日外 科 連 会 誌31(5):807-811,2006
症例
diabetic mastopathy経
過 観 察 中 に石 灰 化 で 発 見 さ れ た 乳 癌 の1例
東京都 済生会 中央病 院外科
越 田 佳 朋 米 山 公 康 大 山 廉 平
A Case Report of Breast Cancer Detected by Malignant Calcification During the Follow
-up Observation of Diabetic Mastopathy
Yoshitomo KOSHIDA, Kimiyasu YONEYAMA and Renpei OOYAMA
Department of Surgery, Saiseikai Central Hospital
diabeticmastopathyは 乳 腺 に で き る 良 性 腫 瘤 で 糖 尿 病 の 合 併 症 の 一 つ と さ れ て い る。 臨 床 的 に 乳 癌 と類 似 し て お りそ の鑑 別 が しば しば 問 題 とな る。 今 回 わ れ わ れ はdiabetic mastopathyの 経 過 観 察 中 に 乳 癌 を発 症 し た 症 例 を経 験 した の で 報 告 す る。症 例 は56歳,女 性 。イ ン ス リン 非 依 存 型 糖 尿 病 に て イ ン ス リ ン を 自 己 注 射 して い る 。 diabetic mastopathyの 経 過 観 察 中 に 右 乳 房 腫 瘤 を 自覚 し受 診 。マ ン モ グ ラ フ ィ ー 上 悪 性 石 灰 化 像 を認 め た 。針 生 検 に て 乳 癌 と診 断 さ れ 胸 筋 温 存 乳 房 切 除 術,セ ン チ ネ ル リ ンパ 節 生 検 を施 行 し た。diabetic mastopathyと 癌 と の 合 併 は 稀 で は あ るが,定 期 的 な 検 診 が 必 要 で あ る と考 え る 。
索 引 用 語 : diabetic mastopathy,乳 癌(breast carcinoma),ダ イ ナ ミ ッ クCT(dynamic CT)
緒
言
diabetic mastopathyは 癌 との 鑑 別 を要 す る 乳 腺 良 性 疾 患 の 一つ で あ り,稀 な疾 患 で あ る。 欧 米 の 報 告 で は,長 期 罹 患 の イ ン ス リ ン依 存 性 糖 尿 病 (以下IDDM)症 例 や 糖 尿 病 性 合 併 症 を併 発 した 症 例 に 認 め られ る1)2)。発 生 機 序 と し て 自己免 疫 が 関 与 して い る との 報 告 も あ る が 詳 細 は 不 明 で あ る1)3)4)。今 回 わ れ わ れ は画 像 診 断 お よ び 針 生 検 に てdiabetic mastopathyと 診 断 し,そ の経 過 観 察 中 に悪 性 石 灰 化 像 に て 発 見 さ れ た 乳 癌 症 例 を経 験 し た の で 文 献 的 考 察 を加 え て報 告 す る。 症 例 患 者:56歳,女 性 。 主 訴:右 乳 腺 腫 瘤 。 家 族 歴:父,母,糖 尿 病 。 既 往 歴:26歳 よ りイ ンス リン非 依 存 型 糖 尿 病, 52歳 よ り糖 尿 病 性 腎 不 全 に て 血 液 透 析 中。 現 病 歴:4年 前 に 約1年 間右 血 性 乳 汁 分 泌 を認 め た が放 置 。2年 前 よ り右 乳 房 に 腫 瘤 を 自覚 し 当 院 乳 腺 外 来 受 診 とな る。 現 症:左 右 乳 房 は 全 体 的 に 固 く乳 腺 症 の 所 見 を認 め た。 右 乳 房Careaに 不 整 形,弾 性 硬,境 界 不 明 瞭,dimpling sign陰 性 の3cm大 の 腫 瘤 を触 知 し た。 左 乳 房 に 腫 瘤 お よび 両 側 腋 窩 リンパ 節 は 触 知 しなか っ た 。 血 性 乳 汁 は 認 め な か った 。 マ ン モ グ ラ フ ィ ー:両 側 と も不 均 一 高 濃 度 乳 腺 を認 め る が,明 らか な腫 瘤 影 お よ び悪 性 を疑 わす 石 灰 化 は 認 め なか っ た(在Fig.1)。 超 音 波 検 査:右 乳 房C areaに4cm大 の 境 界 不 明 瞭,辺 縁 不 整,内 部 エ コー 不 均 一な低 エ コー 領 域 を認 め た 。 や や 後 方 陰 影 の 減 衰 を伴 っ て お り, 腫 瘤 を疑 う所 見 で あ っ た(在Fig.2)。 右AB areaお よ び左 乳 房A areaに3cm大 の 低 エ コー 領 域 を認 め る が腫 瘤像 は 明 らか で な く乳 腺 症 の 所 見 で あ っ日本 外 科 系連 合 学 会誌 第 31 巻 5 号 た。 右 乳 腺 腫 瘤 に 対 し細 胞 診 を施 行 した 。 超 音 波 ガ イ ド下 穿 刺 吸 引 細 胞 診:小 型乳 管 上 皮 細 胞 を認 め るが,異 型 細 胞 は 認 め なか っ た。 