親子関係における母親の内的ワーキングモデルの認知機能に関する基礎的研究 : 育児ストレスとの関わりから
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(2) ま え が き. 入の子の親となって,子育てなんてそんなに楽しいもんじゃない, どちらかといえばしんどいことの方が多いかも知れないと思うこと がある。. 暦のうえでは春とはいえ,まだ寒さも厳しい二月下旬のこと,当 時私が勤務していた学校で,その学校へ通う子どもの母親が, 「先 生,今年はたいへんな子どもさんが入学して来られますよ」と言っ て話してくれたことがある。その母親の話では近所に母親から虐待 されている子がいるという。少し奥まった家から通りにまで聞こえ るほどの罵声を浴びせられ,その子は青あざが絶えない。寒い冬の 夜にも家の外へ放り出され,水をかけられ,ずぶ濡れのままで放置 される。五人きょうだいのうちの双子として生まれてきたただ一人 だけが虐待の的になっている。それとなくまわりの人に聞いてみる と近所では知らぬものがいないという。 四月になりその子が入学し,初めてその一母親と会ったとき,疲れ. きった表情の青白い顔に幾つものあざがあるのを見て,これから取 り組む問題の大きさに胸が鉛のように重くなるのを感じた。 また,別の子は,やはり入学前,兄の書く日記を糸口に虐待を知 った。いうことをきかないということで殴られる。火傷をするほど のお灸をすえられる。それが連日のように続く一その子ばかりに。 初めて会ったその母親は近づくものを拒絶する強い意思を視線に込 めて私を見た。. 学校で子ども達と生活していると,このようなケースに出合うこ とはそれほど珍しいことではない。私の乏しい経験の申にも何人か の子ども達の顔が浮かぶ。冒頭で触れたケースもそのうちの二人の 子どもについてのものである。 児童虐待(Child Abuse and Neglect)というと週刊誌の扇情的な. ’i’.
(3) 「鬼母」一といったおどろおどうしい見出しが目に浮かぶ。いかに も尋常ならざる異様な母親像がイメージされるが,これらは果たし て特別な母親の異常なケースなのだろうか。*1 先に述べた二つのケースをはじめ,私が出合った母親達は決して. 特別な母親ではない。それどころか,後にはPTAやその他の親の 会の役員として自分の子どもだけでなく学校・地域全体に目を配る リーダーとして活躍された方もおり,どちらかと言えば普通以上に 子育てに自己の意思で積極的に取り組んでおられた方が多い。にも かかわらず第三者から見ると虐待としか言いようのない行為に及ぶ のはなぜだろう。. 遊びの定番,子ども達の大好きな「お母さんごっこ」と違って,. 実際に子どもを育てるのは容易なことではない。私が出合ったケー スにおいても,児童虐待の要因として,従来から指摘されているよ うな家庭の経済的困難i,夫婦の不和,親の精神病理的問題,子ども の育てにくさなどの幾つかの問題点も考えられる。しかし,母親を そこまで追い込んだものとして私が最も強く感じたのは母親の孤立 である。最も頼りとなるべき心理的サポート源の夫をカイシャに奪 われ,都会のマンションの一室で子どもとだけ向かい合って孤立す る母親の姿である。それは決して特別な母親の問題ではない。少し 想像力を働かせてみれば思い至るように,子育ての過程において, 子どもの養育に関わる者全てに「私」の問題として起こりうる極め て現実的問題なのである。. 新聞やTVを賑わすケースの場合は子どもの生死に関わる場合が 多い。またそのような重篤なケースでなければ表沙汰になることも ない。表現は悪いが闇から闇へ葬り去られる場合が多いであろう。 先述したケースにしても,そこまでにたち至らなかったとはいえ, 眉をひそめていた人は多いが家庭内のことでもあるので児童虐待に 焦点を絞って関わることは難しい。また,こういつた場合,私が関 わった範囲では,当事者である養育者*2の側から見ると育児・しつ け上の困難な問題として認識されている。養育者には虐待との認識. 一ii”.
(4) はなく,しっけとしての体罰として考えられている。しかし,私は 体罰と虐待に境界を見いだすことはできなかった。これらの重篤な 虐待に至らなかったケースも一歩間違えば「鬼」と指弾されること になるやもしれないものである。こう考えれば児童虐待は養育者の 側から見ると,限界に達した育児上のストレスが,ある日何らかの きっかけで暴発し,それが悪循環に陥る現象と見ることができる。 児童虐待は育児上の困難之連続線上のものなのだ。本論で触れるが, 実際に大阪と東京で始まった電話相談の実績を見ると児童虐待の裾 野には育児上の困難を抱えた多くの養育者の姿が見える。 反面,同じような困難な状況にあっても,それをものともしない 沢山の親達に会えたことも忘れられない。虐待する親の幼少期の被 虐体経験が問題にされることも多いが,立派に子どもを育てておら れる母親の申に自分自身の子どもの頃の被虐体経験を語ってくれた 方もある。日本人を夫に持つ在日朝鮮入の妻として,家庭内におい てさえB本人の姑や親族から民族差別を受けながら,それを笑い飛 ばして干害を持ったわが子を元気に育てておられる母親もいた。児 童虐待に至る過程は外から見た育児上の外的要因の困難さだけでは 説明できないものがある。. 親子といっても別の人格である。子どもを産んで母親になれば, 父親になれば自然にうまくいくというものでもない。中には気難し い子もいる。夜中に何度も起こされて寝不足になることもあるだろ う。なかなか食べてくれないことだってある。つきあっていくうえ で楽な子ばかりではない。しかし,うまくいかないときに子どもと 折り合おうと思えば,やはり大人の方から歩み寄るのが当然だろう。 同じように育てにくい子どもであっても養育者の側の受け取り方に よっては育児の上でのストレスにもなるし,ストレスにならない場 合もある。たとえわが子であっても,子どもという別の人格と関係 を結ぶことは難しい。児童虐待,広く言えば育児上の困難は養育者 と子どもの「関係」の問題なのである。児童虐待を養育者と子ども の「関係」の問題ととらえ,育児上の困難に当たっては,養育者の 一 ユユ1 ,.
(5) 側から歩み寄ることを考えるなら,養育者側の基本的対人態度が問 題となるだろう。. そこで,本研究においては,第1章において養育者と子どもの今 日の「関係」を象徴していると筆者は考える児童虐待をめぐる問題 について検討したい。そして,第2章以下で筆者が実施した具体的 な調査研究を通して,子育ての上での困難を養育者の基本的対人態 度の面から考察していきたい。. *1 第1章参照. *2 子育てにおいては,特に近代以降主たる養育者は母親である (とされてきた)。しかし,歴史的に見ても,また,今日の世界を 見ても母親以外の者が主たる養育者となっている場合が少なくない。 ここまで,今日の家族制度への批判的意味を含めて意図的に「母親」 という言葉を使用してきたが,本論で扱うような養育者と子どもの 関係において,養育者が「母親」である場合と「母親」以外の場合 に本質的に差があるのか,或いはまたここで言う「母親」とは生物 学的な意味での母親のみを指すのかといったことについては大いに 議論のあるところである。そこで,ここでは,特定の母親に限定せ ず一般的な意味で使用する場合は「養育者」という表現をする。 iv.
(6) 次. 目. ま えがき. 第1章 聞 題 第1節 現代社会の病理としての児童虐待 1.児童虐待の問題史 2.わが国における児童虐待の実態 3.電話相談の実態から見た児童虐待と 保育上の困難の実態 4.児童虐待を考える今日的意義 第2節 子育てにおけるいわゆる「・母性神話」. の問題点 第3節 基本的対人態度の基礎としての内的 ワーキングモデル 1.ボウルビィの内的ワーキングモデル 2.発達的視点からみた内的ワN一一キングモデル. 第2章 内的ワーキングモデルと育児ストレス 第!節 調査研究の目的 1.調査研究の目的 2.調査研究上の仮説 第2節 調査研究の方法 !.調査対象 2.調査時期 3.調査手続き 4.調査内容 v ’. 1頁 1頁 !頁. 9頁. 14頁 18頁 27頁. 41頁 41頁 43頁 51頁 51頁 5!頁. 52頁 53頁 53頁 54頁 54頁 54頁.
