• 検索結果がありません。

4.第 IV・ V期

ドキュメント内 A  平城宮・京 出土軒瓦編年の再検討 (ページ 76-93)

第 Ⅳ期 の軒平瓦 には

均整 唐草文 Ⅲの

6725,6726,6739, 

均整唐草文 Ⅶ の

6760,6761A・

6775A, 

飛 雲文 の

6801Aを

あててい たが161),6725・ 6726はその後

長 岡官式 軒 平瓦 との関連 か ら第

V期

に降 ろ したと均整 唐草文 Ⅶは

,中

心飾 りや唐車 の複雑 な構成 の ものであ り

,前

期 との 関連 に乏 しい が

均整 唐車文 Ⅲは6732の型式変化 をみ ることによ り

前後 の時期 との連続性 を た どることがで きる。第

I〜

Ⅲ期 同様

,第

Ⅳ期については

,前

後半 に三分 す る。前半 は

,天

平宝字年 間 の平城宮改作 に伴 う軒平瓦 を

,後

半 は

,官

内で は東院玉殿

,京

内で は西 大寺 や西睦 寺 な ど

,神

護 景雲年 間 の造営 に伴 う軒平瓦 をあて る。 なお

,第 V期

の軒平瓦 は第

V期

の型式か

ら変化 した ものが多い ので

,一

括 して取 り扱 うことにす る。

均整唐車文 Iは

,第

Ⅲ期後半 か ら続 く,6663・ 6702・

6710が

第 Ⅳ期 前半 にわずか に残 る程度 で あ り

,6663F・

I・

J,6702A,6710Dな

どを この時期 の型式 とした。 そ して

,均

整 唐草文 Iはほぼ この時期 を もって文様系譜 としては断絶す る。 しか し

, 3美

構成

3回

反 転 とい う単位

文様構成 が官 内で根強 く伝統 を保 ち続 ける ことは

均整 唐草文 Ⅲの6725・

6726に

現 われ てい る。 この点 については

,既

に述 べた通 りであ る。

第 Ⅳ期 の均整 唐草文 Ⅲは,「 宮系」・「西大寺系卜「東大寺系(中)」

3群

の6732に代 表 され る(Fig.71)。 東 大寺周辺以外 に この文様系統 が拡 大す る ことが

,第

Ⅳ期 の特徴 の一 つで もあ る。

「宮系」 の

6732A o C,0は

,「 西大寺系」 に先行 す る ことか ら

,第 V期

前半 にお く。

 

平城官 で多量 に出土す るのは

AoCの 2種

で あ る。

Lは

唐車 の展開 に「西大寺系」 6732と の類似が認 め られ ることか ら,「 官系」

6732で

は これ のみ第 Ⅳ期後半 に下 るであろ う。

西大寺 の本格 的 な造営 は神護 景雲年間 に進 み

神護 景雲

3(769)年

4月24日 には行幸 と叙位 が あ り

,造

営 の一 画期 をな した もの と推定 されてい る。

 

