博士(工学)黄 孔良 学位論文題名
事象関連電位に基づく仮名文字黙読・照合に 関わる脳内プロセスの研究
学位論文内容の要旨
脳の電気活動を非侵襲的方法で観測できる事象関連電位(Event‑Related Potential; ERP)が 、 近 年の 脳 研 究に お い て、 脳 の 情 報処 理 プ ロセ ス を 探る客観 的指標 として用 い ら れて いる。脳 の非侵 襲的針測 法には 他にPET (Positron Emission Topography)と fMRI (functional Magnetic Resonance Imagmg)といった手法があるが、ERPの利点は、刺 激 入 カ から 反 応 出力 聞 に 介在 す る中 枢処理 の時間的 推移を 、その時 々刻々 のERP変 化 と し て、 ミリ秒単 位で分 析できる ところ にある。 本研究 は課題遂 行時の被 験者の 行動 指 標 で ある 反 応 時間 とERP計 測 を行 うこと により仮 名文字 黙読・照 合に関 わる脳内 プ ロ セ スを 調べたも のであ る。文字 の照合 プロセス には音 韻的、形 態的、意 味的な どの 操 作がある ことfま心理 学的に知 られて いる。そ こで、 カタカナ 文字とひらがな文字を 用 い 、形 態的には 異なる が読みが 同じと いう仮名 文字の 特徴を生 かし、音 韻的操 作に 注目して研究を行った。
本 論 文 は、 全 体 とし て8章か ら 構成され おり、以 下に、 各章の内 容を具 体的に示 す。
第1章では序論であり、本研究の目的と構成を述べている。
第2章 では 、 本 研究 で 得 られ た 結果の理 解及び考 察を進 める上で 必要な 背景を述 べ ている。 まず、 自発脳波 とERP成分の種 類及び特 性を説 明し、次に短期記憶・ワーキ ン グ メモ りに関す る認知 心理学と 神経科 学的研究 の結果 をまとめ た。最後 に、本 研究 に 関 連 す る 記 憶 走 査 、 記 憶 探 索 課 題 実 験 の EI廿 研 究 に つ い て 概 括 し た 。 第 3章 で は 、EIロ 計 測 の 実 験 装 置 、 方 法 と 解 析 方 法 を 述 べ て い る 。 第4章 は 、 仮名 文 字 照合 に お ける 再 認 課題 実 験 に 開す る も ので あ る 。再 認 課 題で は 、 サン プル刺激 呈示後 の一定の 遅延時 間の後、 プロー ブ刺激を 呈示して 、被験 者に は プ ロ― ブ刺激が 先行刺 激に含ま れたか 否かを再 認させ る。文字 認知、音 韻的照 合・
判 断 プ 口セ ス と 関連 す るERP成 分を 調べる ため「記 憶照合 課題」と コント ロール課 題 で あ る 「認 知 課 題」 を 使 い、 反 応時 間とERP計測を 別々に 行った。 「記憶 照合課題 」 で は、被験 者にサンプル刺激を0.2秒呈示し、2v3秒遅延の後、プローブ刺激をO.2秒呈 示 し た 。2秒 後 被験 者 は 合図 に よ ルプロ ーブとサ ンプル 刺激の中 の読みの 照合結 果を マ ウ スの ボタン押 しによ り応答す る。「 認知課題 」では 、被験者 にプロ― ブ刺激 だけ を 0. 2秒 呈 示 し 、 被 験 者 は プ ロ ー ブ 文 字 を 理 解 し た 時 ボ タ ン を 押 す 。 「記憶照合課題」は四つのERP成分がそれぞれ155‐160ms,225・240ms,315‐335ms, 495‐580msが観測された。一方、「認知課題」では、二つのEI廿成分がそれぞれ155‐160ms
と325‑355msに 観察 され た。 そ のう ち315‑355msにお けるERP成 分は、両課題 共に現れ たことから文字認知プロセス に関連すると判断された。
第5章 は 、 仮 名 文 字 照 合 に お け る 再 生謀 題実 験に 関す るも ので ある 。再 生課 題で は 、刺 激を 呈示 した 後、 被験 者が それ らを再生(想起)して課題遂行を行う 。文字認 知 とそ の後 に生 じる プロ セス (音 韻的 照合・判断)を時間的に分離する、ま た音韻的 照 合・ 判断 プロセスに関連したERP成分を観測することを目的にして、「黙読 」と「黙 読 ・照 合」 両課 題実 験を 行っ た。 「黙 読」課題では、4文字のカタカナを同時に013秒 呈 示し 、被 験者 が黙 読し 終る 時点 でボ タン押しにより黙読終了時間を計測し た。「黙 読・照合」課題では、サンプル刺激(3文字ひらがな)とプロ―ブ刺激(1文字カタカナ)