(7) 第3節 調査研究の結果 !.内的ワーキングモデルの類型化 2.内的ワーキングモデルの類型と 育児ストレスの認知 3.内的ワーキングモデルの類型と 母性意識 4.内的ワーキングモデルの類型と ソーシャルサポート 第3章 新たな愛着対象の出現と内的ワーキング モデルの再構成の可能性(考察と今後の. 57頁 57頁 7!頁. 87頁. 93頁. 118頁. 課題). 第!節 育児ストレス認知における内的ワー キングモデルと育児経験 第2節 新たな愛着対象の出現と内的ワーキング モデルの再構成の可能性. 118頁 125頁 131頁 135頁. 要 約. 引用文献・参考文献 資 料. あとがき. vi.
(8) 第!章 問. 題. 第1節 現代社会の病理としての児童虐待 1.児童虐待の問題史 (1)児童虐待の定義と問題史 今日的な意味で児童虐待に初めてわれわれの目を向けさせた のはアメリカの小児科医Woolley,P,V.やKempe,C.H.である。児. 童虐待が現在のように大きな社会問題として取り上げられるよ うになったのは,1955年Woolly,P.V.とEvans,W.A.がX線 撮影で見られる幼児の骨格の損傷の多くが故意に加えられたも のであるとする見解をJournal of the American Medical As−. socia ti on誌上に発表し,1961年のアメリカ小児科学会総会 においてKempeを中心に「被虐待児症候群」(Battered Child Syndr。me)に関する学際的な紹介がなされ,次の年Kempeにより she Battered Child Syndrome”というタイトルの論文*1が発表 ’?. されたことに負うところが大きい。. これらの報告はマスメディアを通じてアメリカ社会に大きな 衝撃を与えたが,当時アメリカで研究生活を送っていた池田 (1987)によれば,当時は医療の専門家の聞でも「実の親が子ど. もを虐待するなんて,まさかそんなことが!」という反応が主 であったということである。 Kempeも後に自らの著書(Kempe,C.H.&Kempe,R.S.(1978)). の冒頭で「児童虐待に関する本は100年前に書かれることは ありえなかった。もし1970年代から調査者が現代の目で家 庭の様子を調べるために19世紀に戻れば児童虐待が彼にはっ きりと見えるだろう。それにもかかわらず,過去においては家 一1一.
(9) 族や社会を構成する人々にはほとんどそれは見えなかったので ある。児童虐待が社会的病理として認知される前に,.私たちの 文化についての見方や感じ方の変化が生じなければならなかっ たのである」 (PP.3)と述べている。. 過去の歴史を遡れば,例えば,Steinmetz,S.K,(1987)は古代. においては紀元前2100年のハムラビ法典や紀元前800年 のヘブライ法には親の所有物としての子どもの概念が描かれて おり,そこでは間引きも容認される習慣として考えられている ことを紹:介している。更に,ローマ時代においてもローマ法に おける家父長権によって父親が子どもを売ったり生け蟄に捧げ たり殺したりすることは許されていたということであり, 「鞭 打つことを惜しむ人は息子を憎む人であり,一方,息子を愛す る人は労を惜しむことなくしつけるものだ(He who spares the rod hates his soR, but he who ユoves him discipユines. him diユigentユy)」という諺を紹介している。. deMause(1982)は,古代から今日に至るまでの親子関係を精神. 分析的な見方から論じているが,極論すればdeMauseの言うよう に「ユ8世紀以前に生まれた子どもの大部分は,今日で言う 「被虐待児」の範躊に入ると信じている」 (pp.122)というこ とになるかも知れない。. 児童虐待といっても,時代や地域,或いは風俗習慣や制度と いった文化の違いによっては正当なものとされてきた行為を, 現代のわれわれの目から虐待と断じている場合もある。現代に おいても宗教的儀式,通過儀礼等として行われる行為の申には われわれから見ると虐待と思えるものもある。このように歴史 的,文化的な背景まで考慮すると,一方的に虐待と判断するこ とは差し控えざるを得ない。そこで,児童虐待を明確に定義づ. けようとすると困難がともなうが,本論文においては1983 年に児童虐待調査研究会が行った全国調査の際の次ページ表1 に示した定義に準じて児童虐待という用語を使用する。 一2一.
(10) 表1.児童虐待の定義 親,または,親に代わる保護者により,非偶発的に(単な る事故ではない,故意を含む),児童に加えられた次の行為 をいう。. ① 身体的虐待:外傷の残る暴行,或いは,生命に危険の ある暴行(外傷としては,打撲傷,あざ〈内出血〉,骨 折,頭部外傷,刺傷,火傷など。生命に危険のある暴行 とは,首を絞める,布団蒸しにする,溺れさせる,逆さ 吊りにする,毒物を飲ませる,食事を与えない,戸外に 閉め出す,一室に拘禁するなど)。 ② 保護の怠慢ないし拒否:遺棄,衣食住や清潔さについ ての鰹康状態を損なう放置(栄養不良,極端な不潔,怠 慢ないし拒否による病気の発生,学校へ登校させないな ど)。. ③性的虐待:親による近親相姦,または親に代わる保護 者による性的暴行。. ④ 心理的虐待:以上の①②③を含まない,その他極端な 心理的外傷を与えたと思われる行為(心理的外傷とは, 児童の不安,怯え,うつ状態,凍りつくような無感動や 無表情,強い攻撃性,習癖異常など,日常生活に支障を きたす精神症状が現れているものに限る)。 (児童虐待調査研究会による). 一3一.
(11) このように児童虐待は人間の歴史の影の部分として存在しな がら,ついここ百年ほどの間に「発見」された現象なのである。 そこで,わが国に比べると早くから児童虐待が社会野州化した アメリカについてKempe(1978)に沿ってその概要を見る。 Kempe. によれば,早くも1825年にはニューヨークにおいてNew York Society for the Reformation of Juvenile Delinquents. (非行少年矯正協会)が設立され,副次的に被虐待児にとって. の一時的避難所として機能していた。また目をヨーロッパに転. ずると1860年にはフランスの法医学者Ambroise Tardieu が=破虐待児を初めて報告し,同じ年ロンドン子ども病院(The Hospiしaユfor Sick Chiユdren of London)のAしhol Johnsonが,. 子ども達に繰り返し起こる骨折について注意を喚起している。. しかし,民衆に強い印象を与えたのは1874年に起こった Mary Ellen事件である。*2 池田(1979)によれば,Mary Elユenはニューヨーク市に住む 少女であったが継親(一説には養親)に殴打され飢え死にしそ. うになっていたところを教会の牧師に発見された。しかし当時 は被虐待児を保護する法令がなかったため,市民は「動物虐待 防止協会」を説得し,入間も広義の動物であるので少なくとも 動物が受けられる保護を受ける資格があるとして保護に乗り出. した。この事件が報道され,1875年には同じニューヨーク でThe Society for the Prevention of Cruelty to Children. (児童虐待防止協会)が設立され,同じ頃同様な福祉機関が相 次いでアメリカ国内及びイギリスにできている。各地に児童虐 待防止協会が設立される嗜矢となったのがこの事件である。. その後1909年には今日でいう児童虐待に関する最初の会 合がホワイトハウスにより催され,American Association for Study and Prevention of InfanしMortality(幼児死亡研究・. 予防協会)が設立された。この頃より児童虐待の背:景にも目が. 向けられ始めたと言える。当時は児童虐待が発覚すると,親を 一4一.
