秋田県鹿角地域振興局農林部 研究報告
リンゴ黒星病菌はナシ黒星病菌と比べて高温耐性が低い 315
向を示した。中国・四国地方は1998〜99年に20%を 超えたが,その他の年は5.8〜18.9%の範囲であり,比 較的低率で経過した。九州地方は1995年に29.7%であ ったが,その後はいずれの年も30%を超え,2006年以
降はほぼ60%以上と多発生で経過した。
以上のことから,発生面積率はリンゴ黒星病が比較的 低く経過し,ナシ黒星病が増加傾向を示しながら高く経 過している状況であることが明らかとなった。
II 気 象 デ ー タ
1985〜2014年の気象データは気象庁の過去の気象デ ータ(以下,気象庁データ)から引用した。この期間を 前 期(1985〜99年)と 後 期(2000〜14年)に 分 け,
高温による両病菌への影響を検討するため,4〜10月 の日最高気温が30℃以上および35℃以上を記録した総 日数を示し,地方間で比較した(表―1)。気象庁データ はリンゴ黒星病の発生面積を対象とした北海道地方,北 奥羽地方,南奥羽地方および関東・中部地方の12道県 庁所在地の観測データを用いた。さらに,秋田県内のリ
ンゴ黒星病の発生程度を比較,検討するため,横手(県 南部)および鹿角(県北部)の観測データも用いた。
日最高気温が30℃以上および35℃以上の出現日数は,
前期と後期ともに北海道地方で最も少なく,次いで北奥 羽,南奥羽,関東・中部地方と南に位置するほど多い傾 向が見られたが,北奥羽地方の横手(秋田県南部)は南 奥羽地方の仙台より多かった。北奥羽地方の横手(秋田 県南部),南奥羽地方の仙台,山形,福島,関東・中部 地方の前橋,長野,富山,岐阜は,30℃以上の出現日数 が前期と比べて後期で平均1.3倍と多かった。また,福 島,前橋,富山,岐阜では35℃以上の出現日数が前期 と比べて後期で平均1.7倍と多かった。
秋田県内の横手(県南部)と鹿角(県北部)における 後期の30℃以上の出現日数はそれぞれ494日,235日,
同じく35℃以上の出現日数は26日,5日であった。また,
各年度の35℃以上の出現日数は,横手(県南部)が鹿
角(県北部)と比べて明らかに多く,特に1999年は横 手(県南部)が12日,鹿角(県北部)が4日とその差 が大きかった。2006年以降の横手(県南部),鹿角(県 100
90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
1995 2000 2005 2010 2014
発生面積率︵%︶
北海道 北奥羽 南奥羽 関東・中部
図−1 リンゴ黒星病の発生推移(JPP―NETより)
100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
1995 2000 2005 2010 2014
発生面積率︵%︶
東北
関東・中部・近畿 中国・四国 九州
図−2 ナシ黒星病の発生推移(JPP―NETより)
北部)の35℃以上の出現日数はそれぞれ2006年が3日,
1日,2007年が5日,2日であったが,2008年以降は横 手(県南部)のみで2010年,11年,12年および14年 にそれぞれ2日,2日,5日および1日であった。
以上のことから,近年,30℃以上および35℃以上の 出現日数は増加傾向を示し,その頻度は観測地点によっ て異なることが明らかとなった。
III 分生子の発芽に及ぼす高温の影響 分生子発芽試験には自然発生した黒星病果上の分生子 を用いた。リンゴ黒星病果は2015年7月1日に秋田県 鹿角市十和田の農家圃場,同年7月8日に鹿角市花輪の 農家圃場と秋田県鹿角地域振興局農林部果樹センター
(以下,果樹センター)内無散布圃場から採取した(RS―1, RS―2およびRS―3)。また,ナシ黒星病果は2015年6月 14日に秋田県大館市山田,6月28日に大館市中山および 7月8日に鹿角市花輪の農家圃場から採取した(NS―1,
NS―2およびNS―3)。
分生子懸濁液は各採取圃場ごとに数個の黒星病果から 分生子をかき取り,ブドウ糖加用ジャガイモ煎汁(PD)
培地(Difco)に懸濁し,この分生子懸濁液をスライド ガラスの2箇所に50μlずつ滴下し,蒸留水で湿らせた ろ紙を敷いたガラスシャーレ内に保った。これを各区1 枚ずつ供試した。各区の処理温度は30℃,35℃,40℃で,
