津 軽
弘 前
議 の
武 芸
川 間
資 料 紹 分
寺山家所蔵・武芸関係古文書等間
次
間関
まえがき
内容の紹介
一一
一︑
常間
流樺
︿樹
﹀附
令系
山猿
ー︑﹁骨岡田流椿目録一2内題1詰問就棒表之目録L延山五八年ご六八
O)
九月十五日︑意関半兵衛尉古正より浅利伊兵衛あて︒
2︑﹁古田流棒目録一一L巻子本
内題﹁嘗宙流持裏之日銭﹂
延宝八年(一六八
O )
九月十五段︑富毘半兵衛尉吉正より浅利伊兵葡あて︒
3︑
﹁ 嘗 回 流 棒 極 意 巻 三
﹂ 巻 子 本
内題
﹁砂
田町
出流
捧極
意之
巻﹂
巻子本
太
田
尚
充
. 戸
9 8 7 6 5 4
2童 話 嘗 意 書 書
留 思 沼 郡 関 関
内 流 内 流 内 説 内 流 内 流 内 流
茂 容 梼 帯 容 棒 容 棒 鵜 棒 題 捕 容 棒
兵 寛 自 問 寛 日 櫨 lE 居 正 「 吉 正 目 延
衛 永 繋 録 患 保 書 録 正 常 意 部 嘗 録 穂 首 銭 韓 首 銭 宝
l六 悶 清 元 問 主 奪 回 巻 五 回 五 回 五 出 入
i年 流 │ 年 波 二 五 詫 年 流 ニ 年 法 一 年 捷 一 年
土 ( 棒 I~ 棒 年 棒 三 ( 棒 〈 棒 ( 棒 (
戸 表 z … 裏 ( 誠 一 裏 … 表 ー
回 七 之 乳 七 之 一 瞥 七 之 七 之 七
与 九 日
井臨
E七之
一 昌 一高 g 詩 書 ご 縁 石 巻 五 戸 主
門 建 七 三
o戸 時 明 丹 十 十
来 自 裏 ;土 十
与 之 巻 i E 巻 一
印 友 昌 子 ! 日 、 子Jj
じ 楠 錆 本 左 チ ァ 本 三
持 問 、 藤 議 日
よ 同 伊よ誌
は fヲf
h り 様 共豆
三 戸 意 荷 話
。 臨 之 宮
中 丈 義 問
主去を 玄
… …
百 あ 本 i
民 て に
語
性 ま 門
昔 話 と 河
本 系 め 7
附 は た よご
機 . , ¥ 」
一一一. .態省 事2 。
主 語 品 川
T半 。 ! 合
2丘主主 糸は
衛 I>f'J 嘗 門 ! 閉 め │ 甚
氏 浅 五
名手立 兵
記 伊 議
載 兵 i
に 籍 │
iLE 長 麓 λ;
h弥 長
長吾 事
ず話
iミ │ 議
戸 { 安 閑 右
六八
O)
九月十五日︑議問半丘八矯尉安正より浅利伊兵衛あて︒
五)十一月五日︑浅利伊兵籍尉均操より︑宛名は不詳︒
巻子本
月一
二日
巻子本
一戸参之勲宗明より浅利万之助あて︒
丹⁝一一日︑宛名の部分が切れているが
巻子本
戸参之助宗明より浅利約五之助あて︒
⁝ρ参之助宗明より浅科万之助あて︒
回︑林崎新夢想流懇合
後"
に記
す︒
ま
え
かず
き
遺品等のうち︑話回流太万に関する古文書資料の
の前
⁝悶
す
で終ったので︑今回は蛍由流棒(術﹀
グ〉
(巻
子本
)
と︑林崎新夢恕流居合の伝書等十九点を紹介するこ
とにした︒もっとも︑前ロすの
グ〉
ぷ岡田流太刀井居合・捧極伎巻﹂の詔介の
(術
﹀と
林崎
につ
い
部を紹会してはいるが︑今毘は改めて取り組むことにしたっ
話回流棒(街)
グ〉
(一
六
の日
付の
ある
一一
は︑津軽弘前藩常間流の始祖ともいう
べき輩出半共梅(前名甚五兵衛﹀吉正より浅利伊兵衛均禄に授与しTある︒他のの継承者に
右の原本
¥,‑.