(12) 罰するのが主な処置であったが,刑を終えて家庭に帰った親に より,以前より酷い虐待が繰り返されるということが聞題とな っていた。それも間もなく児童虐待には複雑な心理的背景があ ることが明かとなってきたのである。しかし,児童虐待のケー スについての詳しい診断が得られることは希であり,児童虐待 については,まだ,ほとんどわかっていなかったと言ってもよ い。. 児童虐待がわれわれの前にその姿をはっきり現すには科学技 術の進歩が必要であった。X線写真撮影が医療技術として普及 してくると,!946年にはCaffey,J.が硬:膜下出血と長骨のX 線写真でわかる異常の説明不能な関連について注意を払うよう 報告している*3。その後,先に述べたようにKempe等による報告 で大きな社会問題としてわれわれは児童虐待を認識するように なったのである。. (2)わが国における児童虐待の一目史. 一方目をわが国に転じてみると,日本における児童虐待とし て最も大きな問題は「親子心中」という名における親による子 殺しであると考えられており,欧米でいうような児童虐待が問 題視されるようになったのは最近のことである。実際,比較的 早い時期に日本の児童虐待についてアメリカで出版された文献 に報告したWagatsuma,H.(1981)は「日本においては欧米で理解 されているような児童虐待(Child abuse and neglect)は深刻な. 社会問題となっていない。児童虐待は深い社会的関心事となっ ている兆候はなく,この問題に関する文献も非常に少ない。 ∼中略∼ 日本の親,特に母親は子どもを虐待するよりも多く の場合捨てるか殺してしまう傾向がある。一方の親または両親 が子どもを殺し,それから自分も自殺するという実態であるの 一5一.
(13) で,こう呼ぶのは不適切だが,いわゆるParent−child joint. suicide(日本では「親子心中」と呼ばれる)が日本の特徴的現 :象と言えるだろう」 (pp.120)と述べている。. 入江(1980)によれば,子捨て・子殺しは説話集や軍記物の描 写を待つまでもなく,古くから多くの記録に表れているが,農. 村部における「間引き」,都市部における「堕胎」という形で 社会問題化したのは江戸時代になってからということである。 入江は特に「間引き」に関して北関東地方の実例をあげながら 日本人の死生観や当時の社会・経済的:背景にも触れ, 「生産力. の低い前近代社会において,一・つの生命をはぐくみ育て,『一. 人前』に仕立てあげていく仕事は,共同体の成員はじめ多くの 人の手を借りてはじめてなし得るものであった」 (pp.45)とい. う。そしてこのような社会においては「生みの親」が子どもの 養育と教育の全てに責任を負うわけではない共同体としての子 育てであることを指摘し, 「間引き」について「根本的には経 済事情に基づく,機能的には多分に人口調整的意味あいをもっ た,きわめて世俗的な『社会的子殺し』の習俗が家族を包み, 家を包み,その成員に暗黙の合意をうながしたとも言える」 (pp.48)と論じている。即ち,入江によれば「同族や共同体の存 在は時には栓楷となることはあっても,同時に現代社会におけ るような孤立した子育ての状況,とりわけむき出しの母子関係 といったものを生み出すこともなかった」 (pp.49)として,現. 代における児童虐待と近世以前におけるそれの違いを述べてい る。. また,堕胎や間引きの他に指摘しておきたいのは,人身売買 である。池田(1987)によれば,古くは「日本書紀」天武天皇の. 5年(676年),農民が子を売ることを禁止したという記録 があり,その後の大宝・養老の律令においても人身売買は禁止 されていたというが,逆にいえば,それだけ人身売買が公然と 行われていたことの証左と言える。中世にいたっても人買い商 一6一.
(14) 人が活動していたことは,謡曲「墨田川」や説教節「山椒太夫」 に見られる通りである。江戸時代以降においても「身売奉公」. という名の入身売買は続き,明治5年(1871年)の太政官 布告により人身売買の禁止や芸娼妓の解放が宣言されたが,花 柳界の事実上の人身売買や「女工哀史」に見られるように年季 奉公に出た若年工場労働者の悲惨な生活は依然として続いてい た。. わが国においては1945年の敗戦とそれに続く1947年 の「日本国憲法」の施行により,多くの犠牲を払いながらよう. やく基本的人権が憲法の:大きな柱となったが,ユ957年に 「売春防止法」が施行されるまでは人身売買が法的にも完全に は断ち切れていなかったと言える。. また,戦後の混乱期には,1948年1月に発覚した「寿産 院事件」,同年2月に続いて発覚した「淀橋産院事件」などの 「貰い子殺し」が大きな開題となった。中でも204名の乳幼 児を預かり,内103名を死亡させた「寿産院:事件」は主犯の 助産婦が牛込産婆会会長の要職にあり,共犯の夫も元警察官と いういわば地元の名士による犯行だっただけに社会に与えた衝 撃は大きかった。当時の新聞報道を見ると戦後の食料事情の悪 さと配給制度に関わる行政の不手際を指摘する論調が目につく が,犠牲となった子ども達のほとんどが正式な婚姻外の出産に よるものである点に大きな聞題が読み取れる。この事件が後に 「優生保護法」制定の契機となった理由もここにある。こうし. て1879年(明治13年)以来犯罪となっていた堕胎罪が消 失したのである。. わが国において,今日いう児童虐待が問題となったのは,. 1970年代になってからである。1972年頃「コインロッ カー事件」 (コインロッカーを使った乳児の殺害・遺棄事件). が多発し世情を賑わすようになった。厚生省が児童虐待に関す る初めての全国調査を行ったのもちょうど工973年,このよ 一7一.
(15) うな背景による。!970年代後半になると池田(1979)による 児童虐待に関する最初の著作が発表され,小児科医を申心に臨. 床例の報告も多くなされるようになった。1980年代に入る と目に触れやすい新書という形で発表された池田(1987)の著書. は一般への啓発的役割を果たした。同じ頃から専門雑誌におい. てもいくつかの特集が企画されている(「小児看護」6巻6号 (1983), 「現代のエスプリ」206号(1984), 「日本医師会. 雑誌」103巻9号(1990), 「発達」49号(1992))。また,. 1990年11月には「朝日新聞」紙上で6回にわたって特集 記事が連載され,その後一般の雑誌や新聞紙上にも,それまで の扇情的な記事とは違った意味で問題提起になるような扱いが. みられるようになった。更に,1990年4月に大阪で,続い て!99!年5月にに東京で始まった電話相談はマスメディア を通した紹介もあっては大きな反響を呼んでおり,今後が注目 される。. 以上見てきたように,児童虐待は社会そのものが経済的に貧 しく,また, 「子どもは親の所有物」といった通念から児童の 人権を認めず行われた虐待の時代があった。そこでは児童虐待 という現象はあっても人々は虐待と認識しえない。そして,社 会が児童の人権を認めるようになって後,親子関係・家族関係 の病理として発生する虐待へと移行してきている。わが国にお いては,入権保障という点では歴史が浅く,未だに不十分なも のであり,児童と日々接していた筆者の経験では,経済的困難 や人権無視といったいわば古典的な課題も実際には残っている とは思うが,一般的にいうと親子関係・家族関係の病理として の児童虐待が今後増大してくるものと思われる。そこで,次に, わが国における児童虐待の実態について触れてみたい。. 一8一.
(16) 2.わが国における児童虐待の実態 わが国における児童虐待の実態を見てみると,その発生件数 はこれまでに行われた幾つかの調査においても,調査対象とな る機関が一定でなく,また虐待の定義も一様ではない為,全国 の実態を把握するに至っていない。幾つかの例を表2に示すが, これを見るとわかるように前述した理由により調査によるばら つきが大きい。. ことの性質上推測の域を出ないが,津崎(1991)によれば,. 1988年4月から9月までの6カ月間に全国の児童相談所で 受理された件数!039件と大阪府下で児童相談所の他,保健 所,家庭児童相談室,小児科医を対象に調査された件数の割合. から推測すれば,全国調査を行えば一年間では5000件程度 の被虐待児が把握され,1990年に大阪で始まった電話相談 の実態に見られるように関係諸機関で把握されていないケース も含めると全国的には少なくとも万単位で発生しているものと いう。. また,庄司(1992)は,児童虐待の概念の明確化と実態調査の. 必要性を指摘し,現在のところ実態は不明としながらも昭和. 60年度(1985年度)厚生省心身障害研究「母子相互作用 の臨床的応用に関する研究報告書」を論拠として,児童人口. 10万人に対して6,6件と推定し,アメリカにおける児童人. 口1000人に対して3.4∼10.5件と比べて低い発生率 にあると指摘している。 発生率については,平田(1992)も別、の資料から(全国児童相. 談所長会による1987年4月から9.月の半年間の児童虐待を 理由とした相談の受理件数),児童人口比で見ると,児童人口. 10万入あたり1年聞に都市部(東京都及び10政令指定都市). で9.8人,非都市部で5.9人,全国平均で6,6人とほぼ 同じような率をあげている。. 一9一.