処理時間は1時間,2時間,3時間,4時間,5時間,10 時間とした。対照区は直ちに20℃,暗黒条件で24時間 培養し,処理区は各処理後に対照区と同様に培養した。
調査は,培養後に滴下1箇所当たり100個の分生子の発 芽の有無を調べ,発芽率は2箇所の平均値で示した。発
芽阻害率は,対照区の発芽率から各処理区の発芽率を引 いた値を対照区の発芽率で除して算出した。
リンゴおよびナシ黒星病菌分生子の発芽に及ぼす30
〜40℃の影響を表―2に示した。発芽阻害率は三元配置 分散分析の結果,供試菌,処理温度,処理時間の間に有 意差(p<0.01)が,供試菌と温度(p<0.05),温度と 時間(p<0.01)の間に交互作用が認められた。また,
35℃および40℃ではリンゴ黒星病菌はナシ黒星病菌と 比べて発芽阻害率が高く,最小2乗平均差のTukeyの HSD検定により両病菌の間に有意差(p<0.05)が認め られた。このことから,リンゴ黒星病菌分生子の高温耐 性はナシ黒星病菌と比べて低いことが明らかとなった。
IV 菌糸の生存に及ぼす高温の影響 菌糸生存試験に供試したリンゴ黒星病菌は長野県果樹 試験場保存の2菌株(R―1,R―2),油日アグロリサーチ
(株)保存の1菌株(R―3),果樹センター保存の3菌株
(R―4,R―5,R―6)の計6菌株,ナシ黒星病菌は佐賀県 果樹試験場保存の2菌株(N―1,N―2),長野県南信農業 試験場保存の2菌株(N―3,N―4)の計4菌株であった。
供試菌は直径9 cmのガラスシャーレに流し込んだブ ドウ糖加用ジャガイモ煎汁寒天(PDA)培地(Difco)で,
20℃,暗黒条件で7週間前培養した。その後,各供試菌 の菌そう先端部を直径5 mmのコルクボーラで切り取 り,直径9 cmのガラスシャーレに流し込んだPDA培 地上の5箇所に菌そう面が接するように移植した。この ガラスシャーレは各区2枚供試した。各区の処理温度は 30℃,35℃,40℃,45℃で,処理時間は5時間,10時間,
24時間,48時間とした。各処理後に20℃,暗黒条件で 表−1 日最高気温30℃および35℃以上の出現日数(気象庁データより)
地方 観測地点
1985〜99年間 2000〜14年間
30℃以上(日) 35℃以上(日) 30℃以上(日) 35℃以上(日)
北海道 札幌 114 2 139 2
北奥羽
青森 盛岡 秋田 鹿角 横手
186 276 254 220 349
5 8 21 6 19
222 353 339 235 494
4 12 18 5 26
南奥羽
仙台 山形 福島
252 524 602
10 66 91
360 661 751
10 78 134
関東・中部 前橋 長野 金沢 富山 岐阜
751 604 636 547 972
132 53 49 62 154
917 760 727 752 1,136
211 60 50 133 270
リンゴ黒星病菌はナシ黒星病菌と比べて高温耐性が低い 317
35日間培養した。調査は,培養後に含菌寒天片から菌 糸が伸長していないものを死滅,菌糸が伸長したものを 生存と判定した。
菌糸生存試験の結果,30℃および35℃ではリンゴお よびナシ黒星病菌ともに48時間処理でもすべての供試 個体が生存した(データ省略)。
しかし,40℃ではリンゴ黒星病菌(R―1,R―2,R―3,R―4, R―5,R―6)菌糸は24時間処理で全供試個体が死滅した のに対して,ナシ黒星病菌(N―1,N―2,N―3,N―4)で は24時間および48時間でも生存個体があり,Wilcoxon の順位和検定を行った結果,40℃・24時間処理に有意差
(p<0.01)が認められた。45℃では,いずれの処理時間 ともに両病菌の間に有意差は認められなかった(表―3)。
このことから,リンゴ黒星病菌菌糸の高温耐性はナシ黒 星病菌と比べて低いことが明らかとなった。
V 発生動向に関する考察
リンゴ黒星病菌の高温耐性は,分生子および菌糸とも にナシ黒星病菌と比べて低いことが明らかとなった。し たがって,このことが真夏日が増加している近年の気象 条件下において,ナシ黒星病が多発傾向を示しているの に対してリンゴ黒星病が少発傾向にあることの要因の一 つになっていると思われる。
表−2 リンゴおよびナシ黒星病菌(RS,NS)分生子の発芽に及ぼす温度の影響
供試菌 対照 発芽率
温度
(℃)
