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A  平城宮・京 出土軒瓦編年の再検討

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(1)

第Ⅵ章  

A  平城宮・京 出土軒瓦編年の再検討

平城官を中心 とした平城京出土軒瓦の全般的な時期区分は

,さ

きに『 基準資料

I瓦

2』 の

1)

解説および『 報告Ⅵ』において提示 した。それ らは

,主

に文献か らうかがわれる平城宮の造営 期に

,木

簡の伴出 した標準資料を加味 して

,奈

良時代を第

1期

〜第

V期

に区分 した ものであっ た(Tab.4)。 その後『報告 』では

,平

城宮の主要な軒瓦である

6225A‑6663Cを

第二次大極 殿所用 とみて第 Ⅱ期か ら平城還都後の第 Ⅲ期に繰 り下 げ

,従

来大 き くは第

I期

に含 めてい た 6304の うち

,6304Cを

第一次大極殿院の

I‑2の

期の東楼S B 7802に 6664と ともに用い られ たことか ら第

I期

で も新 しくみ

,第 V期

の瓦 として

,長

岡京の軒平瓦 と類似する軒平瓦6275・

2)

6276を

抽出するな どの改訂を行 った。『 報告 』では『 報告 』を うけて

,本

仁官所用の軒平 瓦

6691Aが

軒丸瓦

6296Aと

組み合 って平城遺都後

,第

Ⅲ期に使用 されたこと

,聖

武朝難波宮 の軒丸瓦

6303Aに

対 して

6303Bは

6284A・

DoFに

類似することか ら第

I期

に遡 ることな ど

3)

を指摘 した。

今回は

これまで系統 だった分析を くわえていなか った製作技法に重点をおき

,こ

れ と瓦当 文様の変化をか らめて

,平

城官を中心 とした平城宮・京出土軒瓦の再編年を試みることにする。

軒 丸 瓦 の 変 遷

(1)瓦

当文 様 と外縁 の変 化 (Tab.5)

平城京出土軒丸瓦の瓦当文様は連華文が主で

,他

に幾何学文や飛雲文が若干ある。蓮幸文に は複弁 と単弁があ り

,そ

れぞれ間弁が独立す る

A系

,間

弁が連続する

B系

,間

弁がない

C

Tab.4 

平城官出上軒瓦の時期区分 時期 区分

実年代

I期

第 Ⅱ 期 第

 

 

期 第

IV期

V期

和銅元年 〜 養老5年 (708〜 721)

養老5年 天平17年 (721〜 745)

天平17年〜 天平勝宝年間 (745〜 757)

天平宝字元年〜

神護景雲年 間 (757〜 770)

宝亀元年 〜 延暦3年 (770〜 784) 標準遺構

伴出木簡

伴出軒

6284C D3765

SK2102

神亀5 天平元年 631lA 6313C 6664F 6666A

SK820     1SK2101

天平17〜

19  1夫

平18 1天平勝宝2

6282Ha 6311 16131   6301B

6313B・C     i6304C 6664DoF 6666 16663C  6685A

6685B・D     i6691A  6721 6694A  6721Di

25′

(2)

Tab.5 

軒丸瓦の瓦当文様 と外縁 の変化

間 弁 系 統

外 縁 形 態

* 外 縁 文 様 絲

第 二 期 第 Ⅱ 期 第

 

 

期 第

 

 

期 第

V期

平安初期 和銅元年

養老 5年

養老 5年 天平17年

天平17年 天平勝宝年間

天平宝字元年 神護景雲年間

宝亀元年 延暦3年

延暦 3年 天長元年

MV 6272A 傾

RV LV

棄文

6301A 16348A

6301B

6313B・

A

631lA―

E

i6269A  6, 16308A〜

D

I   I・

N

DoH

ケ5A〜

D

6305A

6225E 6226A

6313F・I

6235E一

M B 6313G

素文 6227A

6236A・H―

1  6235C・

D・

F

D・

K

6237A

7247A 7241A

傾 斜LV

6284C 6282A

A・

D

6303B 6304C

6314B―一―

6285A―――

■・

B

A・

E B

6282Fao H 6291A・

C

G・Ba

6291B

6238A

傾 斜

R V 一 

﹂ V   一数

6320Aa

6307A・

E 6296A―

B・

F一

I

H・I,D 6316E oA

6307G

﹂ V 一  裁

6307C 6316B o M

6316H・

F

6229A・

B

7245A

一三

角 LV 6091A

6135A〜

C

傾 斜

RV LV

素文

6317A―― 6138C・

E

6131A    I

C 6134B→―

C 6135E B      16140B

6138F一 」 7349A

﹂ V 一  赦

6134A

6160A 7126A

傾 斜 LV

B 6143A

LV

素文

6144A

6145A

傾 斜

RV

IV

LV

素文

6131B 6132A

6140A

6133Ka A〜C,I――Da・

M

素文 6138P・

Q

重 圏

素文 6018C

6012A〜

D

601lB6015A

直 素文 6012E・

H

飛 雲 素 文 A

三 :三 角線

 

傾 :傾 斜縁

 

直 :直 立縁

MV:面

違い鋸歯文

 RV:凸

鋸歯文

LV:凸

線鋸歯文

 IV:四

線鋸歯文

(3)

単弁

 A系

RV A系

LV

C系統素文

複弁

 A系

RV

A系 統

LV     B系

LV     C系

LV

Fig。

47蓮

華 文 の 分 類

C系 統素文

系統に区分 している(Fig.47)。 また

,外

縁の形態 は内面が内傾 し

,上

面を平坦につ くらない三 角縁

,内

面が内傾 し

,上

面に平坦部をつ くる傾斜縁

,内

面が直立する直立縁

とくに外縁部を 高 く作 らない平坦縁 とがある。 この うち

,傾

斜縁 については

,内

面が直線的なもの

1,内

面が 匙面をなす もの

1,外

反するもの Ⅲに区分 した(Fig.48)。

復 弁 蓮 華 文

A系

(Fig.49〜

52) A系

統の複弁蓮華文は奈良時代を通 じて存続 し

,弁

は肉彫 り風の ものが 主である。藤原宮式軒丸瓦は大部分が

A系

統で蓮子を

2重

にめ ぐらすが

,6279Aは 1+8,6279

Bは 1+6と 1重

である。外縁 は三角縁 もしくはこの上面をヘ ラケズ

'す

る傾斜縁

1で

ある。

6301Aは

興福寺の創建瓦で第

I期

に比定 している。蓮子は

2重 ,外

縁は傾斜縁

Iで

上面に凹 線をめ ぐらす。弁が肉彫 り風で強 く盛 り上 る点は藤原官式の

6274A,外

縁 に凹線をめ ぐらす点 は藤原官式の

6279Aと

共通 し古い様相を示す。平城宮所用の

6301B o Cは ,Aに

類似するが 養老四年の「造興福寺仏殿司

Jの

設置後の製作 とみて第

1期

末 もしくは第 Ⅱ期初においている。

しか し

,6301Cは

後述するよ うに軒平瓦 との組合わせか ら第

I期

後半になる可能性 もある。蓮 子を

2重

にめ ぐらす瓦は他に 6272A・

B,6345Aが

ある。前者は外縁が三角縁で面違鋸歯文を め ぐらし

,後

者は外縁が平縁 に近 く唐草文をめ ぐらす。古式の要素を残す これ らは第

1期

も前 半になる可能性が高い。

6348Aは

外縁が傾斜縁 Iで 線鋸歯文をめ ぐらし

,外

区内縁 に唐草文を め ぐらすが

,蓮

子は

1+8と 1重

であ り

,あ

るいはやや時期が下 るか もしれない。

6348Bは A

三角縁 6135A

傾斜縁I 6284C

Fig。

48外

縁 の 分 類

傾斜縁 皿 6291A

C系統Ⅳ

253

(4)