(17) 表2,児童虐待の年聞発生件数調査例. 1973年度 厚生省児童家庭局調査 全国の児童相談所で把握した3歳 未満児の事例 …………一一…一一・一一・一一……………一・ 26例. 1979年度 全国養護施設協議会調査 養護施設全国40カ所の 収容児童についての調査. ………一………一・ 7460例. 1980年 日本法医学会課題報告. 1968年∼1977年の!0年間の解剖例 一…185例 1983年度 児童虐待調査研究会調査 全国の児童相談所を対象とした調査 ………一 416例 1983年度 小林登調査 全国のベッド数200以上の病院 を対象とした調査. …一一…一…一一……一一一一……. 129例. 1988年 厚生省「家庭保護と小児の成長・発達に 関する研究班」報告. !986年度∼1987年度の事例 一……… 1988年度 全国児童相談所長会調査. 231例. 1988年4月∼9月間の全国167カ所 の児童相談所で扱った件数 …一……一………1039例 1990年度 厚生省「社会福祉行政業務報告書」 全国の児童相談所における養護相談の処理件数の. 中で児童虐待を理由にしたもの …………・ 1101例 (池田(1987),橋本他(1989),『子ども白書』(1992)から作成). 一10一.
(18) 児童虐待の実態に関しては,いずれの論者も指摘するように 現在のところ不明というのが現実であり,その発生件数の推移. も正確なところはわからないが,厚生省児童家庭局が1987 年に調査した「養護児童等実態調査結果の概要」から,児童虐 待に関係すると思われる項目を抜き出して,その推移を見たの が表3と図1である。この調査は,全国の里親委託児童,養護 施設の入所児童,乳児院の入所児童及び母子寮に入所している 母子世帯の児童を対象に養育上の問題が発生した理由を調査し たものである。表3に児童数の実数と調査対象となった児童数 申に占める割合(%)を示す。. 表3,及び図1を見ると,全体の児童数は減る傾向にあるに もかかわらず, 「虐待・酷使」, 「放任・怠惰」を理由に養護. 施設等へ措置される児童数は1977年を!00とした指数で 見ると,それぞれ100.00から「虐待・酷使」は112, 59へ, 「放任・怠惰」は131.14へと増える傾向がある。 また,先に引用したWagatsuma(1981)が「親子’ひ申」と並べて. わが国の児童虐待の特徴とした「子捨て」即ち「棄児」は. !00.OOから89.55へとやや減少する傾向へと推移し ている。直接児童虐待について調査した資料ではないので表3, 図1より直ちに断定はできないが,わが国においても従来より 問題とされてきた「子捨て」 「子殺し」から,アメリカで問題 となっているような児童虐待が徐々に増えている兆候を窺わせ る。. わが国における実態把握はこれまで述べてきたように「児童 虐待」という視点からは十分野ものとは言えなかったが,厚生. 省も1990年度から,やっと児童相談所の養護理由に「虐待」 の項目を入れた。これにより,今後,全国の児童相談所が対処 した児童虐待の件数が全国規模で把握でき,またその推移も明 かとなることを期待したい。 一11一.
(19) 表3.児童虐待発生件数の推移 児 童 数( % ). 1977年. 調査対象児童数. 38526入(100.. oo/,). 虐待・酷使. 818人( 2.. 10/o). 放任・怠惰. 1593入( 4.. 10/o). 794人( 2.. 10/o). 35321人( 91.. 70/o). 38615人(100.. Oo/.). 棄. 児. 両親の離別その他. 1982年. 調査対象児童数 虐待・酷使. 放任・怠惰 棄. 845入( 2, 2063人(. 5.. 30/o). 673人( 1.. 70/o). 35034入( 90.. 80/o). 35642人(!00.. oo/.). 児. 両親の離別その他. 20/o). 工987年 調査対象児童数. 虐待・酷使 放任・怠惰. 921人(. 2089人( 5. 771入(. 棄 児. 両親の離別その他. 2. 2.. 31861人( 89.. 60/o) 90/o) 20/o) 30/o). 註:養育上の問題が発生した理由については,児童虐待に直接 関わると思われる項目の他,いくつかの項目があるが,ここ ではそれら全てをまとめて「両親の離別その他」としている。 (『日本子ども資料年鑑』(1991)より作成) 一12一.
(20) (指数). 放任・怠惰. 130. 一一一一一 一一/一一{コ. t ’. /. 120. 虐待・酷使. / ’. //0. /. 一/. 100. 一/. /. A /. 養護問題発生件数全体. / × ×. ×. 90. ×. 一〇 \○イ!/ 棄児 × //. 80 \ ○. 1977. 1982. 197. (年度) (年. 図!.児童虐待発生件数の推移. 註:ここでは1977年度の発生件数を100とした場合 の指数によって表示している。. (『日本子ども資料年鑑』(1991)より作成). 一13一.
(21) 3.電話相談の実態から見た児童虐待と保育上の困難の実態 また,ここで,筆者が注目したいのは最近始まったばかりの 電話によ.る相談受理の実態である。電話相談は,第三者からの 通報は別にして,その匿名性と自発性に大きな特徴がある。本 人が虐待或いはしっけ・育児の問題を感じていなければ電話を する事はないが,第三者から見てもはっきりわかる重篤なケー スにまで至らない軽度,或いは虐待に至る以前のケースなどは 電話相談がその実態を把握する有力な手段となる。このため, 児童虐待の予防的意味において,更に育児上の困難を抱えた養 育者への支援を考える上で,電話相談の実態を検討することに は大きな意義がある。. いち早く電話相談窓口を作った大阪の児童虐待防止協会. (1991)によると,1990年4月から1991年3月までの1 年間に表4のように!453件の相談が寄せられた。また大阪 に続き1991年5月から東京で始まった児童虐待防止センタ ーによる電話相談では7月までの3カ月間に300件を越す相 談が寄せられ,電話相談の必要性が認められる(朝日新聞19. 90年11月17日特集記事,日本経済新聞1991年8月 13日記事)。 表4に見られるように,電話相談の特徴である匿名性(かけ る側からいえば「いつでも切れる」という安心感につながる) からか重症度の高い相談も多いが,筆者が注目したいのは「軽. 度」及び「虐待の危惧あり」の相談である。件数にして323. 件,虐待に関わる相談件数708件中45.6%を占めている (相談全体に占める割合は22.2%)。虐待に関わる相談の 半数近くはこの緊急に対応するほどではないが心理的サポート や具体的助言を必要とする虐待の一歩手前にいる養育者達によ るものである。. 一14一.
(22) 表4.児童虐待に関わる電話相談の種別と虐待の程度 件. 虐 待 に 関 係. 生命の危険 重 度 中 度 軽 度 虐待の危惧. 不 明 ノ イ ズ 情報求む そ の 他 計. 数 (%). !9. ( !.. 3). 88. ( 6e. 1). (1 7.. 3). (1 7.. 5). ( 4.. 7). ( 1.. 9). ( 4.. 3). ( 2.. 8). (44.. 1). 251 255 68 27 63 40. 642. 1453 (! 0 0. 0). 註:ここでいう「ノイズ」とは,いたずら,作話の類と判断で きるもの, 「情報求む」とは単に虐待についての情報求めて きた電話であり, 「その他」は育児やしつけ,登校拒否につ いての相談で「ノイズ」や丁情報求む」に当たらないものを をいう。なお,ここでは電話相談という性格から緊急の対応 を必要とするケースもあり,必ずしも塁間的正確さからは離 れるが虐待の状態により重症度の分類を行っている*4。 (児童虐待防止協会(1991)より作成). 「軽度」或いは「虐待の危惧あり」といった相談は内容とし ては育児相談に近いもので,児童虐待防止協会(1991)によると 一15一.
