EEl
串 ●
T′′
Fig。 103 S c640模 式図 (( )内は小尺換算値)
Fig.104
内裏第 Ⅲ期の地割 (( )内 は小尺換算値)Tab.21
内裏第 Ⅲ期遺構座標値一覧(番号は Fig.104 と対応)聴 NS EW Nc NS EW
N 52.228 N 63.915 N 106.465 N 203.065
E 82,757 E 89287 E 89.257 E 89.127
N 238.175 N 52.224 N 24&447
E 85.000 E O.877
W 93543
長は実測値で
50.910mあ
るか ら,こ
れを172,721尺で除 した0。29475m/尺
がS C 640の造営単 位尺 となる。先に以上の基本的な割付を行 った後 にS B 7600の桁行方向の柱位置を設定する。S B 7600は 身舎5×
2間
の総柱の東西棟で四面に庇が付 く礎石建物である。但 し身舎棟通 りに位置す る柱 は妻の入側柱をのぞいて掘立柱である。 この掘立柱の うち一番東に位置する柱根が抜 き取 られ ずに遺存 していた。この柱心 と,S C 156・
640交
点の築地心 との東西距離は15。680mで ,こ
れを13.2862尺 (0.29475m/尺 ×13.2862尺=3,916m)で
割 り付ければち ょうど4間
となる (Fig.103)。 他のS B 7600身舎の桁行方向の柱位置 も
,す
べて13,2862尺を基準 として割 り付け られている。
S B 7600の
両協は基準 となる13.2862尺の2間
分を3等
分 して8・8575尺 3間
割 とすr■
2
る。
そ して
,
この3間
分 の うち S B 7600身 舎 に近 い東西各1間
を S B 7600の 東・西庇 とし,残 る各
2間
をS C640の
側 柱 として割 り付 けてい る。 S B 7600側 柱心か らの基壇の出は,平
側・ 妻側 ともに
,築
地 回廊 の全幅40尺 か らS C 640の 桁行寸法 13,3尺 ×2=26.6尺
を差 し引いた13.3尺 の さ らに1/2。
す なわ ち 6.6尺 であ る。 S B 7600西 妻 の入側柱 か ら
,先
の基準点Aま
で は,13.2862尺
等 間 の3間
分 あ るが,
この中央間を内裏南面東 門 とす る。ただ しこの問は
,東
か らS B 7600の 西庇 が 8.8575尺
,西
か らS C 247の 梁間10尺 が,そ
れ ぞれ張 り出すか ら,地
上建造物で は さまれ た間隙 のだいたい中央 に開いてい る ことになる。 この問 の位置 は
,北
面西 門 か ら推定 され る北面東門 の位置にほぼ対応 してい る。基準点
Aか
ら西側 にお ける S C 640の 桁行柱間寸法 は,
東側 よ りやや長 い。S C640の
築地 添柱礎石 の桁 行方 向におけ る間隔 は約3.88m〜 3.98mと
ば らつ きがみ られ るが,基
準点Aか
ら南面 中央関東親柱礎石抜取穴の北側 に遺存 す る築地添柱礎石心 までの東西距離 は35.420mあ り
,
これ を9間
で割 りつけ ると1間
は平均3.936m(約13.3尺)と な る。 これ は,北
面築地 回廊S C060の
桁 行柱 間寸法 とほぼ同寸法である。先 の基準点Aか
ら西へ 13.3尺 等 間で9間
分(120尺)を築地 として計 画 し
,中
央 にやや広い間 口の門 を開 く。 中央 門西側 の親柱 は礎石抜取穴 を検 出 したのみで,両
側 の築地添柱礎石 は失 われ て残 らない た め,門
の正確 な間 口寸法 は不 明だが,ほぼ4.3m(14.5〜14.6尺
)に
復 原 で きる。以上 の よ うに
,南
面築地 回廊 は築地本体 に対応す る柱 間総数 を(13+9+0.5(中
央門))×2=
45間
と北面築地 回廊S C060と