寺観 が整 ったの は

,『

西大寺流記資財 帳』 の奥書 にあ る宝亀

11(780)年

で あると「西大寺系」6732には

,KoM・

N・ Q・

Rの 5種

が確認 されてい るが

,瓦

当文 様 か らみて最 も古い特徴 を備 えるのは

Nで

あ り

これが造営当初 の軒平瓦で

,残

4種 (KoM・

Q・

R)は

神護景雲年 間以降 の本格的 な造営 に使用 され た第 Ⅳ 期後半 の型式 と考 え られ る。 た だ し

,Qは

西 大寺 の他

,平

城官 と長 岡宮朝 堂 院外 周施設 の造 営 に ま とま って使 用 され てお り

これ を生産 した瓦窯 は長 岡京 付近 に所 在 す る谷 田瓦窯 で あ る。16つ

Qに

は唐 草 左 第

3単

位 に籠 割 れ の ない段 階 の製 品 と籠 割 れ が現 わ れ た段 階 の製 品 が あ り

これ まで

,長

岡 官 と谷 田瓦 窯 か らは籠 割 れ の ない もの が

,西

大 寺 か らは両 者

,平

城 宮 か らは絶 割 れ 後 の製 品 が 出上 してい る。 これ につ い て は

,①

谷 田瓦 窯 で は初 め西 大 寺 の瓦 窯 と して

6732Qを

生産 し

,長

岡 宮 の

6732Qは

西 大 寺 あ るい は平 城 宮 で使 用 され た もの が搬 入 され た もの で あ る と 考 え る

,② 6732Qの

生産 が長 岡 宮 造 営 と平 行 して行 わ れ

これ が長 岡官 と西 大寺 に供給 され,

326

瓦籠 が割れた段階以降 に西大寺 と新 たに平城宮へ も供給 された と考 える

,と

い う二通 りの仮説 が成立 ち うる。② とした場合

,6732Qの

年 代 を長 岡宮の時期 にまで下 らせて考 えなければな ら ないが

,「

西大寺系」6732の各種 を比較 す る と

,6732Qは Kに

極 めて酷似 してお り

この

2種

に大 きな年代の開 きを認 めることはで きない。 しか も

,K・ Qは

西 大寺 で最 も多量 に出土 し,

これが造営 の最盛期 に用い られた ことは疑 う余地 がない。 従 って

,①

の仮説 を と り

,「

西大寺 系」6732のK・

MoQ・ Rを

第 Ⅳ期後半 の型式 とす る。

「東 大寺系(中)」 の6732D・

Hは ,第 V期

前半 においた「宮系」 の A・ C・

0よ

りは確 実 に 新 しい型式 であ る。唐草が分解 し始 め る点 で「西大寺系」 によ く似 てお り

これ と平行す る第

V期

後半 におけるだろ う。

 

とすれ ば

,「

東 大寺系(古)」 との間 に一時期空 白が生 まれ る ことに な るが

第 Ⅳ期 前半 には

写1続き「東大寺系(古)」 の製作が行われていたので あろ琴七「東大 寺系(中)」 に続 く「東 大寺系(新)」 イま第

V期

以降 にお く。6733は ,その多 くが平安時代 であろ うが

,6733Fは

対葉 花文 の足 が短 く,「 東大寺系(新)」 の 6732と 大差 のない文様 であ り

,第 V

期 として よい だ ろ う。

6725・ 6726は

,か

つ て第 Ⅳ期 の型式 としてい たが

,そ

の後

,長

岡宮式 軒平瓦 との関連 か ら第

V期

に年代観 を変更 した。6725・ 6726については先 に,「6725。

6726(古

)」 (6725A・

D,6726

A・

B)と

6725'6726(新

)」 (6725B o C,6726D〜

F)に

わけて

,前

者 か ら後者へ の変遷 を考 えた。「6725・

6726(古

)」

6726Aは ,対

葉花 こそ欠 くものの

,唐

草 の巻 き込 み が弱い点 や珠 文 が小粒 であ ること

,そ

して頚 面 の広 い曲線頚 Ⅱを もつ ことな ど

,「

宮系」6732との類似性 が 強い。 なかで も

,唐

草 第

2単

位 第

2支

葉 と第

3単

位外側 の小葉 が一枚であ る点 や外 区が狭 い特 徴 は「宮系」で もやや新 しい

6732Lに

近似 す る。 従 って

,先

6732の変遷 に対応 させれば,

「6725。

6726(古

)」 イま「宮系」 にやや遅 れ,「 西大寺系」 にほぼ平行す る段 階

,つ

ま り第

V期

後半 にお くことがで き る。

6725Aは ,唐

招提 寺創建軒平瓦であ るが

,そ

の年代 とも大 き くは矛 盾 しない。

6726Aを

祖形 とす る「6725。

6726(新

)」 は,「 西大寺系」 の出現 に遅 れ

,「

東 大寺 系(新)」 に平行 す る

,第 V期

で あろ う。 この年代観 は

,B群

が長 岡宮式軒平瓦 の原型 であ る こ

とと も合致す る もので ある。

 

