伝資源の 保存技術の開発を推進している。また,④近年問題とな っている薬剤抵抗性害虫や薬剤耐性菌について,ゲノム 情報などを用いた薬剤抵抗性診断技術および薬剤抵抗性 の発達・拡散を予測するためのシミュレーションモデル を開発し,これらの成果に基づいた薬剤抵抗性管理体系 の構築を目指している。 その中の植物防疫に関連する研究として,稲,麦,大 豆,野菜,果樹等の作物における病害虫抵抗性にかかわ る遺伝子を同定し,新品種の開発に利用可能なDNA マ ーカーの開発や育種素材の育成を推進している。また, 主要害虫の薬剤抵抗性を早期に遺伝子診断する技術およ び薬剤抵抗性の発達や薬剤抵抗性の拡散を予測するため のシミュレーションモデルを開発し,これらの技術の現 場での実用性を検証したうえで,その成果を組み込んだ 地域の栽培体系に応じた薬剤抵抗性管理体系の構築に必 要な,薬剤抵抗性管理ガイドライン(薬剤の使用基準) 案を策定することとしている。
新しく登録された農薬
(29.3.1 ∼ 3.31)
掲載は,種類名,登録番号:商品名(製造者又は輸入者)登録年月日,有効成分:含有量,対象作物:対象病害虫:使用 時期等。ただし,除草剤・植物成長調整剤については,適用作物,適用雑草等を記載。 「殺菌剤」 ピコキシストロビン水和剤 23923:ハイジャンプフロアブル(ニチノー緑化)17/3/8 ピコキシストロビン:22.5% 日本芝:葉腐病(ラージパッチ):発病初期 銅・ベンチアバリカルブイソプロピル水和剤 23925:デリシャス水和剤(クミアイ化学工業)17/3/16 銅:50.0% ベンチアバリカルブイソプロピル:5.0% ぶどう:べと病:収穫30 日前まで いちじく:疫病:収穫前日まで いちご:疫病:収穫前日まで ブロッコリー:べと病:収穫前日まで 銅水和剤 23926:クプロザートフロアブル(ニューファム)17/3/16 23927:クプロシールド(エス・ディー・エス バイオテック) 17/3/16 銅:26.9% ばれいしょ:疫病 野菜類:軟腐病,べと病 きゅうり:斑点細菌病 かんきつ:かいよう病 「除草剤」 オキサジクロメホン・テフリルトリオン・ピラクロニル粒剤 23924:ジェイフレンドジャンボ(協友アグリ)17/3/8 オキサジクロメホン:0.75% テフリルトリオン:7.5% ピラクロニル:5.0% 移植水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,ヒルムシロ,セリ イマゾスルフロン・ピラクロニル・ベンゾビシクロン粒剤 23928:テイクイット 1 キロ粒剤(住友アグロソリューショ ンズ)17/3/22 イマゾスルフロン:0.90% ピラクロニル:2.0% ベンゾビシクロン:2.0% 移植水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,シズイ,ヒルムシロ,セリ, エゾノサヤヌカグサ,オモダカ,クログワイ,コウキヤガ ラ,アオミドロ・藻類による表層はく離 直播水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,ヒルムシロ,セリ (9 ページに続く)沖縄のキク圃場で問題となるクロゲハナアザミウマの発生状況と薬剤感受性および増殖能力 297 は じ め に 亜熱帯気候に属する沖縄県では,冬でも温暖な気候を 活かした観賞用のキクが盛んで,年間産出額が約70 億 円 と 全 国2 位 の 生 産 地 と な っ て い る(農 林 水 産 省, 2016)。本県の栽培は露地栽培が主体(9 割以上)で, 夜間に電照を行って花芽形成を遅らせ,おもに11 ∼ 4 月に出荷される(沖縄県農林水産部,2016)。栽培上最 も問題となる害虫はアザミウマ類(アザミウマ目:アザ ミ ウ マ 科)で,葉 に 黒 褐 色 の 汚 れ を 伴 う 白 斑 状 被 害 (図―1)を引き起こし,品質を顕著に低下させる。長い 間,これらの被害はおもに,ミナミキイロアザミウマ Thrips palmi によるものであるとされていた(長嶺, 1994)が,近年,筆者らがキクに発生するアザミウマの 種構成を調査した結果,ミナミキイロアザミウマよりも 圧倒的に高い頻度でクロゲハナアザミウマ Thrips nigro-pilosus(口絵①)が発見され,最優占種であることが判
明 し た(GANAHA-KIKUMURA et al., 2012;表―1)。本 種 は,
キュウリやナス,レタス,スペアミント等様々な作物を 加害することが知られているが,なかでもキクは好適な 寄主として考えられており(SAKIMURA, 1939),米国と英
国ではキク(STANNARD, 1968;MOUND et al., 1976),ケニ
アではシロバナムシヨケギク(BULLOCK, 1965),日本の 温帯地域ではキクとスイゼンジナの害虫として知られて い る(梅 谷・岡 田,2003;多 々 良 ら,2008)。し か し, 近年は害虫として問題視されたことがほとんどなかった ため,防除に有用となる薬剤による防除効果や発育等の 生態的特性に関する情報に乏しかった。このため,筆者 らは本種の生態と防除に関する一連の研究を進めてお り,本稿では,現在までに得られている知見を紹介する。 I 室内試験による各種薬剤の殺虫効果の評価 沖縄県のキクにおいてクロゲハナアザミウマが優占し て い る 理 由 と し て,GANAHA-KIKUMURA et al.(2012)は,