・の

純 蜘 印野 節

の小型品 であ る。

この時期 の

A系

統 の蓮華文軒丸瓦 は

,平

城京内の邸宅跡や寺 院での使用 が顕著 であ り

,平

城官用軒丸瓦 としては

A系

統 の複 弁蓮華文 は採用 されなか った と見 ることがで きる。

I期

に入 ると平城宮所用瓦 に

A系

統 の複弁連華文が出現 す る。6308。 6311・

6313が

これにあたる。

 6313は

複弁

4弁

の小 型 の瓦 で蓮子が

1個

だが

,他

1+6で

あ る。大部分 は外縁 が 傾斜縁

Iで

線鋸歯文 をめ ぐらす。 弁形 が 肉彫 り風 で あ るの は 6279あ る│ヽは6301の系統 をひ くのであろ う。

6311は弁 の盛 り上 りが強 く

,中

房 が凹み

,珠

26,鋸

歯文 23 と密である ものが標式 であ る。 また

,外

縁 も細 く高 くつ くる。

標式 はA・

Bで

Eも これに近いが

,H・ Dは

弁 が線彫 り風 で盛 上 りが弱い。

 C・

F・

Gは

弁形 や珠文 ・ 鋸歯文 が粗 でむ しろ 6308に 近 い。 F・

Gは

外縁 上面 をヘ ラケズ リす る。

6305Aは

形 が6311の系譜 をひ くが平板 で

,外

縁 が傾斜縁 Iと なる。

6308は弁 が 肉彫 り風 で ン ヤー プだが

,盛

上 りが弱 く

,中

房 が やや凸出 し,珠 文・ 鋸歯文 とも16と粗 で ある ものを標式 とす る。

外縁 は 63■ に比 して厚 くて低 い。標式 はA・

Bで

外縁 の上面 に

凹線 をめ ぐらすが

,他

は外縁 の上面 をヘ ラケズ リして低 くつ く る とい う特徴があ る。 また

,A・

B・

Cは

弁 区 の周囲 に浅 い段 を界線状 にめ ぐらし

,弁

・ 間弁端 に楔形 の文様 を残すが

,D・

I・

Lに

は楔形 がな く

,Nは

界線状 の段 もな くな る。

6313は

A〜 Iが

あ る。この うち

A〜 CoE・ Gは A系

統 で あ るが

,他

B系

統 にな る。

A〜

C・

Eに

文様構成上の差異 を認 めが たい が

,Aは

外縁上面 に曲線 をめ ぐらせ る点で6308に

,B

CoEは

高 い傾斜縁 こで あ る点 で 6311に 近 い とい えよ う。

D

Hは

外縁上面 を低 くヘ ラケズ リす る。

 I・ Fは

瓦 当径が大 き く外縁上面 に凸線 をめ ぐらすが

,外

縁 は厚手 の傾斜縁

Iで

傾斜 も強 く内外縁 を分つ圏線の間が広 くなる。後述 す る恭仁宮 タイ プの外縁 であ る。

Gは

厚手 の傾斜縁

Iで ,素

文 であ る。

6311と 6308は従来大 き く第 Ⅱ期 においてい るが

,外

縁 の形 態 にはか な りの差異 があ る。

 6311の

よ うに細 くて高い 傾斜縁 を持つ ものは後述す るよ うに第

I期

の系統 をひき第

1期

の前半 に

,6308の

よ うに低 くて厚い傾斜縁 を もつ ものは第 Ⅱ期 の後半 になる可能性が強い。6311で も後 出的 なH・

Dあ

るい は6308に 近 い特徴 を もつ631l C・

FoG,6305Aや 6313D o Hも

第 Ⅱ 期 の後半 になろ う。

 6313B o C,Eは

I期

前半。

6313Aは

6308A・

Bと

の類似点があるが,こ こでは6308A・

Bの

祖型 に

254

第 正期の細 分

b3'3‐

Ao

Fig。

49 

複弁A系統軒丸瓦 1

(5)

な る可能性 を考 え

,第 I期

の前半 におい てお く。 また63131・

F

は恭仁 宮 タイ プの外縁 が出現 したのちの第 Ⅲ期 に

,6313Gは

平 城 宮 で傾斜縁 が素文 とな る時期

,第 V期

の前半 に比定で きよ う。 な お

,6308Cに

つい ては弁区全体が盛上 る点で

6279Bに

近 い とみ て 第

I期

におい てい たが

,6279Bの

弁 区 の盛上 りはそれ ほ どない。

む しろ後述 す る第 Ⅱ期 の6285A・

6291A,後

期難波官 の造営 に あ て られ る

6303Aと

の類 似性 を考 え

,第

Ⅱ期 の後半 に位置 づけ るべ きで あろ う。

第 Ⅲ期 の

A系

統 の複弁蓮華文軒丸瓦 は 6225と,いわ ゆる東 大寺 式 と呼 んでい る

6235が

代表格 で あ る。

6225につい ては,かつ て第

I期

においていたが少 な くとも

Aの

み は第 Ⅲ期 に下 げ た。6225は

A〜 Eと

大型 の

Lと

があ る。外縁 を 低 くヘ ラケズ リす る点 は前述 の6308と共通 す るが

,内

面 は 6308 の よ うに内反 せず傾斜縁Iにな る。外区外縁 に凸鋸歯文

,内

縁 に 圏線文 を め ぐらす点

,ま

た蓮子が

1+8で

あ る点 も新 しい要 素 で あ る。

A〜 DoLは

弁 区の地 が盛 り上 が るが

,Eは

平坦 で第 Ⅲ期 も後半 になろ う。

A〜 DoLは

文様構成上 に差異 はな く

,大

き く は第 Ⅲ期 の前半 に位置 づけ られ よ うが

,連

子 を

1+8と

す る点 は 後述 す るよ うに恭 仁 宮所用 の

6320Aaで

再登場 す るよ うで

,6225

の出現 も第 Ⅱ期 の後半 になる可能性 がある。

6228Aは

弁形 が6308に近 く

,外

区外縁 が傾斜縁

Iで

線 鋸歯文 をめ ぐらせ

,外

縁 上面 をヘ ラケズ リして低 くつ くる点 も6308に近 いが

,外

区 内線 に圏線文 をめ ぐらせ

,連

子 が

1+3で

あ る点が 6225 に近い。 また

,6269Aは

傾斜縁

Iで ,外

区外縁 に凸鋸歯文 をめ ぐ らす① 中房が大 き く蓮子が

1+6で ,外

縁 を高 く細 くつ くる点 は 古式 だが

,弁

形 は後 述 す る

C系

統 の複弁 に近 く新 しい要素 とい え る。お そ らく

6225は

第 Ⅱ期後半 に位置 づ け うる6228A・

6269A

を祖型 として出現 す るのであろ う。外 区に線鋸歯文 と圏線文 を め ぐらせ る

6226Aは ,外

縁 が傾斜縁 Iで

,弁

区の地 が平板 であ り,

6225Eと

近 い時期

,第

Ⅲ期後半 にお けよ う。

第 Ⅲ期 を代表 す る もう一 つ の軒 丸瓦6235はいずれ も外 区 外 縁 が素文 であ る。天平勝宝年間か らの東大寺 の造営 に用 い られ

,そ

の後西大寺 や西隆寺 な どの造営 に も用 い られた瓦 であ る。 圏線 の み を飾 る特殊 な重 圏文 を除 けば

,鋸

歯文 の省略 は第 Ⅲ期 の後半 に は じまるとい える。弁形 や外縁 の形状 な どか ら大 き く

3群

に区分 で きる。第1・

2群

は弁 が肉彫 り風 で盛上 りがあ り

,外

縁 が傾 斜縁

Iで

部厚 いつ くりとなる。第

1群

は E・

Gで ,外

区 の内外縁

4)

を分つ圏線が あ る。 蓮子 1+6。 第

2群

は B・ F。 」・

MoNで

,

6225の変遷

6225の 祖形

iFg,50複

A系統軒丸瓦2

255

6235の変遷

(6)