を 同時 に0.3秒呈示し 、被験者が黙読して、ひらがなとカタカナの読みが一致 するか否 か を 判 断 し、 ポタ ン押 しに より その 時 間を 計測 した 。ERP計 測で はERPデー タに ボタ ン 押し に関 わる 運動 に関 連し た電 位の 混入 を防 ぐた め、 刺 激呈 示して2秒後 、合図に よルポタン押しをするように 教示した。
反 応 時 間計 測の 結果 から 、判 断終 了 時間 が黙 読終 了時 間に より 有意 に長 いこ とが 分 かっ た。ERPli測 の結 果に つ いて は、「黙読・ 照合」と「黙読」両課題共に、4つの ERPのピーク成分がそれぞれ125ms,190ms,320 ‑'345msと550〜580msに観察された。ま た 、「 黙読 ・照 合」 課題 では 黙読 終了 時間 と判 断終 了時 間 の間 に、5つ目の 陽性電位 成 分が1260msに 観測 され た。 両課 題聞 のERPの差 及び 反応 時間 から、5つ目のERP成分 は音韻的照合・判断を反映す ると判断された。
第6章は 、感 覚記 憶再 生の 反 応時 間計 測に 関す るも ので ある 。黙読と音韻 的照合・
判 断プ ロセ スを 時間 的に 分離 する 、ま た照合・判断前(1280ms前)のプ口セ スの時間 経 過を 明ら かにすることが目的である。同時呈示 文字数を2,3,4と変化させ 、各文字 数 に対 して 適切 な刺 激呈 示時 間を 調べ 、次に黙読開始、黙読終了と判断終了 時間の計 測を行った。
そ の 結 果、 被験 者が 自然 に課 題遂 行 でき る最 短時 間と して 、2文 字で は60ms、3文 字 では120ms、4文字 では200msとい う長 さが 決定 され た。 また 、黙読開始に 要する時 間 は文 字数 が増 加し ても ほぼ 一定 であ ったのに対し、黙読終了と判断終了に 要する時 間の方は増加することが分か った。
第7章 は 、感 覚記 憶再 生のERP計測 に 関す るも ので ある 。第5と6章で 創製 した 「黙 読」と「黙読・照合」両課題 を用いて反応時間とERP計測を行い、文字数変化(2〜4)に 伴 い観 測さ れるERP成分 の意 味 及び それ らの 成分 の振 幅の 課題 依存性につい て検討を 行った。
ERP計測 の結 果で は、6つのERPピ ーク 成分 がそ れぞ れ130‑140ms,180‑200ms,320‑
380ms,490‑540ms,600‑630msと850‑1460msに観測された 。反応時間及び各ERP成分の潜 時 と頭 皮上 電位 分布 (ト ポグ ラフ ィ) から320‑380ms,490‑540ms,600‑630msと850ー 1460msの成分はそれぞれ文字 認知、視聴覚変換・関連付け、黙読、音韻的照合・判断を 反 映し てい ると 判断 され た。 また 、黙 読プ 口セ スに 対応 す るERP成分の振幅 が両課題 問 で有 意な 差が 観測 され 、こ の差 は黙 読における注意・意繊等の違いを反映 している と推察された。
第8章では、本論文で得られた結果を総括する。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
栗城 山本 伊福部 小林
学 位 論 文 題 名
眞也 克之 達 哲生
事象関連電位に基づく仮名文字黙読・照合に 関わる 脳内プロセスの研究
