こ ん ご う
︹ 要 旨
︺﹁ 金剛
﹂ は 金 石 の 中 で 最 も 堅 固 な も の を 意 味 す る︒
こ ん ご う せ き
﹁ 金剛 石
﹂は 玉 石 の 研 磨 に 用 い ら れ る 堅 固 な 石 の 名 に す ぎ な か っ た
︒江 戸 時 代に は す でに 装 飾品 と し ての 西 洋 の金 剛 石 すな わ ち ギ ヤマ ン
︵ オラ ン ダ 語︶ が 知ら れ て いた が
︑ 明治 時 代 以降 に 西 洋 の服 飾 文 化が 流 行 する と とも に 日 本で も 金 剛石 は 宝 石と し て 用 いら れ る よう に な り︑ 上 流階 級 や 富裕 層 の 象徴 と な った
︒
︹ キイ ワ ード
︺ 金 剛 金 剛 石 ギ ヤ マン ダイ ヤ モ ンド 1
﹁ 金 剛
﹂と い う 語
﹁金 剛
﹂は 仏 教 語と し て の性 格 の 濃い 語 で あ る︵
!︶
︒ 仏 性 の 堅 剛 不 壊な る こ との 比 喩 とし て も用 い ら れ︑ 釈 迦 が悟 り を 開い た 坐 処 を﹁ 金 剛 座﹂ と 言 い
︑堅 固 で 動 揺 し な い 菩 薩 の 信 仰 心 を
﹁金 剛 心
﹂︑ 大 日 如 来 を 智 徳 開 示 し た 部 門 を
﹁ 金 剛 界
﹂︑ 教 化 し が た い 衆 生 を と ら え て 済 度 す る 羂 索 を
﹁ 金 剛 索﹂
︑般 若 不 可 空 の 理を 説 く 教典 の 名 を﹃ 金 剛 般若 波 羅蜜 経
﹄ とい う な ど仏 教 関 係 に
﹁金 剛
﹂ は 多 く 用 い ら れ て い る︒ し た が っ て
︑﹁ 金 剛
﹂ は 五 行 の 金 の 気 が 剛 毅 で あ る こ と を い う と も 言 わ れ て い る が︵
"
︑︶
金 石 中 最 も 剛 健 堅 固 な も の の 意 で あ っ て
︑ 破 砕 し え な い もの は 何 もな い と いう 古 代 イン ド の神 話 の 軍神 イ ン ドラ の 堅 牢 無比 な 武 器ヴ ァ ジ ラ︵ 伐 折 羅︶ の 漢訳 と し て成 立 し た語 で あ る とす る 仏 典に 見 ら れる 説 の 方を 採 るべ き で あろ う
︒ 金 剛 者
︑梵 云 伐 折羅
︒ 力 士所 執 之杵 是 此 宝也
︒ 金 中最 剛 故 名二
金剛
一
︒帝 釈 有レ
之
︒
︵﹃ 金 剛 般若 経 疏 論纂 要
﹄上
︶ 金 中 精 牢 名 曰二
金 剛一
︑ 此 宝 出二
金 中一
︑ 色 如二
紫 英一
︑ 百 錬 不レ
銷︑ 至 堅 至 利
︑可
二
以 切一 レ
玉
︑世 所二
希 有一
︑ 故 名 為レ
宝
︒
︵﹃ 梵 網 経
﹄古 迹
︑上
︺
金 剛 石 ︵ ダ イ ヤ モ ン ド
︶ の 語 誌
吉 野 政 治
三 五
正 中 有二
金 剛 坐一
︑ 賢 劫 初 成
︑ 与二
大 地一
倶 起
︑ 拠二
三 千 大 千 之 中一
︑ 下 極二
金 輪一
︑ 上 斎二
地 際一
︑ 金 剛 成レ
所
︑ 周 百 余 歩︒
は ば む
言二
金 剛一
者取
二
