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博士学位申請論文

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(1)博士学位申請論文 概要書. 教育政策決定における地方議会の役割に関する研究 -市町村の教員任用を中心として. 阿内 春生.

(2) 1)研究の背景、研究目的 本研究は市町村議会での教育政策に関する審議を分析し、市町村議会の教育政策への関 与の方法、関与の限界を明らかにするものである。この検討を通じて、教育の政治的中立 性について、議会の関与という面から考察する。 研究上の検討対象として、本研究では市町村費で任用する教職員を中心に扱う。市町村 教育委員会は義務教育諸学校のうち小学校、中学校の設置義務を負い、義務教育の主たる 部分を担っている。公立義務教育諸学校の教職員は、義務教育標準法により都道府県が人 事権を持ち、給与を負担し(市町村立学校職員給与負担法)、支出した教職員給与費の 3 分 の 1 が国庫からの補助対象となっている(義務教育費国庫負担法)。1 学級あたりの児童生 徒数は義務教育標準法に定められ教職員定数算出の根拠となる。1959 年に義務教育標準法 が施行され、1 学級あたりの児童生徒数を 50 人と定められた。その後義務教育標準法は何 度も改正され段階的に学級編成基準を引き下げられて、1970 年の改正までに 1 学級あたり の定員を 40 人、2012 年には小学校 1 年生のみ 35 人として現在に至っている。学級編制の 基準となる児童生徒数は 1 学級あたりの人数をもとに教職員定数を算出する構造をとって いるため、学級定員の引き下げは教職員定数改善の議論と結びついてきた。2005 年までの 7 次にわたる教職員定数改善計画により、学級定員の引き下げと教職員定数の改善が行われ てきている。その後、基礎定数の改善は必ずしも進んでいないものの、加配定数の拡充が 進んできている。 一方、1990 年代に始まった地方分権改革は事務や権限を中央政府から都道府県・市町村 などの地方自治体に移譲するものであり、学級編制の関係法令にもその影響が及んだ。特 に 1999 年に成立した地方分権一括法において、機関委任事務が全廃されたことに伴い、市 町村教育委員会が行った学級編制を都道府県教育委員会が認可をするとされていた権限が、 事前協議を前提とした同意へと改められた。また、第 3 章で詳しく見るように 2001 年には 義務教育標準法が改正され、都道府県教育委員会がある程度の裁量を持って、少人数学級 編制などの政策に取り組むことができるようになった。こうした地方分権改革の動向と地 方自治体の教育政策の変容については、青木(2013)が詳しく論究しており、中央地方関 係の紐帯が弛緩し、学級編制に関する地方裁量が拡がった結果、市町村長が積極的に少人 数学級編制に取り組むようになったことが示されている。 青木(2013)も注目した少人数学級編制は、教育政策としては教育環境の改善、中でも 教師と児童生徒の割合=PT 比(Pupil Teacher Ratio)の議論としてその効果が期待される。 先述したように学級編制の基準は義務教育標準法により教職員定数と連動しているため、 財政出動が大きく、国は学級定員の大幅な切り下げ、基礎定数の大幅改善には踏み切りに くい。 こうした制度的な背景のもと、本研究で取り上げる市町村費負担教職員の任用は、市町 -1-.

