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日本内科学会雑誌第104巻第11号

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Academic year: 2021

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はじめに

 妊娠中に尿崩症(diabetes insipidus:DI)の 症状を来たす症例が初めて報告されたのは, 1940年代である.妊娠中に尿崩症を合併する割 合は 30,000 例に 1 例程度といわれている1).今 回,妊娠末期に口渇,多飲,多尿を認め尿崩症 と診断し,急性妊娠性脂肪肝に伴う肝機能障害 が原因と考えられた症例を経験した.

症例

 患者:33 歳,女性.主訴:口渇,多飲,多 尿.既往歴:特記すべき事項なし.出産歴:29 歳時 第 1 子 40 週 6 日,2,584 gで出産(妊娠, 出産に関連する合併症なし).家族歴:特記すべ き事項なし.生活歴:アルコール:機会飲酒, 喫煙:なし.内服歴:なし.現病歴:第 2 子を 妊娠のため,20XX年 10 月末より当院産婦人科 外来でフォローされていた.11月中旬(妊娠34 週)頃より口渇感が強くなり,1 日 2 l以上の飲 水をするようになった.11月下旬頃から倦怠感

急性妊娠性脂肪肝に

尿崩症を合併した1例

鈴川 宗弘  竹田 孔明  末廣 泰子  谷澤 幸生 要 旨  患者は 33 歳,女性.妊娠末期より強い口渇,多飲,多尿を認めていた.妊娠第 36 週に胎児機能不全のため, 緊急帝王切開術を施行された後も症状は続き,当科へ紹介され,尿崩症(diabetes insipidus:DI)と診断した. また,肝胆道系酵素の上昇を認め,急性妊娠性脂肪肝(acute fatty liver of pregnancy:AFLP)と診断した. AFLPによる肝機能障害に伴い,一過性に尿崩症を来たしたと推察した.速やかな胎児娩出により,肝機能障害 と尿崩症はともに速やかに軽快した.

〔日内会誌 104:2407~2413,2015〕

ポイント ・ 妊娠末期に発症する肝機能障害の主なものにHELLP症候群(hemolysis, elevated liver enzy‑ mes, low platelet syndrome)と急性妊娠性脂肪肝があり,いずれも重篤な疾患である. ・妊娠中に一過性の尿崩症(diabetes insipidus:DI)を認めることがある. ・妊娠中には胎盤からバソプレシナーゼが分泌されている. ・ バソプレシナーゼを分解する肝臓が障害されると血中バソプレシン濃度が低下し,尿崩症 を来たす. Key words 尿崩症,急性妊娠性脂肪肝,バソプレシナーゼ 〔第110回中国地方会(2014/05/31)推薦〕〔受稿2015/04/29,採用2015/07/30〕 山口大学附属病院第三内科

Case Report;A case of acute fatty liver of pregnancy complicated with diabetes insipidus.

Munehiro Suzukawa, Koumei Takeda, Yasuko Suehiro and Yukio Tanizawa:Third Department of Internal Medicine, Yamaguchi University Hos-pital and School of Medicine, Japan.