処理時間別発芽率b)(発芽阻害率)
1時間 2時間 3時間 4時間 5時間 10時間
RS―1 86.0
30 35 40
89.5 76.5 81.5
(0)
(11.0)
(5.2) 91.5 70.0 20.5
(0)
(18.6)
(76.2) 85.5 69.5 0
(0.6)
(19.2)
(100) 75.5 73.0 0
(12.2)
(15.1)
(100) 70.5 66.5 0
(18.0)
(22.7)
(100) 49.0 13.0 0
(43.0)
(84.9)
(100)
RS―2 89.0
30 35 40
80.5 83.0 70.5
(9.6)
(6.7)
(20.8)
87.0 81.0 45.5
(2.2)
(9.0)
(48.9)
83.5 65.5 8.5
(6.2)
(26.4)
(90.4)
69.5 60.0 0
(21.9)
(32.6)
(100)
79.0 44.0 0
(11.2)
(50.6)
(100)
49.0 11.5 0
(44.9)
(87.1)
(100)
RS―3 90.5
30 35 40
91.5 88.5 85.0
(0)
(2.2)
(6.1) 86.0 88.0 44.5
(5.0)
(2.8)
(50.8) 88.0 74.5 25.5
(2.8)
(17.7)
(71.8) 91.5 74.0 0
(0)
(18.2)
(100) 90.5 73.5 0
(0)
(18.8)
(100) 68.0
1.5 0
(24.9)
(98.3)
(100) NS―1 93.0
30 35 40
90.5 89.0 91.5
(2.7)
(4.3)
(1.6)
93.5 93.0 78.0
(0)
(0)
(16.1)
87.0 86.0 10.0
(6.5)
(7.5)
(89.2)
86.0 89.5 17.0
(7.5)
(3.8)
(81.7)
83.0 81.5 0
(10.8)
(12.4)
(100)
60.5 80.0 0
(34.9)
(14.0)
(100)
NS―2 45.5
30 35 40
51.5 49.0 55.0
(0)
(0)
(0)
43.0 40.5 32.5
(5.5)
(11.0)
(28.6)
58.5 47.0 5.5
(0)
(0)
(87.9)
51.0 42.0 4.5
(0)
(7.7)
(90.1)
57.5 36.0 0.5
(0)
(20.9)
(98.9)
49.0 31.0 0
(0)
(31.9)
(100)
NS―3 77.0
30 35 40
76.0 79.5 76.0
(1.3)
(0)
(1.3)
78.5 79.0 53.0
(0)
(0)
(31.2)
77.5 69.0 12.0
(0)
(10.4)
(84.4)
79.0 72.0 2.5
(0)
(6.5)
(96.8)
76.5 65.0 0
(0.6)
(15.6)
(100)
55.5 58.0 0
(27.9)
(24.7)
(100)
a) RS―1,RS―2,RS―3はリンゴ黒星病果,NS―1,NS―2,NS―3はナシ黒星病果から採取した分生子を示す.
b) 各処理後20℃で24時間培養後,分生子100個の発芽の有無を調査し算出した.
c) 対照発芽率から各処理発芽率を引いた値を対照発芽率で除して算出した.各処理発芽率が対照発芽率を上回る場合は0とした.
a)
c)
表−3 リンゴおよびナシ黒星病菌(R,N)の菌糸生存に及ぼす 温度の影響
供試菌 処理温度
(℃)
処理時間別生存数
5時間 10時間 24時間 48時間
R―1 40
45
10 1
10 0
0 0
0 0
R―2 40
45
10 1
10 0
0 0
0 0
R―3 40
45
10 0
9 0
0 0
0 0
R―4 40
45
10 0
10 0
0 0
0 0
R―5 40
45
10 4
10 0
0 0
0 0
R―6 40
45
10 1
10 0
0 0
0 0
N―1 40
45
10 2
10 1
7 0
0 0
N―2 40
45
10 3
10 0
9 0
3 0
N―3 40
45
10 1
10 0
10 0
0 0
N―4 40
45
10 7
10 0
6 0
2 0
a)各処理後20℃で35日間培養後,含菌寒天片から菌糸が伸長し たものを生存と判定した.各区10片当たりの生存数を示す.