(3) 村毎の教育政策のローカルオプティマムを実現する手段として活用が図られてきた(押田 2008)。上述してきたような制度的背景を有するため、市町村費で教職員を任用する政策は、 義務教育の最低水準に国レベルの手厚い制度的な保障があった上で(青木 2013)、市町村が 裁量を持って取り組むことができる上乗せ政策であるという特徴を持つ。加えて、教員任 用には人件費を要するため、 (小さいとはいえ)財政的な負担を伴い、首長の同意が必要で あり、予算案を審議する議会審議も必要となるという特徴も併せ持っている。市町村が導 入の裁量を持っていること、首長や議会などの政治アクターの関わりがあらかじめ想定さ れること、という市町村費負担教職員の任用政策は市町村の教育政策を検討し、政治アク ター、なかでも地方議会に注目しようとする本研究にとって格好の研究題材となっている。 本研究ではこの市町村費負担の教員任用を中心として、市町村議会の教育政策への関与 がどのようになされるのかという、関与の方法の問題、関与することができるとすればそ の限界はどこにあるのかという、関与の限界の問題、この 2 点を明らかにすること目的と する。その上で、市町村の教育政策に関連して、教育の政治的中立性がどのように取り扱 われているのかという点に考察を進めていきたい。. 2)先行研究の検討 本研究の主たる先行研究として、序章において地方分権改革と地方自治体内の政治の変 容について教育政策に関連したものを検討した。研究関心を異にする研究や教育政策との 関連の少ない研究については、第 2 章に研究動向として検討している。 市町村による教員任用は少人数学級編制、複式学級解消、ティームティーチングなどの PT 比の改善を目的とした施策に活用されることが多い。地方分権改革の「インパクト」に ついて研究を牽引してきた青木(2013)も少人数学級編制に注目して、地方分権改革が地 方自治体の行政・政治に与えた影響を分析した。青木(2013)は義務教育標準法を中心と した財政制度の保障が強固に残ったまま、地方分権改革が進展したため首長にとって「ロ ーリスク・ハイリターン」 (2013:316)な政策として少人数学級編制政策が選択されるよう になったことを指摘した。地方分権改革が地方自治体にもたらした影響についてのこの指 摘は大変重要であるが、首長の政策選好の変化がなぜ起きたのかという、因果関係の経路 についての論究は必ずしも十分ではない。地方分権改革において首長に関連する教育政策 の制度変更は教育長の任命承認制度にほぼ限定されると考えられ、首長が教育政策に関心 を持つようになったのだとすれば、それはなぜか、あるいはなぜ首長だけが改革の主導者 となったのかを検討する必要があると考えられる。また、本研究の関心に引きつけていえ ば、教育政策に関する地方分権を地方議会はどのように受け取ったのかも研究関心として 想起される。 市町村費負担による教職員任用は、地方分権改革の成果と考えられてきた。本研究はそ -2-.

(4) のことに懐疑的な見方を示すものではあるが、そのことを一旦おくとして、地方分権改革 後の市町村費負担教職員任用事業の活用事例を対象とした研究では、押田(2009)、東京大 学教育学部教育行政学研究室[編](2004、2005)、渡部昭男・小川正人・金山康博[編]志木 教育政策研究会[著](2006)など、苅谷・堀・内田[編](2011)などがある。いずれも、教 育行政施策としての市町村費負担教職員がどのように取り組まれてきたのかを明らかにす るものだが、地方自治体の政治に関する着目は薄く、本研究と研究関心は異にする。 地方議会と教育政策の関わりについて述べた研究は数が多いとはいえないが、白石ら[編 著](1995)、先述の青木(2013)、村上祐介(2002、2019)などがある。白石ら[編著](1995) の共同研究は先駆的のものと考えられ、地方議会の活動が教育政策に及んでいることを指 摘している点で注目される。先述した青木(2013)の研究は地方議会が教育政策にどのよ うに関連するかという研究としても本研究の先行研究と位置づけることができる。会議録 から「質問率」 (2013:135)を作成し、議会の活性化を可視化しようとした点で、実証を試 行した優れた分析となっているが、指標について質問を数としてみることが妥当かどうか、 会議録を首長や議員の認識行動を示す「証拠」として提示し、審議過程そのものを分析対 象としているとはいえないのではないか、という点に疑問が残ることを指摘した。村上 (2002)の論考は少人数学級編制を議会審議に着目して分析しようとする点で、本研究に 類似した着眼点を持っている。村上は広島市の秋葉市長が就任した時点で、導入を交代さ せなければならなかった少人数学級編制の施策について「議会の反応が大きな影響力」 (2002:65)をもち政策決定につながったとされているが、議会の影響力がいかにして発揮 されたのかについて必ずしも十分な議論がなされていない。別の論考(村上 2019)では、 地方政治が教育政策に与える影響を論じているが、議会に関しては教育長・教育委員など の人事案件が重要であること、人事案件に際し質疑や所信表明が行われるようになりつつ あること等を指摘しているにとどまっている。 議会の執りうる手段としては、議会からの監査請求を受けて犬山市教育委員会の学力テ スト不参加が問題とされた事例の先行研究(柴田 2010 など)がある。成否はともかくとし ても議会が執りうる手段の一つとして、監査委員への監査請求が存在し、議会が教育政策 へ関与する手段となり得ることが述べられている。 この他の先行研究については第 2 章において述べるように、教育行政研究では教育政策 と政治との関わりについて、首長との関係に焦点が当てられ、議会への着目が十分ではな かったこと、行政学・政治学の領域では地方議会に関連する研究が蓄積しつつあるものの、 網羅性や通時性を重視し、各地方自治体の議会審議について特に教育政策について扱った 研究がまだ十分ではないこと、が指摘できる。先行研究との比較において本研究は、優れ た知見が数多く記されてきた地方自治体の教育政策研究の欠缺、つまり地方議会への着目 を特徴としつつ市町村の教育と政治の関係について検討するという、固有性を持つという ことができるだろう。 -3-.