この他

大安寺 の6696Aも 内区 は均整唐草文 Ⅲで あ る。 外 区 は 6712などの大安寺式 の伝統 をひ くのか

,小

振 りの珠文 を密 に並べ る。頚 は段顎 であ るが

,後

述 す る

67211の

よ うに

,頚

面 の広 い 曲線顎

Iの

変形 とも考 え られ る。左半 の唐草 は変形 して

2単

位 にな るが

,右

半 の唐車 が連続的 であ ることか ら

,第 V期

には下 らないであろ う。

均整 唐草文 Ⅲを製作技法か らみ る と

凸面 に組叩 きを残す 「宮系」6732・

6725(Aを

除 く)・

6726と

,凸

面 を縦位 ヘ ラケズ リす る「東大寺系」。「 西大寺系」6732・

6725Aと

い う

2群

に分類 で きる。

 

しか も

この

2群

は頚 の形態 が

前者 は曲線頚 Ⅱ

後者 は直線顎 とい う違 い に も対 応 す る。 つ ま り,「 西 大寺系」6732は「東大寺系」6732から瓦 当文様 だけでな く製作技法 を も 受 け継 ぐが,「 宮系」6732の技法 は6691A・ B・

Fな

どそれ以前 か ら宮 で使用 されてい た軒平 瓦 と共通 し

平城宮所用軒平瓦 に一貫 して続 く製作技法で製作 されてい るのであ る。「官系」

6732およびその系譜 を引 く,6725。 6726の組 叩 きには

維位 の他

縦 位

+瓦

当近 く横位 が あ る。 この手法 は

,第

Ⅲ期 の型式 であ る

,6691A・

B・

Fに

もあ るが

,Aの

場合

これ は瓦絶 が 最 も傷ん だ段階 の製品 に限 られ る。 これ は

,同

技法 による製 作が

6691Aの

最終段 階 に位置す る ことを示 す ものであ り

,縦

位 十瓦 当近 く横位組叩 き手法 は第

V期

に出現 した と考 える。 この手 J27

 

 