であ
る︒
がこれも併せて掲載することにした︒
諜軽弘蔀藩を代表する居合といへば林崎新夢想流居合を指すが︑寺山家のこの資料法四十五点とい
にの
はる
︒
︺のうち十九点を今回紹介するがうち
iま
他
グ〉
は浅科伊兵衛が
にして書き写したと思われる伝書である︒何れにしても︑自付が﹁正徳五年
七
五)八丹五日いまたは享保
二 七
入月五呂﹂までのい似書を紹介することにした︒
内容の紹介
凡 例
山冊子本︑巻子本等の表紙に題筆(筆)あるいは外題がある場合には︑
ら推して探りにつけた名称である︒ その題名はで示したc﹁Lのない題名は︑内容その龍か
∞ 航 機 や 京 宣 一 一 閃 が 甚 し く
︑ 組 名 の つ け 難 い 場 合 に は と し た
︒ 山川体裁によって︑品裕子本︑冊子本︑校本︑紘一一紙・折紙・切紙の四援に大別した3巻子本には︑表紙や軸の夫われているもの︑あるいは始
めから軸がなかったと思われる巻き紙のような様式まで含めた︒
川阿古文激闘・記銭等の紙質や縦・携の大きさ等は︑特別なものと思われない限り省略した︒
山川特定め人物︑字句︑事件等については本文の後に﹁詑Lで示し︑全体にかかわる事務については﹁解説﹂の項を設けて説明を試みたc
また︑文中に﹁技﹂の必要な場合には︿﹀内に訴した︒
樹判読不明な文字は口で示した︒
m w
ia 彩が必要と思われる資料の一部をカラ写真としたが︑原本と必らずしも尚也でないことをお断りしておく3
掛※印のある写真は︑本文の最後に一話して掲載した︒
能回涜棒ー
︑﹁
僻開
国流
棒目
録
L制
内題﹁哲朗流棒表之目録L
︑ 治 問 hi日写真
ω
蟻 4at一
こび
ン写真紛楽
一︑信流
依御執心不浅令相侍 此一巻別而雄為秘事写真
m
畢柳負相他言他見
有問敷者也
O
鵜戸大権現
嘗回二十五代
二六八
O)
延 賓
八 庚
甲 暦
九月十五日
骨E臼
骨 Bヨ
Aロ
回国
骨B3
品目国田
田 清 j原
コ し
ニ 一 一 口
首田清源ヨリ六代
田
内
写 真 ω a
※
吉正(朱印・花押)
浅利伊兵衛尉殿
田 権右衛門
権太夫
半兵衛尉
富田流棒目録一(表之目録)の奥書き。 写真(7)
2︑﹁堂畠流捧自録
一一
﹂
巻子本
内題﹁富田流棒裏之目録﹂
一︑ 小手 揚写 真智
此一巻別語難為秘事
荻御執心不浅令相博
畢鞘麗相他見有
G
骨 B3 骨 回 目 二 六 八(f))延賀八勝︑旧l一 騎 九月十五日 賞田清源ヨリ六代
浅利伊兵衛尉殿 3︑﹁嘗回流棒極意巻
田 権太夫 半兵衛尉
吉 正
( 朱
J
一 一
夫棒乃水源を尋に本来
﹁嘗回流棒極意之巻L 写真同
L...
巻子本
用品なきものなり
故に心得 悪敷時ハ得利事なく 振盲目杖に似たり
骨田田流棒六尺三寸也
時は三尺壱す五分の棒先に
偏
扶⁝
半棒の に
写 真
州
嘗回流棒極意巻三(極意之巻)前半の部分2
写真(14)
ニ尺一壱五分のくさりを付ケ 玉目三十六匁之鉄の玉を 付なり
右いつれも前後左
右自由に取廻し
随 能 身 時ハ六尺三寸の間より敵近
よる事あたわす
然時にハ其利はかりなき事なり 若敵六尺三すの間
5
近く
てこ よ
ん弘 る
f
ト 変時
/
, ‑
、 ノ
に 尚
し
i通以
た)利 が 有
つ
て 得
第一敵の
利事秘中之秘也
一︑実之棒
写 真 側 ※
ん閉之
とっ忍l 宗主権
7
こ孟
刀ミ返 (1司 ) ※ ノ¥
し
写 真 楽
一︑飛乱
写 真 側 ※
一︑惣まくり
写 真 側 議
首回流棒極意、巻三 (極意之巻)後半の部分。(写真14と重複している) 写真(15)
‑半棒之大事
一 ︑
白 用
品 取
写 真
山 刷 業
‑鑓留之大 事
一 ︑打留
写 真 附 削 減
一 ︑除留 写 真
M刷 業
一 ︑ 大 車
写 真
M
削
減
一︑極意口上之事
一︑外物之事
一︑無量口博之事
ヘ迷
故三
界城
六本来無東西
右嘗田流棒之極意別而
雄為秘事被遂稽古
依御執心深相侍之巻物
ィ 必 t :
'十
z ;口 博