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が強くなり,11 月末には腹痛と食欲低下を認 め,ほとんど食事を摂取できない状態となっ た.妊娠36週6日に胎動の減少を認め,当院産 婦人科外来を受診した.胎児機能不全と診断さ れ入院となり,緊急帝王切開術を施行され, 2,116 gの女児を出産した.術後4 l以上/15時間 の多尿を認め,尿崩症が疑われ,入院第 2 病日 に当科紹介となった. 妊娠末期に口渇,多飲,多尿を認める.  入院時身体所見:意識清明.眼瞼結膜:貧血 なし,眼球結膜:黄染なし,心音:異常なし, 肺音:清,腹部:平坦・軟,腸雑音常,帝王切 開による手術痕あり,下腿浮腫なし.検査所見: 尿 所 見; 比 重 1.003,pH6.5, 蛋 白( - ), 糖 (-),潜血(-),ケトン体(-).血液所見; Hb 13.6 g/dl,白血球 9,220/μl,血小板 22.6 万/ μl,PT 16.9 秒,APTT 44.2 秒,フィブリノゲン 155 mg/dl,AT-III 15.1%,D―ダイマー11.3 mg/ l.血液生化学所見;TP 6.6 g/dl,Alb 3.1 g/dl, BUN 12 mg/dl,Cr 1.04 mg/dl, 総ビリルビン 2.0 mg/dl, 直 接 ビ リ ル ビ ン 1.1 mg/dl,AST 458 IU/l,ALT 260 IU/l,LD 429 IU/l,ALP 871 IU/l,γ-GTP 203 IU/l,ChE 231 IU/l,Na 137 mmol/l,K 4.4 mmol/l,Cl 107 mmol/l.ホルモ ン検査所見;TSH 1.67 μIU/ml,GH 3.32 ng/ml, ACTH 11.0 pg/ml,LH 0.05 mIU/ml,FSH 0.09 mIU/ml,PRL 228.16 ng/ml,ADH 3.6 pg/ 一口メモ 図1 下垂体MRI(T1強調単純) 下垂体後葉の高信号が不鮮明(矢印) 図2 腹部超音波検査

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ml*,FT3 2.0 pg/ml,FT4 1.1 ng/dl,コルチゾー ル15.8 μg/dl,IGF-1 69.0 ng/ml(-4.2 SD),血 清 浸 透 圧 282.0 mOsm/kg, 尿 浸 透 圧 131.0 mOsm/kg.免疫血清学所見;CRP 0.27 mg/dl. 1 日 尿 量 3,000 ml以 上, 尿 浸 透 圧 300 mOsm/kg以下より尿崩症を疑う.  下垂体MRI:T1 強調単純画像(図 1)では下 垂体後葉高信号域が不明瞭である.T1強調造影 画像では下垂体に占拠性病変は認めない.腹部 超音波検査(図 2):肝:肝腫大なし.肝内のエ コー強度や肝腎コントラストは正常.胆囊:体 部に 2 mm大のhypoechoic lesionあり.膵,脾, 腎に異常所見なし.

臨床経過

 出産翌日は,輸液と飲水を合わせて約 9 l/日 の水分量とほぼ同じ尿量を認めた.尿浸透圧の 著明な低下,下垂体MRIの所見から尿崩症と診 断した.入院時の血液検査にて肝胆道系酵素の 著明な上昇を認めた.腹部超音波検査所見,病 歴などから薬剤性肝炎やウイルス性肝炎,肝内 胆汁うっ滞,胆石はいずれも除外された.また, 血 液 検 査 に て 溶 血 や 血 小 板 減 少 は 認 め ず, HELLP症候群(hemolysis, elevated liver enzymes, low platelet syndrome)は否定され,急性妊娠性 脂肪肝(acute fatty liver of pregnancy:AFLP)が 疑われた.口渇,多飲,多尿の症状は,出産後 無治療にて数日で軽快した.肝機能障害につい ても同様に軽快した(図 3).凝固異常を認め, 出血のリスクを考慮し肝生検は行わなかった が,臨床経過と検査所見からAFLPと診断した. 全身状態は良好となったため,第 9 病日に退院 となった.

考察

 AFLPは,妊娠末期に発症し,7,000~20,000 例に 1 例の頻度である.初産婦,多胎,男児妊 一口メモ 図3 入院経過<尿量とALT値の推移> (IU/l) ALT 500 400 300 200 100 0 尿量 (ml) 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000

day 1 day 2 day 3 day 4 day 5 day 6 day 7 day 8 入院

出産

脚注:*ADH値については第4病日(転科時)の数値であ り,尿崩症の病態は回復していた.