細 胞 診 は 悪 性 を示 唆 す る所 見 は得 られ な か っ た が,触 診 ・画 像 上 は 悪 性 を疑 う腫 瘤 で あ っ た た め 超 音 波 下 の 針 生 検 を施 行 した。 超 音 波 ガ イ ド下 針 生検:明 らか な 異 型 細 胞 は 認 め なか っ た 。 間 質 に膠 原 線 維 の 増 生 を認 め る が, リンパ 球 の 浸 潤 は 目立 た な か っ た(Fig。3)。 病 理 組 織 の 結 果 お よ び 既 往 歴,画 像 所 見 か ら diabetic mastopathyと 診 断 し経 過 観 察 と した 。6 カ 月 毎 の 経 過 観 察 と しマ ンモ グ ラ フ ィー ・超 音 波 検 査 を施 行 した 。半 年 後 の検 査 で はdiabetic mas. topathy以 外 の 所 見 は 認 め な か っ た が,約1年 後 右 乳 房 の 違 和 感 を主 訴 に再 受 診 と な っ た。 再 診 時 身 体 所 見:左 右 乳 房 と もに 全 体 的 に硬 く 乳 腺 症 の所 見 。 右 乳 房 のCareaに 前 回 同様 の腫 瘤 を認 め た が,新 た な腫 瘤 お よ び両 側 腋 窩 リン パ 節 は 触 知 しな か っ た。 再 診 時 マ ンモ グ ラ フ ィー:両 側 乳 房 に 明 らか な 腫 瘤 影 は認 め な か っ た が,右MLO撮 影 でM area に 多形 性 ・集簇 の 石 灰 化 を認 め カ テ ゴ リー5と 判 断 した(Fig.4)。 再 診 時 超 音 波 検 査:前 回 同 様 右 乳 腺C area, AB areaお よ び左 乳 腺A areaに それ ぞ れ4cm,3 cm,3cm大 の低 エ コー 領 域 を認 め た 。新 た な 病 変
Fig. 1 Mediolateral mammographic findings of the bile breast showed neither tumor nor microcal-cifications.
Fig. 2 Ultrasonographic findings showed an irreg-ular-shaped hypoechoic lesion with marked pos-terior acoustical shadowing.
Fig. 3 Microscopically, the lesion was
diabetic mastopathy経 過 観 察 中 に 石 灰 化 で 発 見 さ れ た 乳 癌 の1例 は 認 め なか っ た 。 以 上 の画 像 診 断 よ り,超 音 波 上 右 乳 腺AB area の 低 エ コー 領 域 が 病 変 で あ る と判 断 し,細 胞 診 お よ び針 生 検 を施 行 した。 再 診 時 超 音 波 ガ イ ド下 穿 刺 吸 引 細 胞 診:少 数 の 小 型 乳 管 上 皮 細 胞 を 認 め る が 異 型 細 胞 は 認 め な か っ た 。 再 診 時 超 音 波 ガ イ ド下 針 生 検:線 維 硬 化 性 の 間 質 を 背 景 に 腫 瘍 細 胞 が,solid-tubularパ タ ー ン を と る 浸 潤 性 乳 管 癌 の 診 断 で あ っ た 。 ダ イ ナ ミ ッ クCT:右 乳 腺AB areaに3cm大 の 腫 瘤 を 認 め た 。dynamic studyでearly enhanceさ
れ た 乳 癌 を 疑 う 所 見 で あ っ た(Fig.5)。 そ の 他 の 領 域 で は 異 常 所 見 は 認 め な か っ た 。 以 上 よ り乳 癌 と診 断 し,胸 筋 温 存 乳 房 切 除 術, セ ン チ ネ ル リ ン パ 節 生 検 を 施 行 し た 。 摘 出 標 本 肉 眼 的 所 見:内 側 か ら乳 頭 直 下 に3× 3×3cmの 境 界 明 瞭 な 腫 瘤 を 認 め た 。術 前 硬 く触 れ たCareaのdiabetic mastopathy部 位 は 不 明 瞭 で 確 認 で き な か っ た(Fig.6)。 病 理 組 織 学 的 所 見:組 織 学 的 に は,異 型 細 胞 が 中 心 部 に 壊 死,石 灰 化 巣 を伴 い 充 実 性 胞 巣,乳 頭 状 構 造,不 整 な 腺 管 を 形 成 し 浸 潤 増 生 し て い る 充 実 性 腺 管 癌 の 所 見 で あ り,Nuclear grade2,n (−),ER(-),PgR(-),HER2(-)で あ っ た (Fig.7a)。 背 景 乳 腺 の 問 質 全 体 に 膠 原 線 維 の 増 生 と リ ン パ 球 の 浸 潤 を 認 め た(Fig.7b)。 以 上 の 所 見 よ りdiabetic mastopathyに 発 生 し た 乳 癌 と 診 断 し た 。 術 後 経 過:術 後 補 助 化 学 療 法 と し て,ご 本 人 の Fig. 4 Mammographic findings of the right breast
showed grouped calcifications without mass shadow.