(23) 「一見育児相談のように見えるものもあるカ㍉しつけの延長と. して叩いたり,イライラして子どもに当たるが,その後に自分 の行為に自責的になり,思い悩み相談するという母親が多い」 (pp.11)ということである。. また, 「その他」に分類されている育児,しつけに関する相. 談もこの延長線上にあると考えられる。 「その他」の相談は6. 42件,全体に占める割合は44.1%になる。内容としては 表5に示す通り育児相談がその他の相談の内の36.O%を占 め最も多い。育児相談は,乳児期では授乳や離乳食の聞題,排 便の問題,睡眠の蘭題,アトピーや喘息などの疾病,幼児期に なると言葉,知能,体格といった発育や発達に関する相談,友 達ができないといった社会性や性格上の相談が多いということ. である。これにしつけ相談を加えると259件(39,3%) に及ぶが,児童虐待防止協会(1991)によると,いずれも相談者 は若い母親に多く, 「親族や近隣の人からの助言や援助が求め. られない状況にあり,人間関係の希薄化と孤立した社会環境が 想定できる」 (pp,16)ということであり, 「これらの相談者は. 育児の不安や焦燥感にかられ育児ノイローゼに陥ったり,過度 のしつけが虐待へとエスカレートする危険性もある。育児やし つけの相談に的確に丁寧に答えていくことが虐待の予防になる という認識を持ち,充実した対応を配慮している」 (pp17)と いうことである。. ほかに, 「その他」の相談の中の『その他』として計上され. ている283件(43.O%)には, 「子ども」と「虐待」に 直接関わりがないと判断された相談がまとめてあるが,相談内 容は夫婦,成人した子と親,嫁姑,親族といった家族関係や相 談者自身の抑欝状態や神経症の悩み,異性関係や思春期の性の 悩みなどがあるということである。ここにも児童虐待の背景と なる一人思い悩む現代人の姿を見ることができる。 一16一.
(24) 表5.子どもの虐待ホットラインで受理した虐待に関わるも の以外の相談内容 件. 育 児 相 談 し つ け い じ め 体 罰 登 校 拒 否 非 行 そ の 他. 数(%). 237 (3 6.. o). 22 ( 3,. 3). 58 ( 8.. 8). 8( 工.. 2). 20 ( 3.. 9). 31 ( 4.. 7). 283 (4 3.. o). 659 (!00. 0). 計. 註:実数642件より相談件数が多くなっているのは,相談内 容が重複:しているケースを含むため。. (児童虐待防止協会(1991)より作成). 即ち,まわりから心理的サポートや具体的助言の得られない 社会的に孤立した育児環境にあって,一人で思い悩む養育者 (特に若い母親)を電話の向こうに見ることができる。彼らは いわば「児童虐待周辺群」であって,児童虐待防止協会(1991) の指摘するように「育児の不安や焦燥感」が「育児ノイローゼ や過度のしつけから児童虐待へとエスカレートする」可能性を 持った人達である。児童虐待はわれわれの日常的な育児の営み. 一17一.
(25) の延長線上のものであって決して「特別な親による異常な事件」 ではないことが指摘できる。. 4.児童虐待を考える今日的意義 児童虐待の発生要因について,Belsky,J.(1978)は①「精神医. 学的モデル(Psychiatric model)」,②「社会学的モデル( Sociological model):社会的ストレスモデル(Sociaユstress. model)」,③「養育者に及ぼす子どもの影響モデル(Effect of the child on caregiver model)」の3つのモデルにより検 討を加えている。. ①「精神医学的モデル」では児童虐待の加害者個人の精神医 学的要因を重視する。ここでいう精神医学的要因とは,必ずし も重篤な精神病理を指すのみでなく,児童虐待の加害者に見ら れる親子の役割逆転(roユe reversal)といった加害者自身の依 存的態度まで含んだ概念として述べており,加害者個人に虐待 の原因を求めようとしていると理解した方がわかりよいだろう。 そこでは加害者の生育歴に遡及させて原因を求め,加害者自身 の被虐待経験を問題とする。確かに内藤(1989)によると数量化 II類によって,児童虐待の「再発群」と「非再発群」の判別を. 試みたところ84,0%の判別率を得,検討した15項目のう ち9項目が「再発あり」の方に寄与していた。なかでも「養育 ・者の精神疾患」と「養育者の生育歴の問題」は他の項目に比べ. て判別の際の影響が強いことが窺え個人の要因は少なからぬも のがある。しかし,このことがただちにいわゆる「虐待の世代 間伝達」を支持するというには資料不足だろう。Beユskyも被虐 待経験をもつことが自らの子どもを虐待する親になるかという っながりについて精神力動的説明と学習理論による説明がある と紹介しているが,彼自身はどちらの説明も現状では検証でき 一18一.
(26) ないと述べている。. ②「社会的ストレスモデル」では児童虐待の原因を筆入的資 質ではなく社会のあり方に求めようとするものである。ここで は家庭がストレスを受けると暴力を生じやすくなり,児童虐待 も夫から妻,妻から夫といった家庭内暴力の一形態にすぎない と.見る見方である。家庭に及ぼすストレス要因としては社会階 層,失業,経済的困難,社会的孤立,子どもの人数,夫婦の不 和などを例にあげている。. ③「養育者に及ぼす子どもの影響モデル」では,かつては子 どもの発達に及ぼす親や社会の影響が重視されていたが,最近 では親から子へといった単一方向的(unidirecti。naユ)な影響 という考え方から,子どもも親へ影響を及ぼすといった相互作 用的(interactiona1)な影響を重視する考え方に変化する傾向 がある。このような考えに立つと,同じ家庭環境にいるきょう だいのなかである特定の子ども一人が虐待を受けるという多く の事例をうまく説明することができる。 Beユskyは児童虐待の発生要因を三つのモデルに整理して検討 したが,結論と.してこれらのモデルは虐待発生の諸要因を明ら. かにするものではあるが,ある特定のモデルあるいはある特定 の要因のみでは虐待の発生を説明しきれない。虐待の発生には 親,社会,子どものそれぞれの要因がダイナミックに相互作用 していると結論づけている。. 先に電話相談の実態に言及した際に触れたように,育児やし つけに関してまわりに相談する人もなく,具体的な助言を得る ことも期待できず,不安やストレスを感じる若い母親は多い。 斎藤(1991)が指摘するようにこのような若い・母親の訴えの背後. に心理的サポート源としての夫の不在を見ることができる。東 京都の精神医学総合研究所で心理臨床の現場にいる斎藤は最近 子育て中の若い母親から不安や怒り,欲求不満を聞くことが多 いことを述べた後, 「彼女達の訴えの背後には,ワーカホリズ. t19一.
(27) ム(仕事依存症)の夫の問題がある。仕事に忙殺された夫が, 家庭内の人間関係という点で空虚で貧しくなっていて,育児に. 悩む妻の切迫した苦しさを関知できないでいることから始まる 母親の虐待というものも無視できないのである」 (日本経済新 聞1991年8月13日記事)と述べ,更にr母親による児童虐待は, 最近やかましく論じられている父親達の過労死や時短(就労時 間短縮)の問題と深いところでつながっている」 (同上)と指 摘している。筆者が扱った児童虐待のケースにおいても父親が 大手企業の課長として仕事に追われ,連日時計が午前O時をま わらないと帰宅しない。母親はマンションの一室で子どもを自 分一人で抱え込んでしまい,子育ての難しいその子を虐待する に及ぶというケースがあったが,このように考えると,今日の 子育て中の養育者を囲む環境は,Belskyのいう三つのモデルの 内の②の「社会的ストレス」に関しては多くの養育者にとって ひと事ではないリスク因子となっていると言える。 これまで述べてきたように,今日,児童虐待はおよそ「他人 事」ではない。電話相談の実態について見たように,虐待の加 害者とごく日常的子育てをしている養育者の間に断絶はない。 例えば『日本子ども資料年鑑』(1991)に掲載されている,全国. 児童相談所長会による1988年度上半期(4月∼9月)の全 国!67カ所の児童相談所で受理した児童虐待を理由とする相 談件数の調査(以下『全児相調査』と省略)によると,虐待者 の心身の状況については表6のように約30%の者は特に問題 となるような所見は得られなかった。. これは,養育者自身の心身の状態に特に問題となるようなと ころがなかったとしても,状況によっては児童虐待の加害者と なる場合があることを示している。ましてや養育者が個人の要 因として何らかのリスク因子を持っている場合にはなおさらの ことである。今日,養育者自身に個人的なリスク因子がない場 合にも児童虐待といった重篤な親子関係の病理的現象が発生す 一20一.