写 真 岡 山
口
博
口博
悟故十方空 ぺ ¥
六何所有南北
嘗田流棒極意巻三 (極意之巻)後半の部分c (指南許状の文言) 写真岡
令授与畢自今以後望
之仁卦有之者可有街指南
者告の許状如件
O
花 押
九月十五日
一 盆 呂 語 源 ヨ ワ 六 代
﹁l浅科伊兵衛尉殿
解 説
ー︑
骨岡
田流
格術
め
ニ(極意之巻)
の三
巻で
︑
﹂れ
が全
部で
ある︒そして本資料の三巻はの始祖ともいき歯間半兵衛吉正よ号浅利伊兵衛均
禄に授与した原本である︒
2︑目録
(表
之巻
) の技五本︑目録二(裏之巻)の技五本は間流棒街の基本技
T
︑の人物離はそのグ〉
部を訴すものと患われる︒
3︑の名札怖の次
︿ お わ
︾ ( 側 部
﹀
畢んぬ︒鞠かも幾相他見有るまじさも
れて
い
﹁此
の
巻は別して秘事たりと難も︑御執心浅からざるに夜り相博せしめ
は
ている04園田流太万﹂の﹁目録L
の段
階に
ある
文一
窓口
とほ
ぼ同
じ形
式で
ある
︒ 4︑極意巻三(極意之巻)の冒頭の極意口上のに﹁偏えに富自杖を振るに似たりLとあるが
tl
iま
流太刀﹂の﹁極意之巻しにも引用している︒
5︑棒の
は
の場
合は
﹁一
一一
尺一
寸五
分ヘ
それに﹁玉目三十六匁の鉄の玉しの付いた﹁く
きりしの
会f
尺
グ〉
とな
る︒
﹁半棒之大事しフ臼延取しの人物踊はくされソ付きの
また﹁嘗罰流捧しには鑓に対応する技三本がみる︒
6︑
﹁迷
故一
一一
界竣
告故十方壷本来無東西何所有南北しは禅の需と怠われる︒
界
仏教の世界観で︑衆生が往来し︑止往する三つの世界の意︒二一つの迷いの世界︒
し、 グ〉
段潜に分けたもの︒欲界・色界・無欲界︒中村元(﹃務教語大辞典﹄)
十方
十
グ〉
i ヒ
福山
教語
大鉾
血ハ
ヒ
7
の文言
︿お わ﹀
せしめ畢んぬ︒自今以後望みの・仁 の極意︑別し
りと
難も
︑
に依り栢博
れ宥るに於て
べき
も
加し﹂は︑﹁吉田
のそれとほぼ同じ形式である︒
8
が浅科摂兵衛均禄に授与した
六八
O
日﹂は︑ぷ間間流太万嫡侍之巻L及 び
(返
起語
文之
事﹀
をも授与した百
る︒すなわち浅科摺兵衛は の印可とともに閉じ日にのつ許状﹂ていたことになる︒
9
グ〉
である︒印丈誌写真似P路市
ヰ︑嘗毘流棒目録
巻子本
本資料辻義子本の形式をとっているが︑芯となる
軸がなく︑巻き紙の械式である︒
人物闘をもって形を示しているが︑その図辻ーと
関じであるので省略した︒
輿書きのあて名の部分が欠損しているむ
歯関流棒表之目録
︑打揚
こぴ
ん説
︑ン
一︑芝返シ
一︑肘流シ
此一巻別而難為
秘古又依御執心不
浅令相侍己ナ柳魚
相他言他見有間 O 敷者也
鵜戸大権現 嘗田二十五代
ゼfo E日 生当ト ID
田
j青
源
i上 真
回 内
吉田
権右衛門ーーー
記
世f‑Eヨ 今争
浅 ID
利
田 権太夫 回
半兵衛 伊兵衛尉
資料4の奥書きの伝系。あて名の部分が切れているO
写真岡
(一 七一 五)
延賓八ァぃ主暦﹁源均禄(朱印・花押
十
月 一 一 一
日
5︑嘗回流構自録巻子本
先の部分が欠けている︒様式は
4と同じ︒人物障
をもって形を示しているが︑その囲はーと同じであ
るので省略した︒
童図流棒表之日銭
︑打揚
袖 下
︑こ
ぴん
流︑
ン
ン
一︑肘流シ
此 巻別記雄為秘事絞
御執心不浅令棺博畢柳
説相也見存関敷者也
鵜戸大権現
嘗田二十五代
(一七一五)
正 徳
五 乙
未 暦
十一月三日
骨国田清源ヨリ八代
浅利万之助殿
6
︑嘗回流棒目録
骨fE 骨E日
田
清
源 写 真 的 Aι. 邑
告 園 田 EE MH J
討し手→
田
内
言 己嘗回権右衛門尉
田
権太夫
半兵衛尉
伊兵衛尉
戸
参之助
宗明(朱印・花押
巻子本
先の部分が欠損している︒様式は
4と同じ︒人物 画をも
って形を示しているが︑その図は2と同じで あるので省略した︒
写 真 仰
一︑小手流シ
一︑五月間
︑小手揚
此一巻別冊難為︑接事依