Fig. 5 Breast dynamic computed tomography (CT) revealed an irregular mass on early phase contrast enhancement.
Fig. 6 The cut surface of the tumor shows a nodu-lar, gray-white lesion, measuring 3.0•~3.0 cm. The cut surface of the diabetic mastopathy area shows unclear.
日本外 科 系 連合 学会 誌 第 31 巻 5 号 希 望 に よ り内服 薬(UFT 400mg)を 服 用 して い る。 現 在 術 後1年 で あ るが,再 発 は 認 め て い な い 。 考 察 diabetic mastopathy(以 下 本 症)は 糖 尿 病 の 既 往 の あ る患 者 に 発 症 す る良 性 腫 瘤 で,組 織 学 的 に は 広 範 な 間 質 の 線 維 化,萎 縮 した乳 腺 や 血 管 周 囲 へ の リンパ 球 浸 潤 が 特 徴 で あ る。1984年Solerら1) が 長 期 罹 患 のIDDM患 者 に 発 症 し た 乳 腺 腫 瘤 を
fibrous disease of the breastと し て 発 表 し た も の が 最 初 の 報 告 で あ る 。 主 に 片 側,単 発 性 病 変 で あ り両 側 や 多 発 性 病 変 は 稀 と さ れ て い る5)。 そ の 後 甲 状 腺 機 能 低 下 症6),SLE7)な ど 自 己 免 疫 性 疾 患, 基 礎 疾 患 の な い 症 例 な ど の 糖 尿 病 以 外 の 疾 患 で 同 様 の 形 態 を し め す 疾 患 をlymphocytic mas-topathy6),1ymphocytic mastitis7)な ど とす る 報 告 が あ り,現 在 で は 本 症 は1ymphatic mastopathyの 特 殊 型 と し て 区 別 さ れ て い る5)。 本 症 は,本 邦8)と 欧 米1)2)と の 間 に お い て い くつ か の 相 違 点 は あ る が,糖 尿 病 性 合 併 症 を 有 し,血 糖 コ ン トロ ー ル 不 良 な 長 期 罹 患 症 例 に 多 く認 め ら れ る と い う 重 要 な 共 通 点 が あ る 。Tomaszewski ら4)は糖 代 謝 異 常 に よ り膠 原 線 維 の 非 酵 素 的 糖 化 が 起 こ り,そ の 最 終 蛋 白 が 自 己 抗 原 化 す る と い う 興 味 深 い 報 告 を し て い る 。 さ ら に 自 己 免 疫 疾 患 症 例 の 合 併 例 の 報 告 も あ る こ と か ら1)6)7),な ん ら か の メ カ ニ ズ ム に よ る 自 己 免 疫 応 答 の 異 常 が 本 症 発 生 に 関 与 し て い る の で は な い か と 考 え ら れ て い る 。 し か し 乳 腺 以 外 の 組 織 に 病 理 学 的 に 同 様 な 腫 瘤 を 認 め た 報 告 は な く,乳 腺 の み に 特 異 的 に 発 症 す る こ と は 非 常 に 興 味 深 い こ と で あ る 。 日常 診 療 に お い て 本 症 の 重 要 な 点 は,そ の 臨 床 像 お よ び マ ン モ グ ラ フ ィ ー,超 音 波 検 査 の 画 像 所 見 が 悪 性 疾 患 に 類 似 す る 形 態 を と る 点 で あ る 。 触 診 で は 表 面 不 整,境 界 不 明 瞭 で 可 動 性 の あ る 硬 い 腫 瘤 と して 触 知 さ れ る 。 マ ン モ グ ラ フ ィ ー の 所 見 に つ い てLoganら3)は,明 らか な 腫 瘤 陰 影 は な い が 腫 瘤 に 一 致 し て 濃 度 の 上 昇 を 認 め る と報 告 し て い る 。Garstinら9)は 悪 性 と の 鑑 別 が 必 要 な 所 見 で あ る が,ス ピ ク ラ,微 小 石 灰 化 な ど は 認 め な い と 報 告 し て い る 。 