其堅 固 難一 レ
壊
︑能 徂二
万 物一
︒
︵﹃ 大慈 恩 寺 三蔵 法 師伝
﹄ 巻 三︶ 2
﹃ 本 草 綱目
﹄ の
﹁金 剛 石
﹂ 金
石中 最 も 剛健 堅 固 な石 は
﹁金 剛 石
﹂と 呼 ば れた
︒ 現 在で は ダ イ ヤモ ン ド の名 で 呼 ばれ
︑ 宝石 と し て重 宝 さ れて い る この 石 は
︑ かつ て は その 堅 さ が注 目 され て い ただ け も ので あ る
︒李 時 珍
﹃ 本草 綱 目
﹄︵ 明・ 万 暦 十八 年
︹ 一五 九
〇︺ 序
︶ の﹁ 金 石 部﹂ は
︑ 金 類︑ 玉 類
︑ 石 類︑ 鹵 石 類 の 四 類 に 分 け ら れ て お り
︑﹁ 宝 石
﹂ と 呼 ば れ る も の は 玉 類 に 属 す る が
︑﹁ 金 剛 石
﹂ は﹁ 宝 石﹂ で は なく 石 類 に分 類 さ れ︑ 次 のよ う に 説明 さ れ てい る
︵ 引用 は
﹃新 註 校 定
国訳 本 草綱 目
﹄ 春陽 堂
︑ 昭和 四 十 九年
︹ 一 九 七 四︺ 刊 の 訳 に よ る︶
︒
き
じ
釈名 金 剛鑚 時 珍曰 く
︑こ の 物 の砂 は 玉 を鑚 り
︑ また 瓷
さ ん
を補 ふ と ころ か ら 鑚と い ふ︒ 集 解
︿時 珍 曰 く
︑ 金 剛 石 は 西 番
︑ 天 竺 の 諸 国 に 出 る︒ 葛
し ょ う に ゅ う
洪 の 抱 朴子 に
﹁ 扶南 に 金 剛が 出 る︒ 鍾 乳 のや う な 状態 で 水
ぎ ょ く
底 の 石 上 に 生 ず る も の だ
︒ 体 は 紫 石 英 に 似 て 玉 を 刻 み 得
て つ つ い
る
︒ 人 間が 水 底 に潜 入 し て取 る のだ が
︑ 鉄椎 で 撃 つた の で
れ い や う か く た た
は 傷 さ へ付 か ぬ
︒と こ ろ がた だ 羚羊 角 で 扣く と さ くさ く と 氷 の や うに 崩 れ るの だ
﹂ とあ る
︒丹 房 鑑 源に は
﹁ 紫背
︑ 鉛 は よ く 金剛 鑚 を 砕く
﹂ と ある
︒ 周密 の 齋 東野 語 に は﹁ 玉 工
ち り ば
が 玉 を 細 工 す る に は
︑ 恒 河 の 砂 を 用 ゐ て 金 剛 鑚 で 鏤 め る
︒ そ の 物 は形 が 鼠 糞の や う で︑ 青 黒色 の 石 のや う な 鉄の や う
く わ い こ つ
な も の だ
︒西 域
︑及 び 回 紇 の 高 山 の 頂 上 に 出 る
︵ 中 略
︶︒
さ く ぎ ょ く た う
玄 中 記 には
﹁ 大 秦国 に 金 剛が 出 る︒ 一 名 削玉 刀 と いひ
︑ 大
き び
な る も のは 長 さ 一尺 ほ ど ある
︒ 小な る も のは 稲
︑ 黍ほ ど の も の で
︑そ れ を 指環 に 着 けて 玉 を刻 む と いふ
﹂ と ある
︒ こ れ で 観 れば 金 剛 にも 非 常 に大 な るも の が ある と 見 える
︒ 印
ぶ つ げ
度 僧 が 仏 牙 と 称 し て 貴 ぶ も の は こ の も の だ
︒︵ 中 略
︶ 十 洲 記 に は