6236の変遷

外 区 の 内外縁 を分 つ圏線 が省略 され

,そ

の痕跡 が外縁下端 に段 として残 る。蓮子 は大部分 が

1+6だ

,Bの

み は

1+5で

あ り 新 しい要素 とい えよ う。 第

3群

は C・

DoI・ Kで ,い

ずれ も 外縁 が直立縁 で あ り下端 に段 も残 らない。 この うち

DoKは

蓮 子 が

1+6で , 

しか も弁 が肉彫 り風 で古い要素 を残 すが盛上 り は弱い。特 に

Dは

内外区を分つ圏線 を省略 してい る。 C・ Iは 弁 が線彫 りとな り蓮 子 も

1+5で

あ る。

以上 の ことか ら6235は第

I群

の E・

Gが

最 も古 く,次い で第

2群

の F・ J・ M・

Nに

変化 した と考 え られ る。 これ らはいず れ も東 大寺所用瓦 であ り

,東

大寺 の主要堂塔 の造営 が一段落 を つ げげ た天平宝字元年

,第

Ⅲ期 の後半 までにつ ぎつ ぎと生産 さ れ た可能性 が強い。一方

,第 3群

の C・

Iは

神護 景雲元年 か ら 宝 亀

2年

頃 までを造 営期 とす る西隆寺 の創建 瓦 で あ り

,第

Ⅳ期 の後半 には生産 されてい た と考 え うる。第

3群

の D・

Kは

東大 寺所 用瓦 で あ る。 第 Ⅳ期 の後半 か第

V期

になろ う。 なお

,第

2

群 の

Bは

これ まで大 き くは第 Ⅲ期 においてい たが

,第 2群

と第

3群

との過渡的 な要素 を もち

,第

Ⅳ期 の前半 に位置 づけ るべ き で あ ろ う。

6236は

かつ て6127と した瓦 で

,唐

招提寺 の創建 瓦 にな るこ とか ら第 Ⅳ期 におい てきた。 A・

D〜 Hが

あ る。 いずれ も外縁 が直立縁 で素文 であ り

,6235の

区分 か ら大 き くは第 Ⅳ期 の後半 に位置 づけ られ る。 この うちA・ E・

Hは

弁 に盛 上 りがあ り, 蓮 子

1+8で

あ るが

,他

は弁 が線彫 り風 で平板 とな り,ま た連子

Dが 1+7,F・ Gが 1+6と

変則的 で あ る。 また後

3者

は弁 端 に楔形 の文様 があ り

,間

弁 と一 部つ なが って

B系

統 の複弁蓮 華文 の様相 を示 す。 A・

Hは

西大寺四王堂付近 の出土が顕著で あ る。西 大寺四王堂 は天平宝字八年 (764)発 願後

,天

平 神護二 年 (766)頃 には完成 された とみ られ

,A・ Hは

V期

前半 も末 頃 にな る。素文 の直立縁 の最 も古い例 であ る。 A・

Hと

文 様構 成上 に差 のない

Eも

この時期の ものであろ う。新薬 師寺 。唐招 提 寺 。西 隆寺 出土。一方

,Dは

唐招提寺・西 隆寺 。西大寺

,F

は唐招提寺・ 西隆寺

,Gは

唐招提寺 か ら出土 す る。 この うち唐 招提 寺 でのみ 出上 してい る

Gは Dの

小型 瓦 で あ り

この

2種

が 唐招提 寺所用 と考 え られ る。唐招提 寺 は天平 宝字年 間 に造営が は じまるが

,寺

観 が整 うのはそれ以後 で

,金

堂 の造営 は宝亀年 間 を下 るよ うで あ る。上述 した

6236Eは

天平宝字年 間

,第

Ⅳ期

前半 の作 で

,D・ Gは

これに後 出 し第 Ⅳ期 の後半 頃になろ う。

Fは

外縁上面 をヘ ラケズ リす る点 が

6237Aに ,中

房 が浅 く半球

66

Fig.51 

復弁A系統軒丸瓦

 3

(7)

考浄″

6282̲ス

状 に盛 り上 る点 が

,後

述 す る 6125

Aに

近 い。

6237Aは

弁 の 形 状 が 6236の くずれ た もので蓮子 が

1+

4,6125Aは 6236が

単弁化 した も ので 内外 区を分 つ圏線 も省略 され る。 ともに西隆寺特有 の瓦である が

,造

営 の主要 な瓦 ではない。第

V期

頃の もので あ ろ う。

6236Fは

これ に先行す る第 Ⅳ期後半末頃 に

Fig.52複

A系統軒丸瓦

な ろ う。

なお

, 6225の

系統 をひ く6227A・

Dは

弁 が平板 で

外縁 が 素文 の直立縁 で あ り第

V期

前半

!弁

形 が藤原宮式 の 6279に 似 る が

,外

縁 が恭仁 官 タイ プで線 鋸歯文 をめ ぐらす

6279Cは

第 Ⅲ期 後半 頃 にお け よ う。後者 は薬 師寺 所用瓦 であ る。 この他時期 の 下 る

A系

統 の複弁蓮華文軒丸瓦 が平城 宮 内 で 出上 して い る。

7241A(1日

6241A)で

あ る。弁 は線彫 りで中房が高 く蓮子

1+5を

配 す。外縁 は素文 の直立縁 で あ るが

,幅

広で あ るのが特徴であ り

,奈

良時 代の通例 の瓦 と異 な る。大膳職地域 の

S E31lBか

ら出上 した ものであ る。

 S E31lBは

平城上皇期 の井戸で あ り 平安初期 に下 る。平 城京

,東

市 周辺 出上 の

7247Aも

外縁 が同 じ つ くりであ ることか らこの時期 にお く。後述 す る

C系

統 の複弁

蓮 華文

7245Aも

この時期 の作で あ る。

B系

統 (Fig.53〜

55) B系

統 の複弁連幸文 は奈良時代の中頃で ほぼ消失す る。弁 は線彫 りがほ とん どであるが

,6291A・ Cの

み は肉彫 り風で

,A系

統 の6308とのつ なが りが うかがわれ る。

藤 原宮式軒丸瓦 で は唯

‑6281が A系

統 に属 す。弁 は線彫 りで,

中房 は凸 出 し

,運

子 を

2重

に め ぐらす。外縁 は三角縁 もしくは 傾斜縁 I。 平城 宮 で は造 営 の当初

,第

I期に まず

B系

統 の軒丸 瓦 が生産 され る。6282A・ 6284A・

C〜 F,6303B,6304Cが

これにあたる。 いずれ も弁 は線彫 りであ り

,外

縁 は細 くて高い 傾斜縁 Ⅱで線鋸歯文 をめ ぐらす。傾斜縁Iの初現 で あ る。

6282Aは

中房 が凸 出 して大 き く

,蓮

子 が

1+8で

あ る。直接 的 には藤 原官式

6281Bを

手 本 と し

,瓦

当径 の縮 小 にあわせて蓮 子 を

1+8+8か

1+8に

した と考 え られ る。 平城宮の造営当 初

,第 I期

前半 にお けよ う。

6284は中房 がわずか に凸 出 して小 き く

,蓮

子 が

1+6で

あ る。

大 き く

2群

に区分 で きる。 C・

Eは

弁 が平板 で珠文

24,線

鋸 歯 文

16,A・ Dは

弁 が盛上 り

,珠

文20と粗 くな る。

Fは

珠文24だ

2」7

平城上皇期 の軒丸瓦

傾斜縁

Iの

出現

724r'‐

A

C

Fig.53 

復弁

B系

統軒丸瓦

 1

蓮子

1+6の

盛行

(8)

第 二期の細 分

が弁 が盛上 り

,過

渡 的様相を示 す。

6303は

蓮 子

1+6で

弁 が盛 り 上 り

,珠

20,線

鋸歯文 20と

6284Aに

酷 似 す る。

6304Cは

6303

Bに

似 るが中房 が高 くな る。蓮子

1+6,珠

19,線

鋸歯文16。

6303B。

6304Cは

『 報告 』『 報 告Xll』 で第

I期

で も遅 れ る こ とをすでに指摘 した。

6284Cは

I期

の標準遺構 である S D 3765 か ら和銅 の紀年木簡 と伴 出 してい る。6284C・

E→

6284F・ A・

D→ 6303B→ 6304Cへ

の変化 がお え

,6303B・ 6304Cを

1期

後 半 にお くが

,6284F・

A・

Dが

I期

の前半 であ るか後半 である か は決 めがたい。

6304Nは

中房 が と くに高 く突 出す るが弁 は平板 で

,蓮

1+6,

珠文

24,線

鋸歯 16と 6284C・

Eと

共通 す る要素を持つ。 あ るい

6)

は6284の中房 を彫直 しした ものか もしれ ない。 他 の 6304も 中房 が凸出 し

,連

1+6で

あ る。 この うち

Dは Cに

似 て弁 が まだ短 いが, E・

G, 

さ らにA・

Bへ

と弁 が長 くなる。6304A・

Bに

つ い ては これ まで第 Ⅱ期 におい てい るが

,少

な くとも

Dは

I期

の 後半 で

,E・ Gも

時期 の繰 り上 る可能性 が あ る。 A・

Bは

これ ら

に後続 す る時期

,第

Ⅱ期 の前半 にお け よ う。

I期

B系

統 の複弁蓮華文 の代表例 は

,上

述 した第

I期

前半 の6304A・

Bの

他 に

6285,6291,6314が

あ る。 いずれ も外縁 に 線鋸歯文 をめ ぐらす。

6285は A・

Bが

あ る。 ともに外縁 は高 くて細 い傾斜縁I。 蓮 子 イよ

1+6で

弁 は線彫 りであ る。

Aは

中房 が凸 出 し

,弁

が長 く 6304 に直結 す る。 弁 区 全 体 に盛 り上 りがあ る点は後期難波宮所用瓦

6303Aに

似 る。第

I期

の前半 におけ よ う。

Bは Aに

似 るが弁 区 の 全体 は さほ ど盛 り上 らず

,中

房 が凹 む。後 述 す るよ うに天平 11年 頃 の法隆寺東 院所用瓦 で あ り

,第 I期

の後半 になる。

6291は

A〜 Cが

あ る。

Cは

外縁 が傾斜縁 Ⅱで上面 をヘ ラケズ ツ して低 くす る。

 

中房 はほぼ平坦 で蓮 子

1+6, 

弁 が 肉彫 り風 で あ る。かつて

6308Fと

した瓦 で あ るが

,6308の

よ うに弁端 と間弁端 を段 がめ ぐるのでな く

,間

弁 端 が二 又 に分 れ て弁端 をめ ぐる こと か ら6291と した。 間弁端 に楔形 の文様 はない。6308D・

IoL

と同 じ時期 である。6291の 標式 は

Aで

あ る。 中房 はやや凸 出 し, 蓮 子 は 1+6。 弁形 も間弁 の先端 に楔形 の文様 を残 す点 も6308に 似 る。特 に弁 区全体 が盛上 る点 は

