九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
コホウセイザッキ
金田, 平一郎
九州大学法文学部 : 教授
https://doi.org/10.15017/1223
出版情報:法政研究. 15 (3/4), pp.97-103, 1948-03-30. 九州大学法政学会 バージョン:
権利関係:
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今日中津市の小幡記念圏書館に奥手中津藩闊係の古記録が多敷保管されてゐるが︑その中に﹁惣町大帳﹂と題す
る中津町政の記録が在する︒本記録は記事年代享保より文久に及び︑その冊数一
0
七︑各冊美浪版型概ね敷百枚の大冊
であ
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て︑
微川時代. の町方史料とて貴重なものと去はねばならない︒
此﹁惣町大帳﹂の中に︑徳川中期の中津藩の盗物質入に闘する法制︵それはすべて質屋に闘するものであるの
ヱ︑厳格には質の一般法ではなく質屋法である︶を偲ふる記事が散見するので︑以下にそれ等を狐して︑その枇酪
を窺つて見ようと思ふ︒
為 ︐
.
九州大學法文學部九州文化史研究所は︑先年﹁惣町大帳﹂の抜率を作成したが︑以下の掲出資料は︑
四
中津藩の盗質法
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古
]1法
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制
維 料 [
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九七
金 田
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I•此 抜 率 書
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一 郎
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﹁惣町大帳法制安料抜書一
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に依つて引用する︒
享保三年六月晦日の記事に
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ー資永六年丑ノ四月御町奉行本田元エ門殿
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被仰付候^惣面町中へ武具馬具の質物取候節^質主主人へ悔二鉗談仕其上ー一面取可申候たとひ家来廂便^不及申質主之兄弟たりといふ共質主二約岡ならて^堅武具馬具之質取申間 敷候目然盗候武具馬具之質物取濫候而以後湘細候節ハ三ツ一ツ宛之損二被仰付候﹂ごニッ
︑ 一ツのいたし様
ぐ或
元
銀三拾目
質
やふ借り来候時^置主ふ拾匁出し使之者ふ拾匁出し質やふ拾匁出し合三拾目二而右之質物受可申候其 上御詮 惑彼成質
や使の者共二曲事可被仰付由被仰付候己上﹂塗質之義先格相極リ居甲候也御書付被成御紅之衆中
・
ヽ御公儀様へ御上ケ被成候次第﹂一惣面町中
︳一取置申質物之儀尤
塗質
と ・ 存候面
^取不申候取置候質物之内自然盗 質︱︱取常申候以後盗人
︐︱
‑逢
申先
方槌
︱︱
知レ
其
?無紛上ハ
︐利合ハ
質や之損
二仕
元銀
︱︱
而受
さぜ
申.
事
一 品 砂
座候以
上﹂
'
費永六年丑四月
' と先す見えるが︑
之に依つて少くとも簑永時代の中都湘盗質法が賎へるであろう︒
右の記
軍
の前
半は
︑ 武具馬具なる特殊物品の質入に騨する特則を示すものであり︑後半盗質元金請戻が益質の一
.
般法であったと考へてい
4であろう︒ 次いで賢府八年五月廿八日の記事は︑
﹃右の盗質元金請戻法が︑寃保四年二月︑質入盗品が領内の物であるか︑領
外の物であるかに依つて︑廠別を附けることにし︑前者に就いては元金請︑後者
t
就いてば元利支彿の上請戻すと 讐制度に改めら汎たことを偲へ︑而して此新法が更に貿暦八年・六月五日町年縮の意見を参酌して︑改補されたこ
ヽ ー
.