本種が薬剤抵抗性を獲得している可能性を考えた。薬剤 の効果に関する情報は,本種の防除技術を確立するため の基礎となるが,こうした情報はごく限られており,ス イゼンジナの栽培圃場において,スピノサドとエマメク チン安息香酸塩が本種に対して有効であることが知られ ている(多々良ら,2008)のみであった。そこで筆者ら は,県内のキク圃場で発生している本種個体群を対象 に,キクに適用のある18 薬剤の殺虫効果を室内で調べ た(喜久村ら,2014)。その結果を表―2 に示す。供試し た18 剤のうち 9 剤が,雌成虫と幼虫の双方に高い殺虫 効果を示し,その他の剤については,マラソンとチアメ トキサムを除けば,雌成虫と幼虫のいずれかで中程度以 上の殺虫効果が見られた。この結果は,ミナミキイロア ザミウマの沖縄個体群では多くの薬剤の効果が低いとい う結果(喜久村ら,2015)と比べると対照的であり,ク ロゲハナアザミウマに対する薬剤の殺虫効果は総じて高 いことが明らかになった。このため,本種が薬剤抵抗性 を獲得している可能性は否定された。
Occurrence of Thrips nigropilosus in Okinawa Prefecture, its Pesti-cide Susceptibility, and Growth and Developmental Parameters. By Tomoko GANAHA-KIKUMURA and Keisuke KIJIMA
(キーワード:沖縄県,クロゲハナアザミウマ,種構成,農薬, 発育)
沖縄のキク圃場で問題となるクロゲハナアザミウマの
発生状況と薬剤感受性および増殖能力
喜 久 村 智 子
貴 島 圭 介
沖縄県農業研究センター 沖縄県八重山農林水産振興センター 図−1 クロゲハナアザミウマによるキクの葉の被害 研究報告表−1 沖縄のキクで発生するアザミウマ種構成(葉) 採集時期 栽培環境 採集地点数 アザミウマ各種の発見地点数(個体数) クロゲハナ ミナミキイロ ハナ ネギ その他 春 ネットハウス 露地 8 13 8 (78) 13 (111) 3 (10) 3 (9) 1 (1) 1 (3) 0 4 (13) 0 3 (6) 秋 ネットハウス 露地 13 18 10 (109) 16 (136) 6 (19) 5 (16) 1 (1) 3 (5) 0 0 0 5 (7) 計 45 40 (434) 16 (54) 6 (10) 4 (13) 8 (13) GANAHA-KIKUMURA et al.(2012)の Table 1 を改変.a)ネットハウスとは全面をネット被覆した施設(平張施設)を指す.b)同一
地点で複数種発見されることがあったため,アザミウマ各種の発見地点数の和は採集地点数を上回る.c)コスモスアザミウマ, センダングサアザミウマ,チャノキイロアザミウマ,ヒラズハナアザミウマが含まれ,ミカンキイロアザミウマは発見されな かった.d)両時期ともに調査を実施した圃場は,計1 地点とみなしたため,地点数の和が合計を上回ることがある. a) b) c) d) 表−2 クロゲハナアザミウマおよびミナミキイロアザミウマに対する各種薬剤の殺虫効果(室内試験) 系統[IRAC コード]・一般名(商品名) 希釈倍率 殺虫効果 クロゲハナ ミナミキイロ 雌成虫 幼虫 雌成虫 有機リン[1B] アセフェート(ジェイエース水溶剤) プロチオホス(トクチオン乳剤) マラソン(マラソン乳剤) 1,000 倍 1,000 倍 2,000 倍 ◎ ◎ × ○∼◎ ◎ × × ×∼△ × カーバメート[1A] ベンフラカルブ(オンコルマイクロカプセル) 1,000 倍 ◎ ◎ △∼⃝ 合成ピレスロイド[3A] アクリナトリン(アザミバスター水和剤) シペルメトリン(アグロスリン乳剤) ビフェントリン(テルスターフロアブル) 1,000 倍 2,000 倍 4,000 倍 ○∼◎ ◎ △∼◎ ⃝ ◎ ⃝ × ×∼△ × ネオニコチノイド[4A] アセタミプリド(モスピラン水溶剤) イミダクロプリド(アドマイヤーフロアブル) クロチアニジン(ダントツ水溶剤) ジノテフラン(アルバリン顆粒水溶剤) チアメトキサム(アクタラ顆粒水溶剤) ニテンピラム(ベストガード水溶剤) 2,000 倍 2,000 倍 2,000 倍 2,000 倍 2,000 倍 1,000 倍 ○∼◎ ◎ ◎ ○∼◎ △∼⃝ ○∼◎ ○∼◎ ◎ ◎ ⃝ △∼◎ ○∼◎ △∼⃝ △ △ △ ×∼△ △ その他 エマメクチン安息香酸塩(アファーム乳剤)[6] クロルフェナピル(コテツフロアブル)[13] スピノサド(スピノエース顆粒水和剤)[5] トルフェンピラド(ハチハチ乳剤)[21A] フィプロニル(プリンスフロアブル)[2B] 2,000 倍 2,000 倍 5,000 倍 1,000 倍 2,000 倍 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ○∼◎ ◎ ◎ △∼◎ ◎ △∼⃝ ◎ 喜久村ら(2014)の Table 1 および喜久村ら(2015)の Table 2 をもとに作成.ABBOTT(1925)の補正式を用いて算出した補 正死亡率を次のように表記した:◎,補正死亡率90%∼ 100%;○,70%∼ 89%;△,30 ∼ 69%;×,0 ∼ 29%.クロゲハ ナアザミウマは糸満市および久米島町の露地キク圃場から採集した個体群を,ミナミキイロアザミウマは糸満市の施設ナス圃 場および今帰仁村の露地スイカ圃場から採集した個体群を用い,個体群間で効果が異なる場合は「△∼○」のように示した.
