[戯 曲の 翻訳 につ い て ]
柴 田耕太郎*
0、は じ めに
前 年 度 r明 星 大 学 紀 要 第 14号』に掲 載 さ れ た 、和田正美の論 文 rシ ェ イ クス ピ ア の 或
る場面の 翻 訳につ い て』 を 興味 深 く読ん だ。
円満な教 養 人た る和田の ような人 物が、翻 訳 戯 曲に関心 を寄せ た こ と を嬉し く思 っ たの と、
そ うし た教 養 人が劇 芸 術を どの よ うに 見て い る か が分か っ た か らで ある。
大 方の 主 張は納得で きる もの であるし、その 提 言には なるほ ど と う なずけるもの が ある。
そ れで も、生活の た めに は翻 訳を、ま た、生 きがい と して は演劇を、と 略に プロ と して 携わ
っ てい る身と しては、専 門 家の立 場か ら一言して お き たい 部 分も あ るの で 筆を執
っ た。
こ れか ら述べ る論考は、 こ の種の紀要で見 ら れる 「学術論文」の体を な して ゆ か ない と思 われ る。 学 問 とは 「体 系 化さ れ た知 識の総 体」 で あ り、事 実を積み重ね そ れ を論理 的にまと め た もの とい えよ うが、「翻 訳」 は経 験 則が 断 片 的に 偏 在す る分野で あ り未だ学 問 と は な っ
てい ない し、「演劇」 も、理論は と もか くこ こ で扱う実践部分につ い て は、や は り然り とい
え よ う。
だ がこ う し た経 験 則 を積み重ね るこ とで、や がては集 大 成さ れ た 「翻 訳理論」 「演 劇理論」 が生 まれ る で あろ うこ と を願っ て、現 場で の経 験を 基 に し た意 見を 以下に開 陳 する次 第であ
る。
1、 翻 訳の姿勢
次の ような英 文が あっ た ら、ど う訳せ ぱ よい だ ろ うか 。 She gave me one bottle of 78℃ hateau Lafite Rothschild .
産 業 翻 訳 家は、 こ う訳 す。
「彼 女は 七 八年 産の シ ャ トーラ フ
ィ ッ ト・ロ ートシ ル トとい う赤ワ イン を一瓶、私に くれ た。」
い さ さ か くどい き らい は あ る が、原 文は漏 ら さず、前 置 詞の 意味まで き っ ちり訳 してい る。
しか も、この ワ イ ンが赤で あ る とい う常 識 も織 り込んで い る。 出 版 翻 訳 家は、こ う だ。
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「彼女 は一
本の ワ イ ン を私に くれ た。 シ ャ トーラフ
ィ ッ ト・ロ ートシ ル トの七八年 物
。」
(63)
明 星 大 学 研 究 紀 要 【日本 文 化 学 部 ・言 語 文 化 学 科 】 第 15号 2007年
訳し漏 ら し、訳しす ぎの ない よ う注 意 し な が ら、読 者、作者の 意識の流れ を 切 ら ない よう配 慮してい る。
吹 替 翻 訳 家な ら、こ う する。
「あの娘が く れ た ワ イン は極めつ き、七 八年の シ ャ トーラ フ
ィ ッ ト。」
長 さ を口の動 きに合わせ るの が使命。 ま た、耳でわか る言葉に して い くの が大 切。 同じ映 像 翻 訳で も、字 幕 翻 訳 家だ と、どうなる か。
「極上 の ワ イン を くれ た。」
そ っ けない か も しれ ない 。 だ が、字 幕に は、映 画で十 字 × 二 行、テ レ ビ (ビデオ)で 十四字
×二 行とい う制 約が ある。 で き る だけ短くす る こ と が必要だ。 な ら ば、戯 曲翻 訳 家は、ど う訳すか 。
「あの娘は く れ た。 赤の 最高品 シ ャ トーラ フ
ィ ッ ト七 八年」。
台 詞 とア クシ ョ ン の一致を は か
っ た うえ で説 明 訳を入れ、しか も長く な ら ない ように 配 慮す る。
こ と ほ どさ よ うに、分野、目的に よ り、訳すス タン ス は変わっ て くるの だ。
産業 翻 訳は読み やすさを犠 牲に して も誤 読 (間 違っ た内 容理解 )がない ようにする。 出 版 翻 訳は誤 訳の指摘が怖い 。 正確に、か つ 音 読に耐え ら れ る よ う (実は読む とい う作 業は頭の 中
で 音を出して い る の で ある) リズ ム をつ ける。吹 替は口 の動き と ぴっ た り合うこ と、字幕は
き ち っ と筋を追 うこ とが命。 こ こ に至 っ て は翻訳 とい うよ り創 作に近 く なる。 「日本 語 版 台 本」 とい わ れ る こ とが多い の も、その ためで ある。