し 占
とを数へる︒
•1
九九
尚ほ︑上記の寛保四年二月の盗質法にもか
4わら中︑至札は多敗
盗
品の質取
専
件ではあったが︑盗
質
無賞返
遺を
/
命ぜる哉対茄なさ礼たらしく︵町年脊意児
害
に見える古博多町和泉や善作儀右エ門盗品質取
寓
件に隣する記
甫に
依 つて推潤し得ら札る︶︑町年寄はその一妓原則となることを惧^砂て︑次掲の如き意見
書
を提出︑之に基づいて改補 ぜられることとなったこと矛知ら札るのである︒
蝙
扱て︑そのな見
書
は相常の長文であるぶ︑資
層
八年法の成立の趣旨炉分明し︑
.営時の世情の一端を窺はしむるに 足るものと思はれるので次に全文掲出すると︑
乍恐申上侯口上之覺﹂一於町場質商燦位候
者自然盗質
収澄候逗盗質=一相究リ候而請
︐かへし申候節請銀取遣之
義御
尋 被 遊 熊
1一付乍忍申上候﹂一盗質之義︿前分
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元銀請かへさせ申俣虞寃保四年子二月一一被伺
渡 條
ハ碍頒分中之沈呼
質吝義ハ元銀︱︱而請させ他領之盗ミ質ハ元利相揃諮させ候様︱︱仰渡候然所池所之盗質利分収不申元鎌請︱︱被何付
候様
︱‑
. 罷成候而ハ質商質伍璧翌へ此己後難儀之筋︱︱寵成申候趣意ハ方便ヲ以質物椰渡候而は質商究仕候者共不慮
之損毛仕條様二罷成候尤御領分中之義渚御詮澁被伺付條祠儀御座侯得共︵者か︶明白︱︱も盗質之子細祖知申候他 所盗質之義者先方§御上江御沙汰も窯之相戦=︱‑嬰賛と相究元銀請︱︱礎成申候而ハ自然不塵︱漬毛之義も出来可
︐
仕点震候右難澁之子細ヲ以其段御願申上候ハヽ御詮淡ぶ被為仰付可被下置御儀と奉存候へ共應靡翁之義縛上 御厄介=罷成候御儀恐多奉存候而相四︱而内清仕候様二罷成申候而ハ質商賓仕候者難儀仕俣尤他所
i
持参之質物 取車候節請合人等相立候趣
. ︱‑糖成候皿は他領ふ御常地へ質物持参
9
者雙ハヶ敷義と存侯両唯今迄参り来り候他所
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質次第一一相減可申と奉荏候其上質物御常地へ持参仕候得は外賣買之義も多ク罷成申候義労以質物取方之義迄事六 ケ敷罷成候而ハ了墜寛買筋相減申候様ー一罷成可申候︱︱付右難澁之趣如此二御座候併此度古博多町和泉や善作儀右 エ門右雨人方質物之儀塗質と存申候而は取置不申義=一存候得共質物之口叩々数多貧銀等も少々之義に而も無御座手 日取遣リ之質物とちかい申候儀吟味も不仕其上置主等之儀も一段と存不申者持参之品ご筋=ー取申候義無念之致方
=一御座條たとひ元利受取不申差かへし申候様︱︱被何付候而も向後盗質之義元利共︱︱諮取不申候て質物相渡申候様
︱︱懺成申候而は町場質商賣仕候者共至極難澁乙義︱︱罷成申候︱︱付前以被仰付候通御領分中盗質之義^元銀︱︱て請 返させ他領質物之義は元利相揃請返させ候様=一仕度奉存候且又新博多町大坂や藤蔵二見や浦蔵古博多町米や勘七 方取置申候盗質之儀ハ貨銀等も礎之締質物も品熊数御座候う付右和泉屋善作義右エ門同様之趣=ハ御座有間敷義 と奉存候﹂右御尋二付乍恐申上候町場質商賓仕候者共相立申候様に仕度此段申上候﹂丑五月町年寄 績いて︑六月五日の記事に改補新法が見えるのである︒
即ち躙朕﹂一益質物之義:
. . . .
御上御詮儀之上二而盗物=相究リ侯ハ格別其外は前々之通御領分盗質ハ元受他領盗 質ハ元利受取可申候 本隅肱は︑'裳局より益質と裁断せられた場合は︑盗品質取主は無償質物返還︑常票者間にて盗質の故を以て請戻 す場合は︑領分盗質は元金請︑他領盗質は元利を以て請戻すことと瞑むべきものであろう︒
同年十一月二日の記述は︑右の新法に封し︑更に町年寄より注文が出された事を卸らせる︒
乍恐口上之覺﹂一盗物質物=一取候節﹂御上御詮義之上=一而被仰付候塗質︿元利受取不申差戻し候様二先逹面被仰
,し・
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付候一一付此度班町油や伊兵衛方質物之義元利受取不申差戻候採被仰付奉畏候然所右伊兵衛方二取置候質物之盗人 相知申候義二御座候ハ︑左候ハ︑元利共受取不申差戻させ候様︱︱仕度奉存倹盗ミ質とはかり御聞
︑ 二相逹御詮義之
上︱︱而被仰付候御義二御座候^︑此度差戻し候義延引被仰付候様奉願候右盗人捕候欧又ハ盗人之名協二相卸候義 御聞︱ー逹候迄右質物取主伊兵衛方へ預り置候抜仕度奉存候何品︱︱
' ょらす盗質典斗申上候面元利共受取不申差戻し
候様御座候而ハ質物商賓仕候者難義=相成候質物商寮之義相減差
岡︱ーも罷成可申義と
奉存候=一付乍恐此段申上候
己上﹂寅十一月﹂町年寄
此町年寄の希望意見は︑常局の裁翫にて盗質と決定せる場合は盗質無償返逗なる資暦八年法に︑本法の適用は常
該塗品クの盗人が捕へられるか或はその何者たるかが分明せる場合に限ると云う條項を添加され度しと云うものであ
つて︑官暦八年法の適用をなるべく局限し︑以て質
取主の危険負控を轄減せんとするものであった隣であるが︑此
意見は採用もら札たか︒今明證を欠くが︑前掲記事に績いて︑十二月廿五日の條に[﹄白
' f
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一坊主益之物古博多町高島や利右エ門泉屋條右エ門方へ質物=ご入有ぇ候品龍松寺うせ物ご一相究リ候由今日詞松寺
ヘ相渡候旨典頭六右エ門棘聞グ鉱藤右エ門様へ申上候但し元利すたり申候云々
"、:;`.-`•3、 とある具休例に依つて︑右の町年寄意見は採り上げられヽ制度化されるに至ったものと推定し得られるかと思ふ︒
蓋し︑本事件に於て︐
︑盗品質取主の盗品無償返逗︵﹃元利すたり﹄︶責任は︑その質入盗品の盗人が︑﹃坊主﹄で あることが判然して居た事に基因するものと︑理解してい
4様に思へるからである︒..