(5) 3)論文の構成・各章の概要 本研究は序章、及び 10 の独立した章、終章からなる。 序章では、研究の目的と研究の背景として教育の政治的中立性の議論、主な先行研究、 研究の意義について論述した。研究の目的を市町村議会の教育政策への関与の方法、その 限界を明らかにすることと設定し、その上で理論的な示唆を得ることを目指す教育の政治 的中立性について議論した。 教育の政治的中立性は戦後教育基本法制定時から議論されてきた。教育基本法制定時に おいては主として教育内容に関連する中立性が議論されていた(S22_貴・教基法特別委 [1947.3.22、日高第四郎政府委員]) 。その後、朝鮮戦争、再軍備などを背景として保革の対 立が深まる中で、教育二法(義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨 時措置法、教育公務員特例法の一部を改正する法律)が制定された(1954 年)。教育権の所 在をめぐって最高裁まで争われた旭川学テ事件上告審判決では、教育行政への不当な支配 の排除(教育基本法旧 10 条)に関連する判断が含まれている。その中では教育委員会など の行政機関も教育の不当な支配の主体となり得るものではあるが、憲法やその他の法律に 適合する教育行政の行為が不当な支配とはなり得ないことが述べられている(最高裁大法 廷判決昭和 51 年 5 月 21 日) 。この最高裁判決は 2006 年の教育基本法改正の際にも国会審 議において政府側の答弁において参照され、国会において答弁した政府関係者らは、この 最高裁判決に基づいて改正法の趣旨を説明した(164 国会_衆教基法特別委[2006.5.26、小 坂憲次文部科学大臣])。 教育の政治的中立性をめぐって、最後に 2014 年の地方教育行政の組織及び運営に関する 法律(地方教育行政法)の改正論議を確認した。この法改正は、直接には教育再生実行会 議の「教育委員会制度等の在り方について(第二次提言)」が契機となっている。教育再生 実行会議の提言では「教育委員会の性格を改め」 (教育再生実行会議 2013:2)て、首長が任 命する教育長を「教育行政の責任者」 (教育再生実行会議 2013:2)とすることなどを盛り込 んでいた。中央教育審議会の答申「今後の地方教育行政の在り方について」においては、 教育再生実行会議の提言を踏襲し、首長を教育行政の執行機関、首長からの大幅な権限委 譲を受けて補助機関となる教育長の役割などを盛りこんだ A 案が示されつつも、A 案に対 する懸念から教育行政の執行権を教育委員会に残す B 案が併記された。さらに、政府が国 会に提出した法案は、この A 案、B 案の「トータル的にミックスした案」(186 国会_衆文 科委[2014.4.16、下村博文文部科学大臣])とされ、教育の「政治的中立性等の確保の観点 から」(186 国会_衆文科委[2014.4.16、下村博文文部科学大臣])教育委員会の執行権を残 しつつ、総合教育会議の設置や教育長の直接任免など首長の権限を拡大した。 以上のように、教育の政治的中立をめぐっては戦後直後から教育内容に関する政治的中 -4-.