制御 執心 不浅 令指 初博 畢訓
農相他見宥間敷者世
鵜戸大権現
富田
告 l'E
田
滋 田 内
,皆険
E罰
半兵籍爵 田
bv t
苅HHH . . ︐
﹀2
4苧
戸 伊兵衛尉 十
丹三
5
(朱
印・
花押
﹀
ヨワ
↓八
代 浅利万之助殿 7︑嘗回流棒犠窓巻
先の部分が欠損しているのみでなく︑全体的に虫 惑が大きい︒技について法人物画をもって形を示し
ているがその聞は3
と関じであるので省略した︒捧
式は4
と問 問じ
︒
富田流棒極意之巻 夫棒乃本諌を尋に本来
用品
のな
き物
なり
故に
︑心
得
悪敷時は得利事なく⁝繍
に依たり
黙
4V岡田流棒六尺三寸也半棒の 時は三尺一す五分の棒さきに
のくさりを付け
日一ニ拾六匁の鉄の五を付る也
右いつれも蔀議左右自由に 取趨し能諾身時拡大尺 乃間より敵近よる事あた
わす狭小時には其利はかり
なき事なり
若敵六尺三寸
グ〕
熊 よ り 近 敵 く 乃 よ
てごるん転時
へ出はん。猫
以
手lJ
有 第 にしたかって得科事
秘中之秘臨
一︑とんはうかへし ︑忍之棒
︑飛乱 五
寸
一︑惣まくり
︑白鬼取
鑓留之大事
︑打留
︑大車て極意口上之大事
︑外物之事
口侍之事
迷故
一一
一界
城
本来無東匿 情故十方空
健所
有・
南北
右富田流棒之極意刑判而難為
日 博 口 博 日 博
秘事被遂稽古依御執心深 棺博之巻物令授与畢自今 以後望之仁卦有之者可脊御
指高者世
伺許状如伴
~ ト4
FEI
部
j原
匝 内
戸﹂
一 一 古 口
嘗司権右犠門尉
二七一五)
正穂
五乙
未一
十 場
月三日
富由清掠ヨワ八代
浅利万之動殿
浅 利
出
権太夫
半兵衛尉
円
参之助
(朱
印
解
ー︑本資料の七一五)十月の日付 説
2 5
﹂について︒弘前市立弘前図書館は次の﹁富岡山読棒L
(巻
子本
﹀
てい
る︒
一十
四号
四頁
i
一一
九一
良に
紹介
諮み
(1)
K
抗野
2G主7
一月
三
B
浅科伊兵籍均禄より苑名なし2
(2)
GK 789 71
一丹
三日
浅利伊兵衛均禄より宛名なし3
(3)
K
的i
刀
︑3戸Jtpjt
月 一 一 一
日
浅利研兵衛均禄より宛名なし
右のように︑制れも宛名のない浅利引伊兵禽均禄から
で
これ
と同様である︒また︑本資
料の
5
・6・7の 一 一
間 じ
月三日Lの日付
ての伝書である︒しかも浅利万之助の﹁一肩書き﹂はヨリ入代﹂となっている︒このとから︑本資
料4
は︑浅利伊兵衛均禄よりつ吉田渚源より七代
L
I ¥ グ〉
る ︒
グ〉
巻も
︑
ヨリ七弐L
f ¥ グ〉
の写しではないかと患われる︒
2︑浅判伊兵衛均禄より
ヨリ
七代
﹂
f ¥
七一五)十
月 日
L
とすれば︑罰百
り八代﹂浅利万之助へ一戸参之助が授与したことになる︒この浸利万之
助 は
︑え
での
であったと悲われる︒
3︑本資料4・
5
・e ‑
? の各巻の技の形は人物聞によワ
同様であるのでこれを省略した︒
8︑嘗回流棒目録
本資料も先の部分が欠損している︒人物画をもっ
て形を示しているが︑耗設できる部匂分から記した︒
樟式は4
と閉
じっ
小手掛
右此一巻難為秘事之関聯
魚柏池見有間敷者世
鵜戸大権現ヨワ吉田二十五代
ゼ合fE
漬
j原
国 であるの持参之助は自分は受けるべきでないと考い 噌
AVOにまとめて
t~l r
ρ且,
lE ~
寸HU
‑ 三 ロ
田 内
骨 国 田
権右衛門
骨E臼
権太夫 回 嘗回
甚五兵衛 木村長八
長盛
写真側
佐藤伊右衛門忠清
乳井武助
建
明 佐 藤 伊兵衛(一七四二
寛保元
辛 酉 暦 七 月
吉日
忠口(朱印・花押
赤田口助殿
9 ︑嘗回流棒目録 巻 子 本
本資料も先の部分が欠損しているので外題は不明
である︒内容は﹁表之目録﹂﹁裏之目録﹂﹁極意之 巻﹂を一本にまとめたものである︒人物画(省略) もあり︑形式の上では伝書になっているが︑正式の
ものか疑問もある︒
11' 1~
三
fr jje. . .