脳 の 電 気 活 動 を 非 侵 襲 的 方 法 で 観 測 で き る 事 象 関 連 電 位(Event‑Related Potential;ERP)が 、近 年の 脳研究 において 、脳の情 報処理 プロセス を探る 客観的指 標 と し て 用 い ら れ て い る。 脳 の 非侵 襲 的 計測 法 に は他 にPET (Positron Emission Topography)やfMIU (functional Magnetic Resonance Imaging)とい った手 法がある が 、ERPの 利 点は 、 刺 激入 カ か ら反 応 出 力間 に 介 在す る 中 枢処 理 の 時 間的 推 移を 、 その 時々刻 々の振幅 や位相 の変化と してミ リ秒単位 で分析で きると ころにあ る。本研 究 は 、課 題 遂 行 時の 被 験者 の行動指 標であ る反応時 間とERP計測を 行うこと により 、 仮名 文字黙 読・照合 に関わ る脳内プ ロセス を調べた ものであ る。文 字の照合 プロセス には 音韻的 、形態的 、意味 的などの 操作が あること は心理学 的に知 られてい る。そこ で、 カタカ ナ文字と ひらが な文字を 用い、 形態的に は異なる が読み が同じと いう仮名 文 字 の特 徴 を 生 かし 、 音 韻的 操 作 に注 目 し て研 究 を行っ た。本 研究の主 な成果 は以 下の 点に要 約される 。
(1)仮名文字の黙読・照合に関わる脳内プロセスを調べるため、「黙読・照合課題」遂 行に 関わる 処理の各 段階の時 間経過 を被験者 の反応 時間の計 測によ り検討し ている。
そ の ため に 、 黙読 開 始 、黙 読 終 了 と判 断 終 了時 間 の計測 を行っ た。その 結果、黙 読 開 始 に要 す る 時間 は 文 字数 が 増 加 して も ほ ぼ一 定 であっ たのに 対し、黙 読終了と 判 断終 了に要 する時間 の方は増 加する ことを見 出して いる。
(2)仮名文 字の「黙読・照合課題」及び対照となる「黙読課題」の2っの課題遂行時の ERP計 測 を 行 い 、 脳 活 動 を 非 侵 襲 的 に 検 討 し て い る 。 そ の 結 果 、 潜 時 の順 にCP1〜 CP6の6っ のERPピ ー ク 成 分 が そ れ ぞ れ130‑140ms,180‑200ms,320‑380ms, 490‑540ms,600‑630msと850‑1460msに 観 測さ れた 。CP1成分 は前 頭前 野で 陽性 、後 頭と 両後 側頭 で陰 性電 位 、CP2成 分は 前頭 前野 で陰 性 、後 頭と 而後 側頭で陽 性電位、
CP3成 分 は 頭 蓋 中 央 と 前 頭 野 中 央 で 陽 性 、 後 頭 と 両 後 側 頭 で 陰 性 電 位 、CP4成 分は 左 前 頭 前 野 、 左 後 頭 と 左 後 側 頭 で 陽 性 電 位 、CP5成 分 は 頭 頂 中 央 で 陰 性電 位、CP6 成 分 は 前 頭 前 野 、 左 上 側 頭 と 頭 頂 で 陽 性 電 位 で あ る 。 す な わ ち 、 全 電極 部位 にわ た っ てCP4〜CP6は 単 極 性 電 位 ( 陽 性 か 陰 性 ) 分 布 で あ る の に 対 し 、CP1〜CP3に関 し て は 、 前 頭 前野 及び 両後 側頭 と後 頭 でそ れぞ れ陰 性( 陽性 )と 陽性 (陰 性) 電位 となる双極性分布であることを観測して いる。
(3)反 応時 間及び各ERP成分の潜時と頭皮上電位分布(トポグ ラフイ)から320‑380ms, 490‑540ms,600‑630msと850‑1460msの成 分は それ ぞれ 文字 認 知、 視聴 覚変 換・ 関連 付け、黙読、音韻的照合・判断を反映したものと指摘している。著者はさらに「黙読・照 合課 題」 と「 黙読 課題 」 問で 黙読 プロ セス に対 応す るERP成分 の振幅に有意な差が観 測されることを見出し、この差は黙読に おける注意・意識等の違いを反映したものと指 摘している。
以 上 を 要 す る に 、 著 者 は 、ERP計 測 と 反 応 時 間 計 測 を 行 い、 観察 され たERP成 分 の解 析と 処理 の各 段階 に要 する 時間を検討す ることによって仮名文字黙読・照合に関 わる 脳内 プロ セス にっ いて の新 知見を得たも のであり、生体工学、特に脳機能計測に 貢献 する とこ ろ大 なる もの があ る。
よっ て著 者は 、北 海道 大学 博士 (工学)の学 位を授与される資格あるものと認める。