6308Cに

類似 す る。また外縁 は 低 く上面 に凸線 をめ ぐらす点 は6308A・

Bの

要素 だが

,外

縁 内面 は外反 す る傾斜縁 Ⅲであ る。 この種 の外縁 は他 に は次 に述 べ る 6314A・

Eだ

けで あ り第

I期

後半 に限定 で きそ うで あ る。

6291B

Aの

模作 で あ る。 間弁端 に楔形 の文 様 が あ るが

,弁

は平板 で線

258

Fig.54複

B系

統 軒丸瓦 2

傾斜縁 Ⅱの 出現

(9)

表現 とな り

,中

房は四み連子 も

1+4と

なる。外縁 は恭仁宮 タ イプの傾斜縁

Iで

ある。蓮子を

1+4と

す る瓦 は後述するよ うに第 Ⅱ期後半 に もごく一部にあるが

,第

Ⅲ期後半末か らか な り普遍化する。6291Bも 第 Ⅲ期後半の時期 になろ う。薬師

6282‐

Fo 

寺・ 山城平川廃寺の出土例で

,平

城官では出上 していない。

6314は 複弁

4弁

の小型の瓦で

A〜 Eが

ある。弁 はいずれ も 線彫 りである。A・

Eは

蓮子が

1+6で ,6291Aと

同様に外 縁 が傾斜縁 Ⅲで上面に凸線をめ ぐらせる。 また

ともに弁区 の周囲に浅い段 を凸線状にめ ぐらせる点は6308に似 る。第 Ⅱ

6282‐

lg  

期後半である。 なお

,Eは

単弁状 になってお り

,単

弁の出現

6282‐ ‖o

時期に一つの示唆を与える。

B〜 Dは

外縁が高 くて細い傾斜 縁

Iで

古式であ り

,第 I期

前半 におけよ う。

 

蓮子は ともに1

+5で

ある。連子

1+5は

第I。 第 Iを 通 じて この小型瓦にの みみ られる。

B系

統の複弁蓮幸文で第 Ⅲ期においてい るのは

6282(A以

)で

ある。6282は 中房の中央の蓮子が一 まわ り大きいのが 特徴である。弁 はいずれ も線彫 りで

,概

して短 く平板である。

通子は Iの み

1+8,他

は1+6。 弁形や外縁 の形態 な どか ら 大 き く

3群

に区分できる。 第

1群

Fa・ とで

,弁

がやや長 くてわずかに盛 り上 り

,外

縁が傾斜縁

Io Faは

外縁が高 く 細 くて古式である。弁形・珠文・線鋸歯文の配置な どの一致

7)

か ら

6284Eの

運 子 を彫直 した可能 性 もあ る。

Fbは

外縁 を部

厚 く彫 直 す。Iは外縁 がやや太 くな る点 で新 しい とい えよ う。

2群

はD・ E・

Hで

,弁 が長 目だが平板 で あ る。外縁 は恭仁 官 タイ プで

6320Aaと

同様 に内外 区 を分つ圏線 も太 くな る。

3群

はG・

Bで

弁 が短 くな る。第

1群

の6232には恭仁宮所 用 の

6320Aaと

密接 なつなが りが あ った ことは疑 いがたい。

製 作時期 は速 断 しが たい が

,恭

仁 官 で Ha・

Daも

使 用 され た

と推堪指 れ てい ることか らすれば

,第 2群

は第

I期

後半 の末 頃 にな る可能性 も十 分 にある。平城宮 での使用 がいつ にな る

6288‑A 

のかは問題であるが

,第

Ⅲ期の標準遺構 であ る

S K820か

Fig.55 

復弁B系 統軒丸瓦

3  

,天

平19年の木簡 とともに

6282Haが

出土 してお り

,第

2 群の瓦の少な くとも一部が平城遷都後間 もな く持ち込 まれたことは疑いない。傾斜縁 Iは 第 Ⅲ 期 に下 る確実な例がな く

, Iは Faと

ともに第

I期

後半に

6282の

最初の作品 として作籠 され た可能性が強い。一方

,第 3群

のB・

Gは

第 Ⅲ期 に入 って作絶 されたことが考 えられ る。

6238Aは

弁端が間弁につき

,内

外縁 を分つ圏線が太 く

,蓮

子が

1+8で 62821の

系統 をひ く。

外縁は厚手の傾斜縁

Iだ

が素文である。平城官・京ではこの種の外縁 は

6235Bな

ど第 Ⅳ期前半 に出現 してお り

,6238Aも

この頃に比定できよ う。なお

,こ

の他に平城宮では

B系

統 の復弁達

6314の単弁 化 蓮子1+5の 初現

6282の変遷

b238‐スo

2」

9

(10)

B系

統の終 惚

恭仁宮タイ プの外縁

6296の祖形

華文 として

6288Aが

出上 してい る。弁の一部は単弁で

,6135の

くずれた もの と理解できる。外縁 が恭仁官 タイプで

,線

鋸歯文 をめ ぐらす ことか ら

,大

き くは第 Ⅲ期 におけよう。

iB系

統の複弁蓮華文は

6238Aや

前述 した

6291Bを

のでいて 平城官・京ではみ られな くなる。いずれ も前代の復古瓦 と理解 され るものである。この系統の瓦は 6282の 作絶でほぼ終燻をむ かえた といえよ う。 これに代 って新 しく登場するのが次の

C系

統の複弁蓮華文である。

C系 統 (Fig.56・

57) c系

統の複弁連華文は奈良時代 中頃に 出現する。弁 はすべて線彫 りであ り

,B系

統の複弁蓮幸文か ら

変化 した もの と考 えられ る。外区外縁 には線鋸歯文をめ ぐらす もの と

,素

文の もの とがある。 最 も時期 が古いのは 6320Aa,

6296A,6307A・ Eで

ある。 ともに線鋸歯文をめ ぐらす。

6320Aaは

恭仁宮造営期

,第 I期

後半 の末頃になる。 弁は菊 花状で単弁 との区別が難 しいが

,一

応復弁 と理解 してい る。複 弁12弁と弁数が多 く

蓮子は 1+8。

 

外縁は厚手の傾斜縁 Iで 傾斜が強 く

,内

外縁 を分つ圏線 との間が広い。 また

,内

外区を 分つ圏線が太い。 この恭仁官 タイプの外 縁 は以前 には な く,

6320Aaを

もつて初現 とす る。連子

1+8も

この時期か ら盛行す

る。

6320Abは

外縁の線鋸歯文を凸鋸歯文に彫直 した もの。平 城遷都後

,第

Ⅲ期の前半に凸鋸歯文 を飾 る

6225が

採用 され,

これにあわせて外縁の文様 を彫直 して使用 したのであろ う。

6296Aも

菊花状の複弁

8弁

,蓬

子が

1+8。

外縁は傾斜縁

Iで

あるが

,比

較的細 く

,内

外縁 を分つ圏線 との間 も広 くない。

6320Aaと

は弁形が ともに菊花状であるが

別系統の作絶 とい えよう。次に述べ る6307A・

Eを

祖形 として出現 した ものか も しれない 。『 報告 』では

平城遷都後 の第二次大極殿南面回 廊で

6691Aと

組合 うことか ら第 Ⅲ期 においてい るが

,6296A

は絶がかな り磨耗 してお り

この時期以前か らの使用を推測 さ せる。 遅 くとも第 Ⅲ期 も前半で

,6320Aaと

前後する時期

,第

Ⅱ期後半の末頃になる可能性がある。

6296Bは Aに

似 るが

,外

縁が直立気味で厚 く

,外

区の内外縁 を分つ圏線が省略 されるな ど

,後

出的要素がある。 こうした特徴 は後述す る 6131A・

B, 6132Aと

共通 し

,第

Ⅲ期前半に比定できよ う。

6307イま6320・ 6296の よ うに弁が菊花状にならず

,複

弁 とし ての意識が強い。

A〜

I・

L〜 Nが

ある。基本型は

A〜

E・

L

で弁の中央に凌線があるが

,F・ Hは

稜線がない。後者の一群 は同じく

C系

統の複弁蓮華文

6316の

特徴 とほぼ共通する。

 