沖縄のキク圃場で問題となるクロゲハナアザミウマの発生状況と薬剤感受性および増殖能力 299 II キク圃場における各種薬剤の防除効果と 散布むらが防除効果に及ぼす影響 本 県 に お け る キ ク 栽 培 で は,10 a 当 た り 18,000 ∼ 20,000 株が定植される。さらに,株当たり 2 ∼ 3 本に仕 立てられるため,かなりの密植栽培と言える。このため, キクでは他作物よりも薬剤散布時の散布むらが生じやす く,これがクロゲハナアザミウマの防除を困難にしてい る可能性がある。貴島ら(2014)は,この可能性を検討 するとともに,喜久村ら(2014)で効果が高いと判定さ れた薬剤の圃場での防除効果を確かめるため,以下のよ うな試験を行った。生産者が実際に薬剤を散布した場合 の薬液の葉への付着程度を調べるために,畝の外側(通 路側)と内側の株の上・中・下位葉の表裏に感水紙を設 置し,実際に生産者に散布させたのち,感水紙への薬液 の付着程度を0 から 8 の 9 段階(國本ら,1998)で評価 した。その結果,畝の外側よりも内側で,葉表よりも葉 裏で,かつ上位葉よりも下位葉で薬液の付着程度が低く なっており(図―2),実際に散布むらが生じていること が示された。続く試験では,イミダクロプリド水和剤と エマメクチン安息香酸塩乳剤,スピノサド水和剤,プロ チオホス乳剤の4 薬剤を圃場で散布した場合の防除効果 を調べた。さらにうち2 剤(イミダクロプリド水和剤と エマメクチン安息香酸塩乳剤)については,散布むらと クロゲハナアザミウマの防除効果との関係を同時に検討 した。本試験では,ポット植えのキクを畝上に配置して, 通常の薬剤防除と同様に株の上∼側面から葉の両面にか かるように散布した場合(通常散布区)と,ポット植え の株を逆さにし,葉裏に薬液がかかりやすい状態で散布 した場合(丁寧散布区)との間で,葉への薬液の付着程 度と,その後の虫数の推移を比較した。その結果,どの 薬剤も,散布後約1 か月まで無処理区より葉当たり虫数 を低く抑え(図―3),圃場でもこれら薬剤の防除効果が 確認された。さらに,2 剤の丁寧散布区では,通常散布 区と比較して葉裏への薬液の付着程度が高く,葉当たり 虫数は低く推移した(図―3)。これにより,実際に散布む らが防除効果を低下させることが強く示唆され,本県の キク圃場におけるクロゲハナアザミウマの多発生には薬 剤の散布むらが影響しているとする仮説が支持された。 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 散布前 2 日 7 日 15 日 21 日 28 日 散布後日数 a c b 葉当たり虫数︵ ± SE︶ 無処理 イミダクロプリド水和剤 エマメクチン安息香酸塩乳剤 スピノサド水和剤 プロチオホス乳剤 イミダクロプリド水和剤(丁寧) エマメクチン安息香酸塩乳剤(丁寧) 図−3 クロゲハナアザミウマの葉当たり寄生虫数の推移 貴島ら(2014)の第 2 図を転載.実線は通常散布区および無処理区を,破線は丁寧散布区を示す. 異なるアルファベットを付した試験区間の虫数には有意差がある(GLMM,p < 0.01). 8 6 4 2 0 付着指標の平均 上 中 下 表 上 中 下 裏 上 中 下 表 上 中 下 裏 外側 内側 図−2 キク生産者圃場における葉への薬剤の付着程度 貴島ら(2014)の第 1 表のデータをもとに作成.外側は 4 条植えのうち,通路側に植えられた株の,内側は畝の 中央部に植えられた株の調査結果を示す.