同数 とす るが, I期
か らその まま存続 す る S C 247の 規制 を受 けてい る うえに, S C640の
途 中に S B 7600を 建設 す る必要 があ ったため,柱
間寸法 が不揃い とな ってい る。 そ して生 じた端数 は南面中央門の間 口をやや広 くとることによ って解消 してい るので あ る。Ⅲ期 の築地 回廊 か ら割 り出せ る造営単位尺 を 今一度整理 す る と, S C 060が 0.2946〜 0.2948
m/尺
, S C 156が0.29515m/尺
, そ してS C640が 0,29475m/尺
とな り,概
ね 0.2947〜 0,2950m/尺
が Ⅲ期 の造 営単位尺 とい うことになる。築地 回廊 で囲 まれ た内部の地割計画につい てはほ とん ど変更がない。御 在所正殿 S B 4703 B, 後 殿
S B4710Bが ,I期
とほぼ同位置に桁行両端間を広 げて建 て替 る。両脇殿S B260B。
4660 Bも Ⅱ期 の ものに梁間10尺 の庇 が付加 され る。御在所区画 の北側 では, S A4692の
北約70尺 の 位置 にS B064を
建 て,南
庇 に近接 して暗渠排 水S D4810を
開削す る。 い づれの柱位置設 定 も 10尺 方眼 を基準 としてい る。内 裏 第 Ⅳ期 の 地 割 (F嗜.105)
Ⅳ期 の地割 は Ⅲ期 を踏襲 して変更 はないが
,
建物 が建 て替 わ る。内裏正殿 はS B 450Aにか わ って
S B450Bと
な る。両者 は,梁
間の寸法 や,庇
に相異点 があ るが,南
庇 の側柱通 はいづれもS C 640築 地心 か ら北へ
53.250mに
位置 し,ほ
ぱ180尺
で計画 されてい る(Fig。 105)。御 在所地 区で は正殿 と後殿 が と もに建 て替 わ る。 正殿 よ りも後殿 の方 が四面庇 付 の立派 な風 格 をそなえ
,
後 殿 S B 4704の 心 は内裏の中軸線か ら約5.9m(約
20尺)東
へずれてい る。SB
4704は ,
Ⅲ期 か ら存続 す る S D 4730の 南約1,6〜1・7mに
北側 柱通 り設定 し,
その うえ,身
舎 の柱間寸法 が桁 行,梁
間 ともに10尺 であ るのに対 して庇 の梁 間を11尺 とす るため,各
柱位置 はF′」
︵OωO︶Eトマ0.め∞一
Fig.105
内裏第Ⅳ期の地割 (( )内 は小尺換算値)御在所 区画四周 の掘 立柱塀 や脇殿
S B260B。 4660Bの
柱位 置 を基 準 とす る10尺方 眼 とは微妙 にずれてい る (Fig.105)。 御 在所正殿 S B 4645は,中
心線 を内裏 の中軸線 に合 わせ S C 245北 側柱通 か ら北へ17.691m(約60尺)の位置 に身舎北入側柱通 を設 定 してい る。身合 が Ⅲ期 のSB
4710Bと
同規模 で あ る ことか ら, S B 4710 Bを 南 に移築 して,
さ らに】ヒと南 に庇 を付加 した も の とみ られ る。御在所 区画 の さらに東 方 の区画 に存 在す る S B 7873は
,
南 妻柱通 を S B 7874】 ヒ側 柱通 の北5,857m(約
20尺)に,西
側 柱通 を S A 7876の 東5。95m(約
20尺)の位 置 にそれ ぞれ設 定 してい る。御在所 区画 の さ らに北側 の区画 では, S B 4824の南側 柱通 を S A 4692の 】ヒ
6,000mの
位置に 設 定 し,S B 4800の南側 柱通 を S A 4692か ら北へ12.000mの
位 置 に設定 す る。S B 4824西 妻柱 筋 とS B 4800東 妻柱筋 との距離 は6.100mあ
り,S B 4824の
東 妻柱 筋 とS A 7876の 北へ の延長 線 との東西距離 は6m余