﹁西 海 流 砂に 昆 吾 石と い ふが あ り
︑こ れ を 鍛へ て 剣 を 作 れ ば 鉄 の 如 く
︑ 光 明 は 水 精 の 如 く
︑ 玉 を 割 く が 如 く だ
﹂ と 記載 し て ある が
︑ これ も 金剛 の 大 なる も の の例 で あ る
︵ 下 略︶
︒ この
﹁ 金 剛石
﹂ が ダイ ヤ モ ンド で ある こ と は間 違 い ない よ う
三 六
で あ るが
︑ 右 の引 用 さ れて い る説 明 の 中に は 正 確で は な い内 容
し ょ う に ゅ う
が い くつ か 見 られ る
︒ 葛洪 の
﹃抱 朴 子
﹄の
﹁ 鍾 乳の や う な状 態 で 水 底の 石 上 に生 ず る
﹂と あ るの は
︑ 実際 に は 溜り 水 の 底の 砂 礫 層 の礫 の 表 面に
︑ 水 酸化 鉄 など に よ って 鍾 乳 のよ う に 膠着 し て い るの で あ り︑ ま た
﹁人 間 が水 底 に 潜入 し て 取る
﹂ と ある の も
︑ 実 際 に は 地 下 に 井 戸 を 掘 り 下 げ て 採 取 す る の で あ る
︵﹃ 新 註 校 定 国 訳 本草 綱 目
﹄︶
︒ 時 珍が こ れ らの 誤 り を訂 し えな か っ た の は
︑ 産 地 が 遠 方 で あ り︑ 確 認 で き な か っ た か ら で あ ろ う︒
﹁金 剛 石 は 西 番︑ 天 竺 の 諸 国 に 出 る
﹂と あ る よ う に︑ 産 地 と し て 挙 げ ら れ て い る の は い ず れ も 外 国 の 地 で あ る
︒﹁ 西 番﹂ は
﹁今 ノ 青 海︑ 新 彊 ノ二 省
︑ 及ビ ソ ノ 以西 ノ 地﹂
︵﹃
新 註 校 定
国 訳 本 草 綱 目
﹄ の注 に よ る︒ 以 下 同じ
︶ であ り
︑﹁ 天 竺﹂ は イ ンド で あ る︒ ま た
︑﹃ 抱 朴 子
﹄ に﹁ 扶 南 に 金 剛 が 出 る﹂ と あ る﹁ 扶 南﹂ は
﹁ メ コ ン 河 下 流 地 域
﹂で あ り︑
﹃齋 東 野 語
﹄ に
﹁西 域
︑及 び
く わ い こ つ
回 紇 の 高 山 の 頂 上 に 出 る
﹂と あ る
﹁西 域﹂ は 広 義 で は ペ ル シ ャ
・ 小 ア ジ ア
・ シ リ ア
・ エ ジ プ ト の こ と で あ り︑
﹁回 紇﹂ は
﹁ 新 彊 省 ト ル フ ァ ン を 中 心 と す る 地 域 の 古 名
﹂ で あ る︒ ま た︑
﹃ 玄 中 記﹄ に
﹁大 秦 国 に 金 剛 が 出 る
﹂ と あ る
﹁ 大 秦 国
﹂ は﹁ 古 の ロ ー マ 帝 国
﹂ の こ と で あ り︑
﹃ 十 洲 記﹄ に
﹁西 海 流 砂 に 昆 吾
石 とい ふ が あり
﹂ と ある
﹁ 西 海流 砂
﹂は 西 番 の砂 漠 地 のこ と で あ る︒ とも あ れ
︑こ の 李 時珍 の 文 章に よ って
︑ 日 本は
﹁ 金 剛石
﹂ と い う 名 の 石 の 実 体 と 用 途 を 知 っ た の で あ る
︵本 草 書 で
﹁金 剛 石
﹂を 載 せ るの は