本 邦 に お い て も 医 学 中 央 雑 誌 で 検 索 し え た 範 囲 で は,マ ン モ グ ラ フ ィ ー に て ス ピ ク ラ, 微 小 石 灰 化 を伴 う症 例 の 報 告 は な く悪 性 腫 瘍 と の 鑑 別 に は 重 要 な 所 見 で あ る と 考 え ら れ る 。 超 音 波 検 査 で は 内 部 エ コ ー が 不 均 一,不 整 形,後 方 音 響 を 伴 う 腫 瘤 と し て 描 出 さ れ る 。こ の よ う に 超 音 波, マ ン モ グ ラ フ ィ ー の 画 像 検 査 に お い て は 良 悪 の 判 定 困 難 な 症 例 を 経 験 す る が,鑑 別 手 法 と し てYa-jimaら10)は 造 影CTを,山 下 ら11)はMRIの 有 効 性 を 報 告 し て お り重 要 な 検 査 で あ る と い え る 。 Baratelliら12)は 長 期 罹 患 のIDDM症 例 で あ れ ば
Fig. 7 (a) Histopathological findings of the
tumor showed the invasive solid-tubular car-cinoma (H. E. •~ 100).
Fig. 7 (b) Perivascular lymphocytes were noted within the lesion (H. E. •~40).
diabetic mastopathy経 過 観 察 中 に 石 灰 化 で 発 見 さ れ た 乳 癌 の1例 本 症 の 診 断 は上 記 の 超 音 波 所 見 で十 分 で あ る と述 べ て い る が,癌 を疑 う所 見 が あ れ ば細 胞 診 ・組 織 診 の 確 定 診 断 が 必 要 で あ る と考 え る。 し か し Loganら3)の 報 告 で は 本 疾 患 に お け る 穿 刺 吸 引 細 胞 診 で は,症 例 の 約 半 数 に 施 行 さ れ た が 線 維 組 織 で硬 い た め に あ ま り有 効 で は な く確 定 診 断 は 困 難 な 場 合 が 多 い と述 べ て い る。一 方 でYajimaら10), Andrews-Tangら13)は,針 生 検 の有 用 性 を述 べ て お り外 科 的 生検 にか わ る有 効 な手 段 の1つ で あ る と考 え られ不 要 な切 除 は さけ るべ きで あ る。 diabetic mastopathyの 経 過 観 察 中 に 乳 癌 を発 症 した症 例 の 報 告 は 中 央 医 学 雑 誌 に て 検 索 した 範 囲 で は報 告 が な く極 め て稀 な症 例 で あ る。 しか し 術 後 病 理 診 断 に て 腫 瘍 径 は3cmと 大 き く1年 で 発 症 した とは 考 え に くい 。 ま た 同側 乳 房 よ り血 清 乳 汁 の既 往 が あ る こ と よ り,初 診 時 に ダ イ ナ ミッ クCT,MRIな どの 検 査 を施 行 して い れ ば よ り早 期 に 発 見 が 可 能 で あ っ た もの と考 え る。Hajら14) は,本 症 の 診 断 とそ の 後 のfollow upの ア ル ゴ リズ ム を提 唱 し た。 そ れ に よ る と本 症 診 断後 のfollow upで は新 た な腫 瘤 に 対 し細 胞 診,生 検 を施 行 して い るが,本 症 と癌 の 合 併 が 極 め て稀 で あ る こ と よ りわ れ わ れ の 施 設 で は 積 極 的 に ダ イ ナ ミ ッ クCT を取 り入 れ て 日常 診 療 に あ た って い る。 今 後 は 画 像 診 断 の み で の確 定 診 断 の確 立 の ため に も,更 な る症 例 の 積 み 重 ね に よ る検 討 が 必 要 で あ る と考 え る。 結 語 diabetic mastopathyの 経 過 観 察 中 に乳 癌 を発 症 し た1例 を 経 験 した。diabetic mastopathy症 例 は 乳 癌 との合 併 は 極 め て稀 で あ るが,定 期 的 な経 過 観 察 が 必要 で あ り,乳 癌 との 鑑 別 に は ダ イナ ミ ッ クCTが 有 用 で あ る。 参 考 文 献
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