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娠 例 に 多 い と さ れ, 約 半 数 に 妊 娠 高 血 圧 症 (pregnancy induced hypertension:PIH)を合併

する2).本症例は経産婦,単胎,女児妊娠例で あり,PIHの合併は認めなかった.組織学的に は成人の肥満などでみられる脂肪肝では沈着す る脂肪の大部分が中性脂肪であるが,AFLPでみ られる脂肪肝では肝細胞内に微細顆粒状脂肪滴 が沈着し,肝生検にて証明することで確定診断 となる.本症例では,出血リスクのため肝生検 は施行できなかった.また,腹部超音波検査で は脂肪肝の所見を認めなかったが,先述の理由 でAFLPは脂肪量が成人の脂肪肝に比べ少ない ため,腹部超音波検査で脂肪肝がとらえられる 確率は 50%程度にとどまる. AFLPでは腹部超音波検査にて脂肪肝の 所見を認めなくても否定できない.  AFLPの原因についてははまだ明らかにされ ていないが,ミトコンドリア脂肪酸β酸化に関 わるlong-chain-3-hydroxyacyl-coenzyme A dehy-drogenase(LCHAD)の遺伝子異常との関連が報 告されており,脂肪酸のβ酸化やリポ蛋白合成 及び転送障害が病因に関わることが示唆されて いる3).臨床症状としては本症例でもみられた ように易疲労感,食欲不振,嘔気,嘔吐,上腹 部 痛, 黄 疸 な ど が 出 現 す る. 進 行 す る とDIC (disseminated intravascular coagulation),膵炎,

低血糖,腎不全,肝不全など重篤な状態に陥り 多臓器不全となり,死亡することもある.胎児 の状態も母体の代謝性アシドーシスにより急速 に悪化する.AFLPの治療は早期の胎児娩出であ る.AFLPを疑った場合は可及的速やかな治療が 必要である.本症例においては,臨床所見,検 査結果などからAFLPを疑い,早期の胎児娩出を 行った結果,母児ともに救命が可能であった. AFLPは早期の胎児娩出を行うことが重要.  下垂体後葉からバソプレシンが分泌され,腎 集合管基底膜側に存在するバソプレシンV2 受 容体に作用し,水チャンネルであるアクアポリ ン―2を尿細管腔側膜上に増加させ,再吸収を行 う.これにより水利尿が減り濃縮尿が生成さ れ,体液量が増え血漿浸透圧が低下する.尿崩 症は,下垂体後葉の障害によりバソプレシンの 合成分泌が低下する中枢性尿崩症(central DI), 腎集合管でのバソプレシンに対する反応性が低 下する腎性尿崩症(nephrogenic DI)に大別され 一口メモ 一口メモ 図4 妊娠中に肝機能障害を伴って一過性の尿崩症を来たす機序 下垂体後葉 腎集合管 胎盤 vasopressinase vasopressin 肝臓

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るが,その他,妊娠に伴う一過性の尿崩症(tran-sient DI)が存在する4).一過性の尿崩症は妊娠 30 週以降に起こりやすい. 妊娠中に一過性の尿崩症を認めること がある.  妊娠に伴う一過性の尿崩症の原因の 1 つに肝 機能障害がある.胎盤からはバソプレシナーゼ が分泌されており,正常妊婦では下垂体後葉か らそれを打ち消すだけのバソプレシンの分泌増 加があり,非妊娠時の 4 倍になるといわれてい る.本症例の病態は次のように考えられる. AFLPにより肝機能障害を来たし,肝でのバソプ レシナーゼの代謝が低下することによりバソプ レシナーゼの血中濃度が上昇し,バソプレシン の分解が進み,バソプレシンの血中濃度が低下 した.その結果,水利尿作用が亢進し尿量の増 加を来たした5)図4).また,本症例の臨床経過 にて胎盤の娩出の後,速やかに肝機能障害が改 善するとともに尿量も正常化したことより, AFLPと一過性の尿崩症の病態が一元的に説明 可能であった.