(6) 立が議論され、その後教育委員会制度を含めた教育行政の執行権をめぐる議論がなされて きた。その中では、首長が政治的関与を行う主体として注目されており、本研究が注目す るような地方議会の関与についての議論が不十分であることを確認した。 その上で、本研究が中心として検討する市町村費負担教職員任用事業の性質を検討した。 同事業は地方分権改革の成果として見なされてきたこと、財政的な負担とを伴うため予算 審議が不可欠となり、必然的に首長と議会の関与が予定されていること、先行研究(青木 2013、2012)にも示されてきたように首長にとって財政的な負担に比して集票効果などが 高い、てこ比の高い政策と見なされていることを指摘した。 また、本研究では地方分権改革に前後する事例を検討するが、先行研究で改革の成果と 捉えられてきた市町村費負担教職員任用事業について、改革に先立つ事例を分析対象とし ている。これらの事例は改革に先立つ事例という意味で前史的事例と位置づけ、事例研究 の枠組みとして用いている。 第 1 章では、本研究に関連する制度的な背景を確認した。政治行政に関する地方分権改 革、地方自治体における二元代表制、地方議会、教職員人事行政のそれぞれについて、法 制度的な骨格と、本研究に関連する地方議会との関わりを述べた。 まず、地方分権改革に関しては 1990 年代以降の改革の動向を整理した。1999 年の地方 分権一括法の成立にいたる過程において、地方分権改革によって中央地方関係が変化すれ ば、地方議会の役割が重要となるとの指摘もなされていたが(145 国会_参院行革特別委 [1999.7.5、辻山公述人]、[1999.7.7、島田公述人]など)、必ずしもその議論は深まってはい ない。 次に、二元代表制に関連しては、国レベルの議院内閣制とは異なり首長と議会とがそれ ぞれに別個の選挙で選ばれともに民主的正統性を主張できること、議会の多数派と首長の 党派制の違いなどにより両者が対立的な関係に陥った場合の調整が地方自治法に示されて いること、などを確認した。 その上で、本研究が議論の対象とする市町村議会について、教育政策の議論に関連する 機関を中心に概要を確認した。特に町村についてみると、全体的な議員数の減少、高齢化、 兼業議員が多いこと等が確認できた。議会内に設置される委員会のうち特に常任委員会は 教育政策を専ら扱う委員会(文教委員会等)が設置されることもある。委員会と異なり議 員が全員参加し、正式な議会審議とは別の会議の場を設定することもできる。これが全員 協議会などの名称で設置される会議である(地方自治法 100 条 12 項)。正式な審議とは別 に、審議に関連する協議や意見調整ができる点で円滑な議会運営に資するものではあるが、 会議録の作成が義務づけられていないなど情報公開の面で課題があり、実質的な意思決定 が全員協議会でなされるとすれば課題となり得る。続いて地方議会の情報公開について確 認した。市町村議会の会議録などの公開、特に本会議会議録の公開は web でも進みつつあ るが、小規模町村議会においては今だ web 上での公開が十分進んでいるとはいえないこと、 -5-.

(7) 委員会会議録や、全員協議会の記録などの公開については途上にあることを確認した。ま た、地方議会の権限に関しては、予算の修正権限、いわゆる百条調査権、請願・陳情の取 り扱いについて確認した。そして、議会において教育政策が審議される過程を検討した。 教育政策も一般的な議案と変わらず、議会への議案上程、委員会審議、採決などの過程を 経ると考えられることを指摘した。 本研究に関連する制度的な確認の最後として、教職員の人事行政について述べた。地方 教育行政法や義務教育標準法を中心とする県費負担教職員制度に関連して、教職員定数算 出の方法、加配の設定、その拡充などを確認し、本研究の対象である市町村費負担教職員 任用事業について、制度的な特徴、導入の状況、検討対象の政策としての特徴などを論述 した。 第 1 章では地方自治制度と教育政策の関わりについて述べてきたが、地方自治法自体が 戦後幾度かの改正を経ており、地方自治制度が変遷している。しかし、地方議会が首長・ 行政委員会などの執行機関の監視機能を持って予算案・条例案の審議を行うこと、立法的 機能を持ち条例を制定することなど、二元代表制下での骨格には変化はない。教育政策に 関連しても、こうした地方議会の基本的な関わりの骨格は維持されていると捉えることが できる。 第 2 章では教育政策と地方自治の関連についての研究動向を検討した。本研究では地方 分権改革前後に市町村が取り組んだ教員任用について研究対象とし、議会においてその政 策が審議される過程を検討した。第 2 章は研究動向の検討を目的とし、教育の地方分権に 関する研究、教育行政と首長の関係を論じた研究、地方議会と教育行政に関連する研究の 三つの分類から、先行研究を分析した。まず、教育の地方分権に関する研究は、改革と同 時期に取り組まれた研究、及び改革の教育行政への影響を問う研究に分けて検討した。同 時期に取り組まれた研究では先進的な取り組みを進める改革自治体の施策について指摘す るものが多く、かつ、施策の内容が広範にわたることが確認できた。雪丸・青木(2010) も指摘していたように、その後継続的に取り組んだ研究が少ないことが確認できるほか、 地方政治の分析に踏み込んでいるものは不足している。改革の影響を問う研究においては 首長対象のアンケート調査を実施したものを中心に取り上げた。教育委員会制度に関する 関心の高さから、執行機関としての教育委員会についての設問が主となっていた。次に教 育行政と首長の関係を論じた研究を取り上げた。この研究では、大阪府市において大阪維 新の会等が行った改革に関する事例研究、その後の教育委員会制度改革(2014 年)に関連 する研究等が数多く記されている。研究動向の検討の最後として、地方議会と教育政策に 関連する特に行政学・政治学における議論を確認した。地方自治体を網羅的に扱う研究の 中では、もちろん教育政策も含まれた分析が行われることがあるが、個別の地方自治体、 個別の政策の形成・決定過程について詳細さを指向して分析した研究は少ないことを確認 した。これらの研究動向のレビューに基づいて、第 2 章では教育行政研究が政治アクター -6-.