III クロゲハナアザミウマの増殖能力 温度は,昆虫の発生や増殖に影響する最も主要な環境 因子であるが,クロゲハナアザミウマでは,温度が発育 や寿命,繁殖に及ぼす影響に関する知見は断片的で,年 間世代数を推定するために必要な発育零点や有効積算温 度定数,増殖能力の指標となる内的自然増加率は不明で あった。防除タイミングを設定するうえでも,これらの 情報は不可欠であったため,沖縄本島のキク圃場から得 た本種個体群を用いて,15℃から 35℃までの 7 温度区 における発育期間や成虫寿命,生涯産卵数を室内で調査 した(GANAHA-KIKUMURA and KIJIMA, 2016)。
表―3 に,各温度における発育期間を発育段階別に示 した。本種の卵から成虫になるまでの発育期間は,15℃ で約 40 日と最も長く,25℃では 15 日,30℃では 12 日 となり,30℃までは生存率も 79%∼ 98%と高かった。 35℃では卵はふ化せず,ふ化幼虫を 35℃下に置いた場 合も,すべての個体が成虫になる前に死亡した。15 ∼ 25℃のデータに回帰直線を当てはめて,発育零点および 有効積算温度を算出した結果,それぞれ 9.26℃および 238.1 日度と推定された。発育零点は,ミナミキイロア ザミウマやヒラズハナアザミウマ,ミカンキイロアザミ ウマ等他の害虫アザミウマ種の例(河合,1986;村井, 1988;片山,1997)と比較すると,2.7 ∼ 0.2℃低い結果 であった。 成虫の寿命と産卵数については,これまでに京都個体 群で 18℃と 25℃において調べられた(NAKAO, 1993)が, 沖縄個体群の情報はなかったため,今回調査した(表― 4)。雌成虫の平均寿命は 15℃で 36.4 日と最も長く,高 温になるにつれて短くなり,35℃の 6.2 日が最も短かっ た。雄成虫でも類似した傾向が見られたが,雌成虫より 一貫して寿命が短かった。1 雌当たりの生涯産卵数は, 30℃で 42.4 個と最も多く,35℃の 6.2 個が最も少なかっ た。25℃における内的自然増加率は 0.127 となり,これ はミカンキイロアザミウマなどの花を好むアザミウマの 場合(片山,1997)と比べると劣るものの,キュウリの 葉を とした場合のミナミキイロアザミウマの例(河合, 1986)とほぼ同等であった。一方で,本研究の結果を,ク ロゲハナアザミウマ京都個体群の結果(NAKAO, 1993)と 比較すると,25℃における寿命は 1/2 程度短く,生涯産 卵数は 1/5 程度と極端に少なかった。本種は,生殖型や 生殖休眠の有無,短日条件下における雌の短翅型の出現 頻度が個体群間で異なることが知られている(中尾, 1994;NAKAO, 1997;中尾・養父,1998;NAKAO, 2011 等)。 このため,本研究と先行研究間で見られた寿命や生涯産 卵数の違いには,こうした個体群間の生態的差異が影響 した可能性があるが,今後は他の可能性も含めて原因を 解明する必要がある。 お わ り に 本稿では,沖縄県のキク栽培で問題となっているクロ ゲハナアザミウマに関する近年の研究成果を紹介した。 キクにおける主要な散布薬剤に対する本種の感受性は総 じて高いことがわかった一方で,散布むらが実際に防除 表−3 各温度におけるクロゲハナアザミウマの発育期間(14L10D) 温度 (℃) 平均発育日数 卵 1 齢幼虫 2 齢幼虫 第 1 蛹 第 2 蛹 計 15 17.6 6.8 7.8 2.9 5.9 39.8 17.5 12.0 4.7 5.2 2.2 4.6 28.6 20 9.5 3.4 3.6 1.8 3.2 21.4 22.5 8.1 3.0 2.9 1.2 2.9 18.0 25 6.4 2.3 2.7 1.0 2.2 14.7 30 5.0 1.9 1.9 0.9 1.9 11.5 35 ― 2.5 2.6 1.5 ―
GANAHA-KIKUMURA and KIJIMA(2016)の Table 1 を改変.
表−4 クロゲハナアザミウマの各温度における成虫の平均寿命 および雌の生涯産卵数 温度 (℃) 平均寿命(日) 生涯産卵数 内的自然増加率 雌 雄 15 36.4 19.5 29.2 0.044 17.5 29.5 9.4 35.6 0.067 20 20.0 10.3 30.4 0.088 22.5 17.8 11.7 40.9 0.110 25 16.0 6.9 36.5 0.127 30 10.9 6.7 42.4 0.173 35 6.2 3.3 6.2 ― GANAHA-KIKUMURA and KIJIMA(2016)の Table 3,4 を改変.
