博士(農学)小林 謙 学位論文題名
トリ羽毛の形態形成に関する研究
― 羽 毛発 生 初期 に お ける 細 胞外 マ ト リッ ク ス の役割 一
学位論文内容の要旨
皮膚付属器官である卜りの羽毛は、その複雑な形態に因る優れた断熱材として利用さ れる一方、形態形成が表皮と真皮の相互作用によって進行するために器官形成の研究モ デルとしても多用されている。しかし、近年、幹細胞に対する分化誘導性をはじめとす る多 様な生物 活性が注 目されて いる細胞 外マトリッ クス(ECM)の羽毛発生時の役割に 関す る研究、特に血函ぬりにおける詳細な検討はほとんど行われていない。個々のECM 成分は、器官形成に際し各々に異なる役割を果すことが明らかにされつっあり、再生医 療や細胞工学分野では様々な利用が可能な生体材料として期待されている。そこで本研 究で は、羽毛 の発生初 期におけ るECMの役割 解明を目的 として、 まず血ガVOでの羽毛 発生 に伴って 時間的、 空間的に 特異な局 在を示すECMを 検索し、 羽毛発生への密接な 関与が示唆されたVI型コラーゲンとフィブロネクチンの具体的役割を、新たに開発した 血vitroの 実験系である再構成ヒフと再構成ゲルヒフを用いて検討し、以下の知見を得 た。
1.こワ トリ胚皮膚においてVI型コラーゲンは、表皮プラコード形成段階では表皮と真 皮の境 界部に局 在してい たが、羽 毛原基が形成されると羽毛形成領域の表皮真皮境 界 部 か ら拡 散 して 神 経 細胞 接 着 分子(NCAM)陽 性 の 真皮 細 胞が 密 集 している 真皮 コンデ ンセーシ ョン領域 に存在す るようになり、羽毛原基が隆起すると再び皮膚全 体の表 皮真皮境 界部に集 中すると ともに羽毛原基の頭部側真皮領域にも局在してい た 。 ま た、羽 芽形成以 降のVI型コラ ーゲンの 局在は、NCAM陽性の真 皮細胞が 密集 した羽 芽の尾部 側基部に 推移した ことから、羽毛発生初期のVI型コラーゲンは、羽 毛 の 形 態 形 成 にNCAMと 共 に 密 接 に 関 与 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。 2.表皮プラコード形成段階では表皮直下の真皮に存在してんゝたフィブロネクチンは、
羽毛原 基が形成 されると 羽毛形成 領域の表皮真皮境界部とコンデンセーションに局 在する ようにな り、羽芽 形成後に は羽芽頭部側のプラコード直下と尾部側基部の真 皮領域 に偏在し 、羽芽が 伸長する と羽芽の真皮全体に存在していた。加えて、これ らの発 生過程を 通じて羽 毛形成領 域の真皮細胞周囲における局在が顕著であったフ ィ ブ 口 ネクチ ンは、羽 毛発生初期 の真皮細 胞との直 接的な関 連性が示 唆された 。 3.真皮 細胞のECM環 境を人為 的にコン ト口ール 可能な血vitroの 羽毛発生モデルとし
て、皮膚から剥離した表皮層と単離した真皮細胞を用いた再構成ヒフおよび真皮層 にコラーゲンゲルを用いて作製した再構成ゲルヒフは共に、組織化学的に器官培養 皮 膚と類似 した羽毛を形成した。また、再構成ヒフでは、一旦解除されたECM環境 が 生体に近 い状態に再構築されており、再構成ゲルヒフのコラーゲンに異なるECM 成 分を 混 合 した 場 合、ECM成 分毎 に 形成 さ れ た羽 芽 の形 態 やECM環 境 の 再構 築様 式 が異なっ ていた。従って、新たに開発した両ヒフは、羽毛発生初期の個々のECM の役割を詳細に検討する有効な手段と判断された。
4.再構成ヒフにVI型コラーゲンを液相で添加すると、羽芽の伸長が促進された。また、
真皮細胞のVI型コラーゲン蓄積量を優先的に低減することを明らかにしたコラーゲ ン 合成阻害 剤EDHBを器官 培養皮膚 の培地に添加すると、羽芽は伸長せず、羽芽基 部 のNCAM陽 性 細胞 も 減 少し た が 、液 相M型 コラ ーゲ ンの培地 への添加に より、こ れ らEDHBの 阻 害作 用 は 緩和 さ れ た。 し かし 、 この 添加効果 はI型やIV型コ ラーゲ ンでは認められず、VI型コラーゲンが羽芽の伸長促進作用を有していることが明ら かとなった。