(8) として主として首長に注目してきたこと、行政学・政治学の研究では網羅性・通時性が指 向されており、市町村議会における教育政策の審議過程を詳細に分析する本研究の意義を 見いだせることを確認した。 第 3 章では 2001 年の義務教育標準法の改正について検討した。この改正について 1998 年の中央教育審議会答申「今後の地方教育行政の在り方について」、2000 年に出された教職 員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議報告「今後の学級編制及び教職員配置につ いて」の論点を整理するとともに、法改正を議論した第 151 回国会の審議経過について比 較検討した。中央教育審議会答申から研究協力者会議報告、改正法の比較においては、論 点として中教審答申には盛り込まれながら最終的な法改正に結びつかなかった論点(職種 枠組みの見直し)が存在したほか、中教審答申では言及されていないにもかかわらず、調 査研究協力者会議報告から盛り込まれた論点(非教授教職員の定数改善)などがあり、政 策形成においても論点の移り変わりがあったことを指摘した。第 151 回国会の議論につい ては内閣提出法案、衆参両院に提出された野党案の比較検討を行い、従来この改正につい ては、学級定員を 40 名にとどめる内閣提出法案とそれを 30 人に引き下げることを提案す る野党案の相違ばかりに注目されてきたが、内閣提出法案は加配定数によって教職員定数 の改善を図ろうとしたものであったことなどについて指摘した。 第 4 章から第 10 章は事例研究を行った。まず、4,5 章では長野県南佐久郡小海町の事例 を検討した。小海町の事例は地方分権改革とは事例の淵源を異にする前史期の事例であり、 1980 年代から町費で教員任用に取り組んできた。小海町の事例について地元新聞に取り上 げられて全国的な認知を得ることになった 1998 年時点の教育行政施策としての特徴を 4 章 において検討し、5 章において議会審議を検討した。4 章の検討では、1985 年に小海町に おいてこの施策が導入された際には、PTA、学校からの要望が寄せられていたことをまず 指摘し、続いて 1998 年時点での施策実施の経緯について検討した。従来の研究は長野県教 育委員会からの指導により、小海町独自の少人数学級編制は挫折したものと評価をしてき たが実質的には施策を継続できていたことを確認した。また、5 章では 1998 年に町費での 教員任用を推進した当時の町長の下での政策導入の議論を検討した。当時の町長は町議会 議員としての経験もあり、議会の多数派とは良好な関係を築くことができていたこと、8 年 ぶりに町長に返り咲いた 1998 年の町長選挙において町費教員の任用(少人数学級編制を含 め)は少なくとも主たる公約であったとは見られないこと、議会との良好な関係の下、町 長は大きな障害なく町費教員の任用施策を導入できたことを指摘した。 次に 6,7 章では旧 A 町の事例を検討した。旧 A 町事例も小海町と同様に地方分権改革に 先立つ前史期の事例である。旧 A 町では 1970 年代末から複式学級の解消を目的として町費 で教員任用を進めていた。まず 6 章では町費教員の待遇や採用方法など教育行政施策とし ての側面を分析した。町費教員の任用は県費負担教職員とは別の採用方法によっており、 給与等の待遇の面でも低い水準に留まっていたこと、一部の学校にのみ配置されていた時 -7-.