沖縄のキク圃場で問題となるクロゲハナアザミウマの発生状況と薬剤感受性および増殖能力 301 効果を下げることも確かめられた。このため,現時点で は,葉数が少なく,比較的葉裏にも薬液がかかりやすい と考えられる生育初期に重点的に防除を行うこと,ま た,生育が進むと,下位葉の葉裏への散布むらが顕著に なることから,不要な下葉は早めに除去した後に,こう した部位へも薬液が付着するように留意して散布するこ とが推奨される。現在,本県のキク栽培は化学的防除に 大きく依存しているが,本種の発生生態が不明であった ため,主要な防除時期や適切な散布間隔について十分に 検討されてこなかった。今回明らかにした温度別の発育 および増殖のデータは,本種の発生生態の解明,ひいて は本種の効率的な防除技術の開発に寄与するであろう。 本稿では詳しく述べなかったが,栽培初期の粒剤施用が 本種の防除に有効であることが最近わかってきた(喜久 村ら,未発表)ため,今後は,粒剤と散布剤を組合せた 散布体系を構築するとともに,防虫ネットや光を利用し た物理的防除や耕種的防除,天敵を利用した生物的防除 の研究を進め,IPM 技術確立を目指す。 沖縄県におけるクロゲハナアザミウマによるキクの被害 が発覚したころとほぼ同時期にあたる 2011 年以降,静岡 県や鹿児島県においても本種によるキクの被害が報告さ れるようになった(土井ら,2011;http://www.jppn.ne.jp/ kagoshima/yakudachi/kurogehana/kurogehanamiwake. pdf)。このように最近になって本種によるキクの被害が 各地で顕在化してきている原因は今のところ解明されて いないが,今後全国的に被害が問題となる可能性もある ため,他の地域でも注意を払う必要があるであろう。 最後に,本研究を始める機会を与えてくださった安田 慶次博士(沖縄県森林資源研究センター)ならびに調査 や論文執筆に際し貴重なご意見を賜った大野 豪博士 (沖縄県病害虫防除技術センター),アザミウマの同定法 をご指導くださった桝本雅身博士(横浜植物防疫所), 飼育法をはじめ,クロゲハナアザミウマに関する各種情 報をご教授くださった中尾史郎准教授(京都府立大), 散布むら検証の試験でご協力いただいた金城聖良氏(沖 縄県防除技術センター)にはこの場を借りて深謝申し上 げる。 引 用 文 献
1) ABBOTT, W. S.(1925): J. Econ. Entomol. 18 : 265 ∼ 267.
2) BULLOCK, J. A.(1965): Ann. Appl. Biol. 55 : 1 ∼ 12.
3) 土井 誠ら(2011): 関西病虫研報 53 : 131 ∼ 132. 4) GANAHA-KIKUMURA, T. et al.(2012): Entomol. Sci. 15 : 232 ∼ 237.
5) and K. KIJIMA(2016): Appl. Entomol. Zool.
51 : 623 ∼ 629. 6) 片山晴喜(1997): 植物防疫 51 : 235 ∼ 238. 7) 河合 章(1986): 応動昆 30 : 7 ∼ 11. 8) 貴島圭介ら(2014): 九病虫研会報 60 : 84 ∼ 89. 9) 喜久村智子ら(2014): 応動昆 58 : 275 ∼ 279. 10) ら(2015): 沖縄農研報 9 : 42 ∼ 46. 11) 國本佳範ら(1998): 応動昆 42 : 135 ∼ 140.
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13) 村井 保(1988): 島根農試研報 23 : 1 ∼ 73. 14) 長嶺由範(1994): 農耕と園芸 49 : 129 ∼ 131. 15) 中尾史郎(1994): 応動昆 38 : 183 ∼ 189. 16) ・養父志乃夫(1998): 同上 42 : 77 ∼ 83. 17) NAKAO, S.(1993): Appl. Entomol. Zool. 28 : 463 ∼ 472.
18) (1997): ibid. 32 : 49 ∼ 55. 19) (2011): ibid. 46 : 111 ∼ 116. 20) 農林水産省(2016): 主要農産物の産出額と構成比 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001150435 21) 沖縄県農林水産部(2016): 沖縄県の園芸・流通,沖縄県農林 水産部,那覇,145 pp.
22) SAKIMURA, K.(1939): Proc. Haw. Ent. Soc. 10 : 251 ∼ 254.
23) STANNARD, L. J.(1968): Bull. Illinois.Nat. Hist. Sur v. 29 : 213 ∼
552. 24) 多々良明夫ら(2008): 関西病虫研報 50 : 141 ∼ 142. 25) 梅谷献二・岡田利承(編)(2003): 日本農業害虫大辞典,全農 協,東京,1,203 pp. イマゾスルフロン・ピラクロニル・ベンゾビシクロン水和剤 23929:テイクイットフロアブル(住友アグロソリューショ ンズ)17/3/22 イマゾスルフロン:1.8% ピラクロニル:3.9% ベンゾビシクロン:3.9% 移植水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,シズイ,ヒルムシロ,セリ, エゾノサヤヌカグサ,オモダカ,クログワイ,コウキヤガ ラ,アオミドロ・藻類による表層はく離 直播水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,ヒルムシロ,セリ イマゾスルフロン・ピラクロニル・ベンゾビシクロン粒剤 23930:テイクイットジャンボ(住友アグロソリューション ズ)17/3/22 イマゾスルフロン:4.5% ピラクロニル:10.0% ベンゾビシクロン:10.0% 移植水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,シズイ,ヒルムシロ,セリ, オモダカ,クログワイ,コウキヤガラ,アオミドロ・藻類 による表層はく離 直播水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモ ダカ,ミズガヤツリ,ウリカワ,ヒルムシロ,セリ (新しく登録された農薬4 ページからの続き)