(28) る場合があることを考えると,特にBelskyのいう②「社会的ス トレス」や③「養育者と子どもの関係」に関わりある何らかの 補償因子を見いだしていくことが必要である。. ・表6. 『全・児相調査』による虐待者の心身の状況 該当者数(%). 精. 神. 病. 56人(. 精神病の疑い. 45人(. 神. 10人( 56人(. 経. 症. 神経症の疑い 性 格 異 常. 知能やや低い 精 神 薄 弱 アルコール中毒 薬 物 中 毒 その他の精神疾患. 身 体 疾 患. 特に問題なし 不. 明. 143人( 105人( 22人(. 138人( 20人( 19人( 55人(. 259入( 241人(. 5. 4 0/o) 4. 3 0/o). !. oo/,) 5. 4 0/o) 1 3. 8 0/o) 1 0. 1 o/.). 2. 10/o) ! 3. 3 0/o). 1. 90/o) !. 80/o) 5. 3 0/o). 24. 90/o) 2 3. 2 0/o). 1169人. 計. 註:実数は1039人であるが,複数回答となっているため, 回答数は実数を越えている。また,該当者の割合は実数であ. る1039人に対する割合を示している。 (『日本子ども資料年鑑』(1991)). 一21一.
(29) 表7. 『丁丁相調査』による虐待者の虐待についての丁丁 該当者数(%). 全てを他の責任に 帰している. 189人( 18.. 20/o). 502入( 48.. 30/o). 自分のした行為は. 認めるが虐待との 認識はない 自分の行為を虐待 と認識している. 78入(. 7.. 50/o). ていない. 37人(. 3.. 60/o). その他. 42人( 4.. oo/.). !91人( 18.. 40/o). 自分の行為を覚え. 不明. 1039人(!00.0%). 計. (『日本子ども資料年鑑』(1991)より作成). 一22一.
(30) また同じ『男児相調査』によれば,虐待の加害者の自分の行 為に対する認識を調べたところ,前ページ表7に示すような結 果を得た。調査者の立場,調査の際の調査者の姿勢等不明であ るのでこれだけから確定的なζとは言いにくいが,子どもを虐 待していた養育者の約半数は殴る,蹴るといった自分のした行 為は認めるもののそれが虐待という認識はない。これは筆者の 経験から言ってもうなずける結果で,筆者が扱ったケースにお いても虐待をしていた養育者はあくまで「『体罰』を与えた」 という認識はあっても, 「必要な『体罰』であって虐待した覚. えはない」という見方をしていた。児童虐待の問題史にふれた 際に述べたが,虐待した養育者を一方的に弾劾するだけでは無. 題の解決にはならない。第三者から見た場合はどうであれ,養 育者自身には虐待との認識がない場合に「虐待」と養育者を責 めても,お互いにかみ合わないばかりか養育者との接点を失っ て問題の解決にはつながらない。ここに養育者を支援する側の 問題としての一つの課題がある。. 「全てを他の責任に帰している」という養育者が多いのも, 養育者個入のパーソナリティーの問題も大きいと考えられるが, 虐待する養育者の多くが社会的に孤立した状態にあることを考 えると,これも支援する側の問題としてとらえる必要がある。 筆者の扱ったケースだけに限ってみても,育児上の困難を抱え た養育者は多くの場合,それまでに養育者としての自信を傷つ けられてきている。. 子育ての困難は誰しも感ずるものであるが,それがBeユskyの 整理したようないくつかの要因が複合して児童虐待という現象 に結びつく。児童虐待は全ての養育者にとって「私」の問題と してとらえる必要のある課題であり,今日の子育てを取りまく 状況を象徴的に現す現象である。. また,逆に言うと日常的な子育ての困難をいかに支援するか ということが非常に遠回りなようでも児童虐待の予防にとって 一23一.
(31) 大きな意味があると言うことである。 「社会的ストレス」が多. くの人々にとって共通のリスク因子として考えられる現代社会 において,リスクに対抗するための補償因子を探ることは重要 である。本研究においては親子とはいえ人と人が相互に関係を 結び合ううえにおいて,何が基本的に重要と考えられるか考察 することで,この課題に応えていきたい。. *1. Kempe,C.H.,Siユverman,F,N.,Stele,B。F.,Roegemuller,W.,. Si1ver,H,K・(1962),The Battered−Child Syndrome,JAMA,181(1),. 17−24,. *2 Mary Ellen事件について事件発生の年については187!年か ら1875年まで幾つかの説があるが,ここでは池田(1979)によ れば,ほぼ定説と思われるAmerican Humane Association(アメ. リカ人権協会)の!874年説をとる。 また,児童虐待防止協会の設立年度についても同様に1871 年から1875年まで設立年次に諸説がある。 Mary Ellen事件との関連で考えれば事件後に設立されたと考え. るのが無理がなく自然であるのでここでは1885年とするが, Kempe(1978)はMary Ellen事件を1874年としているにもかかわ らず,児童虐待防止協会の設立は1871年としている。 このようにわずか100年前の事件であり,また児童虐待を考 える上ではきわめて重:要な事件でありながら,発生年次さえ定か でないところにも,われわれにとって「存在すれども見えず」で あったことが窺われよう。 Mary Ellen事件発生年次並びに児童虐待防止協会設立年次につ いては池田(1984)に詳しい。. 一24一.
(32) *3. Caffey,J.(1946),Multiple Fractures in the Long Bones of. Children Suffering from Chronic Subdural Hematoma.,Ameri一 ノ of Roentgenology,56,163. can Journal *’. S. 児童虐待防止協会(1991)の重症度の判断基準については以下. の通りである。. ① 生命の危険あり:子どもの生命の危険が「ありうる」, 「危惧する」もの。. a.身体的暴力によって,生命の危険があり得る外傷を受け る可能性があるもの。 (具体的行動,状況の例省略). b.ケア不足のために死亡する可能性がある(ネグレクト)。 死亡原因としては肺炎,敗血症,脱水症,突然死,事故死 などが=考え得る。 (具体的症状例省略). ② 重度虐待:試すぐには生命の危険はないと考えれるが,現 に子どもの健康や成長や発達に重要な影響が生じているか, 生じる可能性があるもの。子どもと家族の指導や,子どもを 保護するために,誰かの介入(訪聞指導,一時分離,入院な ど)が必要である。 (具体的症状,状況の例省略). ③中度虐待:今は入院を要するほどの外傷や栄養障害はない が,長期に見ると子どもの乱訴形成に重い問題を残すことが 危惧されるもの。誰かの援助介入がないと,自然経過ではこ れ以上の改善が見込めないもの。 (具体的症状,状況の二二 略). ④軽度の虐待:実際に子どもへの暴力があり,親や周囲のも のが虐待と感じている・しかレ,一定の制御があり,一時的 なものと考えられ,親子関係には重篤な病理がみられないも の。・しかし,親への相談は必要である。 (具体的状況の例省 一25一.