こ あθ

'6‐

Do

Fig.56 

復弁C系統軒九瓦 1

(11)

b3,9̲A

こでは6307と 6316を一括 し

;外

縁 の形状 な どか ら大 き く

6群

に区分す る。

1群

は6307A・

Eで

外縁 が高 くて細 い傾斜縁 Ⅱで あ る。外 縁 には線 鋸歯 をめ ぐら し

,連

子 1+6。 弁 も盛上 りが あ り

,複

弁 それ ぞれ が基本 的 に分離 す る。 ただ し

,弁

の一部が接 した り,

単弁化 した りす る。 この傾 向が菊花状 の 6320Aa・

6296Aに

つ なが るので あろ う。 第

2群

は6307B・

Fで ,第 1群

に似 るが, 外縁 がやや厚手 の傾斜縁 Iと な る。恭仁 官 タイ プ とは異 な る。

複弁 どうしがすべ て接 す るよ うにな るのは新 しい要 素であ り,

Fに

弁 の稜 線 が な くな るのは 次 の 第

3群

に通 じ る。 第

3群

は 6307D o H・

I,6316A・ EoGで

あ る。 いずれ も外縁 は傾斜 縁

Iだ

が上面 をヘ ラケズ リして低 くつ くる。また

,6307H,6316

A・ E・

Gは 6307Fの

弁形 を受 け継 ぐが

,弁

に盛上 りがない。

蓮 子 は

6307Hが 1+6だ

,6316Aは 1+8,6316E'Gは 1+7

ときわめて特殊 であ る

16307D・ Iは

複弁 ど うしが分離 して古

1の

式の要素を残すが

,弁

が平板で蓮子が

1+4と

なる。第

4群

6307Gで

ある。外縁 は上面を低 くヘ ラケズ リした傾斜縁

Iだ

が 素文で

,蓮

子は1+4。 弁 も平板で

,複

弁か単弁か区別が不明瞭 となる。第

5群

6307C,6316B〜

D・

IoM・ Nで

あ る。外 縁 は直立縁 で線 鋸 歯文 を め ぐらし

,弁

は盛上 りに欠 ける。蓮 子 は

Bの

1+8で ,他

は 1+4。 弁 と弁 とを楔状 の間弁 でつ な ぐ b23イー

Ao 6319 Aも

この類 になる。蓮子 1+4。 第

6群

は6316F・ H・

K

Fig.57 

複弁C系統軒丸瓦

であ る。弁 は平板 で外縁 が素文の直立縁 となる。蓮 子 は

Fが

1

+4だ

,Hは 1+6,Kは 1+8と

古 い要素 も残 る。

これ まで6307につい ては時期不詳 とし

,6316に

つい ては大 き く第 Ⅲ期 においてい るが

,外

縁 の形態 な どにか な りのバ ラエテ ィーが あ り短期 間 の製作 で ない こ とが 推 測 で き る。 第

I群

の6307A・

Eは

外縁 が傾斜縁Iにあ る ことか ら第 Ⅱ期 の後半 におい て誤 りあ るまい。

6307Aは

第一次大極殿東楼 S B 7802の 柱抜取穴 か ら天平勝 宝

5年

の木簡 とともに出土 してい るのが最 も 時期 の遡 る資料 であ るが

,瓦

自体 は さ らに古い こ とに な る。第

5群

の うち6316M・

6319Aは

11)

徳天皇 山荘推定地 での出上 が顕著であ る。

 

この地 が神護景雲元年 (767)に 完成 され た「西大寺 嶋院」 の可能性 が強 い ことか ら

1第 5群

の軒瓦 の年 代 をほぼ第 Ⅳ期前半 にお くことがで きよ う。

外縁 が素文 とな る第

6群

は これ に後続 す る第 Ⅳ期後半

,同

じ く外縁 が素文 なが ら傾斜縁

Iで

あ る第

4群

は第

5群

に近 い時期

,第

2・

3群

は第

1群

と第4・

5群

の過渡的様相 を示 し

,そ

れ ぞれ 第 Ⅲ期 の前半 と後半 に比定 で きよ う。

6318Aは

弁 と弁 が接 せず弁端 をつ な ぐよ うに圏線 を め ぐら し

,外

縁 が傾斜縁

Iで

あ る点 は, 前述 した

B系

統 の

62821aが

初現 で

, 6238Aに

つ なが る。 蓮子が

1+8で

あ る点 も共通 す る。

62821aは

線鋸歯文 があ り第 Ⅱ期後半 末

,6238Aは

素文 で あ り第 Ⅳ期 にな る。

6318Aは

大 き く は第 Ⅲ期 にな るが

,外

縁 が細 日であ る点 は古式 で第 Ⅲ期前半 頃 に比定 してお く。

!8‑A

6307・6316 の変 遷

蓮予1+4の 盛行

(12)

6229は 外区内縁 に圏線文をめ ぐらす。A・

Bが

あるが ともに達 子1+4。 弁形は6316に近いが

,弁

端の間が くびれず一連 となる。

新 しい要素である。外縁 は素文の直立である。後述す る飛雲文軒 丸瓦

6441Aよ

りやや先行 し

,第

Ⅳ期後半頃におけよう。

6234Aa

は大 き くは東大寺系に属す るが

,弁

が菊花状を呈する。外縁 は素 文の傾斜縁I。 蓮子

1+6で ,外

区の内外縁 を分つ圏線がある点 イま

6235Eに

近いが

,弁

端が内外区を分つ圏線につ く点は

6316F

や単弁の 61330・

Nな

ど第 Ⅳ期〜第

V期

の瓦に類似する。東大寺 式の くずれた軒瓦であ り

,第

Ⅳ期 も後半頃になろ う。

この他に平城宮か らは

C系

統 の複弁蓮華文

7245Aが

出土 して いる。弁数や連子数 は不明だが

,外

縁 は素文の直立縁で幅が広 く しか も内外区を分つ圏線がない。外縁の形態 は既述 した

A系

統 の

7241Aと

類似 し

,出

土地 も近い ことか ら

,平

城上皇期の軒丸瓦 と 考 えられる。

単 弁 蓮 華 文

A系

(Fig 58・

59) A系

統の単弁連華文 は第

I期

に出現す る。

6135である。他に この系統 の軒九瓦には6091'6131・ 6134・ 6137

・6138・

6140,6151な

どがある。

6135は 瓦当が平城宮所用瓦の中ではきわめて薄 く

,接

合粘土 も 少ない ことか ら

,古

い要素が強い とみて第

I期

においている。瓦 当文様か らみ ると

,次

述す る天平年間後半の大安寺所用瓦

6138C

に近 く

,第

Ⅱ期で も後半 になろ う。6138に 比 して 6135は 弁・ 間 弁が細長い点に特徴がある。弁 が細長い瓦は

,既

述 した第

I期

前 半の 6304A・

Bの

系譜 をひ くものか もしれない。外縁が細かい鋸 歯文をめ ぐらす三角縁である点 も平城宮所用瓦では異質で古い要 素 といえる。あるいは 6138に やや先行するのであろ うか。

6135A

Cが

この時期の作で

,6135Eは

外縁が恭仁宮タイプの復古瓦で あ り

,大

き くは第 Ⅲ期になる。線鋸歯文 も粗い。蓮子は

AoCが

1+6だ

,Bは

1+4。

Eは

1+5。 蓮子

1+4は

6135Bと 後述す る

6091Aが

最 も古い例である。

6138は

A〜

C・

E〜 Jが

ある。弁は6135に比 して短 く間弁 も短 か く三角形状になる。大 き くは

2群

に区分できる。第

1群

はB・

C,Eで

外縁が線鋸歯文 をめ ぐらす傾斜縁

Io C・ Eは

弁区全体 を一段高 くつ くるが

Bは

やや低い。第

2群

はA・

F〜 Jで ,外

縁 が素文の傾斜縁I。 多 くは弁区全体をやや高 くつ くるが

, Iの

み は平坦 となる。蓮子は

1+6と 1+5が

両群で併存する。第

1群

の 6138C・

Eは

大安寺の南大門 。中門・講堂などで比較的多 く出土 262

rib,9卜

A

平城上皇期 の軒丸瓦

6135の変遷

蓮子1+4の 初現

6138の変遷

Fig.58単

弁A系統軒丸瓦 1

(13)

す る瓦 で あ る。大安寺 は塔院をのぞいて天平14・ 15年 頃 に完成 を

13)