(9) 期があり全町的な取り組みとはなっていなかったこと、県教育委員会との関係では長年の 実績により特段問題としない状況が成立していたことなどを指摘した。続く第 7 章では 1977 年に旧 A 町において町費教員の任用が始まった際の議論を議会会議録や、予算関係資 料を基に分析した。旧 A 町では X 小学校に複式学級が生じる見込みとなった 1977 年度の 予算編成に先立って、教員の特別の加配を都道府県教育委員会に対して行なっていたが得 ることができず、補正予算を編成して町費教員の任用に踏み切った。旧 A 町において町費 教員の任用が始まった際の町長も、前年秋の町長選挙において初めて当選を果たした新し い町長であった。この新しい町長のもとで、町費教員の任用施策が議会において議論され、 旧 A 町での政策導入が可能となった。 以上、小海町、及び旧 A 町は本研究が設定した地方分権改革に先立つ市町村費負担教職 員の任用事例=前史的事例であり、2 事例の検討からは地方分権改革に先立つ事例が存在し たこととともに、地方分権改革の只中で議論されてきたような、地方の自主性や自律性と いった問題よりも、過疎化・少子化等の影響によって児童生徒数が減少し、学級が 1 学級 に統合されるような場合(小海町)あるいは複式学級が発生する場合(旧 A 町)のような、 学校現場の激変を緩和する措置として取り組まれてきたことが指摘できた。 第 8 章、及び第 9 章では茨城県猿島郡旧総和町の町費による非常勤講師の任用事例(第 8 章)、及び「通年制」の導入検討(2005 年)の事例(第 9 章)を検討した。第 8 章では、 1999 年に旧総和町で導入された TT 政策の決定過程における総和町議会の審議、及び翌年 の TT 政 策 を 拡 大 し よ う と し た 際 の 審 議 に つ い て 、 拒 否 権 プ レ イ ヤ ー 論 Tsebelis (2002=2009)によってその政策決定を把握した。その結果、TT 政策の導入にあたっては、 議会との妥協点を見いだすことができたものの、翌年度に政策を拡大しようとした際には 要望書問題の政治争点化もあり、妥協が不可能であったことを示した。次に第 9 章では「通 年制」の事例研究を行なった。「通年制」は学期制改革の一種であり、学年を通じて一つの 学期と位置づけるものである。ここまでの事例研究において題材としてきた町費教員の任 用と異なり特別の予算を必要としないため、議会に上程される予算案へ施策が反映されな い。 「通年制」については同じ旧総和町内で、首長と議会の関係などの変数を統制した上で、 条例案や予算案を必要とする教育政策への議会関与と比較する目的を持って検討対象とし た。その結果、通年制の導入に懐疑的だった町内世論を背景に、町長に対立的な議員が多 数を占める議会は、通年制の導入見直しを求める請願の審議、通年制自体に反対する決議 の採択など、議会の権限の範囲で通年制への反対の意思を表示していった。予算案・条例 案がないことで議会は予算をゼロにし、政策を拒否するという実質的な政策の拒否権は確 保できないものの、請願の審議など予算案・条例案のない教育政策でも議会審議の対象と する代替となる手法を持っていることを確認した。 続く、第 10 章では大阪府箕面市における生徒指導専任教員の配置政策の導入(2004 年) を検討した。箕面市の生徒指導専任教員は大阪府の政策を実質的に引き継いだものであり、 -8-.