で ある。これ らの距離 はいづれ も10尺の整数倍に近 い値 を示すが,
そ こか ら害」り出 され る造営単位尺 の多 くは0・
300m〜 0.305mで
,Ⅲ期 の それ を大幅 に上 まわ っ てい る。 したが って各柱位置 は10尺方眼 には合致 せず,微
妙 にずれ てい る。 造 営単位尺 が,時
期 を経 るに従 って除 々に大 き くな ってい く傾 向にあ る ことは
,以
前 か ら指摘 されて きた ことだ が, 1尺
あた りの数値 が3.000mを
上 まわ るのは,内
裏 の Ⅳ期 の時期 を考慮 すれ ばやや長 す ぎ るよ うに思われ る。 以上 の よ うに,V期
に新 たに建設 され た建物 のなかには,
Ⅲ期 の地割計画 とは微妙 にずれ る ものが多 く,
この時期 の特殊性 をあ らわ してい る。V
内 裏 第V期
の 地 割 (F電 106.107)V期
は外 周の築地 回廊 を残 して,内
部 の区画 と建物 の大幅 な改築 を行 う。 内裏正殿 区画が狭 くな り,御
在所 の区画が南北 に長 くなる。 Ⅱ期か らⅢ期へ の改築 に際 して,南
面築地 回廊SC
640の柱位置 の設 定手法 が
I期
か ら存続す る掘立柱 回廊S C 247の規制 を受 けたの と同様 に,7′孝
88.410m(300)I
62︶Eo?ゆ 6銭﹁劇瀾謝q瀾剤十111剖削﹁剰引嘲
t ︲ 朝劇判︲劇劇剖判劃矧卿一 ︲割引剛判︲Jll・la剤判 EOい寸Sい
Fig。
106
内裏第V期の地割 (( )内 は小尺換算値・ は柱関数)Tab.22
内裏第V期遺構座標値一覧(番号はFig.106と対応)NS EW
N 58860 N 105974 N 134.674 N lll.674 N 52.224 N 96.624 N 210,885 N 211.515
N 132.065 N 182.165 N 215.665 N 63915 N 106465 N 203.065 N 238.175
E 49,957 E 69.657 E 69,957 E 89287 E 89.257 E 89127 E 85000
9 10 11 12 13 14 15
Ⅳ期か ら
V期
へ の改築では,V期
か ら存続 す るS C 640や S A 7876の 規制 を受 ける ことになる。す なわち
,内
裏正殿 区画で は S C 640の 側柱 の柱 間寸法 の制約 を受 け,
御在所 区画では東面掘 立柱南北塀 S A 7876の 影響 を受 けてい る。まず内裏正殿 区画 について検討 しよ う。東面南北塀
S A248は
,南面築地 回廊 S C 640中 央 門 の東親柱 か ら東 10間 目のS C 640南北両側 柱筋 の引 き通 し線上 に設定 す る (Fig.103,106)。こ
の位置 は, S C 640の中央 関心か ら東 へ13.3×9+13.2862+14.5/2(中 央 門の
%問 )=140.586尺
の位置 に計画 されてい る ことになる。実測値 で は
41,380mあ
り,計
画寸法 に極 めて近 い値 で あ る。 お そ ら くこれ は,内
裏正殿 四周 の柱通 りを そろえる必要 があ ったためであろ う。I期
か らⅢ期 に至 る過程で S C 247の 側柱筋がS C640の
柱位 置 を決定 す る一 要 因 とな ったの とは逆 に, V期
で は先行す るS C 640の 柱位置 がS A248の
柱位置 を規制 した もの と解釈 で きる。な お, S A 248の柱 間寸法 はほぼ10尺等 間で あ る。
また
,内
裏正殿 区画 の北 を画す る東西塀SA
251は , S C 640中央 門心か ら北へ 59.000〜
59,450mの
位 置 にあ り,
ほぽ200尺
の計画寸法で あ った ことがわか る。S A251は