み た とされ てお り

,第 I期

後半 に比定 で きよ う。 ただ し

,Bは

第 Ш期 に入 るのか もしれない。第

2群

の瓦 は大部分 が天平宝宇

3年

(759)発 願 の 阿弥 陀浄土院 や その瓦 を供給 した音如 ケ谷瓦窯 で出 上 してお り

,第

Ⅳ期前半 に比定 してい る。平安時代初期 の不退寺 創建 瓦

7349Aは

外 区内縁 に唐草文 をめ ぐらすが

,弁

形 は6138の 系譜 をひ く。弁 区全体 はわずか に高 くな ってい るが

,外

縁 は直立 縁 へ と変化 してい る。

61371ま

6138Eに

類 似 した小型 の瓦 であ り

,A〜 Cが

あ る。

A

は大安寺所用 で出土量 も比較 的多 く

,6138C・ Eと

と もに第 Ⅱ期 後半 の所用 と考 え られ る。

Cは Aと

文様構成上差異 をつ けが たい が

,Bは

間弁 が省略 された

C系

統 の単弁 で

,蓮

子 も

1+4で

あ る

ことか ら第 Ⅲ期後半 になろ う。

6091も 大安寺 では比較 的多 く出上 してい る。A・

Bが

あ る。外 縁 は三角縁 で唐草文 をめ ぐらす。特殊 で年代 を決 め難 いが

,唐

草 の巻 きが後 述 す る軒平瓦 6717に 近 く,こ れ も第

1期

後半 に な る も の と考 え られ る。蓮子 は

Aが 1+4,大

型 の

Bが 1+8で

あ る。 6039

Aも

大安寺所用瓦 であ る。6091の 系譜 をひき

,外

縁 に唐草 を め ぐ らす。蓮子 は 1+5。 おそ ら く第 Ⅲ期後半 か第 Ⅳ期 になろ う。

6131Aは

従 来年 代 の比定 を行 ってい ないが

,第

Ⅲ期 の基準遺構 で ある

S K820か

らは天平19年 の木簡 とともに6131が出上 してお り

,そ

の下限 が知 れ る。6131はA・

Bが

あ り

蓮 子 は 1+8。

A

Y字

形 の間弁 を持 ち

,Bは

間分がない

C系

統 にな る。 と もに外 縁 は傾斜縁

Iで

凸鋸歯文 をめ ぐらす。凸鋸歯文 は6225の模 作 とみ られ る

6225Eが

第 Ⅲ期後半 にな るのを除 けば

,第

Ⅱ期後半 か ら第

Ⅲ期前半 にな る。外 区の内外縁 を分つ圏線がない点 は新 しい要素 で第

I期

に はない。6131は A・

Bと

もに第 Ⅲ期 の前半 にな るので あろ う。

6134は

A〜 Dが

あ るが

,そ

れ ぞれで様相が異 なる。

A〜 Cは

外 縁 に線鋸歯文 を め ぐらすが

,Bは

傾斜縁

I,Aは

直立縁 に近 く,

Cは

傾斜縁 Iで も恭仁宮 タイ プの外縁 であ る。 B・

Cは

大 き くは 第 Ⅲ期

,Aは

やや時期が下 る。

Aは

東 大寺式軒平瓦 6732と 組 合 う

ことか ら従来 は第 Ⅲ期 においてい るが

,後

述 す るよ うに平 城 官 の 6732A・

Cが

第 Ⅳ期前半 にお け ることか ら

,6134Aも

この時期 ま で下 るので あろ う。

Dは

外縁 が素文 の傾斜縁

Iで

あ る。蓮 子 が

1+

8で

中房 が やや大 き く弁形 も6225に近い。

6225が

単弁化 した も ので時期 は素文 の傾斜縁Iであ る ことか ら第 Ⅳ期 前半 にな ろ う。

6172Aも 6225の

単弁化 した ものであるが

,外

縁 は素文 の直 立縁

不 退 寺 式

内 つ欠 の分 消 区 を の 外 縁 線

!

6 '60̲A

Fig.59単

A系統軒丸瓦2

263

(14)

 

 

複弁か ら単 弁ヘ

で あ り

,第

Ⅳ期後半 に比定 で きよ う。

6140は 外縁 が傾斜縁

1で ,線

鋸歯文 をめ ぐらす こ とか ら

,大

き くは第 Ⅲ期 にお け る。蓮子 は 1+6。 A・

Bが

あ り

,Bは

間弁 が あ る

A系

統 で外縁 も比較 的細 かい。

Aは

間弁 が ない

C系

統 で外縁 を ヘ ラケズ リして低 くす る。 あ るいは

Aは

時期が下 って第 Ⅲ期後半 になるのか もしれ ない。

6151Aは

弁 が凹弁 とな った瓦 で あ る。蓮 子 は 1+6。 外縁 は恭仁 官 タイ プの影響 を うけて内外縁 を分 つ圏線 と外縁 の間が広 く

し か も直立気味で 素文 で あ る。 緑釉製 品がある。 神 護 景 雲 元 年 の

「東院玉殿」 に葺 い た「瑠璃瓦」 にあててお り

,第

Ⅳ期後半 に比 定 で きる。 三葉形 の弁 を飾 る 6075も 外縁 は

6151Aと

同 じで あ り,

緑釉製品があ る ことか ら

,東

院玉殿 の瑠璃瓦 にあて られ る。6151

Bは 6151Aの

小型 瓦 で第 Ⅳ期後半

,6075Bは

飛鳥紀寺 か ら出土 した

6075Aの

模 作瓦 で あ る。 やや時期 が下 ろ う。

6160Aは

小型瓦 で あ る。 凹弁 で あ るが子葉 がない。蓮 子 は

1+

6, 

外縁 は素文 の直 立縁 で 内外縁 を分 つ圏線 がない。 類 似 した瓦 は長 岡官 の

7171が

あ る。

6160Aは

V期

になるのか もしれ ない。

7126A(旧 6126A)は

平 城京左京三坊 大路東側 濤 出 土 瓦 で

,弁

が 6236を単弁化 した よ うに見受 け られ る。外縁 は素文 の直立縁 で し か も幅広で ある。連 子 は 1+6。 平安時期初頃の ものであろ う。

B系

(Fig.60) B系

統 の単弁 蓮 幸 文 も第

I期

に 出現 す る。

6125A,6130,6142〜

6145などが あ るが

,種

類・ 数量 と も少 ない。

6142Aは

弁 が比較 的長 く

,し

か も盛上 り

,中

房 は凹 み運 子 が1 +6。 外縁 が細 い傾斜縁

Iで

線鋸歯文 をめ ぐらす。小型瓦 であ り, 複弁

6285Bを

単弁 化 した もの と理触 で きる。

 

1期

の後半 にな る。複弁か ら単弁 に変化 す る時期 を示 す。

6143Aは 6130に

似 るが

,外

縁 が厚手 の傾斜縁 で上面 をヘ ラケ

 Fig.60単

B系統軒丸瓦 ズ リして低 くす る。第 Ⅲ期 も比較的遅れ るであろ う。平城薬 師寺所用。

6130イま

6142Aに

似 る力比 弁 に盛上 りがな く間弁 の脚 が中房 に達 す る。 A・

Bが

あ り

とも に蓮子が

1+8,外

縁 が恭仁 官 タイ プの傾斜縁Iであ る。

Aは

恭仁 官 で 出上 してお り

,第

Ⅱ期後 半 の末頃 になろ う。

 Bは

小型瓦 であ る。

 

中央 の蓮子 が大粒 であ る点 は 6282と 共通 す るが

,第

Ⅲ期 に下 げ る要素 にはな らない。

Aも

Bと 同 じ時期 で あ ろ う。

6144Aは

単弁化 した

6314Eの

模 作瓦 と考 え られ る。弁 は平板 で

,外

縁 は直立縁 とな る。蓮 子 1+6。 外縁上面 に線鋸歯文 をめ ぐらす点 は異例 で あ り

,線

鋸歯 文 を飾 る最終時期

,第

Ⅳ期前 半 に比定 で きよ う。

6145Aは

単弁

7弁

の小型瓦 で蓮子 は

1個

。6313の 稚拙 な模作瓦 と考 え られ る。外縁 は素文の 直立縁 で あ り

,内

外縁 を分 つ圏線 もない。第 Ⅳ期 の後半 にな ろ う。

6125Aは

子葉 が厚 肉で基部 に針状 の凸線 があ り

,中

房 が浅 く半 球状 に盛上 るな ど特異 な瓦 で クび孝

(15)

ある。

 

全体の形状は 6236の 単弁化 した もの ととれ る。 外縁は 丸味を持 った素文の直立縁で

,内

外縁 を分つ圏線がない。西隆 寺所用瓦であ り

,第 V期

もしくは

,平

安時代初頭頃になろう。

6,イ

0̲A  c系

(Fig 61) c系

統の単弁蓮華文は既述 した第 Ⅱ期後半 末頃の複弁蓮華文

6320Aa,あ

るいは

6296Aを

先行形態 として 第 Ⅲ期以降に盛行する。代表格は

6133で ,他

に 6131B・ 6132 A・ 6137B・ 6140A・ 6162A・

6141Aな

どがある。 この うちの 一部はすでに

A系

統の単弁蓮華文の項で とりあげげたので省略

33‐Ko

す る。

'33̲A

6,33‑Q

6132Aは

外縁が傾斜縁 Iで 内外縁を分つ圏線がな く

,達

1

+8で

ある。こうした特徴は既述 した第 Ⅲ期前半 の 6131A・

B, 6296Bと

共通する。 外縁 に凹線鋸歯文をめ ぐらす の は異例 だ が

,第

Ⅲ期前半 と考 えていいであろ う。

6133は

A〜

D・

I〜 Qが

ある。いずれ も外縁 は素文である。

 6133の

変遷 外縁 の形態 な どか ら大 き く

4群

に区分できる。第

1群

Kで

る。外縁が傾斜縁

Iだ

が,比較的細 く古式 な感 じを もつ。内外縁 を分つ圏線があ り

,弁

は半肉彫 り風で僅かに盛 り上 りがある。

6307Bを

祖形 とするものか もしれない。弁数 は

16,蓮

子は

1+

5。

 