﹃ 本草 綱 目
﹄が 最 初で あ る
︶︒ 3
金剛 鑚 と 金剛 砂 現在
の 鉱 物学 で は 金剛 石 に は三 種 類あ る と され る
︒
①普 通 の 金 剛 石
︒② ボ ー ラ
スbollas
︵ボ ル ツBortzbort
と も
︶︒
③ カ ー ボ ネ ー ドcarbonado
の 三 種 で あ る
︒﹃ 本 草 綱 目
﹄の
﹁ 釈 名
﹂ に 挙 げら れ て いる
﹁ 金 剛鑚
﹂ は
︑こ の
②の ボ ー ラス
︑ ま たは
③ の カ ーボ ネ ー ドで あ り
︑砂 状 に なっ た 金剛 石 の こと で あ る︒ 西 岡 薫 祐 著
﹃宝 石 の 話
﹄︵ 古 今 書 院 昭 和 七 年︹ 一 九 三 二
︺刊pp.112
−23
︶ には
︑ ボ ル ツ
︵Bortzbortboart
︶︵ ボ ル ト︑ ボ オ ル ト と も 云 ふ
︶ 暗 黒 の 不 完 全 結 晶 の も の で
︑ 屡 々 放 射 状 構 造 を な し て 居 り
︑ 半 透明
︑ 又 は不 透 明 のも の にて
︑ 質 悪く 装 飾 石に も な ら ぬ 金 剛石 を ボ ルツ と 云 ふ︒ 粉 末と な り たる ボ ル ツは 金 剛 三 七
石を 磨 く に用 ひ ら れ︑ 大 きな も の は電 球 の フィ ラ メ ント に 用ふ る 細 い針 金 を 引く ダ イス
︵dies
︶ や 硝 子切 に 用 ふ︒ と あ り︑ 益 冨 寿之 助 氏 の﹃
新 註 校 定
国 訳本 草 綱 目﹄ の 注 にも
︑ ダイ ヤ モ ンド の バ ラエ テ イで
︑ 不 純な た め 黒│ 灰 色 を呈 し 不透 明 で
︑劈 開 が なく
︵ 普通 の ダ イヤ は 劈 開完 全
︶ その た めダ イ ヤ より 硬 く
︑そ の 粉末 は ダ イヤ を 研 磨す る の に用 い ら れ る ボ ー ラ
スbollas
︵ 注 略
︶ や カ ー ボ ネ ー ドcarbonado を指 し て いる よ う であ る
︒思 う に 金剛 鑚 の 名は
︑ 金 剛石 を 鑚す る 上 記変 種 に 対す る 呼称 な の かも し れ ない
︒ と あ る が
︑既 に 江 戸 時 代 に お い て も﹃ 遠 西 医 方 名 物 考 補 遺﹄
︵ 宇 田 川 榛 齋 著
・ 宇 田 川 榕 菴 校 補
︑天 保 五 年
︹ 一 八 三 四
︺ 刊︶ に
︑ 天然 純 粋 ノ炭 素 ハ 金剛 鑚 ナリ
︒ 故 ニ明 亮 ノ 宝石 ナ レ ドモ 焼 テ黒 色 ト ナル
︒ 是 ヲ以 テ 炭素 一 ニ 金剛 鑚 素 ト名 ヅ ク
︒或 云 金剛 鑚 ハ 炭素 ト 光 素抱 合 シテ 成 ル
︒○ 或 云 炭素 ハ 純 粋特 立 ノ者 ナ ク 皆他 物 ヲ 帯ブ
︒ 金剛 鑚 ト 雖モ 酸 素 アリ
︒ 金 剛鑚 千 分 ハ 炭 素 六 百 四 十 三 分︑ 酸 素 三 百 五 十 七 分 ニ シ テ 成 ル︒
︵ 下 略︶
︵ 巻 八﹁ 炭 素
﹂︶ と い う説 明 が ある
︒
とこ ろ で
︑日 本 に は﹁ 金 剛石
﹂ も
﹁金 剛 鑚