下つて明和七年正月廿四日の記載によると︑重ねて町年寄の盗質法改正意見が提出せられたのである︒即ち
‑0
‑
又 ︑
4主正月二十八日?の條に
一筵︑質之義此間之害付之義御噂被成侯趣取次憧主並質屋一デグ一損興申義ハたとへ^百文の莉乞嬰一拾三匁︳二分
‑ 1一厘︳︱‑毛苑相辮侯儀=一在之侯哉典御謬被遊侯吉石エ門申上候は御意之岨︱而御座候叉々御滋被遊候は取次なき質 物ハ如何致條哉百匁之内五拾=て相演す趣︱︱候哉奥御雰被遊候吉右エ門申上候ハ盗ミ質之義ハ無取次一二直=置候 者ハ有之間敷殿と奉存倹夫故私始同役共茂心付不申候段申上候此段御知セ申謹候
1 H 々 但し︑此煎見が制度化せら几たか否かは分明でない︒尚ほ︑右意見書に見ゆる盗質﹃取次謹主井質屋︱︱︱ケ一損﹄
なる方法は︑本締胃頭に違べた武具馬具盗質に於ける責任分招法と全然同一である隣であるが︑今次の意見に於て は︑元来特別法たりし批責任分寮閥を︑一般的原則として用ゐんとするものであったと見られる︒
. . ︐
` ︐ 以上児た限●に於ても︑中津藩の盗質法ば用意周到なる法閥であったと云ふべく︑面してその成立に常つては︑
町年寄の力に負ふところ少くなく︑町年寄は常に質取主の利盆硫保を忘れなかったことが知られるのである研典
味ある群貨と
1~ふべきであろう。
f`•J 此塗質法其後の運倫に就いては︑今知るところがない︒
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又その早期の制度に就いても︑之を詳らかになし得ないのである︒しかし︑仝上六月廿九日の條に︑寛永二十年
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一盗ミ質之義只今迄之通無請錢=一質物指返し餞叩︵質屋共難澁仕候何卒以御慈悲御詮儀之上盗質一一相究候節は元 銀 札
竺
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指返し候媒ーー被仰付屯奉存候又は盗物質物一一取候節は均質屋三ケ一受銀之内相辮さを相茂
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︱ ー ケ ー
1之虞 半分^取次之者指出相茂ル所涅主ヽ指渇右質物謹主方へ指返し候様︱︱仕度奉存候云々
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ヽ ヽ
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鼻﹄ 申四月廿一庄澤渡志摩より惣町中年寄中苑の書付が掲げられて居り︑その中に盗質法が見える︒次に記して参考に供しょう︒その原則は簡略であり︑盗質元金請戻制であり︑ 9
それには何等上記の如き條件を伴はなかったのであ
一町中二取憐候質物の内自然盗物之沙汰可有之由?・ケ條二載せ候間此旨ヲ可相守事﹂一武道具馬道具或ハ衣類滋
道具念の入たる高直成もの惣別其身二不駆質物逍具はつしたる刀脇さし目貰こうかい小刀能??巾着の類迄持米
暢候^ヽ其人ヲ改於不宜之者へ受人ヲ立可取置候自然本主出来候^ヽ則置手又C受入ヲ引合其上借銀元分本主¢諮
取質物可相渡候其刻謹手をも衣存請人茂無之旨於申は曲事=一可申付候専﹂ーもめん着類の訂
帷手
唸鯰
︱︱
至迄
沐主
慶於理リ申^偕札のことく元銀受取其`主ヲ能改本主=一於究は可相渡候自然其罹手ヲ存し見伽條ハヽ隙密竺皿志
︑際守所へ.紐度可申問候事
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