(10) 生徒指導専任教員となる教員の授業負担をなくす(減らす)ための非常勤講師を市独自に 任用するものである。本章では市町村の教育政策の選択にあたって議会では政策の証拠(エ ビデンス)がどのように取り扱われるかという点、及び教育政策の転換の限界という点か ら箕面市の事例を分析した。箕面市では議会の多数派と首長の党派が一致しない状況にあ り、首長が主導して提案した少人数学級編制のための予算が、市議会を通じて全額生徒指 導専任教員の予算へと付け替えられている。生徒指導専任教員の配置は自民党・公明党・ 民主党の共同提案として市議会に提出されたものだった。 政策の根拠(エビデンス)に関する論点では、生徒指導専任教員は学校からの要望を踏 まえたものであり、市長が主導した少人数学級編制よりもいわば大義を持った政策ではあ ったが、政策の厳密な費用対効果などまで検討されたものとはいえないことを指摘した。 また、生徒指導専任教員の配置は市長が主導した少人数学級編制の政策を、議会が別の目 的の政策に修正提案したものであり、予算のある政策であっても議会は実質的な政策の転 換が可能であることが示唆された。 また教育政策の転換の限界としては、予算審議時の修正について減額修正に制限はない ものの、増額修正には一部制限があるからこの制限による限界が存在すること、また教育 行政・政策の専門技術的な知識を議会議員が備えていることは難しいため、政策転換にあ たっては対案を準備する際に教育委員会事務局からの協力を得られることが政策転換の制 約となり得ることを指摘した。 終章では、以上の事例研究を踏まえて総合的な考察を行なった。まず、本研究において 取り上げた各事例を市町村議会の方法とその限界を明らかにするとする研究目的に沿って 改めて整理した。その上で、教育政策に関する議会審議の概要、首長・議会関係と教育政 策の審議経過の関係、議会による教育政策決定過程への関与の限界を分析した。審議の概 要については議会が予算・条例案といった審議機会があらかじめ定められている機会を通 じて関与を行うこと、首長がそれらの議会への提出権限を持つため、首長の政策への同意 は必要と考えられることが示唆された。首長と議会が対立的な関係にあるとき、旧総和町 や箕面市の事例で確認してきたように教育政策が両者の政治的対立に巻き込まれ、政治争 点化する場合があることを確認した。たとえ、行政委員会制度により首長が執行機関では なくても、一般質問などの質問機会では、教育政策もその対象となる。また、議会に設置 される文教関係の常任委員会などあらかじめ教育政策が議論されることが想定された議会 組織も議論の場となる。こうした審議機会を教育の政治的中立性の理念を掲げて回避する ことは不可能であるし、それが妥当とも考えられないことを指摘した。 次に市町村議会の教育政策への関与の限界を検討した。検討にあたって、審議機会の確 保、教育政策転換の限界について検討した。まず、教育政策の議会審議に関する検討にお いて、予算案や条例案の提出があればそれらの検討を通じて教育政策の審議が可能である ことは自明であるが、それらがない事例(旧総和町の「通年制」)を検討した。その結果、 -9-.

(11) 請願(憲法 16 条、地方自治法 124 条、請願法)が議会審議の対象とする上で重要であるこ とを示した。請願自体は補助的な参政権の一つとして国民に保障された権利である。請願 が提出されれば、予算のない政策であっても議会文教関係委員会などでの実質的な審議が 可能であった。ただし、請願は補完的な参政権行使の形態であり、どのような請願であっ ても採択すべきものと捉えることはできない。条例や予算がない教育政策について、議会 審議の対象とするための一つの方法であり、あくまでも補完にとどまるべきものと捉えら れる。 さらに、旧総和町の少人数学級編制の減額修正、箕面市の生徒指導専任教員への政策転 換の事例から教育政策転換の限界について検討した。旧総和町では首長が中心となって提 案した少人数学級編制の政策について、議会で採用する非常勤講師の人数を大幅に縮小す る(予算を縮小する)修正がなされた。箕面市では首長が主導し、教育委員会が議会に提 案した少人数学級編制の政策が、議会審議を通じて予算を全額生徒指導専任教員の政策に 付け替えられた。当時の箕面市議会は首長とは対立的な議員によって多数が占められてお り、少人数学級編制は政策導入の根拠となる情報収集などでの脆弱さもあって、議会から 強い反対を受けた。その上で生徒指導専任教員の政策が、議会からの修正案として提出さ れている。全くの別目的への予算の付け替えが議会によってなされており、政策転換につ いても別の教育政策への転換が、対案を準備する上での教育委員会事務局の対応次第で可 能であることが示唆された。 この様に、議会はその審議を通じて政策を変更することが可能であるが、両事例では予 算の修正を通じてこの修正が行われていた。議会による予算の修正については減額修正に は制限がなく、増額修正については首長の予算編成権を侵害しない限りにおいて修正が可 能である(地方自治法 97 条 2 項)。どこまでの転換が可能かは 2 事例から画定することは 難しいものの、教育政策が教育政策であるというだけで、つまり教育の政治的中立性の概 念があるからといって議会審議において特別の扱いを受けるものではなく、審議一般的な 通則によるものと考えられた。. - 10 -.

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参照

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