中央 間 を含んで東 へ13間 目で,北
か らの びて くるS A 7876に 取 りつ く。すで に述 べ たよ うに, S A 7876は
, I〜
Ⅳ期 か ら存続 す る南北塀 で,
内裏中軸線 か ら東へ90尺 の77倍
で ある 127.279尺 の位置 に設定 されてい た。S A251は ,
内裏中軸線かE 42257 E 41.757 E 38057
ヽV 3743 w 9,343
E O,777 E 38.057 ヽV 37,143
71650m(240)●24
卸 在 所 区 画
3次計画地割
Fig。
107
第Vtt S A4761,第 1・ 2次 計画地割 (( )内 は小尺換算値・ は柱間数)ら, S A 7876と の取 りつ き部 までを 12.5間 とし
, 1間
を127.279Jヽ尺 ■12.5間=10。182尺
に計 画 してい る。S A251は さ らに東へ1間
の び,南
折 して S A 248と な るが,
この最東端 の柱間寸 法 だけ3,7m(約
12.5尺)と してい る。す なわち
, S A251の
東半部 は,全
長 を,10.182X12.5+
12.5=139.779尺
,つ
ま り約140尺とす るのであ る。こ うして
,内
裏正殿 区画 を南北200尺,東
西140尺 強 ×2=280尺
強 の長方形 に設定す る。因 み に,こ
の東西長 は南北長 のほぼV7倍
とな ってい る。 内裏正殿 区画の設定 に際 して,あ
るいは この比例関係 に基 く計画手法が
,予
め想定 されていた と考 え られな くはない。この区画の中に
,正
殿 (s B 447)。 脇殿 (s B650)を,い
づれ も柱間寸法 を10尺等間 として建 設 す る。 S B 447の 南 入側 柱 は,Ⅳ
期 か ら存続 す るS B650の
北妻柱通 にそろえる。これに対 し
,北
側 の御在所 区画の地割設定 に際 しては, 2度
実施 を試 み なが ら も途 中で計画 を変更 し,最
終的 に3回
日の計画で建設 が実施 されてい る。 当初 の計画は, I〜 V期
に存続 し た四周の掘立柱塀 を全面的 に廃絶 し,
これにかわ る新 たな掘立柱塀 を建設 す る予定 であ った。内裏正殿区画 の北面掘立柱東西塀
S A251の
心か ら北へ97.491m(約
330尺)の
位置 に御在所区 画の北 を画す る掘立柱東西塀 を,東
面築地 回廊 S C 156心 か ら西 へ53.020m(約
180尺)と ,西
面築地回廊心か ら東へ同 じく
180尺
の位置 に東西 を画す る掘立柱南北塀 をそれぞれ建設 し,東
西
71.650m(約
240尺,24間),南
北97.491m(約
330尺 )の区画 を形成 す るはずで あ った(Fig。 107)。ところが北面東西塀 の掘形 は全長分 を掘削す るが,柱 を建 てずにす ぐ埋 め戻 してい るし,東 面 と 西面 の南北塀 は,全 長 を掘削せずに途 中で中止 してい る。 この計画が中止 されたのは,偶 数間で 割 り付 け る と御在所区画 と内裏正殿 区画 とを画す る東西塀
S A251の
中央 に門 を開 くことがで きない ためであ ると思われ る。2度
日の計画で は,塀 の位置 は当初計画 と変 わ りないが,柱 間数 の変更 を試 み る。 しか し,い
づれ も掘形 のみの掘削に終 わ り,塀
の建設 には至 っていない(Fig.107)。 そ して最終的に実施 のは こび とな った第
3次
計画案 は,V期
の S A 7876を 一部含む東西250尺
余(25間),南
北340尺
弱(34間)の端数 を含む区画であ った (Fig.106)。これはおそ ら く 施工途上 におい て何 らかの理 由によ って S A 7876を 東限 の南北塀 として再利用 す る必要性 が生
′び