﹂も 産 し ない
︒ た だ
︑﹁ 金剛 鑚
﹂ と同 様 の 用途 で 用 いら れ てい た 鉱 物が あ り
︑﹁ 金 剛 砂﹂ と 呼 ばれ て い た︒ 金 剛 砂 コム ガ ウ サ コ ムガ ウ シ ャ
︵﹃ 色 葉 字類 抄
﹄︶ 用レ
之 鑚二
水 精 硝 子 及 諸 玉 石一
︑ 凡 磁 器 欲レ
穿レ
孔 者
︑ 先 以二
金 剛 砂 一 撮一
在二
其 処一
︑以
二
杉 木 錐一
揉二
穿 其 処一
︑屡 而 為レ
孔
︑ 一 異也
︒
︵﹃ 和 漢 三 才図 会
﹄︶ 玉 石 具 御 幸 町 三 条 北 多二
玉 人一
︑ 水 精 并 珍 石 以二
金 剛 砂一
磨二
琢 之一
︑作
二
雑 物一
︑ 是 謂二
玉 屋一
︒ 金 剛 砂 出レ
自二
大 和 国 金 剛 山一
︒
︵﹃ 雍 州府 志
﹄六
︶ の こ ぎ り︿ 登 切 之略
﹀ に 金剛 砂
︿和 州 金 剛山 出 之 砂也
﹀ を 塗 て 玉 石の 類 を 切な り
︒
︵﹃ 譬喩 尽
﹄四
︶ 金 剛 山 ノ金 剛 砂
︵ 松 江重 頼
﹃ 毛吹 草
﹄︶ この
﹁ 金 剛砂
﹂ が
﹁金 剛 石
・金 剛 鑚﹂ に 同 定さ れ て いた
︒ 寺 島 良 安 の﹃ 和 漢 三 才 図 会﹄
︵正 徳 二 年
︹一 七 一 一
︺序
︶ の
こ ん が う し や う
さ ん
﹁金 剛 石 金 剛 鑚
﹂の 項 は
﹃本 草 綱 目
﹄︵ 石 部︑ 石 類
︑ 金 剛 石
︹集 解
︺︶ の 文章 を 引 用し た 後︑ 次 の よう に 述 べて い る
︵東 洋 文 庫
﹃和 漢 三 才図 会
﹄ 平凡 社 の 現代 語 訳に よ る
︶︒
か わ ち
に じ ょ う
△ 思 う に︑ 金 剛 石は 河 内 の二 上 嶽の 谷
︹ すな わ ち 山田 村 領
三 八
内
︺ か ら 出 る
︒ 粗 細 い ろ い ろ で
︑こ れ を 用 い て 水 精
・
ビ イ ド ロ
き
硝 子 お よび 諸 玉 石を 鑚 る︒ 磁 器 に孔 を あ けよ う と すれ ば
き り
ま ず 金 剛砂 一 つ まみ を その 場 所 にお き
︑ 杉木 の 錐 でし ば
う が
し ば も み穿 つ と 孔が あ く︒ 一 つ の不 思 議 であ る
︒
︵雑 石 類︑ 金 剛 石︶ ま た︑ 貝 原 益軒
﹃ 大 和本 草
﹄︵ 宝 永五 年
︹一 七
〇 八︺
︶ にも
︑ 金 剛 鑚 典 籍 便 覧二
曰 一 名ハ
金 剛 砂
︒出
二
西 番 深 山 之 高 頂 人不
一レ
可レ
到云 々 今 人 以レ
之 刻レ
玉ヲ
補レ
瓷 故 曰レ
鑚○ 河 内 国 金 剛山 下 ヨ リ出
二
金剛 砂一
︒ 俗 ニア ヤ マ リテ コ ンガ ウ シ ヤウ ト 云︒ 同 国 飛 鳥 川 ニ モ ア リ
︒未
レ
聞二
他 土 之 所一 レ
産︒ 大 和 ニ モ 飛 鳥 川 ア リ︒ ソ レ ニ ハ 非 ズ︒ 是 ヲ 用 テ 玉 ヲ ス リ 石 ヲ ミ ガ ク︒ と あ り︑ 江 戸 時代 中 期 に中 国 の博 物 学 を集 大 成 した 形 で 編纂 さ れ て いる 百 科 全書