(33) 略). ⑤ 虐待の危惧あり:暴力やネグレクトの虐待行為ではないが, 「叩いてしまいそう」 「世話したくない」などの子どもへの 虐待を危惧する訴えがある。. 電話相談という限られた枠の中で不十分な情報から虐待の重 症度を判断することはきわめて困難である。しかし, 「『虐待 されている子ども』と『虐待していることについて援助を求め ている親』への援助が目的」 (児童虐待防止協会(1991))であ. るので,ここでは必ずしも「学問的正確さや行政制度上の基準 を正確に実行することが目的ではない」 (児童虐待防止協会 (1991))。そのため,相談を受けるにあたっては援助の手を差 し伸べることなく後悔するよりも,限られた手段の申で何とか 接点を見つけようとする努力が感じられる。. 一26一.
(34) 第2節 子育てにおけるいわゆる「母性神話」の問題点 前節では児童虐待についてそれが問題となってきた経緯,並び にわが国における実態という面から眺め,.われわれの子育てを取 りまく問題の一端を紹介してきた。一見特異に見える児童虐待と いう現象も決して特別な養育者だけの問題ではなく,いくつかの 要因が重なった育児上のストレスが何らかのきっかけで暴発する 現象ととらえられる。そこで本節では,広く養育者と子どもが関 係を結ぶうえにおいて重要と考えられることがらについてふれて みたい。. 01dershow,L.等(1986)に拠れば,被虐待児の母子と普通児の母、. 子の相互作用を比較検討すると,被虐待児の母親は,虐待しない 母親に比べより権力的で,干渉的で,養育行動が一貫せず,愛情 に欠け,柔軟に反応できない。逆に子どもの側について述べると 被虐待児も虐待されていない子どもに比べ,より多くの不従順行 動を示すという。これは,前節で述べたように何らかの社会的状 況のなかで養育者のパーソナリティーや生育歴,或いはそこで形 成された育児観等と子どもの気質といった子どもが養育者に与え る影響の相乗効果として親子関係の阻害,即ち極端な場合は児童 虐待にも至る育児ストレスが生じていることの結果を示唆してい る。. われわれが子育てを考えていくうえで,Blesky(1978)が児童虐 待の要因として検討した①「養育者の側の要因」,②「社会的ス トレス要因」,③「子どもの側の要因」の三要因について考えれ ば,このうち③の「子どもの側の要因」については子どもが同じ 行動をとったとしても養育者の側の受けとめ方によりストレスと なる場合もあるだろうし,ならない場合もあると考えられるので, これは①の「養育者の側の要因」に含めることが可能と考える。. また②の「社会的ストレス要因」については児童虐待について 述べた際に若干ふれたように,わが国においては経済的困難や都 一27一.
(35) 市化による地域社会の崩壊などの他に「母性」について「母性神 話」と呼ばれるほどの一つの固定的観念がある。今後論を進める うえにおいて必要と思われるので,このことについてふれておき たい。. 「母性」というと斎藤(1991)によれば「人々は母親という言葉. を聞いただけで無限の慈愛や無条件の献身を期待してしまうよう になっている」 (日本経済新聞1991年8月13日)ということである。. 児童虐待についての報道も母親は子どもを可愛がって当然である にもかかわらず,そこからはみ出した者への告発と理解すること が可能なのである。このようないわば子育てにおける母親役割の 固定化について,大日向(1988)は明治以来の日本政府の政策によ って「一般庶民には馴染みの薄い儒教的道徳が庶民層まで強制さ れ,育児が家のため,ひいては国家から課せられた責務として女 性に課せられている」 (pp.21)と述べ, 「母親の愛情の絶対視が. 政治経済的要請のもとに外側から規定されている状況を見ること ができる」 (pp.21)ことを論証している。この「母性神話」とい われる母親の愛情の絶対視,母親の子どもへの献身の当然視など が当の母親達を縛り,育児を楽しめない母親達にとっては自分を 母親失格者として悩み,自分を責めることにもなってしまう。 最近の状況についても, 「朝日新聞」(1992/11/17)によると,. 小児保健学会での発表を紹介しながら働く母親にとって,乳幼児 検診が働く母親には行きにくい平日の日中に行われ,しかもそこ に行くと保健婦から「母親が自分で育てるのがベストだ」とか 「あなたは好きで働いているのだから…」とか言われ思い悩む姿 を取り上げており,働く母親自身も育児に専念すべきという一般 的母親観とのギャップから「子どもにすまない」という意識を持 っていることにふれている。そのうえで,小児科医の意見を紹介 して, 「ライフスタイルや価値観が多様化する申で,いたずらに 育児の負担を女性に押しつけるのではなく,子育ての多様性を認 めなければいけない」と指摘している。また同じ記事で,主婦専 一28一.
(36) 業の女性についての意識調査では,働く女性に比べて,朝から晩 まで子どもと向き合い,孤独感や育児不安に襲われやすいことも 指摘している。. 総務庁の「労働力調査特別調査」においても表8のように末子 がO歳から3歳までの母親は多くは家庭にいることがわかる。 また同じ調査で, 「結婚のため」, 「出産・育児などのため」. 退職した妻の就業状況を見ると表9のようにやはり末子の年齢が 0∼6歳までが低く,しかも非就業者の内の約半数は就業を希望 しており,末子の年齢が母親の就業には大きな影響を与えている ことがわかる。. 表8.末子の年齢別に見た子どものいる世帯の母親の就業状態 末子の年齢 O・一3 4 fi” 6. 7−9. !0−12. 13−14 15−17 18以上. 就業者率 21. 36. 45. 52.. 非就業者率 6 2 5 9. 69. 8 49. 7 38. 0. 就業希望雪解. 36. 7. 3L 2. 3!. 2. 21. 4 18. 0. 5 1. 5. 29. 8. 1 6. 6. 5 2. 1. 30. 8 40. 5. 15. 0 13, 6. 39. 7. 註:調査対象は, 「夫婦と子どもからなる世帯」と「夫婦と子 ども,親からなる世帯」に限られたデータである。劇中の数 字は有効回答のあった世帯数に占める該当世帯数(%)であ る。なお,ここでば就業者を黒闇林業雇用者に限った。 (『労働力調査特別調査』(1991)より作成). 一29一.
(37) 表9. 「結婚のため」, 「出産・育児などのため」退職した i妻の世帯構成別就業状況 (単位 %) 就業者. 非就業者. 夫婦のみ. 25. 4. 72. 2. 28e O. 夫婦と親. 46. 6. 53. 4. 20. 8. 夫婦と子ども. 2 !. 5. 77. 6. 42. 2. O∼6歳. !1. 3. 7∼12歳. 29. 1 38. 3. 87. 8 69. 4. 世帯構成. うち就業希望者. (内訳). 13∼15歳 16∼18歳. 43. 6. 56. 4. 19歳以上. 3 6, 9. 6 2. 9. 49. 42. 33. 28. 20.. 4 1. 7. 57. 8. 30. 9. 0∼6歳 7∼工2歳. 29. 9 56. 7. 38. 3 25. 1. !3∼15歳 !6∼18歳. 58. 5 61. 2 50. 2. 69. 43. 41. 38. 49.. 夫婦・子どもと親. 6L 2. 9 0 0 6 2. (内訳). 半19歳以上. 3 0 5 8 8. 19. 5 12. 2 23. 0. (『労働力調査特別調査』(1991)より作成). 末子の年齢が母親の就業に与える影響については同じ調査で数. 量化H類により「女子の就業」の要因を分析しているが,それに よっても末子年齢が0∼3歳というのは就業に対して大きな負の 一30一.