2群

A〜

C・ I・ J・

Oで

ある。

 

外縁 は傾斜縁

Iだ

が 厚い。内外縁 を分つ圏線 もあるが

,弁

は平板 となる。弁数は12,

13,16,24,蓮

子は

1+5,1+6,1+8と

バ ラエテ テーに富む。

3群

DoMで

ある。外縁 は厚手の傾斜縁

Iだ

,内

外縁 を 分つ圏線がない

1弁

は平板である。 弁数は

16,連

子は1+6。

6,33‐Do

4群

はL・ N・ P・

Qで

ある。外縁が直立縁 となる。特に

Q

は幅広である。弁数は

12,13,16,蓮

子はN・

Pが 1+4,Qが 1+6,Lが 1+5+8で

ある。

6133の

うち

A〜 Cは

6732A・

Cと

組み合 うことか ら従来第

Ⅲ期 においてい る。だが

,す

でに触れたよ うに 6732A・

Cは

Ⅳ期前半 に比定でき

,6133A〜

Cも この時期 に下 る。他の第2 群の6133もほぼ同期の製品であろ う。 これ らに先行す る可能性 が強い

6133Kは

第 Ⅲ期後半になろ う。外縁が素文 となるのは東 大寺式6235に はじまるが,その影響が平城官所用瓦に及んだ最 も古い例になる。第

4群

の瓦は素文の直立縁であ り

,第 V期

後 '33̲P 半以後 になるが

長岡官の 7133に 直結するものであ り

む し

ろ第

V期

に比定すべきと考 える。第

2群

と第

4群

の過渡的様相 を もつ第

3群

は第 Ⅳ期後半頃になろ う。

` く頭正イク F 6'イ 7‑A    この他 ,C系 統の単弁蓮幸文には6162Aと 6141Aと がある。

Fig,61  単弁

C系

統軒丸瓦   6162Aは 平城京の九条大路沿いで出上 した瓦である。弁は凹弁

26j

(16)

で子葉がない。蓮子1+6。 外縁はやや厚手の傾斜縁

1で ,線

鋸歯 文 をめ ぐらす。凹弁である点か ら第 Ⅳ期後半 に近い時期が考 えら れ るが

,外

縁 の形態 はやや古 く

,第

皿期後半頃になろ う。

6141A

は他の

C系

統単弁 とは異な り

,弁

端 と弁端 との間が くびれず一連 となる。既述 した

C系

統の複弁 6229に 類似する。蓮子は

1+8,

外縁は素文の直立縁 だが細 くて低 く他に例がない。第 Ⅳ期後半か 第

V期

になろ う。

重 圏文・ 飛 雲 文 (Fig.62・63)

重圏文軒丸瓦 は聖武朝難波官で多用 された瓦で

,そ

の造営が行 なわれた神亀

3年

(726)から天平

6年

(734)に位置づけ られ

,平

城官・京出土例 も大 き くは第 Ⅱ期に比定 してい る。平城宮・ 京か ら出上 した重圏文は 6010A・ 601l B・

C,6012A〜 H,6015A・

6018A〜 Cで

ある。 この うち平城京左京三坊大路沿いで出上 した

6015Aは

難波官 と同籠である① これ らは外縁 の形態か ら大 き く4 群に区分で きる。

雰圏文の区

  

1群

6018B o Cで

ある。外縁 は傾斜縁I。 中央をやや凸出 させ中房の意識 を残すが

,特

Cは

3圏

の内側 に線の細い第2 圏をめ ぐらせ

,第 1圏

と第

2圏

の地面をやや盛 り上 らせ る。弁区

としての意識 が うかがわれ る。第

3圏

は第 Ⅱ期後半の

6308A〜 C

L,6314A・ Eの

よ うに弁端に浅い段を界線状にめ ぐらせるの と共通す る。第

2群

6012A〜 Dで

ある。外縁 はやや厚手の傾斜縁

I。 地面は全体が同一面 となる。外側の圏線 と外縁 との間は狭 く, 中房・弁区・ 外区の意識が残 る。6012F・

6018Aも

この類 のよう である。後者 は唐招提寺出土品である。第

3群

は6010A,601l B,

6015Aで

ある。第

2群

に似 るが

,外

縁は傾斜が強 く

しか も外縁

と外側の圏線 との間 も広 くなる。第

4群

は601l C。 6012E・ G・

Hで ,外

縁が直立縁 となる。 この うち

,唐

招提寺出上の

6012Eは

外縁側の圏線 と外の幅が広 く第

3群

の系統

,他

は第

2群

の系統を

ひ く。

以上の

4群

の うち最 も時期が下 るのは第

1群

であるが

,6308と

の類似点 もあ り

,第

Ⅱ期後半初に比定できよ う。第

4群

は直立縁

であ り

,第

Ⅳ期後半 になる。 第

3群

の うち

6015Aは

恭仁官 タイプの外縁 に近い。 難波宮の重 圏文軒丸瓦が どの様に変化するのか明らかでない現在

,速

断 しがたいが

,第 2群

は第

1群

に直 続す る第 Ⅱ期後半

,第 3群

は第

I期

後半末頃か第 Ⅲ期 に比定できよう。

飛 要 文

  

飛雲文 は6441 A l種である。外縁は素文の直立縁であ り

,円

外縁を分つ圏線及び珠文 もない。

七花形瓦当

 

V期

後半 もしくは第 Ⅳ期になる。なお

,瓦

当が七花形の単弁蓮幸文

6401Aも

外区に飛雲文を め ぐらせる。弁形は6229‑6802と 組み合 う鬼瓦 と類似す ると二彩を施す。第 Ⅳ期後半頃になろ う。

δ

2モ

Fig,62 

重圏文軒丸瓦

Fig。

63 

飛雲文系軒九瓦

(17)

(2)布

目押 圧技 法 の展 開

(PL.89)

平城官出土軒丸瓦の瓦当裏面に布 目のあるものが存在することについては

これ までにい く つかの例が報告 されてい ると今回

これ までに平城官・京で発掘 された資料についてその抽出 を行な った ところ

,平

戎宮では藤原官式所用軒丸瓦 を含めて12型式の19種を確認 し

,さ

らに平 城京及び京内寺院所用軒丸瓦では

,他

7型

式12種を確認 した。これ らの うち

5型

10種 (6225

A,6229A・ B,6307D,6308A・ BoC・ DoN,6441A)は

いわゆる一本造 り

もしくはその可 能性の強い軒丸瓦であるが

,他

はいずれ も丸瓦接合以前 に布 目があるものである。 ここでは後 者の軒九瓦を布 目上に指 オサエ痕があ り

しか も布 目が瓦当裏面の下端にまで及ぶ

I類

,布

目が平坦で布 日の下端が半円状に立ち上が る

I類

とに区分 し

,そ

れぞれの製作手法の差異及び 時期について触れ る。

瓦当裏面の布 日痕跡が I類 である確実な例は

,藤

原官式軒丸瓦の

6273Dで

ある。

6273D(1)は ,内

面接合部をタテナデし

,瓦

当裏面を下方か らほぼ平坦にタテヘ ラケズ リす る。瓦当裏面は布 目の上に厚 さ1・3〜

1.5cmの

粘土 を貼 り付けて成形 してい る(以

,a種

)。 瓦 当厚指数 (瓦当厚:瓦当径)も 25.8と藤原官式軒丸瓦のなかでは厚い。

 

瓦当裏面の布 日は瓦当 下端 にまで及び

,布

目の上端は丸瓦の凹面位置で終 る。布 目の上には布の上か ら押 した指頭圧 痕が所 々にある。

 

九瓦の接合にあたっては

布をはが したのちに指 オサエ してい る。

 