﹃ 庶 物類 纂
﹄に お い ても
︑ 金 剛 石 一 名 削 玉 刀
︿ 太 平 御 覧
﹀ 一 名 金 剛 鑚
︿本 草 綱 目
﹀ 一 名代 羅 闍︿ 西 域 記﹀ 一 名 金剛 砂
︿ 華夷 花
コ ム カ ウ セ ウ
本 考
﹀ 俗名 各 毋各 蕪 舎 蕪︿ 河 内 州﹀ と あ る︒ 漢 籍の 文 章 だけ で 判 断す る しか な か った 当 時 の日 本 に おい て
は
︑同 じ 用 途 で 用 い ら れ
︑同 じ よ う な 名 を 持 つ
﹁金 剛 砂
﹂ を
﹁金 剛 石
・金 剛 鑚﹂ に 同 定し た の は無 理 の ない こ とで は あ るが
︑ や が て
﹁金 剛 砂
﹂ は 漢 名
﹁ 合 玉 石
﹂ で あ り
︑﹁ 金 剛 鑚
﹂と は 別 の もの で あ ると 訂 正 され る こ とに な る︒ 鉱 山 学の 家 系 を嗣 ぐ 佐 藤 信 景 と そ の 孫 信 淵 に よ る
﹃ 土 性 弁
﹄︵ 享 保 九 年
︹ 一 七 二 四
︺ 序
︶に
︑ 合 玉 砂 一名 那 玉 砂︑ 俗 に 金剛 砂 と云 ふ
︒ 玉石 類 を 磨礪 す る 沙 な り
︒稜 角 あ りて 極 て 堅硬 な る沙 な り
︒黄 赤 色 と赭 黒 色 な る も 有て
︑ 大 なる 者 にて
︑ 玉 器及 び 硝 子等 を 彫 画す る に 宜 き を 以 て
︑ 或 は
﹁ ギ ヤ マ ン
﹂ 石 と 呼 ぶ︒ 今 河 内 の 金 剛 山
︑ 及 和州 伊 駒 山︑ 丹 波︑ 丹 後
︑伊 予
︑ 土佐
︑ 其 他諸 国 よ り 出 づ
︒讃 岐 の 香川 郡 には
︑ 頗 る大 塊 に して 五 六 分以 上 な る を 生 ず︒ と あ り
︑小 野 蘭 山 の
﹃ 本 草 綱 目 啓 蒙﹄
︵享 和 三
〜文 化 三 年
︹ 一 八
〇三
│
〇 六︺ 刊
︶ にも
︑ 金 剛 鑚 ハ金 剛 石 ノ一 名 也︒ ギ ヤ マン 石
︒
︵鉛
︶ 今 玉 工 用 ル 所 ノ 金 剛 シ ヤ ウ ト 呼 者 ハ
︑ 合 玉 石
︿ 青 玉 附 録
﹀ ニ シ テ
︑本 条
︵ 金剛 石
︶ トハ 別 ナリ
︒
︵ 金 剛石
︶ 合 玉 石 ハ︑ コ ン ガウ セ ウ
︑色 赤 黒キ 砂 ナ リ︒ 又 黄 赤色 ナ ル 三 九
モア リ
︒ 形多 ク 稜 角ア リ テ︑ 玉 石 ヲ切 或 ハ 磨ク ニ 用 ル砂 ナ リ︒ 河 州 ノ金 剛 山
︑和 州 ノ生 駒 山 等ヨ リ 出 ス︒ 又 丹 後︑ 土 州及 諸 州 ニア リ
︒ 讃州 ニ ハ大 塊 四 五分 ナ ル 者ア リ
︒ 又天 工 開 物 ニ︑ 解 玉 砂 ト 云
︑ 通 雅 ニ︑ 那 砂 ト 云 モ
︑ 皆 此 物 ナ リ︒
︵ 青 玉︶ と あ り︑ さ ら に小 野 職 孝︹ 一 七七 四
│ 一八 五 二
︺の
﹃ 綱 目多 識 編
﹄︵ 東 洋文 庫 蔵
︶に も
︑ 金剛 シ ヤ ウ 合 玉 石
︿本 草 綱 目青 玉 附録
﹀ 解 玉 砂︿ 天 工 開物
﹀ 玉 石 ヲ 伐リ 磨 スル ノ 砂 ナリ 粒 ニ 大小 ア リ 大ナ ル 者 ハ黄 豆 ノ 如 ク 小ナ ル ハ粟 粒 ノ 如シ