戸
袖下
4・h
.
『咽由品ー晶画
資料8の奥書きの最後の部分。この伝系は吉田甚五兵衛から木村長八長 盛と続いている。
写 真 側
﹂び
ん流
︑ン
ン
一︑
肘流
︑ン
ヨリ拾代
p
ヱリ巻
一︑
小手
流︑
ン
ン
︑五月雨
此一巻別高雄為
秘事荻御執心不
浅令
相模
時畢
聯魚
相龍見有間敷者
田
丈之助殿
鵜戸大権現 也
話間流樺極意之巻
グヲ
なきものなり 悪敷時は得利事なく
振亡日目杖に似たり
当国流棒六足
の碍は に本未来故に心得
扶⁝
に 寸 也
グ〉
井主,ι,
EEI
請
I
原 出井l?ι J EEI
出
内
田
嘗田半兵諾尉
とV
ιw tz aJ
i
!
羽c t
太1
伊兵衛慰
i
扇グ〉
きりを付ケ
拾ム
ハ匁
の鉄の玉を付る協
右
つれも前後左右自由に取
能題 身時 は六 尺一 一一 す の開より数近よる事あた わす
然時は其利はかり
若数
六尺
一一
一寸
の間よりちかく寄時は猶
以利有
第一
一散
の
んに随て得科事秘中の
秘、
協
一︑実之捧
一︑忍之棒
︑瞬艇返シ
︑飛乱︑惣まくり
︑白延取一︑打脅
一︑詮留
︑大車一︑極窓口
口
⁝︑外物之事
口 博
口博事
口 { 専
迷故
一一
一界
城
梧故十方空
本来無東西荷所有南北
右AW岡田流樺之極意別国難
為秘事被遂盤情古依簿執心
深栢博之巻物令授輿詑自
有御指南者也 今以後望之仁於有之者可
仰許状如
鵜戸大権現 件
首田弐拾五代
二七九四)
寛政八
Y貝 暦 年 首回清源ヨリ拾代 戸田丈之助殿
骨回
源写真仰
回 清
借f‑E司
=
寸 巳= ロ
田内
品目田田
権右衛門
令争E臼
権太夫
田首回 半兵衛尉
浅 利
伊兵衛尉 斎藤弥五衛門尉
戸
茂兵衛
田
戸田
与左衛門
J20心
'I J
︑'三回目芯・らけ︐Jr ‑
kv円
Mい﹁﹄デーて︺トa J
f ι ζ 'U
一 ぶ
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﹃バ いい い 時
一
月h
f u
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者
一泊
494﹃
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‑ 剛 附 則 嶋 田
ほ 添
一
川 降 ︑ あ
‑
凶 雄 ゑ パ 一 い
一
姥
z a fb﹂ 一 蓄 の
wu
キ夫 毎
4紘
一 お
れ 伊
LJ
徐 々
音 巣 し 争 事 討 立
4 1‑
︑
¥ 1 I
資 料9の奥書きの伝系。戸田茂兵衛と戸田与左衛門の氏名は書き直され ている。
写真。。
解
ー︑資料9 続
グ〉
の氏名の
ている︒朱印も花押もないと
ころから
この
ヴ令
︒
2︑嘗回流棒の継承者は︑
(甘
間五
兵衛
)
嘗回半兵衛吉正
i
浅利判伊共祷均禄i i
i
(半 兵衛 )
嘗田甚五兵衛吉正
i
木村長八長盛
i
i i
(甚五兵衛)
嘗間半兵衛吉正
i i
浅 利引 伊兵 藷i i
斎藤祢五兵衛││一戸田茂兵衛111
グ〉
~
の
いづ 令︒
(1)
(2)
(3)
吉田甚五兵衛吉正は︑半兵籍と改名する前に木村長八長盛に嘗回流棒の訟豊富を設与していたことになる︒そ
の期日は不詳であるが︑浅利伊兵籍への授与よりも早い時期と考︑えられる︒このこと辻︑き軽弘前藩の嘗回流
一大系統の存在を物語っている︒
また
の直一系と斎藤弥五兵衛の傍系の二つの系統に分かれている︒
四︑林崎新夢想流居合
ー︑﹁指南許状L
明 紙
正徳
五乙
十本
山議
(一
七一
十
日
利伊兵衛均禄より今弥五郎あて︒
2︑
﹁指
寵許
状し
切 紙
七四西﹀四月十五日︑浅利
万之助均費よ号佐和市之丞あて︒
3
︑﹁指南許状Lザj
紙
延享四﹁卯年七四七)四月三日︑浅利万
之助均費より浅利金五郎あてc
4︑﹁居合向之次第
L r
午前持制慨世間巻子本
﹁向
次第
L
常井喜兵衛扇直則より浅利伊兵衛あて︒司
付︑朱印・花押はない︒
; ま
i i
l
長野無楽斎棲蕗l i
l
一!谷小左衛門季正
i!