(38) 要因となっていることが指摘されている。 このことについては, 「労働白書」(1991)における次のような. 統計からも推測できる。図2は女子労働力率の国際比較にわが国 の「潜在的女子労働力率」 (労働力人口と就業希望者数を加えて 該当年齢の人口で割ったもの)を加えて図にしたものである。こ こではアメリカとスウェーデンのみを図にしたが,いわゆる先進. 国と呼ばれる欧米諸国ではほぼ同様な曲線を描く。際立って目立 つのは,日本の女子のrM字型就労」と呼ばれる現象である。先 にふれた「労働力調査特別調査jに見られるように,結婚・出産 ・育児に伴って職場を離れ,育児が一段落した頃からまた仕事に つくという労働形態である*1。. しかし,実際に就労している人口に就労希望者数を加えた「潜 在的労働力率」を見てみると,欧米諸国と同様な曲線を描いてい. ることがわかる。この20歳代後半から30歳代にかけての就労 者数の落ち込みは「子育ては母親自身の手で」という一般的観念 の所在を顕していると推測される。 また, 「子ども白書」(1992)で紹介している女性誌「わいふ」. 1991年7月号の特集記事「核家族の子育てとしつけの盲点」 によると,保育園児の母親と家庭育児の母親では,子どもに対す る姿勢が異なり,表10に見られるように,前者は後者より「甘 い」という結果が出ているということである。この結果について 「子ども白書」(1992)は「母親が『働く』ということが人間とし. て当然であり,誇るに足ることであるという自覚がない場合,働 く母の子育ては,子どもを甘やかす結果になりがちです。日本の 働く母親はまだまだ『母性神話』に呪縛されている,といってま ちがいではありません」 (pp.112)と論評している。表10にお いて,選択肢2を選んだ母親を子どもを甘やかしていると,簡単 に解釈する見解を筆者は肯んずることは早計と考えるが,選択肢 2を選ぶ背景に働く母親自身の子どもに対する後ろめたさを見る ことはできるだろう。. 一31一.
(39) (“/o’). 100 ...,t)g一’一it2)””’7t!x... 90. ,..一‘2r’ @一. @Xx,,. 卜凪、 脳 /CrZ〈!〉”一〇... 80 70. .一一{}一一{ユ/{「 d,. xxx{. 口. /i/. 60. 斡. 鴫. 50. xN s>,. /. 40 30. 20 10. sb/. O スウェーデン∠トー一一一へ アメリカ. [}。一・一一一一一一一{コ. 日 本. (〉一一一一一一一一一一〇. x. 日 本(潜在的労働力率) ○__一一__O (年齢). o. /5 eo 25 so 35 40 45 so’ 5’5 61C) 65. 乙 ζ 乙 ζ 乙 乙 ζ 4 3 ζ 9 /9 24 29 34 39 44 49 54 EE) 64 図2,年齢別女子労働力率. (『労働白書』(1991)より作成) 一32一.
(40) 表10.保育園児の母親と家庭育児の母親のしつけ観の違い 選択肢:1. 親は自分の人生観に旛じて確固とした方針を持ち,. やさしいなかにも権威ある親であるべきだ。また子 どもが親のいうことをきくのは当然である。 2. 幼児期の子どもは,まだ聞き分けがないのだから, 自由にのびのびと育てるべきだ。それは最終的には 子どもの自主性を育て,個性豊かな人間にすると思 う。. 3.子どもに欲求不満を感じさせないように,物心両 面豊かに,十分な満足を与えて育てたい。子どもの 安定した情緒を育て,充実した親子関係を作るため にもそのことは重要だと思う。 保育園児の母親. 家庭育児の母親. 1を選択. 3 3. 1 0/o. 51. 10/o. 2を選択. 48. 40/o. 30. 20/.. 3を選択. 18. 50/o. 18. 60/o. 100. oo/.. !00. oo/.. 計. (『わいふ』(1991/7):「子ども白書」(1992)より引用). 一33一.
(41) 子育てに関するわれわれの意識について更にふれると,総理府. 青少年対策本部による図3−1,図3−2のような国際比較があ る。 「子どもを育てる意味」について意識調査をしたものだが,. 図3−1に見られるようにわが国では「家の存続のため」という 意識は低くなっている。また図3−2に見られるように「出産・ 育児によって自分が成長する」という意識については高い割合;を. 示し,この二点から見ると欧米諸国と似ている。 しかし,わが国においては「子どもを育てることは楽しい」と いう意識は低く(図3−2), 「夫婦は子どもをもってはじめて 社会的に認められる」という意識が韓国と並んで他の諸国に比べ て高い(図3−!)*2。. 戦後, 「イエ意識」は低下してきていることが窺えるが,反面, 「夫婦は子どもをもってはじめて社会的に認められる」といった,. 子どもをもたない女性への有形無形の圧力となるような,本節で 問題としてきたいわゆる「母性神話」という固定観念の呪縛を思 わせる結果ともなっている。. その結果「子どもを育てるのは楽しい」という子育ての意識は 低くなるのは当然といえよう。母親自身の意識の申にも子どもへ の献身や,母親は子どもに絶対的な愛情を注ぐもので子育てに専 念しない母親は異常だといったような「母性神話」を形作る観念 があり,このような調査にもその葛藤が現れているといえる。. 一34一.
(42) (e/,). 100. 90 80 70 60 50 40 30 20. (夫婦は子ども. (家の存続の. をもってはじ めて社会に認. ため). められる). 4S.3. 撫 儀.4. 骨 4,0. 斤029. /0. 0. タ韓ア日イフ メ ギラ リ リン. 韓日タアフイ. イ国力本スス. 国本イカスス. メラギ リンリ. 図3−1.子どもを育てることの意味(国際比較). (『国際比較 日本の子供と母親』(1981)より作成). 一35一.
(43) (o>/g). 100. (出産・育児. によって自. 90 80 70 60. (子どもを育 るのは楽しい). 分が成長す る). 76.6 fi.or7 44,2. 48,6. 50 40 30 20. 20.6. 〆=重5. /5,5. τ琢5. 50. 10. vc一一一. o. ア日イフ韓タ. アイア日韓タ. メ. ギラ. ラ一三. リ. リン. ンリリ. カ本スス国イ. ススカ本国イ. 図3−2.子どもを育てることの意味(国際比較) (『国際比較 日本の子供と母親』(1981)より作成). 一 36 一.
(44) 大日向(1988)が指摘するように, 「母性」という概念は固定的. 観念として一人歩きしている面は否定できない。かつて筆者もあ る母親から「先生は私をOOちゃんの『お母さん』という目でし か見ていない」と批判され,随分考えさせられたことがあるが, 確かに母親といえども母親である前に一入の人間であるという事 実がともすると見落とされがちである。子育ての中では子どもが 可愛いと思えなくなることも実際にはあるだろう。母親も一人の 人間である事実をいわゆる「母性神話」と呼ばれる固定観念によ って縛り,子育てについての複雑な感情や否定的側面を覆い隠し ているとしたら,必ずどこかにしわ寄せがくる。筆者は,母親の 役割の重さを否定するものではないが,今日,極端な形では児童 虐待として現れている子育てをめぐる困難な状況も一つにはこの 「母性神話」によって子育てという人間の営為が歪められている 面があると考えている。. :最近では,表1!に見られる通り,例えば「男は仕事,女は家 庭」といった考え方にも変化が見られ,今後の家庭に対する考え 方にも変化が現れるであろうことを推し量らせる。そこで,ここ では子育てに関して,辞書にあるように「母性」を女性が母とし て持っている先天的な性質として女性のみに責任を負わせるので はなく*3,男性も女性も子育てに関わる養育者として子ども達と 関係を結んでいくうえで何が重要かという視点からも考えていき たい。. 一37一.
(45) 表1!. 『男は仕事,女は家庭』という考え方に対する意見 の変化 (単位 %) 男. 1987 同感する 51.7. 子. 女. 子. 1989. !987. 1989. 34. 7. 36. 6. 25. 1. 3工.3. 3!. 5. 31. 7. 34. 0. 31. 9. 43. 2. わからな. い,どち 28,! らともい えない. 同感しない20.2. 総理府『女性に関する世論調査』(1989). *1 M字型就労については, 『労働白書』(1991)でも子育て後の再. 就労の問題として専門的・技術的職業従事者の割合が低くなる一 方で,販売従事者や生産工程作業者の割合が多くなり,また,一 般労働者ではなくパートタイム労働者として働く割合が多くなる などの就労条件の切り下げをあげている。 *2 子どもをもだない女性のおかれている現状については,大日向 雅美(1992)『母性は女の勲章ですか?』産経新聞社に詳しい。. *3われわれが抱いている一般的な概念を知るうえでは日常よく使 一38一.
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