a)
なお,自然条件下において35℃以上の高温条件が続 くとは考えにくいが,葉面の温度は直射日光の照射条件 などによって気温より高くなること(飯塚ら,1973;
NITO et al., 1979;汰木,1996)や一般に黒色は熱を吸収 しやすいことから,気温や直射日光が葉温,特に黒色の 病斑部の温度を高め,このことが分生子の発芽能力を低 下させている可能性がある。
秋田県植物防疫年報によると,リンゴ黒星病は鹿角市 を中心とした県北部で発生しているが,県南部の横手市 にある発生予察圃では2006年以降は発生が認められず,
周辺の農家圃場においてもほぼ同様の状況で推移してい る。このように,リンゴ黒星病は秋田県内の地域によっ て異なる発生程度となっているが,一般圃場の防除は秋 田県農作物病害虫・雑草防除基準(秋田県植物防疫協会,
2015)に準じてほぼ同様に行われてきた。一方,4〜10 月間の最高気温35℃以上の出現日数は鹿角(県北部)
と比べて横手(県南部)で多く,さらに横手(県南部)
では前期19日に対して後期26日と増加している。リン ゴ黒星病菌は高温耐性が低いことを考慮すると,両地区 の発病の差には日最高気温30℃以上および35℃以上の 出現日数が影響した可能性が高いと推察される。また,
関東や中部地方における発生が近年減少しているのは,
35℃以上の高温日の出現日数が増加していることに起因 しているものと思われる。
一方,図―1によると,関東・中部地方の発生面積率 は緯度が高い南奥羽地方と比べて高い傾向を示している が,前者のリンゴ栽培地帯は高標高地にも多く分布して いることから,各々の県庁所在地の気温と比べてリンゴ 栽培地域の気温が低かったことが反映された結果と考え られる。北海道地方での発生が,2003年以降に北奥羽 地方や関東・中部地方と比べて少なく経過しているが,
札幌における日最高気温30℃以上および35℃以上の出 現日数が極めて少ないことから,気温以外の発生抑制要 因が関与していると思われる。
本研究において,ナシ黒星病菌分生子はリンゴ黒星病 菌分生子と比べて高温耐性が高く,さらに菌糸は分生子 より高温の影響を受けにくいことが明らかとなった。こ の結果は,ナシ黒星病がリンゴ黒星病と異なり,最高気 温が30℃以上となる梅雨後期から夏季の気象条件下で もまん延すること(梅本,1993)や,8月中〜下旬にも 分生子を豊富に形成・伝搬すること(高梨ら,1970)と
もよく一致している。しかしながら,ナシ黒星病菌も高 温になるにしたがって分生子発芽率が低下しており,高 温耐性だけが多発傾向の要因とは考えにくいことから,
近年のナシ黒星病の多発傾向には本病に卓効を示すステ ロール脱メチル化阻害剤の多用による耐性菌の発生(菊 原・石井,2008)なども関与している可能性がある。
お わ り に
農林水産省(2015)は,21世紀末には20世紀末と比較 して日最高気温の年平均値が全国で平均1.1〜4.3℃上昇 し,真夏日の年間日数は全国で平均12.4〜52.8日増加す ると予測している。また,温暖化の病害虫に対する影響 の中で,病害については気候変動により明確に増加した 事例は見当たらないとしながら,将来予測では気候変動 によって発生拡大する病害もあることを懸念している。
病害の発生推移の予測では個々の発生生態上の特性と気 象条件を合わせて検討する必要がある。したがって,本 研究の結果から,リンゴ黒星病の今後の発生動向は現状 および気候変動予測から衰退傾向を示すと考えられる。
引 用 文 献
1)秋田県農林水産部(2003〜2014): 平成14〜25年度植物防疫 年報.
2)秋田県植物防疫協会(2015): 秋田県農作物病害虫・雑草防除基 準平成27年度版,秋田県植物防疫協会,秋田,p.179, p.195.
3)浅利正義(2016): 日植病報 82 : 185〜191. 4) HAR TMAN, J. R. et al.(1999): Plant Dis. 83 : 531〜534. 5)飯塚一郎ら(1973): 農業気象 28 : 181〜184.
6)川原秀之ら(2012 a): 九病虫研会報 58 : 28〜33.
7) ら(2012 b): 同上 58 : 34〜39. 8)菊原賢次・石井英夫(2008): 同上 54 : 24〜29. 9)工藤哲男ら(1976): 秋田果試研報 8 : 19〜29.
10) MACHARDY, W. E. and D. M. GADOUR Y(1989): Phytopathology 79 : 304〜310.
11)中沢憲夫ら(1984): 北日本病虫研報 35 : 62〜64. 12)西田 勉(1967): 日植病報 33 : 352〜353(講要). 13) (1968): 同上 34 : 364(講要).
14) NITO, N. et al.(1979): Envirom. Control in Biol. 17 : 59〜66.
15)農林水産省(2015): 農林水産省気候変動適応計画,平成27年 度8月.
16) SAWAMURA, K. et al.(1993): Plant Dis. 77 : 546〜552.
17)高梨和雄ら(1970): 園試報 A9 : 17〜33.
18)梅本清作(1993): 千葉農試特報 22 : 1〜99. 19)山本省二・田中彰一(1962): 園試報 B1 : 163〜171.
20) ・ (1963): 同上 B2 : 181〜192.
21)汰木達郎(1996): 九大演報 74 : 1〜12.
参 考 U R L
1)気象庁過去の気象データ http://www.data.jma.go.jp/jma/index.
html(2015年11月4日現在)
2)日本植物防疫協会JPP―NET病害虫発生防除状況データベース http://www.jppn.ne.jp/member/(2015年10月14日現在)