常井喜兵議
l!
浅
科伊
兵衛
︒
5︑﹁居合お身之次第一一﹂
内題﹁右身之次第﹂伝系等4
と陪 じ︒
6︑﹁居合左身之次第巻子本
内題﹁左穿之次第﹂誌系等
4
と開
じ︒
(と のも の)
7︑﹁居合外物次第
四 内題﹁外物次第L訟系等
4
と同
じ︒
8
︑﹁賠
LAn五外物次第 内題﹁外物次第L伝系は
4と同じであるが︑浅利伊兵寄に統い
万之助均饗
l
i
浅利金五部あてとなっている︒
ただ
し︑
朱申︑花押辻ない︒
9︑﹁居合秘歌之巻六L
巻子本 内 題
伝系等4
と同
じ︒
泊︑極意相鵠之巻
内容﹁極意相簿之巻L伝系等
4
と誌
と︒
日︑﹁均操夢想居合
内題﹁均禄夢想居合撞意之巻L
伝系を書かず︑
六八
O
﹀九月十一日︑浅利伊兵衛均禄(朱印花押ごと記している︒また︑あて名はなく﹁弟
尤入額可然人鉢江可博授者塩
L
との添え書きがある︒
ロ︑居合許印可太万心持之事巻子本
内題﹁居合許印可太刀︑心持之事﹂
伝系︑自付︑あて名の記載はない︒
之書物﹂として二︑
問︑外物許巻︒
てい
る︒
13
ているがその写本であ
る︒次の﹁右者常井喜兵帯夢想之巻喜兵衛自筆ニテ
書記被置候ヲ七一戸権右衛門へ桓簿被申侯
夫
r o 元禄十五
JT
年(一七二
O )
間八月十六日
権右衛門妻子衆占松山善之承一へ梧薄権右寄
門ハ右周年二月十四日死亡
善之
承一
友末
端棟
方嘉兵衛へ相侍夫
S
浅利伊兵衛居合ノ印可不残申請ノ書物計ニテ侍授事一園無之﹂
日︑居合印可十二用之次第巻子本
内題﹁十二用次第﹂
享保一五年(一七二ハ八月五日︑棟方嘉兵
衛より浅利伊兵衛あて︒
日︑居合印可五ヶ之次第巻子本
内題﹁五ヶ次第﹂
棟方嘉兵衛より浅利伊兵衛あて︒日付は﹁八
月五日﹂とのみ記している︒
日︑居合印可切淳之次第巻子本
内題﹁切延次第﹂破損が大きい︒
棟方嘉兵衛より浅利伊兵衛あて︒日付は﹁八
月五日﹂とのみ記している︒
口︑居合印可口之次第巻子本
内題﹁合口次第﹂
棟方嘉兵衛より浅利伊兵衛あて︒日付は﹁八
月五日﹂とのみ記している︒
問︑居合印可高上極位之巻
内容﹁高上極位之巻﹂被損が大きい︒ 巻子本
正徳五年(一七一五)八月五日︑棟方嘉兵
衛より浅利伊兵衛あて︒
問︑居合許印可心持之事
内題﹁居合許印可心持之事﹂
正徳五年こ七一五)八月五日︑浅利伊兵
と称するものである︒ 衛が書いたもの︑あて名はない︒﹁居合手鏡﹂
あとがき
園︑林崎新夢想流居合
ー ︑
指 南
許 状
写 真
似
縦約加・3仰︑横約必・3佃
抑居合雄為剣術之儀
旦 者 数 年 被 遂 稽 古 日 一 深
志依不浅相博之目録令
切 紙
合
e
ゑ
努
!;ta易 拡 努 ゑ
「指南許状」正徳5乙未歳(1715)11月16日、浅利伊兵衛均禄より今弥五郎 あて。印判の部分を筆で消した跡がある。縦26.3cm横46.3cm。 写真。1)
授与畢此上者望之仁於有
之者御指南尤候仰許状
如
件
ご七一五)