5. 一方、固 相のVI型コラーゲンが再構成ゲルヒフに高濃度で存在した場合、羽芽の伸 長 は抑制さ れ、抗VI型 コラーゲ ン抗体を 再構成ヒフの培地に添加してVI型コラーゲ ンの作用を阻害すると、羽芽の形状は細長く変化したことから、VI型コラーゲンは、
羽芽の形態形成に抑制的にも作用していると考えられた。
6. 上記VI型コ ラーゲンの促進と抑制の相反する作用機序を明らかにするため、細胞レ ベ ルで検討 したとこ ろ、液相 のVI型コラ ーゲンは真皮細胞の増殖を促進する一方、
固 相のM型 コ ラー ゲン は細胞移 動を阻害 した。さ らに、V型 コラーゲン は、液相 で も 固相でも 真皮細胞 間の接着 を促進し 、羽毛形成に直接参加する真皮細胞が特異的 に 発現して いるNCAMを活 性化させ た。従っ て、VI型コラーゲンは真皮細胞の増殖、
移 動、NCAM活 性を 制御す ることに よって羽 毛の初期 形成を促 進と抑制の 両面から 調節していることが示唆された。
7. 真皮から 単離した真皮細胞を抗フィブ口ネクチン抗体によって免疫染色した結果、
細 胞膜に沿 ったりン グ状の染 色像が得 られ、フィブ口ネクチンが真皮細胞表面に結 合 して い る こと 、お よび、こ の細胞表 面に結合 したフィ ブ口ネクチ ンは、EDTA処 理 によって 解離し、 外因性の フィブ口 ネクチンと再び結合することが明らかになっ た。
8. フアプロ ネクチン 結合、解 離あるい は再結合した真皮細胞を用いた3種類の再構成 ヒ フで羽毛 の発生を 比較した 結果、フ ィプ口ネクチンを結合および再結合した細胞 を 用いた場 合、コン ト口ール の器官培 養皮膚と同様、羽毛原基は表皮のプラコード 領 域に限局 して形成 され、培 養日数の 経過に伴って伸長した羽芽も形成された。一 方 、フィブ ロネクチ ンを解離 した真皮 細胞を用いた再構成ヒフでは、コンデンセー シ ョンは形 成されず 、元来表 皮に存在 していたプラコードも消失し、羽毛原基や羽 芽 も全く形 成されず 、羽毛発 生初期に おけるフィブ口ネクチンの必要不可欠性が明 らかとなった。
9.また、フィブ口ネクチンを結合および再結合した細胞を再構成ヒフに用いた場合、面 函VO同様に羽 芽の形成 に伴い表 皮のプラ コードから真皮側にテネイシンは移動した
が、フィブロネクチンを解離した場合には、テネイシンは真皮側に移動せずに表皮 表層に存続していた。さらに、表皮のプラコードがフィブロネクチンとの結合性を 示したことから、真皮細胞表面のフィブロネクチンは、羽毛発生初期における表皮 と 真皮 の 結合 も 含め た 相互 作 用を 仲 介し て いる こ とが 明 ら かと な った 。
―1101―
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授
中村 服部 竹之内 西邑
学 位 論 文 題 名
富美男 昭仁 一昭 隆徳
トリ羽毛の形態形成に関する研究
― 羽 毛 発 生 初 期 にお ける 細胞 外マ トリ ック スの役 割ー
本 論 文 は 、6章か らな り、 図33、文 献127を含 む総 頁数120の 和文 論文 であ り、 他に 参考論文3編が付されている。
複雑な形態に因り優れた断熱材として利用されているトリ羽毛の形態形成は、様々な因 子が関与する表皮と真皮の相互作用によって進行することが明らかにされつっある。しか し近年、発生細胞生物学や再生医学の分野において多様な生物活性が注目されている細胞 外マ ト リ ッ ク ス(ECM)の 羽 毛 発生 時 の 役 割 、 特 に個 々のECM構 成成 分の 具体 的な 役割 はほと んど 明ら かに され てい ない 。そ こで本研究では、羽毛の発生初期におけるECMの 役割解明を目的として、而V1 VOでの実験結果から羽毛発生への密接な関与が示唆された VI型コラーゲンとフィブロネクチンの具体的役割を新たに開発したin vitroの実験系を用 いて検討し、以下の知見を得ている。