戯 曲が、私に い わ せ れ ばい ち ば ん難 しい 。正確で な け れ ば、 テ キ ス トを俳優が読み込 むこ
とが で き ない 。 そ れ でい て原 文よ り訳 文が長 くなれ ば (往々 に して あ りがち。 その ま ま訳 す
と 1.5倍の上演 時 間に な る) 演 技が 間 延びす る。 そ の うえで 台 詞とア ク シ ョ ン を一致さ せる
と なっ た ら、こ れ は絶 望 的と しか い い ようが ない 。
これ らの 問 題を ど う乗り越え る か をめ ぐっ て 戯 曲翻 訳 家は苦 吟 し、諸 家そ れ ぞ れ工夫をこ ら す わ け だ が、
一つ の 台 詞で た ま た まこ れが うま く決まっ た例を紹介し たい 。
(福田恒 存 『私の演 劇 教 室』 《玉川 大 学 出 版 部 》 より、レ ジ ュ メ)。
Speak , hands , for me 1
シ ェ ーク ス ピア 『ジ
ュ リ ア ス ・シ ーザ ー』で 、ブル ータスー味の 陰 謀が 露見 し、シ ーザー
に切 り かか る場面。 Speak で柄に手が か か る、 handsで刀 を抜く、for me で切 り か か る。
三つ の 音の 区切 り、三 つ の ア ク シ ョ ン を で きる だ け原 音の長さ で、意 味も合わせ 、訳さね ば な ら ない 。
福田は見 事、 こ う訳 し た 「こ の 手に 聞 け ]。
ちな み に英 文 学 者、中野 好 夫の訳は 「こ うな れ ば、腕に もの をい わ せ るの だ 1」 こ ち ら は、歌 舞 伎で 見 得を切 る場面 な ら合い そ う だが…
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−
(
[戯 曲の翻 訳につ い て] 柴田耕 太 郎
2、精 確に読む
当た り前の こ とだが、翻 訳はまず 精 確で なけれ ば な らない 。 和田の 提 示 した シ ェ ークス ピ
ァ rヘ ン リー四世 』の 原文 と諸訳 (和田の挙げ る坪 内 遒 遥、中野 好 夫、小田島 雄 志の三訳 ) を照らし合わせ てみた *註。
Rθ一entθr Hastings.
Hast, 1〈 My lord>,our army 2<is dispersed> already :
Like 3<youthful steers unyoked >, they take their courses
East, west , north , south 4〈 ;or, like a school broke up ,
Each hurries toward his home and sporting ・place>. West . Good tidings, my Lord
Hastings ;for the which
Ido arrest thee, traitor, of high treason;
And you ,5<10rd archbishop >,and you , lord Mowbray ,
Of capital treason I attach you both ,
ハ4bω わ. PVest,
Arch. Lan .
6<Is this proceeding just and honourable> ?
7<Is your assembly so ?>
Will you thus break your faith?
Ipawn ’d thee none ;
Ipromised you redress of these same grievances Whereof you did complain ;which , by mine honour , Iwill perform with a most Christian care .
But for you , rebels , look to taste the due
Meet for rebellion and such acts as yours . Most shallowly did you these arms commerce ,
Fondly brought here and foolishly sent hence .
Strike up our drums, pursue the scatter ’d stray :
God , and not we , hath safely fought to・day .
89 < Some guard these traitors to the block of death , Treason ’
s true bed and yielder up of breath.〉 [Exeunt .