︒ 質 堅硬 シ テ 紫赤 色 稜 角ア リ テ 物 ヲ キル ニ 利ア リ 土 州産 ハ 赤 ヲ帯 フ 讃 州産 ハ 紫 色ヲ 帯 フ 本 草 書 青 玉 附 録 云 玉 須 此 石 碾 之 乃 光
云 々
一 名 碾 玉 砂 ト 云 と あ る︒
﹁合 玉 石﹂ は
︑ 右の 引 用 文に あ る よう に
︑﹃ 本 草綱 目
﹄ の﹁ 青 玉
﹂ 項 の﹁ 附 録
﹂ に﹁ 此 即 碾 玉 砂 也︒ 玉 須二
此 石一
碾レ
之 乃 光
す
︵ これ は 玉 を 碾 る 砂 の こ と で あ る︒ 玉 は こ の 石 で 碾 り 磨 い て 光 が 出 る
︶﹂ と 説 明 さ れ て い る も の で あ る
︒ 以 降︑ 金 剛 砂 は 合 玉
石 に 同 定 さ れ る こ と に な る が︑ 白 井 光 太 郎 考 註﹃ 大 和 本 草
﹄
︵有 明 書 房 一 九 三 二 刊
︶の 頭 注 に
﹁ 脇 水 曰 河 内 金 剛 山 下 ニ ハ 金 剛砂 ヲ 産 スル コ ト ナシ
︑ 金 剛砂 ヲ 産ス ル ハ 金剛 山 ノ 北三 里 ナ ル 大和 二 上 山ノ 麓 ニ シテ 二 上 山大 字 穴虫 ト イ フ所 ナ リ
︒飛 鳥 川 ニ 産ス ト 云 フモ 何 カ ノ訛 伝 ナ ラン
﹂ とあ り
︵ 脇水 は
﹃ 頭注 国 訳 本 草綱 目
﹄ 第三 冊 の 薬名 標 目 の和 名
・学 名
・ 英訳 名 を 校定 し た 脇 水鉄 五 郎 氏で あ ろ う︶
︑﹁ 金剛 砂
﹂ を﹁ 石 榴 石ヲ 粉 末 トセ ル モ ノ
﹂と す る
︒以 降
︑ この 金 剛砂 は 石 榴石 と す る説 が 採 られ て い る
︒ 以 上 の よ う に︑ 本 草 学 に お い て は﹁ 金 剛 砂﹂ ま た
﹁ 金 剛 鑚
﹂ と 同 様 に 玉 を 擦 り 石 を 磨 く 堅 い 砂 で あ り
︑﹁ 金 剛 石﹂ も ま た
﹁金 剛 の石
﹂ す なわ ち 堅 い石 で し かな か っ たの で ある︵
!︶
︒ 4
舶来 の 金 剛石 西
川 如 見 の﹃ 増 補 華 夷 通 商 考
﹄︵ 宝 永 六 年
︹一 七
〇 八
︺刊
︶
ヲ ラ ン タ
に 阿蘭 陀 の
﹁土 産
﹂ の一 つ に
﹁ギ ヤ マン
﹂ を 挙げ
︑ 又 デ ヤ マ ン と も 云
︒ 其 色 紫 赤 多 し
︒ 鉄 槌 に て 打 て も 砕 け ず
︑ 金 剛石 菩 薩 石の 類 な りと 云
︒
四
〇
と 見 える
︒ こ れが 西 洋 の﹁ 金 剛石
﹂ の こと を 記 した 我 が 国最 初 の 文 章 で あ ろ う
︒ 続 い て﹃ 和 漢 三 才 図 会
﹄︵ 正 徳 二 年
︹一 七 一 一
︺ 序︶ に
︑ 一 種 有二
伽 曼 玉一
正 字 未 詳
︒ 黒 色 而 似二
燧 石一
而 有レ
稜
︒ 甚 堅 剛︑ 用レ
之 彫二
鑿 玉 石 磁 器一
皆 如レ
泥 任レ
意
︒自
二
阿 蘭 陀一
来
︒ 疑 彼 国金 剛 石 之類 矣
︒
ギ ヤ マ ン
一 種 に伽 曼 の 玉︹ 正 字未 詳