正徳五
乙 未
歳
十一月十六日
ム、 7
弥五郎殿
2
︑指南許状
写 真
関
抑居合難為剣術之儀
皇者数年被遂稽古
E深志依不浅相侍之目録令
授与早此上者望之仁於
有之者御指南尤候仰而
許状如件
浅利伊兵衛尉
源均禄 (
朱印・花押 参
浅利万之助
「指南許状」延享元甲子年(1744)4月15日、浅利万之助均費より佐和市之 丞あて。
写 真倒
(一七四四)延享元甲子 暦年四月十五日
佐和市之丞殿
参
3
︑
指 南 許 状 写 真 岡
抑居合雄︑為剣術之儀
旦者数年被遂程古日一
深志依不浅相侍之目録
令授与早此上者望之仁
於有之者御指南尤候例
許状如件
二七四七)延享四丁卯年四月三日
浅利金五郎殿 源均費(朱印・花押)
浅利万之助
源均費(朱印・花押)
参
信 を
え
解
(1) 説
当時のの居合とい﹁林崎新夢想流居合いが代表であるが
の指 南許 状が
⁝一
って
事D~ る
剣術のりといえども︑かつは数年増吉を遊げられ︑
目録授与せしめおわんぬ︒此の
みの仁(こに於いて
かつは深き志浅からずに依り︑相訟の
(くだん}
っ と も に 候
︒ の っ て 許 状 持 の
女Il
正纏五乙未歳(
し
七 十 月 十
ノ、
日
(朱印・花揮)
β、
7
弥五郎殿 以 延享元甲子年 下
七四悶)酉丹十五日︑浅利万之助
と︑延享四丁卯年七四七
四 月 誌︑関じく浅利万之助均費より浅制金五郎あての
である︒何れも文顧の大意は変っていない︒
4︑﹁差合向之次第
ー
し耐
形は人物画をもてぶしている
林崎新夢想流居合 極位秘術唯授一人 目
向次第
録押立 写 真 山 側 海 押抜
写 真 目 安 防 身 写 真 目 立 除身
写 真 的 東 幕越
写 真 M Z
旬 ワ 写 真 側 液
nHMM‑Jノ
頭 上 写
真削減
│
ι 天
省│享
神
1.lL林
崎
甚田宮平兵衛照常
重信
長 野 無 楽 斎 檀 露
│
│
﹂
写 真 刷
,
「居合向次第一」の伝系の部分。常井喜兵衛 尉直則より浅利伊兵衛尉あて となっているが、朱印・花押はなく、日付の記載もない。
写真似1)
浅利静兵衛慰殿
5︑﹁居合右身之次第
一一
﹂
形詰人物画をも
て一
一小
毒し
てい
る
林崎新夢想流居合
極註秘祷唯授一人
百
主義
右身次第
突入
写真
一定
柄取
写真
山室
回以
足芝
持一
言
︒
円 配
川 町
一 弾
jl
il
i‑
‑!
浅利研兵衛尉殻
6︑﹁結合左身之次第
ニ
﹂
形は人物爾をもって示している︒
林崎新夢想流精合 援位秘術唯授一人
ムぷ
身次
第
関抜
写真
似通
鞭結
E
な ま
向足
写真
浅科研兵諾尉慰 言
7 、
計
逆上頭護事手主療義現 胸万写官 代納園吊 騎爆懸1tfー費: タキ通匝) ー 寄身写 寄員古型軽 lE主
総楽 外次物第 位極授秘術唯 林崎新夢相流JU 形は 居合外物「Z3物申人乞も 次第
人 合居
寺本 なてl.四.