1.真皮細胞のECM環境が操作可能な面vi troの羽毛発生モデ´レとして、ニワトリ胚皮膚 から剥離した表皮層と単離した真皮細胞を用いた再構成皮膚および真皮層にコラーゲ ンゲルを用いた再構成ゲル皮膚を作成した。両モデルは共に器官培養皮膚と類似した 羽 芽 を形 成し 、再 構成 皮膚で は生 体に 近いECM環境 が新た に構 築さ れ、 再構 成ゲ ル 皮 膚 で は 混 合 し たECM成 分 毎 に 形 成さ れた 羽芽 の形 態やECM成 分の 分布 が異 なっ て い た こと から 、両 モデ ルは羽 毛発 生初 期の 個々 のECMの役 割検 討に 有効 と判 断さ れ た。
2.液相VI型コラーゲンの再構成皮膚培地への添加により羽芽の伸長は促進された。また、
器 官 培 養 皮 膚 の 羽 芽 の 伸 長 お よ び羽 芽基 部に おけ る神経 細胞 接着 分子(NCAM)の 出 現は共にコラーゲン合成阻害剤によって抑制されたが、液相VI型コラーゲンの添加に
より回復した。しかし、I型やIV型コラーゲンはこの回復作用を示さず、VI型コラー ゲンの羽芽伸長促進作用が明らかとなった。
3,一方、固相のVI型コラーゲン濃度が高い再構成ゲル皮膚では羽芽の伸長が抑制され、
抗VI型コラーゲン抗体を添加した再構成皮膚の羽芽は細長く変形したことから、VI型 コ ラ ー ゲ ン は 羽 芽 の 形 態 形 成 に 抑 制 的 に も 作 用 し て い る と 考 え ら れ た 。 4.上記VI型コラーゲンの促進と抑制の相反する作用を細胞レベルで検討した結果、液相 のVI型コラーゲンは真皮細胞の増殖を促進する一方、固相のVI型コラーゲンは細胞移 動 を阻害した。さらに、VI型コラーゲンは、液相でも固相でも真皮細胞間の接着を促 進 し、 羽毛 形成 に直 接参 加す る真 皮細胞 が特 異的 に発 現し ているNCAMを活性化させ た 。 従っ て、M型 コラ ーゲ ンは真 皮細 胞の 増殖 、移 動、NCAM活性 を制 御す るこ とに よ っ て 羽 毛 の 初 期形 成 を 促 進 と 抑 制 の両 面か ら調 節し てい るこ とが 示唆 され た。
5.単離した真皮細胞の細胞膜外面に沿った免疫染色像から、フィブロネクチンは真皮細 胞 表面 に結 合し てい るこ と、EDTA処理に よっ てこ の細 胞表 面のフィブロネクチンは 解 離すること、および外因性フィブロネクチンと真皮細胞は再結合することが明らか になった。
6. フィブロネクチン結合、解離あるいは再結合した真皮細胞を用いた3種類の再構成皮 膚 における羽毛の発生を比較した結果、フィブロネクチンを結合および再結合した細 胞 を用いた場合、器官培養皮膚と同様に羽毛原基は表皮のプラコード領域に限局して 形 成され、培養日数の経過に伴って伸長した羽芽も形成された。しかし、フィブロネ ク チンを解離した真皮細胞を用いた場合、真皮密集化領域は出現せず、元来表皮に存 在 していたプラコードも消失し、羽毛原基や羽芽も形成されず、羽毛発生初期におけ るフィブロネクチンの必要不可欠性が明らかとなった。
7.また、フィブロネクチンを結合した真皮細胞を用いた再構成皮膚では、而VI VO同様に 羽 芽の形成に伴い表皮のプラコードから真皮側にテネイシンは移動したが、フィブロ ネ クチンを解離した場合にはテネイシンは真皮側に移動せずに表皮表層に存続してい た 。さらに、表皮のプラコードがフィブロネクチンとの結合性を示したことから、羽 毛 発生初期における表皮と真皮の結合も含めた相互作用におけるフィブロネクチンの 仲介機能が明らかとなった。
以上 のように、本論文は新たに開発した皮膚モデルを用いて、VI型コラーゲンとフイ ブロネクチンが羽毛発生初期に果している具体的役割を明らかにすると共に、様々な利用 が期待されているECMの生物活性に関する新知見を得ている。
よっ て審査 員一 同は 、小 林謙 が博 士( 農学 )の 学位 を受 ける に十分な資格を有する ものと認めた。