西 隆寺 の瓦

阿弥陀浄土 院の瓦

法 を もつ型式 には他 に

,6689C・

緑釉 の6760A・ 6761A・

6755Aが

あ る。

6689Cは

唐草文 が「6725・

6726(新

)」 の6725・ 6726に 類似 す るので第

V期

にお くことがで き る。緑釉 の

6760Aは

神護景雲元 (767)年の「東廃玉殿」鉄エイこ関連 す ると考 え られ る。施釉軒 平瓦 には もう

1型

,6759A・ Bが

あ る。

6760Aに

は無釉 の製 品 もあ り

,同

文 の

6760Bに

は緑 釉 の もの はない。

Bに

Aと

同一 の叩 き板 を用い た斜格子 叩 きを行 うものがあ るので

これ ら

2型

4種

を第 Ⅳ期後半 の型式 として よい だろ う。

6760Cは ,A・ Bよ

り唐車が大振 りで

か も簡素 である。外 区 も内区 と同 じ高 さにな ってお り

,A・ Bよ

り新 しい第

V期

にお く。

6761Aは

西隆寺所用瓦 であ る。西隆寺 の発掘調査 で出上 した軒平瓦では

,6761Aが

過 半数 の

62%を

占め

,こ

れに次 ぐのが

6775A(lo%)で

あ ると 西隆寺造 営 の中心 は神護景雲年 間

,す

なわ ち第 Ⅳ期後半 であ り

,6761Aの

紐 叩 き もこれ に対応 す ると この

2型

式 は第

M期

後半 にお くこと がで きよ う。

6775Bは ,中

心飾 りこそ

Aと

同意匠 だが

,連

続 す る唐草 は

6714Aと

近似 し

,や

や 間延 びす る。「凸面布 目押圧 技法」で あ る こ とか ら も

,第

Ⅳ期後半以後

,お

そ ら く第

V期

で あろ う。西 隆寺 出土 では他 に

6695Aと

6739A・

Cを

創建時 の軒平瓦 と考 えてよい だろ う。

6739A

Cの

唐草 は

,少

な くとも第 Ⅳ期後半 の6732D o H(「 東大寺系(中)」)を遡 る もので は ない。6739

Bは

唐車 が完全 に解体 して しま ってお り

,第

Ⅳ期 に下 ると考 え られ る。

6755Aは

それ以前 の均整唐草文Vと の脈絡 を見い 出 し難い。第

V期

6726Eや

長 岡宮

7757B

な ど第

V期

以後 に もわずかで はあ るが

,綻

+瓦

当近 く横位縄 叩 き手法 が残 るので

,第

Ⅳ期 と 考 え る。

均整唐草文Iの所 で も述 べ たよ うに

,頚

面 の広 い 曲線頚Iは

,第

Ⅳ期 以降の特徴 とみ な され る。 これ までに第 Ⅳ

,V期

として と りあげた型式 では

,6702A,6725C,6726A・ BoE・ F,

6732C・

L, 6761A, 6775Aが

この顎 であ り

, 6704A, 6713A,6718A,67211,6763A,

6768B・

Dな

どもこれであ る。

この うち

,6713Aと

6768B・

Dは

阿弥陀浄土院所用 とされている。阿弥陀浄土院は天平宝宇

3(759)年

夏 ごろか ら造営が開始 され

,翌

12月に落成する。

 

阿弥陀浄土院の主要 な軒平瓦は, 6767と 6768で ある。

 

従 って この

2型

式 は創建時の軒平瓦であ り

,第

Ⅳ期前半 には出現 した も の と考 えてよい。 これ らを生産 した音如 ケ谷瓦窯の第

I号

窯では窯の壁体に

6714Aを

多量 に使

170)

用 してい る。

 

この ことか ら

,6714Aが

6767・ 6768に 先行 した ことが推定 され

,お

そ らく

,第

Ⅲ期の後半に出現 した と考 えられる。

6713Aは 6714Aの

文様が崩れた ものであ り

,凸

面 を指押 え成形す る製作技法は

第Ⅳ期後半 の「西大寺系」6732を 遡 らない。

 

V期

6714Aの

補足 瓦 として成立 した ものであろ う。

 

この他

,6767や

6768に 類似する特徴を見いだせ るもの とし

171)

,6704A・

6779A・ 6751A・

Bが

あげ られ る。

 

均整 唐草文

Vの 6704Aは , 6768と

同 じ く中 心葉 が左右 に分離 し

,唐

車 は6767に似 る。

 

ただ し

唐草 は分解 気味 で第

2支

葉 を失 うので,

第 Ⅳ期後半 にお け るだろ う。

6779Aは , 

中心飾 りには対葉 花文 をつ け るが

,中

心葉 は6768に 似 る。

6779Aは

外 区 に圏線 を加 え内縁 を二 つ に分 け ると 同 じよ うな構成 の もの は

,他

6739B

が あ り

これ との関連か らす る と

,6779Aは

V期

と考 えることがで きる。6751A・

Bの

唐草 は均整唐草文 Ⅲの ものだが

,中

心飾 りは

6768A o Cに

似 てお り

,外

区 に多数 の珠文 を並 べ る特 徴 も

,む

しろ均整唐草文 Ⅳに近い もの であ る。唐車 が「東大寺系(新)」 に類似 す る ことか ら,

V期

か ら平安時代初 め頃 と考 え られ る。

323

第 Ⅱ期 に成立 した均整 唐草文

Vの

6721は

第 Ⅲ期前半 には その多 くが出現 し

以後 その製 作 が続 くと考 えた。

 67211は

頚 の形態 か ら第 Ⅳ期

,文

様 が これ よ りもさらに崩れ た

6723Aは

,

それ以後 であろ う。6721J・

Kに

つい ては

,中

心飾 りが均整唐草文 Ⅲに類似 す る ことを指摘 し た。 J・

Kと

同 じ中心飾 りを もつ 同文異絶 の例 は

,長

岡官

,乙

訓寺

,樫

原廃寺

,高

麗 寺 な ど山 背 の官都 や寺 院か ら出上 してい ると これ らは

,第 5単

位 がほか よ り小振 りにつ くられ る特徴 点 で Jと 酷似 す る。 長 岡宮

,乙

訓寺

,宝

菩提 院 で は

これが単弁十八弁軒丸瓦 に伴い

,『

続 日本

174)