最終診断

急性妊娠性脂肪肝に合併した一過性の尿崩症

おわりに

 妊娠中に尿崩症を発症する頻度は文献的には 低いが,口渇,多飲,多尿の症状が顕著でない場 合は認識されずに診断に至らない症例が多くあ ると考えられる.本症例のように妊娠中肝機能 障害を伴って尿崩症を来たした際は,胎児の早 急な娩出が必要となることがあり注意を要する. 一口メモ 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし 文 献

1) Aleksandrov N, et al : Gestational diabetes insipidus : a review of an underdiagnosed condition. J Obstet Gynaecol Can 32 : 225―231, 2010.

2) 竹田 省:HELLP 症候群.日本産科婦人科学会雑誌 56 : N107―111, 2004.

3) Castro MA, et al : Reversible peripartum liver failure : a new perspective on the diagnosis, treatment, and cause of acute fatty liver of pregnancy, based on 28 consecutive cases. Am J Obstet Gynecol 181 : 389―395, 1999. 4) Robinson AG, et al : Posterior pituitary. Kronenberg HM, et al, eds. Williams Textbook of Endocrinology, 11th ed,

Saunders, 2008, 263―295.

5) Kennedy S, et al : Transient diabetes insipidus and acute fatty liver of pregnancy. Br J Obstet Gynaecol 101 : 387― 391, 1994.

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 山口大学医学部附属病院は昭和 19 年に設立 され,現在ベッド数 736 床の山口県内唯一の特 定機能病院です.  私たちの教室は,臨床病理学講座を母体とし て昭和43年に開設され,平成14年5月1日に谷 澤幸生が第 5 代教授に就任いたしました. 病棟  病床数 35 床(うち無菌病室 7 床) 外来  1カ月あたりの患者数 約1,500名,担当医数 15 名(糖尿病専門医 7 名,内分泌代謝専門医 2 名,血液専門医 4 名) 対象疾患  糖尿病,内分泌疾患,血液疾患 糖尿病  糖尿病専門医・糖尿病認定看護師・糖尿病療 養指導士・管理栄養士・薬剤師などからなる糖 尿病療養指導チームによるトータルケアを行っ ています.地域の糖尿病センター的な役割を担 い,糖尿病診療の向上に寄与するとともに,糖 尿病教育入院も積極的に行っています.また, 日本糖尿病学会教育認定施設として,専門医の 育成に取り組んでいます.本年5月21~24日に は,第58回日本糖尿病学会年次学術集会を谷澤 幸生会長のもと,我々の教室が主宰し,山口県 下関市にて開催いたしました. 内分泌疾患  日本内分泌学会認定教育施設であり,甲状 腺・下垂体・副腎疾患など多くの患者さんを診 療しています.甲状腺疾患の診療では,エコー 検査やエコーガイド下穿刺吸引細胞診を数多く 行っています. 血液疾患  昭和 58 年に西日本で初めて骨髄移植を成功 させて以来,同種移植を積極的に行い,造血器 疾患の予後改善に貢献してきました.JALSG(日 症例掲載施設紹介

山口大学大学院医学系研究科病態制御内科学

(山口大学医学部附属病院 第三内科)

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本成人白血病治療共同研究グループ)などの多 施設共同研究に積極的に参加し,白血病や悪性 リンパ腫などを対象とした化学療法や移植を併 用した科学的根拠に基づく標準的治療に多くの 実績があります.また,日本血液学会血液研修 施設であるとともに山口県唯一の骨髄バンクの 移植認定病院でもあります. 研究分野  内分泌代謝疾患,血液疾患ともに,発症素因 を遺伝子レベルで理解し,患者個体で生じてい る病態を細胞レベルで解明し,優れた研究業績 を世界に向けて発信してきました.糖尿病研究 では米国の研究室との共同研究として糖尿病と 視神経萎縮を合併するWolfram症候群の原因遺 伝子を世界に先駆けて同定いたしました. ホームページ  http://sannaika.med.yamaguchi-u.ac.jp/ 文責: 山口大学医学部附属病院第三内科 鈴川 宗弘

参照

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