︺ とい う の があ る
︒ 黒色 で
ひ う ち
か ど
形 は 燧石 に 似 てい て 稜が あ る
︒甚 だ 堅 剛で
︑ こ れを 用 い て 玉石
・ 磁 器を 彫 り鑿 つ と 泥を 彫 る よう に 意 のま ま に 彫 れる
︒ 阿 蘭陀 か ら運 ば れ てく る
︒ 恐ら く は これ は 彼 の 国の 金 剛 石で あ ろう
︒
︵雑 石 類︑ 金 剛 石︶ と 見 える
︒ 実 際に 西 洋 の﹁ 金 剛 石﹂ が 日本 に 舶 来し た の は十 八 世 紀以 降 の こ と の よ う で
︑ 平 賀 源 内 の﹃ 物 類 品 騭
﹄︵ 宝 暦 十 三 年
︹ 一 七 六 四
︺刊
︶ に
︑
○蛮 産 デ ヤ マ ン
︑ 壬 午 主 品 中
︑田 村 先 生 具レ
之︒ ソ ノ 大 サ
ユ ビ カ ネ
二 分 許 是ヲ 指 后 ニ着 ク
︒其 ノ 質 水精 白 石 英ノ ゴ ト シ︒ 至 テ 明 ノ 徹ナ リ
︒ 照レセ バ
之
︑ 遠近 左 右 悉ク ウ ツル
︒ 然 ドモ 近 世 偽 造 スル 物 多 シ︒ 試ル レ
之ヲ
法
︑ 鉄 椎ヲ 以 テ撃 テ 傷 ザル ヲ
真 ト シ︑ 或 ハ 焼赤 シ 醋 中ニ 淬 シテ 如ク レ
故ノ
酥砕 セ ザル 等 ノ 法 ア リト イ ヘ ドモ 此ノ
物 世 人甚 珍 ト ス︑ 其ノ
価 数 十金 ヨ リ 百 金 ニ至 ル 故 ニ容 易 ニ 試ガ タ シ︒
︵ 金 剛石
︶ と 書か れ て いる
︒ た だ︑ 当 時 はギ ヤ マン を 実 際に 見 る こと は 稀 で
︑誤 解 さ れ る こ と も 多 か っ た よ う で︑ 右 の 説 明 に
﹁照
レセ バ
之
︑ 遠 近左 右 悉 クウ ツ ル
﹂と あ る のは
︑ 木内 小 繁
︵石 亭
︶ の﹃ 雲 根 志
﹄︵ 安 永 元 年
︹一 七 七 二︺ 刊
︶ の﹁ ギ ヤ マ ン
﹂の 項 に 次 の よ う にあ る よ うに
︑ 誤 った 伝 聞 によ っ たも の で あろ う
︒
つ た へ
蛮 物 ナ リ︒ 和 産 共に 産 所 をき か ず︒ 伝 云 ギヤ マ ン を持 て 石 鉄 焼 物 等に 彫 物 をす る に 泥の ご とく や は らか な り と︒ 是 ま で ギ ヤ マン と い ふ物 数 百 見た り
︒い ま だ 真物 を 見 ず︒ 明 和 三 年
︵ 引 用 者 注
│一 七 六 六 年
︶ 戌 五 月 十 八 日 会 に 出 た り
︒ 予 真 偽 を し ら ず
︒ 或 人 云 阿 蘭 陀 に 八 方 目 鏡 と い ふ も の あ り
︑ ゆ びが ね に 付て 我 う しろ を うつ す 鏡 なり
︑ 是 と取 違 へ 覚 た る 人有
︑ 別 のも の 也
︑と
︒ 又或 説 に ギヤ マ ン は石 の 名 に あ ら ず︑ か た き鉄 石 やき 物 に ほそ き こ とを ほ り たる を ギ ヤ マ ン ぼり と い ふ︑ と
︒此 説 尤 なら ん か
︒か た き 物を ほ る の 石 あ らば す な はち ギ ヤマ ン な らん か
︒
︵ 巻二
・ 采 用類
︶ 四 一