は じ め に
中国から侵入したと考えられる侵入新害虫のチャトゲ コ ナ ジ ラ ミAleurocanthus camelliae Kanmiya and Kasai
(山下・林田,2006;KANMIYA et al., 2011)は,2004 年に 京都府の茶園で初めて発見され,その後,全国の茶産地 に分布を拡大し(佐藤,2013),2016 年 12 月時点では 34 都府県で発生が確認されている(各都府県発表の特 殊報に基づく)。静岡県では,近畿地方を中心に本種の 分布が拡大したこと(佐藤,2013)を受け,県内への侵 入を阻止するため他県からの苗の導入禁止などの事前策 を記載したチラシ配布などの侵入警戒対策をとってき た。しかし,2010 年秋には県内への侵入を許し,現在 では県内のほぼ全域の茶園にまん延するに至っている。 ところで,農作物における侵入害虫の発生件数は切り 花や野菜,果実の輸入増加に伴って1980 年代以降に急 増しており(桐谷,2002),静岡県でもミナミキイロア ザミウマ(池田,1981;工藤,1981),タバココナジラ ミなどのコナジラミ類(松井,1995),マメハモグリバ エ(西東,1992)などの侵入害虫がしばしば問題となっ てきた。しかし,これら侵入害虫の県内での発生経過に ついては,主な発生地域や被害作物等断片的な情報が報 告されているのみで,初確認の正確な場所や時期,推定 される侵入源,初発以降の具体的な分布の拡大状況等詳 細な記録はほとんどない。新たな侵入害虫の発生が今後 も予想される状況において,侵入害虫の発見から分布拡 大にいたる経緯の詳細な記録は,今後,新たな害虫が発 生した場合の対策に有益な情報になりうる。そこで,本 稿では,静岡県におけるチャトゲコナジラミの初確認か らその後の分布拡大状況,および侵入源の推定結果とと もに,侵入時期がそれぞれ異なる地区における発生消長 パターンについて紹介する。 本文に先立ち,調査にご協力いただくとともに貴重な ご助言をいただいた農研機構・野菜茶業研究所(現・果 樹茶業研究部門)の佐藤安志氏,上杉龍士氏,静岡県病 害虫防除所の小杉由紀夫氏,芳賀一氏,現地調査および 情報提供にご協力いただいた各農林事務所およびJA の 諸兄に深謝する。 I 静岡県内における発生確認と侵入源の推定 2010 年 10 月∼ 2012 年 5 月にかけて県内農林事務所 などの指導機関から本種の発生が疑われる情報提供を受 け,現地に出向いて当該圃場とその周辺における発生状 況を調査した。現地調査では,本種のチャ樹での寄生の 有無や発生程度,圃場周辺の植物における寄生の有無等 を観察により調べた。 静岡県内における初確認地は菊川市倉沢の現地チャ園 であった(2010 年 10 月 12 日)。確認時点で既に一部で はすす病が多発した状態であった。2010 年は菊川市で の初確認以降,島田市,菊川市,磐田市等でも相次いで 確認した(表―1,図―1)。表―1 に,2010 年 10 月の初確 認から2012 年 5 月の川根本町での発生確認までの地区 名と時期,および確認時点での発生程度をまとめた。確 認圃場での発生程度はその多くがすす病を併発した甚発 生となっていた。図―1 に示すように,発生地区は県内 の東部から西部まで広範囲で,特定の地域に偏在してい なかった。2010 年は菊川市倉沢など 5 地区,翌 2011 年 は静岡市中吉田や三島市塚原新田,浜松市大山町等の計 14 地区,2012 年は 5 月までに新たに 3 地区で確認した。 その後は初発地区を中心に面的な広がりを見せたため, 今回の集計には含めなかった。 次に,初発圃場を特定できた各地区で現地調査を実施 し,侵入源について推定された結果を表―2 にまとめた。 菊川市倉沢と菊川市牛渕では,発生確認の3 年前の 2007 年に既発生地である三重県からチャ苗を導入していたこ とが判明し,これらの苗が侵入源と推定された。一方, 静岡市中吉田地区は発生圃場が住宅地の中にあり,幼木 園はなかった。しかし,近隣に造園業者が管理している 緑花木の栽培園があり,ツバキ科を含めた幼木が多数植 栽されていた。藤枝市瀬田は,新興住宅街にある隔離さ The Occurrence and Rapid Spread of Infestation of the Exotic
Pest, Tea Spiny Whitefl y Aleurocanthus camelliae Kanmiya & Kasai in Tea Fields in Shizuoka Prefecture, Japan. By Akihito OZAWA
and Toru UCHIYAMA
(キーワード:侵入害虫,チャ,チャトゲコナジラミ,発生消長, 分布の拡大)
侵入害虫チャトゲコナジラミの静岡県における
発生経過とチャ園における発生消長
小澤 朗人・内山 徹