崎 し
て
し、
る 甚
助
巻 子 本
浅利伊兵衛尉殿
8
︑
﹁ 居 合 外 物 次 第
田宮平兵衛照常
長野無楽斎檀露
一宮左太夫照信
谷小左衛門季正
常井喜兵衛尉直則
形は人物画をもって示している
五
巻子本
林崎新夢想流居合 極位秘術唯授一人 目
外物次第 録
頂上
写真
側楽
切先 廻写 真側
※ 二方 詰写 真糾
※
高上極位之巻 写
真 附 抑此兵術者自己黙然而
無レ進莫レ退左右又如レ斯唯
向 陵 是
云
J主 主 芦
道 方 会 源
四二
i到
J+.注三七 二 二十(2)
死 銅
空 岸 延 古 頭 上
会得走
世 犬
7. K 問 自
三E 在
空無併性空々真按レ之右之
兵術是也
ヘ千金莫侍可秘々々
唯授一人
高事抜
居合外物次第五「高上極位之巻」の部分。
写 真 附
K
・令位
浅利伊兵衛尉殿
d=ミー. .
ー 通 林崎甚助
重信
田宮平兵衛照常 長野無楽斎檀露
一宮左太夫照信
谷小左衛門季正 常井喜兵衛尉直則 浅利万之助均費
「
浅利金五郎殿
2豆 (1)
の出
品開
に
八三五
いて
︒
の巻
(けんにんじよう)
に︑刀法﹃銅忍誠﹄について説く醤所があ
心形刀流の松浦静山が議き著した武装警
り
︑ そ の め
⁝ 節 が あ る
︒
に弁んぜり︑然れどもただ韓震にして正説なし︒近頃組問くσ民事 宋 に 日 く む 齢 十
⁝ 諸 制 一 切
¥ 是 非 交 結 の 加 地
︑ 聖 も 亦 知 事 能 は ず
︒ 逆 順 縦 横 の 時
︑ 仏 も志弁る事能はずο絶世超倫之土と為て逸群大士之能を顕はす︒は一一口一一区一院氷凌上に向って行き︑銅乱上に走ると︑これ巴しく鋸浮
上の文字の出づる所なり︒以下唱し︿今村嘉誰一編正本武道全集第一巻﹄所収︑﹁鰻致件二.七八││二八三真︑⁝九六六︑人物註
来社)
本資料の﹁封割問来上走氷陵
t L
辻︑右のJ綴致﹄成立以前の信奉一回の⁝節であるので在からの引用とは考えられない︒
また︑寸林時流居合指南秘伝書﹂1mm富流和銀秘之巻
L J出宮流居合目録﹂等
18 本武道全集第七鳴い所収︑二五五ーーコ千八支 援出)にも出てこないところから︑間流の話番に︑もともと使われていたかどうかも不詳であるc
T7L
﹂ん
}
﹃郎総決﹄のいう中国末代の閣情克勤禅鮮の
JW
巌集恥︿吋碧巌録﹄とも︒設くは♂伯楽欝倍禅都議巌録いまたは叶仏果碧議被襲撃
︿事ょうしよう}円うてきぞいV蔀品という﹀のJ経一一部いからの引用というの誌︑五w巌鎌μ
第 四 十 六 則 吋 鋭 諮 問 満 繋
﹂ の
1知二氷凌
t
行
︑ 組 乱 上 定 一
﹂ ( 氷 凌
む よ ろ } 令
u h人 に ん じ よ う
﹀ { は り ょ う
﹀ ハ 安 い も う け ん
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いし
に一
行き
︑飯
ゑ
kに殺るが加し﹀からでみるつまた︑同じく綴⁝百則の
15
鞍吹毛緩め寸詳唱﹂に﹁氷陵上行﹂の語はないが
お司ヴかぶ鍛浮上吹レモ試レ之︑党ハモ・日断﹂︿鋭ゑヒに毛を吹いて之を試むるに︑笠ハの毛自ら断つ)と寸鏡浮上Lの語は見受けられる
c (
朝比
奈系議訳註式品巌録・山TL
一三
二ー
一一
一一
三夏
︒吋
路面
巌諒
・下
﹄二
四四
i二四七頁︒罪法文産)
よ泌総撒詩恥は︑﹁市来人宗門第一の書¥とよばれて仏道修行のテキストに用いられ札︑中間出・5本を通じてもっとも流行した禅の公
案集
L 3梯教大事典﹄参考︒一九八↓八︑小学館)であったので︑武芸修行者もまたこれに接する機会が少なからずあったと考えられ
ヴ令
しかし︑無関ハ慧開禅師によって﹃碧麗録﹄の約百年後に成立(中国・南宋紹定一応年人一二一一八ヤ)したといわれる﹃無門関﹄の第 ︒
(けどうもん2
つ ) ピ 申
三十二ばパ道局仏﹂の﹁頒﹂においても寸額浮上に行き︑氷按上に走る
Lの語は見られる︒︿寸悩憾の語諮問﹂盛山門間﹄平田高士
註︑二一O
二一
一一
一頁
︑一
九六
九︑
筑摩
書一
身)