演 劇や英 語の 専 門 家で な く と も、多 少な り と も教 育を受けた読 者な ら、一読 し て次の よう な疑問が浮か ぶ の で は ない だ ろ うか。
1.小 田島 訳の み My lordを 「大 司教閣 下」(他 訳は 「閣 下」)と 訳 してい る が、何故だ ろ
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うか ?
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明星大 学 研究紀要 【日本文化学部・言 語文化学科】第15号 200了年
2.「退散 し ま し た 」(逍遥 訳 )と 「退 散 してお りま し た 」(小 田島 訳 ) とで は、だい ぶ 感じ が違 うが ど ち らが 正 しい の だ ろ うか ?
3.直訳は 「頸 木を はず さ れ た食 肉用の 去勢され た はつ らつ と した雄の 子牛」→ 「自 由に解 き放た れ た元気な子 牛」 だ が、「子牛」 を 「若駒」 (坪 内、小田島)「若牛」 (中 野)と し て よい の だ ろうか ?
4.「又 は 小学校の 放課後 とい う風で 、めい めい 家 路へ と、 遊び場へ と。」 (坪内 逍 遥 ・訳) に ほ ぼ倣っ た訳を中 野 好 夫、小田島 雄 志もつ けてい る が、中世に小学 校が あっ たの だ ろ うか ?
5,逍 遥訳 「大 監督」 は と もか く、 10rd archbishop を 「大 主教 閣 下」(中 野)、 「大司 教 閣 下」 (小 田島)と訳語が分か れ るの は ど う して だ ろ うか ?
6,7.「さ うい うこ とをな さ って 、そ れで 公 明正大とい へ ま すか ?」 「足 下た ちの 暴 挙が 然 うい へ るかい ?」(坪内 逍 遥 ・訳 )にほ ぼ倣
っ た訳を中野好夫、小田島 雄 志もつ けてい
る が、貴 族 同士が こ ん な売 り言 葉と買い 言 葉の 応 酬をする だ ろ うか ?
8.「謀 反人 の 正当な臥 床で も あ り終 焉 所で も ある斬 首 台まで警護して 行け」(坪 内 逍 遥 ・ 訳)と同 じ く、 「正 当 な臥 床」 (Treason’s true bed)イ コ ール 「終焉 所」 (yielder up of breath) と して 中 野 好 夫、小田島雄i志も訳 して い る が 、名 詞の 並列で ない もの を 同
格に 訳せ る もの だ ろ うか ?
9,the block of death を、坪 内は 「斬 首台」、小 田島は 「断 頭 台」 と訳 して い る が、同 じ 意 味なの だろ うか ?
本 当の 翻 訳 作 業は、 文 法力 ・論理力 ・教 養力 ・表 現 力を駆 使 し、こ うし た疑 問に答え るこ とか ら始 ま る。 こ の い わ ば 「苦 しい 楽しさ 」 を貫い て得た結 果は次の如し。
1.
My lordは、侯 爵 以下 の 貴 族へ の 略 称で の 呼び か け。公 爵な らYour (His)grace ま た は Princeと なる。 小 田島訳 は、誰に対 して言 っ た 言葉か を はっ き り示 してい る。
2.
disperseは (1)他動 詞 「…を追い 散ら す 」
(2)自 動詞 「散 ら ば る 」 の う ち、文 脈か ら (2)。
自動 詞の過 去 分 詞は状 態を あ ら わす。 ま た は、 dispersedを過 去 分 詞 形の形 容 詞 と とる。 正 確な直 訳を す れ ば 「(すで に ) 散ら ぼ っ た状 態である 」。 逍 遥 訳、中野訳、小田島 訳 と も、力 点を行 為に置 くか状 態に 置くか の違い で あク て 、 い ずれ も可。
3.
勝 手に 動 き 回る こ との で きる例 (そ うい っ た類の もの ) として 挙げ られ たの だ か ら、「若 駒」
で も 「若 牛」 でも翻 訳で許さ れ る範囲。
4. ・
;or は (1)選 択 「あ るい は」 (2)換言 「すな わち」 の う ち、例示 (like)に力 点を感 じ
れ ば (1)、 具 体化 (take their course → hurries toward his home and sporting −place) に力点を感 じ れば (2)。 こ こ は どちら も可。
175 ・「放 課 後」 な ら 不 可算 名 詞で school になるはず。
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