静岡県農林技術研究所茶業研究センター 研究報告侵入害虫チャトゲコナジラミの静岡県における発生経過とチャ園における発生消長 303 1 3 2 4 5 14 7 21 8 9 6 13 11 12 15 16 17 18 19 20 22 10 図−1 静岡県内の茶園でチャトゲコナジラミが確認された場所と順番 (2010 年 10 月∼ 2012 年 5 月まで)(小澤ら,2015) 図中の番号は,確認された順番(表―1 参照)を示す. 表−1 静岡県内の茶園でチャトゲコナジラミが確認された地区 (2012 年 5 月まで)(小澤ら,2015) 確認順 確認時期 地区名 発生程度 2010 年 1 10 月 菊川市倉沢 甚 2 10 月 島田市大津 多 3 11 月 菊川市牛渕 少 4 11 月 牧之原市和田 甚 5 11 月 磐田市藤上原 甚 2011 年 6 1 月 静岡市駿河区中吉田 甚 7 3 月 掛川市日坂 少 8 4 月 沼津市西椎路 甚 9 4 月 三島市塚原新田 甚 10 6 月 静岡市駿河区小鹿 甚 11 7 月 富士市今泉 甚 12 8 月 静岡市葵区遠藤新田 甚 13 8 月 静岡市葵区福田ケ谷 多 14 8 月 磐田市東原(旧豊田町) 甚 15 10 月 静岡市清水区庵原 多 16 10 月 焼津市上泉町(旧大井川町) 多 17 11 月 静岡市葵区羽鳥 多 18 11 月 浜松市西区大山町 少 19 11 月 藤枝市瀬戸 甚 2012 年 20 4 月 島田市金谷番生寺 甚 21 4 月 掛川市西南郷 甚 22 5 月 川根本町崎平 甚 1)すす病が多発している場合を「甚」,すそ葉のほとんどに寄生 が認められた場合を「多」, それ以下の発生を「少」とした. 1) 図−2 各地区の初発圃場近傍に比較的最近になって植栽され たと推定されるヤブツバキなどの緑花木 A:藤枝市,2011 年 11 月発生確認,B:川根本町,2012 年5 月発生確認(小澤ら,2015 を改変). A B
れた茶園で幼木はなかったが,造園業も営む園主が植栽 したと思われる多数の緑花木が茶園の周囲に認められた (図―2 上)。掛川市西南郷や川根本町崎平地区(図―2 下) でも初発圃場に隣接してヤブツバキやサザンカ等の幼木 が植栽されており,これらの緑花木ではチャトゲコナジ ラミの寄生を認めた。島田市金谷番生寺では,周囲にチ ャ幼木やツバキ科の緑花木は認められなかったが規模の 大きい墓地が隣接していた。墓地にはチャトゲコナジラ ミの寄主植物であるシキミなども献花として供えられる ため,献花が侵入源である可能性もあった(表―2)。なお, 侵入源がまったく不明な圃場もあった。 以上のように,本種の侵入源については,既発生地域 からのチャ苗の導入のみならず,ヤブツバキなど本種の 寄主作物である緑花木が侵入源である可能性が高かっ た。これは,2010 年に愛知県でサザンカ・ツバキ類の チャトゲコナジラミ(ミカントゲコナジラミ(チャ系統)) に関する特殊報が発表されたことからも推察される。サ ザンカ・ツバキ類は全国流通しており,園芸店などで大 量に販売されているため,チャ苗と同じレベルの侵入阻 止対策が難しいうえ,一般家庭への既寄生植物の持ち込 みは事実上阻止できない。静岡県では,わずかな期間で 広範囲の地域で同時多発的に発生したが,その原因とし て,他県からのチャ苗の導入よりも緑花木での持ち込み によるケースが多かったと考えられた。 II 静岡県における分布の拡大状況 2010 年 10 月に本種を初確認した菊川市倉沢地区およ びその周辺約4 km2圏内に位置するすべての茶園におけ る生息の有無を,2010 年 11 月 2 日に関係機関の協力の もとに見取り調査した。 その結果,初確認地区に近い場所ほど発生圃場の割合 は高く,初確認地からおおむね半径0.5 km 以内ではほ とんどの茶園で発生を認め,距離が離れるほどその割合 は下がる傾向が見られた(口絵①)。発生圃場の割合が 高い場所は初発地区とほぼ同じ標高に位置する北方面の 地区で,南方面には少なかった。初発地区から最も遠い 発生圃場は,北西では直線距離にして1.37 km,北東で は1.39 km,南西では 1.20 km に達した。なお,虫密度 は調査しなかったが,幼虫の寄生が認められるような多 発圃場は初発地区の数圃場だけで,その他の周辺地区で は新芽にわずかに成虫が認められる程度の極少発生であ った。以上の調査結果から,発見当時にはすでに平方キ ロ単位で分布が拡大しており,発生地域全域を対象とし た根絶はほぼ不可能な状況であった。 次いで,初確認から2 年を経過した 2012 年 11 ∼ 12 月に県内各JA から管内の発生状況を報告してもらった。 その結果,東部・富士宮地域は,ほとんどすべての茶産 地で発生しており,静岡地域では特に北部茶産地で分布 が拡大し,清水区では多発圃場が散見されていた。牧之 原地域では,台地西側の菊川市,南東の牧之原市や吉田 町等でも発生が確認され,ピンポイントでの発見が相次 いだ2011 年ころ(表―1)と比べて急速に分布が拡大し ていることが示唆された。島田市の湯日・初倉地区で は,密度は高くないがほとんどの茶園で発生が認めら れ,藤枝市や旧大井川町地域では,初発圃場を中心に分 布が拡大中であった。掛川市では,初発圃場を中心にし て周囲に拡散しはじめ生葉の移動に伴って初発地からか なり離れた地区などでも発生し始めたという。川根地域 でも,初発圃場(表―1)を中心に分布が拡大しつつあっ た。磐田市では磐田原台地上で全面的に発生が見られ, 多発圃場も散見されていた。浜松市では,この時点では 密度は低かったが,三方原地区など広範囲にまん延して いた。これらの報告(詳細は,小澤ら,2015 に記載) をまとめると,2012 年 11 月の時点で県内主要茶産地の ほとんどで本種が発生していることが示唆された。 県病害虫防除所の巡回調査(県内50 点)による 2011 年4 月∼ 2013 年 6 月における本種の発生面積率の推移 を図―3 に示した。2011 年 8 月までは発生を認めなかっ 表−2 現地調査によって推定されたチャトゲコナジラミの侵入源(小澤ら,2015) 初発確認年月 場所 推定される侵入源 2010 年 10 月 菊川市倉沢 近畿(三重県)から導入したチャ苗 2010 年 10 月 菊川市牛渕 近畿(三重県)から導入したチャ苗 2010 年 11 月 磐田市藤上原 幼木園(導入元は不明)? 2011 年 1 月 静岡市駿河区中吉田 近隣の造園業者の栽培園の緑花木? 2011 年 7 月 富士市今泉 茶園に隣接する庭の緑花木(ツバキ科)? 2011 年 11 月 藤枝市瀬戸(光洋台) 茶園周囲に植栽された緑花木(ツバキ科)? 2012 年 4 月 掛川市西南郷 茶園に隣接する庭の緑花木(ツバキ科)? 2012 年 4 月 川根本町崎平 茶園周囲に植栽された緑花木(ツバキ科)? 2012 年 5 月 島田市金谷番生寺 茶園に隣接する墓地の献花(シキミ)?