紀』延 暦

10(791)年

4月18日条 にみ える

,山

城 国 内の寺院修理 に関連 す るとの推定 があ るが,

J・

Kの

唐草 が

Iほ

ど変形 してお らず

,A・ C〜 Hに

直結す る ものである ことか ら

こ こで は

」・

Kを

第 Ⅳ期 と理解す る。

 6718Aは

6721とは趣 きの異 な る均整唐草文

Vで

あ る。

 

曲線顎I

175)

,唐

草が内区中央に偏 るのは

,6721J・ Kに

似 るか ら

,第

Ⅳ期においてよいだろ う。

均整唐草文Ⅶは

,西

隆寺の

6761Aと 6775Aや ,平

城宮東院の 6760な ど

,第 V期

後半 にその 大半が出現する。6760に 統一新羅の瓦当文様の影響が見 られ るよ うに,そ れ まで とは違 う意匠 の導入がなされた時期であったよ うである。6763について も

,唐

草第

2支

葉 を

3葉

構成 とす る 点に

6761Aと

の関連が うかがわれ るので

,第

Ⅳ期後半 と考 える。

飛雲文の

6801Aは ,「

修理司」 との関わ りか らこれ まで も第Ⅳ期においていた ものである。

6801Aの

曲線頚 は

,頚

面の狭端側 の稜 が強 く丸みを もつ。

 

同種の曲線頚 は 6763に ある。

 6763

との関連か ら

,6801Aは

V期

後半以降 と考 える。6802A・

Bは ,下

野国分寺の飛雲文軒平瓦 のモデル となってい ること準

,木

津川河床出土例な どか ら

,長

岡京遷都以前には存在 した可能 性が強い。

6801Aと

同じ第Ⅳ期後半か第

V期

であろ う。

重郭文軒平瓦は

,基

本的には

,6572を

I期 ,6574を

第 Ⅲ期 と考 えた。

 6575Aは , 

凸面 に は横位組叩きが観察 され る。後半部が欠損 してお り

,こ

れが縦位十瓦当近 く横位縄叩きの一部 である可能性は十分考えられ るところである。 曲線顎

Iで

あることか らも

,6575Aは

第 Ⅳ期 の 前半 と推測する。

以上

,第

Ⅳ期前半の型式 として

,6575A,6663F o I・ J,6702A,6710D,6732A・

C・

NoO,第

Ⅳ期後半の型式 として

,6725A・ D,6726A・ B,6732D・

H・

K〜 NoQ・ R,

6739A・

C,6759A・ B,6760,6761A,6763,6767,6768,6775A,6801A,を

あげた。 ま た

,6699A,6704A,6718Aと 67211〜 Kは

第 Ⅳ期

, 6723Aと 6801Aに

ついては

第 Ⅳ期後 半か ら第

V期

とした。そして

,第 V期

には

,6689C,6713A,6725B・ C,6726D〜 F,6739

B,6755A,6779A,6802を

あてた。

 

平 城 宮・ 京 出土 軒 瓦 の再 編 年 錫U表5)

前節では

,平

城宮・京出土軒瓦の瓦当文様 と製作技法の詳細な検討を行い

,平

城宮出土軒瓦 を中心 とした第

I期

か ら第

V期

に及ぶ編年の部分的な改訂 と細分化を各所で提唱 してきた。 こ

こでは

,そ

れ らの成果を もとに

,平

城宮・ 京 出土軒瓦をほぼ従来の

5期

編年に従 って区分 し, さらに第 I〜 第Ⅳ期を各

2小

期に して各時期 ごとの軒瓦の組み合わせを検討 し

,あ

わせて実年 代の比定を行 うことにする。

I期

(和銅元年〜養老 5年鶴

     

1期

の前半

,す

なわち第

I‑1期

の軒瓦 は

6282A‑6668A,6284C・ E‑6664B・ Cな

329

ドキュメント内 A  平城宮・京 出土軒瓦編年の再検討 (ページ 76-93)

関連したドキュメント