また,

布 日面か ら1.4〜

1.8cm下 ,瓦

当面か ら2.4〜

2,8cmの

接合溝の高 さに

,粘

上の接合面が明瞭 に残 る。

藤原宮式軒九瓦で瓦当裏面に布 目のあるものは

,他

6233Ab,6273C,6281Aa・ Bが

あ り,

また

,久

米寺所用の

6271A,薬

師寺所用の

6276Aa c Abが

あるが

,6271Aは

詳細が明 らかで なド1 6281Aa・

Bは I類

にあたるので後述する。

6273Cは

内面接合部をヨコナデするだけで

,瓦

当裏面はほ とん ど調整 しないよ うである。瓦 当裏面の布 目上に粘上の貼 り付けはない(bョ囲 。 布 日の下端の状況は不明だが

,布

日の上か ら 指オサエ した圧痕が残 る。おそらく第

I類

であろ う。

6233Abと 6276Abは

内面接合部を ヨコナデ し

瓦当裏面をヨコヘ ラケズ リして平坦に仕上 げる。

6276Abは

内接部をヨコナデ後丁寧に ヨコヘ ラケズ リし

,瓦

当裏面をヨコヘ ラケケズ リ

して平坦に仕上げる。 ともに調整手法は相似す る。いずれ も布 日は瓦当裏面をヘ ラケズ リし残 した部分にわずかに残 る程度で

,第 1類

か第

1類

か断定 しがたい。布 目上の粘上の貼 り付けは な く

b種

に属す。 なお

,6233Abの

瓦当下面には瓦当面か ら

0,8cmで

籠端痕があ り

,以

下は未 調整で湯 ビエ状の痕跡が残 る。おそらく枷型をはず した跡であろう。

以上の諸点か ら

, I類

の瓦当裏面の成形及び丸瓦の接合は

,次

のよ うな順序で行われた もの と推測す る。

1.九

瓦の接合溝のほぼ底近 く

,瓦

当面か ら

2.5cm前

後でまず粘土 (第一次瓦当粘土

)を

絶に 詰める。

6273Dに

は瓦当側面に湯 ビエ状の圧痕があ り

この時すでに枷型を使用 していた可能 性がある。

2.次

に丸瓦をおき

,そ

の凹面側に瓦当下端 まで厚 さ1・

3cm前

後の粕土 (第二次瓦当粘上

)を

付け足す。 この粘上の上には布 日と布の上か ら押 した指頭圧痕が残 ることか ら

,第

二次瓦当粘

7

(18)

上 の上 に布 を置 き指 オサエ して

,第

一次瓦 当粘上 に密着 させた もの と推定 され る。

3.布

をはが したのち

第二次瓦 当粘土上端 を指 オサ エ して丸瓦 に密着 させ

丸瓦凸面側 に も接合粕上 を もたせて指 オサエす る。

4.内

外 面 の 接合粘土 を付 け加 えて丸瓦 の接合 と瓦 当裏面の成形 を終 了す る (以

,b種

)。

6237Dで

は と くに瓦 当裏面 に第三次瓦 当粘土 を貼 り付 けて瓦 当裏面の成形 を完了す る(a種)。

瓦 当裏面 の布 目が Ⅱ類 である確実 な例 は

,藤

原官所用 の 6281Aa・

B,平

城官所用 の

6012A, 6301B,興

福寺所用 の

6301A,頭

塔所用 の

6235Mで

あ る。 この うち

6281Bは

布 目上 に粘上 を 貼 り付 け た

a種 ,他

は布 目の ままの

b種

で ある。

6281B(3)は

内面接合部 を ヨコナデ ツケ したのち

,瓦

当裏面 をタテヘ ラケズ リして上端 に向 ってやや高 くつ くる。 布 日は瓦 当裏面 の下端か ら約

0.4cmで , 

半 円状 に立 ち上 が る。

 

内面接 合粕上 を厚 く貼 り付 け

,そ

れが瓦 当裏面 の下端近 くまで及ぶ(a種)。 接 合方法 は不 明な点が多 いが

,外

面接 合粘土 は瓦 当面か ら約

3cmの

高 さで一度指 オサエ し

,そ

の後二次粘上 を加 えて い る。 なお

,瓦

当側 面 には下面か ら上面 の一部 にかけて勅Π型痕跡があ る。

6281Aa(2)は

内面接合部 を メテナデ後 ヨコヘ ラケズ リし

,瓦

当裏 面 を ココヘ ラケズ リして 平坦 に調整 す る(調整l)。 瓦 当裏面 の布 目上 には粘上 の貼 り付 けが ない (b種)。 瓦 当裏面 の ケズ リ調整 が丁寧 な もの と

,雑

で布 目がかな り残 る もの(3)とがあ る。後者 は

,瓦

当裏面の下 端 を ココヘ ラケズ リす るが

,布

日の立 ち上 が りがわずか に残 る。布 目の上端 は接合溝 よ り上 に 及ぶ。 九瓦 の接合 にあた っては布 をはが した後 に内外 か ら指 オサエ し

,そ

ののちさらに内外 の 接 合粘 土 を付 け加 えた ことがわか る。

6301A(4・ 9)は

内面接合部 を ココナデ し

,瓦

当裏面 は布 目の ままで下端 のみ ヨコヘ ラケズ リす る。瓦 当裏面 は平坦 で指頭圧痕はない。 瓦 当裏面 の布 目は

,下

端 か ら0.4〜

1.5cmで

半 円 状 に立 ち上 が り

,上

端 が九瓦 の接合溝 の底 に も及ぶ。 また

,興

福寺 か らは布 日の上 に縄 叩 き 目 を施 した例 が出土 してい る。この例では

,外

面接合粘土 は瓦 当面か ら約

2.5cmの

高 さで一度 指 オサ エ し

,そ

の後二次粕土 を加 えて凸面 の成形 を完了 してい る。 なお

,興

福寺 出上 の

6301Aに

は瓦 当裏面 や丸瓦 の接合面 に布 目がない もの もあ り

,す

べ てが布 目押圧技法 によって造 られた

もので ない ことがわか る。興福寺一乗院跡 出土資料 でみ ると

,確

実 に布 目がある ものは約

3割

で あ る。

6301B(5)は

内面接合部 をタテナデ ンケ し

,瓦

当裏面 の下端 を ココヘ ラケズ リす る。瓦 当裏 面 の布 日は

,下

端か ら

1.2cm前

後 で半 円状 に立 ち上 が るが

,下

端 を ヨ コヘ ラケズ

,す

るため立 ち上 が りはわずかに残 る。布 目の上端 は内面接合粘上下 に もぐり

,さ

らに丸瓦 の接合溝 の底 に も及ぶ。瓦 当側面 には瓦 当面か ら約

1,lcmの

位置 に粕土接合線がめ ぐ り,この位置ではがれ た 面 が接 合溝 のほぼ底面 に達 す る例がある。

6012A(6・ 7)は

内面接合部 を ヨコナデ し

瓦 当裏面 は布 目の ままで下端 のみ ヨコヘ ラケズ

リす る(調整A11)。 瓦 当裏面 は平坦で

,指

頭圧痕 はない。瓦 当裏面の布 目は

,下

端 か ら1.1〜2.1

cm上

で半 円形 に立 ち上 が り

,上

端 は内面接合粘上下 に もぐる。

6235M(8)は

内面接 合部 に厚 く粘土 をあててタテナデ し

,瓦

当裏面 は中央 と下端 を軽 くヨコ ヘ ラケズ リす る。 瓦当裏面の布 日は下端か ら 1.4〜

1.7cm上

で半 円状 に立 ち上 が り

,上

端 は 内 面接合粘上下 に もぐる。

Fig。 74  均整唐草文 Ⅵの変遷
Tab。 11  平城宮における主要軒瓦の地域別比率 主 要 軒 瓦 内 裏 内裏 】 ヒ タト享h 内裏 東タト享h 第 2次大極殿 内郭 * 第 2次 大極殿 東外 郭 * 第 2次大極殿西外郭 * 第 1次 大極殿 大膳職 馬 寮 F]・ 大垣 出 土 軒 瓦総 計(1〜163次) 第 I 期 1 1 藤原宮式 軒丸瓦軒平瓦 6 (07)5(05) 116 (7.5)16(1.1) 14 (1.9)11(0。 9) 7 (24) 66 (2.4)36(1.8) 6 (12)7(16) 45 (2.5)
Fig。 113  平城宮内裏 1期 の空間構造 ずれ も桁行 き柱間が偶数で,さ らにその うち東南部に配 される S B 4775,8010。 7864の 3棟 は 南北いずれかに庇を有 し ,身 舎には桁行の東西両妻か ら 3間 と中央で間仕切 って 4小 室を設け るなど ,画 一的な構造を もつ。 また S B062や S B 4887に も間仕切 りが存在 した可能性が大 き い。 これ ら画一的な構造を有する建物は内裏地区の北半部全般に配置 されるのではな く ,特 に その北寄 りと東西に置
Fig。 116  平城宮内裏 Ⅳ期の空間構造 4703Bと 比べ る と ,規 模 に大 きな相違 はない ものの ,形 式 は四面庇 か ら南北両庇 に変 え られて い る点が注 目され る。 S B 4704は ほぼ第 Ⅲ期 の S B 4710 Bの 位置 を踏襲す るが ,建 物 の南北軸 を内裏地区の東西二等分線 とは一致 させず ,東 へず らして建 て られてい る。 なお S B 4704は 第 Ш期 の S B 4710 Bと 同規模・ 同形式 で ,こ れを移建 した建物 である可能

参照

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緑釉瓦が出土するのは平城宮内に限りません。特徴的なのは、長屋王邸宅周辺から

 ・石末呂一石 

群 別 細部の形態、暗文を含めた調整手法、胎土、色

 床尻銅は、付着熔結土が増蝸と異なるため火床炉底に

A 類

 ちなみに、大極殿院の東に位置する礎石建物SB530や

%まで少なくなる傾向があり、ヒ素をかなり含む中世に 降るもの (Ⅱ群) へと変遷していくとされる

 平城宮・京域の調査では、旧石器時代の遺物が少なか