侵入害虫チャトゲコナジラミの静岡県における発生経過とチャ園における発生消長 305 たが,2011 年 10 月に静岡北部地域で発生圃場が初めて 確認され,以後,小笠・磐田原地域や富士山麓地域でも 発生が確認されて発生面積率は上昇した。2012 年に入 って牧之原地区と川根地域でも確認されるようになった が5 月の時点での発生面積率は 26%であった。しかし, その後6 月に面積率が急上昇し,11 月には 94%に達し た。2013 年 6 月には 100%に到達し,県内のほぼ全域に 本種がまん延したことが判明した。なお,県内各JA か らの報告でも2012 年末には主要茶産地に分布が拡大し ていることが示唆されていたので,巡回調査の結果はそ れを裏付けていた。 以上のように,本種の分布の拡大速度は非常に早く, 県内全域にまん延するのに要した時間は,初確認からわ ずか2 年あまりであった。一方,近縁の侵入害虫である ミカントゲコナジラミでは,鹿児島県内にまん延するの に約10 年(児玉,1931),静岡県においても県内全域の カンキツにまん延するのには10 年あまりを要したとい う(古橋,私信)。チャトゲコナジラミの分布拡大速度 が早かった理由として,成虫発生期に摘採される生葉の 工場への移動・搬入といった人為的な移動分散が大きく 関与したと推察される。 III シミュレーションによる増殖過程の推定 ところで,県内初確認された菊川市倉沢地区では,侵 入元と推定されるチャ苗の導入からおおむね3 年を経て 多発状態となったことが判明している。このことを理論 的に裏付けるため,侵入後にどのように密度が上昇する かを簡単なシミュレーション計算により推定した。計算 にあたっては,KASAI et al.(2012)による産卵数などの パラメータを利用し,侵入時の初期密度(越冬世代幼虫) を,1,10,50 頭/10 a の 3 段階に設定して年 4 世代の 発生回数(小澤ら,2013;2016 a)とした。茶園の葉数 は4,000 枚/m2として幼虫密度を算出したところ,図―4 に示す推移を示した。初期密度にかかわらず,2 年目の 第2 世代までは 50 頭/葉以下の低密度で推移し,その後 3 年目にかけて急増した。初めて 500 頭/葉を超えた世 代は,初期密度が1,10,50 頭/10 a の場合,それぞれ 2年後第1世代,翌年第4(越冬)世代,翌年第4(越冬) 世代と計算された。 本県では多発∼甚発生状態になって初めて確認される ことが多く(表―1),当該地区へ最初に侵入した時期に ついてははっきりしない。菊川市倉沢地区では,苗の導 入から虫が発見されるまでに約3 年の期間があったこと から,他の地域でも侵入時期は初確認時よりもさらに2 ∼3 年遡ることが推察される。アブラムシ類など増殖率 の高い微小害虫の観察経験からすると,侵入から発見ま での期間が長すぎる感があるが,これは本種の増殖率 (25℃における内的自然増加率 r=0.056/日;KASAI et al., 2012)が低いためと考えられる。このことは,今回のシ ミュレーション結果で,すす病が誘発されるような甚発 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 2011 年4 月 2011 年 5 月 2011 年6 月 2011 年7 月 2011 年 8 月 2011 年10 月 2012 年2 月 2012 年 3 月 2012 年4 月 2012 年5 月 2012 年 6 月 2012 年7 月 2012 年 8 月 2012 年9 月 2012 年10 月 2012 年11 月 2013 年2 月 2013 年3 月 2013 年4 月 2013 年6 月 富士山麓 静岡北部 牧之原 小笠・磐田原 川根 県全体 発生面積率 % 図−3 静岡県内の茶園におけるチャトゲコナジラミの発生面積率の推移(小澤ら,2015 を改変) 病害虫防除所による巡回調査結果から算出.一度発生が確認された圃場は,以後は発生圃場 として扱った.